ゲームの中とは思えないスッキリとした気分で士道は目が醒める。
この世界が現実だと言われても疑いようの無いほどにこの世界の完成度は高い。
『改めて…雷華のプログラミング能力とフラクシナスの技術力を思い知らされる』
「すぅ…」
『…ここでの時間の流れは、現実世界より早いんだよな…。
テスト勉強が大変な時期に使えば便利だよな…』
「…すぅ…すぅ…」
「…とりあえず現実に戻るか…」
隣で聞こえる寝息に士道は現実逃避を止め、布団を捲る。
「やっぱりか…」
それと同時にため息混じりに呟く。
鞠亜がベッドの中で丸くなっていたのである。
『…寝るまでは別々だったんだがな…。
一応は布団に潜り込まないように言ったんだが…本人は納得してなかったしな…』
苦笑しながらも士道は鞠亜を起こしにかかる。
「鞠亜、朝だぞ」
「……すぅ」
身体を揺するが鞠亜が目を覚ます気配は無い。
「頬を抓るのは流石になぁ…。
頬をつついてみるかな…」
そう呟き、鞠亜の柔らかそうな頬に指を伸ばす。
「んっ…」
小さく呻き声を上げる鞠亜。
「微かに反応がある…。
よし、もう一度…」
再び鞠亜の頬をつつく士道。
「駄目……です…士道……」
「起きた…っと言うわけでも無いか…。
どんな夢を見ているのやら…」
寝言を漏らす鞠亜に再び苦笑する。
『起きる気配も無いか…。
仕方ない…ここは強硬手段を取らせてもらう…。
悪く思うなよ…鞠亜…』
気持ちよさげに寝息を立てる鞠亜に謝ると鞠亜の顔に布団を被せる。
「……んー?
ん、うー、うー!」
程なくして、苦しげな呻き声を上げながら鞠亜が目を覚ます。
「ん……ふぅ……どうやら、助かったようです」
士道が布団を被せたせいで悪い夢を見たようで、寝汗こそかいていないがどこか驚いたような表情の鞠亜。
「おはよう鞠亜。
遅いお目覚めだったな」
「膨大なデータの整理にかなり時間がかかってしまったようです。
設定していた時間より、だいぶ遅くなってしまいました」
「とりあえず、起きてくれて助かった…。
とりあえず、リビングへ行って飯にしよう」
「もうそんな時間なんですね。
わかりました」
時計を見て事態を理解した様子の鞠亜。
「鞠亜、頼むからもう俺のベットに入ってくるのは…」
『勘弁してくれ…』っと言おうとした士道の言葉を扉をノックする音が遮る。
いつからいたのか、琴里がドアを開けてそこにいた。
「あのー。
お取り込み中悪いんだけど、そろそろ起きたらどうかしら?」
「おはようございます、五河琴里」
「おはよう、鞠亜。
それに、士道も。
昨日に続いて今日も潜り込んだのね」
「そうみたいだな…」
どこか棘のある琴里の言葉に士道は首をすくめる。
「まぁ、とやかくいうつもりはないけど……ちゃんと責任もって面倒見なさい」
そう言って琴里は扉を閉めると階段を先に降りていく。
「俺たちも行くか…」
「はい」
ご立腹な様子の琴里に士道は三度ため息を吐くと食堂へと向かったー。
「さて、今日はどうする?
鞠亜の希望を教えてくれ」
「そういえば、今日は学校はお休みでしたね…。
では夜刀神十香たちと遊びに行ってみたいです。
年頃の少女は、同性の友人たちとよく遊びに行くそうですから」
「そうか、十香たちと仲良くなってくれると俺も嬉しい」
「…そう考えてもみたのですが、そうなると士道とデートができなくなってしまいます…」
そう言って鞠亜が眉根を寄せて困惑した表情を浮かべる。
「それなら、俺も一緒に行こうか?」
「士道もですか?」
「そうすれば十香たちと一緒に買い物も出来るし、デートとは少し違うが俺と一緒に出かけるという目的も達成できるからな」
「その発想がありましたか…。
それは確かにすばらしいです」
士道の提案に目を円くする鞠亜。
「そうと決まれば…」
携帯を取り出してメールを打ち込むとメールを送信する。
程なくして返事が来たのは十香、美九、耶倶矢、狂三、桜の五人からであった。
琴里も誘ってはみたのだが、何やら用事があるらしく行けないとのことであった…。
「シドー、これを見ろ!
新作パンの発表会だそうだ。
参加すれば食べ放題とあるが、本当にすべて食べてよいのか!?」
「だーりん、あれを見てくださいー。
可愛い女の子がいっぱいいるメイドカフェがありますよぉ。
ちょっと行ってみませんかー?」
「くく、待つがいい。
この我だけが知る、秘密の店に案内しよう」
「では士道さん、せっかくですから新しい下着を選んで頂けませんか?」
『何というか…やっぱり纏まりが無いなぁ…』
想定はしていたのではあるが精霊達の意見には纏まりが無い。
『一応、目的はメールしておいたんだがなぁ』
など考えながら、どう窘めようか考える士道…そこに…。
「あら奥さん見まして。
また五河君ですよ」
「今日はまた大勢引き連れているわね。
五河ハーレム」
「見せびらかしてくれるじゃねーの」
「また…面倒くさい連中が…」
亜衣麻衣美衣の三人娘の登場にそんな事を呟く士道。
「なによ面倒くさいって…」
「おうおう、言ってくれるじゃん。五河くん!」
「口の利き方を躾る必要があるようね」
だが、その呟きが聞こえていたらしく三人が士道に激しく問い詰める。
「あの…どうすればいいのでしょうか」
「心配ならさなくても大丈夫ですわ。
ちょっとご学友にからかわれているだけですから」
「からかわれている?」
「ええ。そうですわ。
それにしても士道さんは本当に人望がおありなんですのね。
皆さん本気で非難している雰囲気では無いようですし」
「士道はたくさん友達がいるのですね…」
『どちらかと言えば小姑に近いんだけどな…』
狂三と鞠亜のやり取りにそんな事を考える士道であった―。
「あの~、提案なのですけどー。
まずは鞠亜さんのお洋服を見に行きませんか?
あんまり服を持ってないようですしー」
三人娘から解放されたところで美九が士道に提案する。
鞠亜の買い物に付き合うと言う本来の目的を思い出してくれたようである。
「おお、我もちょうど同じ天啓を受けたところだ。
ならば、神の衣取り揃えし地で我が見立てを披露してやろう」
「どうだろう?鞠亜?」
「構いません。
……いえ、私も見たいです」
美九と耶倶矢の意見に頷く鞠亜。
『なんでわざわざ言い直したんだ…?』
言い直した鞠亜にそんな疑問を思う士道。
「それでは、私がお気に入りのお店に案内しますー」
だが、そんな士道の疑問をよそに美九の案内で店へと向かう鞠亜達。
「シドー?」
「悪い、今行く」
考え事をする士道を怪訝に思ったのか名前を呼ぶ十香に士道も歩き出したー。
「意外だな…」
美九の案内で店に到着した士道はそんな事を呟く。
アイドルのお勧めだから洒落た店かと思っていたが、普通の店だった。
「アイドルだって、普通の女の子なんですよー。
大事なのは自分に似合うかどうかなんですからー」
「なるほどな…。
しかし…あの空間は入りにくいな」
視線を向けると十香と桜、耶倶矢に様々な衣装を鞠亜に合わせていた。
「見るがいい耶倶矢。
こちらの服の方が格好良いぞ。
鞠亜には間違いなくこちらが似合う!」
「かか、笑わせるな我が眷属、十香よ。
見るがいい、この突起した外套を。
鞠亜の暗き気の波動をよく高めているではないか」
「いやいや、二人とも鞠亜ちゃんにはこっちのかわいいワンピースの方が似合うんだよ!」
「全く…七罪の時みたいに皆でコーディネートしてやればどうだ?」
「そうですね、なら私に任せてください。
鞠亜ちゃんをとびっきり可愛くコーディネートしてみせますー」
溜め息混じりに呟いた士道に美九が意気込む。
「面白そうですわね。
私もお手伝いしますわ」
「お、お願いします」
「はい、お任せくださいー。
ベースにするならば先程、桜さんが選んだワンピですかねー。
清楚な感じもいいですしー。
やーん、こっちのフリルも気になりますー」
「それでは、わたくしわそれに合いそうなトップスを見繕って差し上げますわ」
「シドー!私たちが先に鞠亜の服を選んでいたのだぞ!」
「そうだ、士道!
我らにも挑戦の機会と資格を要求する!」
「なら…小物を選んできたらどうだ?
鞄や帽子みたいな…」
不満を言ってくる十香と耶倶矢に士道がそう提案する。
「おお、それは名案ではないか!」
「くく、確かにそれは感性が問われるな……では鞠亜よ。
期待して待て!
」
「大丈夫かな?」
意気込んで走っていく二人に一抹の不安を抱く士道。
『以前に、七罪の服をコーディネートしたときは大丈夫だったが…さて、今回はどうなるやら…。』
「士道は不安ですか?
それなら、わたしとは違いますね。
わたしが感じているのは、不安ではないと思います」
「もしかして、わくわくどきどき……って感じか?」
「その表現が正しいのかもしれません。
未知のことに心躍らせるとは、こういう感覚なのでしょうか。
なんだか、落ち着きません」
「なら…わくわくどきどきだな」
「はい、わくわくでどきどきです―」
士道の言葉に笑顔でそう答える鞠亜であった。
程なくして一通りの衣装が揃い、現在鞠亜は試着室へと入っている。
『さて…どうなっているだろうな』
「さぁ、鞠亜ちゃんに登場してもらいましょう」
美九の声と共に試着室のカーテンが開く。
「あの…どうでしょう?」
黄色のベレー帽を軽く被り。
上半身は薄ピンクのワンピース。
その上にはネイビーのカーデガンを羽織っており。
下半身には青を貴重としており、白のフリルがついたスカート。
そして足には白のニーソックスが履かれていてスカートとの間に10cm程度の隙間…所謂絶対領域を作り出されていた。
「お…おお!!」
「士道、もっと具体的な感想を申せ。
それがお主の仕事だぞ」
「そうですわよ、士道さん。
こういうとき、女の子にはちゃんと感想を言わなければいけませんわ」
試着室から出てきた鞠亜に言葉が見つからない士道に耶倶矢と狂三がだめ出しをする。
「そうだよな……すまん、鞠亜。
可愛いよ。すげぇ似合ってる」
「本当…ですか…変ではないでしょうか?」
「すごくいいと思うぞ。
びったりだ」
「だーりんの好みにあってよかったですー。
ベースは私と桜さん、狂三さんで選んだんですよぉ」
「ちなみに、帽子は私だ」
美九の言葉に続いて十香がそう言いながら胸を張る。
「我もソックスを選んだぞ!
ククク、魔性の脚具にが生み出す絶対領域に魅了されるがよい」
「我ながら頑張ったんだよ~」
「いかがでして、士道さん。
素敵なコーディネートになったと思いますけれど」
「正直、めちゃくちゃ驚いている」
確かに七罪の時に皆にコーディネートを頼んで驚いた経験があるのが、それでも五人の選んだ衣装は鞠亜の魅力を十分に引き出していた。
「実は、私も少し驚いています。
違う服に着替えただけなのに、とても嬉しく感じます。
これは一体どういうことでしょう?」
「なるほど…そうか…」
「士道にはわかるのですか?」
合点がいった様子の士道に鞠亜が尋ねる。
「別に難しい話では無い。
誰かに優しくしてもらうとさ、人は嬉しいんだよ。」
「わたしにも、それが理解できた……ということでしょうか」
「ああ、そうだ…」
「なるほど……これが嬉しいということですか…」
頷く士道に微笑む鞠亜あったー。
Message body
「むう…何を注文するべきか……」
「限度なしに注文すると俺の財布がパンクするから、その辺を考慮してくれよ」
ショーケースの前で悩む十香に士道は釘を指す。
現在、士道たちは洋服店からほど近いケーキ店へと来ていた。
洋服選びに殆ど参加していなかったため、女性陣にケーキを奢る事になったのだ。
「なくなっても、なんとかできないわけではないのですが……」
「それは駄目だろ…限りある中でやりくりするってのは重要だぞ?
可能な限りは俺も出費は惜しまんが…」
「士道さんがそう仰られるなら、頼って差し上げるのが女の器量かもしれませんわね…」
「むう…だがシドーに迷惑はかけられんからな、一品だけ選ぶとしよう」
士道と狂三の言葉に頷く十香。
「ならば我も終局を告げる一品を選ばなくてはな……!
トリプルジャンボウルトラデラックスパフェ!
まるで原初の巨人のごとき相貌ではないか。
我はこれを選定する!」
「えーとぉ。それなら私はー、このスペシャルアフタヌーンティーセットですかねー」
「季節のフルーツケーキをホールで、お願いなんだよ」
「あまり高いのは駄目だぞー。
あくまでも俺の財布の範囲内で頼むー」
高額商品を頼む美九と耶倶矢に士道が顔をひきつらせる。
「むー。じゃあ、こっちのパンケーキセットにします」
「では、わたくしはこのチーズケーキのセットにしましょう」
「それなら、季節のフルーツケーキを単品でー」
「す、少し待ってくれ……これは悩むのだ…」
「ゆっくりでいいぞ十香。
鞠亜はどうする?」
メニューを決めあぐねている十香を一旦飛ばし、鞠亜へと尋ねる。
「あの、士道……大変です。
どの品も魅力的です。
どれを選ぶか、決定するには情報が少なすぎます」
だが、鞠亜も十香と同様に何を頼むか決めあぐねている状態であった。
「名前だけではわからないものもあります。
念のために私の持つ情報と士道の認識に差異がないか、確認してもらってもいいでしょうか」
「質問に答えれば良いわけだな?」
「はい。お願いします。
では士道、このブリオッシュ・デ・ロワとはどういう料理なのでしょうか?」
「ブリオッシュがパンの種類なのはわかるか?」
「はい。デ・ロワが恐らく、ガレット・デ・ロワを指していることも理解できます」
「ああ、その記憶で合ってる。
ブリオッシュ・デ・ロワってのは、ブリオッシュをベースにドライフルーツをのせたりした、海外のお菓子だよ」
「な、なに!?そんなメニューがあるのか!私もそれに興味があるぞ!」
「なるほど……。
ではこっちのガレットは私の認識しているものと同一でしょうか」
「そば粉で作ったクレープ風の生地で食材を包んだ料理だな。
ここのは甘い具材を包んだ、ガレットシュクレだな。
もっちりした生地でリンゴ煮とかアイスを絡めて食べるんだよ」
「おお、それも格別美味しそうではないか!
うう、悩ましい……」
「他のものからも目が離せません」
「わ、私も同じだシドー。
これはそう簡単に選べないぞ……」
「なら…皆でいろいろて分け合って食べるのはどうだ?」
悩む十香に士道が提案する。
「くく、そう言うことであれば我のパフェも少し分けてやろうではないか」
「……わける?
互いに自分の頼んだものを譲渡し合うということですね。
確かにそれならば選択肢を減らせます」
「ええ、その通りです。
鞠亜さんが頼んだものを、わたくしたちにも少々味見させてくださいな」
「くく、等価交換という訳だな。
違うものを選択し、互いに分け合えば、複数同時に楽しむこともできるというわけだ」
「皆で、いろいろとシェアするんだよー」
「今日は六人いますから、六種類までいけますよー」
「それは、交換するだけでも楽しそうですね。
………では、最初に士道に教えてもらったブリオッシュ・デ・ロワに決めます」
「そうか…。
十香はどうだ?」
「うむ!私も決まったぞ、シドー!
店主を呼んでくれ!」
「おいおい、それじゃ文句があるみたいだろ。
呼ばなくても来てくれるさ…」
注文するスイーツを決めた十香の言葉に苦笑を浮かべる士道であった―
「さて、みんな揃ったようだな…」
注文も揃って、皆思い思いに自分のスイーツに手を出し始める。
「士道に聞いて正解でした。
ととも美味しいです」
「それは良かった。
あ、俺のチョコレートケーキも味見してみるか?」
「士道が構わないのでしたら…是非」
「では、私のチーズケーキもお裾分けいたしますわ」
「私のパンケーキもどうぞー」
「私のケーキもどうぞなんだよー」
あれよあれよとみんなのお裾分けが鞠亜のもとに集まり始める。
「みなさん、ありがとうございます。
どれも本当に美味しいです。
そろと……不思議な感覚を覚えます」
「不思議な感覚?」
「はい。何かが起きた訳では無いというのに、いつもより楽しいというか、うれしいといえか……うまく表現出来ない感覚です」
「多分な、みんなと一緒に食べているからだ。
みんなで一緒に食べると普段より楽しくて、うれしくて、もっと美味しく感じるんだ」
「みんなと……一緒に」
「その通りだ。
我らは同じ皿の供物を分かち合った。
これは我らの間に盟約が結ばれた事を意味する……」
「つまりは、お友達と言うことですわ。
こうしてゆっくりおしゃべり出来るなんて素敵な関係ではありせんこと?」
「おいしいものを皆で食べる…仲良くなる理由はそれで十分なんだよー」
「そうですそうですー、私もこれで鞠亜ちゃんとお友達ですよー」
「も、もちろん私もだぞ、鞠亜!
私達は友達だ!」
「とも…だち」
「気軽に話せたり、遊んだりできる相手のことだ」
「さすがに、それは理解しています。
でも、そうなんですね……これが、友達。
少し、わかった気がします」
士道の言葉に鞠亜はそう答えると微笑んだ―。
「それで、この後はどうするんですかー?
他のお店を見て回ったりします?」
精算を終えた士道に美九が尋ねる。
「今日は基本的に鞠亜の行きたいところに付き合うつもりだけど、何か他にあるか?」
「…あの、士道と行ってみたい場所があります。
みなさんには失礼ですが、士道の時間を……もらっても良いでしょうか?」
士道の言葉に鞠亜は申し訳無さそうに尋ねる。
「まぁ、鞠亜さんたら、大胆ですわね。
できればお願いに答えて差し上げたいところですけれど、みなさんにはいかがでして?」
「ふっ……今日は鞠亜との絆を結んだ記念日……。
我が同胞の願い、叶えてみせようではないか」
「むう、今日は終わりか……仕方ない。
鞠亜、シドーのことを頼むぞ!」
「鞠亜ちゃん、士道くんをエスコートしてあげてね」
「はい」
「俺が頼まれる方かよ…」
十香と桜の言葉に苦笑を浮かべる士道は鞠亜と二人でデートを再開したー。
少し薄暗い室内、部屋にあるモニターに最新曲の情報が表示されている。
カフェで十香達と別れた士道と鞠亜は同じショッピングモール内にあるカラオケ店へ訪れていた。
「なるほど、カラオケか。
少し意外だな……鞠亜はカラオケに興味があったのか?」
「わたしも士道と一緒に歌ってみたかったので」
『私も…?
ああ…なるほど…天宮祭の練習の時に亜衣麻衣未衣につき合わされたしな…』
鞠亜の言葉に士道はそう結論づける。
「では士道、歌ってみましょう」
そう言って選曲用の子機を手に取る鞠亜だが、途中まで操作したところでその手の動きが止まる。
「鞠亜?」
そんな鞠亜の様子を疑問に思った士道が声をかける。
「以前、士道たちが歌っていた曲は記録していますが、自分で入れるとなると、選ぶのが難しいですね…」
「俺が入れようか?」
悩む鞠亜に士道が助け船を出す。
「では……おまかせしてもいいですか?
普通の女の子が、歌うような……そんな曲が良いです」
「となると…新しい曲やら有名な曲かな…」
「具体的な選曲については、士道にお任せしても良いですか?」
「了解」
鞠亜のリクエストに士道はスローテンポなバラードを選曲する。
「これで大丈夫か?」
「はい、問題ありません。
この曲なら聞いたことがありますから。
ですが、あの、士道は問題ありませんか?」
「なんのことだ?
俺は別に問題ないが……」
士道の問いに鞠亜は頷くと士道に同じような問いを返す。
「そうですか。
それでは、士道が問題ないなら私も問題ありません」
「?」
問いかけに頷いた士道に鞠亜が呟く。
それを疑問に思いながらも士道は曲を送信する。
程なくしてイントロが流れる。
「それでは、士道。
少しの間、失礼します」
そう言って士道の膝の上へと乗る。
「ちょ!?鞠亜!?
いきなり何を!?」
その鞠亜の行動に流石の士道も面食らう。
「これは恋の歌ですから、こうした方がいいのではないかと。
恋の歌を歌うときは、できる限りその相手と近づいて歌った方が良いと記憶しています」
『まぁ…確かにそうなんだくどな…』
苦笑をしながらも曲が始まり、歌い出す鞠亜。
その横顔と歌声からは、真意を伺うことは出来なかったー。
「……あの、歌うこと自体なれていないので、聞き苦しかったでしょうか?」
「いや、そんなことはない。
むしろ上手い方だと思う」
歌い終えた鞠亜が士道に尋ね、士道が答える。
少々、込められる感情が薄い気もするのだが鞠亜の歌はとても上手かった。
無論、彼女にも感情が無いわけではない。
それはすぐ近くで鞠亜を見て、歌を聞いているからこそわかる。 一つ一つの言葉が 心を打っていく。
「次は、士道の番ですよ」
「おう、そうだったな…」
鞠亜の歌の余韻に浸っていた士道は慌ててマイクを取ると歌い始めた―。
「ふぅ…」
シャツのボタンを緩めながら士道は息をつく。
「熱唱でしたね。
かなり汗をかいているようですが、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「士道、ひとつ提案があるのですが……良いですか?」
水で喉を潤す士道に鞠亜が尋ねる。
「ああ、聞かせてくれ」
「手を繋いで歌うというのはどうでしょう?
そうすれば、もっとデートのように……恋人のように出来るのではないでしょうか」
「手を?」
「はい。以前、手を握って歌うことで、意中の相手の意識を自分に向けさせる……。
という場面を記憶しています」
「なるほど…確かにそうかもな…」
鞠亜の言葉に士道は頷き、そっと鞠亜の手を握る。
「ひゃあ!!」
それと同時に鞠亜が声を上げる。
「んっ?鞠亜?」
「す、すいません。
突然だったので、驚いてしまっただけです。
あの、曲が始まったらで大丈夫ですから」
「すまんな、いきなり触ろうとして」
「い、いえ大丈夫です」
謝る士道に首を横に振る鞠亜。
そうこうしている間に次の曲のイントロが流れ出す。
「それじゃ、握るぞ」
「はい、宜しくお願いします」
鞠亜の言葉に士道は彼女の手をそっと握る。
その手はしっとりとして、柔らかく、ほのかに暖かたかった。
心なしか横顔もほんの少し赤くなっているように思えた。
「あ、あの、士道……。
私の方ばかり見てませんか?」
そんな士道の視線に鞠亜が恥ずかしげに声を上げる。
「悪い…」
鞠亜の綺麗な顔立ちに思わず目を奪われていたのだ。
『確かに…女の子をじろじろ見るのは良くないわな…』
そんなことを考えながら士道は歌詞の表示されるモニターに視線を移した―。
Message body
「終わりましたね」
「ああ…。
それで、手を繋いでみてどうだった?」
「士道の温かさが伝わってくるようでした。
これは、とても恋人らしい行動だったのではないでしょうか」
士道の問いに鞠亜は満足したように答える。
「鞠亜が満足なら、俺も嬉しい。
さて…この調子で次の曲も歌うか?」
「いえ、今日は十分に楽しむことができました」
「了解…ならこのまま手を繋いだまま帰るか?」
「はい」
士道の提案に鞠亜は嬉しそうに頷いたー。
「今日は楽しかったです。
みなさんと一緒に買い物をしたり、甘いものを食べたり……士道とカラオケしたり……。
本当にとても大事な記憶になりました。
士道やみなさんと一緒に過ごすのは、とても楽しいです。
そう考えられるようになりました」
「……良かったな、鞠亜。
誰かと一緒にいたいって思うのは、にんげんだったら当たり前のことなんだ。
だから、鞠亜は愛に近づいているってことじゃないかな」
「わたしが愛に近づいている。
……それは、私が変わったから?
『きっとあなたが私の世界に色をつけてくれた人』」
「さっき歌っていた歌の歌詞だな…」
鞠亜が口ずさんだ詩から士道は先ほど鞠亜が歌っていた曲を思い出す。
「はい。
今のわたしは士道たちのおかげで、変われてきている……。
そう感じます」
「そっか、鞠亜がそう思うのならばきっとそうなんだろうな…」
「そろそろ、いい時間になりましたね。
士道、今日は楽しかったです。
ありがとうございました」
答えた士道に鞠亜が時計を見て言う。
『?』
戻る家は一緒なのにどういう事かと士道は疑問に思う。
「お別れも含めてデートです。
今日はそうさせてもらえますか?」
そんな士道の疑問に答えるように鞠亜が言う。
「ですから、今日は別々に帰りましょう。
いいですか?」
「そうだな、わかった。
だけど送っていかなくても大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。
それでは士道さようなら」
そう言うと鞠亜は家に向けて歩き始める。
家に帰ればすぐ逢えるのだが、少しだけ寂しい気持ちになる士道だった―。
『……さて、このまま帰っても別れた意味が無いしな…どこかで時間を潰して…んっ?』
とりあえず適当に時間を潰していこうかと考えた士道は見知った姿が―或守鞠奈を見つけ、気がつけばその後を追いかけていたー。
「見失ったか…」
鞠奈の後を追いかけていたつもりであったのがいつの間にかその姿を士道は見失いっていた。
更に日も落ちて辺りは真っ暗になっていたー。
『おまけに寒くなってきたし…何か買ってくるかな』
そう考えると士道は周辺を見回し、目当ての店を見つけたのであったー。
「ありがとうございましたー!」
『やっぱり寒いときはこれだよな…んっ?』
店員の声と共にコンビニを出たところで士道は再び鞠奈を発見する。
「なんだ、帰ったと思ったぞ」
「ふん、五河士道には関係ないこと。
女の子の後をつけるなんて趣味が疑われるわよ」
「そんな趣味は断じて無いからな…」
「まぁ…信じてあげなくもないけどね。
……それで、何を持ってるの?」
―士道の持つコンビニのレジ袋を見て尋ねる鞠亜。
「ああ、肉まんだよ。
半分食べるか?
旨いぞ。」
レジ袋から包装された肉まんを取り出して答える士道。
「別にいらない…」
そう言いかけた所で鞠奈のお腹が小さな音を立てる。
「べっ、別にもらってあげないことも無いわよ…」
どこか気恥ずかしげにに言う鞠奈に士道は黙って肉まんを半分に割り、差し出す。
「美味しい…。
温かくて……じゅわってする」
口の周りに食べかすをつけながら鞠奈がそんな感想を述べる。
「なっ、旨いだろ?」
「そ、そんなことなくはないかな…」
『良かった―』
「何見てるのよ?
何かつまんないことを考えてるんでしょ?」
「……美味しいものを食べてる時の顔が鞠亜に似てると思ってな…って鞠亜!?」
士道が鞠亜の名前を出すと共にに鞠奈が立ち上がる。
「少しゆっくりし過ぎたわね。
今日はここまで」
「待てよ!もう少し話を……」
「だーめ、またね五河士道」
士道にそう言うと走る鞠奈。
『追いかけても逆に好感度を下げるだけだしな…帰るか…』
そう考えると共に士道を家へ向かって歩き出したー。