デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第五十九話『本能』

『……はぁ?

一体、どういうことよ?』

 

 

携帯越しに琴里のそのような声が返ってくる。

 

朝のホームルームが終わりると同時に、琴里へと電話をかけたのだ。

電話に出た時は普段の気安い調子の琴里であったが、士道の声色から何かを感じ取ったのか、携帯越しにリボンを付け替えるような衣擦れ音を響かせ、用件を尋ねてきたのだ。

 

 

用件を伝えた士道に先ほどの言葉を発してきたのである。

即ち、〈デビル〉…鳶一が士道のクラスへと転入してきたことを話したのである。

 

『間違いは無いのよね?』

 

「ああ、《オーディン》が転校生…鳶一折紙からデビルの霊力を感じ取ったからな…」

『ええ、間違いありません』

 

士道の言葉の言葉に《オーディン》が合わせる。

 

『鳶一折紙…それって……もしかして、ASTの鳶一折紙?』

 

「知っているのか?」

 

琴里の言葉に思わず声を上げそうになるのを堪えて尋ねる士道。

 

 

『確か…ASTにそんな名前の隊員がいたわよね。

何度か…十香立ちとも戦ったことがあるんじゃないかしら。

だだ、少し前に退職しているはずよ』

 

『一体……どういうことだ…』

 

今朝、雷華から知らされた情報には折紙がASTを退職したというものはなかった。

 

雷華の伝え忘れか…それともその情報が一時に抹消されたのかー。

 

『だが…一体…誰か何のために…』

 

『でも言われてみると、鳶一折紙がASTを辞めた時期と、《デビル》が出現し始め時期は大体一致しているわね…。

もしも退職の理由が精霊化によるものとすれば…』

 

琴里がブツブツと何かを言っていたが士道の耳には入って来なかった。

 

『―ちょっと士道、聞いてるの?』

 

『……っ!あ、ああ悪い』

 

琴里の呼び声に士道は我に返る。

 

『もう、しっかりしてよね。

とにかく、鳶一折紙についてはこちらでも調べてみるけども、くれぐれも無茶しちゃだめよ』

 

「りょーかい」

 

琴里に答えると携帯を切り、教室へと戻る。

すると、窓際の折紙の席の周りに人だかりが出来ていた。

 

皆、可愛らしい転校生に興味津々らしい。

そこでチャイムが響き、皆が手を振りながら自分の席へと戻っていく。

 

折紙も手を振り返した後、疲れたように吐息する。

 

「ははっ……」

 

士道の知る折紙ならば絶対に見せないような表情に士道は笑みを浮かべながら席に着く。

 

それと同時に教師が教室へと入り、授業が始まる。

 

ノートと筆記用具は机の上に出してはいるものの授業が身に入らない。

 

どうしても腑に落ちない事があるからだ。

なぜASTに入っているのかー

何故―何故反転精霊になってしまったのかー

そしてー何故反転しているにも拘わらず、こうして自我を保ち、人間の姿に戻っているのか―。

いくら考えても答えは出ない。

 

『やっぱり、本人に確かめるのが一番だよな…』

 

無論、休み時間になれば先程のようになるのは目に見えている。

士道はそう考えるとノートに何かを書き始めたー。

 

 

その日の昼休み。

士道は教室を抜け出て屋上前の階段までやってきた。

教室がある区画から離れているため人が滅多に訪れない。

だが、今日に限っては例外が存在していた。

そこに一人の女生徒がいたのである。

その女生徒とは言うまでも鳶一折紙である。

授業中、士道がノートに昼休みにここへ来るように書いてそっと渡したのである。

 

「あの…これ…」

 

どこか緊張した面もちで士道の渡したノートの切れ端を取り出した。

 

「ああ、ごめんな。

急に呼び出して」

 

「ううん。それはいいんですが……何の用ですか」

 

緊張した面もちで言う折紙たが、それも無理からぬ事だろう。

 

初対面の男子生徒にこんな人気の無い所に呼び出されたのだから…。

 

『さて……先ずは何から話すべきか』

 

質問したいことはいろいろとあるのだがまず何から問うべきか悩む士道。

 

「鳶一さん」

 

「なっ…なんですか?五河きゅん」

 

士道の言葉に折紙は肩を震わせる。

士道の名を噛んだがそこはツッコまないでいてあげた方が優しさだろう。

 

「朝、俺の顔を見て何かを何か言ってたよな?

一体あれ、何だったんだ?」

 

「気に障ったらごめんなさい。

五河くんが、昔…助けてくれた人にそっくりだったから少し驚いちゃって…」

 

「良ければ話してくれないか?」

 

士道の言葉に折紙は頷くと話し始める。

 

南甲町の火災から逃げる途中、黒い影を追う人の姿をした異形―。

 

その異形が放って攻撃から両親を守ってくれたのが黒いコート姿の士道そっくりな少年だったのだという。

 

「私は…その人の強さに憧れました…。

 

それと同時に罪悪感を感じました―」

 

「罪悪感?」

 

「私に力があれば…もっと沢山の人が救えたんじゃないかと…」

 

『なるほどな…』

 

そこで士道は折紙がASTに入った理由と反転精霊となった理由が何となくではあるがわかったような気がした…。

 

折紙は両親と逃げる最中、ファントムを追い未来から来た折紙の攻撃…それにより破壊される街並みやいくつもの命が奪われる瞬間を見てしまっていたのだろう。

 

恐らく……そこから感じた己の無力感と精霊に対する敵対心が彼女が反転精霊になった理由。

 

そして、精霊の攻撃から両親を守ってくれた士道への強い憧れが彼女がASTに入隊した理由だろう……。

 

そこまで士道が考えたところで始業を告げるチャイムが響く。

 

「あの…すみません。

こんな話しちゃって…」

 

 

「いや…聞いたのはこっちだからな…問題はないさ…」

 

 

申し訳なさそうに言う折紙に士道は首を横に振る。

 

 

「あのさ……鳶一さん。

 

今回のお詫びと言っては何だが…空いてる日があったら街を案内させてくれないかな?」

 

「えっ?それって…」

 

士道の言葉に折紙が目を丸くする。

 

誰がどう聞いてもデートのお誘いである。

「す、少し考えさせてください」

 

顔を赤くして走り去る折紙。

 

士道の知る折紙には失礼ではあるが年頃の少女らしい…そして彼女らしからぬ仕草だ。

 

否…本来の鳶一折紙という少女も普通に笑ったり、泣いたり、怒ったり…していたはずである。

 

それが両親の死がきっかけで合理的且つ冷静な性格に変貌してしまったのだ。

 

士道は今の折紙が可愛いと思いつつも、どこか物足りないように思えてしまう。

 

『って…毒されすぎだよな』

 

苦笑しながら士道は教室へと急ぐのであったー。

 

 

「………」

 

放課後……士道はがっの屋上で横になると空を見上げてる。

 

そしてポケットから二つ折りの紙を取り出し、空へとかざす。

 

 

――【今週の土曜日なら空いてます】

 

五時限目の授業中、折紙から受け取ったものだ。

士道のお誘いの返答らしい。

返答の下には小さな文字でメールアドレスが書かれている。

 

収穫としては上々であるがまだまだ問題は残っている。

 

昼休みに話をしていてわかった事ではあるが、折紙は自信が反転精霊である事を知らないらしいのである。

 

『四糸乃の時と同様に霊力を持った別人格が存在すると考えるべきですかね』

 

「だろうな…」

 

《オーディン》の言葉に頷きながら身体を起こそうとする士道。

 

だが、そこで疲労感と眠気が士道の身体を襲う。

 

だがそれも無理からぬ事である。

 

昨日、この世界に関する情報を集めるために東奔西走していたのだから眠くなるのも無理からぬ事である。

 

『少し、お休みになられてはどうですか?』

 

『ああ…三十分経ったら…』

 

起こしてくれ…そう言い切る前に士道は眠りへと落ちていったー。

 

 

よほど疲れか溜まっていたのか、士道が目を覚ます中りは暗くなり始めていた。

 

それと同時に、頭の下に枕があることに気づく。

だが、士道は寝るときに枕を敷いたた覚えがない。

 

従って誰かが士道に膝枕をしているという事になるのだ。

 

そのような事をする人物となると心当たりは一人しかいない。

 

「狂三か…」

 

 

「うふふ……ごきげんよう、士道さん、

随分と可愛らしい寝顔でしたわよ」

 

士道の呟きに狂三がのぞき込む。

 

『すみません、マスター。

敵意が無かったので放置しておいたのですが…ダメだったでしょうか?』

 

「いや…良いさ。

狂三がその気なら俺が寝てる隙に時間を喰っているはずだからな…。

 

それで? お前はどこまで覚えているんだ……いや、どこまで知っているんだ?」

 

「ふふ、流石は士道さん…。

話が早くて助かりますわ」

 

体を起こしながら尋ねる士道に狂三は笑みを浮かべ、話し始めたー。

 

 

 

結局のところ、狂三が知っていた事も、考えていた事もそれほど大差は無かった―。

 

そう―今、精霊を襲っている精霊の正体が折紙であり、その原因が五年前…目の前っ多数の命が奪われた事への無力感から来ているものであると。

 

「…ん?」

 

そこで士道は屋上の扉を開くのに気づく。

そこを見ると折紙が顔を俯かせて立っていた。

 

『これは…拙いな…

 

この世界の折紙もまた、ASTに所属していた。

 

っと言うことは狂三と対峙している可能性はゼロでは無い。

少なくとも資料ぐらいは目を通しているはずである。

 

 

折紙は顔を伏せ、両腕を垂れた体勢でゆっくりと二人へ歩み寄りながら一言呟く。

 

「精、霊……」

 

その言葉と共に折紙の周囲に蜘蛛の巣のように漆黒の闇が広がる。

次いで。その闇が渦を巻くように折紙の身体を絡め捕らえていき、喪服のようなドレスわを形作った。

 

そう…それは正しく先日に琴里に映像で見せられた反転精霊の姿そのものであった。

 

「やっぱり―お前が〈デビル〉だったのか……!?」

 

問うも折紙は答えない。

『どうする…天使を使えば折紙は確実に俺を攻撃してくるだろうし…』

 

現状をどうにかして切り抜けるべきか考える士道。

 

「士道さん、そこにいると危ないかもしれませんわよ」

 

だがその思考を遮るように、狂三がそう言ってきた。

 

次の瞬間、折紙の周囲に幾つもの闇が出現、膨張し巨大な羽を形作る。

 

「……《教世魔王》……」

 

折紙が呟くように言うと、無数の羽が士道道と狂三の方に向ける。

 

「…ちっ!」

 

 

舌打ちをすると共に跳躍して羽を避ける。

それと同時に擬似霊装を展開する。

 

折紙から攻撃される可能性もあるが、このまま何もせずにいるよりは遙かにましだ。

 

士道が回避した羽からは黒い光線が放たれ、校舎を削りフェンスを突き破って空へと抜けていく。

 

「随分と手荒いご挨拶ではありませんの!」

 

狂二が叫びながら手にした短銃の引き金を引く。

 

銃口から黒い銃弾が放たれ、折紙を襲う。

 

だが、折紙の周りに浮かぶ羽が盾となりその攻撃を防ぐ。

そして残りの羽が、その先端を空中の狂三に向けたかと思うとーー。

 

「くー」

 

無防備な狂三めがけて、漆黒の光線を放った。

全身を貫かれ地に落ちる狂三だったものは床へと落ちると炭のように崩れた。

 

「狂三!」

 

叫ぶ士道であるがあまり人の心配をしていられない。

 

羽が士道に向けて攻撃を仕掛けてきているからである。

 

「っ…」

 

羽の放つ黒い光を〈評決傀儡〉の能力で作った氷の壁で防ぎながら、士道は擬似霊装を解除する。

 

黒い光によって氷の壁が砕けると同時に士道の目に飛び込んできたのはその場に膝をつく折紙。

そして……目的を達成したと言わんばかりに空中に浮かぶ羽が漆黒の霊装と共に消えていく。

 

そして数瞬の後、折紙は先ほどと同じ制服姿へとと戻っていた。

 

「…あれ、五河くん?何してるんですか、こんなところで……」

 

ゆっくりと顔を上げ、不思議そうに首を傾げる折紙。

 

「もしかして、また……」

 

 

折紙が小さな声でそう言って、膝をはたきながら立ち上がる。

 

「また?……何がだ……?」

 

「え? あ……聞こえてました?」

 

士道の言葉に、折紙が頭をかく。

 

「実を言うと少し前から、たまに意識が途絶えることがあるんです。

たぶん貧血か何かだと思うんですけど……」

そこまで話したところで何かを思い出したように話題を変える折紙。

 

「あの、そういえば授業中に渡れた紙、読んでくれましたか?」

 

「ああ……読んだ、けど」

 

士道が答えると、折紙はくるりと背を向けた。

 

「えっと、そういうこと……ですから」

 

 

そう言って、足早に屋上を去って行く。

 

「あー」

 

 

呼び止めようとするも、既に遅い。

折紙は足早に屋上を出て校舎へと入っていきそのまま階技を下りていってしまった。

 

 

「狂三……」

 

士道が呟くように名を呼ぶと。

 

「―はいはい、お呼びですの?」

 

士道のすぐ横に影が蠢き、そこから先ほど折紙に殺されたはずの狂三が姿を現す。

 

 

「…………」

 

「あら、あまり驚かれませんのね?」

 

 

「……前にも一回、似たようなことがあったからな」

 

答えながら、士道は頭をかく。

恐らく折紙が現れた段階で、分身体に入れ替わっていたのだろう。

「…その分身体を使い捨てるようなやり方、俺は好きじゃねえ。

……って言っても意見が平行線になるだけだろうからな…とりあえず本題……良いか?」

 

「ええ、よろしくてよ」

 

士道の言葉に狂三は頷く。

士道と狂三とは命に対する価値観が全く違う。

 

それゆえに、その話題については話しても意味がないことは士道はよく知っている。

 

「ひょっとすると俺は折紙について勘違いしているんじゃないかと思ってるんだよ……」

「っと言いますと?」

 

尋ねる狂三に士道は続ける。

 

「最初、俺は折紙があの大火災で沢山の死を見たせいで折紙は反転精霊になったと考えていた。

 

だが……もしかすると折紙が反転精霊になっちまったのは別の理由があるのかもしれない…」

 

「それでは士道さんはどうお考えですの?」

 

尋ねる狂三に士道は答える。

 

「今の折紙の中に前の世界の折紙の人格や記憶が存在していて、それが精霊を見ることで呼び起こされるんじゃないかとおもいはじめてるんだよ」

 

っと―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11月11日、土曜日。

 

士道は一人、天宮駅前へと向かっていた。

やや肌寒いものの天気は、快晴。

絶好のデート日和と言える。

 

 

『それにしても、少し早くない? 約束の時間は一時なんでしょう?』

 

右耳に装着したインカムより上空のフラクシスにいる琴里の声が聞こえてくる。

普段のデートならば士道単独でも何ら問題無いのだが今回は念のためにフラクシナスにフォローを頼んであるのだ。

 

『いや…』

 

士道は、念話で答えなると、スマホを手に取り時間を確認する。

10時12分。

待ち合わせの時間までまだかなりある。

 

「折紙なら、既に来ていてもおかしくない。

こっちの折紙は俺の知ってる折紙とは微妙に違うから確実とは言えないけど-長く待たせちまうよりはマシだろう?」

 

士道がそう言うと、琴里がインカム越しにと含みのある声を発した。

『やけに詳しいわね。

タダのクラスメートの割には』

 

琴里の言葉に士道は苦笑する。

もとの世界での折紙との関係性を尋ねられた時、そう答えたのだ。

だが口調から琴里が信じていないことは明らかである。

 

実際、五年前の出来事こそあったものの、士道と折紙が頻繁に話すようになったのは、琴里の提唱する「訓練」で、折紙を口説かされたことが発端なのだ。

だが、折紙のいないこの世界で琴里に言ったところで何ら意味のないことである。

 

と、そうこう話をしているうちに、駅前の広場へと辿り着く。

駅前の噴水広場…そこが折紙との待ち合わせ場所である。

 

『狂三や十香達とのトリプルデートの待ち合わせ場所もそう言えばここでしたね…』

 

『ああ…あれはかなり疲れ…』

 

《オーディン》の言葉に答えようとした士道はそこで足を止める。

駅前の噴水広場に折紙の姿を見つけたからだ。

 

折紙がいたことに驚いたわけではない。

 

士道が一瞬足を止めてしまったのは折紙のその装いが理由である。

可愛らしい意匠の施されたプラウスに、カーディガン。

秋らしいカラーのスカート。

士道の記憶の折紙ではあまりしないようなコーディネートに思わず日を奪われてしまったのる。

 

『士道?』

 

『おう…悪い…』

 

折紙に見とれていた士道は琴里に声をかけられ、身体を震わせる。

『はあ…先が思いやられるわね。

集中してちょうだい。

もとの世界ではどうだったか知らないけれど、少なくとも今あなたの目の前にいるのは、精霊狩りの《デビル》よ。

気を抜いていたら何が起こるかわからないわ。

それこそ、時崎狂三に応対するつもりで挑みなさい』

 

琴里が注意するように言ってくる。

士道は心音を整えるように深呼吸をしてから首肯する。

 

『ああ、わかってる』

『よろしい……さあ、私達の戦争を始めましょう』

 

そう言って、作戦の開始を宣言した。

同時に士道は噴水の方に向かって歩き出す。

すると、それに気づいたのだろう。

噴水の前に立っていた折紙が顔を上げ、驚いたような顔をしてきた。

「五河くん? 早いですね」

「それはお互い様じゃないか?」

 

士道が言うと、折紙は一瞬広場に立てられた時計を見て、恥ずかしそうに肩をすぼませる。

「あの、待たせてはいけないと思って」

 

「ああ、俺も同じ事を思っていた」

士道が言うと、折紙は日を丸くした。

 

そののち、どちらからともなく笑い出した。

「今日は誘ってくれてありがとうございます、五河くん。

 

…でもあの、私、恥ずかしながら、 男の人と二人で出かけた経験がないもので、もしかしたら至らぬ結果になるかもしれないんですけど」

 

「いやいや、俺だってそんなに経験あるわけじゃないし」

 

折紙の言葉に、士道は首を振った。

するとそれに突っ込みを入れるように、右耳のインカムか琴里の声が響いてくる。

 

『あれだけの数の精霊落としといてよく言うわ』

 

『るせぇよ…』

 

「というか俺たちクラスメートなんだし、敬語やめないか?

 

何というか他人行儀な感じだし」

 

「でも」

 

「なんか落ち着かないしさ。頼む」

 

士道が手を合わせると、折紙はしばし困ったような顔をしてやがてうなずく。

 

「わかりました…あの士道……」

 

折紙が、慣れない様子で言ってくる。

 

その様子に、士道は思わず頬を緩めた。

 

『やっぱり、折紙はこうじゃないとな…』

 

「そうそう、そんな感じで頼むぜ折紙…っと悪い」

 

 

自分の名前を呼ぶ折り紙に柄にもなく舞い上がってしまったのか。

無意識に折紙と呼んでしまっていたことに気づく。

 

 

「悪い…。

つい呼んじまうんだよな。

その……なんだ、締麗な名前だから」

 

 

士道は頬を掻き、誤魔化すように言う。

その言葉に嘘はない。

実際、もとの世界でそう呼んでいたという理由の方が大きかった。

もともとは苗字の方で呼んでいたのだが、いつの間にか名前で呼ぶことに慣れてしまっていたのだ。

 

折紙はどこか落ち着かない様子だったが、悪い気はしていないらしい。

 

口元をほころばせ、笑みを浮かべる。

 

「ありがとう。

お父さんとお母さんが、二人で付けてくれた名前なの」

 

「そっか…」

 

お父さんと、お母さん。

その言葉に、士道は複雑な思いが広がるのを感じた。

が、そんな士道の思考に気づいていない様子で、折紙が少し視線を逸らしながら口を動かした。

 

「だから、もし五河くんがそう呼びたいなら、呼んでくれてもーいいよ」

 

「え?」

 

「その、折紙って」

少し頬を染めながら折紙が言う。

その様に、士道は不覚にもときめいてまった。

 

「士道、何やってるのよー。

せっかく相手が歩み寄ってくれてるのよ?」

『わかってるよ…』

 

 

琴里が耳元で声を発っし、士道は慌ててて言葉を継ぐ。

 

「あ、ありがとう…折紙」

 

先ほどまで、自然に出ていた名前だというのに、こうやって改まって名を呼ぶのは少し恥ずかしかった。

 

折紙と同じように微妙に相手の目から視線を外しながらそう言う。

「うん」

 

「そうだ…俺の事も士道って呼んでくれるかな…?

何か不公平な気がするからな…」

 

 

「え?」

 

士道が言うと、折紙が意外そうに目を丸くした。

 

そして、少し口をモゴモゴさせてから声を発しする。

 

「士どー……」

 

だが、途中で言葉を止めると、落ち着かない様子で類をかいた。

「慣れてからでも、いいかな」

 

「おう、もちろんー」

 

士道が頷きながら言うと、数秒の間が流れた。

 

「士道、あまり会話がないのは望ましくないわ。

何でもいいから場を繋いでちょうだい」

 

琴里の指示が飛んでくる。

確かにその通りだ。頭の中で話題を探し、口を動かす。

 

「あのさ…」

 

「あの」

 

が、発した言葉が、折紙とぶつかってしまった。

 

奇妙な気恥ずかしさを覚える二人。

 

そんな状態を先に打ち破ったのは折紙だった。

 

士道に視線を移して尋ねてくる。

 

 

「そういえば五河くん、今日は何をするの?」

 

「ああ……そういえば何も言ってなかったな…今日はー」

 

『ショッピングとはまた無難な選択ねー』

 

『うるせぇって』

 

街を歩きながら士道は琴里に切り返す。

 

そこで士道はふと考える。

 

服を見にいく事を決めたのであるが、折紙がどういう店を利用しているのかを知らないのだ。

 

もとの世界の折紙は、私服の購入はほとんど通販で済ませてしまうという話だった。

 

「そういえば折紙っていっも、どんな店で服買うんだ?」

 

 

「うーん、大体家の近辺で済ませてたかな」

 

言って、少し恥ずかしげに苦笑する。

 

「本当はもうちょっと凝った方がいいとは思うんだけど…どうもそういうの、苦手で。

あんまりセンスないんだよね、私」

 

「そんなこと無いさ。

今日の服とか、すごく愛いぞ」

 

 

「…っ!」

 

士道が言うと、折紙が驚いたような表情を作り、さっと顔を逸らした。

 

「折紙?」

 

「ううん…なんでもない。

そ、それより、服を見にいくなら、ちょっと戻っちゃうけど駅ビルの方に行ってみてもいい?

 

実はあんまり行ったことないんだ」

「ああ、もちろん」

 

折紙の言葉に、士道は首肯する。

 

そのまま路地を抜け、大通りを駅方向に歩いていく。

 

『悪くなさそうじゃない』

 

と、その道中、右耳のインカムに琴里の声が響いてきた。

 

『好感度も上々よ。

これは上手くしたら、今日中に決着をつけられるかもしれないわ』

『そうなると…良いがな…』

 

どこか釈然としないものを感じながらも歩みを進める士道であった…。

 

 

 

程なくして、二人は駅前のツインビルへと辿り着く。

 

休日のせいか、建物の中は買い物客で賑わっている。

 

二人はエスカレーターで三階まで上がると、洋服店へと入り、そこに並べられていた服をいろいろと物色し始めた。

 

 

『ほら士道、見てるだけじゃなくて』

 

 

コートのファー部分をもふもふする折紙に士道は声をかけた。

 

 

「せっかくだし、何か一着プレゼントするよ。

どれがいい?」

 

「え?」

 

折紙が、意外そうに日を丸くする。

 

「そんな、悪いよ。

ほら、結構値段するし」

 

小声で折紙がコートの値札を士道に示してきた。

 

39800円。

 

かなりのお値段ではある…だが、今の士道には《ラタトスク》から支給さろた諭吉がある。

 

「任せておけ」

 

 

「でも……」

 

胸を張る士道に折紙が難色を示す。

 

「その代わり、最初にそれを着た姿を俺に見せてくれよ。

それがお礼ってことでどうだ」

 

士道がそう提案すると、折紙は照れたように苦笑した。

 

 

「五河くんって、結構女泣かせ?」

 

「ん? なんでだ?」

 

 

「なんか、手慣れてるなー、なんて」

 

そう言って、折紙が士道をからかうように半眼を作ってくる。

 

 

士道は頬に汗を垂らした。

 

 

「お、おいおい…」

 

 

すると、折紙が顔を緩ませた。

 

「ふふ、冗談だよ。

 

じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。

 

でもせっかくだし、もう少し見て回ってもいい?

 

最初に見せるのが条件なら、もうちょっと五河くんが喜ぶような服を選ばないとね」

 

 

冗談めかしたような口調で折紙が言ってくる。

 

「お、おう」

 

士道がうなずくと、折紙は足取りも軽く店内を見て回り始めた。

『うふふ………女泣かせですって、見抜かれててるわね、士道』

 

『勘弁してくれよ……』

 

右耳に響いてきた琴里の声に、ため息交じりに返す。

 

『別に駄日なんて言ってないでしょ。

もちろんあんまり女の子の扱いに手慣れすぎるのも考え ものだけど、まあ士道なら大丈夫でしょ』

 

『理由は自分でもわかるから聞かないが…

 

折紙はどこにいったか探してくれるか?』

 

『ん、シンがいる場所からおよそ二○メートル後方だ』

 

士道の言葉に答えたのは令音である。

 

『ありがとうございます』

 

そう言って、士道は令音の言葉に従い、後方に向かって歩き始めた。

 

すると行く先に、カーテンで隠てられた試着室があることがわかる。

 

『なるほどな』

 

 

折紙の姿が見えないはずである。

 

どうやら既に服を選び、試着をしていたらしい。

 

『近場で時間を潰すかな…』

 

士道がそんな事を考えていると―。

 

「きゃああああああっ一!」

 

 

突然、試着室の中から折紙の悲鳴が響き、士道は息を詰まらせた。

「ど、どうした、折紙っー」

 

『わ、私、なんでこんな……』

 

士道が呼びかけると、カーテンの向こうから戦標したような折紙の声が聞こえてきた。

「すまん折紙!開けるぞ!!」

 

「あ、だ、駄目、五河く―」

 

 

折紙の制止を振り切り、カーテンを開ける。

「へ?」

 

士道は目を見開いて、呆けた声を上げる。

 

それも無理からぬ事であろう。

 

なぜなら試着室内でへたり込む折紙は今、スクール水着を身に纏いい、頭に犬耳カチューシャ、お尻に犬尻尾のアクセサリー。

 

そして首に革製の首輪を着けていたのである。

 

誰であっても士道のように一呆けてしまうだろう。

 

「お、折紙?

その格好?」

 

士道の言葉に、折紙が首を横に振る。

 

 

「ご、誤解しないで! 私、なんでこんな……」

 

 

混乱した様子で、折紙が目ををぐるぐると泳がせる。

 

まるで、折紙自身も自分がなぜこんな格好をしているのかわからないといった様子だった。

 

「こんな服、手に取った覚えもないのに、いつの問にかーなんで私、スクール水着なんかー」

 

言いながら、折紙が急な頭痛を感じたように顔をしかめる。

 

「スク水…犬耳…うっ、頭が…」

 

折紙が苦しげに言って頭を押さえた瞬間、インカムからアラームが鳴り響いた。

 

「 士道! 折紙の感情値が!」

 

「お、折紙! ほら、

一旦着替えて別のところ見にいこう! な?」

 

 

士道は慌てて叫ぶと、試着室のカーテンを閉め直した。

 

「ごめんね。

せっかく誘ってくれたのに。

私ちょっと今日おかしいみたい…」

 

 

店を去ってからおよそ二十分後。

 

同じビルの上層階に位置するレストランで、折紙は額に手を当てながら言う。

 

「気にすることはないさ。

誘ったのは俺なんだし、体調が良くないようだったら今日はこの辺でお開きにするか?」

 

「ううん、そういうのじゃさないの。

ただー」

 

「ただ?」

 

「……、なんでもない。

とにかく、大丈夫だから。

ごめんね、心配かけて」

 

士道が言うと折紙は誤魔化すように答えて、苦笑いを浮かべる。

 

「ほら、五河くん。

 

冷めないうちに食べ よう」

 

「ん? あ、ああ」

 

折紙に隠されるように、スプーンを手にとってオムライスを食べ始める。

 

『しかし…さっきの折紙の様子はどう考えても……』

 

 

食べながら士道は先ほどの洋服店での折紙の様子を思い出す。

 

『あの服のチョイスはどう考えても前の折紙のものだ…。

しかも…本人は選んだ覚えがないとなると…』

 

『少しカマをかけてみますか?』

 

 

考える士道に鞠亜が念話で話しかける。

 

『おう…頼む』

 

手元のシーフードドリアに手を付け始めた折紙をちらりと見ると鞠亜へとそう答えたー。

 

それから数分経ほどった頃だろうか、オムライスを半分くらい食べたところで士道のスマホが着信音音を立てる。

 

「ちょっとすまん」

 

「あ、うん」

 

席を立つと士道はすぐさま、トイレへ向かう振りをして曲がり角で折紙の様子を窺う。

 

 

士道が席を離れてから程なくして、折紙に変化が訪れた。

 

折紙が士道のスプーンを手に取り、この上な上なく淫ら表情をしながら舌を伸ばし始めたのであったー。

 

 

 

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