デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第三十八話 『ハロウィン』

十月一五日、日曜日。

街の装飾がハロウィンムードに染まりきった頃。

士道は十香と買い物をしに商店街へ足を運んでいた。

 

「おお……シドー、あれはなんだ?」

 

言いながら、十香が雑貨屋の軒先に飾ってある巨大なカボチャのお化けを指差す。

 

「ああ、ジャック・オー・ランタンだな。

カボチャをくり抜いて作るんだ。

まあ、あれは本物のカボチャじゃなくてプラスチックだろうけど」

 

「カボチャ? あのお化けはオレンジ色だぞ? カボチャは緑ではないのか?」

 

「ああ、日本のは大体緑だけど、外国にはああいうカボチャがあるんだ」

 

「なんと あんなに大きいと、煮物と天ぷらとスープにしてもまだ余りそうだな」

 

十香が感心したように目を丸くしながらうなずく。

ジャック・オー・ランタンに使われる品種のパンプキンは、基本観賞用であまり食べないのであるが別に十香の夢を壊す必要もないだろう。

 

「んー、じゃあせっかくだから、今日の晩飯用にカボチャでも買って帰るか。

確か挽肉が余ってたし、そぼろ煮かコロッケにでもしよう」

 

「おお!」

 

十香が目をキラキラさせながら、手を振る。

「うむ、それはとてもいいと思うぞ!

しかし、そぼろ煮はわかるがコロッケ ?

コロッケはジャガイモで作るのではないのか?」

 

「普通はそうなんだけどな。

カボチャで作っても甘くて美味しいんだぞ」 言うと、十香は味を想像するように数秒間目を閉じたのち、生唾を飲み込んだ。

 

「 うむ、今日はコロッケにしよう!

さあ、そうと決まれば行くぞシドー!」

言って、十香が八百屋の方を指差し、歩幅を大きくして歩いていく。

 

「おい、前見て歩かないと危なー」

と、士道が言いかけたところで、十香は道の脇から出てきた人影にぶつかって、その場に尻餅を突く。

 

「ぬおっ!」

 

「おっと」

 

「ああもう、言わんこっちゃない。

ほら、大丈夫か?」

 

「む うむ」

 

十香を立ち上がらせてから、今し方十香がぶつかってしまった人影の方に向き直る。

 

そこにいたのは、車椅子に座った五十代くらいの外国人男性と、それを押す二〇代半ばくらいの眼鏡をかけた女性だった。

 

「すいません、不注意で。

怪我はありませんか? ほら、十香も」

 

「すまん。

前を見ていなかった」

 

十香がすまなそうに頭を下げる。

すると男性は柔和そうな微笑を浮かべて首を振り、顔に似合わぬ流暢な日本語を発してきた。

 

「いや、こちらこそすまなかったね。

大丈夫かい、お嬢さん」

 

「うむ、大事ないぞ」

 

「それは何より。

君のような可愛らしいお嬢さんに怪我をさせたとあっては、私は地獄に落ちてしまうところだった」

 

おどけるような調子で男性が言う。

すんなりとそんな台詞が出るあたり、昔はさぞプレイボーイだったに違いない。

見習わなければなあ、と密かに思う士道だった。

……まあ、当の十香は頼を染めるでもなくキョトンとしていたのだが。

と、士道がそんなことを考えていると、男性が何かを思い出したように手を打った。

 

「そういえば、一つ聞きたいことがあるんだ。君たち、市民病院の場所を知らないかい?」

 

「病院……ですか。ああ、それなら、商店街を真っ直ぐ行って、道路に出たところを左、三番目の信号を右に曲がってずっと行けば見えてきますよ」

道が言うと、男性は小さく唸りながら首を捻った。

 

「よくわからないな……すまないが、そこまで案内してくれないかい?」

 

「いいですよ。こっちです」

言って、商店街を突っ切るように歩いていく。

 

「すまないね。

日本人は本当に親切だな。

感動してしまうよ」

 

「いえ、これくらい。ええと-」

 

「ああ、ボールドウィンとでも呼んでくれ。こちらはカレン」

 

言いながら、男性ーボールドウィンが、車椅子を押して歩く女性を親指で示す。

するとカレンと呼ばれた女性は「どうも」とだけ言って再び無言に戻った。

 

どことなく、DEMの魔術師エレン・ミラ・メイザースと似ているような気がしたがこの世界には似たような人間が三人いると言うからあまり気にはしていない。

 

「どうかしたかね?」

 

「あ、いえ……俺は五河士道です」

 

「私は夜刀神十香だ」

士道と十香が言うと、ボールドウィンは機嫌良さそうにうなずいた。

「うむ、異国の地で素晴らしいカップルに出会えたことを神に感謝せねばならないな」

 

「ぬ…?」

 

ポールドウィンの言葉の意味がわからなかったのか、十香が首を傾げ士道の背中をつつく。

 

「シドー。

カップルとはなんだ?」

 

「あー……それはだな……」

 

士道が応答に窮していると、ボールドウィンが面白がるように十香に視線を向けた。

 

「十香さん。

君は、士道くんと出会ってからどれくらいになるんだい?」

「む、 そうだな…大体半年くらいだ」

 

「なるほど。

ということは四月くらいか。

日本ではちょうど入学式や始業式が行われる辺りだね。

そこで出会ったのかい?」

「いや。私とシドーは空間震のときにー」

 

「まっ、そんなところです」

 

ボールドウィンの問いに十香より先に答える。

 

「いや、意地の悪い問いだったね。

また会える幸運を願っているよ。

 

ー頑張ってくれ。精霊を、よろしく頼む」

 

「え…?」

 

ボールドウィンの言葉に、士道は眉をひそめてのどを絞った。

しかし彼は何も返さず、カレンに命じてもと来た道を戻っていった。

 

『精霊の存在を知ってる…何者だ?あの人は…??』

 

思考を巡らせるがそれも中断せざる得なくなった。

空間振警報が鳴り響いたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃ……なんというか、不気味だな……」

 

空間震の発生現場に転送された士道は、辺りに広がる光景を見て、思わず頼に汗を垂らした。

直径一キロメートルに及ぼうかという広大な範囲が、綺麗に整地されたかのように円状に削り取られている。

だが、今士道が見ていたのは、そんな災害の爪痕ではなかった。

空間震の消失痕の外縁南側。

そこに、なんとも異様な建造物が建ち並んでいたのである。

空中の半ばで途切れたジェットコースターのレールや、馬の首がなくなったメリーゴーラウンド。

ヒビ割れたコーヒーカップに、半壊状態になったミラーハウス。

いずれも錆び付き苔生しており、先ほどの空間震でこうなったとは思えなかった。

そう。士道が転送装置で送られたのは、天宮市の外れに位置する遊園地の跡地だったのである。

正式な名前はわからない。

近隣住民の間でも「おばけランド」としか呼ばれていなかった。

 

三〇年前の南関東大空災をギリギリ免れた幸運な施設だったらしいが、当然ながら災害後は来客数が激減ーというか、ほぼ皆無になり、瞬く間に廃園となったという話だ。

その上直接的な空間震被害が出ていたわけでもなかったため、再開発の補助金が宛てがわれることもなく、次々と整備されていく天宮市内を眺めながら現在に至る、という、なんとも哀れな場所だった。

今回の空間震においても、あくまで被害範囲に遊園地の敷地が重なっていただけで、錆び付いたアトラクション等はそのまま残っていた。

それが夕暮れ時という時間帯とも相まって、何とも不気味な光景を作り出しているのである。

 

まるで遊園地では脇役に過ぎないおばけ屋敷が、施設全域を侵貴し、その版図を拡大したかのような有様だった。

 

「ちょっと雰囲気出過ぎだろ、これ…」

 

『文句ばっか言ってるんじゃないの』

 

と、士道が渋い顔をしながら呟いていると、右耳に装着したインカムから、琴里の声が聞こえてきた。

 

『出現した精霊は既に空間震発生ポイントから西に移動しているわ。

すぐにASTも現場に到着するはず。

余計な茶々を入れられる前に接触してちょうだい』

 

「了解」

 

士道は小さくうなずくと、南ー廃墟と化した遊園地の方へと爪先を向けた。

 

 

「これは一体―?」

廃墟を走っていた士道は、足を止めて呆然と声を発する。

 

『ちょっと?

何してるの?

精霊の反応はもっと先ー』

 

怪評そうに言っていた琴里もまた、言葉を途中で止める。

恐らく、自律カメラで士道が見ているのと同じ光景を目の当たりにしたのだろう。

 

そう。ある一定の地点から、廃琥と化した遊園地が、ディフォルメされたゴシック建築や、十字の墓標が並ぶ、なんとも悪趣味な空間に変貌していたのである。

 

『微弱な霊力の反応があるために。

精霊の能力によるものと推測されます』

 

擬似霊装状態の《オーディン》の声に士道は頷く。

士道は眉根を寄せた。

一体それは、どういうことだろうか。

だが、士道が疑問の言葉を口にするより早く、七罪が後方を振り向いた。

 

「あらぁ?」

 

『マスター、ASTです』

 

『ああ…面倒な事になった』

 

七罪の視線を追いながらオーディンの言葉に返答する。

同時に士道は小さく眉をひそめた。

空にV字型に展開したASTの編隊。

その中に、いつも先陣を切る折紙の姿が見当たらなかったのだ。

 

「士道くん、ASTを知っているの?」

 

「おいおい、魔法使いを嘗めるなよ?」

 

七罪の言葉に、士道は答える。

そんな士道の頭を幼子褒めるように頭を撫でる七罪。

 

「物知りさんね。偉い偉い」

 

「お、おう…」

 

何となく調子の狂う精霊である。

士道は苦笑しながらそう返した。

だが、いつまでものんびりとしている余裕はなかった。

 

ASTが到着したということはー

 

『士道! 逃げなさい!』

 

「!」

 

琴里の叫び声が右耳の鼓膜を震わせると同時、空がキラッと瞬いたかと思うと、夥しい数のミサイルが、士道と七罪を目がけて降り注いできた。

 

「ちっ!」

 

舌打ちをしながら士道はその手に塵殺公を展開しようとする。

 

だが、そんな士道よりも早く七罪は微笑み、右手を高く掲げてのどを震わせた。

 

「ーさあ、仕事よ、 贋造魔女《ハニエル》」

 

七罪がそう言った瞬間、虚空から一本の箒のようなものが現れ、七罪の右手に収まった。

箒のような形状をしているものの、先端部が金属か宝石でもちりばめられているかのように幻想的に輝いている。

恐らく一天使であることは間違いはないだろう。

七罪がその箒を一回転させ、柄尻を地面に突き立てる。

すると箒の先端部が展開し、まるで夕日を反射するかのように目映い光を放った。

次の瞬間ー

ポンッ! というコミカルな音を立てて、士道と七罪のもとに迫っていた何発ものミサイルが、全てディフォルメされたニンジンのような形に変貌した。

 

「な! ?」

 

何が起こったのか理解できず、士道が目を点にしていると、ニンジン型のミサイルが地面に着弾し、BOMB! と、まるでギャグ漫画のようなコミカルな爆音を上げる。

 

『なるほど…あの箒の先端から発せられた光線に当たると形状を変化させられるようだな…』

 

変化したミサイルを見て、士道は七罪の能力を推察する。

 

「ちょっと待っててね、士道くん」

 

七罪はそう言うと、呆気に取られる士道の前で箒に腰掛けると、そのままアクロバティックな軌跡を描きながら空を飛んでいった。

 

「!来たわよ! 撃て!」

 

それに反応したASTの隊長が指示を発する。

空に展開した魔術師たちが一斉に引き金を絞り、七罪目がけて大量の弾薬をばら撒く。

しかし七罪は別段慌てた様子もなく、箒に乗ったまま空を縦横無尽に駆け巡ると、再び箒の先端部分を展開させ、目映い輝きを放った。

放射状に広がった光が、放たれたミサイルやAST隊員たちを包み込んでいく。

すると、次の瞬間。

 

「な!何よこれっ!」

 

今度はミサイルだけではなく、光に包まれたAST隊員たちの姿までもが、一瞬前とはまったく違うものに様変わりしていた。

ウサギや犬やパンダなどの、可愛らしいキャラクターに変身させられていたのである。

 

 

「うふふっ、みんな、そっちの方がカワイイわよ」

 

七罪はそう言って笑うと、空中で旋回して士道のもとに舞い戻ってきた。

空には未だ、随分とコミカルな姿になったAST隊員たちが残っているのだが、皆突然の事態に混乱し、一時的に統率が取れなくなっているらしかった。

 

「さ、一丁上がり。今のうちにあの人たちのいないところまで逃げちゃおうと思うけど士道くんも一緒に来る?」

 

「いいのか?」

 

「もちろん。ーもっとお姉さんを褒めてくれるならね」

 

言って、七罪が可愛らしい仕草でウインクをしてみせる。

だがそのとき。上空から、誰かが放ったニンジン型のミサイルが二人のもとに迫り来て、先ほどと同じようにコミカルな音を立てて着弾した。

 

「うおっ!」

 

本来のミサイルとは比べるべくもない小さな威力である。

だが至近距離で爆発したためか、辺りに凄まじい砂埃が巻き起こつた。

目に砂粒が入り、しばしの間目が見えなくなる。

 

「ふ……ふ、ふえつくしょん!」

 

その砂埃に鼻がくすぐられたのだろう、七罪が大きなくしゃみをする。

目をこする士道は、前方が光り輝くのを感じた。

 

ーまるで、七罪が光を放っているかのように。

そして光が収まったかと思うと、すぐにもう一度、視界が明るく染まった。

『…子供?』

 

一瞬、ほんの一瞬ではあるが光を放つ七罪の姿が小さな子供のように見えた気がしたのだ。

士道が首を捻っていると右耳につけていたインカムから、緊急事態通告を示すアラームが鳴り響いた。

 

『士道! 気を付けなさい! 七罪の機嫌数値が急降下しているわ!』

「ーな」

士道は琴里の言葉に眉をひそめた。

すると、そこで辺りを覆っていた砂煙が晴れ、七罪の姿が再度見えるようになる。

ーなぜか顔を真っ赤に染め、憎々しげに士道の方を睨み付けてくる七罪の姿が。

 

「……見たわね?」

 

七罪が士道に鋭い眼光を送りながら、今までのものとは違う、低い声でうめくように言ってくる。

 先ほどまでの朗らかな七罪からの突然の変貌に、士道は困惑気味に眉根を寄せた。

 

「見たって…何を…?」

 

恐らく、七罪が光を放っている間に見えた子供のような影と何か関係があるようであるが、確信も無いため士道は惚ける事にした。

 

「惚けないで! 今、私のー私、の……!」

 

七罪は言葉の途中で奥歯を噛みしめると、手にした箒に跨り、そのまま宙に浮いた。

 

「見られた以上、ただで済ますわけにはいかない……! 覚えてなさい。

あんたの人生、おしまいにしてやるんだから……!」

 

そうして士道に指を突き付けー七罪は、凄まじいスピードで空の彼方に消えていった。

 

「! 逃げたわよ! 追いなさい!」

 

空中から、AST隊長の声が響く。

見やると、AST隊員たちは、先ほどまでのコミカルな格好から、元の姿に戻っていた。機械の翼を広げ、編隊を組んで、空に消えた七罪を追っていく。

 

「………厄介な事になりそうだな」

 

 一人取り残された士道は、呆然と空を見上て呟いた。

 

 

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