デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第三十五話 『魔王』 後編

士道は、自らの血だまりに横たわり、傷を炎に焼かれながら、その光景を眺めていた。

恐らく、士道が意識を失っている間にウェスコットが士道に銃を向けたのだろう

十香がのどを潰さんばかりの絶叫を上げたかと思うとーその身を、黒い光の粒子が埋め尽くしていったのである。

 

「なん……だ、一体……」

 

炎は、ようやく士道の胸の傷を塞ぎつつあった。

のどの奥から迫り来る嘔吐感を抑えながら、鉄の味が満ちる口をどうにか動かす。

明らかに、何かがおかしかった。

後方でウェストコットが何やら興奮した様子で声を上げていたが、今ひとつ聞き取ることができない。

否、正確に言うのであれば、耳がその音を捉えていながらも、言葉の意味を脳が把握していないのかもしれなかった。

それくらい、十香の身に起こった異常に、目を釘付けにされていたのである。

だがそれも無理からぬことだった。

いつも十香が霊装や天使を限定顕現させるときとは、明らかに様子が異なっている。

十香のシルエットを塗り潰した禍々しい黒光が、放射状に晴れていく。

するとそれと同時に、ようやく十香の全貌が見取れるようになった。

 

「な……」

 

だが。士道はその姿を目にして、思わず息を詰まらせた。

黒い光の中から姿を現した十香は、その身に霊装を纏っていた。

とはいえそれ自体はあり得ない話ではない。

霊力を封印したとはいえ、士道と精霊たちとの間には目に見えない経路のようなものが通っており、精霊の感情が極端に高ぶったときには、その経路を通って霊力の一部が逆流するのである。

実際、十香を初めとして四糸乃、桜や八舞姉妹も、時折ラタトスクの意思に反して限定霊装や天使を顕現させていた。

しかし、今十香がその身に帯びているのは、明らかに限定的な霊装ではなかった。

肩に、腰に輝く漆黒の鎧。そして胸元と下半身を覆うように広がった、実体のない闇色のベール。

そう。それは、濃密な霊力によって編まれた、完全な状態の霊装だったのである。

 

「霊、装……」

 

だが、今十香が纏っている霊装は、士道の記憶の中にあるそれと、異なった形と色をしていた。

たとえるならまるでー写真のネガでも見ているかのように。

加え、それよりも気にかかることがあった。

ーその、表情だ。

数瞬前まで士道の名を叫び泣きじゃくっていた十香の姿はそこにはなくーただただ超然とした威圧感が惨む、王の如き顔になっていたのである。

無論、顔の作りや体格が変わったわけではない。

それなのに、なぜだろうか、士道は今黒光の中から現れた少女が、十香とは別の生き物のような気がしてならなかった。

そして。

 

「あれ……は……」

 

士道はよろよろと顔を上げ、訂しげに言った。

黒い霊装を纏った十香の右手。そこに、一振りの巨大な剣が握られていたのである。

 

「塵殺公…いや」

 

否ー違う。

その剣は明らかに、 塵殺公とは異なっていた。

片刃の巨大な剣である。

十香の霊装と同じく闇色に彩られた柄に鍔、そしてその刀身は、ぼんやりと黒い輝きの軌跡を空間に残していた。

 

「一つ」

 

士道は背筋を走る怖気に息を呑んだ。

なぜだろうか、あの剣には、刃物や武器としての剣呑さや、精霊の持つ力の強大さ以外に、思わず身震いをしてしまうような恐ろしいものを覚えさせる何かがあった。

十香が悠然とした調子で、辺りを眺め回す。

そして、小さく息を吐いた。

 

「ーなんだ、ここは」

 

「え……?」

 

士道は眉をひそめた。

一体、十香は何を言っているのだろうか。

十香はそんな士道の疑問にまるで気付かない様子で、適当に視界を巡らせ、そこに立っていた美九を指さした。

 

「貴様。答えろ。ここはどこだ?」

 

「えっ? ええと、DEMインダストリーの日本支社……じゃないんですかー?」

 

「聞き覚えのない場所だな。ーそれで、私はなぜこんなところにいるのだ?」

 

「そこの魔術師さんにさらわれてきたからじゃ……」

 

美九が困惑した様子でウェストコットの方を向く。

そこにはいつの間にかエレンの姿もあった。

ドニにやられたのかその姿はボロボロである。

だが、ウェストコットはそんな彼女に気にも止めずに凄絶な笑みを浮かべる。

 

「素晴らしい。

こうも見事な反転体を見たのは初めてだ。

一見ろエレン。あれが我らの夢だ。

我らの悲願だ」

 

言って、エレンの肩を叩く。

 

「さあ、仕事だ。君の前に君が倒すべき相手が現れた。さあ、最強の魔術師よ。

今こそ悪逆の魔王の首を刎ね、我らの道の礎としょう」

 

「ーええ、わかっています、アイク」

 

そう言ってエレンがうなずいたかと思うと、その姿が霞のように消え去った。

 

次の瞬間、十香の頭上にエレンが現れ、手にしていたレーザーブレードを振り抜く。

 

そのボロボロの見た目からは想像できないほど素早い動きだ。

 

「……っ!」

 

士道は這いつくばったままの姿勢で、十香にそれを知らせようとした。

だが、咄嵯のことに上手く大声を発することができない。

だが、それも杞憂に終わったようだった。

十香は顔の向きすら変えないまま右手を上方へ掲げた。

瞬間、凄まじい衝撃波が生じ、士道の身体は軽々と吹き飛ばされる。

 

「ぐ……っ」

 

まだ治りきっていない傷に衝撃が走り、士道は顔を至めてうめきを上げた。

すぐに、慌てたように美九が走ってくる。

 

「ちょっと……、大丈夫ですかー!」

 

男の心配をするだなんて、美九らしくもないことを言ってくる。もしかしたら彼女も気が動転しているのかもしれなかった。

しかし、それも無理のないことである。

士道もまた、今日の前で起こっている光景が理解できないでいた。

死の淵にいる士道が見ている幻覚とでも言われた方が納得できるくらいだ。

 

「小癪」

 

レイザーブレイドの一撃を受け止めた十香が呟くようにそう言い、エレンを弾き飛ばす。

エレンは身体を回転、空中でぴたりと制止した。

 

「やはり今までのプリンセスとは違うようですね。

そうでなくては困ります。

私が簡単に討ててしまう程度の精霊では、意味がありません」

 

「……なんだ、貴様は。

なぜ私に剣を振るう」

「申し訳ありませんが、あなたには今から死んでいただきます。

我々に必要なのはあなたのその力のみです。

あなたの人格は邪魔にしかなりません」

 

そう言ってエレンが視線を鋭くし、再びレイザーブレイドを振りかぶり、十香に跳びかかる。

十香は剣に手を添えると、横薙ぎに襲ってきたエレンの斬撃を止めた。

だが、一向にエレンの猛攻は止まなかった。左から、上から、下から、その場に残像を残すような速度で剣撃を繰り出す。

士道は声を発するのも忘れて、レイザーブレイドの残光がチカチカと視界の中に輝くの眺めていた。

今まで見ていたエレンと、明らかに気迫が、スピードが違う。

限定解除状態の十香であれば、恐らく初手で切り捨てられていたであろう猛撃が、一瞬の間に幾度も幾度も繰り返される。

とはいえ、十香も負けてはいなかった。

そんな人の動きとは思えない太刀筋を、全て正確に捉え、捌ききっていたのである。

 

人ならざる者と、人を超えた者との人智の及ばぬ戦い。

自分に向けられているものでもないというのに、その凄まじい殺気と敵意に押しつぶされそうになる。

 

「ーそこッ!」

 

と、エレンが下段から、大きく十香の剣を切り上げた。

一瞬、十香の身体ががら空きになる。

 

「む……」

 

無論それは、剣を切り上げたエレンも同じことだった。

左背に背負った武器を可変、脇の下から前方に伸ばす。

 

同時、その先端に光が収束していく。

 

「貫け、《ロンドミニアド》」

 

瞬間、選れんの構えた槍から放たれたのは濃密な魔力で形作られた巨大な槍である。

 

 

直視すれば目を灼かれかねないほどの濃密な魔力の光。

ASTの用いる兵器など比較にならないーそれこそ、天使の一撃に匹敵するであろう圧倒的な破壊力。

一瞬で十香の姿が光に呑まれ、ビルの壁や天井が紙のように消し飛ばされた。

 

「――」

 

一拍おいて、エレンが細く息を吐くと同時にエレンが持っていたレーザー・ブレードに皹が入る。

 

「やはり…フルロードには耐えられませんか…」

 

ビルは、壁と天井を上層階ごと快られ、まるで巨人に齧りつかれたかのような形になってしまっていた。

 

「十香……十香!」

 

名を呼び、辺りを見回すも、十香の姿は見えなかった。

今の攻撃で跡形もなく消し飛んでしまったのではーそんな不穏な想像が脳裏を掠める。 が、その考えは、一切の油断を見せることもなく空を睨み付けるエレンの表情を目にすると同時にた。

 

随分と見晴らしの良くなったビルの上空。月を背にしながら、ぼんやりと輝くスカートをなびかせ、十香が悠然とこちらを見下ろしてきている。

恐らく剣で攻撃を防いだのだろう。

その身体に、傷らしきものは見受けられない。

 

「なるほど、口だけではないようだ」

 

十香は静かに目を細めると、そのまま剣を握った右手をゆつくりと持ち上げた。

 

「させません」

 

しかし、エレンもそれを黙って見てはいなかった。

再びレイザーブレイドを構えたかと思うと、瞬きの間に十香に肉薄し、十香の胴に横薙ぎに斬りつける。

 

「ふん」

 

十香は微かに眉をひそめると、剣を構えた右手ではなく、何も握っていない左手でその一撃を受け止めた。

さすがの十香の霊装も、エレンの一撃を完全に止められはしなかったらしい。

激しい魔力の余波が火花のように散ると同時、十香の手を覆っていた長手袋が破れ、その細い腕に火傷のような傷跡が広がっていく。

だが。

 

「暴虐公-ナヘマー」

 

自らの左手が灼かれているのにも構わず、十香が冷徹な声でそう言うと、高々と月に掲た剣ー暴虐公を振り下ろした。

エレンではなくー未だビルの上にいた、アイザック・ウェストコット目がけて。

 

「くー」

 

エレンはそこで初めて顔をしかめると、即座に十香への攻撃を止め、スラスターを駆動させてビルの方に舞い戻ってきた。

風を切る音が鳴り、それに次いで、空間が軋むような音が響く。

次の瞬間、十香の振るった剣の延長線上に、凄まじい衝撃波が走っていった。

 

「ぐっ!」

 

「きゃあああああ っ!」

 

その余波に煽られた士道と美九は、たまらず声を上げた。

とはいえ、どうやら美九の悲鳴は霊力を込めたものだったらしい。

士道と美九の周囲に見えない壁を構築し、幾分か辺りの空間を揺さぶる衝撃波を和らげてくれていた。

それと同時‐暴虐公に呼応するかのように士道の手の中にそれは顕現していた。

 

十香の天使である塵殺公だ。

 

「だ、大丈夫か、美九 !」

 

「え、ええ…っていうか、別に私、あなたを助けたわけじゃありませんからねー!

偶然ですからねー!」

 

士道が言うと、美九は不本意極まりないといった顔をして目を背けた。

魔力を足に集中させて吹き飛ばされるのを防ごうとしたのだが、それよりも美九の声の方が早かったのである。

 

『それにしても…塵殺公を顕現できるだけの魔力は残ってない筈だが…』

 

『先ほど魔力が暴走した際に回復したものだと考えます』

 

オーディンの言葉に納得しながら士道は空に浮かぶ黒いシルエットを見上げ呟いた。

 

「十香…なのか ? あれがー」

 

『ええ、霊力のパターンが一致しています』

 

オーディンと共にそんなやり取りをしていると突然に何かが崩れる音がして、エレンと彼女に守られたウェストコットが瓦礫の陰から姿を現す。

どうやら、十香の一撃がウェストコットを消し去る前に、エレンが随意領域でそれを阻止したらしい。

 

「すまない。助かったよ、エレン」

 

「いえ。今あなたに死なれるわけにはいきません」

 

エレンが十香に視線を向けたまま、ウェストコットの言葉に応える。

 

「どうかね、プリンセスは」

 

「ええ、以前戦ったときとは比べものになりません。

あのときは少々拍子抜けしましたが、これならばAAAランクというのも納得です」

 

「ほう。それでー勝てるのかね?」

 

「無論です。私に勝てる生物など、この世界に存在しません…まぁ…あの魔法使いには遅れを取りましたが…」

 

言いよどみながらも返す。

 

「ー万全の状態であれば、ですが。

それに防御に気を取られ、先ほど魔法使いにやられた傷口が開きました。

痛覚操作は施していますが、あの精霊を相手にするには少々分が悪いかと」

 

「ふむ……そうか」

 

ウェストコットはあごに手を当てると、ふうと息を吐いた。

 

「ならば仕方ない。

ここは退こう。

まだ時間はある。

じっくりやろうじゃないか」

 

「よろしいのですか」

「ああ。

待つのには慣れている。

プリンセスを反転させることができただけでも上々さ。

それに今日はー予想外の顔にも会えたしね」

 

言って、ウェストコットが士道の方に視線を寄越してくる。

士道はぴくりと肩を揺らした。

 

「ー悪いが、我々はここで失礼させてもらうことにするよ。

生き延びたならまた会おう。

魔法使いタカミヤーいや、イツカシドゥ」

 

「な……?」

 

ウェストコットが発した言葉に、眉をひそめる。

崇宮。それは、士道の妹を自称する真那の姓であった。

 

「ちょっと待て、あんた、俺のことを知ってるのか……?」

 

「いいや、知らないさ。

ーイツカシドウのことはね」

 

言うとウェストコットは士道から視線を外し、エレンの肩に手を置いた。

するとその瞬間、エレンの周囲の空気が揺れる。

恐らく、周囲に張っていた随意領域を凝縮したのだろう。

エレンはウェストコットを見えない手で支えるように浮遊させると、そのままスラスターを駆動させ恐ろしいスピードで空の彼方へと飛び去っていった。

 

「待て!!」

 

叫ぶも、二人の影はすぐに夜闇に紛れて見えなくなってしまう。士道の声は空しく虚空に響くだけだった。

だが、敵がいなくなったとはいえ、まだ事態は収束していない。士道は視線を上空に戻した。

十香は空に消えたエレンとウェストコットの姿を視線だけで追ってから顔を下方に向け、士道と美九の姿を捉えると、ゆつくりと二人の元に下りてきた。

 

「あとは……貴様らか」

 

言って、冷たい目で以てこちらを見てくる。

平時の十香からは考えられない様子に、士

道は身体を緊張させる。

 

「……ちょっと、あなた知り合いじゃないんですかー?

ていうかあの子、助けにくる必要もないくらい激強じゃないですかぁ。

一体何がどうなってるんですー?」

 

美九が小声で問うてくる。

だが、いくら士道にも答えようがなかった。

 

「わからん……俺だって何が何だかわかんねえよ」

 

「……それ以前に、あなた心臓を撃ちぬかれましたよねえ?

魔法使いだとしてもありえないですー?」

 

「それは……まあ、特異体質でな。

あとで説明する」

 

とはいえ、何も言わずに対崎しているだけというわけにもいかない。

士道は十香に声をかけようとした。

が、その瞬間。

十香が右手に握ったく暴虐公をぞんざいに振り抜いてきた。

その太刀筋から衝撃波が発され、二人に襲いかかる。

 

「うわっ!」

 

「きゃあっ!」

 

咄嵯のことに思わず手にした塵殺公でそれを受ける。

どうにか転げずには済んだものの、柄を握っていた両手が激しく痛んだ。

 

「ぐ……っ」

 

士道は戦慄した。十香にとっては児戯にも等しいものであるとはいえー今の攻撃は、確実に士道に向けられたものだった。

塵殺公で受け止めていなければ、死んでいたやもしれない斬撃である。

 

「やはり《塵殺公》……なぜ貴様がその天使を持っているのだ?」

 

視線を鋭くし、十香が言ってくる。

その顔は、明らかに敵を見るそれとしか思えなかった。

 

「十香! おまえ……どうしちまったんだ! 俺のことを覚えていないのか!」

 

士道が叫ぶと、十香が眉をひそめた。

 

「十香……? 私のことか?」

 

士道の顔をまじまじと見るようにしながらそう言ってくる。

やはり、いつもの十香ではない。

士道のことはおろか、自分の名前さえも覚えていない様子だった。

 

「一体……何が…?」

 

と、士道が困惑に顔を至めていると、右耳のインカムにザザッというノイズが走り、次いで琴里の声が響いてきた。

どうやら雷華がフラクシナスとの回線を繋ぎ直してくれたらしい。

 

『士道! 士道! 応答しなさい! 士道! !』

 

『琴里か?十香の様子がおかしいのはそっちでも確認はできてるだろ?俺はどうすればいい?』

 

『十香の意識を引き戻すしかないわ。

可能性があるとすればー』

 

琴里がその『可能性』とやらを述べ士道は小さく笑みを浮かべた。

 

『なるほど……結局、やることは変わらないってことか』

 

「何を笑っている」

 

と、士道と琴里の会話を遮るように、十香が冷たい声を発してくる。

 

「何だか知らぬが、まあいい。

屠れば済む話だ。

どうやら先ほどの女ほどの力はないようだしな」

 

言って、十香が再び剣を振い衝撃波が襲う。

 

「……っ!」

なんとか初撃は防ぐそして、次の瞬間、またも十香が剣を振り抜いた。

手が痺れてまともに動かない士道目がけて、斬撃が飛んでくる。

 

「まず―」

 

魔力で身体強化しても防ぐのは難しい一撃だ。

 

「あああああああああああああああッ!」

 

一か八かで《魔力瞬間換装》で回避しようと試みた瞬間、美九が大声を発し衝撃波から士道を辛うじて守ってくれる。

 

「美九……!」

 

不可視の壁を構築した。

 

「何やってるんですー。

格好悪い」

 

「うるせ、他に方法がないんだよ!

まずはあいつの近くに行かなければどうにもならん……!」

 

士道が言うと、美九が何か思いついたような眉の端を動かしてきた。

 

「十香さんの近くに行ければ、何か方法があるっていうんですねー?」

 

「……ああ。成功するかどうかは、やってみないとわからないがな」

 

「ふーん……そうですか」

 

美九は気のない返事をすると、その場でくるりと身体を回転させ、タップダンスのように地面に靴底を打ち付けた。

 

「《破軍歌姫》[輪舞曲]」

 

美九の言ノ葉と共に彼女を囲うように、地面から何本もの銀筒が出現し、その先端をマイクのように美九の方に向けた。

それだけではない。およそ半分が削り取られたビルの床の各所にもパイプオルガンの金属管が現れ、十香に向けてその先端を可変させた。

 

「……いいですよー。

特別です。

十香さんのために単身ここまで乗り込んだ、果てしなく馬鹿で愚直なあなたに、一度だけチャンスをあげます」

 

「どうするつもりだ?」

 

「防御の声を全方位から十香さんにぶつけます。

彼女相手では何秒保つかわかりませんが少しの間であれば動きを止められるはずです。

その間に、その方法とやらを試してみてくださいー」

 

「了解!」

 

士道は十香を見据えて足を踏みしめ、力強くうなずいた。

 

「では、いきますよー」

 

美九が身を反らしながら息を大きく吸いー

 

「――!」

 

耳の奥に響くような高音の声を、自分の周囲に立った天使の銀筒目がけて発する。

《破軍歌姫》の銀筒は美九の声を幾重にも反響させ、目に見えない手で締め付けるように十香を拘束した。

十香の両腕が不自然に至み、ロープで縛られるかのように身体に密着する。

 

「むーなんだ、これは」

 

十香が不快そうに顔を至め、拘束を剥がそうと腕に力を入れる。

そのたびに、美九の声が苦しそうに上擦った。

 

「美ー」

 

士道は美九の名を呼びそうになるのを堪え、床を蹴った。

今、士道が美九へ言葉をかけたところで、何の意味もない。

それどころか、美九が稼いでくれた貴重な時間を一秒も無駄にしてしまう。

ならば、士道は先に進まねばならない。

美九のことを思うのであれば、一秒でも早く十香のもとに到達せねばならない。

 

一瞬でも早く、十香の意識を引き戻さねばならないー。

 

「ふん……」

 

近づいてくる士道に気付いたのだろう。

十香が片足でと床を蹴ってきた。

床材が砕け、散弾のようになって士道の身体を襲ってくる。

 

「ぐっ!」

 

ある程度は《塵殺公》と《オーディン》が展開している魔法で防げたが、数発のコンクリートの破片が突き刺さる。

激痛に声をあげるが士道は足を止めない。

激痛と衝撃に耐え、十香に向かって猛進する。

十香が苛立たしげに舌打ちを零す。

 

「ー鬱陶しいぞ」

 

言って大きく息を吸い、身体を軽く前傾させ、音の拘束を引きちぎるように両腕を開いていく。

 

「っ―」

 

美九の声が段々と掠れていきーそして。

美九は、絶望に目を見開いた。

どんどんと力を増す十香の抵抗に対抗するため、拘束の強度を上げていったのだがー

そこで、不意に声が、出なくなってしまったのだ。

 

「――」

 

なんで、と呟こうとするも、それすら声にならない。

ただ、のどからひゅうひゅうと息が漏れるのみだった。

 

「な―」

 

「ふん」

 

士道の狼狽と、十香の鬱陶しげな声が同時に響く。

美九の声が途切れると同時、周囲に立っていた破軍歌姫の銀筒が音を立てて倒れ、十香を拘束する音の壁が完全に消え去ってしまったのだ。

恐らく、霊力を使い過ぎたのだろう。

ただでさえ今日は今までにないほど『声』や天使を連続使用していたのである。

その上、十香という圧倒的に格上の精霊相手に、防御用の声の壁を使って拘束をかけるなどという無茶までしたのだ。

一時的に霊力が途切れ、声が出なくなってしまうのも無理もないことだった。

 

「小賢しい真似を」

 

十香が鼻を鳴らし暴虐公を振り上げる。―士道にでは無く、美九に向かってだ。

 

「私の身を縛ろうとは。

身の程を知れ」

 

「―」

 

美九が声無き悲鳴をあげる。

幸い霊装は消えていなかったが、あの天使の一撃に、美九の霊装が耐えきれるとも思えない。

 

それでも避けようしないのはもう体力が残っていないからだろう。

 

「くっ―」

 

士道は魔力瞬間換装を用いて美九と十香の間に割り込む。

まだ魔力瞬間換装を使用している状態が続いているのか、十香の動きがやけに遅く感じた。

 

『どうする…塵殺公で暴虐公を弾くか?』

 

今の状態であればそれも可能だろう。

だが―

 

『駄目だ…衝撃で後ろの美九を吹き飛ばしかねない…。

いや…待てよ!』

 

そこまで考えた所で士道は一つの方法に思い至り、意識を集中させる。

瞬間。

士道の左手に、冷たい感触が生まれた。

 

 

「え―?」

 

少しの間休ませたことにより喉が少し回復した美九が後ろで驚いたような声をあげるのを聞きながら士道は肩を撫で下ろす。

 

士道は暴虐公の一撃を防いでいたのだ。ー左手をかざした先に、冷気の壁とも言うべき結界を張って。

 

『何とか上手くいきましたね』

 

オーディンのホッとしたような声を上げる。

『ああ…ヒヤリとした』

 

霊力の余波からか周囲の気温がぐんと下がり、辺りに白い霰のようなものが漂っている。

四糸乃の天使である氷結傀儡の能力を使ったのでる。

十香の塵殺公が使えるのならば四糸乃の氷結傀儡の能力も使えるのではないかと考えたのだ。

 

「よう…美九、無事か?」

 

美九を一瞥しながら士道は尋ねる。

 

「あにを、やっえ 」

 

上手く発せない声で言う。

暴虐公の一撃を凌ぎきった士道は、冷気の壁を霧散させながら口を開いた。

 

「言っただろう、お前がピンチになっても助けてやるって」

 

「え ?」

 

美九は士道の言葉に眉根を寄せ、肩を揺らした。

先ほど、ビルの中でした会話を思い出したのだ。

 

(ーじゃあなんですか、私がもし十香さんと同じようにピンチになったら、あなた、命

を懸けて助けてくれるとでもいうんですかぁ!)

 

(当然だろうが!)

 

確かに、士道はそう答えた。

美九は口元に手を当てると、全身を小刻みに震わせた。

見開かれた目から、ぼろぼろと涙が零れていく。

と、そこで士道は異変に気づいた。

今し方斬撃を放った十香が、左手で額を押さえ、苦しげにうめいていたのである。

 

「う、う……シドー……シドー 」

 

 

 

十香がうめくように言うのを聞いて、士道は微かに眉をひそめた。

 

「十香!意識が戻ったのか!?」

 

今十香は確かに、 「シドー」と言った。

まさか、記憶が戻っているのでは ?

そう思い、士道が声を上げた瞬間。

 

 

「う、あ、あああああああああッ!」

 

十香は叫ぶと、右手に握った暴虐公を地面に突き立て、その刃に向かって自分の左腕を振った。

 

「あぐっ!」

 

エレンの攻撃によって霊装が剥げ落ちていた左手に、大きな傷が刻まれ、盛大に血が流れ落ちる。

それでようやく、十香は落ち着きを取り戻したようだった。

否、落ち着いたというには語弊があるだろうか。

十香は血走った目で士道を睨み付けながら自らの血に濡れた

《暴虐公》を引き抜いた。

 

「面妖な手を! 私を惑わすか、人間!」

 

言って、十香は床を蹴って再び空へと舞い上がると、巨大な剣を天高く振り上げる。

 

「よかろう ならば一撃にて塵も残さず粉砕してくれる!」

 

同時に虚空に不思議な波紋が現れ、そこから、十香の身の丈の倍はあろうかという巨大な玉座が姿を現した。

そしてその玉座が空中でバラバラに分解し、十香の掲げた剣にまとわりついていく。

玉座の破片と同化するたびに、黒い粒子を撒き散らしながら、巨大な剣は、さらに長大な、禍々しい姿へと変貌を遂げていった。

そして、最後の破片が剣に同化し、その切っ先が、月を裂くように天を突く。

 

「我が【終焉の剣-ペイヴァーシュヘレヴ】でッ!」

 

十香の吠えるような宣言とともに。

暴虐公は、その真の姿を現した。

 

「なっ!」

 

それを見て、士道が目を見開いた。

十香が剣の柄をさらに強く握りしめる。

するとその巨大な刀身に、辺りの空間から黒い光の粒子が収束していった。

 

「!!!」

 

美九は息を詰まらせ、声の結界を張ろうとした。

だが、まだ天使を扱えるほど霊力は回復していなかったしー仮にそれが成功したとしても、あの一撃を防げるとは思えなかった。

 

「……!!!」

 

「美九!!!」

 

美九は士道の身体を庇うように抱きしめ、自らの背を十香に向けた。

 

「……!」

士道が叫ぶも、美九はその場を退こうとしな。

 

 

『くそ!何か手はないのか《オーディン》!!』

 

『今の我々にあの攻撃を防ぎきる術はありません!!』

 

あの剣込められた霊力の凄まじさは、一目見ただけで理解できていた。

 

それでも、士道は何か手段を模索する。

恐らく今から放たれるのは、視界に入るもの一切合切を切り裂く強力無比な破壊の一撃。

繰り出されれば美九の身体は士道とともに蒸発してしまうだろう。

 

「去ね、人間……ッ!」

 

叫び、十香が暗く輝いた剣を士道に向かって振り下ろしてくる。ただそれだけの動作で、辺りの空間が軋むかのような音が響き渡った。

 

「……」

 

十香が剣を振り抜くより先に。

士道は、ただでさえ抵下した周囲の気温が、さらに下がるのを感じた。

 

「《水結傀儡》……っ!」

 

『よっしゃおっけーいっくよ一つ!』

 

そして、聞き覚えのある声が響くと同時、十香に冷気の奔流が襲いかかる。

 

「く……?」

 

十香が顔をしかめ、周囲に霊力の壁を張って、その攻撃を相殺した。

見やると、空には巨大なウサギの人形に張り付いた四糸乃が浮遊していることがわかる。

更に四糸乃の周辺に桜、可倶矢夕弦の姿も見ることが出来た。

 

「十香さん…一体どうしたんですか……?

士道さんを攻撃するなんて」

 

「十香ちゃん!一体どうしちゃったんだよ!?」

 

「士道に剣を向けるなんて!あんた血迷ってるのよ!?」

 

「同意、らしくないと思います」

 

そう言う四糸乃達の言葉に士道は違和感を覚えた。

 

恐らく、美九の声が消えた際に、美九の支配が解けてしまったのだろう。

 

そこで士道の頭に一つの考えが思い浮び琴里に連絡を取る。

 

『琴里…可倶矢と夕弦はインカムをしているはずだよな』

 

『してるけど…士道、どうするつもりよ…』

 

『俺に一つの策がある』

 

戸惑ったような琴里に士道はその策を話したー。

 

 

 

 

「おのれー小癪な……ッ!」

 

 

士道が琴里に策を話して数分後、十香が【終焉の剣】を構えながら、冷気の攻撃を受け止め顔をしかめている。

 

『いくら四糸乃とはいえ、限定解除状態では今の十香を相手にどれだけ食い止められるかわからん…』

 

などと士道が考えていると…。

 

「鬱陶しい!みんな!!まとめて消えろ」

 

絶叫じみた声を上げて巨大な剣を振り下ろす。

 

「《暴虐公》【終焉の剣】!!」

 

「《桜色の聖剣》!!」

 

振り下ろされる黒い霊力がビルごと士道達を呑み込まんとした瞬間、桜色の極光が空を走り黒い霊力と衝突する。

 

「十香ちゃんに士道君を殺させたりしないんだよ!!」

 

桜光宝杖を構えながら桜は叫ぶ。

 

「む…」

 

不機嫌極まりない顔をしながらも十香は暴虐公を持つ手を緩めない。

二つの光がぶつかり合いながら拮抗状態を作っているが四糸乃の時と同じくそれほど長くは時間は稼げないだろう。

 

だが、それも士道の立てた作戦の内である。

 

「つっ…!」

 

桜色の聖剣で霊力を消費しつくしたか桜が膝をつく。

【終焉の剣】が纏う黒い霊力は多少は削ぐことはできたようまだビルごと士道達を消し飛ばす位の威力はあるだろう。

 

「どうやら終わりのようだな?」

 

言いながら十香が三度、剣を振り下ろそうとする。

 

「何を勘違いしているのでしょうか?」

 

「くくく…待たせたな士道、桜も時間稼ぎ大義であった」

 

声と共に士道達の後方から可倶矢と夕弦が現れる。

 

それと同時に可倶矢と夕弦が既に展開していた霊装と天使が光り輝き-耶倶矢の右肩に生えていた羽と、夕弦の左肩に生えていた羽が合わさって、弓のような形状を形作くる。

次いで、夕弦のペンデュラムが弦となって羽と羽の先端を結び-耶倶矢の槍が、矢となってそれに番えられる。

今度は、耶倶矢が右手で、夕弦が左手で。

霊装の鎧に包まれた手で以て、左右から同時にその弦を引いた。

最大まで引いた弓を、今、士道達を消し去らんとしていた【終焉の剣】に向ける。

そして。

 

『《颶風騎士》

【天を駆ける者-エル・カナフ】!!」

 

二人が、まったく同時に手を離し、その巨大は矢放たれた矢は【終焉の剣】へと命中する。

 

限定状態では顕現することが出来ない天使の形態。

それを実行するために士道は《オーディン》を通して可倶矢と夕弦の霊力を共鳴させたのだ。

四糸乃の防御も桜の《桜色の聖剣》も全てはこの為の時間稼ぎにすぎない。

 

「ぐわあああああ!!」

 

矢が【終焉の剣】を砕き乱気流が引き起こされ、十香が錐揉みになりながら悲鳴を上げる。

 

「十香!」

 

士道は屋上の床を強く蹴ると飛び上がり、十香の手を握るとその身体を引き寄せる。

 

それと同時に十香の唇に自分の唇を押し付けた。

 

 

「ーシ、ドー ?」

 

十香は、のどを震わせ、自分を抱く少年の名を呼んだ。

そして、それに合わせるように、十香の纏っていた闇色の霊装が、手に握っていた剣が、粒子となって空気に溶け消えた。

とはいえ、なぜかあまり驚きはなかった。あれは、十香のものではない。

十香が纏っていられないのは道理だろう。

 

「… おう」

 

士道は短く答えると、ほっとしたように微笑みーそのまま崩れ落ちるように倒れた。

 

慌ててその身体をぎゅっと抱きしめる。

だが、それはいらぬ心配だったらしい。

士道と十香の周囲には、二人を包むように風のベールが形成されており、それがゆつくりと二人を地面まで運んでくれたのである。

 

「ぐ…」

 

だがそんな十香の思考は、強い疲労感に途切れる。

 

 

「し、シドー! 大丈夫か?」

 

「おう……なんとかな」

 

士道はそう言うと、どうにか自分の足でその場に立ってみせた。

 

とはいえ、その身体はぼろぼろで、今にも倒れてしまいそうである。

十香は士道を支えるように、その身体を強く抱きしめた。

 

「十香こそ……大丈夫か? 一体あれは何だったんだ……?」

 

「あれ……? 何のことだ?」

 

十香は目を丸くしながら返した。

 

すると士道は難しげな顔を作ってから、十香の頭をわしわしと撫でてきた。

 

「いや……いい。そういうのは、琴里や令音さんに任せよう。今はーおかえり、十香」

 

「む……? うむ」

 

一瞬首を傾げかけーしかし、十香はこくりとうなずいた。

 

「ただいまだ……シドー」

 

言うと同時、朝日が差し込み始め、一つになった二人の影をビルの床に細く、長く映し出した。

 

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