デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第八十三話『作戦会議と最後の休日』

フラクシナスのブリーフィングルームには幾人もの人影があったー。

部屋に設えられた巨大な円卓。

最奥に司令・琴里が鎮座。

それを起点に士道、十香たち精霊が腰掛け、次いで苺やドニたち《協会》の魔法使い、更に令音を初めとした《フラクシナスノ》クルーが座っている。

 

そして中央には鞠亜と鞠奈が映るモニターが備え付けられていた。

 

琴里の要請により招集されたDEM対策チームである。

「―よく集まってくれたわね、みんな」

琴里のよく通る声が、ブリーフィングルームに響き、皆の視線が彼女に集まる。

「既に話は通っていると思うけどー

今朝、私たちの前に狂三が現れて、DEMが大規模な襲撃を計画しているとの情報を残していったわ。

目的は―士道の殺害による精霊たちの反転」

『……っ』

 

琴里の言葉にその場のほぼ全員が息を呑む。

 

「もちろん狂三の言葉が嘘と言う可能性もゼロではないけれど、状況からいって信憑性はひくくない。

《ラタトスク》としては対策をたてないわ。

―鞠亜、鞠奈」

 

『はい』

『はいはいー』

 

琴里の言葉にモニター内の鞠亜と鞠奈が返事をして話を続ける。

 

『―まずかんがえられるのは、士道、および精霊を安全な場所に退避させ、DEMの襲撃をやり過ごす作戦です。

《ラタトスク》は世界各地に基地を保有していますので、場所には事欠きません。

しかしー』

 

『連中には全知の魔王《神蝕篇帙》があるからねー。

ニ亜のジャミングで十分な性能を出せないとしても、士道の居場所のみに焦点を合わせて検索されたら、どこに隠れても意味をなさないわ』

鞠亜の言葉を引き継いで鞠奈がやれやれと首を振りながら言う。

 

『退避策が効果的でないとなると、残りの策は二つです。

一つは―交渉』

 

「…まあ、現実的じゃないわな」

 

鞠亜の言葉に士道は頬をかきながら返す。

 

精霊たちも、同意を示すようにうなずいてくる。

それもまた当然と言えよう。

士道を殺し、精霊を反転、そしてそね霊結晶を奪おうとするDEMと精霊の保護を目的とする《ラタトスク》、相反する目的をもつ両者で交渉が成立するはずがない。

 

「むう、となるとー」

 

十香が顎に手を当てながら言うと、琴里が力強く首肯した。

「ええ。

残る手段はひとつしかないわ。

即ち―DEMを倒すこと、よ」

 

『……!』

 

琴里の言葉にブリーフィングルームに緊張が走る。

 

無論、皆の頭の中にもその選択肢は存在していた筈である。

けれど司令官である琴里が明確な言葉としてそれを発したことでぼんやりとした懸念や思考、可能性が、一つの事実として実像をおびたのだ。

 

「もちろん、それが簡単な話じゃないのはわかってるわ。

顕現装置の性能でこそ一日の長があるとはいえ、保有する魔術師の数は推定でも10倍以上、《バンダースナッチ》と《ニベルコル》を加えたなら、どれだけのさがあるか創造もつかないわ。

それら全てが、周囲への被害も社会的醜聞も気にせず一つの目的に向かってきたとしたら、止めることは難しいわ」

 

『……』

 

皆が息を呑む。

が、琴里はそれを咎めるでもなく、むしろ共感を示すように頷いた。

 

「でも、やらなければならないのよ。

襲撃の決断は突発的なものだったとしても、敵はこの場に至るまでに、こちらの逃げ道を周到に潰すように手を打ってきた。

その結果が200回を越える士道の死よ」

 

『……むう』

 

十香が唇を引き結ぶ。

他の精霊たちも、苦々しげな顔をした。

狂三がいなければ、私たちの物語は終わっていた。

士道の死という最悪の結末で。

―そして敵はその狂三を挫くべく、次の手を打ってきたのよ。

 

次、士道が殺されたとして、狂三がもう一度世界をやり直してくれるとは限らない。

私たちは、攻勢に転じる他ないのよ。

自らの手で明日を掴むために」

 

『―その通りだ。よく言ってくれた、五河司令』

 

と。

琴里が演説をするように語っていると、不意にスピーカーからそんな声が聞こえてきた。

マリアのものとは明らかに違う、歳を重ねた男性の低く響き渡る声だ。

「あ……」

 

円卓中央のモニターに顔を向けた琴里が、目を丸くする。

つられたようにそちらを見た士道も驚愕の表情を浮かべた。

そこに映っていたのは眼鏡を掛けた老齢の男性である。

《ラタトスク》意思決定機関・円卓会議議長、エリオット・ウッドマンその人だった。

 

「ウッドマンさん!」

 

士道がその名を呼ぶ。

『やあ、ご無沙汰しているね。

今まで連絡できずにすまなかった』

 

「いえ、それより身体の方は大丈夫なんですか?」

 

『ああ、もう大丈夫さ。

心配をかけてしまったね』

 

ウッドマンは微笑みながら言うと、話を変えるように眼鏡を持ち上げた。

『さて、本当ならば楽しい世話話でもしたいところだが、そうもうかないようだ。

―事情は把握している。

無論こちらも《ラタトスク》の新鋭装備をできうる限り提供するつもりだが、絶対的な「数」の力は覆しようがない。

正面からぶつかったのでは、いずれ押し負けてしまうだろう』

だが、とウッドマンは言葉を続ける。

『DEMインダストリーは、アイザック・ウエストコットのカリスマ性と、エレン・メイザースの実行力によって支配されている組織だ。

裏を返せばその二つさえ取り除けば、どれだけ魔術師や自動人形が残っていようが大した問題はない。

彼の組織はあまりにも肥大化しすぎた。

今や一枚岩ではない。

あの二人さえいなくなれば、社内に残る対抗勢力が、勝手に後処理してくれるだろう』

 

無論、それが非常に困難なことは士道も理解していた。

 

相手は人類最強の魔術師と魔王の力を有した男。

目的が絞られたとはいえ、敵の圧倒的戦力をどうにかしなければいけないことに変わりはない。

が、そこで。

『―なるほど。ならば、あれを試してみる価値はあるかもしれません』

 

モニターから、鞠亜の声がブリーフィングルームに響き渡る。

「鞠亜?

『あれ』ってなによ?」

琴里が訝しげな調子で問うと、鞠奈が首を竦めながら返す。

 

『あまり期待しないでよ、私たちも確証がある訳じゃないし。

あくまで可能性の話なんだからね』

 

「勿体ぶらないでちょうだい。

一体なにの話をしているの?」

 

苛立たしげに指を円卓を叩きながら、琴里が言う。

 

すると鞠亜が息を吐きながら答えた。

 

『もしかしたら《ニベルコル》を、無料化できるかもしれない、という話です』

鞠亜の言葉に精霊やクルーたちが驚愕に目を見開く。

 

「―その話は本当? 鞠亜」

 

凛とした折紙の声音が、そんな動揺を掻き消すように響く。

それに応じるように、スピーカーから鞠奈が返す。

 

『ええ、本当よ。

「実現可能かどうかはわからない」というところを含めて、だけど』

 

「今の状況を考えればそれでも十分。

―もしそれが上手くいくのなら、なんとかなるかもしれない」

 

『……!』

 

皆の視線が、折紙の元へと注がれる。

士道もまた、そちらに目を向けた。

 

「折紙? 今何て言った?」

 

士道が問うと、折紙は考えを巡らせるように顎に手を当てながら続けた。

 

「確かに目標達成は困難。

けれど、鞠亜と鞠奈が《ニベルコル》を無力化できるのなら、《バンダースナッチ》の対処法に関しては心当たりがある」

 

「なんですって……?

 一体どういうこと!?」

 

琴里が驚愕に目を見開き問う。

折紙は小さく頷いてから唇を開く。

 

「《バンダースナッチ》はDEMにとっても新しい兵器。

構想事態は以前からあったと思うけれど、それを実現するに足る性能を持った顕現装置が存在しなかった」

 

「……!

そうか、《アシュクロフトβ》!

あのとんでも顕現装置でいやがりますね!」

 

折紙の言葉に反応を示したのは真那だった。

大仰な動作で手を打ち、何かを察した様子で、思案を巡らせるように額に手を当てる。

《アシュクロフト―β》。

その名には聞き覚えがあった。

確かDEMが開発した新型顕現装置の名前だ。

これの登場により、《ラタトスク》とDEMのあいだにあった顕現装置性能の差がかなり詰められてしまった、と琴里がぼやいていた記憶がある。

けれども、折紙と真那が何を言っとるのかよくわからない。

「二人だけで納得しないで説明してちょうだい。

―鞠亜と鞠奈もよ。

一体何をどうしたら《ニベルコル》を無力化できるっていうの?」

琴里が困惑した様子で聞くと、ウッドマンが映し出された画面の端に鞠亜と鞠奈の顔が映し出される。

 

『はい。

今説明します。

そもそも《ニベルコル》は、DEMの技術を以て組成された疑似生命と考えられます。

そしてそのベースとなったのは、他ならぬ魔王《神蝕篇帙》の霊力。

であるとするならば―』

 

 

「……! ストップストップ!ちょっと待った!」

「ちょっと待った」

と。鞠亜と鞠奈が話の要点に入ろうとしたところで、二亜と士道が制止をかけた。

「二亜? 士道?」

 

「折紙に真那、鞠亜、鞠奈。

今はその話をしないほうがいい」

 

「何故?」

「情報共有のために集まっていやがるのに、おかしな話じゃねーですか」

 

 

折紙、真那、鞠亜と鞠奈の四人が不審そうに士道と二亜を見つめる。

 

士道がそんな四人のリアクションをいなすように肩をすくめると、話を続ける。

「今、その情報を一番に知りたいのは誰だ?」

 

士道の言葉に折紙達も気づいたのだろう。

微かに眉根を寄せたり、唇を引き結んだりと、思い思いの反応を示す。

 

そう。ここで作戦を発表することは即ち、ウェストコットが《神蝕篇帙》で、その情報を検索できるようになってしまうことと同義である。

皆の反応から自分の意志が伝わったこを察したのだろう、二亜が大仰に頷いた。

「もちろん《神蝕篇帙》にはジャミングを施してるし、望む情報を全て一瞬で―とはいかないだろうけど、それにしたって脅威には変わりないっしょ。

《神蝕篇帙》も、『未来の事象』と『人の思考』だけは覗くことはできない。

一発逆転の作戦があるなら、開戦の直前まで味方にも知らせるわけにはいかないんだよねぇ」

 

『………』

 

軽い調子で発せられた二亜の言葉に、皆一様に表情に緊張感を滲ませた。

 

それも当然と言えよう。

何しろ今この光景さえも、敵に覗かれているかもしれないというのだ。

 

皆頭ではわかっていても、実感が伴っていなかったのだ。

『作戦会議で作戦を話してはいけない』など本末転倒もいいところである。

だがそんな空気を振り払うように、二亜が気安い調子で続ける。

「ま、しゅーないっしょ。

そう簡単にはいかないって」

 

「作戦に関しては二亜の言うとおりね

 

ここで詳細な話をすれば、敵に対応される恐れがあるわ。

折紙、真那。

《バンダースナッチ》に関してはあなたたち頼りよ。

 

悪いけど、各自作戦を考案してちょうだい。

鞠亜、鞠奈の対《ニベルコル》案と合わせて、戦闘直前に情報を共有しましょう」

 

「了解した」

 

「ま……そういうことならしかたねーですね」

 

折紙と真那が了承を示すように頷く。

 

「では、エレン・メイザース率いる、魔術師は我々《協会》が引き受けることにしよう」

 

「ええ、よろしく頼むは」

 

苺の提案に琴里が頷き、画面に映し出されたウッドマンに向き合った。

「―っというわけです。

ウッドマン卿。

よろしいでしょうか」

 

『ああ。

皆の冷静な対応に感謝する。

私も私で、できうる限りのことをしよう。

楽しみにしていてくれ。

君たちに話せないのが残念だ』

 

ウッドマンが冗談めかすような調子で言う。

その言葉に、琴里を初めとした皆の表情が少し和らいだ。

 

フラクシナスのブリーフィングルームには幾人もの人影があったー。

部屋に設えられた巨大な円卓。

最奥に司令・琴里が鎮座。

それを起点に士道、十香たち精霊が腰掛け、次いで苺やドニたち《協会》の魔法使い、更に令音を初めとした《フラクシナスノ》クルーが座っている。

 

そして中央には鞠亜と鞠奈が映るモニターが備え付けられていた。

 

琴里の要請により招集されたDEM対策チームである。

「―よく集まってくれたわね、みんな」

琴里のよく通る声が、ブリーフィングルームに響き、皆の視線が彼女に集まる。

「既に話は通っていると思うけどー

今朝、私たちの前に狂三が現れて、DEMが大規模な襲撃を計画しているとの情報を残していったわ。

目的は―士道の殺害による精霊たちの反転」

『……っ』

 

琴里の言葉にその場のほぼ全員が息を呑む。

 

「もちろん狂三の言葉が嘘と言う可能性もゼロではないけれど、状況からいって信憑性はひくくない。

《ラタトスク》としては対策をたてないわ。

―鞠亜、鞠奈」

 

『はい』

『はいはいー』

 

琴里の言葉にモニター内の鞠亜と鞠奈が返事をして話を続ける。

 

『―まずかんがえられるのは、士道、および精霊を安全な場所に退避させ、DEMの襲撃をやり過ごす作戦です。

《ラタトスク》は世界各地に基地を保有していますので、場所には事欠きません。

しかしー』

 

『連中には全知の魔王《神蝕篇帙》があるからねー。

ニ亜のジャミングで十分な性能を出せないとしても、士道の居場所のみに焦点を合わせて検索されたら、どこに隠れても意味をなさないわ』

鞠亜の言葉を引き継いで鞠奈がやれやれと首を振りながら言う。

 

『退避策が効果的でないとなると、残りの策は二つです。

一つは―交渉』

 

「…まあ、現実的じゃないわな」

 

鞠亜の言葉に士道は頬をかきながら返す。

 

精霊たちも、同意を示すようにうなずいてくる。

それもまた当然と言えよう。

士道を殺し、精霊を反転、そしてそね霊結晶を奪おうとするDEMと精霊の保護を目的とする《ラタトスク》、相反する目的をもつ両者で交渉が成立するはずがない。

 

「むう、となるとー」

 

十香が顎に手を当てながら言うと、琴里が力強く首肯した。

「ええ。

残る手段はひとつしかないわ。

即ち―DEMを倒すこと、よ」

 

『……!』

 

琴里の言葉にブリーフィングルームに緊張が走る。

 

無論、皆の頭の中にもその選択肢は存在していた筈である。

けれど司令官である琴里が明確な言葉としてそれを発したことでぼんやりとした懸念や思考、可能性が、一つの事実として実像をおびたのだ。

 

「もちろん、それが簡単な話じゃないのはわかってるわ。

顕現装置の性能でこそ一日の長があるとはいえ、保有する魔術師の数は推定でも10倍以上、《バンダースナッチ》と《ニベルコル》を加えたなら、どれだけのさがあるか創造もつかないわ。

それら全てが、周囲への被害も社会的醜聞も気にせず一つの目的に向かってきたとしたら、止めることは難しいわ」

 

『……』

 

皆が息を呑む。

が、琴里はそれを咎めるでもなく、むしろ共感を示すように頷いた。

 

「でも、やらなければならないのよ。

襲撃の決断は突発的なものだったとしても、敵はこの場に至るまでに、こちらの逃げ道を周到に潰すように手を打ってきた。

その結果が200回を越える士道の死よ」

 

『……むう』

 

十香が唇を引き結ぶ。

他の精霊たちも、苦々しげな顔をした。

狂三がいなければ、私たちの物語は終わっていた。

士道の死という最悪の結末で。

―そして敵はその狂三を挫くべく、次の手を打ってきたのよ。

 

次、士道が殺されたとして、狂三がもう一度世界をやり直してくれるとは限らない。

私たちは、攻勢に転じる他ないのよ。

自らの手で明日を掴むために」

 

『―その通りだ。よく言ってくれた、五河司令』

 

と。

琴里が演説をするように語っていると、不意にスピーカーからそんな声が聞こえてきた。

マリアのものとは明らかに違う、歳を重ねた男性の低く響き渡る声だ。

「あ……」

 

円卓中央のモニターに顔を向けた琴里が、目を丸くする。

つられたようにそちらを見た士道も驚愕の表情を浮かべた。

そこに映っていたのは眼鏡を掛けた老齢の男性である。

《ラタトスク》意思決定機関・円卓会議議長、エリオット・ウッドマンその人だった。

 

「ウッドマンさん!」

 

士道がその名を呼ぶ。

『やあ、ご無沙汰しているね。

今まで連絡できずにすまなかった』

 

「いえ、それより身体の方は大丈夫なんですか?」

 

『ああ、もう大丈夫さ。

心配をかけてしまったね』

 

ウッドマンは微笑みながら言うと、話を変えるように眼鏡を持ち上げた。

『さて、本当ならば楽しい世話話でもしたいところだが、そうもうかないようだ。

―事情は把握している。

無論こちらも《ラタトスク》の新鋭装備をできうる限り提供するつもりだが、絶対的な「数」の力は覆しようがない。

正面からぶつかったのでは、いずれ押し負けてしまうだろう』

だが、とウッドマンは言葉を続ける。

『DEMインダストリーは、アイザック・ウエストコットのカリスマ性と、エレン・メイザースの実行力によって支配されている組織だ。

裏を返せばその二つさえ取り除けば、どれだけ魔術師や自動人形が残っていようが大した問題はない。

彼の組織はあまりにも肥大化しすぎた。

今や一枚岩ではない。

あの二人さえいなくなれば、社内に残る対抗勢力が、勝手に後処理してくれるだろう』

 

無論、それが非常に困難なことは士道も理解していた。

 

相手は人類最強の魔術師と魔王の力を有した男。

目的が絞られたとはいえ、敵の圧倒的戦力をどうにかしなければいけないことに変わりはない。

が、そこで。

『―なるほど。ならば、あれを試してみる価値はあるかもしれません』

 

モニターから、鞠亜の声がブリーフィングルームに響き渡る。

「鞠亜?

『あれ』ってなによ?」

琴里が訝しげな調子で問うと、鞠奈が首を竦めながら返す。

 

『あまり期待しないでよ、私たちも確証がある訳じゃないし。

あくまで可能性の話なんだからね』

 

「勿体ぶらないでちょうだい。

一体なにの話をしているの?」

 

苛立たしげに指を円卓を叩きながら、琴里が言う。

 

すると鞠亜が息を吐きながら答えた。

 

『もしかしたら《ニベルコル》を、無料化できるかもしれない、という話です』

鞠亜の言葉に精霊やクルーたちが驚愕に目を見開く。

 

「―その話は本当? 鞠亜」

 

凛とした折紙の声音が、そんな動揺を掻き消すように響く。

それに応じるように、スピーカーから鞠奈が返す。

 

『ええ、本当よ。

「実現可能かどうかはわからない」というところを含めて、だけど』

 

「今の状況を考えればそれでも十分。

―もしそれが上手くいくのなら、なんとかなるかもしれない」

 

『……!』

 

皆の視線が、折紙の元へと注がれる。

士道もまた、そちらに目を向けた。

 

「折紙? 今何て言った?」

 

士道が問うと、折紙は考えを巡らせるように顎に手を当てながら続けた。

 

「確かに目標達成は困難。

けれど、鞠亜と鞠奈が《ニベルコル》を無力化できるのなら、《バンダースナッチ》の対処法に関しては心当たりがある」

 

「なんですって……?

 一体どういうこと!?」

 

琴里が驚愕に目を見開き問う。

折紙は小さく頷いてから唇を開く。

 

「《バンダースナッチ》はDEMにとっても新しい兵器。

構想事態は以前からあったと思うけれど、それを実現するに足る性能を持った顕現装置が存在しなかった」

 

「……!

そうか、《アシュクロフトβ》!

あのとんでも顕現装置でいやがりますね!」

 

折紙の言葉に反応を示したのは真那だった。

大仰な動作で手を打ち、何かを察した様子で、思案を巡らせるように額に手を当てる。

《アシュクロフト―β》。

その名には聞き覚えがあった。

確かDEMが開発した新型顕現装置の名前だ。

これの登場により、《ラタトスク》とDEMのあいだにあった顕現装置性能の差がかなり詰められてしまった、と琴里がぼやいていた記憶がある。

けれども、折紙と真那が何を言っとるのかよくわからない。

「二人だけで納得しないで説明してちょうだい。

―鞠亜と鞠奈もよ。

一体何をどうしたら《ニベルコル》を無力化できるっていうの?」

琴里が困惑した様子で聞くと、ウッドマンが映し出された画面の端に鞠亜と鞠奈の顔が映し出される。

 

『はい。

今説明します。

そもそも《ニベルコル》は、DEMの技術を以て組成された疑似生命と考えられます。

そしてそのベースとなったのは、他ならぬ魔王《神蝕篇帙》の霊力。

であるとするならば―』

 

 

「……! ストップストップ!ちょっと待った!」

「ちょっと待った」

と。鞠亜と鞠奈が話の要点に入ろうとしたところで、二亜と士道が制止をかけた。

「二亜? 士道?」

 

「折紙に真那、鞠亜、鞠奈。

今はその話をしないほうがいい」

 

「何故?」

「情報共有のために集まっていやがるのに、おかしな話じゃねーですか」

 

 

折紙、真那、鞠亜と鞠奈の四人が不審そうに士道と二亜を見つめる。

 

士道がそんな四人のリアクションをいなすように肩をすくめると、話を続ける。

「今、その情報を一番に知りたいのは誰だ?」

 

士道の言葉に折紙達も気づいたのだろう。

微かに眉根を寄せたり、唇を引き結んだりと、思い思いの反応を示す。

 

そう。ここで作戦を発表することは即ち、ウェストコットが《神蝕篇帙》で、その情報を検索できるようになってしまうことと同義である。

皆の反応から自分の意志が伝わったこを察したのだろう、二亜が大仰に頷いた。

「もちろん《神蝕篇帙》にはジャミングを施してるし、望む情報を全て一瞬で―とはいかないだろうけど、それにしたって脅威には変わりないっしょ。

《神蝕篇帙》も、『未来の事象』と『人の思考』だけは覗くことはできない。

一発逆転の作戦があるなら、開戦の直前まで味方にも知らせるわけにはいかないんだよねぇ」

 

『………』

 

軽い調子で発せられた二亜の言葉に、皆一様に表情に緊張感を滲ませた。

 

それも当然と言えよう。

何しろ今この光景さえも、敵に覗かれているかもしれないというのだ。

 

皆頭ではわかっていても、実感が伴っていなかったのだ。

『作戦会議で作戦を話してはいけない』など本末転倒もいいところである。

だがそんな空気を振り払うように、二亜が気安い調子で続ける。

「ま、しゅーないっしょ。

そう簡単にはいかないって」

 

「作戦に関しては二亜の言うとおりね

 

ここで詳細な話をすれば、敵に対応される恐れがあるわ。

折紙、真那。

《バンダースナッチ》に関してはあなたたち頼りよ。

 

悪いけど、各自作戦を考案してちょうだい。

鞠亜、鞠奈の対《ニベルコル》案と合わせて、戦闘直前に情報を共有しましょう」

 

「了解した」

 

「ま……そういうことならしかたねーですね」

 

折紙と真那が了承を示すように頷く。

 

「では、エレン・メイザース率いる、魔術師は我々《協会》が引き受けることにしよう」

 

「ええ、よろしく頼むは」

 

苺の提案に琴里が頷き、画面に映し出されたウッドマンに向き合った。

「―っというわけです。

ウッドマン卿。

よろしいでしょうか」

 

『ああ。

皆の冷静な対応に感謝する。

私も私で、できうる限りのことをしよう。

楽しみにしていてくれ。

君たちに話せないのが残念だ』

 

ウッドマンが冗談めかすような調子で言う。

その言葉に、琴里を初めとした皆の表情が少し和らいだ。

「………」

 

夜。

《フラクシナス》の休憩エリアで士道はカフェオレの入った紙コップを片手に星空を見上げていた。

都会の空には星がないとはいうが、雲を越えた高度一万五千メートルに浮遊する空中艦からは、文字通り満天の星空が一望できた。

なんとも幻想的な 眺めである。

…まあ、士道は先日、何の比喩でもなくあな星の海を泳いできたわけであるが。

 

「……はは」

 

思わず、小さな笑いが漏れる。

 

改めて考えれば、荒唐無稽な話である。

きっと誰に話したところでは信じるものはいまい。

 

生身で、宇宙を游いだ話だけではない。

この一年―否、五年以上前から、士道の身には、常識では考えられないような出来事が幾つも起こっていたのだ。

と―

「―シドー?」

 

そけで士道の思考をさ遮るように、不意に後方から声がかけられた。

 

見やると、寝間着姿の十香が休憩エリアの入り口に立っていることがわかる。

 

士道と同じく精霊たちも《フラクシナス》の住居スペースに宿泊をしていたのだ。

 

「十香、どうした?

眠れないのか?」

 

「うむ……美九の寝相が凄まじくてな」

「そうなのか?」

「うむ。尺取虫のように床を這って、人のベッドに潜り込んでこようとするのだ」

 

「…それ本当に寝相か?」

 

こんなときだと言うのに相変わらずの十香に士道は苦笑する。

 

すると十香が、首を傾げながら問い返してきた。

「シドーこそ、どうしたのだ?」

「ああ、ちょっと考え事をな」

 

士道が言うと、十香は何かを察したように小さく唸った。

 

「無理もない。

何しろ明後日……いや、もう日付が変わっているはずだから、明日にはDEMとの決戦だからな。

緊張するのは当然だ」

 

「まあ、それもあるが」

「む?」

 

士道の言葉に、十香が不思議そうに首を傾げた。

 

「狂三のことを…な」

 

確かに士道はDEMとの戦いを制し、生き残らなければならない。

 

けれど、その先にある新なる目的―狂三の封印について、士道はまだ完全な答えを得られていなかったのである。

「狂三は……俺が絶対に救ってみせる。

それが、狂三に何度も命を救われた俺の責任であり、使命だ。

でも、俺の思う『救い』が、本当に狂三にとっての『救い』になるのか…正直なところ、わからないんだ」

 

そう。

《刻々帝》【10の弾】で垣間見た、狂三の半生。

怨み嗟と憤怒と復讐と―途方もない願いに彩られた凄絶すぎる履歴。

 

それを知ってから、士道はずっと考え続けていたのである。

 

狂三の救いと士道の『救い』。

それを両立させる方法を。

だが、どれだけ考えてみても答えが出ないのが実情である。

「………」

 

士道の言葉に十香は神妙な面持ちのまま息を吐いた。

そしてサンダルを鳴らしながら、士道の元に歩み寄ってくる。

「隣に座ってもいいか?」

 

「ああ、もちろん」

士道の応答に頷き、十香が士道の隣に腰かける。

そして十香は自分の膝を叩いてみせた。

「えーと…膝枕か?」

 

「うむ」

 

頷く十香に士道が戸惑っていると、士道の肩を掴むと、そのまま自分の方へ引っ張った。

士道が十香の膝に頭を埋めると、十香は優しく士道の頭を撫でてきた。

 

「どうだ?『おかあさまといっしょ』でやっていたのだ。

心をリラックスさせる方法らしい」

 

「……ありがとうな、十香。

お前にはいつも助けられてばっかりだ」

士道が言うと、十香は指先を震わせ、しばしの間黙り込んだ。

そして数秒ののち、唇を開いてくる。

 

「……そんなことはない。

私は、シドーに謝らなければならないのだ」

 

「ん?」

 

突然の言葉に、士道は目を丸くする。

すると十香が、静に続ける。

「……狂三がいなければシドーが死んでしまっていると聞いて、胸が締め付けられるような気がした。

それで思ってしまったのだ。

もしもあのとき私に出会わなければ、シドーはそんなことにならずに済んだのではないのかと」

 

言って十香が、唇を噛む。

微かな震えが、士道の後頭部に伝わってきた。

 

「十香……」

 

士道は小さく声を溢すと、十香の手を握る。

 

「何言ってんだよ。俺は―あのときお前に出会って本当によかったと思ってるぞ」

 

「しかし……」

 

十香が消え入りそうな声で言ってくるが士道はそれを遮るように言葉を発した。

「確かにいろいろ危険な目にはあったし、新しい精霊が現れる度に大変なことに巻き込まれはするけれど……それを補って余りあるくらい、俺は、みんなにたくさんのものをもらってるんだ。

それこそ、十香たちがいない人生なんて、今さら考えられないくらいにな」

 

―幾つもの、出逢いがあった。

 

偶然と必然が混じりあった、十香との邂逅。

 

あまりにも優しすぎる精霊・四糸乃との逢瀬。

 

一撃で世界を消滅させかねない力を持つ精霊・桜の救済。

 

電子を司る精霊・雷華との対話。

 

『最悪の精霊』と呼ばれていた狂三との遭遇。

 

殺し合いならぬ生かし合いを続ける八舞姉妹への、新たな選択肢の提示。

 

精霊たちを掌握した美九との戦い、そして共闘。

 

《協会》のホムンクルスである凜祢との再会。

 

雷華が作り出した電子精霊・毬亜、毬奈との共存。

 

変幻自在の天使を持つ七罪との知恵比べ。

 

世界を作りかえる結果となった折紙との和解。

 

人を信じることのできなかったニ亜の攻略。

 

遂には六喰に会うために、宇宙へ。

 

そして今、士道はDEMインダストリーという驚異によって命を狙われている。

 

否、正しく言うのなら、もう200回以上殺されている。

 

思わず勘弁してくれと泣きたくなるような、怒濤のような苦難だ。

 

けれどー

「俺は、何一つ後悔してない。

もしも今の記憶を全て持った状況で、十香と出逢う前に戻ったとしても―俺は、迷うことなく十香に手を伸ばすよ」

 

「シドー…」

 

十香が目に涙を滲ませながら、手を握り直してくる。

 

士道は今更ながら自分の気恥ずかしい台詞に苦笑する。

 

「何か自分で言ってて少し気恥ずかしく…」

 

と。 言いかけたところで、士道は微かに眉根を寄せた。

 

ほんの少し良いことを思いついたのである。

「……む?

どうしたシドー?」

「いや…それより十香」

 

「なんだ?」

 

「…もう少し、このままでいいか?」

 

士道が言うと、十香は優しく、「うむ」と答えた。

 

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