「さて…あいつらは俺をメンバーとしてくわえてくれるかね…」
士織ちゃんモードに変身した土道は今、一日目のステージへの出演交渉をするために、四階に位置する音楽室前にやってきていた。
聞いたところによると亜衣麻衣美衣達が、ここでバンドの練習をしているらしい。
とはいえ、亜衣麻衣美衣を含むメンバーは、今までずっと練習を重ねてきたはずである。
今さら士道が混ぜてくれと言っても、そう易々と受け入れてくれるかはわからなかた。
と、士道がそんなことを考えていると、背後から現れた二人の女生徒が肩に手を置いた。
「ようやく見つけたぞ、シドー。
一体どこに行っていたのだ」
「もう離さない」
「十香に…折紙?な、なんでこんなところに……?」
士道は目を丸くしながら言った。
そう、士道の肩に手を置いていたのは、教室にいるはずの十香と折紙だったのである。
「うむ。
突然シドーが消えたから探していたのだ。
鳶一折紙にさらわれたのではないかと思って心配したぞ」
「夜刀神十香に何かされたのではないかと思っていた。
無事で良かった」
言ってから二人は互いに視線を交わし、フン、とそっぽを向く。
「ところで二人とも…どうして俺だとわかった?」
桜の霊力による変身は完璧である。
そんな士道の変身を見破った二人を士道は感心した様子で言う。
「「士道の匂いがしたから」」
示し合わせたように同じ答えを出す二人に士道は苦笑し、そこで首を傾げた。
目の前にあった音楽室の扉。
その向こうから、楽器を乱雑に掻き鳴らすような音が聞こえてきたのち、何やら口
論をするかのような声が聞こえてきたのである。
「なんだ…?」
やんわりと十香と折紙の手を肩から外し、中の様子を探るように扉に近づいていく。
するとその瞬間、扉が勢いよく開かれ、顔にぶつかりそうになる。
「あぶなっ……!?」
「何よ、じゃああんたたちで勝手にやりゃいいじゃない!」
「そうよ、私たちには関係ないわ!」
しかし、扉を乱暴に開けた犯人たちは士道の存在に気づいていないらしい。
見覚えのない女子生徒が二人、見るからに怒っだ様子でそう叫び階段を下りていく。
「し、シドー、大丈夫か!?」
一拍おいて、十香が心配そうに士道のもとに寄ってくる。
士道は手を振りながら「おう、ギリギリの所で当たってない…ー」っと答えた。
と、音楽室の方からまたも会話するような声が聞こえてくる。
「けッ、ベーケヤロィ、やる気のない奴なんかこっちか願い下げだ!」「もう、亜衣ったら、どうするのよ、もう私たち三人しかいなくなっちゃったじゃない」
「楽器はともかく、ボーカル不在は深刻ね。―ん?」
美衣が、音楽室の前にいた士道、十香、折紙の姿を目にし眉を上げる。
次の瞬間には、その情報は亜衣、麻衣にも伝播し
「確保ぉ!」
叫んで、三人が士道たちに襲いかかってきた。
「なーるほど…私たちの知らないところでそんなことになっていたとはねえ」
寝違えたかのように首を横にしながら、亜衣が唸るように言った。
ちなみに彼女は首を傾げているわけでも、士道たちを馬鹿にしているわけでもない。
単純に、先ほど飛びかかってきたとき折紙に華麗な関節技を極められただけである。
今音楽室にいるのは、亜衣麻衣美衣、そして士道、十香、折紙の六人のみだ。
士道はステージに立つバンドに参加させて欲しいと伝えたあと、重要なことは所は隠しつつ、誘宵美九に勝負を挑まれたことを説明していた。
「よっしゃ、私らも鬼じゃない。
士織ちゃんの貞操のためにも一肌脱ごうじゃないの!」
亜衣が胸を叩く。
その際首にも振動が伝わったのだろう。
涙目になって「うきゅぅぅ」と珍獣のようなうめき声を上げた。
「まーたそんなこと言って。
人数足りなくて困ってたのは二つちなのに」
「まあいいじゃないの。
追加要員三人! これで何とかなりそうね」
「え?」
美衣の言葉に、士道は首を傾げた。
「あ、いや、十香……さんと折紙さんは私の付き添いで…」
「そうなの?
そのわりには……」
麻衣が士道の後方を指さす。
そこには、既に楽器を選び始めている折紙と十香がいた。
「え、ええと……おまえら、じゃなくてあなたたち……」
士道が苦笑しながら言うと、二人がうなずいてきた。
「どんな経緯でそうなったかはわからないけれど、その勝負、負けるわけにはいかない」
「うむ、私に任せておけ!」
息ぴったりにそう言ってから目を見合わせ、顔を背ける。
「まーまー、二人とも仲良くねー」
「そうそう。一緒に竜胆寺を倒しましょうよ」
「士織ちゃんのためにもさー」
亜衣麻衣美衣がそう言うと、二人は渋々ながらも納得したようだった。
そんな様子を見て、士道もホッと息を吐き出す。
折紙と十香がどの程度演奏できるかはわからないが練習中や本番中、士道の目の届かないところで喧嘩をされても困る。
一緒に参加してもらった方が心理的には助かるのかもしれなかった。
「でも、実行委員全員がこっちに参加しちゃうとなるとさすがにヤバいんじゃないの?」
と、麻衣があごに指を触れさせながら言ってくる。
士道は「ああ」とうなずいた。
「そっちは心配しないでください。
知り合いに頼んできました」
「そうなの? んーじゃいっか」
なんて、意外にもあっさりと言う。
……さすがに実行委員としてもう少し懸念を示した方がよいのではと思わなくもなかったが、詳しく追及されてものことを説明できるわけでもないので何も言わずにおいた。
「それで……早速練習に入りたいんだけど、士織ちゃんたちは何か楽器できるの?」
と、亜衣がふっと士道に視線を向けてくる。
「私がベース、麻衣がキーボード、うんでもって美衣がドラムやってるんだけど」
「はあ…その、一応、ギターを少々」
無論もう、ギターと書いて『コイツ』とは読まないが、それを言うのに、士道は妙にカロリーを消費した気がした。
新しいダイエット法として本を書けば売れるかもしれない。
だがそんな士道の言葉に、三人娘は「おおっー」と目を輝かせた。
「いいねーいいねーギター少女」
「か一つこいー!
やっちゃってよー、やっちゃってよー」
「で、あとのお二人は?」
美衣が十香と折紙に問う。
すると折紙が、迷いなく口を開いた。
「ギター。士織とお揃い」
「おー、鳶一さんも経験アリ?」
折紙は首を横に振った。
「一日貰えれば、弾けるようにしてくる」
「そ、そう…」
無茶な宣参口だったが、折紙が言うと妙に説得力があった。
亜衣が頬をかく。
次いで十香が、キラキラした目で亜衣麻衣美衣に間いかける。
「私は何をやればいいのだ?」
「そうね、何か経験のある楽器ってある?」
「ないぞ!」
「えーと……じゃあ好きなアーティストとか」
「ないぞ!」
「うーんと……それじゃ」
「ないぞ!」
十香が明朗快活に返答する。
最後はちょっとフライングまでしていた。
三人は何やら会議をしたのち、音楽室の奥から小さな箱を引っぱり出してきた。
そして、いやに重苦しい調子で口を開く。
「十香ちゃん……あなたにこれを託すわ」
「常人には到底扱いきれない、伝説の楽器よ」
「でも、十香ちゃんなら可能性がある。
やってくれるわよね……?」
三人の神妙な調子に、十香がごくりとのどを鳴らす。
「う……うむ」
十香が頷くと、三人は段ボールを開けた。
中から凄まじい光が溢れた。気がした。
「これよ……」
言って、亜衣が箱の中から楽器を取り出し、十香に手渡す。
丸い骨組みの周囲に、小さな円形の金属板が幾つもついたその形はーまあ、どこからどう見てもタンバリンだった。
「こ、これが……伝説の楽器……」
しかし十香は恐る恐るといった様子で手を戦慄かせると、恐る恐るタンバリンを持つ手を動かした。
シャン、という綺麗な音が鳴る。
「お、おお…!」
十香が目を輝かせると同時、亜衣麻衣美衣が驚いたような顔を作った。
「ま、まさか手にした瞬間に音を鳴らすことができるとは……!」
「さすが十香ちゃん! あなたにならこれを使いこなすことができる!」
「天の扉は開かれた! 楽聖の誕生じゃあ!」
すごく適当なことを言っていたが、十香は満足らしかった。
楽しげにシャンシャンとタンバリンを鳴らし始める。
と、亜衣麻衣美衣が首を回し、十香から士道へと視線を移してくる。
「一つと、まあ大体担当楽器は決まったとして」
「ギターの用意もないだろうし、本格的な練習は明日からになると思うんだけど…」
「その前に決めておかないといけないことがあるのよねー」
「というと?」
士道が問うと、三人はぱつが悪そうに頬をかいた。
「んー、まあぶっちゃけ、ボーカルのことなんだけども」
「実は私たち、みんな歌はそんな上手くなくてさー」
「誘宵美九相手となるとなかなか厳しいっていうかー」
はぁ、とため息を吐く。
すると美衣が声を上げた。
「だいたいさ、普通バンドのボーカルってギターとかベースとかがやるものなんじゃないの?
亜衣やってよ!
ライブで盛大にコケて縞パン晒してよ!」
「はぁ? 何決めつけてくれてんのよ。別にキーボードが歌ったっていいんだから、麻衣がやりなさいよ! もう終わりだよ! 君が小さく見えるよ!」
「ちょっ、それ一一一一言うならドラムだっていいじゃない。
大体てドラム叩いてるのに、なんで美衣は歌えないのよ!
ロマンティック止まってんじゃないの!?」
口々に言って、わいわい喧嘩を始めてしまう。
「ま、まあまあ、落ち着いて……」
と、士道はそこであることを思い出した。
「そうだ…ボーカルといえば」
制服のポケットを探り、今朝方琴里から渡されたCDを取り出す。
そして部屋の脇にあったプレイヤーにそれを入れると、そのまま再生ボタンを押した。
すぐにスピーカーから賑やかな曲調が流れ始めー亜衣麻衣美衣が「ん?」と喧嘩をやめてこちらに顔を向けてくる。
「これ、誰の曲? 歌詞入ってないみたいだけど格好いいじゃーん」
「....実は親戚に音楽関係者がいまして。
それで、未発表曲を提供してくれて…」
士道が適当に言うと、亜衣麻衣美衣は顔を輝かせた。
「マジ?それってスゴくね!?」
「え、じゃあこの曲使っちゃっていいワケ?」
「っていうか士織ちゃん歌ってくれんの?」
「え…ええと…」
士道が口ごもっていると、あれよあれよという間にステージが整えられてしまった。
ついでに十香と折紙が士道の前に座り、観客モードになる。
「はい、ミュージック、スタート!」
「え、あ、ちょっと!」
士道の制止も聞かず、麻衣が曲を再生する。
士道は慌ててポケットから歌詞カードを取取り出すと、少し遅れて歌い始めた。
ーそして、およそ五分後。
「おおー!」
「上手い」
十香がパチパチと拍手をし、折紙が無言でうなずいてくる。
ちなみに、いつの間にか折紙の手にはボイスレコーダーが握られていた。
実際に士道も自信はあったのだ。
そんな二人に同じく、亜衣麻衣美衣の三人は驚いた顔で唸っていた。
「すご…」
「う、上手い」
「神だ……神がここにいる!」
実際、琴里の前で歌ったときも、同じ評価だった気がする。
だが、これで美九に勝てるかと問われれば微妙である。
と、その場に座っていた折紙が不意に立ち上がった。
「―士織、もう一度曲をかけて」
「え?」
「あなたを負けさせるわけにはいかない
私も歌う」
士道が目を丸くしていると、折紙は歩いて壇上に上がり、マイクを手に取った。
どうやら士道と共にツインボーカルをやるつもりか試しに歌ってみようというつもりらしい。
折紙の意図を察した士道は、彼女の言うとおり曲を再生しようとして思いだしたように歌詞カードを示した。
「折紙……さん、これ」
「必要ない。覚えた」
「そ、そうですか……」
士道は苦笑しながら頬をかき、大人しく曲を再生した。
ー伴奏が終わり、二人が歌い出す。
「うわぁ…」
その瞬間、誰かの小さな声が、後方から聞こえてくる。
だが、その気持ちは士道にもよく理解できた。
折紙がいつもと変わらぬ表情のまま歌い上げたその歌はープロ顔負けの上手さだったのである。
「はー…」
二人が完壁に歌を歌い上げると同時、亜衣麻衣美衣の拍手が上がった。
「うっわ、なに、すごっ!」
「鳶一さんそんな上手かったの?」
「え?これマジでいけんじゃね?」
にわかに沸き立つ三人娘。
だがその気持ちもわからなくはなかった。
折紙の普段の無表情や所作とのギャップもあったのかもしれないが、それを差し引いたとしても常人離れした歌唱力だ。
音程、声量共に完璧でCDをかけているかのように正確無比な歌声である。
隣で歌っていて思わず鳥肌が立った程である。
士道はごくりと唾液を飲み下すと、折紙に向かって一歩足を踏み出した。
「折紙さん…お願いします。
私と一緒にボーカルをやってくれませんか?」
「士織の勝利のためならば」
折紙が、微塵の逡巡も見せずに即答する。
亜衣麻衣美衣が一緒に盛り上がった。
と、そこで士道の肩がつつかれた。
見やると、十香がうずうずした様そこに立っていることがわかる。
「私も! 私も歌っていいか?」
「え? ああ、もちろん」
答えてから、士道は十香に歌詞カードを手渡してやった。
さすがに折紙のように数回聞いただけで歌詞を完壁に覚えることはできなかったらしい。
大人しくそれを受け取る。
そして片手にマイク、もう片方にタンバリンと歌詞カードを持った状態で壇上に上がる。
そういえば、士道は十香が歌っているのを見たことがなかったかもしれない。
うろ覚えの鼻歌くらいは耳にしたことがあったが……。
伴奏・歌詞付きでちゃんと歌うのを聞くのは初めてである。
十香も精霊。もしかしたら、美九ほどではないにしろ、人を魅了する魔性の歌声のようなものを持っているのかもしれない、なんてことを考えながら。
だが。十香は伴奏が終わっても一向に歌い始めなかった。
「む…むう?」
難しげに眉をひそめ、士道に向かって手招きしてくる。
「? どうかしたんですか?」
「うむ……この漢字はなんと読むのだ……?」
言って、困った顔を作りながら歌詞カードを示してくる。
「あー……」
とりあえずボーカルは折紙と士織に決定かな……と皆の心の中で意見が一致した。
「よ、よし、とりあえず時間もないし、練習始めよっか!」
っと言う士道の言葉と共に一度は練習を開始した。