琴里と玲音が繰り出す訓練と言う名のギャルゲー的なイベントを超紳士的な対応で十香のご機嫌を損なう事無く無事にクリアーして時刻は翌日の昼休み。
「むー」
士道の右側に座る少女、即ち―十香は酷くご立腹な様子で頬を膨らませていた。
その原因は士道の左側の席に座る少女、即ち―折紙の存在にあった。
「…ぬ、なんだ、貴様。邪魔だぞ」
「それはこちらの台詞」
士道の机を挟んでバチバチと鋭い視線を放っている。
「二人とも落ち着け…飯の時ぐらいピリピリするな」
士道が言うと渋々といった様子で十香と折紙は大人しく席に着くと自分の鞄から弁当を取り出す。
士道も同じように弁当を机の上に取り出すと、二人と一緒に蓋を開けた。
『しまった…!!』
そこで自分が重大なミスを犯してしまった事に気づく。
そう、士道と十香の弁当のメニューが全く同じな事に…。
無論、それに気づかない完璧超人折紙では無いだろう。
「どうゆうこと?」
予想通り、折紙が眉を潜めて士道に問いつめてくる。
「これは朝、弁当屋で買ったんだ。
それで、偶然十香もそこに………」
「嘘」
怪訝な表情の折紙に冷静に対処しようする士道。
だがそんな士道の言葉を途中で遮って、裏返っていた士道の弁当箱の蓋を持ち上げる。
「これは今から一五四日前、あなたが駅前のディスカウントショップにて一五八〇円で購入したのち、使用し続けているもの。
弁当屋のものでは無い。」
「ちょっと待て!何故折紙がそんな事を知って―」
「今、それは重要な問題ではない」
いやいや、それもかなり重要な問題でしょ!
そう言いかけた士道であるがその言葉は街中に鳴り響いた警報音によって遮られる事になった。
空間震警報である。
「………」
折紙は一瞬だけ、逡巡したような素振りを見せるが、即座に席を立ち教室を出て行ってしまう。
「士道…精霊が…現れたのだな…?」
琴里や玲音から士道の役目や他の精霊について聞いていたのか士道の服の袖を引っ張り捨てられる子犬のような視線を送る十香。
士道はそんな十香の頭にそっと手を置き優しく撫でる。
「ああ…」
「私も…私にも何か手伝える事は無いか!」
瞳に涙を浮かべる十香に士道は首を横に振るう。
「玲音さんから言われただろう…十香…お前には今、精霊の力はない。
かえって、足手まといだ。」
「つっ!?」
足手まとい…士道の言葉に十香の顔が悲しみに歪む。
力を封印された状態の十香は一般人と大して変わらない。
そんな十香を戦場に連れて行けばどうなるかは言わずもがなな事である。
「さっ、わかったら皆と同じようにシェルターの列に…。」
「うっ、うぬ…」
「シン、空間震まで、もう時間がない」
渋々頷く十香、それと入れ替わるように先ほど生徒達を誘導していた玲音が士道を急かす。
「シドー…」
十香が何かを言おうとした所で、廊下の奥の方から、甲高い声が響く。
「ほ、ほらっ、五河くんに夜刀神さん、それに村雨先生までって! そっ、そこで立ち止まらないでください!
早く避難しないと危険が危ないんですよ!」
タマちゃんこと、担任の岡峰珠恵が、小さい肩をいからせながら焦ったような口調で言ってくる。
支離滅裂な言葉にこんな状態にもかかわらず笑みが零れる。
「……ん、捕まっても面度だ。
行こう」
玲音がちらりと目配せをして、昇降口の方へと足を向ける。
士道もそれに頷くと十香の手を取り、その手をタマちゃんに預けた。
「先生、十香をよろしくお願いします!」
「ふぇ?え?は、はい、それはもちろん」
急に十香を託されたタマちゃんは、呆気に取られたように目を丸くしながら、「わ、私、先生ですもの!」と頷いた。
「シドー、無茶はしないでくれよ…」
十香が不安げに瞳を濡らしながら士道の顔を見つめる。
「おう!」
親指を立てて士道は玲音を追って走り出した。
「シン…少々、厄介な事になった」
眠たげな表情で士道の隣を走る玲音が言う。
「精霊が既に現界したんですか?」
尋ねる士道に玲音は首を縦に振る。
「なら…こちらもやりやすい!」
そう言うと士道は立ち止まる。
「使う気かね?」
「ええ…その為の力ですからね」
そう言うとと士道は服の下で身に付けているドッグタグを握りしめると力いっぱいに叫ぶ。
「《オーディン》…プログラムリリース!」
『音声による起動を確認、《オーディン》起動いたします』
それと同時にドッグタグから声が響く、瞬間‐士道の衣服が別の物へと瞬時に作り替えられる。
黒のジャケットと同色のズボン。
菱形の宝石が埋め込まれた抜き手袋とどこぞのダークフレイムマスターを思い浮かべるような格好である。
十香の霊力を媒体に作り出された疑似霊装である。
先程、ドッグタグから発せられた声の正体は《オーディン》、フラクシナスの技術力で作ってもらった魔力管理用のデバイスだ。
「ふむ…相変わらず個性的な格好だな…」
顎に手を当てて呟く玲音。
この霊装、十香には受けが良かったのであるがフラクシナスの他の面々には反応は今一つだったりする。
『市街地にて霊力反応ー、転移魔法を起動しますか?』
《オーディン》が士道の対応を求めてくる。
「ああ…頼む」
その声に士道はニヤリと笑みを浮かべて頷く。
「シン…健闘を祈る」
玲音の声を聞きながら士道の身体は精霊の元へと転移した。
『防御術式展開!』
「つっ!」
転移すると同時に《オーディン》が防御フィールドを展開、それと同時にミサイルがフィールドに着弾し爆発が巻き起こる。
どうやらASTが精霊を撃ち込んだ所に転移してきたようである。
『全く…無茶苦茶やるわね…あんた』
《オーディン》の展開と同時に耳に装着されたインカムから琴里の呆れたような声が聞こえるが、とりあえず無視。
「!?」
背後で突然現れた士道に驚愕の表情を浮かべている少女に目をやる。
ウサギの耳のような飾りがついたフードを被った、青い髪の少女である。
歳は一三、四程度。
大きめのコートに不思議な材質のインナーを身に付けている。
そしてその左手には、コミカルな意匠を施された、ウサギの人形を装着している。
意識を向けていた士道はふとASTの攻撃が止んだのに気づく。
恐らく、目の前の少女と同じようにいきなり現れた士道に驚いた上に対応を求めているのだろう。
『ならば…チャンスだ!』
心の中でそう呟くと士道は少女の体を抱き抱えると同時に魔法による身体強化を行いその場から走
り出した。
「ひゃあ!」
突然、抱き抱えられた事と猛スピードで士道が走り出した事に驚く少女。
二人はそのまま近くにあったデパートの中へと逃げ込んだ。
『士道、あんたはツイてるわねー、ASTは〈ハーミット〉相手にビルをぶっ壊したりしないだろうから、ゆっくりとデートに誘えるわよー』
琴里の言う《ハーミット》っと言うのは恐らく目の前パペット少女のことだろう…と考えながら士道はある事に気づく。
『おい!俺が敵だと判断された場合はどうなるんだ!』
『あ…?考えてなかったわ…』
琴里の言葉に士道は頭を小さく抱える。
「あの…」
その時である少女が 恐る恐る口を開く。
「んっ?」
『いやー、助かったよー
よしのん感謝感激雨霰ってね』
士道の言葉に答えたのは少女の左手に填められていたパペットだ。
少女の方は恥ずかしがり屋なのかパペットが彼女の変わりに話してくれるらしい。
『そう言えばお兄さん、助ける時によしのんの体を触ったしょ?
よしのんの体の感触はどうだった~?』
「正直言って、助けるのに夢中で、楽しんでる余裕はなかった」
『ぷ………っは、ぁははははははっ!』
士道が応えるとパペットがカラカラと頭を揺らして笑い出した。
『おにーさん、正直者だー
よしのんはおにーいさんみたいなのは大歓迎よー?
どーもみんな、よしのんのこと嫌いみたいでさー。
こっちに引っ張られて出てくると、すーぐにチクチク攻撃してくるんだよねぇー』
言って、パペットが、またも笑う。
『それで…お兄さんは一体何者だい?見たところ精霊でもないみたいだし』
魔法を使っている所を目の前で見たのだ、正体が気になるのも当たり前かと思いながら士道は口を開く。
「俺は五河士道、魔法使いだ
君の名は?」
『ああっ、なんてみすていくっ!
よしのんともあろう者が、自己紹介をわすれるだなんてっ!
よしのんはよしのん!
ナ・マ・エ。可愛いしょ?可愛いしょ?』
「あ、ああ………良い名前だな」
流石の士道もパペットのハイテンションさに気圧され頷く。
すると、右耳に琴里の怪訝そうな声が聞こえてきた。
『―――――よしのん、ね。
この精霊は十香と違って、名前を持っているのね』
言われてみれば―っと士道は顔を上げる。
十香は、名を持っていなかった。
『十香』とは士道がつけた名だ。
『あれー、士道くんどうしたの~?何か怖い顔をしてー?』
気づかない内に目尻に皺が寄っていたようである。
「すまん、少し考え事をしていた…」
『駄目だよー、女の子と一緒にいるときに他の事を考えてちゃー』
笑いながら『よしのん』がそう言った。
「よし!よしのん。
お詫びと言っては何だが俺とデートしないか?」
『ほっほ~! いいねー。
見かけによらず大胆にさそってくれるじゃーないの。
もちろんオーケイだよー。
ていうか、ようやくまともに話せる人に出会えたんだし、よしのんからお願いしたいぐらいだよー』
カラカラと笑う『よしのん』の右手を握りながら士道はデパートの中を歩いていった。
―どうやら…ASTは士道を敵と判断したらしく、デパートの中にいるにも関わらずにミサイルの爆発音やら銃声が聞こえてくる。
そんな中、士道は『よしのん』と共に、デパート内を歩き回りながら、会話に花を咲かせていた。
『よしのん』は妙に笑いの沸点が低いらしく、どんな些細な事でもカラカラと笑っていた。
実際、彼女の精神状態をモニタリングしている〈フラクシナス〉艦橋でも良い数値が出ているらしい。
だがやはり気になることもある。
士道と話しているのはパペットの腹話術のみでそれを操っている少女とは話をしていないのだ。
『これで本当に落とせないと言って良いのか?』
『―――存外いい感じじゃない…でも余り時間も残されては無いわよ…。
あと持って数分ってところねー』
だがさほど考えているほどの時間はない。
琴里が言う通り、先ほどからデパートの天井から落ちてくる粉塵の量が増えてきているのだ。
『―――おぉ?』
「…………っ!」
不意にパペットがこちらを向くのを感じて、士道は肩を震わせた。
『すっごーい!何かねありゃー!』
パペットが興奮気味に手足をばたつかせ、少女とともに走って行く。
『よしのん』が興味を持ったのは、玩具売場の一角に組まれていた、子供用の小さなジャンルジムであった。
やたらとカラフルな強化プラスチックのお城に、両足と右手だけで器用に登っていく
そして頂点に到達すると、
『わーはは、どーよ士道くん。
カッコいい?よしのんカッコいい?』
などと声を弾ませて聞いてくる。
「そんなところにたってると危ないぞ」
子供用のジャングルジムとはいえ、てっぺんから落ちては怪我は必至だ。
慌てて、士道はジャングルジムに駆け寄る。
『んもうっ、カッコいいかどうかってきいてるのにーっと、わわ……!?』
「なーっ!」
その動作でバランスを崩したのか、『よしのん』はジャングルジムの上で踊るように手を振ってから、士道の上へと落下してきた。
そのまま、『よしのん』に押しつぶされる格好で床に貼り付けられる。
「っ……いへぇ………」
仰向けになりながら、声を発する。
なぜか前歯が痛い。
そこでで、違和感に気づく。
目の前に少女の青い髪と、端正な顔がある。
更には唇あたりに柔らかい感触がある。
「――っ!?」
数秒の後に、今自分がどういう状態にあるかを脳が理解する。
『…………やるわね、士道』
琴里も予想外だったのか、驚いたような声を出す。
それも無理からぬことだろう。
何故ならば士道は今、上から落ちてきた少女と口づけを交わしてしまっていたのだから。
『…………』
―――無言で『よしのん』が身を起こす。
その際にようやく二人の唇が離れた。
図らずもキスをしたことになる。
これで『よしのん』の力は封印できたはずだ。
だが………先月に十香とキスをした時に感じた身体に霊力が流れ込むような感覚を感じられない。
『―対象からの霊力の移動を感じられません』
士道の違和感を証明するように《オーディン》の声が脳内に響く。
一体どうしたものかと首を捻る士道。
だがその考えも中断せざる得なくなる。
何故ならば―。
『士道!崩れるわよ!!』
琴里の声と同時に『よしのん』の立っていた床が崩れ落ちる。
「よしのん!」
床と共に落下していく『よしのん』…。
だが…。
「 《氷結傀儡‐ザドキエル‐》……っ!」
『よしのん』が右手を上げたかと思うと、それを真下に振り下ろす。
瞬間―空中に巨大な人形が出現する。
全長三メートルはあたろうかという、ずんぐりしたフォルムの人形である。
体表は金属のように滑らかです、所々に白い紋様が刻まれていた。
そしてその頭部には、長いウサギのような耳が見受けられる。
そのままは器用にも瓦礫を《氷結傀儡‐ザドキエル‐》は瓦礫から瓦礫へと飛び移りながら崩落したデパートから逃げていく。
『霊力の波長を参照―天使と考えられます―』
《オーディン》の説明を聞きながら士道も身体強化の魔法を使い、崩れゆくデパートから脱出した。