「あはははは!」
少女が笑いながら小太刀を振るう。
「つっ!」
繰り出される剣撃を鉄パイプでいなし、或いは防ぎながらドニは顔を歪める。
「本当にお兄ちゃんって強いねー。
並の魔術師なら多分十回は死んでるよ」
「そりゃどうもっ!」
苦笑いをしながら鉄パイプで突きを繰り出す。
拉致された士道の救出に向かっていたところ《異能殺し》‐衛宮切嗣とこの少女、ホムンクルスの衛宮小比奈との戦闘になったのである。
『やりにくいなぁ…』
魔法を使用できないということはドニにとっても、苺にとっても大きな痛手である。
『でも、戦えない訳ではない…。
それにもうそろそろだろうしね……』
そうドニが心の中で呟いた…その時である。
「あっ、パパ。
えっ、うん……まだだけど……。
えー!今良いいところなのにー。
うん、うん…わかったよぅ…」
小太刀を繰り出す手を止めずに、そう話す小比奈。
よく見れば切嗣と連絡を取るためか耳にインカムをしているのが確認できる。
話し終えると同時に広報へ飛び、ドニと距離を取る。
「ごめんねお兄ちゃん。
もう少し遊んでいたかったけど、パパが呼んでるから…っと!」
言い掛けたところで小比奈は小太刀を振るいそれを弾き飛ばす。
ドニが投げた石礫である。
「つれないなぁ…もう少し…遊んでいきなよ」
不機嫌そうに頬を膨らます小比奈にドニはそう言ったー。
轟音と共に放たれた銃弾を苺は回避しながら切嗣へと苺は肉薄する。
一方の切嗣も既に次弾の装填を終えた終えた大型拳銃を苺へと向ける。
だが、その引き金を弾くより早く、銃身を払い射線を反らす。
「つっ!」
発射の轟音で鼓膜が破けるのを感じたが構わずに鳩尾に掌底を叩き込む。
「ぐっ…よもや君たちが陽動だったとは…」
口元についた血を拭いながら苺を睨みつける切嗣。
結界に新たな侵入者があったからである。
「行かせては…くれないんだろう?」
「愚問じゃの…」
拳銃に弾を装填しながら尋ねる切嗣にそう答える苺。
そして二人の戦闘は再び、戦闘を開始したー。
「折紙…早まるなよ!」
空間震警報が鳴り響く中、手首から血が流れるのも構わず、士道は階段を駆け下りていた。
手錠の金属部を手首に擦らして、血で滑らせながら何とか手錠を外すことができたのだ。
…恐らく、この空間震警報は折紙が人払いするために仕組んだことろう…。
『誰か来ます!』
急いで階段を駆け下り、エントランへと出た所で《オーディン》が叫ぶ。
『あれは…折紙…』
目を凝らすと此方に向かって歩いてくる人物が先ほど出て行った鳶一折紙であることが分かる。
『…どういう事だ…十香達に苦戦して戻ってきたのか?
…いや…それでも戻ってくるには早すぎるし…』
空間震警報が響いてからまだ五分も経っていないはずである。
いくら霊装を限定展開しか出来ない十香達が相手とはいえ、もう倒してしまったとは到底思えないのである。
また、考えを改めたとも考えられない。
などと士道が考えていると…。
『彼女の後方、建物の影に人影があります…。
これは四糸乃ですね…』
スマホが入った鞄は士道が拘束されていた場所すぐ近くに放置されてあったのだが、アプリの再起動にかなり時間を必要とするらしかった。
だが、それも終わったらしくスマホから鞠亜の声が聞こえてくる。
『あれほど精霊を殺すことにこだわっていた折紙が四糸乃と行動を共にしているのはどう考えても不思議だし…。
となれば考えられる選択肢は二つか…』
一つは何らかな要因で引き返してきた折紙を四糸乃が尾行してきた。
そしてもう一つは…《フラクシナス》から連絡を受け、士道を迎えにきた四糸乃と七罪が士道をからかう為にこのような行動をとっているー。
『まっ、普通に考えて後者だろうな…。
そもそも、折紙が四糸乃とよしのんの尾行に気づかない訳が無いからな…』
『七罪!』
そう結論づけると同時に廃ビルから飛び出し七罪の名を呼ぶ。
「士道……七罪ってどういうこと?」
「七罪…さん、もう…やめましょう」
『諦めた方がいいよ七罪ちゃん。
士道くんをからかおうと考えたことじたい、間違いだったんだよー』
一瞬だけ驚いたように目を見開き、首を傾げる折紙にそう言ったのは彼女の後方から現れた四糸乃とよしのんである。
「全く…士道はからかいがいが無いからつまらないわ…」
と折紙が言うと彼女の体が淡く発光し、その身長がみるみるうちに縮んでいく。
そして、その場にいたのは士道の予想通り、七罪であった。
不満そうに唇を尖らせる七罪に士道は苦笑を浮かべる。
だが、すぐさま気持ちを入れ替えて二人に頭を下げる。
「二人とも、頼む。
少しでいい…力を貸してくれ。
十香達が危ないんだ」
士道が言うと、四糸乃と七罪は呆けたような顔をつくる。
だが、次の瞬間には真剣な表情で頷いた。
「う…ぐ…」
顔を歪めながら、十香は身を起こす。
学校が終わり、雷華の見舞いに行く桜と分かれた後。
五河家へと来ていた美九から士道の不在を聞かされた十香達。
士道が早退する前に折紙の心配をしていた事を思い出した十香はそれを手掛かりに捜索を開始。
そこに空間震警報と共に現れた折紙が十香達へ襲いかかってきたのである。
胸元へと触れると血がべっとりと付着している。
だが、それも当然と言えた…。
絶対の鎧であるはずの霊装は無惨にも切り裂かれていたのである。
「私は……」
「……ああ、十香さん……目が覚めましたかぁ」
十香が呟くと弱々しい声が聞こえきた。
顔を上げると、ボロボロの限定霊装を纏った美九が肩で息をしながら十香を守るように立っていた。
全身傷だらけで、まさに満身創痍という状態である。
「美九!? だ、大丈夫か……!?」
「はいー……なんとか。
十香さんこそ大丈夫……でー」
言葉の途中で、美九は膝をつき、その場で崩れ倒れる。
慌てて駆け寄ると、その体を支える。
「しっかりしろ、美九!美九!」
十香の声に応えるように弱々しく微笑むと美九は目を閉じ、その体から力が抜け落ちる。
と、その瞬間。
前方から、瓦礫を踏みしめる足音と共に鈍色の鎧を纏った少女が姿を現す。
「鳶一…折紙……ッ!?」
憎悪を込めて、その名を呼ぶとその声に応じるように折紙が冷淡な視線を十香に向ける。
彼女の足下には夕弦、少し離れた位置に耶倶矢が倒れていた。
二人とも意識はあるようだが、美九と同じく傷だらけであった。
十香が気絶してしまっている間に激しい戦闘が会ったのだろう。
ー恐らくは折紙の手から、無防備な十香を守るための。
十香は奥歯を噛みしめ、美九の身体を優しく横たえ、《塵殺公》を手に立ち上がる。
「貴様!なぜこんなことをする!」
「問いの意味がわからない」
折紙は全く表情を変えずに返してきた。
「あなたたちは精霊。
世界を殺し人類に偲なす存在。
それだけで理由は事足りる。
何度も言わせないで」
折紙は落ち着いた様子でそう言うと、左手の指を曲げる。
とーそれに合わせるように、彼女の足下に倒れていたタ弦の身体が見えない手に持ち上げられるように浮かび上がる。
折紙は小さく眉根を寄せると、夕弦の首に手を伸ばしその言葉を中断させた。
折紙の手に力が込められ、タ弦が苦しげな声を上げる。
だが折紙は構わず、右手に持つレーザープレイドを夕弦の腹部に突き立てるように構え る。
「貴様!」
叫び、《塵殺公》を構える十香。
だがそれより早く、耶倶矢が折紙に巨大な槍を構えて折紙に突撃する。
「ータ弦に何してくれてんだ、折紙ィィィィイィィッ」
耶倶矢が目を血走らせ、鬼の如き形相で折紙に襲いかかる不意の一撃に折紙も対応しきれなかったのか…耶倶矢の槍は随意領域を整えて、CRユニットの一部を傷つける。
「くー」
だが、そこまでだった。
折紙が眉根を寄せると同時、耶倶矢の身体が地面に落ちた。
「ぐっ!」
耶倶矢はそれでも諦めず顔を上げようとしていたのだがもなく倒れ伏した。
「耶倶矢ー」
このままでは、耶倶矢とタ弦が危ない。
折紙に向かって走り出す十香。
だが、折紙の遙か手前で不可視の壁に阻まれ進む事ができなかった。
折紙が随意領域を広げたらしく、金縛りにあったかのように身体の自由が利かない。
「く、一折紙、貴様!」
叫ぶも折紙はまったく意に始さない様子で、再びレーザブレードを構えタ弦に視線を向けた。
「ー長かった。
私はようやく手に入れた。
精霊を倒す力を。
ー悲願を達する力を」
呟き、長く息を吐く折紙。
「この一撃を以て、私は、私を取り戻す。
精霊は、全て私が倒す。
もう二度と…この世 に私のような人間が生まれないように」
折紙は自分に言い聞かせるようにそう言うと、レーザーブレードを握る手に力を込める。
「鳶一折紙ッ!」
十香はのどを震わせ、折紙の名を呼んだ。
だが、十香の身体を縛る随意領域は微塵も緩もうとしない。
しかし、諦める訳にいかなかった。
今この状況をの何とか出きるのは十香しかいないのだ。
十香が剣の切っ先を下げた瞬間、耶倶矢は、タ弦は、そして美九は、間違いなく殺されてしまう今の折紙であればやる。
そしてーそれを成した彼女は、きっとそれまでとは違う生き物になってしまうに違いなかった。
なぜかはわからない。
だが十香は、それがどうしても許せなかった。
「うーあ、あああああああああッ!」
十香は大声を発し、随意領域の戒めから逃れれようと全身に力を入れる。
だがー足りない。
今までの折紙のそれとは比べものにならない強度を誇る随意領域は微塵も緩もうとしなかった。
今のままでは、駄目だ。
この状態では、皆を助けることができない。
ー力が必要だった。
もっと、もっと大きな力が…。
「っ!」
それを認識した瞬間、十香を悪寒が襲った。
この感覚には覚えがある。
数ヶ月前ーDEMの日本支社で、士道がエレンに殺されてしまいそうになったときに感じたそれとよく似た気持ちの悪さだ。
自分の中に自分以外の何かが現れ、手を取られるかのような感覚。
得体の知れない真っ黒いものが頭の中を満たしていくような恐怖感が襲ってくる。
十香は奥歯を噛みしめた。
その感覚が何なのかはわからない。
だが、本能的に察する。
ーその力では、皆を救うことはできないと。
十香は、十香のままでいなければならない。
耶倶矢を救うために。
タ弦を助けるために。
美九を生かすために。
そしてーあの女を…横暴で、口が悪くて、何を考えているのかわからなくて、いつも十香の邪魔ばかりする、十香が大嫌いなーあの気高い少女の手を取るために。
十香は、十香であるまま、剣を振るわなければならなかった。
「シドー!私に、力を貸してくれッ!」
十香は士道の名を呼び、《塵殺公》の柄を握る手に力を込めた。
「ーああああああああああああああああああああああああああああああああッー」
頭の中で何かが弾けるようなイメージと共に十香は身体の中に、何か温かいものが流れ込んでくるような感覚を覚えた。
『今のは……?』
よしのんの背に乗り、鞠亜と鞠奈のナビゲーションに従って十香達と折紙が戦闘を行っている場所へと向かう中、士道は奇妙な感覚を覚える。
精霊達が霊装を限定展開する時も自分の中に封印された霊力が流れていくのを感じる事がある。
先ほど、士道が感じたのはそれをもっと強くしたような…精霊一体分の霊力を丸ごと持って行かれたような感覚である。
『マスター、封印してあった夜刀神十香の霊力が…』
「ああ…俺も気づいている…」
《オーディン》の言葉に答える士道。
「士道……さん?」
そんな士道に何かを感じたのか四糸乃が視線を向けてくる。
「いや…何でもない……」
そんな四糸乃に士道は首を横に振るったー。
「……っ!?」
タ弦の首に手をかけ、その身体を貫こうとしていた折紙は、突然前方に生まれた光に眉をひそめた。
随意領域でその動きを止めていた十香が叫びを上げたかと思った瞬間、その身体が輝きだしたのである。
それだけではなく十香を足止めしていた随意領域から、不意に十香の感覚が消え去ったのだ。
『…違う』
折紙は視線を鋭くしてその考えを否定する。
十番が消えたわけではない。
十香を包んでいた随意領域の一部が、穴が開いたかのように消え去っていたのである。
次の瞬間、折紙は凄まじい殺気を感じ、夕弦の首を握る手を離して後方へと飛び退く。
それとほとんど同時に先ほど折紙がいた空間を、斬撃が通り抜けていく。
「なっ!」
折紙が驚きにに目を見開くと同時に随意領域から解放され、その場に落ちようとしていたタ弦の身体を、何者かの手が支えた。
光が収まっていくとその姿が見取れるようになる。
そこに現れた少女の姿を目にして、折紙は思わず息を詰まらせた。
「夜刀神…十香!!」
完全な状態の霊装を纏う十香を前に折紙がその名を呼ぶ。
「その、姿は…」
折紙が表情を険しくしながら呟くように言う。
そんな折紙に対して十番はタ弦を地面に寝かせてからその顔を上げて言う。
「鳶一折紙…私は貴様が嫌いだ。
今も、昔も、変わらずなーだが。
今の「嫌い」は、昔の『嫌い」とたぶん少し違う。
だからー」
そして、折紙の目を見据え、手にした天使の切っ先を向けてくる。
「滅すっもりでいく。ー死ぬなよ、折紙」
十香が、静かなーしかし底冷えのするような声で言う。
その言葉を聞いただけで、折紙は心臓を握られるような錯覚を覚える。
圧倒的な成圧感。
絶望的なまでのプレッシャー。
少しでも気を抜いたなら、一瞬にして首を飛ばされそうな怖気が、折紙の全身を襲う。
しかし折紙は退かなかった。
ー否、むしろ、この十香をこそ、折紙は待っていたのかもしれない。
かつて折紙を敗北させた精霊。
完全なる《プリンセス》を打ちしてようやく、折紙は前に進むことができる気がしたのだ。
「はぁ…!」
折紙は声と共に気合いを入れ、随意領域の範囲を自分と装備を包む程度に収縮させて強度を高めた。
展開範囲を広げたとしても十香の動きを縛ることはできないからである。
それよりも魔力を防御に回した方が良いのは目に見えていた。
レーザーブレイドを振りかぶり、十番に振り下ろす。
十香は微かに届を掘らすと、《塵殺公》で以てそれを受け止めた。
だが、それが折紙の狙い通りである。
脳内で指令を発し、レーザーブレイドの柄についたシリンダーを回転させる。
ほんの数秒でカートリッジのロードを終えるとその切っ先から魔力光が上方へと撃ち出されると空中で散って散弾となり十香へと襲いかかる。
DEM製CRユニット《メドラウト》。
その主兵装であるこの《クラレント)は、随意気域内で魔力を詰めたカートリッジをロードすることで、魔力砲《クラレント・カノン》として使用する事が可能である。
無論、打ち合いながらの砲撃である。
威力はそこまで高くはない。
普通ならば《塵殺公》の一撃で軽く打ち払われ豆鉄砲に過ぎないだろう。
だが今は、その《塵殺公》を折紙が押さえている状態である。
無理にその姿撃を払おうとすれば、対する折紙の斬撃をもらうことになる。
どちらにせよ、十香はダメージを避けられない。
ーはず、だった。
「はッ!」
だが、十香は打ち合ったまま地を蹴り、そのまま力ずくで折紙を後方へと追いやり、砲撃の着弾範囲から脱する。
「くっ…」
眉をひそめ、呻く。
やはり、先ほどまでとは霊力が、そして腕力までもが桁違いのものとなっていた。
『…単純な力押しでは勝ち日がない』
折紙はレーザーブレイドの角度をずらして十香の剣を受け流し、日にも留まらぬ速度で連撃を放った。
普通であれば一撃で身体が消し飛ぶであろう文字通り必殺の剣撃を幾度も十香に唯き込む。
だが十香はそれらの太刀筋を全て批え、的確に受け止める。
「ーたあッ!」
十香が連撃の隙を突《塵殺公》を滑らせるようににして突きを放ってくる。
「くっ…っ」
しかし、折紙にはその攻撃が見えた。そして、受け止めることができた。
打ち払い、斬り上げ、突き、難ぎ、受け止め、振り下ろす。
嵐のような剣撃が、双方向から吹き荒れる。
折紙は《クラレント》を握る力を強めた。
実力は、ほぼ互角といっても問題なかった。
折紙はもう、為す術もなく十香に斬り伏せられていた時の折紙ではない。
今の折紙は、完全な状態の精霊と戦うことができる。
折紙が幾館も望み、焦がれた悲願だった。
折紙は、間違っていなかった。
折紙が今まで積んだ鍛錬は無駄ではなかった。
CRーユニット《メドラウト》。
これさえあれば、全ての精霊を殲滅することができる。
ー五年間に折紙の両親を殺した精霊をー。
DEMに所属することを条件に、折紙はエレンからのその存在の情報を得ていた。
具体的な姿や能力が知れたわけではない。
情報そのものとしては、そこまで価値があるものとはいえなかった。
今の折紙ならば、可能である。
その精霊を見つけさえすれば、その首を飛ばすことがー。
「え……?」
だがそこで、折紙を強烈な頭前が襲った。
『そんな…活動限界…』
その頭痛の正体を悟った次の瞬間、意識が点撃するように途切れ、地界が赤く染まっていく。
「あー」
「はあッ!」
そんな隙を、十番が見逃すはずはなかった。
がら空きになった胴にに、《塵殺公》を叩き付けられる。
流石にこの状態で防御するのは難しく、折紙の身体は軽々と吹き飛ばされた。
「く、は…ッ」
随意領域を固めていたために致命修は避けられたが、全身のダメージは深刻だった。
打撲、裂傷。
出血も酷い、恐らく肋骨にも皹が入っているだろう。
結局のところ、折紙は命を削りながら、どうにか十香の力に追い継っていたに過ぎなかったのだ。
「私、は…」
折紙は震える手を神に縋るように天へと伸ばした。
無論、折紙は神を信じてなどいない。
目の前で同親が殺された五年前のあの日から、折紙の頭の中から神という言葉は消えた。
だが、もしも。
このの世に神や悪魔が本当に存在するのならば、折紙はどんな犠牲を払おうとその手に組るに違ないなかった。
それこそ、目的を達したあとに心臓を捧げねばならいという契約であろうと。
らしくない考えであることはわかっていた。
いないものに望みを託すなど、愚者のすること。
己を助くのは己のみである。
祈る時間があるのならば鍛錬をした。
願う時間があるのならば戦略を練った。
そうして作り上げられたのが、常、折紙という魔術師なのだ。
だがーもう、折紙には何も残されていなかった。
血反吐を吐くような訓練、寝る間をしんだ研究、身体に負担を強いる装備、死と隣り合わせの実戦。
考え得る全てを、折紙は積み上げてきた。
その結果が、これなのだ。
全てを犠牲に練り上げたはずの力は、結局精霊に通じなかった。 その残酷な現実だけが、折紙の長い戦いの果てに待っていたものだった。
「わ、たし、はー」
折紙の頭に、ふっと諦めが過ぎる。
折紙は弱々しく息を吐くと、天にかざした手を、力なく下ろしていった。
ーだが、その瞬間。
【ねえ、君。力が欲しくはない?】
そんな折紙の耳に、男のものとも女のものともつかぬ声が、聞こえてきた。
「えー?」
突然響いたいた言葉に、日を見問き、よろめきながらも身体を起こす。
するとそこに、得体の知れない『何か』が立っているのがわかった。
『何か』という他に形容する言葉のないモノである。
そこに存在していることは認識できるのに、 その実像が捉えられないがいとでもいうのだろうかまるで全体にノイズがかかっているかのような錯覚さえ覚えた。
「あなたは…何?」
折紙は思わず『誰』ではなく『何」という表現を使ってしまった。
それが『何か」にも伝わったのだろうか、何やら可笑しそうに笑い声を響かせる。
【私が何かなんてことは、今はどうでもいいよ。
それよりも、答えて? 君は、力が欲しくはない?
何者にも負けない
、絶対的な力が、欲しくはなぁい?】
「…ッ」
折紙は眉根を寄せ、息を詰まらせた。
一瞬、顕現装置使用のダメージによって自分の頭がおかしくなってしまったのではないかと疑う程に明らかに異常な事態だった。
こんなものに取り合うなど、およそ正気の沙汰ではない。
だが、その問いに対する答えは決まり切っていた。
半ば無意識のうちに、折紙の唇は動いていた。
「そんなのー欲しいに決まってる」
折紙は吐き捨てるように、その言葉を口にした。
「私は……力が欲しい。
何をおいても。
何を犠牲にしても……!
私の悲願を達することのできる、絶対的な力が欲しい!
何者をも寄せ付けない、最強の力が……欲しいッ!」
【そう】
『何か」が、短く答える。
なぜだろうか。
表情などわからないのに『何か』が一瞬、笑った気がした。
【ーなら、私があげる。
君が望むだけの力を】
そう言って、『何か』は折紙に向かって何かを差し出してきた。
白い輝ききを放つ、宝石のような物体である。
その幻想的的な響きに、折紙は一瞬目を奪われる。
「これは……」
【力が欲しいのなら、手を伸ばして】
「……」
折紙は訝しげに眉ををひそめなが
らも、ゆっくりと手をを伸ばし……その宝石に触れた。
瞬間。
「な……ッ」
宝石が凄まじい輝きを放ったかと思うと、そのまま空中に浮かび上がりー折紙の胸に吸い込まれていった。
「な、にが…」
折紙が自分の胸元を見下ろしながら呟くもくも、もうそこには宝石の姿はなかった。
「今のは、一体」
顔を上げて問おうとし、折紙は言葉を止めた。
今の今までそこにいた「何か」の姿が、忽然と消え去っていたのである。
「……」
やはり、極限状態に追い込まれた自分が見てしまった幻覚だったのだろうか。
折紙はそう結論づけて額に手を置いた。
しかし、そのとき。
「あ……?」
大きく心臓が脈動し、折紙は眉根を寄せた。
身体の中に新たな心臓ができて、それまでとは異なる熱い血流を全身に放出していくような感覚。
これまで感じたことのない異常な感触に、折紙は思わずその場に膝を突いた。
「あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、あ、あー」
朦朧とする意識の中で。
折紙は、自分が別の存在に生まれ変わるかのような感覚を覚えた。
「大丈夫か、耶倶矢、タ弦ー」
《塵殺公》の一撃で折紙を吹き飛ばしたあと、十香は地面に横たわった八舞姉妹のもとに駆け寄った。
折紙を追撃することもできたのだが、十香はあえてそれをしなかった。
もとより折紙を殺すのが目的ではなかったしー何より、今は耶倶矢たちの無事を確認することが第一であったのだ。
十香の声に応えるように、耶倶矢が身を起こし、タ弦が力なく手を振ってくる。
お世辞にも浅い傷とは言えないが、とりあえず意識はあるようである。
十香は安堵の息を吐いた。
「十香…その姿」
耶倶矢が痛みを堪えるように小さく唸ってから、十香の方に視線を寄越し、その装いを興味深げに眺めてくる。
そんな耶倶矢に首を傾げかけた、すぐにその理由に気づいた。
今の十香の身には完全な霊装が顕現していたのである。
「うむ、皆を助けねばならないと思ったら、力が戻っていたのだ」
十香が言うと、耶倶矢がもう一度、その姿を見つめ不満げに唇を突き出した。
「…くそう、格好いいなあ。
なにその土壇場ヒーロー的なポテンシャルパワーの引き出し方。
眷属が主より日立っんじゃねーし。
あとで私にもやり方教えてよね」
「む…うむ」
耶似矢の言葉に思わずうなずく十香だったが……やり方と言われても上手く説明できなかった。
十香自身、なぜ士道に封印されていたはずの霊力が急に戻ってきたかわかっていなかったのだ。
「…けほっ、けほっ」
と、そこでタ弦が一拍遅れて身を起こし、苦しげに数度咳込んだ。
「…質、間。
十香、マスター折紙は…?」
言って、視線を向けてくる。
十香はそれに応ずるようにうなずいた。
「剣の腹で思い切り殴りつけてゃった。
しばらくは戦えんだろうが、死にはするまい。
確かあやつらは身体の周りにテリヤキーとかいうのを張っていたからな」
十香が《塵殺公》 の切っ先を地面に当てながら言うと、耶倶矢とタ弦が左右対称の動作で首を傾げた。
「テリヤキー?」
「訂正。……随意領域のことですか?」
タ弦が言ってくる。
そういえばそんな名前だった気がした。
「そう、その照り鶏ーとかいうやつだ」
「………?」
今度はちゃんと合っているはずななのに、またも八舞姉妹が首を傾げた。
だが、今はそのようなことに構っている場合ではなかった。
十香は八舞姉妹から視線を外し、後方を見やる。
滅茶苦茶に破砕された道路の上に、美九が横たわっていたのである。
「美九!」
呼びかけるも、返事はない。
どうやらまだ意識は戻っていないらしい。
十香は美九のもとに駆け寄ると、膝を折ってその顔を覗き込んだ。
しかしそこにあったのは、予想に反して駆分と安らかな寝顔だった。
すうすうと寝息を立て時折寝言さえ言っている。
十香は安塔の息を吐いた。
「くく…目覚めたならば礼を言っておくがよいぞ、十香。
気絶したお主の事を、身を挺して守っていたのはそやつぞ」
「首肯。立派でした。終始足は震えていましたが」
耶倶失とタ弦が互いに支え合いながら、十香のあとを通って美九のもとにやってくる。
「うむ……そうだな。
助かったぞ、美九」 十香が言うと、再度声が響いてきた。
「……そうそう、だから早く日覚めさせてやるとよいぞ」
「む? どうすればよいのだ?」
「くく、知れたこと。姫の眠りりを覚ますのは熱い口づけと相場が決まっておる」
「く、口づけだと!!」
「肯定。その通りです。
さあ、思い切っていっちゃうのです。
キース、キース」
「む、むう!…」
それしか方法がないのなら仕方ない……のだろうか。
十香はごくりと息を呑んだ。
「ちょっと待て! 我は何も言っておらぬぞ!」
「同調。タ弦もです」
「な、何?」
耶倶矢とタ弦に言われて、十番は眉を寄せた。
そういえば、途中から響いた声は、二人のものとは少し違った気がする。
ならばあれはー
と、そこで十香が下方に視線を落とすと、美九が薄目を開けながらと口元を続ばせているのがわかった。
「あっ、美九ー おまえさては起きているな!!」
「ぶふふっ! あーん、パレちゃいましたあー?」
十香が指を突きっけて叫びを上げると、美九がもう堪えきれなといった様子で吹き出した。
どうやら、既に目は覚めていたらしい。
「もうっ、余計なこと言わないでくださいよ耶倶矢さん、タ弦さあーん。
もう少しで十香さんのプリティリップが堪能できたかもしれないのにー」
「言うに事欠いて何を申すか!
我らが声色を騙った罪は重いぞ、美九!
御主の罪業は煉獄に堕ちようとも贖われぬものと知れ!」
「慣概。ぷんすかです」
耶倶矢とタ弦が険しい顔を作る。
すると美丸は身体を起こすと、しなを作るように二人の足に手を触れた。
「すいません。
そんなつもりじゃなかったんですー。
どうかお許しを。
この代償は、きっちり身体で払わせていただきますからあ……」
そう言って、美九が唇を紙める。瞬間、八舞姉妹が同時に顔を青ざめさせ、美九から逃れるように後ずさった。
「あーん、何で逃げるんですかぁ。
お待ちになってぇー」
「う、五月撃い!寄るな変態め!」
「逃亡。えんがちょです」
美九が追いいすがり、二人がよろめきながらも逃げようとする。
今し方までの死闘が嘘のような、なんとも和やかな光景だった。
十香は三人の元気そうな様子に安心したように息を吐くと、鬼こっこを続ける少女たちを制止するように手を叩いた、
「とにかく、皆傷はは浅くない。
《フラクシナス》で治療をしてもらおう。
誰か、琴里に連絡を取ってくれるか?」
言うと、三人はようやく追いかけっこを止め、十香の方に視線を寄越してきた。
「くく…そうするか。
まあ、我はこの程度の怪我どうということはないのだが、他の者たちがおるからな」
「悪戯。つんつん」
「あきゃあっ!!」
夕弦が耶倶矢のおお腹の傷を突っくと、耶供矢が日に涙を浮かべながら叫びを上げた。
やはり、痛いものは痛いらしい。
「い、いきなりなにすんだし!」
「嘲笑。どうということはない(キリッ)」
「ああっ、それ私もやってみたいですーー つんつんっ!」
「ちよ・・・・・っ、やめんかこらーッ!」
言って、またも三人が悶着を始める。
十香はため息を吐くと口を開く。
「とにかく、頼んだぞ。
三人は先に《フラクシナス》に行っていてくれ」
と、十香の言葉に、美九が不思議そうに眉を動かした。
「先に……って、十香さんはどうするんですかぁ?」
「む。私は、鳶一折紙を連れてくる。
恐らく、人では身動きが取れまい。
ーまだ私は、あやつの口から何も聞いてはいないからな」
十香が言うと、三人は息を吐いてから、こくりとうなずいてきた。
「ふん……まあ十香がそう言うのであれば任せよう。
無論とんな理由があろうと、この代償はあとでたっぶりと奴に払って貰うがな」
「首肯。
くすぐり地獄の刑です。
マスター折紙の鉄仮面を割ってみせます」
「あ、その代償って、個別でもいいですかぁ?
私いろいろしたいことがあるんですけど ぉ……」
美九が目を輝かせながら言う。
耶倶矢とタ弦が頬に汗を滲ませる。
十香は皆が納得を示してくれたのを確認すると、今し方折紙を吹き飛ばした方向に目をやった。
十香もだいぶ頭にきていたため、力を入れすぎてしまったかもしれない。
ここからではその姿すらー
「……む?」
と。そこで十香は眉をびくりと動かした。
視線の先。灰色色の雲に覆われた空に、何か人影のようなものが見えたのである。
「? どうかしたか、十香」
「いや…」
耶倶矢に間われ、十香は答えに困って目を擦る。
間違いかと思ったがー違う。
仄暗い空間に一条の光が差し、その中に、一人の少女が浮遊していたのである。
最初に目に入ったのは、その装いだった。
しかしそれも当然である。
身体の線に沿うように纏わり付いたドレス。満間の花のように大きく広がったスカート。そして、頭部を囲うように浮遊したリングから伸びた、光のベール。
それら全てが日の覚めるような純白で構成されていたのだから。
それはまるで花嫁衣装かー天使の姿を思わせた。
「……ッ、あれ、はー」
しかし、十香が息を詰まらせたのは、それらの要素に目を奪われてのことではなかった。
その白いシルエットがゆっくりと近づいてくると同時、少女の顔が見取れるようになったのである。
ーその、鳶一折紙の、顔が。
「折紙……?」
「確認。やはり耶倶矢にもそう見えますか」
「ですねー……あれ、でもあの姿って……」
耶倶矢とタ弦、美九もそれに気づいたらしい。
眉をひそめながら口々に言う。
だが、その言葉はすぐに中断された。
単純な理由。
折紙がこちらに視線を越した瞬間ー全身を無数の針で突き刺されるかのような悪寒が襲ってきたのである。
『…っ』
耶倶矢たちが目を見開き、立ち尽くす。
十香は奥歯を噛みしめると、折紙と彼女らの間を隔てるように三人の前に立ち、《塵殺公》を構えた。
「と、十香…!」
「ー逃げろ。
守りながらでは、戦えない」
十香は折紙から一瞬たりとも視線を外さぬまま、背後の三人に言った。
額から汗が垂れ、頼を伝ってあごから落ちる。
耶倶矢たちは、異を唱えなかった。
私たちも戦うとは言わなかった。
霊力を十全に振るえない状態の自分たちがいても、何の助けにもならないことが一瞬にして理解できたのだろう。
否ー 助けにならないところか、十香の邪魔にさえなるかもしれない、と。
それくらいに。
今十香たちの目の前に現れたモノは、圧倒的な力を有していた。
剣を交える必要もなく、言葉を交わす必要もなく、本能的に察知する。
ー これは。立ち向かってはならぬものであると。
「十香、すまぬ……」
「祈願。:ご武運を」
「あっ、ちょっと二人とも…うきゃっ!」
耶倶矢とタ弦は美九を両脇から抱えると、そのまま身体に風を纏わせ、まじいスピードで空に逃げていった。
「……」
折紙はそちらには興味を示さず、ただシッと十香の方を見やりながら、ゆっくりと空を滑るように近づいてきた。
そして十香を見下ろしながら、小さく唇を開く。
「夜刀神……十香。ー倒す。私が」
「…折紙、貴様」
十香が視線を鋭くすると、折紙は右手を天に掲げたそして、呼ぶ。
折紙が知るはずのない、そのー天使の名を。
「 ー《絶滅天使》」
折紙の言葉に応じるように日が沈んだ空から、折紙を囲うように幾条もの光が降り注いだ。
それらの光が次第に実像を帯びていき、それぞれが無機的な細長い羽のような形を取っていく。
そして折紙が天に掲げた手を握ると同時、それらの羽が円状に連なった。
そう。
まるでー折紙の頭上に王冠が載かれるかのように。
「く…」
十香は顔をしかめた。
天使。もう、間違いようがない。
顔を上に向けたまま、叫ぶ。
「…折紙。貴様、なぜー精霊になっているー」
そう。 十香が耶倶矢たちを助け起こしている間に何があったのかはわからない。
だが、つだけ確かなのはー今の折紙が、精霊であるということだった。
「精、霊…」
折紙は十香の発した言葉を復唱するように瞬くと、自分の手を、身体を見下ろした。
「そう…やはり、そうなの」
折紙は目を伏せると自分に言い聞かせるように言った。
「ならばーそれでも構わない」
そして、目を見開き、十香に剣のような視線を向けてくる。
「私は、精霊を倒すためにこの力を振るおう。
精霊を殺す精霊となろう。
そして全ての精霊を討滅しー最後に一人残った私をも、消し去ろう」
折紙が、両手を上げるる。
その動作に合わせるように、頭上の王冠がその先端を広げ、日輪の如く円環を作った。
「《絶滅天使》ー【日輪】」
折紙が、静かに告げる。
瞬間、折紙の頭上に広がった円状の天使が回転を始め、周囲に光の粒を振りまいていった。
「くー」
十香は左手を広げると、自分の周りに霊力で障壁を張った。
一瞬あと、折紙の天使から放たれた戦しい量の光の粒が、一斉にに辺りに降り注ぐ。
それはあまりに美しく、あまりに凄絶な破壊の雨。
一撃一撃が凄まじい威力を持った霊力の塊が、幾千幾万と降り注ぎ、絶え間なく地上を祀していくアスファルトの街路。
乗り捨てられた車。
建ち並んだ家々。
公平なる天使は、それらを一切区 別しなかった。
見慣れた仕宅街の景色が、湖に打たれた紙細工のようにあっさりと崩壊していく。
「ぐ…ッ」
十番の力を編んだ障壁はその攻撃をどうにか防いでいたが、このままではが明かなかっ た。
十香はは《塵殺公》を持った右手に力を込めると、数発の攻撃を貰うのをを承知で、障壁を内側から切り裂いた
「はああああああっ!」
振るわれた天使《塵殺公》から、その太刀航をなぞるように剣撃が伸びていく。
「……っ」
折紙は数かに肩を揺らすと、片手を下方に掲げた。
すると光の粒を放っていた輪が分解したかと思うと、折紙の前に盾のように連なり、十香の斬撃を弾いた。
そこで一瞬、光の粒が途切れ。十番はその機を避すまいと地を蹴ると、直報に空を駆け、天使の職をすり抜けて折紙に肉薄した。
「でやあああッ!」
千加減をするような余裕はない。
十香は両手で《塵殺公》を握ると、渾身の力を込めて折紙を斬り付けた。
がーー手応えが、ない。
《塵殺公》が折紙の霊装に触れた撃間、折紙の姿が光となって掻き消え、もといた場所から数メートル後方に出現したのである。
「な……!」
「ーっ」
狼狙に目を見開いたのは十香だけではなかった。
攻撃を避けたはずの折紙もまた、驚愕したように表情を歪めている。
どうやら、折紙にとっても予想外の出来事だったらしい。
折紙は自分の手を見つめると、吐き捨てるように弦いた。
「ー怪物」
眉をひそめて拳を握り、折紙がその手を上方に突き上げる。
「【天翼】!」ー
すると《絶滅天使》が再び結集し、折紙の背でのような形を作る。
折紙は絶《絶滅天使》を羽ばたかせる一瞬にして後方へと離脱した。
それと同時、翼状になった《絶滅天使》の先端から幾条もの光線が迸り、十番に襲いかかる。
「この…!」
十香は短く叫び、《塵殺公》を振るった。障壁張るのでは遅すぎるしー直感的に、この 攻撃は十香の障壁程度では防げないと察してしまったのである。
《塵殺公》の斬撃を以て、迫る光の矢を打ち払う。
だが、数が多すぎた。
捌きききれなかった光線が左肩と右足に突き刺さる。
「ぐ、あ…ッ!」
激痛。見やるまでもなく、霊装が砕けているのがわかった。
しかし折紙の攻撃の手は緩まない。
折紙が上方に掲げた手を真っ直ぐに振り下ろすと、折紙の背に広がっていた翼が上下左右に飛び散った。
「【光剣】ッ!!」
折紙が叫ぶと同時、パラパラになった《絶滅天使》が、それぞれに独立した意志が備わっているかのような軌道で空を駆け回り、あらゆる方向から光線を放ってくる。
「く……!」
十香は《塵殺公》を振るい、全方位から連続して放たれる砲撃を打ち落としていった。
しかし、それら全てに対応することなどは不可能だった。
背に、魔に、手に。次々と必滅の意 志を帯びた光線が直撃し、十香の鎧を砕いていく。
「ぐ……、う、あーっ」
このままでは一方的にやられるだけである。十
香は苦悶の表情を浮かべながらも折紙を睨み付け、全力で空を蹴った。
その進撃を阻むべく、《絶滅天使》は十香に向けて更に激しい攻撃を加えてくるが、そんなものは一切無視する。
腹に直撃を受けようと、足を撃ち抜かれようと、十香は決して目を逸らさずに折紙へ猛進した
。
「うおおおおおおおおおおおおおおおッ! 」
叫び、《塵殺公》を振るって折紙を斬り上げる。
「ふッーー!」
しかし、やはり手応えはなかった。剣の刃が触れようとした瞬間、折紙の姿が光と消え、十番の攻撃を避けたのだ。
一瞬あと、先ほどと同じように少し離れた場所に、折紙の身体が再構成される。
だがーそれは予想のうちである。
十香は《塵殺公》から手を離すと、その勢いのまま空中で身体をひねりー
「はああああああああッ!!」
連身の力を込めて、虚空に再出現した折紙の顔面を素手で殴りつけた。
「ーか、は:ッ!!」
折紙が顔を歪める。
欠けた裏歯であろうか口から白い破片のようなものが飛んだ。
十香が全力を乗せた右ストレートシ折紙が精霊化していなければ、首が飛ぶところか顔がっ端微塵になっていたであろう必殺の一撃である。
連続して光化することはできないのか、それとも知覚できない攻撃には対応しきれないのか、群しいことはわからなかったがーとにかく撃を浴びせることに成功した。
拳をグッと握りしめ、鼻から息を吐く。
しかし、それ以上の追撃は不可能だった。折紙が朦朧とするように頭を揺らしながらも再度《絶滅天使》を翼状にし、高速でその場から離脱したのである。
「ちー」
十香はそのまま地上に降り立っと、右手を横に上げた。
数瞬後、先ほど放り投げた《塵殺公》が空から落ちてきて、十香にその手の中に収まる。
「………」
十香は地上から、口から出た血を拭う折紙を見上げた それなりのダメージは与えたが、明らかに十香の方が傷が深い。
このまま同じように戦っていては、手数の少ない十香が不利だった。
ならばー十香がやることは一つである。
「《塵殺公》 !」
十香は天使の名を叫ぶと、地面に踵を叩き付けた。
その名が示すのは、十香が手にした剣のみではない。
呼びかけに応えるように地面が降起し、そこから、十香の身のを優に超える巨大な玉座が姿を現した。
「………【最後の剣】……」
そして、呼ぶ。 十香の天使《塵殺公》
。
その真の姿にして、最強の剣の名を。
瞬間、玉座に幾つもの皹が入り、パラパラに砕け散る。
そしてそれら十香の持つ剣に絡みついていきー長大な刀身を形作った。
ただの一撃では、折紙の奇妙な能力によって避けられてしまう。かといって、同じ手を二度喰ばうほど折紙は馬鹿ではなかった。
故に十香の取るべき行動は一つ。
即ちー折紙が光となって避けた先までを一気に層り去る、究極最大の一撃。
「くー」
折紙もそれを感じ取ったのだろう、翼型になっていた絶滅天使を最初の正統型に戻し、その先端を十香の方に向けてくる。
それが何を意味するのかは、何となくだが理解できた。
一つ一つが霊薬を砕く威力を持った天使。
その全ての砲門を束ねた、極大の一撃である「ー折紙!」
それを感じ取った十香は、上空に向けて声を上げた。
もう一度だけ聞いておくー私とおまえはー本当にわかり合えないのか?」
「ーッ、ふざけないで」
折紙が、顔を悲壮に歪めながら返してくる。なぜだろうか、十香にはそれが、泣きじゃくる幼子のように見えて仕方がなかった。
「私の意志は変わらない。私の使命は変わらない。精霊は全てー私が否定するー」
折紙の言葉に、十香は大きく深呼吸をした。
「そうか。ならば仕方ない」
ゆっくりと、最後の剣を振り上げる。
その刀身に、漆黒の光が継わり付いていく
「ー本気で灸を据えてやる。
覚悟をしろ!
駅々っ子めー」
「厳れ言をー吐かすなぁぁぁぁぁぁッ!」
折報が叫び、両手を前に掲げるげる。
すると《絶滅天使》の先端に、純日の光が収束し始めた。
「《塵殺公》ー【最後の剣】!!」
「《絶滅天使》ー【砲冠】!!」
二人の叫びが重なり合う。
互いに連身の霊力を込めた必減の技が、上下から放たれようとしていた。
だが、その瞬間。
「ーやめろおおおおおおおおおおおおッ!」
二人の耳に、絶叫が響き渡った。
「な……!」
「………っ!」
十香と折紙は同時に肩を掘らすと、声のした方向に顔を向けた。
戦闘中にーしかも相手がこちらを殺すだけの力を向けている最中に日を逸らすなど、正気の沙汰ではない。
だが、十香も折紙も、その声だけは無視するわけにはいかなかったのだ。
なぜな らー
「シドーー」
「士道!!」
二人は目を見開くと、その人物の名を呼んだ。
そう。
そこに現れたのは、行方知れずになっていたはずの五河士道その人だったのである 。
「何なんだよ!一体なんでこんなことになってるんだよー 十香ー折紙!!」
「土道、なぜ、ここにー」
士道が顔をしかめながら悲痛な声を発すると、折紙が呆然とした様子で様子で呟き、顔を逸らした。
まるで、士道に自分の姿を見られるのを嫌がるように。
「く……」
折紙は王冠型に構成されていた《絶滅天使》を再び翼状へと組変えると。
そのまま凄まじい速度で空の彼方へと逃げていってしまった。
「折紙! 折紙いいいいいッ!!」
空に響く士道の叫びだけを、あとに残して。