銃声、爆音、悲鳴、怒声、様々な音が響く戦場に一際大きな剣撃の音を響かせる二つの影があった。
ドニとエレンである。
「よもや、卑怯とは言いませんよね?」
何度目かの剣撃を交わしたところでエレンがドニに尋ねる。
「まさか…」
そんなエレンに対してドニがニヤケながら答える。
「戦いおいて重要なのは勝利することだけだからねー」
「確かに…」
ドニの言葉にエレンは頷く。
あれほどの攻撃を行った後にも関わらずドニは疲弊した様子は無い。
エレンは腰のハードポイントに納められた大型拳銃に手をやる。
『これを使うべきでしょうか?
…いえ、あれだけの砲撃を行った後です、疲弊していないわけがありません!』
思考しながらエレンはトランザムを発動、レイザーブレイドを振るう。
ドニも同じく赤い光を纏いエレンのレイザーブレイドを双剣で受け止める。
「残念だけど、そのシステムはこっちでも開発済みなんだよねー
他にも手があるんなら出さないと後悔することになるよ?」
「あなたのその傲慢さが命取りです」
挑発を行うドニにエレンは距離を取り、ロンドゴミニアドを展開、対するドニもまたその手に聖剣を投影する。
「ロンド……」
「エクス…」
二人の言葉と共に獲物に光が収束する。
「…ゴミニアド!!」
「…カリバー!」
叫びと共に放たれるは閃光。
奇しくも、同じ人物が使用した武具の名を冠した剣と槍。
そこから放たれた二つの極光は空中でぶつかり合い激しい爆発を引き起こす。
『今です!』
爆発によって視界が遮られる隙を狙ってエレンは加速し、ドニの背後へと回り込む。
そのままハードポイントから大型拳銃を引き抜くと引き金を弾く。
撃ち出されるは衛宮切嗣の魔法が込められた銃弾。
衛宮切嗣の得意とする魔法は切断と接合。
その魔法が込められた銃弾が撃ち込まれた相手は魔力を暴発させ死に至る。
「がぁぁぁぁぁ!!!!!!」
苦悶の声を上げるドニ。
「あなたとはこのような形で決着を着けたくなかったです…」
そんなドニに対してエレンは呟き、背を向ける。
「それは…こっちだって…同じさ…」
後方から聞こえた声にエレンは驚愕の表情を浮かべて振り向く。
そこには流血しながらもを未だに剣を手にするドニの姿があった。
魔力の暴発は全身の神経を切り裂かれ、出鱈目に繋ぎ合わせるような激痛を伴いながら死に至る。
当然ながら、魔法を行使することはおろか言葉を発することすら不可能だ。
だが、どうゆう理屈かドニは未だ生きており魔法を行使している。
驚愕に目を見開いていたエレンは一つの現象に気付く。
ドニの体を淡い光が包み込み、撃たれたキズが時間が逆行していくようにゆっくりと塞がっていくのだ。
「……《復元する世界‐ダ・カーポ‐》」
譫言のように呟くエレン。
《復元する世界》、それは魔法使い相良苺が得意とする時間を巻き戻す魔法である。
だがその魔法を行使するには苺本人が近くにいなければならない。
しかし、この戦場に苺の姿を見ることができない。
「一体これは…」
「おいおい…うちの…首領…の得意…とする魔法を…忘れたかい?」
その言葉にエレンは得心に至る。
クローリーの得意とする魔法は《空間把握》と《空間干渉》。
自分の周囲数十キロ範囲に存在する仲間の状況を認識し、その空間に干渉出来るというものだ。
これを用いて苺の《復元する世界》の効果をこの戦場全体へ及ぼすようにしたのである。
「まだやるかい?」
傷が完全に回復したドニがエレンに尋ねる。
エレンは同じ相手に二度目の敗北を迎えたことを悟ったのだ―。
《復元する世界》は対象の時を巻き戻し、致命傷すらも回復する非常に強力な魔法である。
とはいえそれも万能ではない。
回復不能な状態もある。
例えば既に死んでしまった人間を生き返らせることはもちろんだが、致命傷を回復を上回るスピードで受け続けていても修復することは困難である。
例えば、今の狂三のように―。
「あっ…あ……」
狂三が苦しげにか細い声を上げていた。
左右色違いの眼は大きく開かれ、左右不均等に結われた髪が、小刻みに揺れる。
もとより雪のように白かった肌は青ざめ、彼女の可憐な容貌に死相を映していた。
最悪の精霊と呼ばれた彼女の普段の姿からは想像もつかない様相である。
だが、それも無理からぬことだ。
何故ならば、彼女の胸元からは今、白い腕が生えていたからだ。
何の比喩でもこちょうどもない。
何者かが狂三の細い身体から無理やり這い出すかのように、ゆっくりと指先を蠢かせている。
《復元する世界》の淡い光が指先を押し戻そうとするが、腕がその根元を外気に晒していく方が早い。
《空間干渉》で戦場全域にカバー《復元する世界》を使用しているため回復のスピードは普段より緩慢なものとなっているのだ。
ミチミチと肉を引き裂く音と共に、姿を現したのは、一人の少女だった。
「―」
その顔を見て士道は無意識のうちに息を呑んだ。
その少女があまりにも美しかったからだ。
否、それだけではない。
確かに美しい少女ではある。
だが、それだけで今士道が覚える胸の高鳴りに説明はつけられない。
もし前世というものがあれば、きっと自分と彼女は深い仲であったに違いない。
そんな根拠無い想像を浮かべるような、強烈な憧憬を抱いたからだ。
「が…あ……っ!」
「……!」
咆哮のような狂三の声に、士道は肩を震わせる。
「《刻々帝》………ッ!」
死に体の状態にありながらがも狂三は手にした古式の短銃に影を込める。
そして、自分の胸元から生えた少女のそれに向けて引き金を絞った。
だが、その瞬間に少女が狂三の身体を抉るように身じろぎする。
「が………っ……!」
狂三が苦悶の声を発し、放たれた銃弾が少女の肌を掠めて遠くへと飛んでいった。
「……すまないね。
時崎狂三。
そしてありがとう。
君のおかげで私は、再び彼の前に立つことができた」
「ふ、ざ、け……」
荒い息をしながら、狂三が再び銃を構えようとする。
だが、衰弱した身体が少女の重さに耐えきるなくなったのか、狂三はそのまま仰向けに倒れ込んでしまった。
「く…ぁ……」
狂三はそんな現実離れした光景を呆然とした調子で見上げると、細い吐息に乗せて言葉を発した。
「し……どう、さん……逃げ……」
だが、その言葉を言い終わる前に喀血すると、狂三は地面に身体を横たえ、何も言わなくなった。
『……!?』
次の瞬間、辺りにうごめいていた狂三の分身体達が、苦しげに胸元を押さえながら、その身体を漆黒の影へと変えていく。
その光景に士道は否応なく認識する。
狂三は死んだのだと―。
裸の少女は地面に横たわる狂三を見下ろすと、その側に膝を折り、見開かれた狂三の両瞼を優しく閉じた。
それだけで苦悶に歪んだ表情が、安らかなものに変貌する。
意味が、わからなかった。
狂三を殺したのは、他でもなく彼女のはずだ。
けれど彼女の所作からは、狂三への敬意と親愛の情が感じ取れたのだ。
わからないなはそれだけではない。
彼女は何者で、なぜ狂三の中から這い出てきたのか。
一度も会ったことが無いはずなのに、士道の胸中に狂おしいほどに渦を巻くこの感情はなんなのか。
そんな士道の困惑を見透かすように立ち上がり、視線を向けてきた。
「……久しぶり。
ようやく会えたね―シン」
「まさか…令音さんなのか?」
目を見開いて尋ねる士道。
少女のその外見は確かに士道の知る村雨令音の姿と重なるものがあった。
「……ふふ」
少女は士道の問いに答えず、ゆっくりと歩みを進め―士道に手を伸ばしてきた。
『マスター!』
士道に危険を感じたのか《オーディン》が叫ぶ。
気がつけば少女の手が士道の頭に触れる。
そのまま、士道の額に、自分の額を触れさせる。
次の瞬間。
「―っ」
凄まじい量の情報が頭の中に流れ込み、士道は目を見開く。
否、流れ込むというより、もともと自分の中にあった記憶が溢れだした、という方が適当に思えた。
「………!……!?」
ダムが決壊したように情報量が頭の中を駆け巡る。
鋭い痛みが頭に走り、思わず蹲りさうになる。
「っ……あ…」
けれど、士道は膝をつかなかった。
痛む頭に手を当てながら、目の前の少女を見つめる。
そして士道は、
「―どういうことだ……令音さん。
いや……澪!」
知るはずない、その少女の名を呼ぶ。
「………久しぶり。
ようやく会えたね―シン」
少女が優しく囁くように士道に言う。
「…答えろ…澪……君は何者なんだ…?」
激しい頭痛に頭を押さえながら士道には再び問う。
「……きっと君が想像しているものから、そう離れてはいないと思うよ」
「はぐらかさずに答えてくれ…令音さん。
何であんたが…ここにいるんだよ!!」
現在、令音は琴里と共にフラクシナスにいるはずである。
にもかかわらず目の前にいる少女―澪はは令音と瓜二つの外見をしている。
「…『あれ』は、『私』。
『私』そのものさ」
「……狂三の分身体のようなものか」
「というよりは、《ニベルコル》に近いかな。
『あれ』は『私』であり、『私』は『あれ』なのさ。
一つの意思に、二つの身体と思ってくれていい。
こちらの私にも仕事があるのでね。
分けておいた方が都合が良かったんだ。
―皆に霊結晶を与える際には、特に
ね」
「あんたが《ファントム》だったのか…」
日常会話のような気安さで令音が発した言葉に士道が呟く。
《ファントム》。
人間を精霊にする精霊だ。
「つっ…、く…っ」
次第に強くなる頭痛に士道は膝をつく。
『自分』と『別の自分』の意識が混じり合うような感覚。
『自分』の知らない情報に、侵食される。
『別の自分』 が知らない記憶を感染される。
双方の持つ知識が共有されると同時に、その境界が曖昧になっていく。
そんな朧気な意識の中、士道は眉をひそめる。
目の前に立つ少女。
その背後の空間が歪み、そこから、見覚えがある女性が姿を現した。
《ラタトスク》の解析官、村雨令音である。
「……辛そうだね。
だが、じきに収まる。
少しの間だけ耐えてくれ、シン」
「……」
無言で令音睨み付ける士道に、令音は小さく息を吐くと、そのまま両手を広げ、澪の身体を優しく抱きしめる。
次の瞬間、澪と令音の身体が淡く発光したかと思うと、その輪郭が曖昧になり、二つのシルエットが一つに結合していった。
「―」
朧気になる視界の中、士道は見た。
一糸纏わぬ姿であった澪の身体に、虚空から現れた光輝く衣が、まるで生物のように纏わり付いていくのを。
極光のような幻想的な色をしたドレスのようなシルエット。
その背には、13の星を頂く歪な光輪のようなものが浮遊し、そのうち一つ、漆黒の星が黒々と輝いている。
数多の神話に語られる『神』の姿を連想させる霊装だ。
もはや疑いようがない。
今まで士道達を支えてくれた村雨令音は精霊であり―澪と、同一の存在であったのだ。
否、正しく言うならば、士道はそのことを既に識っていた。
澪と令音が融合し、霊装が顕現したのとほぼ同時、士道の頭の中で二つの意識が混ざり合い、頭痛がゆっくり引いていったのだ。
「澪……」
もう一度、彼女の名前を呼ぶ。
澪。
崇宮澪。
そう。
士道―否、崇宮真士が付けた、名だ。
銃声、爆音、悲鳴、怒声、様々な音が響く戦場に一際大きな剣撃の音を響かせる二つの影があった。
ドニとエレンである。
「よもや、卑怯とは言いませんよね?」
何度目かの剣撃を交わしたところでエレンがドニに尋ねる。
「まさか…」
そんなエレンに対してドニがニヤケながら答える。
「戦いおいて重要なのは勝利することだけだからねー」
「確かに…」
ドニの言葉にエレンは頷く。
あれほどの攻撃を行った後にも関わらずドニは疲弊した様子は無い。
エレンは腰のハードポイントに納められた大型拳銃に手をやる。
『これを使うべきでしょうか?
…いえ、あれだけの砲撃を行った後です、疲弊していないわけがありません!』
思考しながらエレンはトランザムを発動、レイザーブレイドを振るう。
ドニも同じく赤い光を纏いエレンのレイザーブレイドを双剣で受け止める。
「残念だけど、そのシステムはこっちでも開発済みなんだよねー
他にも手があるんなら出さないと後悔することになるよ?」
「あなたのその傲慢さが命取りです」
挑発を行うドニにエレンは距離を取り、ロンドゴミニアドを展開、対するドニもまたその手に聖剣を投影する。
「ロンド……」
「エクス…」
二人の言葉と共に獲物に光が収束する。
「…ゴミニアド!!」
「…カリバー!」
叫びと共に放たれるは閃光。
奇しくも、同じ人物が使用した武具の名を冠した剣と槍。
そこから放たれた二つの極光は空中でぶつかり合い激しい爆発を引き起こす。
『今です!』
爆発によって視界が遮られる隙を狙ってエレンは加速し、ドニの背後へと回り込む。
そのままハードポイントから大型拳銃を引き抜くと引き金を弾く。
撃ち出されるは衛宮切嗣の魔法が込められた銃弾。
衛宮切嗣の得意とする魔法は切断と接合。
その魔法が込められた銃弾が撃ち込まれた相手は魔力を暴発させ死に至る。
「がぁぁぁぁぁ!!!!!!」
苦悶の声を上げるドニ。
「あなたとはこのような形で決着を着けたくなかったです…」
そんなドニに対してエレンは呟き、背を向ける。
「それは…こっちだって…同じさ…」
後方から聞こえた声にエレンは驚愕の表情を浮かべて振り向く。
そこには流血しながらもを未だに剣を手にするドニの姿があった。
魔力の暴発は全身の神経を切り裂かれ、出鱈目に繋ぎ合わせるような激痛を伴いながら死に至る。
当然ながら、魔法を行使することはおろか言葉を発することすら不可能だ。
だが、どうゆう理屈かドニは未だ生きており魔法を行使している。
驚愕に目を見開いていたエレンは一つの現象に気付く。
ドニの体を淡い光が包み込み、撃たれたキズが時間が逆行していくようにゆっくりと塞がっていくのだ。
「……《復元する世界‐ダ・カーポ‐》」
譫言のように呟くエレン。
《復元する世界》、それは魔法使い相良苺が得意とする時間を巻き戻す魔法である。
だがその魔法を行使するには苺本人が近くにいなければならない。
しかし、この戦場に苺の姿を見ることができない。
「一体これは…」
「おいおい…うちの…首領…の得意…とする魔法を…忘れたかい?」
その言葉にエレンは得心に至る。
クローリーの得意とする魔法は《空間把握》と《空間干渉》。
自分の周囲数十キロ範囲に存在する仲間の状況を認識し、その空間に干渉出来るというものだ。
これを用いて苺の《復元する世界》の効果をこの戦場全体へ及ぼすようにしたのである。
「まだやるかい?」
傷が完全に回復したドニがエレンに尋ねる。
エレンは同じ相手に二度目の敗北を迎えたことを悟ったのだ―。
《復元する世界》は対象の時を巻き戻し、致命傷すらも回復する非常に強力な魔法である。
とはいえそれも万能ではない。
回復不能な状態もある。
例えば既に死んでしまった人間を生き返らせることはもちろんだが、致命傷を回復を上回るスピードで受け続けていても修復することは困難である。
例えば、今の狂三のように―。
「あっ…あ……」
狂三が苦しげにか細い声を上げていた。
左右色違いの眼は大きく開かれ、左右不均等に結われた髪が、小刻みに揺れる。
もとより雪のように白かった肌は青ざめ、彼女の可憐な容貌に死相を映していた。
最悪の精霊と呼ばれた彼女の普段の姿からは想像もつかない様相である。
だが、それも無理からぬことだ。
何故ならば、彼女の胸元からは今、白い腕が生えていたからだ。
何の比喩でもこちょうどもない。
何者かが狂三の細い身体から無理やり這い出すかのように、ゆっくりと指先を蠢かせている。
《復元する世界》の淡い光が指先を押し戻そうとするが、腕がその根元を外気に晒していく方が早い。
《空間干渉》で戦場全域にカバー《復元する世界》を使用しているため回復のスピードは普段より緩慢なものとなっているのだ。
ミチミチと肉を引き裂く音と共に、姿を現したのは、一人の少女だった。
「―」
その顔を見て士道は無意識のうちに息を呑んだ。
その少女があまりにも美しかったからだ。
否、それだけではない。
確かに美しい少女ではある。
だが、それだけで今士道が覚える胸の高鳴りに説明はつけられない。
もし前世というものがあれば、きっと自分と彼女は深い仲であったに違いない。
そんな根拠無い想像を浮かべるような、強烈な憧憬を抱いたからだ。
「が…あ……っ!」
「……!」
咆哮のような狂三の声に、士道は肩を震わせる。
「《刻々帝》………ッ!」
死に体の状態にありながらがも狂三は手にした古式の短銃に影を込める。
そして、自分の胸元から生えた少女のそれに向けて引き金を絞った。
だが、その瞬間に少女が狂三の身体を抉るように身じろぎする。
「が………っ……!」
狂三が苦悶の声を発し、放たれた銃弾が少女の肌を掠めて遠くへと飛んでいった。
「……すまないね。
時崎狂三。
そしてありがとう。
君のおかげで私は、再び彼の前に立つことができた」
「ふ、ざ、け……」
荒い息をしながら、狂三が再び銃を構えようとする。
だが、衰弱した身体が少女の重さに耐えきるなくなったのか、狂三はそのまま仰向けに倒れ込んでしまった。
「く…ぁ……」
狂三はそんな現実離れした光景を呆然とした調子で見上げると、細い吐息に乗せて言葉を発した。
「し……どう、さん……逃げ……」
だが、その言葉を言い終わる前に喀血すると、狂三は地面に身体を横たえ、何も言わなくなった。
『……!?』
次の瞬間、辺りにうごめいていた狂三の分身体達が、苦しげに胸元を押さえながら、その身体を漆黒の影へと変えていく。
その光景に士道は否応なく認識する。
狂三は死んだのだと―。
裸の少女は地面に横たわる狂三を見下ろすと、その側に膝を折り、見開かれた狂三の両瞼を優しく閉じた。
それだけで苦悶に歪んだ表情が、安らかなものに変貌する。
意味が、わからなかった。
狂三を殺したのは、他でもなく彼女のはずだ。
けれど彼女の所作からは、狂三への敬意と親愛の情が感じ取れたのだ。
わからないなはそれだけではない。
彼女は何者で、なぜ狂三の中から這い出てきたのか。
一度も会ったことが無いはずなのに、士道の胸中に狂おしいほどに渦を巻くこの感情はなんなのか。
そんな士道の困惑を見透かすように立ち上がり、視線を向けてきた。
「……久しぶり。
ようやく会えたね―シン」
「まさか…令音さんなのか?」
目を見開いて尋ねる士道。
少女のその外見は確かに士道の知る村雨令音の姿と重なるものがあった。
「……ふふ」
少女は士道の問いに答えず、ゆっくりと歩みを進め―士道に手を伸ばしてきた。
『マスター!』
士道に危険を感じたのか《オーディン》が叫ぶ。
気がつけば少女の手が士道の頭に触れる。
そのまま、士道の額に、自分の額を触れさせる。
次の瞬間。
「―っ」
凄まじい量の情報が頭の中に流れ込み、士道は目を見開く。
否、流れ込むというより、もともと自分の中にあった記憶が溢れだした、という方が適当に思えた。
「………!……!?」
ダムが決壊したように情報量が頭の中を駆け巡る。
鋭い痛みが頭に走り、思わず蹲りさうになる。
「っ……あ…」
けれど、士道は膝をつかなかった。
痛む頭に手を当てながら、目の前の少女を見つめる。
そして士道は、
「―どういうことだ……令音さん。
いや……澪!」
知るはずない、その少女の名を呼ぶ。
「………久しぶり。
ようやく会えたね―シン」
少女が優しく囁くように士道に言う。
「…答えろ…澪……君は何者なんだ…?」
激しい頭痛に頭を押さえながら士道には再び問う。
「……きっと君が想像しているものから、そう離れてはいないと思うよ」
「はぐらかさずに答えてくれ…令音さん。
何であんたが…ここにいるんだよ!!」
現在、令音は琴里と共にフラクシナスにいるはずである。
にもかかわらず目の前にいる少女―澪はは令音と瓜二つの外見をしている。
「…『あれ』は、『私』。
『私』そのものさ」
「……狂三の分身体のようなものか」
「というよりは、《ニベルコル》に近いかな。
『あれ』は『私』であり、『私』は『あれ』なのさ。
一つの意思に、二つの身体と思ってくれていい。
こちらの私にも仕事があるのでね。
分けておいた方が都合が良かったんだ。
―皆に霊結晶を与える際には、特に
ね」
「あんたが《ファントム》だったのか…」
日常会話のような気安さで令音が発した言葉に士道が呟く。
《ファントム》。
人間を精霊にする精霊だ。
「つっ…、く…っ」
次第に強くなる頭痛に士道は膝をつく。
『自分』と『別の自分』の意識が混じり合うような感覚。
『自分』の知らない情報に、侵食される。
『別の自分』 が知らない記憶を感染される。
双方の持つ知識が共有されると同時に、その境界が曖昧になっていく。
そんな朧気な意識の中、士道は眉をひそめる。
目の前に立つ少女。
その背後の空間が歪み、そこから、見覚えがある女性が姿を現した。
《ラタトスク》の解析官、村雨令音である。
「……辛そうだね。
だが、じきに収まる。
少しの間だけ耐えてくれ、シン」
「……」
無言で令音睨み付ける士道に、令音は小さく息を吐くと、そのまま両手を広げ、澪の身体を優しく抱きしめる。
次の瞬間、澪と令音の身体が淡く発光したかと思うと、その輪郭が曖昧になり、二つのシルエットが一つに結合していった。
「―」
朧気になる視界の中、士道は見た。
一糸纏わぬ姿であった澪の身体に、虚空から現れた光輝く衣が、まるで生物のように纏わり付いていくのを。
極光のような幻想的な色をしたドレスのようなシルエット。
その背には、13の星を頂く歪な光輪のようなものが浮遊し、そのうち一つ、漆黒の星が黒々と輝いている。
数多の神話に語られる『神』の姿を連想させる霊装だ。
もはや疑いようがない。
今まで士道達を支えてくれた村雨令音は精霊であり―澪と、同一の存在であったのだ。
否、正しく言うならば、士道はそのことを既に識っていた。
澪と令音が融合し、霊装が顕現したのとほぼ同時、士道の頭の中で二つの意識が混ざり合い、頭痛がゆっくり引いていったのだ。
「澪……」
もう一度、彼女の名前を呼ぶ。
澪。
崇宮澪。
そう。
士道―否、崇宮真士が付けた、名だ。
「―きゃっ!?」
「………えっ?」
突然至近距離から響いた少女の声に、士道は眉根を寄せた。
ふらつく頭を押さえながら、何度か瞬きをして、ぼやける視界をはっきりさせる。
そこで、ようやく自分が同年代くらいの少女に覆い被さるような格好になっていることに気づいた。
……というかよく見ると、それは級友の山吹亜衣だった。
『…澪に別の場所に転送されたようだな』
『恐らく、そうでしょうね…』
冷静に状況を分析する、士道と《オーディン》。
「なんでこんなところに五河くんが!?
っと言うかその厨二病全開な格好は何!?」
そんな士道の思考を遮るように亜衣が叫ぶ。
と、そこで後方からまた別の声が聞こえてくる。
「な……っ!
五河くんが亜衣を押し倒してる!?」
「ていうかどこから現れたの!?
天井に張り付いて亜衣を狙ってたの!?」
「そういえば前もなんかあったなこんなこと!
テメェ十香ちゃんたちだけじゃ足んねぇってのか!?」
見やると、亜衣の友だちの麻衣と美衣、そして級友の殿町宏人が、驚愕の表情とポーズを作っているこてがわかる。
周りを見回すとそこが天宮市の地下にいくつもあるシェルターの一つであることに気づく。
殿町や亜衣麻衣美衣以外にも、見知った顔がいくつも見受けられた。
澪の言っていた言葉を思い出す。
士道の記憶を消す前に、精霊たちを『処理』すると。
そのために邪魔となる士道を、一旦別の場所へ移動させたのだろう。
全ての精霊の力の源である始原の精霊《デウス》である。
それくらいのことはできても何ら不思議ではない。
「……いやなに意味ありげに悩んでいるのよどいてよこわいんだけど」
と、下方から、士道に両手を押さえつけられるような格好になった亜衣が、不満そうな声を上げてくる。
なぜだかわからないが、頬が赤い気がした。
『みんながいるということは此処は学校の地下シェルターか!?』
『はい。GPS情報を確認しましたが、それで間違いありません』
インカムから鞠亜が答える。
『それで?どうするの? さっきまでいた場所まで戻るのも時間がかかるわよ』
鞠亜の言葉に鞠奈がそう続ける。
そう、地球の裏側まで飛ばされなかっただけマシとはいうもののこの場所から《ラタトスク》の地上砲台あたりまでかなりの距離があった。
だが、そんな距離すらも一瞬でゼロにする方法が士道にはあった。
転移魔法である。
シェルターの出入り口にいる教師連中をなんとか突破して、《封解主》で扉を強引に開ける方法もないわけではないが今は一秒すら時間が惜しい。
士道は腕立て伏せの容量で腕に力を入れると反動をつけるようにして立ち上がり。
級友達の顔を見回す。
「殿町、山吹、葉桜、藤袴。
悪い、俺行くわ」
「おいおい、行くって何処へ行くつもりだよ?」
「外は空間震の真っ只中だよ!?」
「何かあったの? もしかして忘れ物?」
「いや空間震の中取りに行くって、どんな大事なものを忘れたのよ」
皆が、不思議そうな顔をして問うてくる。
「……ちょっくら、十香や、折紙たちを助けにな…」
『へ……?』
首を竦めながら士道が言うと殿町達は目を円くし、辺りを見やる。
そして、十香や折紙たちの姿がないことに気づいたのか、声を漏らしてから、目を会わせる。
「すまんが、少し離れてくれるか?」
そんな殿町達に言うと四人が士道から少し、距離を置く。
『これより、転移術式を展開します』
《オーディン》の言葉が頭に響くと同時に足元に魔方陣が展開する。
驚いたように目を円くしている殿町を尻目に士道は十香達の元へと向かったー。
前回投稿から10カ月ぶりの投稿ですー