「当たり前と言えば当たり前だな…」
頭を掻きながら士道は高校から延びる坂道を下っていた。
精霊に十香と名前をつけた翌日のことであった。
普通に登校して来た士道はその途中で昨日の空間震で学校が半壊したことを思い出す。
が、ひょっとしたらASTが学校を修理し終えているんじゃないか等と思いながら登校してはみたが…。
校門は固く閉じられており、『臨時休校』と書かれた張り紙がされている。
その奥には倒壊した校舎が見える。
「そういえば…」
十香はあの後、どうなったのだろうと考える。
「…ドー」
『まさかASTに滅ぼされたなんて事はないよなー』
「シドー」
『まっ、それはないわな…』
「おい!シドー!!!」
苦笑を浮かべる士道は昨日に話していた少女の声にようやく気づき振り向く。
「あれ?十香!?」
そこに先日に出会った精霊―即ち十香がいた。
「やっと、気づいたか、ばーかばーか」
そう言いながら顔を不機嫌そうにする十香。
「何してるんだ?十香?」
「ぬ?お前が誘ったデェトとやらに行くために決まっておるだろう!」
いちゃ悪いかとばかりにそう言いながら詰め寄る十香。
空間震警報が鳴らずに現界してき事に疑問があるがとりあえずは…。
「オーケー、それじゃあ、俺がエスコートさせてもらう。
だがその前に」
「ぬっ?」
「先ずはその服を何とかしろ、いくら空間震が起こって無いとはいえAST…お前の言うところのメカメカ団の連中に見つかると厄介だ」
十香のドレスを指し示す士道。
「ふむ…ではどのような服が良いのだ?」
愛らしく小首を傾げる十香。
「うーん」
どんな?と言われても正直答えに詰まる。
っと、その時に視界の端を見慣れた制服姿が横切る。
恐らく、士道と同じように休校の情報を聞き逃したのだろう。
ピンクがかった金髪の端整な顔立ちの女生徒だ。
「十香、あれだ。ああいう服ならば問題ない。
あと一応、釘をさすがあの女生徒を攻撃して服を奪うとかは無しだぞ」
「むっ?何故だ?」
士道の指を指した方向を見ながら十香が尋ねる。
「お前だってASTに攻撃されたら嫌な気分になるだろう?
自分がされて嫌な事は人にしてはいけません」
「むぅ…わかった。
自分で何とかしよう…」
小さい子供に言い聞かせるように言う士道に十香は頷き、指をならす。
その途端に十香が身に纏っていたドレスが、端から空気に溶けていく。
それと入れ替わるかのようにして光の粒子が十香の身体にまとわりつき別の衣装を形作る。
即ち、来禅高校の制服をだ。
『ふむ…便利なものだな…』等と考える士道。
「これで良いか?シドー」
「ああ、オーケーだ」
尋ねる十香に士道は親指を立て、共に街へと歩き出した。
「なっ、なんだこの人間の数は!?総力戦か!?」
街の大通り、行き交う人々や車を見ながら十香は叫ぶ。
ついでに警戒した様子で周囲をキョロキョロと辺りの様子を眺める。
「誰もお前の命なんか狙って無いから安心しろ」
「本当か?」
「ああ、本当だ」
士道がそう言って頷くと警戒を解き鼻をひくつかせる。
「十香?」
「士道…いい匂いがする…」
そう言いながら歩き始める十香。
『ああ…なるほどな』
彼女が向かう先を見て士道は納得する。
彼女の向かう先にあったものは喫茶店である。
隣のパン屋から仕入れてくるフワフワの食パンで作られたサンドイッチが士道のお気に入りだ。
「シドー!早く早く!!私にデェトを楽しませろ!!!」
店の前で手を振る十香に士道は苦笑しながら十香と共に喫茶店へと入る。
「んっ?」
それと赤髪を白いリボンでツインテールにした見慣れた顔に…即ち、士道の妹である所の琴里に気づく。
琴里の向かいには令音と見られる白衣の女性が座っている。
『とにもかくにも…今は十香とのデートを楽しまないとな』
「なあシドー…お腹が限界だぞ…」
隣で指を咥えて物欲しそうにしている十香と共に士道は席につく。
幸いと言うべきかデートの費用としてフラクシナスから支給された諭吉があるために懐は余裕しゃくしゃくな状態だった。
だからこそ、コーヒーとミックスサンドを食べながら十香が旨い旨いと満足そうに食事をする様を見ていられたのであった。
「旨かったぞ。士道」
満足そうに顔に笑みを浮かべる十香。
メニューに書かれてある料理を片っ端から頼む彼女に諭吉が足りないのではないかと思っていたが何とか範囲内でいけたために士道はほっと一息をつく。
『うん、やっぱり諭吉先生は偉大なり』
などと思いながら十香の隣を歩く。
『楽しんでるみたいね士道』
そんな士道の耳に琴里の声が入ってくる。
『こちらでも精霊―十香の現界を確認したわ』
『喫茶店でノンビリしていたのによく言う』
十香に悟られぬように口を動かさずに話す。
魔力を使った念話だ。
『うっ!うるさいわね!今後のプランについて令音と打ち合わせてたのよ!』
顔を真っ赤にして叫んでいる琴里の姿を思い浮かべながら士道は次の言葉を紡ぐ。
『でっ?十香の機嫌はどんな感じだ?』
『そりゃ絶好調よー、このままホテルに連れ込んでも問題無いんじゃないの?』
『馬鹿やろう、一気に機嫌を損ねるっての』
などと言いながら士道は人が増えたのを感じ、十香の手を繋ぐ。
「士道?」
「はぐれるといけないからな、手を離すなよ」
きょとんとする十香に士道はそう言うと共に歩き出す。
『本当に…私たちの出番が無いわねー
まっ、その調子で頑張りなさいよ』
『おう!』
琴里の言葉に士道はそう言うと十香とのデートを楽しむのであった。
夕日に染まった高台の公園には士道と十香意外に人影は無い。
時々遠くから聞こえる自動車の音や、カラスの鳴き声が聞こえるだけの静かな場所だ。
「おお、絶景だ!!」
十香は先ほどから、落下防止用の柵から身を乗り出しながら、黄昏色に染まった天宮の街を眺めている。
ここは天宮の街を一望できる士道のお気に入りの場所だ。
「シドー!あれはどう変形するのだ!?」
十香が遠くを走る電車を指差し、目を輝かせながら言う。
「残念だが電車は変形しない」
「なら合体タイプか?」
「まあ、連結くらいはするな」
「おお」
十香は妙に納得した様子で頷き、身体をくるりと回転させ、てすりに体重を預けながら士道に向き直る。
夕焼けをバックに佇む十香はとても美しく、まるで一枚の絵画のようだった。
「――それにしても」
十香は大きな伸びをすると屈託の無い笑みを浮かべる。
「いいものだの、デェトと言うのは。
その、何だ…楽しかった
とても…有意義な一日だった。
世界がこんなに優しくて、こんなに楽いなんて、こんなに綺麗なんて………私は始めて知った」
「ああ…また、また何度でもデートしよう
この世界にはお前の知らない素晴らしいことや美しく事で溢れてるんだ…だからこれからも一緒にそれを見よう」
士道の言葉に十香が少しだけ悲しげな顔をする。
士道が嫌いな鬱々とした表情とは少し違う―――だが、見ているだけで胸がしめつけるよな悲壮感が漂う顔だ。
「私は………いつも現界するたびに、こんなにも素晴らしいものを壊していたんだな…」
「だが、それはお前の意志とは関係ないだろ!?」
「現界も、その際の現象も、私にはどうにもならない…。
だがこの世界の住人にしてみれば、破壊という結果は変わらない
シドー、やはり私はいないい方が良いな」
そう言って十香が弱々しく笑う。
「そんなこと………ない……ッ」
拳を握り、士道は声に力を込める。
「今日は空間震が起きて無いだろ!
原因があるはずだ!
それを突き止めれば!」
だが、十香は首をゆっくりと横に振る。
「たとえその方法がわかっても、不定期に存在がこちらに現れるのは止められない。
現界の数は減らない」
「なら!もう向こうに帰らなければ良いだろう!」
士道がそう叫ぶと、十香は顔を上げて目を見開く。
まるで、そんな考えを全く持ってなかったと言うように…。
「そんなことが――可能なはずが………」
「試したのか!?」
「………」
その言葉に十香は唇を結んで黙る。
「で、でも、私は知らないことが多すぎるぞ?」
「そんなもん、俺が全部教えてやる!」
十香が発してた言葉に、即座に返す。
「寝床や、食べ物だって必要になる」
「それも………どうにかするっ!」
「予想外の事態が起こるかもしれない」
「そんなもん起きてから考えろ!」
十香は少しの間黙り込むと小さく唇を開いた。
「………本当に、私は生きていてもいいのか?」
「ああ!」
「この世界にいてもいいのか?」
「そうだ!」
「…そんな事を言ってくれるのは、きっとシドーだけだぞ。
ASTはもちろん、他の人間たちだって、こんな危険な存在が、自分達の生活空間にいたら嫌に決まっている」
「知ったことかそんなもん………!!!
ASTだぁ!?他の人間だぁ!そいつらが十香を否定するなら!それ以上に俺が!お前を肯定する!」
今にも泣き出しそうな十香を士道は力強く抱きしめ叫ぶ。
瞬間、士道は嫌な気配を感じる。
否、魔力と言っても良いかもしれない。
今までにそのようなものを感じた事等は無かったのに…。
「十香!」
気付くと士道は十香を力いっぱい突き飛ばし、横へ飛ぼうとする。
その途中、音もなくそれが士道のわき腹を掠め大きく削り飛ばす。
「がぁ!」
あまりの痛みに悲鳴をあげ、膝を突く士道。
「な――なにをする!」
砂まみれになった十香が非難をあげるが、痛みに上手く声を上げる事が出来ない。
おまけに出血が酷く意識がまとに保てない。
十香が自分の元へとやってきて名を呼んでいる。
『十香…この世界を…恨まないでくれ…』
心の中でそう呟きながら士道の意識は漆黒に閉ざされた。
「あれっ?」
頭を振りながら士道は目を覚ます。
「俺…死んだのか?…っと言うかここは…?」
「ここはあなたの魂が構築した世界。
私たちは精神世界と呼んでいるわ」
そう言葉を士道に告げたのは聞き覚えのある少女の声だ。
だがそれが誰のものかは士道は思い出せない。
「そうだ!十香は!?」
「見られますか?マスター」
そう言いながら現れたのは黒いローブを身に纏い手に杖を持った少年だ。
「あんたは?」
「アナタの魔術回路が実体を持ったものとお考えください」
仰々しくお辞儀をする少年。
「頼む、俺は…俺はあいつが…十香が心配なんだ!」
そう言った士道の言葉にローブの少年が杖で床を叩く。
瞬間、何もなかった床に士道が撃たれた公園が映し出される。
『ああ…やはりやはり駄目だった!
世界は私を否定した!!』
瞼を閉じた士道の亡骸に自分の着ていた制服をそっとかけると立ち上がりその名を口にする。
『―――《神威霊装・十番-アドナイ・メレク》………』
瞬間、世界が、啼いた。
周囲の景色が歪み、十香の身体に絡みついて、霊装を形作る。
ぎしぎしと音を立てて世界が軋む。
十香の心に呼応したかのようにー。
十香は視線を下げた。
山が削り取られたようにまっ平らな高台に、いま士道を撃った人間がいる。
殺すに足りてしまった人間がいる…。
十香のそんな思考が流れ込んでくるような…錯覚を士道は覚える。
次いで、十香は地面にかかとを突き立てる。
瞬間、そこから強大な剣が収められた玉座が現れる。
十香は地を蹴ると王座の肘掛けに足をかけ、背もたれから引き抜く。
そして…。
「ああたああああああああ―――」
十香が剣を握る手に力を込めると、視線の先までの距離を殺した。
「な―――ッ!?」
「―――!?」
瞬きほどの間も置かずに、十香は今し方見ていた高台へと移動している。
彼女の動向を窺っていた士道達も同じく移動している。
十香の目の前には驚愕に目を見開く女と折紙の姿があった。
その顔を見ると同時に十香は吼える。
「―《塵殺公・最後の剣ーサンダルフォン・ハルヴァンヘレヴー》!!」
刹那、十香が足をおいていた玉座に亀裂が入り、バラバラに砕け散る。
そしてその破片が十香の持つ剣にまとわりつき、そのシルエットを更に大きなものへと作り替える。
出来上がったものは全長十メートル以上はあろうかと云う長大な剣である。
『貴様等だな、我が友を、我が親友を、シドーを殺したのは、貴様等だな』
十香がそう言うとほんの少しだけ折紙が表情を歪める。
「―殺して壊して消し尽くす。死んで絶して滅に尽くせ」
十香はそう言うと長大な剣を軽々と振りかぶると、二人の女に向かって振り下ろす。
「クソ!俺に何か出来ないのかよ!?」
十香が狂ったように暴虐を振りまく様に士道はいてもたってもいられないとばかりに叫ぶ。
「大丈夫、もうそろそろだから―」
「えっ?」
そう言った士道は少女の声がようやく誰のものか気づく。
「まさか…琴里なのか…?」
その問いに少女は答え無い。
その変わりに士道の意識は急激に覚醒へと向かっていた。
「あっち!」
意識が覚醒した士道は自分の腹部で燃えていた炎を消しながら立ち上がる。
先ほど抉られた横腹の傷はどう言うわけか塞がっている。
いろいろと疑問に思うことはある…精神世界で聞いた声は琴里のものなのか。
もし本当に琴里だったとして何故士道の精神世界にいたのか。
いろいとと疑問は残るが何よりも先ず、解決すべき問題は十香だ。
故に…。
「よう、琴里。
聞こえてるか?」
『ええ、聞こえてるわよ士道』
混乱した様子もなく平静とした琴里の声がインカムから聞こえてくる。
「これから十香を救いに行く…どうやれば良いか教えろ!!愚妹!」
『ああ…良いわよ士道、私が教えてあげる耳の穴をかっぽじって良く聞きなさい!』
その声を聞きながら士道はフラクシナスヘと移動する。
「お姫様の呪いを解くには王子様のキスねぇ…」
琴里の説明を士道は口の中で呟く。
現在、士道かいるのはフラクシナスの後方ハッチ前だ。
ここから十香のいる場所へと飛び降りるのだ。
パラシュートをつけている時間すら士道には勿体ない。
「んじゃ、サクッとお姫様を救ってくるか…」
軽い口調で言いながら士道は身体強化の魔法をかけると士道は飛び降りた。
『こりゃヤベェ…』
魔法で身体強化をしてるとはいえ身体にかかるGは半端なものではない。
どうかすれば意識が飛んでしまうように思いながら士道は視界に十香の姿を捉える。
そして。
「十香―――――――――――――!」
力の限りに声を張り上げてその名を叫ぶ。
「――」
十香が長大な剣を振りかぶったまま顔を上げる。
「シド―?」
状況を理解出来てない様子ので十香は呟く。
フラクシナスからの支援によってだんだんと緩くなる落下速度の中、十香の両肩に手をかける。
「シドー…ほ、本物か?」
「おう、幽霊じゃないぞ。
ちゃんと足がついてるからなー」
などと士道が言うと十香が瞳を潤ませる。
「シドー、シドー、シドー」
「ああ、なんー」
と、答えかけた所で十香の振りかぶっていた剣が漆黒の輝きを放ちだしたのだ。
「十香、これは―」
「《最後の剣》の制御を誤った………!どこかに放出するしかない…」
どこかに放出する…それを行えば空間震以上の大規模破壊が起こる可能性があった。
それだけは何としても阻止しなければならない。
故に―
「十香、それを放出せずに何とかできる方法が一つあるとしたらどうする?」
「なんだと!?一体どうするのだ!?」
「多少破廉恥な事になるかも知れないが大丈夫か?」
「構わぬ!!」
そう言った十香の唇に士道は自分の唇を押し付ける。
「――――――!?」
力一杯に目を見開き、声にならない声を上げる十香。
そのキスは十香が昼に喫茶店で食べていたパフェの味がした。
一拍おいて。
十香の剣にヒビが入り、空中に霧散して消える。
次いで十香が身に纏っていたドレスが弾けるように消失していく。
それと十香の体から力が抜けてゆっくりと地面に向かって落ちていく。
士道はそんな十香の身体を離すまいと強く抱き締める。
頭を下にしながら唇と身体を合わせながら二人は落下していく。
そして士道は十香の身体を支えながらゆっくりと降下していくき― 自分の身体を下にして、地面に着地する。
そのまま少しの間重なり合ったままでいた後。
「ぷは…っ!」
息継ぎをするかのように士道は唇を離し、身体を起こした。
「すまん…十香!」
半裸状態の十香は不思議そうな顔をして、唇に指を触れていた。
十香の艶めかしい姿に顔を背ける士道。
「みっ、見るな馬鹿者!!」
そんな士道の様子で自分の格好に気づいたらしく慌てて胸を隠す。
「すまん!」
泡を喰って目を瞑る。
「それでは駄目だ!薄目で見てるだろう!」
「じゃあどうしろと…」
慌てて士道が言うと、数瞬の間のあと、身体全体に暖かい感触が生まれた。
思わず閉じていた目を開く。
目の前には、十香の黒髪と、裸の肩があった。
身体を触れあわせている状態だ。
「………これで見えまい」
「あっ…ああ…」
本当は柔らかものが当たっていろいろと不味いような気もするなだが…。
「「…」」
二人は沈黙したまま身体を合わせていた。
「…シドー」
数分程そうやっていた時、十香が消え入りそうな声を発してきた。
「なんだ?」
「また………、デェトに連れてってくれるか………?」
「ああ。そんなもんいつだって連れてってやる」
士道はそう力強く頷いた。
「はーい、皆さんはじめますよぉー」
扉を開けて珠恵が教室へと入ってくる。
破壊された校舎も無事に修復され、長い休み明けの日の事であった。
「そうそう、今日は出席をとる前にサプライズがあるの!―入って来て!」
言って、今し方自分が入ってきた扉に向かって声をかける。
「ん」
と―それに応えるような声がして。
「な………」
「―――――」
士道と折紙の驚愕と共に。
「―――今日から厄介になる、夜刀神十香だ。
皆よろしく頼む」
そう言いながら良い笑顔で入ってきたのは他の誰でもなく高校の制服を着た十香であった。
十香さんが可愛くて筆が進みましたー