翌日、10月22日の午前11時30分。
士道と十香は商店街へとデートでバイキング形式のレストランへ来ていた。
先日の七罪からの挑戦状についてフラクシナスで話し合った結果手紙と共に送られてきた写真の全員と何日かに分けてデートする事になったのだ。
彼女達に何か変な所があれば士道やオーディンが気づくはずである。
『しかし…いつもなら真っ先に料理を取りに行くはずの十香がなぁ…』
取り皿に料理を盛り付けながら士道が心の中で呟く。
レストランに入る時に十香が難しげな顔をしていたり士道を先に料理を取りに行かせたりと少しばかり素振りが怪しいのだ。
『怪しいことには怪しいですが七罪と断定するには些か早計過ぎすね……』
『シン…料理の量が多すぎないか?』
士道の呟きにオーディンが答え、ステーキやらパスタやらが山盛りに載せられたら取り皿に令音が呆れたような声を漏らす。
『腹が減っては戦は出来ぬ。
空腹状態では頭も上手く働かないですからね』
そう令音に返しながら席に戻る。
「さ、十香、行ってこいよ」
「………む」
士道が言うと、十香は士道の持ってきた料理を眺めてから席を立った。
『十香のやつ…本当にどうしたんだ?』
小さく首を傾げながら士道は十香の背を見送る。
十香が食事時に難しげな顔を浮かべているなんて、一体どうしたのだろうか?
などと考えていると十香が早々と戻って来て椅子に腰掛ける。
「さあ、では食べようではないか」
「ああ…っというか量が少なくないか?」
十香につられて手を合わせようとしたところで、士道は眉をひそめる。
何故ならば、彼女が持ってきた料理が士道のものより少ないからである。
「十香…?それで足りるのか?」
「ぬ………うむ、足りずぞ。これだけあればお腹はポンポンだ」
「………」
そんな馬鹿なっと士道は目を見開く。
十香の皿に盛られた料理は普通の女子高生から見ればお腹一杯の量ではある。
だが、彼女から見ればかなり少ないと言っていい。
どうやら動揺をしていたのは士道だけではないようでクルーたちのざわめきやせわしなくコンソールを操作する音などがインカムからきこえてきていた。
『皆、とにかく落ち着きたまえ。
とりあえず様子を見よう』
令音が静かな声で言ってくる。
士道はいつの間にか激しくなりつつあった心臓の鼓動を落ち着かせるように胸に手を置き、十香に向き合った。
「十香……どうしたんだ? 体調でも悪いのか?」
「そんなことはないぞ。
なぜだ?」
「なぜって……そりゃ…」
士道が十香の皿に目を向けるも、十香はその視線にきづいているのかいないのか手を合わせる。
「とにかく、いただきますだ!」
「あ、ああ…いただきます」
つられるように士道も手を合わせ、皿に盛った料理に手をつける。
そして―。
「ごちそうさま」
「なっ!?」
すぐに向から十香の沈んだ声が聞こえて士道は目を丸くする。
見れば、既に十香の皿の上には料理は無い。
「もう、食べたのか?」
「………うむ。美味しかったぞ」
言いながら手を合わせるが満足していないのは明らかだ。
「十香……足りないんじゃないのか?」
「!そ、そんなことないぞ!」
十香が慌てたように首を振る。
だが、次の瞬間には十香のお腹から子犬の鳴き声のような音が響いた。
「……」
「わ、私はこれだけで十分…」
十分だ、と、十香が言おうした所で再びお腹が子犬の鳴き声のような音を立てる。
「……十香?」
「だ、大丈夫だと言っているだろう!」
そう十香が声を荒げた瞬間、一際派手にお腹の音が響く。
「う、うぬぅ…」
十香が顔をうつむかせ、士道は訝しげに眉根を寄せる。
「やっぱり足りてないんじゃないか。
どうしたんだよ、今日は」
士道が問うと十香はしばらくの間唸ってから顔を上げる。
「……昨日見たテレビで、『男よりもたくさん食べる女の子は嫌われる』と言っていたのだ……」
十香が恥ずかしそうに肩をすぼませる。
そんな十香に士道は気が抜けたように息を吐く。
「俺は、元気いっぱいに食べてくれる女の子の方が好きだけどな」
「!ほ、本当か!?」
「ああ。むしろ、食事ん残したりすると心配するし、悲しくなる」
士道が言うと十香は力強く首肯して席を立つ。
そして、食べ物が並べられたエリアに歩いていくと、大皿に料理を満載して戻ってくる。
「いただきますだ!」
辺りの客やホールスタッフ達が驚いたような視線を向けるが、十香は気にした様子もなく、美味しそうに料理を食べ始めた。
「いつもの十香だったな…」
15時15分。
自宅へと戻った士道は、携帯電話の時計を見ながら十香の言動を思い起こしていた。
昼食のあと、士道は街を歩いていろいろと買い物をしながら会話をしていたのであるが―おかしいところは何もなかったのである。
いろいろと十香しか知り得ないであろう事をきいてみたりもした。
だが十香は、平然と士道の質問に答えてみせたのだ。
普通に考えれば、七罪が化けていると思えなかった。
『…やっぱり、別の誰かなんですかね?』
士道がインカムに向けて念話で言うと、右耳に令音の声が返ってくる。
『……まだ何とも言えないな。
とにかく、今は七罪の変身能力があることを信じて、続ける他はない。
そろそろ時間だ。二人目の調査に入ってもらうよ』
『―了解です。
次は誰ですか?
俺はどこに行けば……』
『……ん、シンはそこにいてくれればいい。
……タイミングよく、本人からの希望が重なってね。
せっかくなので同時に消化してしまう事にしたんだ。
もうすぐ着くころだと思うが―』
と、令音の言葉の途中で家のチャイムが鳴る。
インターホンの画面を見るも誰も映ってない。
『四糸乃か?』
『バァっ!』
「おおっ!?」
そう思いながらドアノブを捻るとドアの隙間から『よしのん』が姿を表す。
だがその姿は、士道の知る『よしのん』とは少し様相が異なっていた。
何しろ顔中に顔中に縫い傷があり、頭部には巨大なボルトが刺さっているのだ。
まるで人造人間といった有り様であった。
「よ、よしのん……だよな?」
『はーい。みんなのアイドルよしのんだよー』
そう言いながらおどけるよしのん。
『ああ…なる程…ハロウィンの仮装か?』
得しながらゆっくりとドアを開けると四糸乃の格好もまた、『よしのん』と同じくいつもと違うものである。
つばの広い黒のとんがり帽子に、これまた真っ黒いローブ。
右手には小さな箒を握っている。
まるで七罪の霊装そっくりの、魔女のような格好だ。
『ほらほら、四ー糸乃』
「う、うん」
『よしのん』が発破をかけるように四糸乃の頬をつつく。
四糸乃は頷くと、意を決したように士道の方を見上げて、唇を動かしてくる。
「と、トリック・ア・トリート……っ」
「おう、四糸乃もよしのんも良く似合ってるぞ…お菓子だったな?」
『うん、士道くん。
ありがとうー』
四糸乃が恥ずかしそうに顔を俯かせ、『よしなん』が手を嬉しそうに広げる。
それを見てからキッチンに歩いていくといつもお菓子を保管してある戸棚の中を探る。
だが、タイミングが悪くお菓子の類は全くなかったのである。
琴里の部屋に行けばチュッパチャプスのストックはあるだろうが、それに手を出したらどんな報復が待っているかわからなかった。
「…すまん。今ちょっとお菓子がないみたいでな…変わりに何か作るから二人とも少しリビングで待っててくれるか?」
士道は四糸乃と『よしのん』を手招きすると再びキッチンの方へ向かった。
そして棚からホットケーキミックスを、冷蔵庫から牛乳と卵を取り出し、分量を量るとボウルに投入する。
『なになにー? 何作ってるの士道くーん』
「できてからのお楽しみだ」
士道が言うと、二人がキョトンと目を円くして首を傾げている。
そんな様子を見て微笑みながら、テフロン加工されたフライパンを熱してバターを溶かすと生地を流して綺麗に焼き上げる。
白い皿の上に焼きあがったホットケーキを二枚重ね、バターを載せ、メープルシロップを垂らせば完成である。
「さ、熱いうちにたべな」
そう言って士道がテーブルの上に皿を置くと、四糸乃が驚いたように目をを見開いてホットケーキを眺め始め。
「これ……テレビで見たことがあります………!」
四糸乃がフォークを手に取ろうして何かを思い出したように手を合わせる。
「あの……いただきます」
「おう、召し上がれ」
士道が言うと、四糸乃は『よしのん』に手伝ってもらいながらホットケーキを一口大に切り分け、フォークに突き刺したそれを眺めてから口に放り込んだ。
「…………!」
すると四糸乃は目を見開いてテーブルを叩いてから士道に親指を立てる。
前にも見たことがある、四糸乃が未知の味に感動したリアクションである。
どうやら、気に入ったらしい。
「はは、美味しかったか」
士道の言葉に、四糸乃が頷く。
そんな様子に士道は思わず頬を綻ばせた。
『マスター、本来の目的を忘れてないですよね?』
『ああ、忘れてないさ』
オーディンの言葉に士道は頷くと小さく咳払いをする。
「そういえば、以前にもこんな事があったよな。
ほら、四糸乃が初めて家に来たとき。
俺、何を作ったんだっけ?」
士道が探りを入れると、四糸乃と『よしのん』は顔を見合わせて士道の方を向いてきた。
「はい……あのときは確か……親子丼を、作ってもらいました」
言って、四糸乃がうっとりとした顔を作る。
士道はそんな四糸乃に苦笑しながらも、心中で「正解」と呟いた。
『えぇー、何それ士道くーん。
よしのん知らないんですけどぉー』
と、顔中縫い傷だらけの『よしのん』が、不満そうに言ってくる。
「覚えてないのか?」
士道が問うと、『よしのん』は一瞬考え込むような仕草をしてから手を打った。
『それってもしかして、よしのんが折紙ちゃん家にいたときのこと?』
『マスター』
「ああ…」
よしのんの言葉に士道の頭に浮かんだものは確信と言っても言いものだった。
「…あのときよしのんは四糸乃と一緒にいなかったんだよな?
だが、残念だな七罪…お前は根本的な勘違いをしている」
そう言いながら、士道はよしのんを指差す。
「士道さん?」
『士道くん?七罪って誰だい?』
突然に出て来た第三者の名前に四糸乃が首を傾げ、『よしのん』が声を上げる。
「惚けくとも良い、『よしのん』いや、七罪。
よしのんは四糸乃が左手にパペットをつけている状態で出てくる人格だ。
パペット状態である四糸乃から離れている状態のよしのんが自分にどこにいるかと言うことを知るはずはないんだよ」
『くー』
「!!!」
「きゃっ!?」
士道がそう言うと同時によしのんが強烈光を放ち四糸乃が悲鳴を上げる声と何かがぶつかる音が響く。
次の瞬間に士道が目を開くと、四糸乃が光に驚いて立ち上がり、棚にぶつけたのか頭にタンコブを作り目を回していた。
そして部屋の片隅には一人の少女がうずくまっている事に気づく。
――大きな魔女の帽子を被った少女がそこにいた。
「七罪……。
俺の勝ちだ。
観念してもらうぞ」
士道が言うと七罪は怯えたように肩を揺らしてゆっくりと顔を上げた。
「……え?」
七罪のその見た目に呆けた声を上げる。
理由は単純。
今、目の前にへたり込んでいる少女の姿が士道の記憶の中のそれと全く違うからだ。
小柄で細身、肌は不健康そうに青白く、猫背気味な為に小さい背が尚更小さく見える。
先日見たセクシーな七罪とは似ても似つかない見た目であった。
「七罪…なのか?」
士道が言うと七罪はハッとした様子で自分の頬を触り、愕然とした表情を作る。
「あ、あ、あああ…っ!!」
そして絶望に満ちた声を上げて帽子のつばを握って自分の姿を隠すように背中を丸めた。
『どうやら以前に出会った姿は霊力を使って変身した姿のようですね』
「――――ッ!」
オーディンが言うと同時に七罪が声にならない悲鳴を上げ、帽子で自分の姿を隠したまま右手を高く掲げる。
「《贋造魔女》………っ!」
七罪の声と共にその手に《贋造魔女》が収まる。
次の瞬間、七罪の姿が発光したかと思うと、その姿が、以前士道が目にした大人のお姉さんのそれに変貌していた。
七罪は憎々しげに士道を見ると、重苦しい声を上げる。
「知った…な…知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったなぁぁぁ――!
一度ならず二度までもわ、私の秘密を知ったな!!
許さない!絶対にゆ、許さないぃぃ!!」
怒り狂ったように絶叫を上げると手に持っていた《贋造魔女》を士道に向ける。
「《贋造魔女》――!!」
「くー!!」
七罪が叫んだ瞬間、《贋造魔女》の先端が輝き―まばゆい光が士道を呑み込む。
「つっ…」
思わず目を閉じて顔をしかめる。
だが、その光は数秒程度で収まる。
直ぐに目が慣れ、自分の身体の異変に気づく。
服の袖やズボンがブカブカなのである。
『身体を小さくさせられた!?』
『マスター!!』
《オーディン》の声が頭に響くところから考えると身体を小さくさせられただけで魔力自体はなくなってないようである。
さらに周囲を見回すと四糸乃が先ほどと同様に目を回して倒れている。
こちらは見た目に変化は無い。
「ふふ、ふふふふふ……ッ」
七罪の声に士道が首を巡らせると部屋の中央で《贋造魔女》を掲げた七罪が高らかな笑い声を発した。
「いいザマだわ…っ!
あんたはそのちび助のナリがお似合いよ!!」
七罪は高らかに笑うと《贋造魔女》に跨がり、部屋の天井へ穴を空けると空へと飛んでいく。
「まっ、待て!七罪!七罪ぃぃ!」
叫ぶも、その甲高い声は、空しく部屋の中で反響するだけであった。