デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第二十九話 『開幕!天宮祭』

『これより第二十五回、天宮市高等学校合同文化祭を開催いたしますー』

 

スピーカーからの実行委員長の宣言と同時、各展示を開ける。

九月二十三日、土曜日天宮市内の高校生が待ちに待った、天央祭の始まりである。

 

正面入り口から近い一号館、二号館には主に飲食関係の模擬店が、奥の三号館、四号餅には、様々な研究発表やお化け屋敷などの簡易アトラクションが集められていた。

士道がいるのは二号館、来禅高校の勝敗を握る重要施設である飲食スペースだ。

 

『まっ…予想はしていたけど…これはちょっと…』

 

そう心の中で呟きながらため息を漏らす。

理由は至極単純なものである。

士道は顔を上げ、辺りを見回した。

周囲には様々な模擬店が展開されている。

だが、士道たち来禅高校の必勝策はそんな生やさしいものではなかったのだ。

士道は頭を回し、自分の背後に聳えている看板に目を向けた。

 

『メイドカフェ☆RAIZEN』

 

その名称を頭の中で反笏してから、視線を下にやる。そこには、

 

「おお! ひらひらだな!」

 

フリルのいっぱいついたエプロンの裾をつまんでひらひらさせながら笑う十香や

 

「士道くんすごく似合うんだよ!」

 

っと目をキラキラさせて宣う桜に

 

「ぷ、くく……し、士道、御主、おなごの格好もなかなか似合うではないか」

 

「不覚。失笑を禁じ得ません」

 

士道の姿を見て含み笑いを漏らす、十香と同じ装いの耶倶矢、夕弦などが見受けられた。

 

そこまでを再確認し、士道はさらに視線を下へ。

自分の装いを見直した。

十香や桜、八舞姉妹たちとまったく同じデザインの衣服を。

 

「なんで……こんなことに…」

 

女子高生の制服も大概ではあったが、さすがに士道も、人生においてメイドさんのコスプレをさせられる日がくるとは思ってもいなかった。

なんだか男の子の心の大事な部分が汚れてしまった気がして、つくりと肩を落とす。

と、そんな士道の肩、優しく手が置かれる。亜衣(メイドさんバージョン)だ。

背後には、同じ格好をした麻衣と美衣も見受けられる。

 

「どーしたのよ看板娘え。ほら、そろそろお客さん来るんだからしゃんとして」

 

言ってビッと親指を立ててくる。

士道はゆらゆらとその場に立ち上がった。

 

「……あの、これ、メイドカフェって」

 

「ああ。いいっしょ? 竜胆寺に勝つにはコレしかないって決めてたなよ」

 

「いや、ていうか……よく許可出ましたね、こんなの」

 

天央祭は規模こそ大きいものの、あくまで高校の文化祭である。

自由そうに見えて意外に縛りりは多い。

「学生にふさわしくない」と判断されたなら、そもそも許可自体下りないのだ。

その点こういった接客メインの店舗は微妙なラインに位置づけられるはずだった。

そういった点は重々承知しているのだろう、悪い顔をしながら肩をすくめてくる。

 

「だから印象操作に苦労したのよー。最初はキャバクラで提出したからねえ」

 

「ぶッ」

 

士道は思わず噴き出した。亜衣麻衣美衣がつられて笑う。

 

「あんときはえっらいこっぴどく怒られたよねー」

 

「うんうん。でもそのおかげで本命のメイドカフェが通りやすくなったし」

 

「まあ本当は、もっとスカート短くしたかったんだけどねー」

 

言いながら、美衣がスカート越しに士道のふとももに線を引いてくる。士道は顔を青くして思わずスカートを押さえた。そんな様子を見て亜衣麻衣美衣が再び笑う。

 

「まあ、士織ちゃんたちステージメンバーは入り口に立って客寄せパンダしててよ。

ホールスタッフにはガチで接客教え込んであるから安心して呼び込んじゃって」

 

「そそ。できるだけ派手にお願いねー。もう行列作っちゃう勢いで!」

 

「うんうん、天真燗漫絶世美少女に、巨乳ほんわか、タイプ別双子、それに長身気弱系ときた日にゃあ、もう釣れない男は熟女好きか同性愛者くらいのもんよ」

 

「はー」

 

いつの間にか気弱系にカテゴライズされていた。

複雑な心境で苦笑する。

と、そこで士道は「ん?」と首を傾げた。

 

「そういえば……折紙さんはどうしたんですか?」

 

そう。他のステージメンバーはみんな揃ってメイドさんをしているのに、折紙の姿だけがそこになかったのである。

 

「んー? 鳶一さん? そういえば朝から見てないわねー」

 

「一応担当場所はメイドカフェのはずだけど……」

 

「あの日なんじゃないのー?」

 

美衣が言うと、三人があははと笑った。士道はどうリアクションを取っていいかわからず、ぎこちない笑みを浮かべるしかなかった。

 

「ま、そのうち来るでしょ。

ステージに間に合えば別に文句ないわよ」

 

「そ、そうですね…」

士道が頬をかきながら答えると同時、正面入り口の方から夥しい数の足音が響いてきた。

どうやら、お客様……もとい『ご主人様』と『お嬢様』がやってきたらしい。

 

「さ、じゃあここはよろしくねー!」

 

「時間になったら呼ぶからさー」

 

「あー、みんな、ここは士織ちゃんに任せていくから、ちゃんと指示に従ってねー」

 

言って、亜衣麻衣美衣が店の中に引っ込んでいく。

 

「え……っ、ちょ…」

 

店の前に残されたのは、士道、十香、桜、八舞姉妹、そしてその他の、各クラスから選りすぐられた客引きメイドさんが20名ほどである。

それら皆が、今し方客引き隊長に任命されてしまった土道に目を向けてきていた。

 

「はぁ…」

 

士道は困り顔で頬をかくと一回、咳払いをした。

 

「その、とりあえず、皆さん、頑張ってください」

 

『はいっ!』

 

士道の声に応え、メイドさんたちが一斉に礼をする。

きちんと手を前で合わせた綺麗なお辞儀である。なんだかんだでちゃんと教育されているらしい。

……中には「おー!」と手を撤り上げた十香や桜、八舞姉妹のような者もいたのだが。

ともあれ、決戦は始まった。次々と、パンフレットを手にした客が入場してくる。

客層は様々だった。生徒の家族と思しき面々や、今仕事のない生徒、明らかにナンパ目的と思しき近隣の大学生や、これからどの高校に進むかを決めるであろう中学生の姿も見ることが出来た。中には、背に『誘宵美九親衛隊』と刺繍の施されたハッピを着たファンの姿もあった。

 

どうやら、幻のアイドルがステージに立つという情報を聞きつけてきたらしい。

 

それと同時に、熾烈な客引き合戦が開始される。

あちこちから威勢のいい声が響き渡り一気に展示場内が活気に満ちあふれた。

 

「さあ、入っていくのだ、楽しいぞー!」

 

「来禅高校のメイドカフェだよー、来てくると嬉しいんだよー」

 

「くくく…これより先は地獄の釜ぞ。

常人たるぬしらに耐えられるかな…」

 

「掲示。あちらがメニュー及びシステムです」

 

メイドカフェ入り口の右側で十香と桜が元気よく声を上げ、左側で耶倶矢が客引きなのか客除けなのかよくわからないとを言い、夕弦がメニューの書かれたプラカードを配る。

そんか四人の呼び込みもあってかメイドカフェには次々と人が入っていった。

 

「おお…盛況じゃないか」

 

周囲の店と比べてみても、かなか好調な滑り出しだ。

少なくとも士道の位置から窺い知れる店の中で、メイドカフェほど人の集まっている場所は見受けられない

 

「…なかなか調子がいいみたいじゃないか、シン」

 

開場からどれくらい経った頃だろうか、前方から、そんな眠たげな声が聞こえてくる。

聞き覚えのある声だ。

ラタトスク解析官であり、士道たちのククラスの副担任・村雨令音のものである。

 

「ああ、令音さんも来てくれたんー」

 

と、土道は自然な調子で振り向きーそのまま固まった。

その場にいたのは予想通り令音だった。そこまではいい。

……だが、その令音が麦わら帽子を被った女の子を一人連れている、というのが加わったなら話は変わってくる。

 

「あ、あの…」

 

四糸乃が頬を染め、何か見てはいけないものを見てしまったような様子で視線を逸らす。次いで、彼女の左手に装着されていたウサギのパペット『よしのん』が、カラカラと頭をゆ揺らしながら甲高い笑い声を発した。

 

『やっははは、もしかして士道くん? 似合うじゃなーいのー。

もういっそ下取って上つけちゃいなよー。

需要あるよー?』

 

「よ、四糸乃……」

 

「……き、来ちゃいました」

 

士道がかすれた声で名を呼ぶと、四糸乃がそう答えてくる。

確かに、四糸乃は先日士道自身が誘っていた。何もおかしなことはない。

だがいどうやら変装の件は聞かされていなかったらしい。

四糸乃は気まずそうに視線を戻し、士道の全身を上から順に眺めてくる。

 

「えっと… そ、その―可愛いですね」

 

言って、ぎこちない笑みを向けてくる。

士道は後ろを向いてしゃがみ込み、手にしていたメニュー表で後頭部を覆った。

 

「鬱だ…誰か私を殺してください…」

 

『マ、マスターお気を確かに!?』

 

ヨヨヨと涙声でそう言う士道に《オーディン》が声をかける。

皆の手前、女言葉をやめるわけにもいかない。

なぜだろうか。十香や折紙、八舞姉妹に女姿を見られたときはそこまででもなかったのだが、四糸乃の澄み切った瞳に見つめられると、なんだか自分がとてもいけないことをしているような錯覚に襲われるのだった。

まるで太陽光に晒された吸血鬼のような調子でガタガタと身体を震わせる。否、まだその愉えの方がマシだったかもしれない。

太陽を浴びた吸血鬼なら、その場で灰になって消滅できるからだ。

 

「あ、あのっ、私はそんな 」

 

「いいかい四糸乃。

勘違いしてはいけない。

シンはとても崇高且つ誇り高い仕事に従事しているんだ。

決して彼の趣味ではないんだよ」

 

すかさず令音がフォローを入れてくる。

四糸乃がキョトンと目を丸くした。

 

「そ、そうなんですか?」

 

「……ああ。ここ最近は女装にも慣れ、グロスを塗るときの仕草が女子にしか見えなくなってきたが、決して彼が好きでやっているわけではないんだ」

 

「何吹き込んでるんですか令音さん!」

 

たまらず立ち上がり、叫ぶ。が、令音は不思議そうに首を傾げるのみだった。

 

「……フォローのつもりだったのだが……」

 

士道は肩を落とした。実際、彼女は本当にそのつもりだったのだろう。

かえって質が悪かった。

…というか、いつの間にそんなに手慣れてしまっていたのだろうか。

今後は注意しようと心に決めた士道だった。

心臓の鼓動を落ち着けるように深呼吸をしてから、四糸乃に向き直る。

 

「入っていくんだよな? ちょっと混んでるけど、今なら並ばず入れると思うぞ?」

 

「あ……は、はい」

 

「……では、お邪魔させてもらおうかな」

 

言って、令音が四糸乃を連れて、メイドカフェに入っていこうとする。

と、そこで四糸乃がくるりと振り返ったかと思うと、

 

「あの……ステージも、楽しみにしてます」

 

笑顔でそう言うと店内へと入っていった。

行列ができはじめた頃、何やら辺りがにわかにざわつき始めた。

 

「何かあったんですか?」

 

不思議に思い、近くにいたメイドに尋ねてみると、メイドは緊張感に満ちた面持ちまま一号館との連絡通路の方を指さした。

そこには、いつの間にか黒山の人だかりができていた。

無論、会場内にはだくさんの人がいるわではあるが、その周囲だけ人口密度が明らかに違う。

一拍おいて、士道はその集団の正体に気づいた。

人混みが左右に割れ、その中心から、悠然と歩いてくる。

モーセのごとく制服姿の少女である。

その周囲には彼女と同じ濃紺のセーラー服に身を包んだ女子高生の一団が見受けられた。

見間違えようがなかった。

 

「誘宵…美九」

 

小さな声で、その名を発する。

まさかそんな士道の声が届いたわけでもあるまいがい美九がそれとまったく同じタイミングで士道に気づいたように眉の端を動かした。

そし謡るったりとした足取りのままメイド喫茶の方に近づいてきて士道の前に立つと笑顔を向ける。

 

「おはようございます、士織さん。

随分と盛況のようですねー」

 

「……それはどうも。

そっちには及ばないけどな」

 

人混みに囲まれた士道は、落ち着かないい心地をどうにか押さえながらそう返した。

 

「ふふ、似合ってますよー、その格好。いいですねえ。士織さんが私のものになったら、ずっとそのお洋服でいてもらうのも面白いかもしれませんねー」

 

美九の発言の真意を測りかねてか、周囲に集まった人々がざわめき出す。

テレビカメラが、美九と士道を交互に撮り始めた。

話題のアイドルの発言だから注目されるのも仕方ないのだが……なんというか、落ち着かない。

美九も鬱陶しげに首を回すと、周囲のテレビクルーに向かって声を発した。

 

【-邪魔です。どこかへ行ってください】

 

「……!」

 

美九がそう言った瞬間、美九の周りに集まっていた人だかりが急に辺りに散らばっていった。

テレビクルーどころか美九の取り巻きの生徒までもが立ち去り、ついには美九一人になってしまう。

小さく眉をひそめる。

間違いない。この感覚は……美九の家で聞いたのと同じ『声』だ。

 

「ふう、ようやくすっきりしました。

もっと早くこうしておけばよかったです」

 

「……それはそれは」

 

ここで霊力について言及するわけにもいかない。

士道は頬に汗を垂らしながら言った。

 

「……それで? 一体何の用だってんだ? 敵情視察にしては目立ちすぎじゃないか?」

 

「そんなんじゃないですよー。

ちょっと、お誘いにきたんです」

 

「お誘い……?」

 

士道が怪訝な顔をして尋ねると美九が「はいー」気の抜けた返事をしてきた。

 

「ちょっと士織さんと、デートしようかと思いましてぇ」

 

「………は?」

 

士道は美九の言った言葉の意味がわからず、目を見開いた。

 

「デー………ト?」

 

その単語を復唱し誕ら、士道は肩を揺らした。

今の会話を十香や八舞姉妹にかれていたら、また厄介なことになると思ったのだ。

しかし幸いなことに、三人はそれぞれ士道の前方で客引きをしており、美九との会話に気付いていないようだ。

ホッとと息を吐いてから、美九に視線を戻す。

 

「ええ。駄目ですかー?」

 

「いや、それは……」

 

士道はしばし悩んだあとに、ロを開いた。

 

「はい、士織さん。ストロベリークリームですよね?」

 

「あ、ああ…」

 

士道は困惑した様子でうなずきながら、美九から綺麗にデコレーションされたクレープを受け取った。

美九は満足げに微笑むと、もう片方の手に持っていだチョコバナナクレープにとかぶりつき、幸せそうな顔を作った。

 

「んん~、たまらないですねー。

このままお店出せちゃいますよー」

 

言って、美九が制服のスカートを揺らしながら身をくねらせる。

そんな様子を見ながら、士道は頬に汗をひとすじ垂らした。

 

「何やってんだ、俺」

 

『ぼやいてんじゃないわよ。向こうから誘ってくれるなんて好都合じゃない』

 

すると、右耳のインカムから琴里の声が聞こえてくる。

 

『ステージで雌雄を決するとはいえ、好感度を上げておいて損はないわ。もし竜胆寺に勝ったとしても、美九の好感度が下がってしまったら霊力を封印できないんだからね』

 

『まあ、そりゃあそうなんだが……』

 

言いながら、頬をぽりぽりとかく。

そう。今士道は、メイドカフェを十香たちに任せ、美九に誘われるまま文化祭デートに繰り出していたのである。

今からステージ部門で勝負をする相手と一緒に遊んで回るというのはなんとも妙な気分だったが、琴里の言うことも確かである。

ここは素直に美九に付き合っておいた方がいいだろう。

 

『今度は間違っても美九を嫌いとか言うんじゃないわよ』

 

『……わかってるよ』

 

「あらー?」

 

士道が小声で琴里と会話していると、美九が不思議そうな声を発してきた。

 

「食べないんですかー?」

 

「! いや……いただくよ」

 

慌てて手にしていたクレープを口に運ぶ。薄い生地に包まれた生クリームの甘さと苺の甘酸っぱい味が口の中に広がった。

生地の焼き方が上手いのだろうか、シンプルではあるものの確かに路上で販売しているそれに見劣りしない出来映えである。

 

「ん……美味い」

 

「うふふー、それは何よりです」

 

美九はそう言うと、次の瞬間、パクッと士道のクレープにかぶりついた。

 

「わっ!?」

 

「んー、こっちも美味しいですねえ。いい仕事ですー」

 

ほっぺたをさすりながら、美九が満足げに言う。

そこで士道の驚いた顔にに気づいたのだろ笑いながら自分の持っていたチョコバナナクレープを差し出してきた。

「はい、これでおあいこです」

 

「え、ええと……」

 

『何してんのよ。がぶっといきなさい、がぶっと』

 

琴里に後押しされ事れるままにクレープを一口いただく。

…美味しいことは美味しいのだが、正直あまり味がわからなかった。

 

「美昧しいですかー?」

 

「あ、ああ……美味いよ」

 

「ふふ、間接キスですねー」

 

「ぶふッ!」

 

気にしていながらもあえて言わなかった言葉をさらっと発され、士道は思わず噴き出しかけた。

どうにかクレープは口の中にとどめたものの、軽く咳き込んでしまう。

 

「ごめんなさい、士織さんはピュアなんですねー」

 

美九が笑いながら背中をさすってくる。

 

「い、いや……大丈夫。

ちょっと驚いただけだ」

 

士道は呼吸を落ち着け、小さくうなずいた。

美九はそんな士道を見てもう一度優しげに微笑むと、手にしていたクレープを食べきり、会場の先を指さした。

 

「さ、ステージ開始まであまり余裕もありませんし、もっと回ってみましょう」

 

「あー…ちょっと」

 

美九が急に手を引いてくる。

士道は慌てて残りのクレープを口に放り込んだ。

手元に残った包装紙をエプロンのポケットに押し込み、美九についていく。

そして美九の気の向くまま、飲食ブースを抜け、射的や簡易おばけ屋敷などが並んでいるエリアへと進んでいった。

 

「……なあ、美九」

 

そんな道中、士道は前を行く美九の背に向かって声をかけた。

 

「はいー? なんですか、士織さん」

 

「なんでまた、こんなときに俺を誘ったんだ?」

 

士道が問うと、美九は後方に視線を寄越してきた。

 

「だって、今日の結果が出たら、士織さんは私のものになるわけじゃないですかー。

だから今のうちに、私のじゃないレアな士織さんを味わっておこうと思いましてー」

 

「……………」

 

美九の中ではもう、自分の勝利は決定しているらしい。

士道は奥歯を噛むと鋭い視線を美九に向け返した。

 

「お言葉だけどな、俺たちは今日、本気で竜胆寺に勝つつもりだ。そっちこそ覚悟を決めておいた方がいいんじゃないのか?」

 

「ふふふー、できますかねえ?」

 

「約束は守ってもらうぞ」

 

「わかってますよー。士織さんこそお忘れなく」

 

士道の言葉などさしたるプレッシャーにもならないといった様子で、美九が笑う。

勝負を控えているというのに、なんとも信じがたい気の抜け具合だった。

なんだか調子を乱される気がして、士道は頭をとかいた。

と、しばらく歩いたところで、美九が小さく声を発する。

 

「士織さん士織さん、見てください。

輪投げですって。やっていきましょうよ」

 

言って美九が指さした先には、縁日の屋台ひようなスペースが広がっていた。

赤い敷物の上に景品がいくつも並べられている。

 

「輪投げ……か」

 

「はいー。どれが欲しいですかー? 私が取ってあげますよー」

 

「…じゃあ、あれで」

 

急に問われて迷った士道は、比較的手前の方に置いてあった猫のぬいぐるみを指さした。

 

「おーけいです。任せてくださいねー」

 

美九が腕まくりをするような仕草を見せながら、側にいた女子生徒にお金を払ってプラスチック製の輪を三本受け取る。

そして、

 

「ほいやっ!」

 

変なかけ声とともに一つ目を投げ輪は明後日の方向に飛んでいった。

 

「はいっ!そりゃっ!」

 

諦めずに残りの二つを投げるも、景品にかすることななく地面に落ちた。

 

「あらー、難しいですねー」

 

「よし―俺が」

 

取ってやろうと言おうとしたときには美九は再度、女子生徒に声をかけていた。

もう一度トライしようとしていたのかと思ったが…違う美九がその女子生徒にかけていた言葉は。

 

【その猫のぬいぐるみを、ください】

 

そんな、『おねがい』だった。

 

「……はい、少々お待ちください」

 

女子生徒が惚けた表情うなずき、敷物の上からぬいぐるみを取って美九に手渡す。

 

美九はそれを受け取ると、満面の笑みを浮かべながら士道に差し出してきた。

 

「どうぞ、士織さん」

 

「……いや、何やってんだよ、おまえ」

 

士道が言うと、美九は士道の言っていることが理解できないといった様子で首を傾げた。

 

「これじゃありませんでした? じゃあ取り替えてもらい―」

 

「そうじゃない。……違うだろ、そういうのは」

 

「えっと、じゃあどうすればいいんですかぁ?」

 

悪気や良心の呵責が一切見受けられない表情で、美九が問うてくる。

士道は、先日美九の自宅で感じたのと同じ、途方もない気持ち悪さを覚えた。

 

「………景品は、ちゃんと輪を投げて取らなきゃいけないんだ」

 

 

「ええー、じゃあ、取れなかったらどうするんですかー?」

 

「諦めろ」

 

「え、なんでですかぁ?」

 

「なんでって……それがルールだからだよ。

そんなことがまかり通ったら、輸投げ屋やってるあの子たちに悪いだろ?」

 

美九はキョトンと目を丸くした。

 

「悪い? 私にもらってもらえるだなんて、あの子も嬉しそうじゃないですかー」

 

「おまえな……」

 

「だいいち、それじゃ士織さんにプレゼントができないじゃないですかー」

 

「だからって、そんな方法で取ったもの、受け取れねえよ」

 

「ええー……」

 

美九が不服そうに唇を尖らせる。

士道は困り顔を作って頭をかいた。

この少女は、自分の行いを悪いと思っていない。

士道に猫のぬいぐるみをプレゼントしたいという欲求に従って、自分にできて当然の手段を使っているだけなのだ、

少し考える時間を挟んだこともあって、先日感じた美九への印象は少し変化していた。

思えば十香も似たようなものだったのでガる。

霊力を封印する前の十香も、AST以外の人間に触れ合うう機会がなかったためか士道を攻撃してきた。

たくさんの人間を見ると一掃しようとしたりしていた。

だが、今は手採りながらもなんとか皆と上手くやっていけている。

美九の場合は、その『声』によって人間を自由に操れてしまうことが問題だった。

 

「大丈夫ですよー。どうせ人間なんて、私の駒兼おもちゃなんですから。

士織さんが気にすることなんてないんです。だって士織さんは私が直接認めてあげた特別な存在なんですよ?

有象無象の人間なんて、好きにすればいいんです」

 

「……あのな」

 

屈託のない瞳で言う美九に、苦々しい声を発する。

 

「………」

 

土道はと拳を強く握った。

この少女は、誘宵美九は、決して悪い子ではない。

ただ、その能力ゆえ、価値観がねじ曲がってしまっているだけなのだ。

時間はかかるだろう。労力もかかるだろう。

だがそれでも……十香たちと同じように、皆と共存できる可能性は十分にあった。

そのためには―何としても彼女の霊力を封印しなければならない。

彼女を普通の人間と同じ場所に立たせなければ、彼女はずっとこのまま、人間を駒かおもちゃくらいにしか見れないままなのである。

そんなのは……哀しすぎた。

 

「やっぱり、俺はおまえに勝つよ。……おまえに、『人間』と話をさせるために」

 

「人間と……って。もういっぱい話してますよー? おかしなことを言うんですねー」

 

「今はわからなくていい。

だけど、覚えておきな。人間ってのは、おまえの駒やおもちゃに収まってくれるほど、従順で都合のいい奴らじゃないってことを」

 

「……何言ってるんです?」

 

士道の言葉に、美九は噺笑めいた笑みを浮かべた。

 

「人間なんて簡単なものですよ。どうにだって操れるんそす。士織さんも、あまり気をかけすぎない方がいいですよ

あれは愛玩するくらいしか使い道がないんですから」

 

「人間を舐めるなよ。

なんでも思うようにいくと思ってたら足をすくわれるぞ」

 

「へえー……」

 

美九は興味深そうに目を細めた。

 

「じゃあ、試してあげましょうかー」

 

「……?どういうことだ?」

 

不審そうに眉をひそめながら問うが、美九はそれ以上答えなかった。

 

「うふふー、じゃあ、ちょっと名残借しいですけど、今日のデートはここまでにしましようか。

ステージで待ってますよー。

―士織さんがステージに立てたらの話ですけど」

 

唇に触れさせた指を弾き、士道に向けてから、踵を返して去って行く。

 

「何だってんだよ…一体」

 

士道は、その背を見つめて怪訝そうに言った。

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