すっかりと日も落ちた一九時三〇分。
士道は薄暗い道をフラフラと歩いていた。
「つ、疲れた……」
結局あのあと、数の暴力に抗うこともできず、正式に天央祭実行委員に任命されてしまった士道は、殆ど強制的に仕事の引き継ぎに付き合わされていたのである。
ブース設営の決まりごとから始まり、予算の分配に各種伝達事項その他諸々の情報を一気に詰め込まれたため、身体の疲労よりも頭と精神の疲弊が深刻だった。
確かに、こんな量の情報を処理していたのではストレスで胃を痛めるのも無理からぬことである。
よく亜衣麻衣美衣はピンピンしているものだと感心する。
『あいつらは実行委員の仕事を楽しんでやってるのかねー』
あの激務を楽しむというのが無理な話だ…。
などと考えながら通学鞄を右手に、買い物袋を左手に揺らしながら道を歩いていく。
今日は何時もの特売スーパーマーケットではなく、近所の商店街で買い物を済ませてきた。
疲れていたためスーパーの方に回りたくなかったというのもあるが、どちらかというとそろそろ天央祭の時期であるためになじみの店でいろいろとオマケをしてもらえるのだ。
天央祭の際には市内外から人が集まるため、近隣の商店街も活気づくのである。
実際、年末年始に次ぐ稼ぎ時という話である。
通りの塀に並んで張り付けられている天央祭のカラフルなポスターを見ながら、小さく笑みを漏らす。
このお得週間が存在するだけでも、天央祭は五河家の家計に多大なる貢献をしてくれているのだった。
「…ん?」
と、そこで士道はふと足を止めた。
士道の前方ー街灯に照らされた道の上に、見知った小さな人影が見受けられたからだ。
つぱの広い麦わら帽子を被り、淡い色のワンピースを纏った四糸乃だ。
「四糸乃?」
「……!」
名を呼ぶと、少女-四糸乃はぴくりと肩を揺らして士道の方に視線を向けてきた。
「あ……士道、さん」
『おー、見い一つーけたー』
四糸乃が小さな声を発し、次いで左手のパペット『よしのん』が甲高い声を上げる。
「二人ともどうしたんだ?」
「あ、あの……私、士道さんのおうちに、お邪魔してたんです、けど……士道さんの帰りが遅くて、琴里さんが心配してたから……それで…」
『そういえば…家に連絡するのを忘れてたな…』
「様子を見に来てくれたのか?」
苦笑しながら士道が尋ねると四糸乃は頷く。
「そっか。
でも、もう暗いぞ。
二人だけで出てきたのは感心しないな」
士道が言うと、四糸乃は申し訳なさそうに肩をすぽませた。
「あ、あうう……」
『怒らないであげてよー。
四糸乃にも悪気はないのよー。
士道くん心配だったのよー』
「わかってるよ。ありがとな、四糸乃」
「は、はい……!」
言って、四糸乃が大きくうなずく。
大きな麦わら帽子のせいか、士道の位置からだと顔が見えなくなってしまっていた。
「夕飯まだだろ? ちょっと遅くなっちまうけど、食べてけよ」
「はい…ありがとうございます。
それと、えっと、一つ訊きたいんですけど……」
と、四糸乃がと右手の人差し指を、今し方見ていたポスターの方に向けた。
「これって……一体……」
「ん? 天央祭だよ」
士道は小さくうなずくと、十香に話したように簡単に天央祭の説明をしてやった。
すると、四糸乃が何やら興味深そうにうなる。
「そんなものが…あるんですか……」
『はー、楽しそうだねー』
「ああ、楽しいぞー。良かったら四糸乃たちも来いよ」
言うと、四糸乃が驚いたように目を丸くした。
「! い、いいん……ですか…?」
「もちろん。うちの学校でもいろいろ出展するから、遊んでいってくれよ」
『あっらー、よかったねー、四糸乃』
「う、うん……!」
『よしのん』が四糸乃の頬をつっつく。
四糸乃は嬉しそうに首肯した。
そんなに喜んでもらえると悪い気はしない。
士道はなんとなく明るい気持ちになりながら、四糸乃を伴って家に向かっていった。
「ただいまー」
両手が塞がっているため、四糸乃に扉を開けてもらいつつ、廊下の奥に向かって声を張り上げる。
それから部屋に荷物を置きリビングへ向かうと扉が開け放なたれ、長い髪を黒いリボンで二つに括った少女が飛び出してくる。
そして、
「遅おおおいッ!」
そんな叫び声を上げると同時、士道の鳩尾に見事な跳び蹴りを放ってくる。
「危ないな…おい」
唐突の攻撃に士道は魔力で防御しながら蹴りを防ぎながら相手を見る。
そこには着地を決めて、ご機嫌ななめな顔で仁王立ちする妹様の姿があった。
「ふん」
機嫌の悪そうにそっぽを向く琴里。
「すまんな…遅くなった。
天央祭りの実行委員に選ばれちまったんでな…」
申し訳無さそうに言う士道。
「実行委員…」
琴里は士道の言葉を聞くと、なぜだろうか、ほっと息吐いたた。
「…体調が悪くなったりだとか、そういうことはないのね?」
「ん?心配してくれたのか?」
「ち、違うわよバカ!
それより、四糸乃を迎えに呼ぶなんてどういうつもり?
もう日も落ちてるってのに」
「いや、それは……」
反論しようとして…言葉を止める。
「ん、そうだな、すまん。
今後気を付けるよ」
「あ…そ、その、琴里さん、士道さんは…」
「いいから」
士道を擁護しようとしてくれた四糸乃を制止する。
なぜかそんな様子を見て、琴里が一層不機嫌そうに顔を至めた。
鼻を鳴らし、リビングの方に歩いていってしまう。
その後ろ姿が見えなくなってから、四糸乃が申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「すいません……私のせいで……」
「気にするなって」
呟いてから、士道はうなった。
今日のことは極端な例にしても、そういえば先月に士道が修学旅行から帰ってきたあたりから、何やら琴里の様子がおかしい気がする。
普段は何も変わらないのだが、士道が少し怠そうにしていたりすると、なぜか妙に落ち着かない様子になるのである。
『やっぱり心配してくれてるのかねぇ…』
などと考えながら士道と頭をかいてその場から立ち上がると、荷物を持ってリビングに歩いていった。
四糸乃もそれに続いてくる。
と、そこで、リピングの扉が微かに開いていることに気づく。
そしてその隙間から、視線を放つ目が覗いていた。
先ほど扉の奥に消えたはずの琴里である。
「まだ何かあるのか?」
士道が言うと、扉の奥からコロコロコロ……という可愛らしいお腹の音が聞こえてきた。
「//////」
琴里が頬を赤く染める。
士道は鞄を下ろすと、息を吐いて表情を緩めた。
「何かリクエストはあるか?」
「……ハンバーグ」
「今からか……?」
それなりに時間のかかるメニューである。士道は携帯電話で現在除刻を確認してみた。
すると画面上に、琴里からの不在着信が表示されていることがわかる。
やはり心配をかけてしまったらしい。
士道は携帯電話をしまい込むと、肩を回しながらリビングの方に歩いて行った。
「ちょっと時間かかるけどいいか?」
「…ん」
琴里はムスッとした顔のままリビングの方に走っていき、ソファにダイブした。
そちらに目をやると、リビングに琴里以外の姿があることがわかる。
隣のマンションで着替えを済ませた十香が、テレビの前でゲームのコントローラーを握っていた。
士道の委員会が終わるのを待っていると言って聞かなかったのだがさすがに遅くなってしまいそうだったため、先に帰らせていたのである。
「シドー、おかえりだ! というか琴里! 早く手伝ってくれ!」
画面に合わせて身体を左右に動かしながら十香が叫ぶ。
しかし琴里はクッションに顔を埋めたままくぐもった声を発した。
「んー…四糸乃、お願い」
「えっ、ええ……っ?」
急な後任に任命された四糸乃は、焦った様子で十香の横に走っていった。
「え、えと……これ、どうすれば……」
「ズガッとやってビッとやればバーンとなる! そこだ!」
「あ、あの…その:…」
『まあ、習うより慣れろだよー。
左はよしのんが担当するから右は四糸乃がお願いねー』
「わ、わかった…」
四糸乃と『よしのん』が同時にコントローラーを握り、ゲームに参戦する。
「…はは」
士道はそんな様子を見てから鞄を適当に放ると、手洗いうがいを済ませてから、椅子の背もたれに掛けてあったエプロンに手を伸ばした。
と、士道がタマネギの皮を剥き始めたところで、ソファに突っ伏していた琴里が不意に顔を上げ、声をかけてきた。
「…ねえ、士道。
本当に何でもないのよね?」
「やっぱり心配してくれてるのか?」
「だ、だから違ううわよ!
そう…十香よ、十香! 士道に何かあったら十香の精神状態が崩れてて大変なことになるの!
だからちゃんと体調管理しなさいよねって言ってるのよー」
「はいはい」
士道が笑いながら言うと、琴里は身体を起こしてむっとした様子で視線を送ってきた。
名を呼ばれたことに気付いたらしい十香が「なんだ?」と声を上げてきたが、どうやらその瞬間ボスキャラが出現したらしい。
すぐにゲームの方に戻っていく。
琴里がソファの背もたれに体を預け、十香たちに聞えないような音量で言葉を続ける。
「本当に気をつけて。
いろいろと厄介な状況になってきたし」
「DEMか?」
問うと琴里はうなずく。
「それもあるけどくファントム》ね…」
「《ファントム》…雷香やお前に精霊の能力を与えたっていうやつのことか?」
「そう、この前の会議で便宜的に識別名が付けられたの」
雷香や琴里に精霊の力を与え、士道と琴里の記憶を封印していた、精霊であるかどうかさえもわからない、正体不明の存在。
確かにその存在は懸案事項である。
未だその実像や目的など、一切が謎に包まれているというのだからなおさらにたちが悪い。
「まっ、とりあえず気にすべきはDEMね」
琴里の言葉に士道は頷く。
様々な分野に進出している会社ではあるが、元を辿れば軍需産業で急成長したという話である。
一般には公開されていないが、自衛隊ASTが使っている顕現装置を製造しているのも、このDEM社であるらしい。
「しっかし…なんか未だに現実感がないな.あのDEM社があんなことを」
「眠たいこと言ってんじゃんじゃないわよ。
連中にそんな倫理観ががあれば真那だってー」
「え?」
琴里の言葉に、士道は眉をぴくりと動かした。
「真那……? 真那がどうかしたのか?」
彼女は精霊・狂三との戦いで深手を負い、病院で治療を受けているはずだった。
琴里は「しまった」という顔を作ると、唇を引き結んで視線を逸らした。
「お、おい、どういうことだよ。
真那に何か…」
さすがそれは無視できなかた。
手にしていたタマネギをまな板の上に置きエプロンで手を拭いながらダイニングテーブルを譲してリビングの方に歩いて行く。
だが、士道が琴里の前に立った瞬間。
リビングの大きな窓ガラスを微かに震わせ、街中に空間震警報が鳴り響いた。
刹那、琴里が立ち上がり、スカートを翻してて士道の脇をすり健けていく。
「あ、お、おい! 話はまだー」
「あとにしてちょうだい。
士道も支度をして。一仕事よ」
そう言って、琴里はレッグホルスターのごとくスカートの中に装着していたキャンディホルダーからチュッパチャプス、を一本取り出し、一瞬で包装を解いて口に放り込んだ。
「くー」
士道は思わず顔をしかめた。
高速のエレベーターに乗っているかのような奇妙な浮遊感が身体を包むと同時、視界に映る景色が、仄暗い艦内から夜の道へと変貌する。
『相変わらず、この意識が引っ張られるような感覚には慣れないな…』
酩酊したような歪む意識をどうにか保つため額を押える。
士道が降りたったのは天宮市の西部に位置す立浪駅前の広場だった。
多目的イベントホールである天宮アリーナの最寄り駅であるためライブやイベントなどが行われる日は、人で埋め尽れる場所である。
以前、士道も人気バンドのライブをやっていることを知らずに通りかかったとき、あまりの人の量に驚いたのを覚えている。
だが、そんな駅前広場には今、人の姿はまったく見受けられなかった。
それもそのはずである士道の視界に広がる景色は、空間震によってその大部分がすり鉢状に抉り取られ、クレーターのようになっていた。
駅前広場も大部分が失われ柵の一部があるたけであるである。
『無事現場に着いたみたいね』
右耳に装着した小型のインカムから、琴里の声が聞こえてる。
『精霊の反応は空間震発生地点から南の方に移動しているわ。急いでちょうだい!』
「了解……!」
答えて、その場から駆け出す。
「………」
瓦礫が散乱した通路を走りながら士道は周囲を見回す。
ちょうどライブかイベントでも行われていたのか街頭に照らされた道にはカラフルなチラシや写真の貼り付けられたうちわが散乱していた。
一瞬マナーの悪い観客たちだとも思ったが、急に空間震警報なぞ鳴れば、手にしてたチラシなんて放って逃げざるを得ないだろう。
「琴里、精霊の反応はどこだ!?」
『ちょっと待って、今正確な位置を―』と、琴里が言いかけた瞬間。
士道はぴくりと眉を動かした。
前方一天宮アリーナの方から、何かが聞こえてきたのである。
「これは……」
『歌ですね…』
フラクシナスで受け取った《オーディン》が言うとおり壁に阻まれて微かにしか聞こえないが、それは紛れもなく『歌』だった。
空間震警報が鳴り、観客も皆避難したというのに、一人残ってステージで歌い続けているシンガーでもいるというのだろうか。
一瞬そんな想像が頭に浮かぶが直ぐにかぶりり振る。
士道は首筋がピリピリとするような感覚を感じながら大きな扉を開けアリーナの中に足を踏みいれていた。
そして、ステージが一望できる位置まで歩みを進める。
瞬間ー士道は身体を射すくめられるかのような感覚に襲われた。
アリーナの中央。
恐らく出演者やスタッフが舞台装置を放置したまま避難してしまっのだろう、暗い会場の中、櫓のようにせり上がった舞台だけが、下方から幾つものスポットライトに照らされ、光に溢れている。
その、真ん中に光の糸子で縫製されたかと見まごうような煌びやかな衣を纏った少女が立ち、会場中に声を響かせていた。
聞ぎ慣れない言語で構成された、聖歌のような静かな曲調が、士道の鼓膜を震わせる。
「おー」
意図せず、士道ののどからは、感嘆のような声が漏れてしまっていた。
楽器の伴奏が伴うわけでもない。
マイクや拡声器を使用しているわけでもない。
完全な無伴奏の独唱。
だがその声のみで形作られた曲調は、まるで耳から脳の奥へと染み渡るかのような錯覚を覚えるほどに、圧倒的な力を有していた。
『あれはまさかー《ディーヴァ》―……!?』
「……!」
右耳へと入ってきた琴里の声に、意識を取り戻させられる。
士道は目を伏せて小さく首を振った。
ついでに軽く頬を張って気合いを入れ直す。
ーそうだ。歌に聴き惚れている場合ではない。
何しろ士道には今から、非常に困難を極める大仕事が待っているのである。
「《ディーヴァ》……それがあの子の識別名なのか?」
『ええ…半年くらい前に一度だけ出現が確認された精霊よ。
一応データベースに存在は記録されているものの、性格や気性をはじめ、能力や天使の詳しい情報もほとんど無いに等しいわ。
十分注意しながら接触を試みてちょうだい』
「了解」
うなずくと士道は顔を再び少女の方に向け、足を踏み出した。
だが、そこで会場内にカーン、という乾いた音が響き渡る。
「あ……」
士道は一歩足を前に出した状態のまま。再びそこに停止する。
足を動かした瞬間、床に放置されていた空き缶を蹴飛ばしてしまったらしい。
少女もその音に気づいたのだろう。
不意に歌声を止める。
「あらー?」
そして、今まで響かせていた歌声とはまた違う、間延びしたような声音をこぼす。
『馬鹿、何やってんの』
「すまん……足下が暗くてよく見え……」
らしくないミスに苦笑いしながらその弁明しようとする。
だが言葉を最後まで発することはなかった。
舞台上の少女が会場を見回すように視線をめぐらせてから、言葉を発してきたきたからだ。
「お客さんがいたんですかぁ。
誰もいないと思ってましたよー」
優しげな、のんびりした声を響かせてくる。どうやら客席は暗いため、士道の姿を見つけられてはいないらしい。
「どこにいるんですかー?
私も一人で少し退屈をしていたところなんですよお。
もしよければ少しお話をしませんか?」
「琴里ー」
『ん……どうやら、問答無用で攻撃をしかけてくるような精霊ではないみたいね。
直接会話が交わせるくらいの位置に行ってみてくれる?』
「了解、行ってみる」
土道はぐっと拳を握りながら首肯すると、舞台上に上がるための階段を上がり、舞台の上に躍り出た。
大量のスポットライトが浴びせられた舞台上は、昼間と見まごうほどに臨しく、熱気に満ちている。
だが、目を瞑ってしまうわけにはいかなかった。
しっかと目を見開き、舞に立った少女の背を見つめる。
どうやら少女も、背後から響いた音に気づいたらしい。ゆっくりと振り向いてくる。
「ああ、わざわざ上がってきてくれたんですかぁ?
こんばんは、私は 」
と。にこやかな笑みを浮かべながら身体を回転させた精霊は、士道の姿を目にすると同時に、ぴたりと言葉と身体の動作を止めた。
「え…?」
『士道。何してるのよ』
一瞬面食らったが、無言の状態を続けてしまうわけにはいかない。
士道はコホンと咳払いをしてから口を開いこうとする。
だが、その瞬間にけたたましいサイレンがインカム内に響き渡る。
『こ、これは……好感度、機嫌、精神状態。あらゆるパラ入ータが急下落してるわ!一体どういうこと!?」
琴里が叫んでいると凍ったように固まっていた少女に変化が現れた。
錆びた機械のように首を回したかと思うと、すう……っと身体を反らしながら大きく息を吸い始めたのである。
『マスター』
『ああ…なんか嫌な予感がする』
右耳から聞こえる、甲高いブザーに士道の背筋を冷たい汗が伝う。
少女は息を吸い終えると士道を睨み付けー
「わっ!」
凄まじい大声を発する。
「ぐっ!」
それと同時に士道の全身を一斉に衝撃波に襲う。
『音の壁』とも取れる不可視の圧力が、士道の全身に叩き付けられる。
「かはっ!」
士道は喀血するように息を吐きながら、その身体を軽々と吹き飛ばされる。
『士道っ!』
「…!」
舞台から落ちる寸前に体勢を整える。
「あぶねー」
縁から下方を見ると、ステージが高い位置にあることがわかっる。
こんなところから落下したなら複雑骨折は免れまい。
魔法で衝撃を殺したとしてもかなり痛いだろう。
士道が再びディーヴァに視線を戻すと彼女は少し驚いたような表情で口を開く。
「なんで落ちてないんですかぁ?
なんで死んでないんですかぁ?
可及的速やかにこのステージから、この世界からこの確率時空から消え去ってくださいよお」
『凄い嫌われようですね』
『ああ…全くだ…』
美しい声色で宣うディーヴァに士道は頬をかく。
どうやってこの精霊を攻略しようかと士道が思考を巡らせていると―。
「つっ!」
アリーナ全体に凄まじい炸裂音と衝撃に揺れれ、天井に掲げられていたな照明装置が落下する。
「ちっ…ASTか…」
「あらー?」
伝わってくる微かな震動に士道は振り落とされないよう足を踏ん張る。
上を見やるとそこにはもう、天井と呼べるようなものは存在しておらず代わりに月明かりと雲に彩られた夜空が顔を覗かせている。
そして、月をバックに機械の鎧を身に纏った一団が存在していた。
どうやらタイムリミットが来てしまったらしい。
AST隊員たちが軽やかに空を舞い、アリーナ内に舞い込んでくる。
基本的にCR-ユニットは屋内での戦闘に向かないと聞いたことがあったが、これだけの広さがあれぱその限りりではないのだろう。
すぐに、ディーヴァVと士道のいるステージを囲うように何人もの魔術師が武器を構えながら展開する。
だが、士道は小さな違和感を覚えた。
確かにASTには変わりない。
だが、その中になぜだか見知らぬ欧米人が多数含まれていたのである。
士道の記憶が正しければASTは自衛隊の部隊であるはずだ…だとすれば何故外国人が…。
『土道! 仕方ないわ、一旦離脱よ!』
「あ、ああ……」
思案を巡らせるがインカムから響く琴里の声に頷く。
だがまたも違和感に眉をひそめる。
先ほどからひっきりなしに響いていた緊急事態通告が、ぴたりと止んでいたのである。
不審に思い、《ディーヴァ》の方を見やる。
するとそこには
「まあ、まあっ!」
先ほどとは打って変わって、手を組みながら目を輝かせる《ディーヴァ》の姿があった。
「いいじゃないでナかー。
すばらしいじゃないですかー。
そうですよお、お客様といったらこうじゃないとお! ああ、そうですねー、特にー」
と、耳鳴りのような音を残して、《ディーヴァ》の姿がその場から掻き消える。
次の瞬間、《ディーヴァ》はAST隊員の一人-折紙の背後に音もなく出現していた。
馴れ馴れしく肩に手を置き、仲むつまじい恋人のように耳元に口を寄せる。
「ああ……いい、いいですー。
ねえあなた、私の歌を聴きたくないですかー?」
「……ッ!」
折紙がハッと肩を揺らし、レイザーブレイドを振るう。
「ああん、いけずう」
《ディーヴァ》が折紙の一撃を避けながら、甘ったるい声を発する。
折紙はそんなリアクションに大層気分を害したようだった。追撃をかけるようにレイザーラーブレイドで《ディーヴァ》に斬り付ける。
だが、それらの攻撃は全て《ディーヴァ》に届く寸前に見えない壁のようなものに阻まれていた。
『ああ…なる程な』
《ディーヴァ》の折紙への対応を見て、士道は先ほど先ほどまで、彼女が不機嫌だった理由に納得がいく。
「埒が明きませン。退いて」
と、ステージを隔てた反対側に浮遊していた赤毛の女性がそう言いかけたかと思うと、士道の方に目を向けて言葉を止めた。
「あれハ……」
そして通信機間に仲間と言葉をわすような仕草を見せたあとなぜか《ディーヴァ》ではなく道の方に向かってスラスターを駆動させてくる。
「ちっ!」
士道は舌打ちをすると同時にAST隊員が構えた巨大なスタソロッドを魔力を纏わせた腕で受け止めると、そのまま腹を蹴って吹き飛ばす。
「なかなかやりますネ!」
そう言いながら 、赤毛の女が士道に肉薄する寸前で、士道の前に折紙が現れた。
どうやら異常に気付き《ディーヴァ》から士道の所へと来てくれたれたらしい。
折紙のレイザーブレイドと女の武器がぶつかり合い、激しく火花を散らす。
「あらラ? 一体なんの真似?」
「それはこちらの台詞。彼は精霊ではない。一体何をしようとしていたの」
「アなたの知る権利霧りませン。
上官命令でス。
そこを退ききなさイ」
「.....了承しかねる。
納得のいく説明を」
「わからない人ねエ」
再び、女が武器を振り上げる。
折紙も応戦するようにレイザーブレイドを振るった。
先ほどとは比べものにならない衝撃波が、周囲に捲き散らされる。
「つっー」
次の瞬間士道の視界は暗転しー
気づいたときには、仄暗い艦内に戻っていた。
「なんで土曜に……こんな……」
両脇を十香と折紙に挟まれ、連行されるように歩みを進めながら、士道は眠たげなあくびをこぽした。
九月九日。精霊《ディーヴァ》との遭遇から一晩が経過した日である。
あのあと《フラクシナス》では、不可解な精霊の好感度低下についての会議が行われていた。
どうせ明日は学校が休みだからと、士道も深夜にまで及ぶその会議に参加させられていたのだが……。
士道はしばしばする目を擦りながら、もう一度あくびを漏らした。
そう。今日の朝になって急に亜衣から電話があり、今日は天央祭の各校合同会議があるからよーろしーくねー! と告げられたのである。
『そう言うことは前もってから言ってくれよ…』
心の中で悪態をついていると―。
「おい貴様、シドーに寄りすぎだぞ、少し離れろ」
「あなたこそ離れるべき」
「な、なんだと!?」
右から十香、左から折紙の声が響き、寝不足で気怠い士道の頭をビリビリと震わせる。
「十香……折紙、ちょっと静かにしてくれ……頭に響く」
「うむ、静かにしろ鳶一折紙。
シドーも貴様がうるさいと言っているぞ」
「あなたの呼吸音と心臓の鼓動が耳障り。今すぐ静かにするべき」
「いや、だから…」
士道は大きなため息を吐いた。
ちなみに今、目的地である合同会議会場に向かっているのは士道、十香、折紙の三人のであり、実行委員であるはずの亜衣麻衣美衣の姿はない。
なんでも三人は一日目のステージ部門でバンド演奏をする予定らしく、その練習で来られないのだという。
『大丈夫、大丈夫。ちゃんと代役立てといたからー』
と言われて待ち合わせ場所に行ってみたところ、そこには縄張り争いをする猫のように睨み合った十香と折紙がいたのである。
『全く…』
言い争う二人の姿に苦笑していると合同会議の会場である学校が見えてきた。
赤煉瓦で出来た荘厳な厳な校門。
そしてそこから、これまた赤煉瓦が敷き詰められた道が一直線に直線に伸び、その先にまるでお城とも見まごうような立派な校舎が見て取れた。
部活動や天央祭の準備のためだろうか、休日だというのにちらほらと生徒の姿も見受けられる。
私立竜胆寺女学院。
名家の子女も数多く通う名門校である。
と、左右から休みなく騒いでいた十香が急に黙る。
どうしたものかと見れば校舎を見上げていることがわかる。
「おお....凄いなシドー。
これも学校なのか?」
「ああ、そうらしいな。
まあ、とにかく入ってみようぜ」
「うむ!」
「…」
十香が元気よく返事をし、折紙が無言でうなずく。
士道達は守衛に生徒手帳を見せてから事務局で入校許可証を受け取っり目的の会場へと向かう。
「第二会議室。ここか」
守衛から教えてもらった部屋の扉を開けると部屋の中には様々な制服の生徒たちが何人も集まっていた。
まだ会議の開始まで時間があるのだろう、長机が四角く組まれ、高校の名前が書かれたブレートが立てられてはいるものの、席に着かず談笑している生徒も多い。
とはいえ、昨日実行委員に就任したばかりの士道に顔見知りがいるはずもない。
手早く自分たちの席を探して椅子に腰樹ける。
と、それからすぐに会議室の扉がノックされた。
「ん?」
士道が首を捻っていると、部屋にいた各校の生徒たちが一斉に顔を上げた。
「なんだ、一体」
皆の反応に、思わず身構えてしまう。
一体何がやってきたというのだろうか。
だが、扉の向こうから聞こえてきたのは、拍子抜けするような優しげな声だった。
『失礼しまぁす』
『おいおい…』
聞いたことがある声に士道は眉をひそめる。
静々と入ってきたのは、濃紺のセーラ服に身を包んだ少女たちの一団だった。
そして、まるで大名行列を出迎える民衆のように、二列に並んで頭を垂れていく。
士道が呆気に取られていると、その少女たちが作った道の真ん中を、一人の生徒が女帝のごとく悠然と歩いてきた。
周囲の少女たちと揃いのセーラー服に身を包んではいるものの、その身から放つ圧倒的な存在感が、彼女の輪郭をくっきりと浮かび上がらせていた。
『やっぱりか…』
「つっ!」
その姿を見て、士道は心の中でつぶやき、折紙は息を詰まらせた。
確かに美しい少女ではあった。
町中でこんな美人とすれ違ったなら思わず艇り向いてしまうかもしれない。
だが、違う。
そんなことではない。
「ーこんにちわー。
よく来てくれましたねー、皆さん」
少女がのんびりとした口調でそう言って、お辞儀をする。
その声を聞いて、士道は確信した。
その、少女は。
「竜胆寺女学院、天央祭実行委員長、誘宵美九ですう」
昨日士道が遭遇した精霊-《ディーヴァ》だった。
『さー、いきますよー皆さんいてきてくたさーい』
《フラクシナス》艦橋のスピーカーからそんな間延びした声が聞こえてくると同時、軽快な伴奏と甲高い歓声が鳴り響いた。
艦橋正面のメインモニタには今、フリルに飾られた衣装を纏ってステージで歌い踊る少女の姿と、その前方に広がった紫色のサイリゥムの絨毯が映し出されている。
映像は粗く、どう見ても公式販売されているライブDVDなどではなかった。
それもそのはず、中津川が様々なツテを駆使して手に入れた盗撮映像であるらしい。
「………」
艦長席の隣に立った士道は、無言でその映像を見つめていた。
正しくは、画面中央で楽しげに舞い踊り、美しい声音を響かせる少女の姿を。
それは、間違いなく昨日、顔を合わせた竜胆寺の女子生徒であり一昨日遭遇した精霊<ディーヴァ>のものだった。
「誘宵美九……ね。まさか彼女が精霊だったなんて」
士道の隣―艦長席に座りながら映像を眺めていた琴里が、ぽつりと呟く。
「誘宵美九のこと知ってたのか?」
「まあ、名前くらいはね。
あとはCMやドラマの主題歌なんかで曲もいくつか」
「そ、そうか……」
士道は頬をかいた。殿町が言っていたこともあながち間違いではなかったらしい。
しかし琴里はそんな士道の様子に気づいたふうもなく、手元に置かれていたプロフイールシートに視線を落とし、難しげに眉を盃める。
「デビューは今からおよそ半年前。
『聞く麻薬』とさえ言われ・美声・圧倒的な歌唱力で驚異的なヒット曲を連発するも…テレビや雑誌等には全く姿を現さない謎のアイド……って、こういうのも偶像っていうのかしらね?」
そこまで読み上げたところで、琴里は額に手を置いてふうとため息をもらす。
「精霊がアイドル…しかも最低でも半年以上前かこっちの世界に溶け込んで生活してっていうの?
こんな活動をしながらーはっ、狂三なんて目じゃないわね」
琴里が発した狂三の名に、士道は顎に手を当てて口を開く。
「なあ、雷華や琴里みたいに《ファントム》に精霊の能力を与えられた元人間ってことはないのか?」
「…ふむ」
士道の言葉に、琴里がぴくりと眉を動かす。
「可能性は否定できないわ。確かにそれなら、こちらの世界にとどまっていても不思議じゃないし。
ーただそうなると、昨日の空間震の理由がわからなくなってくるわね」
「自分の意志で引き起こした可能性は?」
「考えられなくもないけどそんなことを引き起こす理由は?」
「だよなぁ…」
言いながら後頭部をかく。
士道自身、自分の意見にそこまで自信があったわけではないが、それが否定されてしまうとまた振り出しである。
「まっ、好感度が急下落した理由は一昨日に士道が言った可能性が一番高いと思うわ」
美九がAST隊員に取った態度の急変…そこから士道はある仮説をたてていた。
即ち―美九はレズビアン―同性愛者であるという仮説である。
「…シンの仮説はあながち間違いではないようだ。
…これを見てくれ」
琴里の左方に座っていた令音が答えるとメインニターで上映されていた美九のライブ映像の上にグラフのようなものが表示された。
曲に合わせて小刻みに身体を動かしていた中津川が悲鳴じみた声を上げたが、琴里に睨まれてれて黙る。
士道はそんなやりとりに苦笑してからグラフに目を向ける。
「これは?」
「ああ、昨日の美九の精神状態を示したものだ。
真ん中の位置が君と会話していた時のものだ」
言われた箇所を見やるとジェットコースターもかくやというような急降下ぶりだった。
最後の方などもう目盛りが見えなくなっている。
「…想像以上に嫌われてますね、俺」
「……まあ、とりあえず今それはおいておこう。
その続きを見てくれ」
令音の指示に従ってグラフの続きに目をやると、一度はストップ安状態にまで落ち込んだ機嫌が急激に上昇し始めていた。
「これは…」
「…ちょうどASTが現れたときだ」
「この最高値に達してるのは?」
「…鳶一折紙に触れた瞬間だね」
「やっぱりか…」
士道が自分の仮説が正しいが合っていた事に満足そうに頷く。
「さて…個々で一つ問題があるわけだ」
「ですね…」
令音の言葉に士道は頷く。
士道が精霊の霊力を封印するためにはキスを必要がある。
そのためにキスを拒まれない位にまでは好感度を引き上げねばならないのであった。
「まっ…俺の方に考えがあるんで今回も任せてくれますか?」
っと士道は自信たっぷりにそう言った。