デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第八十一話『封印されし記憶』

『さて…どうするべきか』

 

『先ずは琴里達と合流すべきではないでしょうか?』

 

狂三と別れ、彼女を全てをかけてでも救うと誓ってから士道は街をさ迷いつつ自問する。

 

そんな士道の自問に待機状態の《オーディン》が答える。

 

『確かにな…琴里達も既に俺達を捕捉しているだろうし…』

 

そのようなことを考えていると士道の体を淡い光が包み込む。

 

《フラクシナス》の転送装置である。

 

目に写っていた街の景色が一瞬にしてフラクシナス艦橋内部のものへと変化する。

 

「士道!」

 

同時に琴里が喉を震わせ、艦長席から立ち上がり駆け寄ってきた。

 

「無事!?一体何があったの!?狂三はー」

 

士道の服の袖をつかみ捲し立てるように問いを発していた琴里は不意に言葉を止めた。

 

士道に近づき、顔を覗き込んだために、その表情を見たからだ。

 

ー自分の命を捨ててでも、何かを救わねばならないと思い詰めているような。

 

その瞳の奥に燃える輝きに、琴里は一瞬気圧されたのである。

 

「ー琴里」

 

士道が、静かに顔を上げ、唇を開く。

 

「みんなを集めてくれないか。

 

話すよ、全部。

 

今まで、何があったのかを。

 

狂三が何をしたかを。

 

何をしてくれたのかを」

 

 

ー士道が《フラクシナス》に回収されてから約一時間。

 

『………』

 

館内に設えたブリーフィングルームは沈黙で充ちていた。

 

室内には士道を含めて18名の人影がある。

 

十香、折紙、桜、琴里、四糸乃、耶倶矢、夕弦、美九、七罪、ニ亜、六喰といった精霊達、令音、苺、真那、加えてモニター越しに鞠亜と鞠奈、雷華もこの状況を見ているはずだ。

 

だが、これだけの人数にも関わらず、誰一人として言葉は発せず、押し黙るばかりだ。

 

なかでも真那は、理解できても納得出来ないといった様子で眉間に深い皺を作っている。

 

だが、それも無理からぬことだ。

 

皆、士道から聞き、知ったのだ。

 

時崎狂三ー《ナイトメア》と呼ばれた最悪の精霊の始まりを。

 

そんな彼女が、士道を死の運命から救うべく、幾度も世界をやり直したことを。

士道は伝えたのである。

 

包み隠ささず、誇張も偽りもなく。

 

その全てを。

 

彼女の原点を、その悲痛すぎる思いを。

士道は知って欲しかったのである。

 

時崎狂三という少女が、犯した過ちから、人を、友を、世界を救うために、茨の道を進むことを選んだ、彼女の決意を。

 

…狂三自身はそれを人に知られるのを嫌がるかもしれないが。

 

「むぅ……まさか狂三に、そのようなことがあったとは」

 

「びっくり……です」

 

 

沈黙を破り声を発したのは、十香と四糸乃だ。

 

二人とも目を見開き、頬を汗を垂らしている。

 

「……にわかには信じられねーですね」

 

二人に続いたのは困惑と懐疑の入り交じった表情を浮かべた真那である。

 

「あの悪逆非道な《ナイトメア》が、みんなを救うつもりだった?

悪い冗談でいやがりますね」

 

そう言って、オーバーリアクション気味に肩をすくめる。

 

だがそれも仕方ないことだ。

 

何しろ、真那と狂三は今まで幾度も剣を交えてきた。

 

素直に納得することは出来ないだろう。

 

「真那、お前の気持ちはわかるがー」

 

士道がそこまで言いかけたところで、真那が目を伏せながら、士道の言葉を制するように手のひらを広げる

 

「…とはいえまあ、兄様が真那に嘘を言う確率とどっちが上かと言われたら、信じざる得ねーですけどね」

 

言って、真那が首をすくめて息を吐く。

 

「真那…」

 

「おっと、勘違いしねーでくださいね。

あくまで私は兄様の言葉を信じただけであの女を認めた訳じゃねーですから」

 

「…なんかややこしいわね……それって同義じゃないの?

いやなんとなく言いたいことはわかるけど………」

 

七罪が頬に汗を滴ながら言う。

 

だが、真那はさして気に留めぬ様子で言葉を続ける。

 

「それよりも兄様、それとは別に、もう一つ気になることがありやがるんですが」

 

「……崇宮澪のことだな?」

 

真剣な眼差しで問うてきた真那に士道が問い返す。

 

「はい、その通りでやがります」

 

真那がそう言って首肯する。

 

士道は狂三の天使《刻々帝》によって彼女の過去を知った。

 

そしてその中に崇宮澪を名乗る少女が現れたのだ。

 

狂三に霊結晶を与えて精霊とし、その力を以て精霊を狩らせた、狂三の仇敵。

 

全ての発端とも言える存在である。

 

加え、真那がその少女を気にするのも十分予想できたことだ。

 

何しろ澪は真那と同じ姓を名乗っていたのだから。

 

あまりにも奇妙な符合、気にするなという方が無理な話だ。

 

「狂三に霊結晶を与えて精霊にした…まるで私たちの前に現れた《ファントム》みたいよね」

 

琴里が腕と足を組ながら椅子に腰掛け、口にくわえたチュパチャプスの棒を小刻みに上下させている。

 

 

《ファントム》…琴里や折紙、雷華、美九、二亜、六喰たちに霊結晶を渡し、精霊化させた謎の精霊である。

 

「《ファントム》と同じような能力を持った精霊なのか、それとも《ファントム》の正体が崇宮澪ななか。

 

だとしたらその目的は一体何なのか。

 

そしてそもそも、士道や真那達との関連性は何か……謎は尽きないわね」

 

言って琴里がお手上げと言うように肩をすくめる。

 

すると真那が首肯の後に続ける。

 

「もちろん偶然苗字が同じとか、名前を語っているだけって可能性もゼロではねーですけども、何らかの関わりがあるとすれば親戚筋ってところですかね?」

 

真那が顎を撫でながら言う。

 

なんとも要領を得ない話ではあるがそれも仕方ないことである。

 

何しろ士道と真那は、兄弟揃って過去の記憶を失っていたのである。

 

今でこそDNA鑑定で二人が実の兄妹であることは証明されているものの、最初に真那が士道を兄と呼んだ理由は、彼女の持っていたロケットの写真と、彼女の直感のみという、なんとも荒っぽいものであった。

 

「どうなんだろうな…思い出せれば一番いいん…だ、がー」

そこまで言いかけたところで精霊の一人と士道は視線を合わせる。

 

「ふむん」

 

肩口に巻いた長い三つ編みの先端を弄びながら可愛らし吐息を漏らしたのは星宮六喰である。

 

「…できるのか?」

 

神妙な顔で士道が問うと六喰は当然といった様子で首肯した。

 

「むくの《封解主》は絶対の鍵。

 

開けられぬものなどはありはせぬ。

 

ーたとえそれが、頑なに閉ざされた記憶の扉であろうとも、じゃ」

 

「………」

 

六喰の言葉に、士道は息を呑んだ。

 

六喰の振るう鍵の天使《封解主》。

 

確かに《封解主》の力を使えば閉ざされた記憶を呼び起こせるかもしれない。

 

にわかに激しくなる動悸を押さえるように士道は胸元に手を置く。

 

だが、それは士道のみだけではない。

 

居並んだ精霊達もまた、或いは驚きを、或いは期待を表情に滲ませながら、六喰に視線を注ぐ。

 

「……士道」

 

そんな中、もっとも顕著に反応を示したねは琴里である。

 

険しい顔で士道の方を見つめてくる。

 

その表情にあるのは緊張。

 

それを見て、琴里が何を思うのか察する。

 

士道が過去の記憶を取り戻したとしても 、それが望むものとは限らないのだ。

 

何しろ、士道と真那の過去に何があったのか、誰も知らないのだ。

 

それでころか過去の記憶が士道に何らかの影響を与える可能性は否定できない。

 

ーだが。

 

「大丈夫だ。俺は何があってもお前の兄ちゃんだ」

 

士道はそう言って琴里の頭を撫でて微笑んだ。

 

「おにーちゃん……」

 

琴里は一瞬感極まったように目を潤ませるが、皆の目の前であることを思い出してか直ぐに頭を振って息を吐く。

 

「……べ、別に心配なんかしてないわよ。

そんなー当然のこと」

 

頬を赤くしながら琴里が唇を尖らせる。

その様が愛しくて、士道は撫でる力を強める。

 

「ああ、そうだな」

 

「こほんこほん」

 

瞬間、わざとらしい咳払いが響く。

 

真那が少し不機嫌そうな顔をしていた。

 

「もちろん真那も俺の可愛い妹だぞ」

 

士道が申し開きをすると、真那は「わかってます」と言うように肩をすくめた。

 

「冗談ですよ。今の兄様から変わってほしくねーのは真那も一緒です」

 

でも、と真那が続ける。

 

「もし過去の記憶を取り戻す手段があるなら、試してみてーのも確かです。

 

一体崇宮澪が何者なのか、私と兄様に何があったのか、知りたいことは尽きねーです」

 

「……ああ」

 

士道は決意と共に首肯すると目を伏せ、右手をゆっくりともちあげる。

 

そして細く集中させる。

 

体内を巡る力の流れを意識し、それに指方性を持たせるような感覚。

 

士道の意思に従って、精霊たちから封印した霊力が右手に押し寄せる。

 

「ー《封解主》」

 

喉を震わせて天使の名を呼ぶ。

 

するとそれに呼応するように右手から鍵のような先端を持った巨大な錫杖が姿を現す。

 

「おお…!」

 

「《封解主》……」

 

精霊達が息を飲むのがわかる。

 

士道は小さく深呼吸すると、顕現した《封解主》を両手で持つ。

 

『この大きさだと頭に突き刺すのは難しいよな…』

 

「そのままでは扱いづらかろう、主様。

《封解主》を手にしているということは、既にその力を知っているはずじゃ。

【小鍵】を使うがよい」

 

そんな士道の思考を察したのか、六喰が弟子に教えを授ける仙女のような様子で指を一本立てながら言ってくる。

 

「【小鍵】…」

 

不思議な感覚である。

聞いたことのない言葉だというのに、それを知っている感覚。

 

精霊達の天使を手にするとその権能が頭の中にイメージできるのだ。

 

知らないことを思い出す、既知感。

 

士道は頭の中でその実像を固めると、再びその名を呼ぶ。

 

「《封解主》ー【小鍵】」

 

するとそれに合わせるように士道が握っていた錫杖が縮小していき、手のひらに収まるくらいの大きさに変貌した。

 

「よし…」

 

士道は改めて呼吸を整えると手にした鍵をゆっくりと自分のこめかみにあてがった。

 

「ーじゃあ、いくぞ」

 

「うむ……!」

 

「案ずるでない。《封解主》を信じるのじゃ」

 

「あぁん!だーりんの中にあんなトゲトゲしたものがぁ!」

 

「……美九、ちょっと黙ってて」

 

精霊たちの言葉に士道は苦笑する。

 

それにより肩から知からが抜けた。

 

士道はもう一度深呼吸すると、一息に《封解主》の先端を頭に差し込んだ。

 

一面の、白。

 

一言で言い表すならば、そんな表現になるだろう。

 

何らかの爆発。

 

だが、それは少年の頭の中にある爆発のイメージとは明らかにかけ離れた大規模なものである。

 

 

数秒前にはいつもっ変わらぬ日常にいた。

 

舗装された道をいつものようにのんびりと歩いていたら、前方に広がる街並みが、それを含んだ数十キロに及ぶ広大な領域が目映い光に包まれたのだ。

 

一瞬あとには、辺りに凄まじい轟音と衝撃波が吹き荒れ、彼の体は軽々と吹き飛ばされたのだ。

 

「く………あ……っ!」

 

地面に叩きつけられ、苦悶の声を発する。

数秒のち、空気を震わせていた衝撃波が収まり、転じて辺りに静寂が訪れる。

 

否、正しく言うならば、先ほど響いた轟音に、一時的に耳が聞こえづらくなったようだった。

 

「ぐ……」

 

体の上に降り注いだ小石や建物の砕片を払い、痛みをこらえて身を起こす。

 

「一体…、何が…」

霞む目を擦りながら顔を上げた。

そしてー

 

「なー」

 

前方に広がる景色を見て、言葉を失う。

 

そこには何もなかったのだ。

 

ビルも、家も、車も、電柱も信号も、街路樹も、道路も、そしてー人の姿も。

 

街を構成する全てのものが消滅していたのだ。

 

あるのは綺麗に削り取られた地面と、吹きすさぶ風のみである。

 

ー空間震。

 

数か月前にユーラシア大陸に大穴を開けたという、原因不明の大災害。

 

今、彼の目の前に広がる光景はテレビで見た空撮映像と瓜二つなのだ。

 

「これが…空間震……?」

 

呆然と呟き、再びその光景を見渡し、身震いする。

 

人類史に類を見ない極大災害ということは知っていた。

 

対処法も回避法も不明ということも認識していた。

 

だが、それを目の前ーしかも、あと数分家を出るのが早ければ巻き込まれたかも知れない状況っー示されると、どこか作り物めいていた感覚に、途端に血が通い始めたのだ。

 

だが。

 

「……っ!?」

 

次の瞬間、彼は恐怖以外の感情で身体を震わせた。

 

遥か前方ーまっさらになってしまった大地の上に小さな人影が見えたのだ。

 

普通ならば目視することが困難な距離であるが全ての遮蔽物や障害物が全て消え去ったからこそ見つけることが出来たのだ。

 

あの爆発で生き残りがいたとは考えにくいが、建物の地下に潜っていた人が這い出てきた可能性がゼロとは言い切れない。

 

「ち…」

 

今しがた大爆発が起こった場所になどは足を踏み入れたくない。

 

何しろ原因は不明なのである。

 

もう一度同じ爆発が起こらない保証はないのだ。

 

だが、もしかするとあの人は怪我をしているかもしれない。

もしかしたら、その場から動けずにいるかもしれない。

 

ーそんな想像が頭を掠めた瞬間、彼の足は動いていた。

 

「そこの君!大丈夫でー」

 

 

どれくらい地面を走ったか。

 

ようやく人影の実像が捉えられる距離にまで来たところで、彼は、思わずその場に足を止めたのだ。

 

「えー」

 

喉から、無意識のうちに声が漏れた。

 

理由は地獄簡単なことだ。

 

あらゆるものが消し去られた大地に蹲った、一糸纏わぬ少女。

 

その存在が、彼をその場に釘付けにした。

 

視線を、注意を、心をも、

 

一瞬にして奪い去られた。

 

それくらい、あまりにも、尋常でないほどに、

 

彼女は、暴力的に美しかったのだ。

 

「君、は…」

 

「……………」

 

少年の言葉を聞いて、初めて彼の存在に気づいたように、少女が顔を上げる。

 

心臓が、収縮する。

「……、……、……」

 

少女の唇が、微かに動く。

 

少年はその声をーー

 

 

「…………君は」

 

ぼんやりとした意識の中で呟く。

 

「………ここは……《フラクシナス》の医務室か?」

 

滲む視界が実像を帯びていく。

 

どうやら《フラクシナス》の医務室に寝かされているらしい。

 

「………ああ、目が覚めたかい、シン」

 

頭上から令音の声に視線を向けるが、顔よりも先にその圧倒的なバストが目に入り、気まずさに顔を反らす。

 

すると、ベッドの横で士道を見守っていたらしい精霊たちの姿が目に入った。

 

「シドー!大丈夫か!」

 

「無理……しないでください」

 

「心配したんだよー」

 

心配そうな顔をした精霊たちが士道のもとに駆け寄り、口々に言ってきて、士道は困惑ぎみに返す。

 

「どうしたんだよ、一体」

 

「どうしたんだよ、じゃないし!

いきなり倒れたもんだからびっくりしたし!」

 

「首肯《封解主》を頭に差し込んだあと、しばらくぶつぶつと言ったのち、気を失ってしまったのです」

 

八舞姉妹の言葉に、士道は小さく首をかしげー「あ」と声を発した。

 

彼女らの言うとおり士道の記憶は、《封解主》を頭に差し込んだところで途絶えていたのだ。

 

「そっか……すまん、心配かけちまったな」

 

「いえ、目覚めて何よりよ」

 

「そうですよー。

大事がなくて良かったですー」

 

「さすが私のキス。

眠り姫が目覚めた」

 

「今、さりげなくとんでもないことを言わなかったかい?

折紙さん?」

 

「この空間には数多の分子が浮遊しているわけで、私の呼気に含まれる分子が士道の口に触れてないとは言い切れない。

つまり間接キスをしていたと見なしても問題ないのでは」

 

「!?ちょ、ちょっと待ってください教授!ということは、先ほどからずっと同じ部屋にいる私と皆さんは……!」

 

「組んずほぐれつディープキス状態」

 

「こんなところにこんな天才が!

学会は何をしているんですかー!」

 

鳶一教授の画期的学説に、誘宵研究員が興奮ぎみに賛同を示す。

 

そんな二人のやり取りに士道は苦笑を浮かべ、琴里が額に手を置きながら吐息する。

 

と、そんな中、一人申し訳なさそうに肩をすぼませている少女がいた。

 

ー六喰である。

 

「むん……」

 

「六喰?」

 

士道が声をかけると、六喰は身体を震わせてから言葉を続けてきた。

 

「……すまぬのじゃ、主様。

むくが《封解主》を使えなどと言ったばかりに……」

 

言って、六喰がすまなさそうに表情を曇らせる。

 

士道は息を吐くと身体を起こす。

 

「見ての通り、何も問題はない。

だから六喰が気に病むことなんて何もない」

 

「主様……」

 

士道の意を察したのか、六喰は首を前に倒す。

 

その様子に、精霊たちも頬を緩める。

 

それから数秒後、皆の話が一段落するのを待っていた化のように、壁際の方から真那の声が聞こえてきた。

 

「ーで、起き抜けに悪ーですけど兄様。

《封解主》で何か思い出しやがりましたか?」

 

『………』

 

真那の言葉に、皆が息を飲む。

精霊たちの視線が士道に集まる。

 

真那の質問はもっともである。

 

そもそも士道は、失われた過去の記憶に『嵩宮澪』の手がかりを探すために《封解主》を使った。

 

そしてー士道は見た。

 

自分のものでありながら、自分のものでない記憶を。

 

目にしたことがないはずの、既知の光景を。

 

「ああ、それは……」

 

が。

 

士道はそこで言葉を止めた。

 

別に勿体ぶろうとしたつもりはないし、皆に記憶のことを秘密にしようという意図もない。

 

ただ単純にー何を見たのかが良く思い出せないのだ。

 

「……俺は、何を見たんだ」

 

額に手を置きながら、唸るように声を発する。

 

だが、頭の中で霧散した光景は、いくら考えを巡らせても実像を結ぶことはない。

 

まるで夢から覚めたあとのような感覚である。

 

その感覚に士道が思い至ったのはある魔法である。

 

『まさか、認識阻害か?

だが、誰が何のために?』

 

認識阻害とは記憶を曖昧にすることで特定の情報を思い出せなくする魔法である。

考えるも答えは出ず、 難しい顔をする士道の肩に手が置かれる。

 

ー令音だ。

 

「シン。焦ることはない。

また別の方法を考えるといいさ。」

 

顔を上げる士道に、部屋にいる精霊たちと同意するように頷いてきた。

 

「そうだぞシドー。

きっと何か方法があるはず!」

 

「……まあ、別にゼロがゼロになっただけだし、気にしなくて良いんじゃないの?」

 

「ねー、少年たら焦らし上手ー」

 

「……ああ、皆ありがと」

 

皆に言われて吐息と共にそう答える。

 

「その意気です、兄様。

ーついては、一つ提案がありやがるんですが」

 

と真那が指を一本立てながら言ってくる。

 

士道は何となくだが真那の言わんとする事を察して尋ねる。

「お前に《封解主》を使えと?」

 

「流石兄様、話が早えーです」

 

士道の言葉に真那が首肯する。

 

記憶を無くしているのは士道だけではない。

 

真那も過去の記憶が封印されているのだ。

 

そして士道の実妹である以上、彼女の記憶の中にも『嵩宮澪』の情報があるかもしれない。

 

だが、士道は首を小さく竦めて答える。

 

「悪いな、真那。

少し疲れたようでな、また今度にしてくれるか?」

 

確かに真那の記憶は封印されている。

 

だが、それは士道達が望む『嵩宮澪』の情報のみでなく、真那がかつてDEMインダストリーにより身体に魔力処理を施された際のものも含んでいる。

 

彼女がどのような仕打ちを受けたかはわからないが、愉快なものでないことだけは確かだ。

 

士道の時と同様に認識阻害によって嵩宮澪についての情報を思い出せなくなるだけならまだしも、そんな記憶が解錠される可能性すらあるのだ。

 

士道の言葉に、真那は口をへの字に結びながら顎を撫でた。

士道の意図を完全に理解したわけではないようだったが、何か理由があることは察してくれたようある。

 

「わかりました。

兄様がそう言うなら、そうしておきしょう」

 

言って、存外あっさりと引き下がる。

 

相変わらず物わかりがいいというか、さっぱりとした少女である。

 

「ああ……悪いな、真那」

 

「いえ。こちらこそ無理を言って申し訳ねーです」

 

真那の言葉に、琴里が安堵の息をはく。

どうやら彼女も士道と同じことを危惧していたようである。

 

「ま、とにかく今は休んでちょうだい。

『何か見た』っていう感覚は残っているみたいだし、もし問題ないようだったら、今度は脳波を測定しながら《封解主》を使ってみましょう」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

 士道が言うと、琴里は首肯で返し、手を叩いてみせた。

 

「はい、じゃあみんな、一旦戻りましょ。

あんまり賑やかだと、士道がゆっくり休めないわ」

 

「大丈夫。気配を消すのには自信がある」

 

「はーい! 私子守歌歌えまーす!」

 

「はい! あたし少年の寝顔スケッチできます!」

 

「そこの三人はトイレ行くとき監視付きね」

 

 琴里が半眼で言いながら、精霊たちの背を押して医務室を出ていく。

 

 士道はそんな彼女らの背を苦笑しながら見送ったのち、ゆっくりと吐息しながら再びベッドに背を落ち着けた。

 

「……崇宮、澪……」

 

 その名を呟きながら、天井に向かって手を上げ、指を一本ずつ動かして拳を握る。 

 

一つだけ。

 

 そう、一つだけ士道は、琴里たちに言っていないことがあった。

 

 別に情報を偽っていたわけではない。

何かを見た感覚があるのに内容を思い出せないのは本当である。

 

 けれど──なぜだろうか。

 

 記憶にないはずの崇宮澪の名を聞くたび、思うたび、唱えるたび。

 

 心臓がきゅうと引き絞られるかのような感覚を覚えてしまうのだった。

 

「…………」

 

 士道は無言で手を下ろすと、布団を被って目を閉じた。

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