デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第三十話 『ライブ・アライブ』

―が、その数時間後。美九の言葉の真意は知れることとなった。

時刻は一二時。ステージ裏の控え室には、各校の代表が続々と集結し始めていた。

 

控え室、と名はついているものの、出演者全員を収めても随分と広さには余裕があった。

それもそのはず、本来はセントラルステージ裏にある小ホールだった場所が、控え室用に開放されているらしい。

実際それを示すように、部屋の奥にはドラムセットやキーボードなどの楽器が設えられている。

士道も、仕事を他のメンバーに引き継ぎ、控え室に足を運んでいた。

だが、小ホールに集まったのは士道と十香だけで、いつまで経っても亜衣麻衣美衣の姿が見えなかったのである。

 

「……ったく、何やってんだあの三人は……」

 

『もしかして、誘宵美九によって洗脳されたのでは?』

 

『いやいや…流石に…』

 

《オーディン》の言葉にそこまでないと言いかけて、時計を見やる。

もう集合時間を二〇分も過ぎていた。

だが、問題はそれだけではなかった。

朝から姿の見えない折紙もまた、この場に来ていないのである。幾度か電話をしてみるも、電源が入っていないようで一向に繋がらなない。

「むう…皆はどうしたのだ?」

十香が首を傾げてくる。

士道は首を傾げて「わからない」とジェスチャーで示すと琴里から支給された士織ちゃん仕様のデコ電を操作し、亜衣に電話をかけてみた。

数秒のコール音のあと、電話口から亜衣の声が聞こえてくる。

 

『もしもーし…士織ちゃん?』

 

「山吹さん、今どこにいるんですか?早く来てください! 葉桜さんと藤袴さんも

見当たらないんですけど………心当たりはありませんか?」

 

『あー、麻衣と美衣? それならー』

 

『こーこーにー』

 

『いるーよー』

 

電話口の向こうから、麻衣と美衣の声が聞こえてくる。

 

「何してるんですか! ステージ始まっちゃいますよ!?」

 

土道が叫ぶと、亜衣たちは『んー』と気のない返事を返してきた。

 

『悪いんだけどさー、私たちステージ出るのやめとくわ』

 

不意に発せられた言葉に、思わず息を詰まらせる。

 

「い、一体何でですか? みんなで頑張って練習したじゃないですか!」

 

『えー?だってえ……美九お姉様が、やめろっていうんだもーん』

 

「…ッ!」

 

その言葉を最後に、亜衣は電話を切った。

つー、つーという音が空しく士道の鼓膜を震わせる。

 

「シドー、亜衣はなんと言っていたのだ?」

 

十香が不思議そうに聞いてくる。

士道は震える声をなんとかのどから絞り出した。

 

「ステージに……出るのを、やめるってよ……」

 

「む!? な、なぜだ!?」

 

「それは………」

 

士道は唇を強く噛んだ。

恐らくー亜衣麻衣美衣は、美九に『お願い』されたのだ。

魔力と精霊の加護がある士道ですら意識を乱されかけた声である、常人である三人が抗うのは不可能だろう。

どうやら心配していた事態になってしまったようである。

一瞬、折紙も美九の手に落ちたかと考えたが…それならば電話にでているはずだし、朝から姿を見せない理由がわからない。

 

 

『琴里、聞こえてるか?』

 

士道は心を落ち着かせるために軽く深呼吸すると右耳のインカムに念話で話しかける。

 

 

『――何か用? ステージ前の緊張でもほぐしてほしいのかしら?』

 

『緊急事態だ』

 

程なくして、聞こえてきた琴里の声に士道は亜衣麻衣美衣の三人が美九の手に落ち、折紙も本番直前で戦線離脱したことを伝えた。

 

『なるほどね……美九め、ずるっこい手段を使ってくれるじゃない』

 

琴里が吐息してから返してくる。

こちらから琴里の姿は見えないのだが、やれやれと肩をすくめている様子が容易に想像できた。

 

「俺たちの出番まであと二時間もない。

ボーカルは俺一人で何とかするから人材を送ってくれ、桜の能力で来禅の生徒に化けさせる」

 

正直言って、他人に魔法を行使するのは士道の腕では難しいのだが、やるしかない。

 

『わかったわ、補充要員を送るから安心しなさい。

にしても、舐めた真似してくれたわね。向こうがそのつもりなら考えがあるわ』

 

『妨害はしないんじゃなかったのか?』

 

『そのつもりだったけれど、正直今のままじゃ確実に勝てるとは言えないわ。

先に仕掛けてきたのは向こうなんだし、遠慮無く手を尽くさせてもらおうじゃないの』

 

「あんまり手荒なことは……」

 

と、琴里に言いかけたところで後方からぐいと手を引かれ、士道は身体の向きを変えられた。

見やると、十香の仕業であることがわかる。

 

「どうした?十香」

 

「うむ、美九のステージが始まるらしいぞ」

 

「美九の……」

 

言われてみれば、先ほどまで出演者で溢れていた控え室には、士道と十香しかいなくなっていた。

どうやら、皆ステージを見に行ってしまったらしい。

 

『せっかくだし、敵の実力を見てらっしゃい。

補充要員の到着にはもう少しがかかるわ。

唸ってたって良い案なんて出てきやしないわよ』

 

インカム越しに琴里が言ってくる。

 

「―そうだな」

 

士道は小さくうなずくと、十香と共に控え室から出て行った。

そして長く暗い階段を上ると、セントラルステージ近くの壁に沿って設えつけられたキャットウオークのような通路に出る。

そこにはスタッフに混じって、先ほどまで控え室にいた出演者たちが見受けられた。

 

「この辺でいいか…」

 

「うむ、特等席だな!」

 

十香が無邪気に目を輝かせる。

今から見るステージを上回るパフォーマンスをしなければならないのだが……本当にわかっているのだろうか不安になる。

と、それと同時に照明の落とされていたステージの中央に多方向から青いスポットライトが照射された。

そしてその中央にいた美九がマイクを口元に持っていき、静かな曲調に合わせて声を発する。

一瞬間。

鳥肌が立つかのような感覚が、体表を通り抜けていった。

次いで、段々と曲調が明るくなっていくにつれて、ステージに注がれていた光が強くなっていきー背後に控えていたバックダンサーたちの姿が明らかになった。

美九の振りも大きく、激しくなっていく。

それに伴って、会場のテンションもどんどん上昇していった。

 

「…すげえ」

 

士道は半ば呆然と呟いていた。

アイドルやら何やらにあまり興味のない士道が一瞬意識を奪われるくらいに、美九のステージは圧倒的だった。

今ならば、ライブで失神してしまうファンの気持ちが少しだけ理解できた。熱狂。見渡す限りに居並んだ幾人もの観客が、文字通り美九の歌によって熱く、狂っていた。

がー

 

「…!?」

 

その熱狂が絶頂に達しょうとした瞬間、士道は眉をひそめた。

恐らく十香も、それどころかこのセントラルステージにいる人間全員が同じような顔を作っていただろう。

何しろ、曲が二番に差し掛かろうとしていたところで、急に照明が落ち、ステージが真っ暗になってしまったのだから。

それだけではなく、大型スピーカーから流れていた曲も、照明が消えると同時に途絶えていた。

異様な事態に、観客席にどよめきが広がっていく。

しかし、皆が混乱している中、士道だけは思い当たる可能性に目を見開いていた。

 

『なるほど……お前の仕業か…琴里』

 

『ご名答』

 

士道が呼びかけると琴里が答えてくる。

 

『会場の設備を少しいじらせてもらったわ。ま、ほどよく白けたらまた再開させてあげるわよ。

もちろん、また盛り上がってきたらオフらせてもらうけどね』

 

「…」

 

士道は頬をかいた我が妹ながらエグい手を考えるものである確かにこれなら、効果的に皆の熱を冷ますことが可能だろう。

如何にに素晴らしいいステージであろうと、見ることができなければ意味がない。

―だが。

 

「なっ!」

 

士道は小さくのどを震わせ、ステージに再び視線を送った。

真っ暗だったステージの中央に、ぼんやりとした光が現れたのである。

 

「―《神威霊装・九番-シャダイ・エル・カイ-》!」

 

その声と同時に淡い光が美九の体に纏わりつき、光のドレスを形作る。

霊装を顕現させたのだ。

 

『まさか……霊装を顕現…ッ!? こんなところで!?』

 

琴里の声が痛い程に鼓膜を叩く。

だが、それも無理からぬことであった。

通常、精霊が霊装を展開するときは臨戦態勢に入るときのみだからだ。

だが、この数週間、美九と接してきた士道には美九が霊装を展開した真意が何となくではあるが理解できた。

彼女―誘宵美九にとってステージに出ることと戦う事はイコールである。

ならば精霊の戦闘服たる霊装を展開するには今、この時しかない。

だが、観客達にはその衣装が何を意味するのかを理解できるはずがない。

目の前で展開された不思議な光景は、彼らの中で先進技術を駆使し大掛かりな演出と受け取られたらしく、会場を包む歓声が、より大きくなる。

 

「―上げていきますよー。

ここからが本番です!!」

 

美九はマイクも無しに、会場全体にその澄んだ声を響かせる。

それに応えるように、再び会場中が熱狂の渦に沈む。

そこからはもう、美九の世界だった。

スピーカーは死んでいる。

照明は消えている。

マイクもなければアンプもない。

それなのに、美九の演奏は、声は、その姿は、会場の隅々にまで染み渡った。

もう先ほどの一件をアクシデントなどと思っている者は、この会場にいるまい。

全てはー演出。

美九の姿を一層際立たせるための。

美九の声を一層響かせるための。

全てが、美九の存在感に呑み込まれていく。

彼女は、完壁に、圧倒的なまでにー『アイドル』だった。

 

 

 

 

美九が両手を広げると同時、曲が終わる。

今までよりも一層凄まじい大歓声が、会場を包み込んだ。

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

額に浮かんだ汗を拭いながら、美九がお辞儀をする。

すると今度は割れんばかりの拍手が、ステージから去って行く美九を祝福した。

 

「………」

 

「うむ、凄かったな!」

 

士道が無言で額に手を置き、十香が屈託のない感想を述べる。

美九がいなくなってからも、しばらくは拍手が鳴り止まなかった。

士道たちは、地鳴りのような拍手の中、階段を下りて控え室へと戻っていった。

控え室には誰もいなかった。

他の出演者たちは次以降のステージもチェックするつもりなのだろう。

……もしかしたら、あまりに圧倒的な美九のステージを目の当たりにして、放心状態になっているのかもしれなかった。

 

「どうしたのだ、シドー。

元気がないと勝てるものも勝てなくなってしまうぞ?」

 

「……そうだな」

 

力ない笑みを浮かべる。

十香は今ひとつその意味がわからない様子で首を傾げた。

十香の言うことはまったく正しいのだ。

相手がどんなに素晴らしいパフォーマンスをしたからといって、それに呑まれてしまっては、勝負以前の問題である。

だが、どんなに振り払おうとしても嫌な予感が晴れないのだ。

 

「くくく…随分と暗い顔をしているではないか。亡者に足を絡めとられているかのようだ」

 

「落胆。覇気がありません。それでは戦う前から負けています」

 

「……ッ」

 

その声に弾かれるように、士道はバッと顔を上げた。

そこに立っていたのは、メイド服に身を包んだ二人の少女だった。

 

「耶倶矢! 夕弦!」

 

十香が驚いたように目を丸くし、二人の名を呼ぶ。

 

「ひょっとして…琴里に頼んだ補充要員って…」

 

土道が言うと、ぐっと二人で腕を組んでみせた。

 

「くく、琴里から聞いたぞ。どうやらメンバーが足りなくて困っているようではないか」

 

「応援。もしよろしければその役、我々に任せてはいただけませんか?」

 

言って、自信満々といった調子で何やらよくわからないポーズを取ってくる。

 

「だが、本番まで時間がないんだぞ? 練習だってしてないだー」

 

士道の言葉の途中で、耶倶矢と夕弦は目を合わせると、部屋の奥に設えられていた楽器の方に悠然と歩いて行った。

そして、耶倶矢がドラムの前に座り、夕弦がベースを握る。

そして次の瞬間、二人は何の合図もなしに演奏を始めた。

 

「え……!?」

 

思わず、そんな声を出してしまう。

一言で言うのなら二人の演奏は、とんでもなく上手かったのである。

素人の耳にもその凄まじさが容易理解できる。

こここに芸能プロダクションの人間がいたなら、即座に名刺を渡してもおかしくないレベルのセッションだ。

 

「こんなものか」

 

「吐息。ふう」

 

演奏を終えた二人は歩み寄るとハイタッチを交わした。

 

「なるほど…八舞を決める勝負か…」

 

二人が何故、こうも巧みにドラムとベースを操ることが出来たのか予想を口にする。

 

「くく…いかにもその通りだ」

 

「肯定。確か第七十二試合『嵐を呼ぶドラマー対決』と第八十四試合『ベストベーシスト対決』です。ちなみに前者は耶倶矢が、後者は夕弦が勝利しました」

 

 

「……なあ、士道よ。

我らは御主のお陰で二人一緒にいることができている」

 

「誓願。今度は是非、夕弦たちに助けさせてください」

 

耶倶矢と夕弦が言ってくる。

無論、美九は難敵である。

加え、会場は美九のファンで埋め尽くされている。

完壁なパフォーマンスをしたところでそう易々と勝ちをもぎ取れるような相手ではない。

だか、士道は唾液を飲み下すと二人の手を取ると、と顔を上げ頷いた。ステージの方から歓声が響いてくる。

それに呼応するように早鐘を打つような鼓動を士道は大きく深呼吸して落ち着かせようとする。

だが、動悸は一向に収まる様子がなかった。

だがそれも仕方ないといえた。

何しろ士道は、ステージ袖で出番を待っている状態だったのだから。

ちなみに、バンドメンバーが纏っているのは、先ほどと同じメイド服だった。

本来ならばステージ用に衣装を用意していたのだが、亜衣麻衣美衣がそれを持ったまま戦線離脱してしまったため、耶倶矢と夕弦のものがなかったのである。

そこで、皆が同じ格好をしていることに気づいたのだ。

 

「まあ…衣装といえば、衣装……か?」

 

前の学校がジャズバンドの演奏を終え、一斉に礼をすると再度、拍手の音が響いた。

後方を見やる。

そこにはまるで緊張の色がない十香、耶倶矢、夕弦の三人がいた。

 

「見てくれ耶倶矢、夕弦。私はこれを任されたのだ!」

 

「ほほう、十香の楽器は清廉なる音色を打ち鳴らす鈴輪か」

 

「納得。とてもお似合いだと思います。皮肉でなく」

 

ステージから前の出演者が去り、スタッフがドラムセットを設営し始めている今でさえこの調子である。

少し精霊たちの鋼のメンタルが羨ましくなる士道だった。

と、そのとき、右耳のインカムから何やらアラームらしきものが聞こえてくる。

 

「琴里? 何かあったのか?」

 

土道が問うと、一瞬不自然な沈黙があったのち、琴里が答えてきた。

 

『……何でもないわ。士道はステージに集中してちょうだい』

 

『了解』

 

 

そう返事をするが、琴里の語調からいつもと違う何かを感じた。

 

『また、無茶をしてるんじゃないだろうな…』

 

後で知ったことであるが、先月に沖縄でフラクシナスがDEMの戦艦とドンパチをやったらしく、今回もその可能性は否定できない。

 

『まっ、心配したところで今の俺に出来ることは何もないがな…』

 

苦笑を浮かべる士道は意識を切り替える。

 

『今は、俺がすべきことをするだけだ』

 

そう心の中で呟くと、左耳に装置した音取りのイヤーモニターを確認する。

歓声に紛れて音が取れなくなってしまうのを防ぐための必須装備ではあるが、右耳にもフラクシナスとの通信用のインカムをしているため、少し耳が遠くなった感じがする。

そんな事を考えていると、会場のスタッフが士道たちに合図を発してきた。

どうやら会場の準備が済んだらしい。

ステージに設えられたスピーカーから、アナウンスが流れ始める。

 

『一次は、都立来禅高校有志による、バンド演奏です』

 

それに呼応して、会場からパチパチと拍手が聞こえてくる。

 

「よし、行くぞ」

 

言って、士道は気合いを入れるために両の頬を叩き足を踏み出す。

十香、耶倶矢、夕弦もそれに続いてくる。

そして、薄暗い舞台袖からスポットライトの当たったステージに出る。

 

「…っつ」

 

士道は、思わず息を呑んだ。

先ほど美九のステージを見たとき。

今まで、舞台袖で観客席を見ていたとき。

-そのどちらとも異なる感覚が、士道の全身に覆い被さってきた。

暗い会場の中、唯一光に溢れたステージ。埋め尽くされた観客席。

注がれる視線。

 

それらが全て一体となって、まるで重力のごとく士道の手足に絡みついてきたのである。

 

「……なるほど、こりゃあ、すげえな」

 

唇をペロリと舐める。

少し塩の味がした。

リハーサルは何度もした。

場慣れをしておこうということで、ラタトスクの機関員を集めた中で歌わされたこともあった。

だが、違う。明らかに、違う。

本番の空気、本物の臨場感そのなく士道の精神に掻き立ててきた・

ーしかし。

 

「…はは」

 

士道は、小さく笑った。

確かにこんな大舞台に立ったのは生まれて初めてである。

だが、士道は知るはずのないこの空気を既に知っていた。

十香と。四糸乃と。狂三と。桜と。八舞姉妹と凛音と。

精霊と相対したときの、空気。

一つ、言葉を誤るだけで命を落としかねない極限状態のデート。

幾度となく繰り返してきたそれが、士道の心臓をいつの間にやら鍛え上げていたようだった。

士道はギターを提げたままステージ中央のマイクタンドの前に立っと、左右後方に視線をやった。

右方十。左方に夕弦。後方に耶倶矢。全員が所定の位置に付き、士道の視線に返すように頷いてくる。

十香の前にもマイクスタンドが設えられていた。

本来ならば折紙が担当するはずだったボーカルを担当するためだ。

士道たちは械音合わせをすると、もう一度視線を交じらせ、うなずき合った。

 

「くくく…よし、では奏でようか、冥府へと誘う死の旋律を!」

 

耶倶矢が物騒なことを言いながらスティックを打ち鳴らす。

それに合わせて、士道はギターを弾き始めた。

同時に左方から、夕弦の技巧が光るべースが、右方から、シャンシャンという十香のタンバリンの音が聞こえてくる。

弾き始めてしまえば、あとは練習通りだった。

ピックが踊るように弦の上を走り、思い通りの曲調が奏でられる。

全身を包んでいた緊張感が、徐々に高揚感に変化していく。先程までの緊張は完全に消え去り、士道の喉は歌を奏でる。

 

 

それと共に聞こえてくる十香の歌もまた、思わず聞き惚れてしまう程にに、上手い。

 

いや、正しく言えば「上手い」というのとは違うかもしれなかった。

旋律に忠実にではない。

多分にアレンジを含んだ歌い方だ。

それどころか、たまに歌詞を間違っていさえいる。

だがしかし、その歌は、聞いている者の心を不思議と高揚させる。

その表情は楽しそうで嬉しそうであった。

 

まさしく『音』を『楽』しんでいたのだ。

 

『格好悪いな…』

 

士道は心の中で苦笑する。

美九に勝つことばかりに無心して楽しむ事を忘れていた自分を恥じたのだ。

十香も歌詞を覚えようとして覚えたものではないのだろう。

士道や折紙が歌っていたものを楽しんでいるうちに、朧気ながら覚えてしまったのだ。

 

『ふ…』

 

士道は自然と笑顔を作っていた。

それと共に自分でも驚く程に、指が軽やかに動いた。

それを意識した瞬間、士道は弦を今までで一番強く掻き鳴らした。

中学時代に研究しまくった「見栄えのするテクニック」を披露したかったわけでも、急にロックに目覚めたわけでもない。

 

『こんな教本通りの演奏では、十香の歌に見合わない!』

 

単純に、そう思っただけだった。

士道の行動の意図を即座に汲み取った耶倶矢と夕弦が見事にその滅茶苦茶な演奏をアシストする。

そんな曲調の変化を感じ取ったらしく、十香が士道達を一瞥し、輝くような笑顔を向けてきた。

 

「…………!」

 

瞬間、心臓が高鳴り、士道の中に密かな欲求が生まれ始めた。

単純な話だった。十香とずっともっと、歌たい。

心の中に芽生えたその欲求には抗いようがなかった。

歌っている間、土道は美九との勝負のことをまったく忘れてしまっていた。

ただ、単純な一個の感情に頭が支配されていく。

楽しい!

―楽しい!

――楽しいッ!!

気づいたときには、もう曲が終わっていた。

全身が汗で、プールにでも飛び込んだかのように濡れていた。

 

「シドー!」

 

と、十香が目も眩むような笑顔のまま走り寄ってくる。

 

「手!」

 

「おう!」

 

言われるがままに手を上げると、そこに十香の手がパチン! と叩き付けられた。

瞬間―士道の耳を、インカムもイヤーモニターも関係ないくらいの拍手と歓声がが震わせた。

 

 

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