デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第二十七話『宣戦布告』

天央祭の会場となる天宮スクエアは、天宮市の中心あたりに位置する大型コンペンションセンターである。

中央にセントラルステージがあり、その周囲に大型展示場が広が・ているといつ構造になっている。

天央祭に用いられるのは主にに東ブロックである一号館から四号館だった。

 

 

「…それで、琴里。美九はどこにいるんだ?」

念のため小声でインカムに話しかける。

 

二号館の隅で資材の陰に身を隠し、辺りの様子を窺っているところだった。

ちょっとお手洗いに…と場を抜け出したはいいものの、折紙が目を光らせて後とをつけてきたため、撒くのに時間と魔力を使っててしまったのである。

 

『ようやく一人になれたようね。

美九はー館よ。

竜胆寺のブースが設営される場所ね』

 

「一号館か……、オーディン、頼む」

 

『了解です、マスター』

 

オーディンの声と共に士道の身体に魔力が流れ込み士道の姿が少女のものへと変化する。

サクラの光を操る霊力を流用した実体を持った幻だ。

これに声を弄れば完全な女の子の出来上がりだ。

極度に密着しないかぎりばれないだろう。

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

言って、素早く資材の陰から身を躍らせると、皆や折紙に見つからないよう注意しながら一号館の方へと走って行った。

美九の姿は容易に見つかった。

一号館の奥の方に紺色のセーラー服に身を包んだ少女たちの集団がおりーその中心に美九が立っていたのである。

 

 

「他の生徒と一緒…まあそりゃそうか…」

 

『ま、予想はしていたけど、厄介ね。今近づいていっても女帝様よろしく取り巻きにガードされて直接話せないかもしれないわ。

さて、どう動いたものかしら』

 

「なんとか美九を一人にできないか? そっちから作業員に扮したクルーでも―」

 

『! ちょっと待って、美九が歩き出したわ』

 

言われて、士道は前方に視線を向け直した。

確かに琴里の言うとおり、美九が竜胆寺の生徒の一団から抜け出し、一人でどこかへ歩いて行くことがわかる。

 

「なんだ…? トイレか?」

 

『とにかく、チャンスよ。あとを追ってちょうだい』

 

「おう、わかった」

 

『口調』

 

「……わかったわ」

 

『気をつけないといかんな…』っと心の中で呟きながら、美九の背を追って歩き出す。

数分ほどあとをつけた頃だろうか、美九は最寄りのトイレを素通りして一号館を出ると、スクエアの中央に位置するセントラルステージに向かっていった。

そしてそのまま観客席を抜けると、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたロープをくぐって、ステージ裏の方に入って行ってしまう。

 

『追うのよ、士道』

 

「―了解」

 

土道は意を決してロープをくぐると、そのままステージ裏に入っていった。

壁を一枚隔てただけで、辺りの景色が驚くほどに様変わりする。

華やかで煌びやかなステージとは対照的に、なんとも雑多な空間である。

薄暗い通路の幅は狭くな両脇に積まれている荷物が、もとよりさほど広くない道幅をさらに狭めていた。

躓かないよう注意しながらその道を歩いて行き、ステージに続いていると思しき扉まで辿り着く。

そして、そこから外を覗き込むと。

 

「あ……」

士道は意図せぬままに小さな声を発していた。

ステージの中央に美九が立ち、会場を一望していたのである。

先日に、無人のアリーナで見たのと同じ光景。

これは精霊の迫力なのだろうか。

それとも、アイドルのオーラというやつなのだろうか。

思わず気圧され、一歩後ずさってしまう。

そんな士道の姿を見てか、インカムからやれやれというため息が聞こえてくる。

 

『まだ顔も合わせてないのに緊張してんじゃないわよ』

 

「わかってるよ。

話しかけていいんだよな?」

 

『ええ。私たちの仮説が正しければ、この前ほどぞんざいな扱いは受けないと思うけれど』

 

「……もし間違ってた場合は?」

 

『骨は拾ってあげるわ』

 

「おい」

 

『冗談よ。「誘宵美九は男が嫌い」これはデータから見ても十中八九間違いないわ。

だいたい士道も同じかんがえだったでしょうが。

でも「士織ちゃん」が美九のお眼鏡に適うかどうかはまた別の話だし、そもそも士道が男って気づかれる可能性だってある。

十分注意してちょうだい』

 

「お、おう-じゃなくて、注意するわ」

 

士道は大きく深呼吸をしてから頬を張り、ステージに足を瞭み出した。

足音で士道の存在に気づいたのだろう、美九がくるりと振り向いてくる。

 

「あらー?」

 

驚いた様子で目を見開き、美九が士道を観察するように全身を見つめてくる。

桜の魔力を用いた変装は完璧である。

 

だが男とばれるかもしれない。

緊張感が士道の心臓を縦め付けた。

 

「あなたは?」

 

「え? お、俺は…もとい私は」

 

『馬鹿、士道-』

 

咄嵯に美九に問われ、思わず『俺』と言ってしまい言い直そうとする。

 

美九がキョトンとした様子で首を傾げる。

 

「俺…?」

 

「あっ、その……」

 

士道はしどろもどろになりながらなんとか誤魔化そうとした。

ここで男とばれてしまっては何もかもが台無しである。

しかし美九は、士道の焦りに反して優しげに笑って見せた。

 

「変わった言葉遣いをしますねー。

うふふー……でも個性的で素敵ですよお」

 

『…! 好感度、機嫌、ともに数値をキープー低下していません!』

 

そんなクルーの声が右耳の鼓膜を震わせる。

 

『どうやら、士道の男言葉を個性として認識してくれたみたいね。…運がいいじゃない。

いいわ、口調はそのままでいきましょう』

 

『お、おう……』

 

安堵の息を吐く。

だが、相手の反応を待っているだけではいけない。

士道はとりあえず挨拶を交わそうと口を開らく。

 

「俺、来禅高校の実行委員長をしている五河志織と申します。

一昨日の会議を体調不良のために休んでしまったため各校の実行委員の皆さんに挨拶まわりを行っているところです」

「士織さん、ですか。

いいお名前ですねー」

 

「あ、ありがとう」

 

微笑みながら答える。

すると今度は、美九が握られた手に視線を落としてきた。

 

「逞しい手ですねー。何かスポーツを?」

 

「ああ…空手とかを少々…」

 

咄嵯に手の皮が厚くなりそうな競技を選ぶと、美九は納得したようにうなずいた。

 

「ああ、道理で」

 

「え?」

 

「背が高くて格好いいなあと思いましてー」

 

「ああ……はは、あんまり女の子っぽくなくて申し訳ない」

 

「そんなことないですよお。

とても可愛らしいと思います」

 

「…そ、そうか」

 

褒めてくれるのはありがたいのだが…男としては複雑である。

 

『……ふむ、悪くない数値ね。

これなら大ポカをやらかさない限り大丈夫でしょう。

もう少し彼女の反応データが欲しいわ。

いくつか質問してみてちょうだい』

 

琴里の、指示に従い、何か質問を絞り出す。

 

「美九……は、こんなところで何をしてたんだ?」

 

問うと、美九は握手を解き、くるりと身体を回して観客席の方を向いた。

 

「ー私ね、ステージが好きなんですよー」

 

「ステージが?」

 

「はいー。

みんなが私の歌を必要としてくれる。

そんな空間が、たまらなく愛しいんです。

 

だから、移動の時、偶然にこの場所を見たとき、つい立ってみたくなっちゃったんです」

「そうなんだ…」

 

士道が言うと、美九はまたも可笑しそうに笑った。

 

「士織さんは珍しい方ですねー」

 

「ん? そうか?」

 

「―もしかして、私の名前、聞いたこないんです?」

 

「えっと…?」

 

それは間違いなく、竜胆寺女学院の誘宵美九のことを言っているのではなく、正体不明のアイドル。

誘宵美九を示しているのだろう。

士道がどう答えればいいものか決めあぐねていると、美九は小さく首を振った。

 

「あはは、困らせてしまいましたねー。

気にしないでください」

 

言いながら、美九が踊るような歩調で士道の横を通り過ぎ、袖に向かっていく。

 

「さ、そろそろ戻りましょー?」

 

そしてくるりと首を回し、士道に視線を送ってきた。

 

『本当ならもう少し話しておきたいところだけど……無理に引き留めるのもよくないわね。

仕方ないわ、彼女が他の生徒と合流する前に次に会うきっかけを作る方向でいきましょう』

 

『了解』

 

士道は琴里の声に小さくうなずくと、美九に向き直った。

 

「そうだな…戻ろうか。

こんなところ、誰かに見つかったら怒られるし」

 

「いえー、それは別に構わないんですけどねー」

 

「?」

 

士道が首を傾げると、美九が再び指を一本立てて「しーっ」と鼻先の前に立てた。

 

「せっかくの、二人だけの秘密じゃないですかぁ」

 

「……!」

 

不覚にもドキッとしてしまう。

きっと顔が赤くなっていることだろう。

そんな土道の心境を知ってか知らずか、美九が微笑み、軽やかな足取りで歩いて行く。

『ほら、いつまでも鼻息荒くしてないで。

二人きりでいられる時間はそう多くないわ』

 

『お、おう』

 

士道は心拍を落ち着けるために深呼吸をしてから、美九の背を追って舞台袖に入り、ステージ裏の通路を歩いて行った。

が、慌てて美九に追いつこうと歩調を速めていたためか、士道はステージに向かうときほどの注意を払っていなかった。

つまり、何が起きたかというとー

 

「う、うおっ!?」

 

資材に足を引っかけ、階段から転げ落ちてしまったのである。

 

「いっててて…」

 

「だ、大丈夫ですかぁ?」

 

心配そうに美九が歩み寄ってくる。

士道は慌てて、めくれ上がっていたスカートを押さえた。

幻影といっても、恥ずかしいものは恥ずかしいのである。

 

「さ、手を」

 

「ああ―悪い」

 

美九の手を取って立ち上がろうとしー士道は眉を寄せた。

 

「いっ…」

 

どうやら手を擦り剥いていたらしい。

小さな痛みに思わず手を引っ込めてしまう。

 

「大変ですー」

 

美九が慌てたように言うとスカートのポケットからをハンカチを取出だす。

 

「そんな、汚れちまうよ。

これくらいの傷……」

 

「何言ってるんですかぁ。

空手の選手が手の怪我を軽く見てはいけません。

こんな処置しかできないですけど、戻ったらぐ傷口を消毒してくださいねー?」

 

「あ…ありがとう」

 

「いいええ。手をどうぞー」

 

傷を負っていない方の手で美九の手を掴み、その場から上がる。

すると美九はようやく安堵した様子を見せ、士道を先導するように先を歩いて行った。

それと同時に、琴里の声が聞こえてくる。

 

『あらら、見事にエスコートされちゃってるわね』

 

『うるせぇ』

 

『今回に限っては士道は女の子なポジションだし、私が見るに、美九は意外と主導権を握りたがるタイプみたいだしね』

 

『まっ、それにしても次に会う口実もできたからな…良しとしとくさ』

 

『本当…もし意図的に転んだのだとしたら褒めてあげたいくらいよ』

 

『さあ…どうだろうな…』

 

インカムの向こうで琴里が戦慄するのを感じながら士道は美九の隣を歩いていった。

だが美九は目を外すことなくしばしの間士道を凝視し続けると

 

「うん、やっぱり、いいです。今までにいなかったタイプですー」

っと、何やら納得したようにうなずいた。

 

「士織さん、私、あなたが気に入っちゃいましたぁ。

明日から竜胆寺に通ってください」

 

「は?」

 

一瞬、美九の言っている意味がよくわからず、目を丸くしてしまう。

 

「竜胆寺に…?」

 

「はい。転校してくださいー」

 

「ええと……」

 

士道は困惑しながらインカムを二回小突いた。すぐに、琴里の声が聞こえてくる。

 

『……こっちには何も反応がないわ。

少なくとも、冗談を言っている自覚はなさそうよ』

 

士道は余計わけがわからなくなった。

一体、美九は何を言っているのだろうか。

 

『何のつもりかしら。……あまり美九の機嫌は損ねたくないけど、リスクが高すぎるわ。

他のポイントで調整するから上手く断っちゃいなさい』

 

『私も同意見です』

 

琴里と《オーディン》の意見に士道はうなずいた。

美九は士道の返事がないのを思案と思ってか、手振りを交えながら言葉を続けてきた。

 

「もちろん、お金や学力の問題なら心配しなくても大丈夫ですよー。

私が『お願い』しておきますからねぇ。

あ、住所と寸法を教えてくれますかー? 今日中に制服を送らせます」

 

「ちょ、ちょっと待った。簡単に決められねえよ、そんなこと」

 

美九の言った『お願い』っと言う言葉が何故か気になりながらも…士道が言うと、美九は唇の端を上げながら席を立ち、士道の隣に腰掛けてきた。

そして優しく士道の手を握り、すっと左耳に口元を寄せてくる。

 

「おねがい」

 

そんな、甘えるような小さな声を発してきた。

「…っ!?」

 

士道は目を瞑った。

その声が鼓膜を震わせた瞬間、強烈な目肱に襲われたのである。

 

『これは…暗示…いや…精神感応か!?』

 

まるで言葉が耳から体内に侵入し、脳を直接揺さぶるかのような錯覚に陥りながらも士道は意識をしっかりと保とうとする。

だが、それでも油断すれば意識を持って行かれそうになり、口内の肉を噛んでなんとかそれに耐える。

 

「そ、そう言われても……」

 

「ふえ?」

 

士道が答えると、美九は大層意外そうに目を丸くした。

そしてしばしの間考え込むように口を嘆み、士道をまじまじと見つめてくる。

 

「士織さんー?」

 

「な、なんだ……?」

 

「―服を、脱いでください」

 

魅惑的な『声』で美九が言ってくる。

 

「え、ええっ!?」

 

一拍おいて美九が発した言葉の意味を理解した士道は、顔をさらに真っ赤に染めた。

 

「こ、困るよ、さすがに…」

 

困った顔で言う士道の様子を見てか、美九が得心がいったように姿勢を正す。

 

「やっぱり、言うことを聞いてくれないんですねー」

 

「悪い、でもそれって…」

 

士道の言葉を最後まで聞かず、美九が声を発してくる。

 

「あなた、もしかしてー精霊さんです?」

 

先刻の『声』以上に、士道の意識を揺さぶった。

 

「えー」

 

だが、直ぐに正気に戻ると士道は口を開く。

「い、いきなり何だ? ゲームとかの話か? 意外だな、美九ってそういうイメージー」

 

 

「あはは、いいですよー、無理にとぼけなくても。

私の『おねがい』を聞いてくれないだなんて、普通の人であるはずがないんですからー」

一言いながら美九は、先ほどと何も変わらない笑みを浮かべた。

 

「いえ、むしろ、精霊さんだったら嬉しいですねえ。

私、自分以外の精霊さんに会ってみたかったんですよお。

何人かいるんですよねえ?」

 

「な……」

 

「ねえ、士織さん。あなたは一体何者なんですかぁ?

もしかして本当に精霊さん?

それともあの魔術師とかって人たちのお仲間です?」

 

そして、小さく息を吐いてからあとを続けてくる。

 

「私とあなたが知り合ったのは単なる偶然?

それとも何か目的があるんです?」

 

「はぁ…」

 

笑みを浮かべる美九に士道はため息をつき琴里からの応答を待つ。

 

『…焦れ始めてるわね。

これ以上惚けるとせっかくの機嫌が水の泡だわ』

 

琴里の言葉に士道はティーカップの紅茶を飲んで喉を潤してから美九に向き直った。

そして、意を決して唇を開く。

 

「美九。

俺は、精霊じゃあない。

魔術師でもない。

魔法使いだ」

 

「魔法使い…?」

 

士道がそう言うと、美九は不思議そうに首を傾げる。

 

そんな美九に士道は話し始める。

自分が魔法使いとして覚醒した時の事と精霊の力を封印する能力があることをー。

すると美九は目を見開き、再び士道の顔を凝視してきた。

 

「霊力を…封印? どういうことですかー?」

 

「それがよくわからんのだよ」

 

言いながら肩をすくめて士道は続ける。

そしてその能力を使って霊力を封印すれば、精霊はASTに狙われることもなく、こちらの世界で平穏な生活が送れるということを。

一通り説明を終えた士道は、美九の目を真っ直ぐ見返しながら、ロを開いた。

 

「もし……もし俺の言うことを信じて貰えるなら、美九、おまえを一助けさせて欲しい」

 

「………」

 

相づちを打つこともなく黙って士道の話に耳を傾けていた美九は、しばしの間考え込むように目を細め、口元に手をやった。

沈黙が、応接室の中に流れる。

規則的な時計の音と心臓の鼓動がいやに大きく感じた。

そしてどれくらい経った頃だろうか、美九が小さく息を吐いた。

 

「わかりましたぁ。信じます。

嘘をついているような声にも聞こえませんしー」

 

「……! ほ、本当か!?」

 

士道は目を丸くして声を裏返らせた。正直、こんな荒唐無稽な話、如何に精霊といえどもそう簡単には信じて貰えないと思っていたのである。

そんな士道の反応を見てか、美九が苦笑する。

 

「何ですその反応。まるで私が士織さんを信じないとでも思っていたみたいですー?」

 

「いや、それは」

 

「うふふ、ごめんなさい。

ちょっといじわるでしたねー」

 

小さく笑みを浮かべながら美九は士道の方へ歩いていく。

 

「確かに驚きましたけど、見たところ、士織さんが嘘をついているとは思えないんですー。

それに、私たちの出会いに作為があったとはいえ、その理由が私を救おうとしてくれていたからだなんて、嬉しいじゃないですかー」

 

「あ、あはは…」

 

なんだか照れくさくなって、後頭部をかいてしまう。

 

「……と、もしかして、士織さんはもう既に精霊の力を封印したことがあるんです?」

 

「え? あ、ああ。あるよ。五人-いや、正確に言うと六人かな」

 

「! 本当ですか? そんなにたくさんの精霊さんがこちらで暮らしているだなんて知りませんでしたぁ。

是非会ってみたいです。お願いできますか?」

 

「あ、ああ。もちろん! みんな美九と仲良くしてくれるさ!」

 

士道は声を弾ませた。

本当に、性格の穏やかやかな精霊で助かった。

これならば直ぐにでもと、思ったところで。士道はもう一つの問題に気付いた。

 

そういえば、まだ士道は霊力封印の方法を美九に伝えていなかったのである。

琴里の話では好感度も機嫌も悪くない数値らしいが、素直にキスに応じてくれるか否かはわからない。

士道は緩みかけた緊張の糸をまたピンと張り詰めさせた。

 

「それで、その封印の方法なんだけど……」

 

そして、おずおずといった調子で美九に話しかける。だが-

 

「ああ、いいですよー、それ以上は」

 

「えー…?」

 

美九が、半眼を作りながら続けてくる。

 

「あなたの話を信じはします。でも、霊力の封印はしてもらわなくて結構ですよー」

 

「な……っ」

 

予想外の言葉に、士道は息を詰まらせた。同時に、琴里の声が右耳の鼓膜を震わせ。

 

『ち……そうきたか』

 

美九は悠然と構えながら、花びらのような唇を動かしてきた。

 

「だってえ、そうでしょう?

私は霊力を有していいる状態でも十分に満足した生活を送れているんですもの。

あえて力を差し出す理由はないはずです。

あなたとはこれからもいいお友達でいたいと思いますけど、それとこれとは話が別ですよー」

 

「そ、それは…」

 

士道は□ごもった。言われてみれば確かにその通りなのかもしれない。

士道の、ラタトスクの目的とは、霊力を封印し、普通の生活を送らせることである。

だが、この《ディーヴァ》誘宵美九は半年近く前からこの世界で過ごしているのだ。

だが、士道にはどうしても納得できない所があった。

 

『馬鹿言ってんじゃ無いわよ!』

 

琴里も士道と同じ気持ちらしく不機嫌そうな声で鼓膜を震わせた。

 

『つい数日前に空間震を起こした精霊が何を言ってるの?

それに、ASTの連中には精霊の思想なんて関係ないわ。

霊力反応が認められたなら。

容赦なく襲いかかってくるわ。

鳶一折紙に正体が割れた以上、観測が入るのは間違いない。

もうそう猶予はないはずよ。

丸め込まれちゃ駄目よ、士道。

美九をそのままにしておいたら、彼女の大切なものさえ傷つけることになるわ』

 

『ああ、わかってるよー』

 

琴里の一喝をと共に、士道は拳を握りしめた。

ーそうだ。ここで士道が折れるということは、美九を、そして美九を取り巻く様々な世界に不幸を呼ぶことになる。

 

「美九、おまえは四日前、立浪駅前で空間震を起こしてるよな……?

それって、おまえが自分の力を制御しきれていないってことなんじゃないのか?」

 

士道が言うと、美九は驚いたような顔を作った。

 

「あらー? よくそんなこと知っていますねー」

 

「魔法使いの情報網を甘く見るなよ。

それでだ、霊力をそのままにしておいたら、いつか友達やファンの人を傷つけることにだってなるかもしれない。

頼む、俺に美九の力を封印させてくれ…!」

 

美九の目をジッと見つめ、訴えかける。

しかし美九は小さく息を吐くと、ゆっくり首を横に振った。

 

「心配してくれるのは嬉しいですけど無用ですよ」

 

「っ!?な、なんでだよ」

 

一瞬、嫌な予感が頭をよぎったが士道は尚も問う。

 

突然発されたその単語に、一瞬身体を硬直させてしまう。

 

「っ!な!なんでだよ」

 

問う。すると美九は気負う様子もなく、言ってきた。

 

「だってーあの空間震は、私が自分の意思で起したものですかー」

「なっ!?」

一瞬、美九の言っている意味がわからず目を見開く。

確かに、自分の意思で空間震圭き起こすことがで精霊は存在する。

ならば目の前の美九にそれができても不思議はない。

だが、それを理解してなお、士道の頭から疑問は消えない。

 

「一体何で…そんなことを…」

 

ひどく当たり前な疑問。

美九がそんな行為に及んだ動機が、まったくわからなかったのである。

すると美九は、先ほどと何ら変わらない様子で、髪の先をいじりながら語り始めた。

 

「士織さんに初めて会ったとき、言いましたよねー。

私、ステージが好きなんですよー」

 

「……ああ」

 

確かに士織として初めて会ったとき、美九はそんなことを言っていた。

 

「偶然立浪駅前を通りかかったとき、天宮アリーナでどこかのバンドさんがライブをやっていたんですよー。

ーそれでですねー、そのときふっと気づいたんですけど、そういえば私、天宮アリーナでは歌ったことがなかったんですよー」

 

「…え?」

 

「それで、急に歌いたくなっちゃったんです。だから、えいや一つ、と」

 

美九が、可愛らしい仕草で微笑みながら言う。

 

「……っ、そんな、理由―で」

 

士道は信じられないものを見るように表情を盃め、のどを震わせた。

 

「そんな理由、だなんてひどいじゃないですかー」

 

「だって…辺りにはたくさん人がいたんだぞ……?

もし逃げ遅れたりしたらー」

 

「仕方ないじゃないですかー。

だってえ、私が歌いたかったんですよー?」

 

一淡々と言うう美九の顔には、一切罪悪感のようなものは見られない。

それどしろか、その行為を悪事と認識していないようにさえ見えた。

思わず、美九を殴ってしまいたくなる衝動をこらえる。

 

「…っ なんとも思わないのか?空間震を起こすなんて、そんな…」

 

「なんとも……って言われましてもお」

 

「もしおまえの友達-そう、今日おまえと共に下校していた女の子がそこにいたら死んでたかもしれないんだぞ!?

そうなったらどうするんだよ!」

 

士道が叫ぶように言うと、美九はしばしの間思案をするように視線を巡らせたのち再び士道に目を向けてきた。

 

「それは……困りますねー」

 

「! そうだろ! だから…」

 

「また私好みの女の子を探す手間がかかっちゃいますしー」

 

「な……!?」

 

士道は、我が耳を凝った。

 

目の前にいる誘宵美九は、明らかに『異質』だった。

その行動に、言葉に悪意も、殺意もない。

人間の暮らしにここまで適応していながら。

価値観が、死生観が、概念が、士道たちのそれと乖離しすぎているのである。

 

『これは…予想外ね』

 

琴里の難しげな声が聞こえる。だが、今の士道に、返答を返すような余裕はなかった。

 

「お、まえ…は…悲しく、ないのかよ? あれだけ自分を慕ってくれる友達が…自分のせいで死んでしまっても」

 

「いえ、悲しいですよー?

あの子は私のお気に入りの一人ですしー。でもー」

 

美九は人差し指をあごに当てながら続けた。

 

「ほら、彼女、私のこと大好きですしー、私のために死ねるなら本望じゃないですかー?」

 

ーさすがに、限界だった。

血が出んばかりに握りしめた拳をテーブルに叩き付け、その場に立ち上がる。

 

『士道、落ち着きなさい! 短気を起こすんじゃないわ!』

 

琴里の制止が響いてくるが、もう自分でも自分を抑えられる気がしなかった。

鋭くした視線で美九を睨み付け、うめくように言葉を発する。

 

「自分のことを…好きだから…?」

 

「はいー。

彼女だけじゃありませんよー? みんな、私のことが大好きなんですよー。

私の言うことはなんでも聞いてくれるんですー」

 

「そうか……」

 

士道はゆらりと顔を上げた。

 

「―俺は、おまえ、嫌いだけどな」

 

「あらー?」

 

美九が、ぴくりと眉を動かす。

 

「傲岸で、不遜で、鼻持ちならない。

みんながおまえを好き? はッ」

 

右手を持ち上げ、士道は美九に指を突きつけた。

 

「世界の誰もがそんなおまえを肯定しかしないなら……俺がそれの何倍も―おまえを、おまえの行為を、否定する……ッ!」

 

士道が言うと、美九は数秒の間面食らったように目を白黒させていたが、やがて頬に手を当てて目を細めた。

 

「……ふぅーん、嫌い、ですかー」

 

呟きながら美九が唇の端を浮かべる。

 

「そんなこと言われると、なおのこと欲しくなっちゃいますよう。

士織さんが顔をぐちゃぐぢゃにして泣きながら、『あなたのことが大好きです』って言うまでいじめたくなっちやいます。

うふふー、士織さんはいつまで私のこと嫌なんたて言えますかねえー」

 

「俺は、おまえのものになんてならない」

 

確固たる意志を持って士道が答えると美九は楽しげに、無邪気な笑みを浮かべた。

 

「でも、あなたは私の精霊の力を封印したいねでしょう?」

 

笑みを浮かべたまま言ってくる美九は何かを思いついたように手を打つ。

 

「それなら、一つ勝負をしませんか?

そうですねー……じゃあ、士織さんは私の霊力を封印したい。

私は士織さんを手に入れたい。

でも双方共にそれを受けるつもりはない。

ーこれ以上議論を続けても平行線だとは思いませんかー?」

 

「………」

 

士道の無言を回答と受け取ったのだろう、美九が続ける。

 

「だからぁー勝負をしましょうよー。

そうですね…せっかくです、今度の天央祭一日目で来禅が最優秀賞を取ったら、私の霊力を封印させてあげる。というのはどうですー?」

 

「? 天央祭で……?」

 

「はいー。どうですか?面白いと思いません?」

 

「もし竜胆寺が勝ったら……?」

 

士道が問うと、美九はふふっと可愛らしく微笑んだ。

 

「そのときは士織さんと、士織さんが霊力を封印したという五人の精霊さん、みんな私のものになってもらいます」

 

「な、何を勝手な…! そんなことできるわけー」

 

士道は息を詰まらせそこで、もう一つの凝間に眉をひそめた。

 

「ちょっと待て。何で…一日目なんだ?」

 

「そんなの、決まってるじゃないですかぁ。一日目に私が勝っておけば、二日目、三日目は精霊さんたちと天央祭を楽しめるんですよお? 」

 

一拍おいて、美九が言葉を続けてくる。

 

「ー確か一日目のステージは、音楽関係の出し物がメインですしねえ」

 

その言葉に、士道は胃に冷たいものが広がるのを感じた。

 

「……っ…まさか、おまえー」

 

そんな士道の様子を察したのか、美九が笑みを濃くしながら続けてきた。

 

「ええ。本当はあまり人前には出たくないんですけど、精霊さんたちのためなら特別です。

一日目のステージには私が立ちます」

 

「な……!?」

 

士道は息を詰まらせた。

ただでさえ相手は常勝竜胆寺だというのに、そんな場所にメディアに一切姿を現さない謎のアイドルが出演するとなれば大騒ぎぎになるだろう。

そうであれば天央祭に足を運ばない美九のファンが押し寄せてもおかしくはない。

そうなれば必然ーステージ部門で竜胆寺の勝ちは揺るぎないものになるだろう。

 

「うふふ、そうですねえ、せっかくですから直接対決といきましょう。

士織さんもステージで何かやってくださいよぉ」

 

「なっ……そんなの、そっちが有利過ぎるじゃないか!」

 

「そうですかー? そうは思わないですけどねえ。私にとっては『勝負をしてあげる』こと自体が譲歩なんですからぁ。

確かに士織さんは欲しいですけれど、あなたがいなければ困るようなことはありませんしー。

対してあなたの方は?」

 

「ぐ……」

 

士道は悔しげにうめいた。

要は美九はこう言っているのだ。

自分の霊力を封印したいのであれば、この圧倒的に不利な勝負を受けるしかない、と。

 

「さあ、どうしますかー?」

 

美九がにこやかに問うてくる。

 

「とう…だ」

 

「はいー?」

 

「上等だって言ってるんだ!

こうなったらその勝負に受けてやるよ!!!!」

 

半ばヤケになって言う士道に美九は満足げに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で? 何か申し開きはあるの、士道」

 

夜。美九の自宅から出た瞬間に《フラクシナス》の転送装置に拾われ、すぐさまブリーフィングルームに通された士道を待つていたのは、いつも以上に高圧的な妹様の怒った顔だった。

 

「…面目ない」

 

『全くです、今回のマスターは冷静さを欠いてました』

 

正座しながら《オーディン》と琴里に頭を下げる。

 

「言ったわよね、短気を起こすなって。

精霊の好感度を上げようってときに、よりにもよって『おまえが嫌い』?『おまえを否定する』?思い切ってくれたものね」

 

「すまん…アイツの人の命を何とも思ってない態度にカッとなった…

だが、誰かが言わないといかんだろ」

 

「言う必要はなかったわよね?少なくともあの時に…」

 

「うぐ……」

 

きっぱりと言われ、士道はまたも口ごもった。

 

「確かに誘宵美九の価値観は普通のそれと乖離しているわ。

封印後は念入りな教育が必要でしょうよ。

……でも、だからこそ早く霊力を封印しなきゃならないんじゃないの。

なんでわざわざ相手を煽るような真似をするのかしらこの変態女装男子は」

 

「いやいや…これは女装と違うから」

 

不条理に過ぎる罵倒に抗議の声を上げるも、琴里はまったく意に介していないようだった。

なんだか腑に落ちない気分になったものの、まあ今それはさほど重要ではないと思い直し、言葉を続ける。

 

「っていうか、そうは言うけどよ、美九の好感度と機嫌はどうなんだ?

少なくともインカムからアラームは聞こえてこなかったぞ」

 

士道が反論すると、琴里はと鼻を鳴らした。

 

「確かに、美九の好感度と機嫌はそこまで低下していないわ。

自分を否定された驚きからか、一時不安定にはなったものの、どうにか持ち直してる」

 

「だったらー」

 

「ええ。何も問題はないわ。

―士道が誘宵美九にステージ勝負で勝てるのならね。

勝算はあるの?」

 

「…ありません」

 

反撃の兆しとばかりに顔を上げていた士道は、再びと首を前に倒した。

そんな士道の様子を見てか、琴里はため息をついた後、足を組み変える。

 

「とにかく。

言ってしまったものは仕方ないわ。

実行委員の雑務はこっちでなんとかするから、士道は明日にでも、ステージに立てるように、出演者と練習てきなさい」

 

 

「ー協力してくれるのか?」

 

「当然でしょ何のために《ラタトスク》がいると思ってるの?

こうなった以上、全力をあげて勝ちにいくわよ。

わかってるでしょうね、あなたたち」

 

『はッ!』

 

琴里が腕を組みながら言うと、周囲のクルーたちから一斉に応答の声が響き渡った。

 

「とはいえ、相手は人気アイドル誘宵美九。

そう簡単に勝てる相手じないわ。

士道の学校は、一日目のステージで何をやるの?」

 

「え?ええと……」

 

言われて、士道は記憶を探った。

確か亜衣麻衣美衣が参加すると言っていた気がする。

 

「確か……バンド演奏だったと思う」

 

「バンド、ねぇ、よかったじゃない、得意分野で」

 

「は?」

 

琴里の言っている意味がよくわからず、首を傾げる。

すると、琴里は手元のコンソールを操作し、部屋に設えられていた大型スクリーンにとある映像を表示させた。

 

「つっ…!?」

 

それを見て、士道は思わずのどを引きつらせた。

映っているのは士道の部屋だった。

中学生くらいの士道がベッドに腰樹け、中古のギターを弾いている。

特別上手くはないものの、決して下手でもない。

むしろ中学生にしては上手いくらいだろう。

だが、そこからが問題だった。

士道はどっぷり自分の世界に陶酔した様子のまま、自作拙いメロディに乗せて、自作の歌詞を口ずさみ始めたのである。

そう、中学生の頃、思春期をこじらせた士道は、一時「俺の気持ちをわかってくれるのはギターだけだから……」と、ちょっと影のある男を演出していたことがあったのだ。

無論、受験に差し掛かったあたりで急に恥ずかしくなって封印した過去ではあるが。

 

「せっかく磨いた腕を…ぷっ、披露する場ができたじゃない……くくくっ!」

 

琴里が小刻みに肩を揺らし、必死に笑いを堪えながら言ってくる。

よく見ると、他のクルーたちも皆、顔を背けて身体をぷるぷる震わせていた。

 

「ちょーな、なんでこんな映像が…っ!」

 

「まあ、何かの役に立つと思って…ね……ぷふっ」

 

そこで、映像の中の士道がサビに入る。急にその場に立ちちがり、ギターを派手にかき鳴らし始める。

琴里が耐えきれずに思い切りと喫き出した。

 

「やっ、やめてやめてやめてええええええッ!」

 

士道が頭を抱えて叫んでいると、不意に演奏が終わった。

 

 

数秒後、なんとか呼吸を整えた琴里が、パチンと指を鳴らす。

 

「まあ、まったく未経験のものよりいいじゃない。

ーもちろん、最高の指導員を用意するわ。

今日から天央祭当日まで、眠ってても曲が演奏できるようになってもらうから覚悟なさい」

 

「…はい」

 

某ボクシング漫画の主人公のように真っ白に燃え尽きた士道は力なく頷いた。

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