《ラタトスク》地下施設の休憩室には今、精霊たちが勢揃いしていた。
理由は一つ。
皆、二亜の治療が終わるのを待っていたのだ。
あのあと再び意識を失った二亜はすぐさまこの施設に緊急搬送され、医療用顕現装置での治療を受け続けていた。
処置には少し時間がかかるため、皆一度家に戻っていてくれと指示されたのだが……どうしても二亜のことが心配になってしまい、全員マンションや家に帰ることができなかったのだ。
「とりあえず、峠は越えたわ。
《贋造魔女》による応急処置と、経路接続による霊力の循環が大きかったわね。
たぶん大事に至ることはないでしょ。
医療用顕現装置での処置は済ませてるから、もう目覚めてもおかしくないと思うわよ」
「おお、本当か?」
「ええ。だから」
と。琴里が言いかけたところで、琴里のポケットに入っていた端末が音を鳴らした。
「噂をすれば、ね」
琴里は端末の画面を確認すると、そう言って扉の方を示してきた。
「二亜が目覚めたみたいよ。
顔、見るでしょ?」
『…!』
琴里の言葉に、今の今までウトウトしていた精霊たちは、一斉に目を開き、大きくうなずいた。
そんな様子に苦笑しながら、琴里が皆を促してくる。
「こっちよ。
ついてきて」
士道たちは琴里のあとについて休憩室を出ると、廊下を渡って、集中治療室までやってきた。
そしてそのまま琴里に促され、部屋の中へ入っていく。
部屋の中は、広い空間になっていた。
白い床の上に様々な機械が並び、壁際に幾本ものコードがのたくっている。
二亜がいたのは、部屋の最奥に設置された大きな治療ポッドの中であった。
既にポッドの蓋は開いており、ちょうど令音が二亜の口から酸素マスクを外しているところだった。
二亜がうっすらと目を開け、皆の方に視線を送ってくる。
「あ、みんな」
「二亜!」
士道は名を呼ぶと、小走りになって二亜のもとへと駆け寄った。
そのあとに続くように、精霊たちもやってきて、二亜をぐるりと囲む。
「大丈夫……ですか?」
「かか、壮健そうではないか」
「首肯。大事なさそうで何よりです」
精霊たちが口々に言うと、二亜はゆつくりと皆を見回し、口元を緩めた。
「えっへっへ……なんだぁ、あたしいつの間にか大人気っぽい……?
サインは順番だよー」
二亜は冗談めかして言ったのち、小さく息を吐き、士道の方に視線を寄越してきた。
「……ごめんね、少年。
あたし、DEMに」
「……ッ」
士道は、二亜の言葉を止めさせるようにその手を握った。
「少年……」
「いいんだ。
今は……。
生きていてくれてありがとう」
士道が涙の惨む目でそう言うと、二亜は一瞬目を伏せてから、照れくさそうに笑った。
「あはは……参ったね、どうも。
あたしこういう雰囲気苦手なんだけどなぁ」
と、そこで二亜が、眠そうに大きなあくびをする。
「あれ、おっかしいなあ。
今の今まで寝てたはずなのに……」
「はは……無理もないさ」
士道はそう言って、部屋にかけられた時計に目をやりあることを思いつく。
次いで令音の方をみやる。
「令音さん、二亜を少し外出させることは出来ますか?」
「……ん?
まぁ容態も安定しているようだし、短時間であれば構わないが……とこにいくつもりだい?」
「それは……お楽しみです」
士道が指を一本立てながら言うと、二亜を初めとした精霊達が不思議そうに首を傾げた。
それから数分後。
士道たちは、《ラタトスク》地下施設の人口がある雑居ビルの屋上にやってきていた。
辺りは暗く、今にも雪が降り出してしまいそうなほどに寒い。
皆コートに身を包み、手袋やマフラーなどの防寒具を装備している。
「ひゃー、さすがに外は寒いですねー!
ねえ四糸乃さん。
寒いですよね?
人肌で暖を取りたいですよね?」
「い、いえ、あの……」
先行して飛びだしていった美九が、やたらテンション高く声を上げる。
四糸乃が困ったように苦笑し、七罪が四糸乃を守るようにその裾を摘まんでいた。
「寒くないか、二亜」
「んー、大丈夫だよ」
士道は二亜の乗った車椅子を押しながら尋ねた。
外出許可は出たものの、さすがにまだ歩行は困難ということで、このような形を取ることになったのである。
「それで……なんでこんなところに来たの?」
「ああ。そろそろだと思うんだが……」
と。
士道がそう言ったところで、空に微かな変化が現れ始めた。
ビルの合間から光が差し込み、真っ暗だった空が明るく色づき始めたのである。
「おお……!!」
「すごい……です!」
精霊たちが目を見開き、感嘆の声を上げる。
二亜もまた驚いたような顔をして、徐々に実像を帯びる太陽を見つめてから、士道の顔を見上げてきた。
「少年、これって」
「ああ。
そろそろ日が昇る時間だと思ってさ。
コミコ準備に必死で忘れてたけど、今日は一月一日じゃないか。
初日の出だぜ。
二亜、おまえの新しいスタートにはもってこいだ」
「……はは、キザったらしー」
なが
二亜はそう言って笑うと、また顔を前に向け、しばしの間日の出を眺めた。
そして、数十秒ののち、呟くように声を発してくる。
「……少年」
「ん……?」
「本当に……ありがとうね。
いろいろと」
「気にするな。俺だって、みんなにいろいろ助けられてるんだ」
「……あたし、身体が万全になったら、もう一度高城先生と会ってみようと思う」
「ああ。
いいんじゃないか。
あの人はいい人だよ。たぶん」
「たぶんって」
士道が言うと、二亜はもう一度笑った。
「……なんだろう、DEMに力を取られちゃったのは癪だけど、妙に気分が楽だよ。
もうかれこれ三十年近く《囁告篇峡》と付き合ってきたけど……いやはや、きっとあたしには過ぎた力だったんだねえ」
「三十年 あなたが精霊になったのは、そんなにも前なの?」
二亜の言葉に反応したのは、士道ではなく折紙である。
「うん。
まあ、正確には二七、八年くらいだったかもしんないけど。
四捨五入すれば似たようなもんでしょ?どう? その割には若く見えない?」
二亜が冗談めかして自分の頬に触れてみせる。
すると今度は琴里が、二亜に視線を向けた。
「たぶん霊力によって体細胞の老化が抑えられていたんでしょうね。
もう霊力は封印されたからどんどん老けていくわよ。
覚悟しときなさい」
「うわー、そういえばそっか。
あー、さっきのちょっと訂正。
今までありがとう」
二亜が言うと、琴里は可笑しそうに笑った。
それから二亜が、思い出したように皆を見回す。
「そういえば、みんなはいつ頃精霊になったの?」
「ああ……私は今から五年前、美九は一年いかないくらいだっけ?折紙はごく最近よ。
で、あとのみんなは純粋な精霊」
「へ……?」
琴里が答えると、二亜が不思議そうな顔を作った。
そして、首を傾げながらその続きを発する。
「純粋な精霊……?
………基本的にみんな、元は人間だったはずでしょ?」
「え……?」
二亜のその言葉に、その場にいた全員が、目を丸くした。