デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第三十六話 『アフター・ザ・フェスティバル』

『五河士道さま

天央祭三日目、午後二時五〇分に、セントラルステージの楽屋に来てください。

ふたりっきりでしたいお話があります。来なかったら怒っちゃいますからね!

あなたの美九より』

……そんな、明らかに今までと性格の違う手紙(しかもキスマークまでついていたが)

士道のもとに届けられたのは、DEM社での一件があった日の夕刻のことだった。

 

「えらい変わりようだな…」

 

士道は苦笑を浮かべながら手にした便箋をもう一度読み返した。

 

九月二五日、月曜日。

天央祭開催三日目にしてーDEMインダストリ一日本支社での攻防戦から一日が経った日である。

フラクシナスで丸一日かけて入念な検査を受けた士道は、天央祭会場である天宮スクエアにやってきていた。

一日目に比べて、人は格段に少ない。

それもそのはず、もとより天央祭三日目は、参加校一〇校の生徒だけが文化祭を楽しむ、いわば後夜祭的な位置づけだったのである。

ー結局、天宮市で巻き起こつた謎の大暴動は、特殊な幻覚剤が散布されたテロとして決着が着けられた。

さすがに無理があるのではと思った士道だったが、昨日の朝方急に我に返った美九の信者たちが、操られていたときのことをまったく覚えていなかったのだから真相など追いようがない。

合理的でないにしろ辻棲を合わせなければならなかったのだろう。あの騒動で死者が出なかったのが不幸中の幸いである。

DEMインダストリ一日本支社の惨状も、特殊な空間震の被害ということで始末が着いた。

監視力メラの映像くらいは残っていたのだろうが、わざわざ精霊と魔術師たちとの戦闘を晒すようなことはしなかったようである。

会場を見回しながら、ゆっくりと足を進めていく。

あんな騒動があったということで、さすがに二日目の天央祭は急遼中止となり、三日目の開催も危ぶまれていたのだが……生徒たちの熱意とくラタトスクの暗躍とによって、無事開催と相成ったのだった。

しかもどうやら、中止になった分の二日目を明日執り行うという運びにまでなっている

らしい。

……そうなると後夜祭のあとにまた文化祭をやるというよくわからないスケジュールになるのだが、生徒たちはあまり気にしていないらしかった。

 

「くく……士道。もう傷はよいのか? ふ一流石は我が見込んだ男ということか」

 

「質問。十香さんはまだ来られませんか?」

 

と、メイドカフェの前を通ったところで、メイド姿の耶倶矢と夕弦が声をかけてくる。

「ああ、まだ検査が終わらないらしい。

お土産に何か買っていってやらないとな」

 

「ふむ……なるほどな。ーして、士道。なにゆえ今日は男装なのだ?」

「同調。夕弦も気になります。士織さんはどうしたのですか?」

「男装って……俺は元々男だよ!」

士道がツッコミを入れると、八舞姉妹が笑い声を上げる。

 

「……ったく」

 

また来るよ、と手を振り、士道はメイドカフェをあとにした。

そう。今日の士道には、やらねばならないことがあったのである。

ブースを抜け、セントラルステージへ。

扉を開けると、賑やかな曲調と、空気を揺るがす大歓声が響き渡ってきた。

ステージに立っているのは美九だった。

霊装に身を包み、人々を魅了する霊力の籠もった『声』を響かせている。

皆の熱狂も無理からぬことだった。

演奏が終わり、美九が微かに肩を上下させながら礼をする。

すると会場が割れんばかりの拍手に包まれた。

『ありがとうございます、皆さん! 本当にー』

そう言ってから、美九がステージを去っていく。

観客たちの中から再び拍手と、美九の名を呼ぶ声が響いた。

さすがにこの人数の中を泳いで奥までは辿り着けないだろう。

士道は一旦ステージを出ると、裏手に回って関係者用人口から建物の中に入っていった。

そして控え室の前に立つと、扉を叩く。

 

『はい、どうぞー』

 

中からそんな声が聞こえてくる。

士道は呼吸を整えるようにしてから扉を押し開けた。

控え室の中には、美九が一人、椅子に座っているだけだった。

手元にはペットボトル入りのスポーツドリンクが置かれ、首にはタオルがかけられている。

DEMの一件のあと。

美九は『声』を取り戻しても、抵抗の色を見せたりせず、事後処理にやってきたくラタトスク機関員の指示に従って至極大人しくしていた。

士道が動けない以上美九の霊力を封印する手だてはないため、 ラタトスクは監視をするくらいしかできなかったのだが……その間も、不穏な行動は認められなかったという。

それどころか、手紙なぞしたためて士道に届けてくれと頼んできたくらいだ。

一体どんな心境の変化があったのだろうか。

まるで憑き物が落ちたかのような変貌ぶりだった。

実際ー

 

「! 来てくれたんですね、だーりんっ!」

 

美九は弾んだ声でそう言うと、椅子から飛び上がり、いきなり士道に抱きついてきた。

 

「だ、だーりん……!」

 

突然の行動に、士道は目を円くする。

子供のように屈託のない笑顔を見せる美九を思わずまじまじと見つめてしまう。

 

「おまえ……一体どうしたんだよ。あれだけ男を嫌ってたのに……」

「うふふ、だーりんは特別ですう。私の命の恩人ですしー」

 

言って、さらに身を寄せてくる。

 

『モテモテですね…マスター』

 

オーディンの言葉に返答する間もなく美九の豊満なバストが押しつけてくる。

 

「ちょ…っ!美九!?」

 

慌てたように声を上げる士道。

それを察したのだろう。

美九が面白がるように笑みを浮かべた。……完全に、士織ちゃんモードのときを思い出す反応である。

確かに、DEMでの一件から美九の精神状態は非常に良好ー且つ、士道への好感度が急激に上昇したとは聞いていたが……まさかここまで極端だとは。

以前も感じたことだったが、やはり、彼女は性格というか価値観が子供のそれに近いのだ。

嫌い嫌いと思っていたものが、一つのきっかけで大好きに変わる。彼女にとってそのスイッチが、DEMでの一件だったのだろう。

士道は苦笑しながら、思い出したように口を開いた。

 

「それで……美九。

話したいことって一体何なんだ?」

 

「ああ、そうでしたー」

すると美九は思い出したように小さくうなずいた。

そして何でもない動作でふっと士道に目を向けー

そのままつま先立ちをし、士道にちゅっと口づけてきた。

 

「 っ!」

 

突然のことに、思わず目を白黒させてしまう。

が、美九はがっしりと士道の身体を抱ついたまま、唇を離そうとしなかった。

 

「んく」

 

「んっ」

 

そうしているうちに、士道は身体に温かい何かが流れ込んでくるのを感じー

同時に、美九が纏っていた霊装が、光の粒子となって空気に溶け消えた。

 

「きゃっ!」

 

それに気付いたのだろう。

美九がようやく士道から唇を離す。

 

「なんて早技 だ、だーりんたらえっちさんですうー 」

「いやいや、四糸乃達から聞いてただろお前!! 」

「うふふ、冗談ですよぉー」

 

言って、美九が士道にぴったりと寄り添ったまま微笑んだ。

 

やはり四糸乃たちから霊力の封印方法のことを聞いていたのだろう。

つまり美九は、自分の霊力が封印されてしまうことを承知した上で、士道にキスをして

きたということである。

 

だが、それでも疑問は残った。

 

ーあれほど『声』を失うことを恐れていた美九が、一体なぜ。

士道が呆然とした調子で言うと、美九は小さく唇を開いた。

 

「あのときあなたが、約束してくれましたから」

 

「あのとき?」

「はいー 、もし私が今の『声』をなくして、他のみんなにそっぽを向かれても、士道さんだけはファンでいてくれるって。

あれは一本当ですよね?」

 

「ああ」

 

DEM日本支社の中で、確かに士道はそう言った。

こくりと首肯する。

 

「もちろんだ」

 

美九の目を見つめ、断言する。

それは、何の冗談でも世辞でもなかった。日頃アイドルやらにさして興味を示さない士道ですら、美九の歌には感じ入るものがあったのである。

すると美九は、士道の顔を見つめながら屈託のない笑みを浮かべた。

「……あなたは、約束を守ってくれましたー。

あなたなら、大丈夫です。

あなただけは……信じられます」

 

士道を抱く手に力を込めながら、美九が続ける。

「たとえこの『声』を失っても。

みんなが私の歌を聴いてくれなくなっても。ーあなたがいるなら、それで、いい。

もしそのときは……あなたのためだけに、歌ってあげます」

「美九ー」

士道はきゅっと唇を引き結ぶと、美九の身体を抱き返そうと手を広げた。

だが、士道の手が美九を抱きしめる寸前。 控え室の扉が開いて、竜胆寺女学院の制服を着た女子生徒が入ってきた。

「美九さん! アンコールが凄すぎて、次に進めません! もう一曲ーて、え……ッ?」

 

女子生徒が扉を開けたままの姿勢で固まる。

だがそれも無理からぬことだった。

服を剥ぎ取られた大人気アイドルが、見知らぬ男に襲いかかられている(ように見える)のである。

「だ、誰かっ! 誰かぁぁぁぁぁッ!」

「ちょ……っ! 待て! 誤解だ!」

士道が泡を食って女子生徒の方を向くと、彼女は混乱した様子で目をぐるぐる回し、その場から走り去っていってしまった。

それを呆けた様子で見ていた美九は、やがて堪えきれないといったようにくすくすと笑い出した。

「あはは、早く逃げた方がいいんじゃないです? このままだと捕まっちゃいますよー?」

「おまえ、笑い事じゃねえっての 」

士道が言うと、美九はもう一度笑ってから、顔を上げてきた。

「 でも、今の子、アコールって言いましたよね」

「え? ああ そうだな」

「じゃあ 行かないと。

衣装は そうですね、メイドカフェさんにでも頼み込んで貸してもらいます。

一見ててくれますか? だーりん」

美九が言ってくる。

 

その目には、途方もない不安とーそれを超えるくらいに、強い意志の光が宿っていた。

 

「ああ!」

士道は、力強くうなずいた。

 

 

 

ーステージに、スポットライトが照射される。

すると、アンコールの声に埋め尽くされていた会場が一瞬どよめきとともに静まり返り

『はーい、皆さん。また会いましたねー』

メイド服姿の美九の登場に、再び大歓声が巻き起こる。

士道はそんな様子を、観客席から見上げていた。

あのあとどうにか人が来る前に楽屋から逃げ、ステージの人口から会場に入って美九の登場を待っていたのである。

 

『アンコール、ありがとうございますー。でも駄目ですよー、運営の人を困らせちゃ』

 

美九が少し怒ったように言うと、会場中から「ごめーん」と声が響いた。

『でも、嬉しいですよー。

ーなので、今日は特別に、私の大事な歌を歌おうと思います』

 

言って、美九がパチンと指を鳴らす。

するとステージに、アップテンポの曲が流れ始めた。

無論会場は歓声に沸いたのだが、同時に、どよめきのような声も聞こえてくる。

それもそのはず。

その曲はー美九の自宅で発見したCDに収められていた、 『宵待月

乃』の曲だったのだから。

 

「これは……」

 

士道は美九の姿を見つめながら声を発していた。

美九の話で聞いた曲。

昔失声症を患った美九が、ステージで歌うはずだった、曲。

 

『 !』

 

美九は、もう長らく歌っていないであろうその曲を、軽やかに歌い始めた。

もうその声に、人を惑わす霊力は備わっていない。

観客たちも、いつもの美九の『声』との違いに、微かな戸惑いを見せているようだった。

だがー曲が進むにつれ、観客たちは、一昨日のライブに負けないくらい熱狂していった。

それこそ、アンコール前の曲に勝るとも劣ないくらいに。

やがて、曲が終わり、ステージが大きな拍手と大歓声に包まれる。

『……っ』

 

歓声に溢れる会場を見た美九が、マイクを握りながら、ぼろぽろと涙を流してしまう。

『皆さん……ありがとう、ございまひゅ……っ』

 

客席からざわめきと、美九を元気づける声がいくつも響き渡った。だがー

 

『ありがとう……ございます、だーりん……大好き……っ!』

 

突如としてアイドルが発した意味深な言葉に、会場はにわかにどよめきだし……士道は顔に冷や汗を浮かべなから退散した。

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