デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第六十六話『あきらめたらそこでゲーム終了だよ』後編

同人誌完売からおよそ一時間後。

士道たちはサークルスペースを片付けたのち、精霊たちの着替えを済ませ、天宮スクエアの裏手にある公園の一角にやってきていた。

精霊関連の話をするなら、事情を知らない《本条堂》のスタッフたちがいない方がいいだろうということで、一足早くイベントから撤収していたのである。

ちなみに二亜は売り子の他に、目当ての同人誌を確保させるための人員を五名ほど、法外な金額で雇っていたらしい。

漫画好きの二亜が他人の同人誌を買いに行かないのは不自然だと思っていたが、ちゃんと手は打っていたようである。

二亜曰く、本当は自分で買いに回りたいという話だったが、自分のスペースを他人に任せるわけにもいかないため、仕方なくそういう形を取っているとのことだった。

 

「さ、じゃあ読ませてもらおうか」

 

そう言って、二亜が士道たちの同人誌を片手に、公園のベンチに座り込む。

ひとまずは勝負を引き分け、本を読んでもらうところまでこぎ着けたものの、本当に難しいのはここからだった。

二亜がこの本の主人公である士道のことを気に入ってくれない限り、彼女の力を封印することはできないのである。

 

『…』

 

自然、士道と精霊たちはベンチに座る二亜に視線を送ってしまっていた。

二亜が眉根を寄せながら、皆の顔を見上げてくる。

 

「……そんなに注目されると読みづらいんだけど」

 

「ああ……悪い」

 

士道は頬をかくと、わざとらしく目を逸らした。

精霊たちもそれに倣うように、顔を背ける。

「そういうことじゃないんだけどなぁ……」

二亜はため息を吐くと、視線を鋭くしてきた。

 

「ていうか、改めて言っておくけど、あたしが了承したのは、あくまでこの本を読むことだけだからね?

そっから先はまた別の話!

変な期待はしないでおいてよ?」

 

「……ああ、わかってる」

 

士道の言葉に、二亜は小さく肩をすくめてから、士道たちを追い払うように手を払ってきた。

 

「うんじゃ、ちょっとあっち行っててよ。

漫画を読むときっていうのはねえ、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだよ」

「お、おう……?」

 

後半はよくわからなかったが、要は一人にしろということだろう。

士道は精霊たちを連れて、二亜から少し離れた場所へと移動した。

 

 

「はあ……まったく」

ベンチに一人きりになってから、二亜は小さく息を吐いた。

「……少年め、好き勝手言ってくれやがって」

 

そして、先ほどの会場での出来事を思い出し、苛立たしげに顔を至める。

なぜ自分が苛立っているのかはわかりきったことであった。

彼の言っていたことが……全て図星だったのである。

「……あれだけ大口叩いてくれたんだ。

ハンパな出来じゃ許さないからね」

二亜は気を取り直すように数度瞬きをし、眼鏡の位置を直してから、手にした同人誌に視線を落とした。

表紙には、『Day to Stoly』というタイトルと共に士道を模したと思しきキャラクターが描かれている。

数時間前初めて目にしたときも思ったが、少々線は荒いものの、明らかに素人芸の域を超えていた。

プロの漫画家でも雇ったというのだろうか?

 

「ふうん。

ま……でも重要なのは中身だよね」

 

二亜はそう呟くと、表紙を捲り、漫画を読んでいった。

絵は……まあ、同人誌と考えれば十分及第点だろう。

ページによって線にバラつきはあるが、どうにかストレスなく読み進められる水準には達している。

物語は、少年・五河士道が、一人の精霊と出会うところから始まっていた。

強大な力を持ちながら、人間に否定され続けていた少女と少年の交流。

それから、少年は様々な精霊と出会い、その真っ直ぐな意志で、精霊たちの心を開かせていく……。

 

強大な力を持ちながら、人間に否定され続けていた少女と少年の交流。

少年は様々な精霊と出会い、その真っ直ぐな意志で、精霊たちの心を開かせていく…。

「・・・・・・なるほど、ねえ」

 

数分後。

本を読み終えた二亜はうなるようにのどを鳴らして頼をかいた。

結論から言うとー士道たちの本は、二亜の想定を遥かに超えた出来だった 少なくとも、素人たちがわずか二日ほどでこれを作っただなんて言っても、誰も信じはしないだろう。

だが、逆に言えば、それだけだ。

確かにこの本は良くできている。

だが、二亜がこの主人公・五河士道に恋をするかどうかはまた別の話だった。

第一に、ページ数が足りなさすぎる。

時間という制約がある以上仕方のないことなのかもしれないが、物語を追うことで精一杯になって、肝心の主人公の魅力を描き切れていないのだ。

そして何よりもーこの主人公・五河士道に現実感がなさ過ぎる。

二亜をデレさせようとして描かれたものであるため、当然といえば当然なのだが、士道をあまりにヒーローとして描きすぎているのである。

これでは仮に二亜がこのキャラクターに惚れたとしても、現実の士道とのギャップに落胆するだけだろう。

 

「残念だったね…少年。

頑張ってくれたみたいだけど、これじゃああたしは落とせないよ」

二亜はため息とともに言葉をこぼすと、同人誌を閉じた。

 

だが、二亜にはまだ一つ、気になることがあった。

辺りをキョロキョロと見回し、人影が見当たらないことを確かめてから、左手を虚空に掲げ、《囁告篇峡》を顕現させる そして、心の中で念じながら、その表紙をなぞった。

ー士道たちが、この本を描いているときの光景るために。

 

そう。

内容こそ二亜の眼鏡に適わなかったものの、僅かな期間でこれほどまでのクオリティの本を作り上げたやり方には、漫画家として大いに興味があったのである。

《囁告篇峡》のページが光り輝き、文字が記されていく。

二亜はそれを確認してから、その紙面に優しく触れた。

瞬間―二亜の頭の中に、この本の制作過程の情報が流れ込んでくる。

 

「……なるほど。話をみんなで決めたあとは、七罪って子をメイン作画に据えて分業か……でも、あんまり参考にはならないかなぁ。

あれだけの数のデジアシ集めるなんて現実的じゃないし。

さすが《ラタトスク》。無茶するなぁ……」

と―そこで。

《囁告篇峡》から流れ込んでくる情報を堪能していた二亜は、ぴくりと眉を動かした。

 

『あの二亜っていう分からず屋にも……早く教えてあげたい。

友だちって、素敵だよ……って』

 

そんな、七罪の声を聞いて。

 

「……ふん」

 

二亜は不快そうに顔を至めた。

 

「はいはい……ご高説どうも。

悪いけど、キミたちの漫画じゃ、あたしは ―」

 

だが。二亜はそこで思わず目を見開いた。

「え…?」

理由は単純。

二亜が手を触れていた《囁告篇峡》のページに、新たな文字が記されていったからだ。

それと同時、二亜の頭の中に、新たな光景が流れ込んでくる。

七罪が霊力を保有していた頃。

人間に不信感を覚えていた七罪が、士道の、皆の優しさに触れて、心を開いていった過程が。

 

「これ、は……」

 

二亜は呆然と声を発した。

しかし、漠然とであるが今起こった事象を理解する。

《囁告篇峡》は全知の天使。

しかしあくまで、二亜の欲する情報を引き出すだけである。

恐らく二亜は頭のどこかで思ってしまったのだ。

七罪がその聞くに堪えない綺麗事を発するに至った出来事とは、一体何なのか、と。

だが、それだけではない。

《囁告篇峡》のページには、次々と文字が浮かび上がり、それに応じて二亜の頭の中にめまぐるしく情報が流れ込んできたのである。

折紙、凜音、美九、耶倶矢、夕弦、桜、四糸乃、そして十香。

頑なに心を閉ざしていた少女たちが、士道という暖かな光に触れることによって、変わっていった様が。

それは 今し方二亜が目にした本の内容と、寸分違わぬ光景であった。

 

「あ…あ……」

 

そう。

あの本には、一切脚色などなかったのだ。

五河士道という少年は本当に、己が身さえも顧みず、少女たちを救うことに全霊を尽くしていたのである。

精霊たちと触れ合う中で出てきた問題は一つや二つでは収まらない。

 

彼女らが抱える心の闇、暗い過去、あるいは残酷な本性。

しかしそのどれを突きつけられても、士道は諦めなかった。

 

挫けそうになっても、何度でも上がってみせた。

 

今ならば、わかる。

先ほど彼が二亜に言った言葉に、何一つ嘘がなかったことが。

彼は彼女らにとって間違いなくヒーローだったのだ。

―ぽつ、ぽつ、と。

《囁告篇峡》のページに水滴が垂れ、淡い光を惨ませる。

 

 

「……っ」

それが自分の涙であることに気づいたのは、二亜が《囁告篇峡》から手を離したあとだった。

 

「………」

 

二亜を一人残し、公園の西側ベンチで待機をしていた士道は、落ち着かない様子でがくがくと足を揺らしていた。

「士道、行儀悪いわよ」

 

「あ、ああ、悪い」

 

琴里に指摘され、貧乏揺すりを止める。

だがよく見てみると、琴里は琴里でせわしなく、口にくわえたチュッパチャプスの棒を動かしていた。

 

とはいえ、それも仕方あるまい。

何しろ二亜のジャッジによって、彼女の霊力が封印できるか否か ひいては、彼女を《ラタトスク》の庇護下に置き、DEMから守れるかが決まってしまうのだから。

 

「シドー!」

 

と、そこで不意に十香が声を上げた。

 

その声に弾かれるように顔を上げると、先ほど士道たちが集まっていた方向から、ゆつくりと二亜が歩いてくるのが見て取れた。

 

「……! 二亜 」

 

「くく……来おったか」

 

「緊張。結果はどうだったのでしょう」

 

士道と精霊たちが、息を呑む。

が、士道は二亜が目前まで近づいてきたところで、思わず眉根を寄せた。

眼鏡越しに見える二亜の目が、真っ赤に充血していたのである。

「二亜……?

どうかしたのか?」

 

「……、いや、別にー……」

 

二亜は軽い調子で答えると、息を吐いてみせた。

そう言われてしまっては、深く追及することもできなくなってしまう。

それに今はそれよりも気になることがあった。

「で……どうだった、二亜。

俺たちの本は」

 

「……」

 

士道の言葉に、二亜は無言のまま、手にした同人誌を一瞥した。

そして、小さく肩をすくめてみせる。

 

「なかなかよくできてたけど、さすがにこれ一冊であたしを落とそうなんて、見通しが甘すぎるんじゃないかなぁ。

悪いけど、そこまで安い女になったつもりはないよ」

 

「くっ……」

 

「そ、そんな…」

 

士道は奥歯を噛みしめ、拳を握った。

身体中を無力感が通り抜ける。

精霊たちも同様に悲館な表情をし、うなだれた。

 

「……でも、まあ」

 

二亜は、視線を逸らしながら、言葉を続けてきた。

 

「見所がないわけでもないみたいだし…なんていうの? もう一回くらいチャンスをあげてもいいよ」

 

「へ?」

 

土道が呆然と日を見開きながら返すと、二亜は恥ずかしそうに頼を染めた。

 

「…だから、もっかいだけデートしてあげるって言ってんのさ。

少年も男なら、そこで決めてみなよ」

 

「……!」

士道は全身に鳥肌が立っていくのを感じた。

身体に力が満ち、叫び出したくなるような 感覚が全身を駆け巡るる。

 

「シドー!」

 

それは十香たちも同じだったらしい。

まるでゴールを決めたストライカーを祝福するかのように士道に飛びかかってきた。

 

「きゃー! だーりんやりましたーっ!」

「すごいです!」

「当然。士道の魅力の賜物」

「ははは!

やめろっておまえら。

って、美九と折紙はなんかどさくさに紛れて服脱がそうとしてないか?」

「ええー? そんなことしてませんよー。

ねー?」

 

「していない。

結果的にそうなっていたとしても、それは不幸な事故。

誰のせいでもない」

「きゃー! きゃあああっ!?」

「こ、こら、二人とも、シドーに何をする!?」

 

十香が泡を食って美九と折紙を止めにかかる。

それをきっかけに他の精霊たちも参戦し始めたものだから士道は皆の中心で押しくらまんじゅう状態になり、もみくちゃにされてしまった。

「……ぷ、はは、あははははつ」

 

そんな光景を見てか、二亜が堪えきれないといった様子で笑い始める。

 

「なんていうか……うん、いいなぁ、キミたち。

ねえ少年、もしかして、キミなら」

 

と。 二亜が言いかけた、その瞬間。

その『異常』は、起こった。

二亜が急に息を詰まらせたかと思うと、身体を痙攣したように震わせ、頭を押さえてその場に膝を突いてしまったのである。

 

「え……? あ、あ、あ、ああああああ、ああああああああああああ……!!」

 

そして、苦しげに表情を歪め、のどが擦り切れたような叫びを上げ始める。

 

「に、二亜……!?」

一体何がどうしたというのか。

士道は突然苦しみだした二亜に駆け寄ろうとした。

しかしそこで、二亜の身体から漆黒の霊力が溢れ、地面を侵蝕し始める。

一拍遅れてその濃密な霊力から空間震の予兆を感じ取ったのか、辺りに警報が鳴り響いた。

「な……ッ、これは……!!」

 

「二亜! どうしたのだ!!」

 

「う……ぐ……」

 

「そ、そんな……」

士道たちが狼狽の声を上げていると、琴里が不意に右耳を押さえながら話を始めた。

装着していたインカムに、司令室から連絡が入ったらしい。

 

「……なんですって!!どういうことよ!?」

 

「琴里!これは…まさか……」

 

二亜の様子に何かを感じたのか士道が問うと、琴里は顔を戦慄の色に染めながら返してきた。

 

「……霊力値、カテゴリー・E。

二亜が、反転しょうとしているわ……!」

 

その絶望的な言葉を。

 

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