デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第三十四話 『魔王』 前編

「―それで、十香さんはどこにいるんですかぁ?」

 

「十八階の隔離エリアだ。

知り合いにハッキングが得意な人間がいてな……。

そいつにお前の事についても調べてもらったがどうしてもわからないことがある」

 

「……何ですか?」

 

苛立たしげに美九は尋ねる。

 

「お前はもともとは人間だったんだろ?

だったらお前は…何でそんな人間の事が嫌いなんだ?」

 

「ふんっ、なんで私がそんな事を話さないといけないん」

 

「美九」

 

「しつこいですねー」

 

士道が美九に詰め寄るように言うと美九がしぶしぶながらも口を開いた。

 

 

 

私には、歌しかない。

それは美九が九歳になる頃には、既に感じていたことだった。

勉強も運動も、ずっと下から数えた方が早かったし、絵や工作が上手いわけでもない。

小学校の頃の通知票には、「よくできる」が一つしかなかったし、それは中学校に上がっても変わらなかった。

でも、美九には歌があった。

クラスの誰よりも上手く、綺麗に、歌を歌い上げることができた。

最初のきっかけは幼稚園のおゆうぎ会で、先生に褒められたときだ。

それが、幼い美九にはとても嬉しくて、まるで、誰も持っていないピカピカの勲章をもらったかのような誇らしい気分になったのだ。

そんな美九がテレビの中で歌い踊るアイドルに憧れ始めたのは、当然の結果だったのか美九のことが大好きと言ってくれて。

胸につけられたピカピカの勲章が、一層綺麗に輝いて。

そんな、夢みたいな時間が、ずっと続くものだと思っていた。

ーでも、終焉は、あっさりと訪れた。

美九がデビューしてから一年くらい経った頃だったろうか。

それなりに人気も出始めた頃、事務所のマネージャーから『某局のプロデューサーが君を気に入ってくれている』といった話を聞かされた。

仲良くすれば、ゴールデンのレギュラーが取れるとか、なんとか。 明確に指示はされなかったものの、要はそういうことだろう。

無論、その話は丁重にお断りした。

美九がアイドルになりたかったのは、別にテレビに出たかったわけではなく、歌をみんなに聴いてもらいたかったからなのだ。

だが、それからしばらくして。

身に覚えのないスキャンダルが、写真週刊誌に掲載された。

内容はあまりのショックに細部までは読んでいなかったものの、過去の男性関係だとか、堕胎経験だとか、ドラッグパーティに入り浸っているだとか、思わず眉をひそめるようなものだったのは覚えている。

あとでわかったことだが、どうやら先のプロデューサーが一枚噛んでいたらしかった。

美九の事務所の社長とも懇意だったらしくー美九は、いとも簡単に会社での居場所を失った。

だが、一番堪えたのはファンの……否、今までファンと思っていた人たちの反応だった。

今まで『大好き』と、『愛してる』と、『君のためなら死ねる』と、さんざ並べ立てていた人たちが、急に手のひらを返したように態度を変え始めたのだ。

美九の言葉より、どこの誰が言ったかもわからない噂話を信じられたことが、辛かった。

 

『ーねえ、前のカレシとは何回ヤッたの?』

 

 

『堕胎って、要は赤ちゃん殺したんだよね? 人殺しのくせになにやってんの?』

 

ブログにそんなコメントが書き込まれるたび。

随分とお客の減った握手会やサイン会で、心ない言葉をかけられるたび。

美九の心は、段々と憔悴していった。

でも、美九はそれでも諦めなかった。

そう。美九には歌が。歌があるのだ。最初から、歌しか持っていなかったのだ。

どんな噂話に流された人だって、歌を聴いてくれればきっとわかってくれる。

私の歌には、そんな力がある。

そんな、根拠のない自信が、心のどこかに残っていた。

そうして美九は、またライブ会場のステージに立った。

だが、駄目だった。

会場に霹めく人々が、自分とは別の、何か恐ろしい生き物に見えて緊張とは別の動悸が、身体を支配していった。

しかし、歌わねばならない。

歌わなければ、何も始まらない。

曲が始まる。

マイクに口を近づける。

のどを震わせる。

だが…。

 

『!!』

 

美九ののどからは、ひゅうひゅうと空気が発されるだけだった。あとで病院に行った結果、心因性の失声症と診断された。

こうして、歌しか持っていなかった宵待月乃の人生はいとも容易く終わりを迎えた。

歌しか持っていなかった女の子が声を失ったら、もうその子に存在価値などはない。

そんなこと、ずっと前から知っていた。

九歳になる頃には、もう理解していた。

だから、そんな美九が自殺を考え始めたのは、至極当然のことだった。

方法は何でもよかった。

首を吊る。あるいは、睡眠薬を過剰に服用する。

電車の前に飛び出してもいいし、剃刀を手に当てて引くだけでも構わない。

たったそれだけの動作で、価値のない子は簡単に処分できるはずだった。

美九の、人間に対する接し方を肯定するつもりは全くない。

霊力を帯びた『声』で無理矢理言うことを聞かせて女王様を気取っている美九のやり方を認めることは、やはりできなかった。

しかし、違うのだ。美九は人間を自分よりも劣るモノとしか思っていないのではなくー 対等の関係として接するのが、恐ろしくて恐ろしくてたまらないのだ。

信じたならば、きっと裏切られる。

託したならば、きっと見限られる。

頼ったならば、きっと騙される。

だから……最初から、何も、期待しない。

人間と自分の間に距離を置き。

人間と自分は別の種類の存在であると認識し。

人間に自分の如何なるものも託さない。

人間への失望にょって、かつて大事な声を失ってしまったがゆえの、彼女の自覚なき防衛策だったのだ。

美九が自分のものにならなかったからと、スキャンダルを捏造して嫌がらせをしてきたプロデューサーと、それに踊らされて美九の心を傷つけたファンたち。

そんな身勝手な男たちを侮蔑し拒絶し。

女性にも心を開くことはできず、自分を裏切らない可愛いお人形としてしか接することができなくなってしまったのだ。

 

 

「だから、私は男が嫌いなんです!

下劣で、汚くて、醜くて…見ているだけで吐き気がします!

 

女の子だってそうです!私の言うことをを聞く可愛い子がいればあとは必要ありません!

他の人間はみんな死んじじゃえばいいんです!」

 

確かに美九の言い分はわかる、大事な声を無くしたことはさぞ辛かっただろう…だが。

 

「お前は了見が狭すぎるんだよ!!

プロデューサーや記事を書いた記者は許せん。

それに手の平を返したファンたちにも腹が立つ。

だからといって、他の人間を一緒くたに嫌うなんて筋違いも良いところだ!」

 

「何を……!黙って下さい!男なんてみんな同じなんです!」

 

「いいや、言わせてもらう! そもそも本当に、歌を聴いてくれる人は一人もいなかったのか?

スキャンダルに踊らされず、おまえの歌を楽しみにしてた人だっていたんじゃないのか!?」

 

「そ、そんな人ー!」

 

と、その瞬間、廊下の前方から幾人もの足音が響いてきた。すぐに、小銃を構えた魔術師たちが、幾人も姿を現す。

 

「いたぞ! 侵入者だ!」

 

「気を付けろ! 片方は精霊だ!」

 

「……っ」

 

士道は敵を目の前にしてなお、美九に一瞬視線をやった。

今は魔術師たちを倒さねばならない。

だが、美九が自分の過去をここまで話してくれたのはこれが初めてだったのである。

この機を逃しては、また振り出しに戻ってしまう気がしたのだ。

魔術師が一斉に弾丸を放ってくる。

が、それらは美九の発した声の壁で弾き飛ばされた。

その隙を狙って拳を振るいながら、士道は叫びを上げた。

 

「美九ーおまえは、自分の中で恐ろしい人間の幻想を作り上げちまってる!

その『声』でみんな言うことを聞いてくれるから、それが膨れ上がってー余計、本当の人間と話すのが怖くなってるんだ!」

 

士道が言うと、美九が信じられないような声を発する。

 

「怖い……? 言うに事欠いて、私が、人間を恐れてるっていうんですか? ていうか今は戦闘中でしょう! 何を余計なーアァァァァァッ!」

 

美九の言葉の途中でまたも魔術師たちの放った弾丸が迫ってきた。美九は士道に向けていた声を張り上げると、再び声の壁を作りそれを防ぐ。

 

「そんなの関係あるか! 何度でも言ってやるよ! おまえはずっと、おまえを肯定しかしない人間に囲まれていたから、生の人間と会話するのが怖いんだ! でもーそれだけ人間を拒絶しながら、心のどこかでは、ちゃんと話をしたいって思ってたはずだ!」

 

「何を適当な……! あなたなんかに何がわかるっていうんですか!」

 

美九が声を張り上げ、士道が拳を振るう。

二人は大声で言い合いながら、時折出てくる魔術師を蹴散らし、廊下を進んでいった。

 

「わかるさ! だって、だからこそおまえは、自分の『声』で操れない人間ー『五河士織』を欲しがったんじゃないのか?」

 

「……ッ!」

 

美九が息を詰まらせ、表情を歪める。

そう。美九は自分の言うことを聞く人間しかいらないと言っていながら、異様に士織に執着を示したのである。

 

「そ、そんなことー」

 

「それにおまえは、 『声』を手に入れて再デビューをしたとき、 芸名でもなく、 『誘宵美九』って本名を使ったんだろう?おまえは……知って欲しかったんじゃないのか? 自分はここにいるって! 認めてもらいたかったんじゃないのか?

他でもない、人間に……!」

 

美九は顔を赤く染めると、廊下を前進しながらヒステリックな声を上げた。

 

「う・る・さぁぁぁぁぁぁぁいッ! 黙れ黙れ黙れえええっ! 知った風な口を利いてぇ! バカー! アホー! 間抜けええええっ!」

 

なんだかもう後半はただの悪口になっていた。

だが、その声には濃密な霊力が乗せられいたらしい。

前方に顔を出していた魔術師が見えない壁に押しのけられ、後方に吹き飛ばされていた。

 

「お、おまえなぁ 図星突かれたからって……」

 

「図星なんて突かれてないですもん! 違いますもん! あなたがバカなだけですし!

バーカ! バーカ! バーカ!」

 

「あぁぁぁもうこの……ッ! やっぱりおまえに四糸乃や耶倶矢や夕弦を任せてなんておけねえ! 絶対に霊力封印してやるからなこの野郎……っ!」

 

士道が叫ぶように言うと、美九がビクッと肩を震わせた。

 

「そんなこと……させないんですからっ! この『声』を封印されたら、私は、またー」

 

美九が歯を噛みしめるようにしてから、言葉を継いでくる。

 

「あなたは……また、なれっていうんですか?歌のない私に……無価値な私に……ッ!」

 

「そんなこと一言ってねえだろ!」

 

叫び、 魔力を纏った蹴りを放ち、魔術師の随意領域ごと吹き飛ばす。

 

「俺は…人を惑わす力なんてこもってない、おまえの本当の声で歌って欲しいだけだ!」

 

それは本心であるインカム越しではあるが雷華が情報を探るついでに美九の昔の曲を見つけてきてくれたのだ。

だが、その言葉に美九は忌々しげに顔を至めた。

 

「知った風な口を利かないでください この『声』があれば、私は最高のアイドルでいられるんです!

この『声』を失った私の歌なんて、一体誰が聴いてくれるっていうんですかぁっ!?」

 

「俺がーいるだろうが……ッ!」

 

士道が叫ぶと、美九は目を見開き、全身を微かに震わせた。

 

「な、何を……適当なことを! 私の歌なんて聴いたこともないくせに!」

 

「聴いたさ! 一曲だけだがな! ひたむきで、一所懸命で、格好良かった! 今の歌よ

りもよっぽど好きだね!

誰も歌を聴いてくれない……? はッ、馬鹿言うな。

ー少なくとも何があっても離れないファンがひとりここにいるッ!」

 

「な……」

 

「霊力なんか関係ねぇ…たとえ『声』がなくたって、お前が無価値になるなんて事は無い……!」

 

「……っ!」

 

美九は今にも泣きそうな顔になるが、直ぐに何かを思い直すように首振った。

 

「そんな、そんな言っても信じないんですからぁっ!

そう言っていたファンは、みんな私のことを信じてくれなかった!

私が辛いとき誰も手を差し伸べてくれなかった!」

 

「俺はそうは思わない! おまえを信じて待っていたファンは、必ずいるはずだ!

でもーもし本当にそうだったなら!

そのときは俺が! 絶対に手を差し伸べてみせる!」

 

「都合のいいことを !

じゃあなんですか、私がもし十香さんと同じようにピンチになったら、あなた、命を懸けて助けてくれるとでもいうんですかぁ!?」

美九は士道を睨み付けながら叫んだ。

恐らくー士道が答えに窮する様を見ようとして。

だが、士道は一瞬の躊躇もなくのどを震わせた。

 

「当然だろうが!」

 

「!」

 

士道の返答に、美九が一瞬足を止めた。

だが、すぐに不愉快そうに顔を至め、士道のあとを追ってくる。

 

「信じませんッ! どうせ嘘です ! 嘘に決まってます!」

 

「おまえなー」

 

するとそのとき、階段を上って次の階に到達した二人の前に、一人の魔術師が現れた。

大柄な男である。

今までの魔術師とは異なり、両手に明らかに屋内戦闘用ではない巨大なガトリングガンを携えていた。

 

「止まれぇい!

さんざ好き勝手やってくれたようだが、それもここまでよ!

ここから先は、メイザース執行部長よりこのビルの守護を任されたこのアンドリュー・カーシー・ダンスタン・フランシス・バルビローリー」

 

『ーうるさいッ!』

 

男の口上の途中で、士道と美九は同時に叫んだ。

声の圧力でガトリングガンがへしゃげ、士道の蹴りで随意領域ごと吹き飛ばす。

 

「ぐ、はっ!」

 

アンドリュー某は、そんな声を発してその場に昏倒した。

美九が、路傍の石でも蹴飛ばしたくらいの様子で声を続けてくる。

 

「大体ですね、なんで私があなたに助けられなきゃならないんですかぁ! 身の程を知ってくださいよねえ!」

 

「いや、お前が助けてくれるかって言ったんじゃねえか!」

 

「ふーん! そんなの知りませんよーだ!」

 

美九がと顔を背ける。

士道は頓をぴくつかせた。

 

「この!」

 

『お取り込み中悪いんだけど…。

夜刀神十香の捕らえられている階層についたんだけど…』

 

そこでインカムから雷華の声に、今いる階層が異なっていることに気付いた。

頑丈そうな壁が連なり、辺りには窓一つない。

眉をひそめ、前方を見やる。

長く連なる隔壁の一部。

そこに、頑丈そうな扉が設えられていた。

雷華がハッキングによって扉のロックを開ける。

士道は美九を伴いながら、注意を払って部屋の中に足を踏み入れた。

隔壁の内部は、フラクシナスの隔離エリアによく似た構造になっている。

広く仄暗い研究区画の中に、強化ガラスで囲われた空間が設えられていた。

 

「……!」

 

目を見開く。

その中に、十香の姿があったのである。

眠っているのだろうか、椅子に手足を拘束されながら、顔をうつむかせていた。

 

「十香!」

 

叫ぶも、こちらからの音声は聞こえていないようだった。

恐らく、 フラクシナスのそれと同じ構造になっているのだろう。

ならば、こちら側からの操作であのエリアの中に入る方法もあるはずだった。

部屋中に視線を巡らせる。

そこで、士道は身体の動きを止めた。

誰もいないと思っていた研究区画の中に、男が一人、士道たちの方に背を向けて椅子に腰掛けていたのである。

 

「くー」

 

士道が油断なく視線を鋭くし、拳を構える。

美九もその男の存在に気付いたのか、警戒するようにく破軍歌姫の銀筒を構えた。

 

「ーやあ、待っていたよ。プリンセスの友人……でいいのかな?」

 

男が静かな声を響かせ、椅子から立ち上がる。

そして、ゆっくりとした動作で士道たちの方に振り向いてきた。

 

「お初にお目にかかるね。

DEMインダストリーのアイザック・ウェストコットだ」

 

言って、その鋭い双眸を細めてくる。

くすんだアッシュブロンドに、長身。そしてどこか猛禽の類を思わせる鋭い双眸が特徴的な男である。

その顔を見て、その名を聞いて、士道は微かに眉をひそめた。

 

「アイザック……ウェストコット」

 

そう。

DEMインダストリー業務執行取締役、アイザック・ウェストコット。

人並みにテレビや新聞、ネットニュースなどを見ていれば、一度は耳にしたことのある名だろう。

ウェストコットは大仰な調子で首肯した。

 

「よく来てくれたね。ディーヴァにー」

 

と。ウェストコットが美九に視線をやり、次いで士道に目を向けた瞬間、言葉を止めた。

そして一瞬呆けたような顔を作ったのち、難しげに眉をひそめてくる。

 

「君は……何者だ?

まさか……いや、そんなはずは……」

 

ウェストコットが何やら思案するように、口元に手を当てる。士道は彼の行動の意味がわからず、眉根を寄せながら返した。

 

「俺はー五河士道。

ここに、十香を助けにきた! 今すぐ十香を解放しろ!」

 

そしてそう叫びながら、魔力を纏った手刀をウェストコットに向ける。

瞬間、ウェストコットはその目を大きく見開いた。

しかしそれは、手刀を向けられたことに戦慄したわけではないようだった。

しばしの間呆けたように士道の顔をまじまじと見つめー

 

「イツカーシドウ。君が」

 

のどを鳴らし笑い始める。

 

「……くく、精霊の力を扱うことができる魔法使い……話に聞いたときはまさかと思ったが、なるほど、そういうことか。

くく、はは、ははははははははははは!」

 

その突然の変貌に、士道は警戒を強める。

しかしウェストコットは、構うことなく身を振って哄笑を響かせる。

 

「滑稽じゃあないか。結局ー全てはあの女の手のひらの上だったというわけだ」

 

すると、士道の隣に控えた美九が、気味悪そうに声を発してきた。

 

「……なんですかぁ、この人。

どこかおかしいんじゃありません? あぁあ、だから男は嫌なんですよー」

 

「別に男なのは関係ないと思うが……」

 

士道は辟易するように返してから、ウェストコットに向き直った。

 

「あんたが笑い上戸なのはどうでもいい。

そんなことよりー十香を解放しろ!」

 

士道が手刀を突き付けながら叫ぶと、ウェストコットは愉快そうに肩を揺らした。

 

「もしもその言葉に従わなかったら、どうなるのかな?」

 

「……悪いが、無理矢理にでも従ってもらう」

 

士道の脅しに、しかしウェストコットはくつくつと笑った。

 

「できるのかな、君に」

 

「……できるとも。十香を助けるためなら、何だって」

 

言うと、ウェストコットは肩をすくめた。

 

「冗談だよ。ー私はエレンのように強くはないんだ。精霊一人と、魔法使いを同時に相手にするなんて、恐ろしくてできないさ」

 

そう言って、ウェストコットは手近にあったコンソールを操作した。

すると、部屋中に響いていた小さな駆動音のようなものが小さくなり、辺りが明るくなる。

次いで、十香の手足を拘束していた錠がガチャリと音を立てて外れた。

 

「十香!」

 

どうやらガラスの内側にも声が通っているらしい。

士道が叫ぶと、椅子に座っていた十香が、顔を上げるのが見えた。

 

『シ……ドー……?』

 

そして身を起こし、徴睡みを振り払うように目を擦ってから、十香が士道の方に目を向けてくる。

 

『! シドー!』

 

そこでようやく士道の呼び声が夢でないことに気付いたのだろう。

十香が勢いよく立ち上がり、身体中に貼られた電極をぶちぶちと剥がしながら、士道の方に走ってくる。

そして強化ガラスに両手のひらとおでこを押し付けながら、今にも泣きそうな顔を作った。

 

『シドー……シドー、シド一っ!』

 

「おう……悪いな十香。

待たせちまって」

 

士道の言葉に、十香が首を振る。

その仕草に、士道は思わず唇を緩めてしまった。

どうやら無事のようである。

とはいえ、まだ目的が果たされたわけではなかった。

声と姿は互いに届くようになったものの、未だ二人の間は、分厚いガラスで隔てられたままだったのだ。

 

「おい、あんた。ここを開けろ」

 

「自分で切り裂いてみてはどうかな?」

 

ウェストコットが肩をすくめながら言ってくる。

士道は苛立たしげに眉根を寄せた。

 

「ああ…そうさせて…」

 

もらうと言おうとした士道は破裂音と共に腹部に熱を感じた。

 

「なー?」

 

一瞬、何が起二つたのかわからず、呆然と声を発する。

 

ゆつくりと視線を下方に落としー士道はようやく、自分の腹部に穴が開いていることに気付いた。

 

「なーこ、れ、は……」

 

辿々しく声を発すると同時に、全身の神経を引っ掻き回されるような痛みと共に口から大量の血が零れる。

揺れる視界をどうにか後方に回すと、士道の背後には中折れ式の拳銃を構えるウェスコットの姿があった。

 

「てめぇ……ッ」

 

「―最近、開発された精霊用の銃弾さ。

何でも霊力を体内で暴走させて対象を行動不能に陥れるらしいけど威力が高すぎるな…」

 

顎に手を当てて言うウェスコットに士道は意識が遠くなるのを感じる。

 

 

「あ、が……」

 

それと同時に士道は姿勢を保てなくなり、身体をガラスの壁に寄りかからせた。

そのまま、血の跡を残しながら床に倒れていく。

 

『シドー! シドーおおおおッ!』

 

十香がガラスの壁を何度も何度も叩いているらしく振動が響く。

だが、それに応えることは困難だった。

激痛にまともに身体が動かせないのである。

ウェスコットがガラスを叩く十香の方に目をやる。

琴里の加護ーその身に受けた傷を治す治癒の炎は、士道の身に備えられているはずだった。

だが魔力が暴走したせいか炎はが生まれてはいるもののその動きはいつもより緩慢だ。

もう一撃頭か胸に銃弾を食らえば、士道は回復限界を超えてそのまま黄泉路を渡ってしまうだろう。

 

「十、香ー」

 

士道はどうにか十香に手を伸ばしーガラスの壁に阻まれて、血の跡を残しながら手を床に落とした。

 

 

 

 

ドニが地面に突き立った剣を引き抜くとエレンに向けて投擲する。

「つっ!!」

 

エレンはそれをレーザーブレイドで打ち払おうとした瞬間、数本が爆散、破片と剣が随意領域を貫通し、ワイヤリングスーツに新たな傷をつくる。

ドニが固有結界を展開してからエレンは更に不利な状況に追い込まれていた。

ドニの固有結界内にある刀剣は尽きることは無く、おまけに魔力の消費が少ないのか疲労した様子が全くなかった。

 

『接近では剣、距離を取れば刀剣の投擲…非常に厄介です…』

 

対するエレンの方は全身、傷だらけ、おまけに魔力の方もかなり消費し、カートリッジも残り少ない。

 

「がんばるねぇー」

 

「…当たり…前です…」

 

ドニが笑みを浮かべながら言った言葉にエレンは息も絶え絶えになりながら答える。

だが、エレンも最強の魔術師としての意地や誇りがある。

例え、敗北するとしても負けは認める訳にはいかなかった。

 

「まっ…僕の方も魔力の余力がないし次の一撃で終わりにさせてもらうよ…」

 

ドニが言いながら中腰になり右手を虚空に向けると同時に魔力を練る。

 

その様子にエレンの背筋を怖気が走る。

 

「‐‐‐‐投影、開始(トレースオン)。

‐‐‐‐投影、装填(トリガー・オフ)。

全工程投影完了‐‐‐‐是、射殺す百頭(セット‐‐‐‐ナインライブスブレイドワークス)」

 

詠唱と共にドニの手中に現れたのは黒曜石で出できたとみられる巨大な斧剣であった。

 

そこから漂う異様なプレッシャーにエレンは全身が総毛立つのを感じた。

 

「上手く防ぎなよ…でないと…死ぬから」

言葉とに斧剣を振り下ろす。

 

 

「つっ!」

 

エレンがそれをありったけの魔力と残りのカートリッジを使ってそれを防ごうとする。

 

――瞬間―核爆弾数十発分に匹敵する破壊の嵐が結界内に吹き荒れた。

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

膝を尽きながらエレンは喘ぐように呼吸する。

 

「おー、生きてた」

 

固有結界がゆっくりと消え去る中、ドニが笑顔をエレンに向ける。

 

「私を…殺さないのですか…?」

 

「嫌、面倒くさい」

 

消耗しきった様子で尋ねるエレンにドニが答える。

 

「それに…急いだ方が良いみたいだよ?」

ドニが言った瞬間、先ほどよりも数段濃い怖気を感じる。

 

今度はドニからでは無く、士道が上がっていった上の階からだ。

 

「アイク…!」

 

エレンはウェスコットの名を呼ぶと傷だらけの身体を引きずりながら階段のを登っていった。

 

 

 

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