デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第八十五話『精霊の復活』

「………」

 

「あら、士道さん。

押し黙ってどうしましたの?

 

こうして戦場まで来てくださったということは私に何かを伝えたかったのではありませんの?」

 

《刻々帝》の巨大な時計盤を背負った、精霊‐時崎狂三は笑みを浮かべながら士道に問いかける。

 

「ああ、そうだな…いろいろと言うことがありすぎて何から言えば良い迷ってんだ…」

 

「あら、あら」

 

そんな士道に、狂三は妖しく唇の端を歪めると、士道の首に手を回す。

 

そして、そのまま身体と身体を密着させる。

 

―直後、頭の後ろでけたたましい銃声が響く。

 

「きゃは……ッ」

 

士道の後方に迫っていた《ニベルコル》が、コミカルな断末魔を上げて身を仰け反らせる。

 

どうやら、狂三が手にしていた銃で額を撃ち抜いたらしい。

 

「助かったぜ、狂三。

お前は―命の恩人だ」

 

「うふふ、随分と大袈裟ですわね」

 

戯けるような調子で狂三が言う。

 

だが士道は大袈裟に言ったつもりなど全くない。

 

「今だけの話だけじゃないさ。

 

今まで―何度も俺を助けてくれて、本物に、ありがとう。

どうしても直接伝えたかった」

 

 

士道が言うと、狂三は一瞬押し黙る。

 

だが、直ぐに気を取り直すように微笑んでくる。

 

「どういたしまして。

 

それではお礼に、士道さんの霊力をいただけませんこと?」

「それはまた別の話だ!」

 

「うふふ、それは残念ですわね、ではまた迫り方を変えるとします…わッ!」

 

士道と狂三は互いに声を張り上げると同時に地面を蹴った。

 

仲違いしたわけではなく、各々追っていた《ニベルコル》の迎撃へ向かったのだ。

 

狂三が連続して影の銃弾を放って《ニベルコル》を撃ち抜き、士道は急接近した《ニベルコル》を抱き寄せて唇を奪う。

その様を見ていた他の《ニベルコル》たちが、頬を赤くし苦しみ悶えて消えていった。

 

「ふ……あはは、はははっ!

なんですのそれは!」

 

士道の《ニベルコル》撃退法を見て、狂三が心底おかしそうに笑う。

 

「無尽蔵に復活してくる《ニベルコル》を、そんな方法で…?

うふふ、なるほど、敵に狙われているはずの士道さんが最前線にいる理由がわかりましたわ。

最初戦場に士道さんの姿を認めたときには、あまりの無謀さに殺してしまいたくなりましたけど」

 

 

「おいおい…」

 

物騒な物言いの狂三に苦笑する士道だ、狂三の気持ちもわからなくはない。

 

自分が様々なものを犠牲にしてまで守った人間が、全裸で地雷原を走っているようなものだ。

狂三でなくとも、殺意を覚えるだろう。

 

だが、それは士道も同じだ。

 

琴里から、この戦いを生き残る事を第一に考えろと言われてはいた。

 

たとえ狂三に出会っても、深追いはするなと注意は受けていた。

 

だが、止められない。

乱戦の中での奇跡のような邂逅。

この機を逃がしたら、もう士道は、狂三の手を取れない気がしたのである。

 

「―狂三!

俺を助けてくれたのは心から感謝してる!

お前のお陰で精霊達め反転せずに済んだ!

だがな、DEMが総力を挙げて襲ってくるから大人しく隠れてろだ!?

俺はそこまで頼んだ覚えはないぞ!

お前の命と引き替えてまでも助けてもらおうとは思っててないからな!」

 

 

「……あらぁ?

随分傲慢になられましたのね。

わたくしは単に、士道さんな霊力が欲しいだけでしてよ。

それに、命と引き替えに?

見くびってくれますわね。

わたくしが、この時崎狂三が、DEMごときに後れを取ると思いまして?」

 

「いや実際に苦戦してるだろうが!」

 

士道が《ニベルコル》にキスをしてから叫ぶと、狂三が苛立たしげに視線を鋭くした。

「強がってなどおりませんわ!

士道さんは大人しく艦の中丸くなっていれば良いのですわ!

そして全て終わったあと私に霊力を差し出せば良いのですわ!」

 

 

「それ俺にとってはDEMからおまえになっただけだろ!?」

「だから申したではありませんの!

わたくしは士道さんの霊力で全てをやり直すと!気づいたときにはもう新しい世界ですわ!

精霊も何もなく!

ただ穏やかな世界に戻るのですわ!

何が不満ですの!?」

 

「不満に決まってるだろうが!」

 

「いったい何が不満ですの!?」

 

「全部なかったってことは…俺とお前が出会ったことさえなくなっちまうことだろうが!」

 

「………っ!」

 

士道が叫ぶと、狂三は息を詰まらせる。

「俺はお前が好きだ。

お前との出会いが無くなるなんて耐えられん」

 

「な…こんな時に何を血迷ったことを仰ってますの!?」

 

「血迷ってない至って正常だ。

だいたい狂三。

お前だって俺のことが好きなんだろうが」

 

士道の言葉に狂三が目を見開く。

 

「何を……!

勝手に人の感情を語らないでくださいまし!」

 

「いや、間違いない。

好きでもない相手のために、二百回以上も時間を繰り返せる筈がない」

 

「だから、それはあなたの霊力のために―」

 

「俺が【一〇の弾】で、お前の記憶を追体験してることを忘れてないか?」

 

「―」

 

狂三が息を飲む。

 

そう。

士道は先日《刻々帝》【一〇の弾】で狂三過去を知った。

 

そこで見た狂三の記憶は復讐に至るもののみではない。

断片的で―確かな、士道への思い。

 

「……、……!………」

 

そんな士道の言葉に狂三は顔を赤らめて身を捩ったのち、どうにか呼吸を整えて士道を睨み付けてきた。

 

「…仮にそうだとしてもその言葉、別の女性にキスしながら言うなんて最低ですわね」

 

「それは悪かったなー」

 

士道は素直に謝罪しつつ、《ニベルコル》に口づけを交わし光に帰する。

 

狂三はそれを横目で見て鼻をならすと、銃把を握る手に力を入れながら喉を震わせてきた。

 

「だからといって―私に目的を諦めろと仰ってますの?

私が奪ってきた幾つもの命を見捨てろと仰ってますの?」

 

静かな―しかし激しい憤怒と怨嗟が込められた声で、狂三が言う。

 

まさかと士道は首を横に振る。

 

「言っただろ。

俺はお前の記憶を追体験してるんだ。

諦めろなんて言えるかよ」

 

「…ではどうするおつもりですの?」

 

 

「簡単な話さ、俺がお前の霊力を封印して《刻々帝》で三〇年前に戻る」

 

「………は―」

 

それを聞いて狂三が、目を点にする。

 

「どういう……ことですの?

そんなの、私が行くのと変わりは―」

 

「ある、俺なら、始原の精霊を封印することができるかもしれない」

 

「封印……!?

始原の精霊の力を封印すると仰いまして…!?」

 

士道の言葉があまりにも意外だったのか、狂三が、普段の彼女からは考えられないような狼狽えた声を発する。

士道は間髪入れずに頷く。

 

「そいつが精霊ならば必ず俺がデレさせる」

 

「……!?」

 

狂三が呆気に取られたように絶句する。

士道はそのまま押しきるように話を続けた。

 

「始原の精霊を封印したら俺がその力を使って全てをやり直す!

お前だけでなく他の精霊達も救ってみせる!」

 

 

「――」

 

士道の宣言に言葉を失った狂三がまじまじと見つめる。

 

が、そこで前方から悲鳴じみた声が響いた。

 

「だあぁぁぁ!

あたしを無視して二人の世界を作ってんじゃないわよぉぉぉ―っ!」

 

 

そんな《ニベルコル》の叫びとともに、辺りに何枚もの本のページが舞いおどり、一人の《ニベルコル》の身体を甲冑のように覆う。

「《神蝕篇帙・頁》―【装集篇】……っ!」

 

神の鎧を纏った《ニベルコル》が地面を蹴り、猛スピードで狂三に迫る。

 

狂三は肩を揺らすと銃弾を放った。

 

がー

 

「ふんっ!」

《ニベルコル》が銃弾を弾き猛進してくる。

 

既に《ニベルコル》は、狂三の身体能力でも避けられない位置まで迫る。

 

「狂三!」

「ち……!」

 

「きゃはははは!

死ねェェェェ!」

腕部の鎧を円錐状に変化させた《ニベルコル》が、狂三目掛けて右手を繰り出した。

 

 

槍のような一撃が狂三の心臓を貫かんとする瞬間。

 

狂三の影の中から眼帯をつけた狂三の分身体が現れると、狂三を突き飛ばして《ニベルコル》の一撃をその身で受け止めた。

 

「『わたくし』……っ!?」

 

喉から驚愕の声を漏らす狂三。

 

だが、直ぐに冷静さを取り戻す。

 

《ニベルコル》に身体を貫かれた眼帯の狂三が誇らしげに微笑んだからだ。

 

 

狂三は即座に銃に【四の弾】を込めると、眼帯の狂三の肩越しに《ニベルコル》を狙い打つ。

影を凝縮したような銃弾が《ニベルコル》の全身を覆う紙の鎧に炸裂する。

 

時間を巻き戻す【四の弾】は、鉄壁の鎧を紙に変化させる。

 

「ひーっ」

 

突然丸裸にされた《ニベルコル》が息を詰まらせる。

 

次の瞬間、士道が《ニベルコル》の唇を奪う。

 

「やーん……っ」

 

甘い声を残し、《ニベルコル》が光の粒になる。

 

士道はそれを見届けると、すぐさま狂三の方に視線を向ける。

 

「……ええ」

 

狂三は答えると、血塗れで倒れ伏した眼帯の狂三に目をやった。

 

士道もそれを目にしてか、悲痛な表情を浮かべる。

 

さかし、眼帯の狂三は満足そうに笑うと、

「『わたくし』、どうか……自分の心に……素直に―」

 

言って、影の中に沈んでいった。

 

「狂三…」

 

「―気にならないでくださいまし。

既に死んでいたはずの『わたくし』ですわ。

どうしようもない分身体でしたけど、死ぬ前にようやく役に立ちましたわね」

 

「……っ、そんな言い方…」

 

言いかけて、士道が言葉を止める。

 

―唇を引き結ぶ狂三の横顔が見えたからだ。

 

 

「…っ」

 

狂三は一瞬士道から顔を背けると、気を取り直すように息をはいて士道に向き直った。

 

「――それよりも。士道さん、今のお話、一体どの程度本気ですの?」

 

狂三が目を見据えながら問うと、士道は小さく眉を揺らして答えた。

 

「もちろん―心から」

 

真っ直ぐ視線で目を見返して士道は答える。

 

「……ああ、ああ、馬鹿げていますわね」

 

狂三は、自嘲するように息を吐き、続けた。

 

「ねえ―士道さん。

覚えておられまして?

わたくしたちの、『勝負』のことを」

 

「ああ、デレさせたら、勝ちってやつだろ?」

 

「―ふふ」

 

狂三は口元を緩ませると、言葉を続けた。

 

「話の続きは、戦いのあとにいたしましょう。

DEMを退け、士道さんから命の危機が去ったあとならば―この唇、あなたに捧げても構いませんわ」

 

「本当か、狂三?」

 

「―あくまでDEMを倒したならば、ですわよ。

うふふ、士道さんにそれができまして?」

 

「当たり前だ!

それくらいできなくて、始原の精霊なんて相手にできるか!」

 

言って、士道は狂三に手を差し出す。

 

「………ふふ」

 

 

狂三は頬を緩めると、その手を取るように手を伸ばした。

 

すると、その瞬間―。

 

 

「―なっ!?」

 

戦場の中。

 

士道は、驚愕に声をあげる。

 

それも無理からぬことだ。

 

何しろ、こちらに手を伸ばしつつあった狂三の胸元から、彼女のものではない別の手が生えたのだ。

 

六月の学校の屋上。

士道に手を伸ばそうとしていた分身体の狂三の胸を、本物の狂三が背後から貫いた光景を一瞬思い出す。

 

無論、分身体の狂三が本物の狂三の胸を貫けはずも無い。

 

だとすれば一体…

「……え?」

 

一拍遅れて、狂三も気づいたらしい。

 

自分の胸元に視線を落とし、何が起こっているかわからないといった様子で目を見開く。

 

「これ、は……一体……?」

 

 

「あー」

 

狂三が呆然と声を発していると、少しずつ、少しずつ、腕が延びていった。

 

まるで、狂三の中から『何か』が這い出てこようとでもしているように。

 

「あ、あ……あ、あ、あ、あ……ッ」

 

「狂三!」

 

腕がその根元を外気に晒していくに従い、狂三が苦しげな声を発する。

しかし、その進行は止まらず、やがて―

「……時崎狂三。

感謝するよ。

君は最後まで、私の素晴らしい友人だった」

 

そんな声とともに、『それ』は姿を現した。

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