デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第八十七話『最先と最後は対峙し』

「………」

頬に伝った汗が、唇に触れ、塩の味がする。

 

士道は腰を落とすと、視界を巡らせる。

周囲には紙片を携えた無数の《ニベルコル》。

そしてその最奥にはウェストコットが佇んでいた。

 

十香達との合流するために転移魔法を発動した士道であるが、何の因果かウェストコット達と遭遇してしまったのだ。

 

士道は忌々しげな目で、ウェストコットを睨み付けた。

 

「おや?」

 

それを見てか、ウェストコットが眉の端を揺らす。

 

「前と少し雰囲気が変わったようだね。

視線に宿る敵意が険を帯びている。

今にも噛みつかれてしまいそうだ。

もしや―私に殺されたことでも思い出してくれたかい?」

 

「てめぇ……ッ」

 

 

「ほう、《デウス》が姿を現していることから推測しただけだったが、図星かね」

 

ウェストコットが笑みを浮かべながら言うと、左右にいた《ニベルコル》が「さすがだわ、お父様!」と嬉しそうな声を上げた。

「………」

 

ウェストコットの姿、声、一挙手一投足の全てが、士道の神経を逆なでする。

しかし、士道は奥歯を噛み締めてそれに耐えた。

 

無論、ウェストコットを許すことなど絶対に出来ない。

だが、今の士道の命は自分だけのものではない無いのだ。

 

精霊や《ラタトスク》機関員たちは、文字通り命を張ってくれているのだ。

ここで怒りに任せて、ウェストコットに飛びかかるような愚は措かせない。

 

深呼吸をして心を落ち着かせ、一度周囲を俯瞰で見るようにイメージする。

 

―思えばそれは、異質極まる光景だった。

 

戦闘が始まる前、琴里は言っていた。

これは、《ラタトスク》がウェストコットを討つか、DEMが士道を討つかの戦いであると。

そんな大将同士が戦場のど真ん中で対峙しているのだ。

 

驚くなという方が無理な話だった。

 

「―ふ」

 

すると、士道の思考を察したように、ウェストコットが頬を緩めた。

「《デウス》の天使に、旗艦ごと殺されてしまってね。

いやはや、改めて思うよ。

 

本当に―素晴らしい力だ」

 

そして芝居ががった調子で大仰に両手を広げながら、続ける。

 

「しかし困ったことになった。

《デウス》が現れてくれたことは非常に喜ばしいが、今の私では彼女の力を取り込むことは不可能だろう。

―そこで、イツカシドウ。

彼女に至るために、君の保有している霊力を先にいただくことにしたよ」

 

ウェストコットが笑みを濃くして、片手を前方に向けて見せた。

 

次の瞬間、彼の周囲の空間が歪んだかと思うと、そこから、巨大な本のようなものが現す。

 

「《神蝕篇帙》……か」

 

士道は表情を険しくしながら、呻くように言った。

 

士道は肌がひりつくような感覚を覚えながら片足を引いた。

 

―一刻も早く、十香たちのもとへ戻らねばならない。

 

確かにウェストコットを討ち果たせば、この戦いは《ラタトスク》の勝利に終わる。

だが、今は戦闘が始まる前とは状況がまるで異なっていた。

第三勢力である澪が現れたことにより、戦場は混乱を極めていた。

 

「……ち」

 

士道は頭の中で幾つもの策を考えては否定していく。

 

そして、思考すること数秒のち。

「――」

 

士道は細く息を吐くと。視線を鋭くしてウェストコットを睨み付けた。

 

そして、唱える。

その、天使の名を。

 

「―《塵殺公》」

 

瞬間、士道の手の中に十香の天使が現れる。

 

否―それだけではない。

 

「《氷結傀儡》―《桜光宝杖》―《颶風騎士》ー《凶禍楽園》―《絶滅天使》―《封解主》―」

 

 

次々と。

 

天使の名を紡ぐ。

 

そのたび、士道の周囲には冷気の風が渦巻き、桜色の光弾や風が舞い、数体の守護天使が召喚され、光を放つ幾つもの羽、空間を穿つ杖が現れた。

そう。

士道が考え出した策は最もシンプルで、最も頭が悪く―しかし最も確実な方法だった。

 

「……いいぜ。

始めようか、魔術師」

 

士道は天使顕現の反動で軋みを上げる身体を前屈させながら、《破軍歌姫》の力を纏わせた声で告げた。

 

【―速攻で片をつけてやる。

おまえには、覚悟の間さえ与えない】

 

「―」

 

―意識を、研ぎ澄ます。

士道は、気を抜いたら全身が弾け飛びかねない霊力をギリギリで制御しながら、細く息を吐いた。

眼前にはアイザック・ウェストコット。

その周囲には兼属、《ニベルコル》。

相手にとっては不足ない―それどころか手に余る布陣といえる。

だが、こうしている間にも、精霊たちは危機に瀕しているのだ。

即刻、ウェストコットを打ち倒して、皆のもとへ戻らなければらならい。

 

「―ふーッ」

 

戦いの火蓋を切ったのは士道だった。

 

身体強化の魔法と《破軍歌姫》で脚力を上げ、地面を蹴り、《颶風騎士》で巻き起こした風に乗りながら、《塵殺公》を振る。

天使の並行顕現。

人の身で扱うには 一つですら強大すぎる天使を、複数同時使用。

身体にかかる強烈な負荷により、筋肉が悲鳴を上げ、それを無理矢理修復させるために、《灼燗殲鬼》の炎が血流のように全身を駆け巡る。

 

《破軍歌姫》で痛覚を鈍らせていなければ発狂しかねない激痛と灼熱感の中、士道は声を上げて《塵殺公》を振り抜く。

 

「うおおおおおおおおおおおおッ!」

 

剣閃が衝撃波となり、一直線にウェストコットへと伸びていく。

 

「ふー」

 

しかしウェストコットは口元を緩めると、後方に跳びながら漆黒の本―魔王《神蝕篇帙》を掲げた。

次の瞬間、《神蝕篇帙》の中から幾枚ものページが舞い踊り、それが層となって《塵殺公》の一撃を受ける。

 

勢いの弱まった剣閃が、先ほどまでウェストコットのいた地面を浅く抉った。

 

「ふむ。やはり攻撃特化の天使と正面からかち合うのは分が悪いかな。

―《ニベルコル》」

「はーいっ!」

 

「任せて、お父様!」

 

「絶対五河士道なんかに負けたりしない!」

 

ウェストコットの言葉に答え、《ニベルコル》たちが士道に襲いかかってきた。

だが、彼女にらが飛びかかってきた瞬間、士道は流れるような動作で一体の《ニベルコル》と距離を詰める。

 

「んっ―」

 

と、その唇にキスをする。

 

「きゃ―」

 

唇を奪われた、《ニベルコル》が消滅し、それを目撃した《ニベルコル》が腰砕けになる。

 

士道はその隙を逃さず、距離を詰めると、目にも止まらぬ早さで《ニベルコル》の唇を奪った。

 

「はにゃ………っ!?」

 

「やぁ……お父様の前で……っ」

 

「やっぱり五河士道には勝てなかったよ……」

 

甘い声を上げて、キスをされた《ニベルコル》、及びそれを見た個体が消滅していく。

そう。

ニ亜の因子を元に作られた《ニベルコル》は、いわば最初から士道にデレている状態であり、こうしてキスをすることによって、その個体、及び「自分がキスされた」と認識した個体を封印することが可能だったのである。

しかし不死の尖兵が消し去られたというのに、ウェストコットは落ち着いた様子で顎に手を当てるのみだった。

 

「―ふむ、なるほど。

急に《ニベルコル》の数が減ったのは確認していたが、これは盲点だったかな。

興味深い現象だ」

 

その余裕ぶった態度が、無性に癪に触る。

 

士道は眉を歪めながら叫びを上げた。

 

「残念だったな、ご自慢の《ニベルコル》は俺には通じない……!」

 

「ほう? そう思うかね」

 

ウェストコットは薄い笑みを浮かべると、手を高くか影、指を鳴らした。

 

『……!』

 

すると士道の周囲を取り囲んでいた《ニベルコル》が眉を揺らしたかと思うと、隊列を組むように整列し、数名単位の一団となって士道に飛びかかってきた。

 

「無駄―だっ!」

 

士道は視線を鋭くすると、ニベルコルと距離を詰めてキスをする。

 

たが―《ニベルコル》たちの進行は止まらない。

 

「くっ…」

 

そこで士道は気づく。

 

飛び掛かる《ニベルコル》たちの目に《神蝕篇帙》のページが張り付き、その視界を封じていることに。

 

「ちー」

 

それが意味することに気づき、士道は後方へと大きく飛び退く。

 

《ニベルコル》が士道のキスに怯むのは、あくまで「自分がキスされた」という認識が、《ニベルコル》を動揺させるからだ。

 

ならばその目さえ封じれば、怯むことはない。

至極単純な道理ではりあった。

だが、言うは易し、行うは難し。

 

これだけの人数の《ニベルコル》が全て目隠しをしながら、一糸乱れぬ動きで士道を攻撃するなど、簡単にできるはずがはない。

 

《ニベルコル》は群体生命。

 

目役の《ニベルコル》がどけかにいて、視界を共有しながら戦うというのであるばそれも可能かもしれなかったが、逆に言えばそれは、目役はキスを認識してしまうことになる。

下手をすれば一網打尽になるだろう。

「……く」

そこまで考えたところで、士道は気づいた。

この場には、《ニベルコル》に情報を共有しながら、士道のキスを見ても怯まない。

最高の目が一人いることに。

「―どうかな?

単純だが、悪くない手だろう」

 

言って、《ニベルコル》の目―ウェストコットが、唇の端を歪める。

 

それと同時、目隠しをした考えたところニベルコルでたちが、再度攻撃をしかけてきた。

 

「きゃははははは!」

 

「今までよくもやりたい放題してくれたわねぇぇ!」

 

「責任取ってもらうんだからぁ!」

 

次々に飛びかかり、鋭い形に変形させた《神蝕篇帙・頁》を放ってくる。

「く……!」

 

士道は顔を歪めると、それを回避。

《絶滅天使》を操り周囲に光線を放った。

無差別に放たれる砲撃に、《ニベルコル》たちが吹き飛んでいく。

 

たがすぐに辺りに舞い散った《神蝕篇帙》のページから無傷の《ニベルコル》たちが這い出てきた。

 

「いったぁい!」

 

「やったわねぇ!」

 

「きゃはは、でもそんな攻撃じゃ死なないわよぉ!」

 

繰り広げられる乱戦を見ながらウェストコットは笑みを浮かべる。

 

「―なるほど、君は確かに《ニベルコル》の天敵とも言うべき存在だろう。

けれど、それだけで勝敗が決すると思わないことだ。

君は先ほどまでの戦闘で《ニベルコル》に勝利したと思っているようだが―それは指揮者のいない楽団の演奏を稚拙と笑うに等しい愚行だよ」

 

言って、ウェストコットが指揮者のように手を振ってみせる。

 

するとそれに会わせて、《ニベルコル》たちが踊るように空を舞った。

 

「ちっ」

 

士道は舌打ちをしながらその攻撃を避け、或いは《氷結傀儡》の障壁で防ぎながら顔をしかめた。

ウェストコットっという指揮者を得た《ニベルコル》は、先ほどまでの彼女らとは全く別の存在になったと言っていいほどの動きを見せていたのだ。

物理に任せて力を振るっていただけの集団が完全に統率された軍隊になったかのような感覚。

その執拗かつ慎重な連続攻撃に、士道は段々と追い詰められていく。

 

「………」

 

だが―士道の目には諦めは浮かんでいない。

 

確かに今の状況は絶体絶命っと言っても過言ないだろう。

 

だがしかし、ウェストコットの存在は、驚異であると同時に致命的な弱点にもなっているのである。

 

《ニベルコル》はウェストコットの持つ《神蝕篇帙》から生じた疑似精霊である。

ならば、その元を絶てば、如何に不死とて関係ないはずだ。

「―《絶滅天使》……!」

 

士道は意を決すると、無数の《絶滅天使》を空に舞わせ―

《ニベルコル》の密集地点めがけて、自分もろとも一斉射撃を放った。

 

「きゃ……!」

 

「な、何よもう、いきなり」

 

天から無数の光線が放たれ、辺りが一瞬目映い光に包まれる。

《ニベルコル》たちの悲鳴の中、ウェストコットは軽く目を細め、その閃光と辺りに立ち込める煙が消えるのを待った。

「―ふむ?」

 

そして、光線が炸裂した場所を見て、小さく首を傾げる。

だがそれも当然だ。

 

何しろ先ほどまでそこにいた五河士道の姿が、どこにも見えなくなっていたのだから。

「え? 何、自分の攻撃で消し飛んだの?」

 

「わたしたちに敵わないと思って自爆ぅー?」

 

「いやいや、逃げたんじゃないの?」

 

「きゃははは、どっちにしろダッサぁ」

 

《ニベルコル》たちが、笑い合う。

だが、ウェストコットは警戒を解かなかった。

如何に劣性とはいえ、あの少年が意味もなく自爆や撤退をしたとも考えにくい。

仮に撤退を選んだとしたなら、周囲の《ニベルコル》が感知してもいいはずだ。

「ねぇねぇお父様ぁ、どうする?」

 

と近くにいた《ニベルコル》が可愛らしく小首を傾げながら問うてくる。

 

「ふむ、どうしたももか―」

 

ウェストコットはそれに答えるように《神蝕篇帙》のページを捲り―その場から飛び退いた、

次の瞬間、ウェストコットがいた場所に、鍵のような錫杖の先端が突き出される。

 

今しがたウェストコットに話しかけてきていニベルコルが突然、攻撃が仕掛けられてきたのだ。

 

「くー」

 

《ニベルコル》が忌々しげに息を吐き、表情を歪める。

それを見てか、《ニベルコル》たちが驚愕に目を開いた。

 

「何、お父様に攻撃するなんて、どうしたのよあたし!?」

「反抗期!?

反抗期なの!?」

 

「いえーちょっと待って。

あれわたしじゃない!」

 

 

 

《ニベルコル》たちが口々に叫ぶと、ウェストコットに攻撃を仕掛けた個体は《ニベルコル》たちから距離を取るように飛び退き、その姿を別のものへと変質させた。

 

つい先ほど姿を消した、士道の姿へと。

 

「ち…やっぱり無理か」

 

《ニベルコル》から姿を戻す士道に本物の《ニベルコル》たちが、驚いたような顔をしながら士道を指差してくる。

 

 

「あ! あんた!」

「あたしの姿でお父様を襲うなんて……!」

 

 

《ニベルコル》が憤然とした様子で言う。

 

だが、ウェストコットはさして怒る様子もなく、むしろ上機嫌に笑ってみせた。

「―《絶滅天使》の砲撃で目眩ましをし、《贋造魔女》で《ニベルコル》に紛れ込む。

 

そして、一瞬の隙をついて《封解主》で《神蝕篇帙》の力を封印する……か。

なるほど、非常にスマートなやり方だ。

―それだけに、予想も容易だったがね」

 

「………」

 

士道の行動を正確に解説したウェストコットを無言で睨み付ける。

 

するとウェストコットは、何を今さらと言うように肩をすくめてみせた。

 

「私の魔王を忘れたかい?

全智の《神蝕篇帙》だよ。

精霊が持つ天使の力を識ろうとするのは、至極当然のことだと思うがね」

 

「……」

 

二亜から奪い取った天使の力を自分のもののように宣うウェストコットに怒りの感情が沸き上がってくる。

それをなんとか押さえながら口を開く。

 

「なら、これからその全智の力の及ばねぇ力でお前をぶっ倒す…」

 

「ほう…それは面白いな…」

 

士道の言葉にウェストコットが笑みを浮かべる。

 

「だが、その前に一つ聞かせろ…。

おまえは一体なんのために、精霊の力を求めるんだ。

一体なんのなめに―たくさんの人を傷つけるんだ…ッ!」

 

するとウェストコットはふむ、と一拍置いたあと、返してきた。

「新しい世界を作るためさ」

「新しい……世界?」

 

「ああ、苺やエオリオットから聞いていると思うが、私は魔法使いの末裔でね。

あるときその力を恐れた人間たちによって集落を焼かれ、仲間を皆殺しにされたのさ」

 

「…」

 

「だから私は始原の精霊《デウス》の隣界を以て、世界を上書きする。

私たちの家族を殺した人類に復讐するためにー」

 

と、ウェストコットは、どこか芝居がかった調子で言ったあと、唇の端を歪めた。

 

「―という理由なら、君にも納得してもらいやすいかな?」

 

「………何だと?」

 

眉根を寄せる士道にウェストコットは気安い調子で言葉を続けた。

 

「一説によると、人間が最初に得る感情は、『快』と『不快』の二種類らしい。

成長していくに従い、喜怒哀楽などの様々な感情に分化していくわけだが…どんな感情がも『快』か不快に属し、人は『快』を好み『不快』を嫌う」

 

「何を……言っている」

 

「実のところ、そう大層な理由ではないんだ。

たとえば社会的地位を得ることを『快』とするものが仕事に精を出すように。

人に愛されることを『快』とするものが誰かに施しを与えるように」

 

ウェストコットは、大仰に両手を広げながら続けた。

「私の場合は、それが少し人とずれていた。

それだけなんだ。

あとは何も変わらない。

 

自分の目標と好奇心のために、できる限りの努力をしているだけさ。

―イツカシドウ。

君は玩具を買うためにお金を貯めたことはないかね?

恋人が欲しくて身だしなみを整えたことはないかね?

そろと特に変わりはないよ。

―そういった意味では、私は極めて平凡な人間だ」

「――っ」

 

ウェストコットの言葉に息を詰まらせる士道。

 

戦慄が肺を満たし、本能的な拒絶感を覚える。

 

士道は今になってようやくウェストコットに覚えていた違和感の一端がわかった気がした。

 

彼は異常なのではない。

狂っているわけでもない。

むしろこの上ないほどに、極めてまっとうな人間であったのだ。

 

―ただし、士道とは別の倫理観において、人間とは相容れない生死観において。

 

「―さて、話が長くなってしまったね。

見せてみたまえ、全智の力の及ばぬ力とやら…ぐぉっ!」

 

 

余裕の表情を浮かべていたウェストコットの表情が苦悶の表情へと変わり、その身体は数メートル吹き飛んだ。

 

士道が一瞬でウェストコットとの距離を詰め、その鳩尾に拳を見舞ったのである。

 

「……《魔力瞬間兵装・完全解放》」

『オーバーロード・フリューゲルブリッツ』

 

地面に倒れるウェストコットと消滅する《ニベルコル》に士道と《オーディン》の声が重なる。

 

全智の力を持つウェストコットに対して士道が取った手段はとても単純なものだ。

 

《神蝕篇帙》が開かれるよりも早く、ウェストコットに拳を叩き込むー。

 

これを士道は強化魔法の重ねてかける《魔力瞬間兵装》を更に二重でかけることで成功させたのである。

 

だが、通常の《魔力瞬間兵装》と異なり、《魔力瞬間兵装・完全解放》は消費魔力、発動までの時間が大きいというデメリットがあるのだが、消費魔力は苺とクローリーの《魔力共鳴》により問題は解決しており。

発動までの時間は天使を使ってのウェストコットとの立ち回り。

そして、先の会話によって時間を稼ぐことが出来たのだ。

 

士道は破壊されつくした地面を歩くと、瓦礫に背を預けるように横たわるウェストコットを発見する。

纏っていた漆黒のスーツはボロボロになり、全身の至るところから血が滲んでおり満身創痍といった様子だった。

 

「……おや」

 

しかしウェストコットは、痛みをまるで感じていないような調子で瞬きをすると、士道の方に視線を寄越した。

 

「やられてしまったようだね。

これが終着点か。

ふむ…存外呆気ないものだな」

 

「…おまえ―」

 

その姿に士道は先ほどでまで忘れかけていた感情に火がつくのを感じた。

 

何度も己を殺され、大切な人を傷つけられた怨み。

士道の中にある不感情に答えるかのように、その右手に天使が顕現する。

 

「…《封解主》‐【閉】」

 

ウェストコットの傍らにある《神蝕篇帙》へ向けて、速やかに降り下ろす。

そのまま《封解主》を回すと《神蝕篇帙》から発せられていた霊力が鎮まっていく。

これで、一時的とはいえ《神蝕篇帙》の力は封印され、ウェストコットを無力化されたと言っていいだろう。

 

「いいのかね、私を殺さなくて」

 

 

「うるさい。負けたやつがとやかく言うな」

 

「はは、まるでエリオットのようなことを言う。

…残念だな。

死の感覚というものに興味があったのだが―」

 

―と。

そこでウェストコットが言葉を止めた。

否―言葉を発せなくなった、と言った方が正しいだろうか。

 

はんの瞬きほどの間に、世界がモノクロに様変わりし―ウェストコットの胸元から、灰色の光を放つ結晶が浮かび上がったのてある。

 

「な…!?」

 

士道が驚愕に目を見開くと、周囲に視線を巡らせる。

明らかに、異常な光景。

 

つい一瞬前まで辺りに広がっていた廃墟が、白と黒で構成された幾何学的的な空間に変貌していた。

「これは…どういうことだ…?」

 

『解りません』

 

疑問を浮かべる士道に《オーディン》が答える。

一度、周囲を見回した士道はウェストコットの胸元から浮かび上がった結晶が空へと、飛んでいったのだ。

すると、ウェストコットが、糸の切れた人形のようにその場に倒れ込んだのだ。

「おい!」

 

首筋に手をやるも脈はない。

 

「どういうことだよ…」

 

「―シン」

 

再び疑問を口にする士道に応えるように。

闇の中からその少女は姿を現した。

 

「…澪!」

 

そう。

荘厳な霊装を纏った精霊・崇宮澪が、いつの間にかそこに現れたのだ。

 

否ー、正確に言うのなら、先ほどまでの姿とは、装いが微妙に異なっていた。

 

彼女の背に負っている十三の星。

先ほどまで一つしか光が灯っていなかったが、今は目映い輝きを放っていたのだ。

 

「みんなはどうした?」

 

最悪の想像が頭を掠める中、言葉をこぼす。

 

士道の言葉を受け、澪がゆっくりと手を前に掲げる。

 

すると、彼女の背中に輝く十二の星から、美しい霊結晶が姿を現れた。

 

「な―」

 

それが何を意味するのか士道は直ぐ様理解する。

 

即ち、精霊全員の死。

 

「あ、あ……」

 

―間に合わなかった。

 

士道は、半ば無意識のうちに自分の喉から震える声が溢れるのを感じた。

 

状況を理解した脳から順に、絶望が身体を侵食していく。

 

視界が歪み、指先が震える。

全身から力が抜け、身を起こしていることさえ困難になる。

 

「―準備は整った」

けれども澪は、そんな士道とは対照的に、静かな声で告げた。

「これでずっと一緒だよ。―シン」

「嘘…だ……」

 

唇からそんな 言葉を漏らしながらも。士道はその場に膝を突くことしかできなかった。

 

「……ぁ、あ……」

 

力ない声が、半ば無意識のうちに喉から零れる。

すると士道はが見つめる地面に、影が落ちた。

―いつの間にか、澪が士道が見つめる地面に、影が落ちた。

―いつの間にやら、澪が士道の目前にまでやってきていたなである。

 

「……シン」

 

澪は、愛おしむような、悲しむような声音でそう言うと、士道の頬を優しく撫でてきた。

 

「……ごめんね。

君を悲しませるのは、私も望んではいなかったのだけど」

 

でも、と澪が続ける。

 

「大丈夫だよ。

すぐに―その悲しみは消えるから。

だってシンは、私以外の精霊を初めから知らないのだもの。」

 

 

この罪は、私だけのもの。

だから、シンがこれ以上自分を責めることはないんだ」

 

「俺、は…」

 

士道は蚊の鳴くような声を発しながら、澪の顔を見返した。

一時間前まで、彼女を止めなければならないと思っていた。

皆と一緒に生き残るのだと、強く心に刻んでいた。

 

だが、今一つ何もかもが、どうでもよくなっていた。

 

士道の帰りを待ってくれる精霊たちは、もう誰もいないのだ。

 

「……」

 

―この身を裂くような絶望から解放されるならば、もう、澪に身を任せてしまった方が楽なのではないか―

自暴自棄になっていることはわかっている。

だが、もう全てがどうでもよくなっていた。

「……シン」

 

澪が、士道の頭に触れる。

 

「……」

 

身体もとうに限界を迎えていたが、それ以上に心が抵抗する気力を失っていたため、士道はその手を振り払うことが出来なかったのだ。

 

「ん―」

 

澪が目を細め、手に力を込める。

 

(―)

すると、ゆっくりと士道の意識がぼやけていった。

 

(…ド―)

 

 

痛みはない、春の陽気に微睡むような、心地よい感覚。

 

(…シドー)

 

それはなんと優しく死で―

 

『シドー!!』

 

―と。

 

 

「……ッ!?」

 

不意に何処からかそんな叫び声が聞こえた気がして―士道は、目を見開く。

 

一瞬、幻聴を疑うが次の瞬間に目に飛び込んできたものが、それを否定していた。

 

「な―」

「……何?」

 

 

士道が息を詰まらせると同時、澪も微かに眉を歪める。

 

それも無理からぬ事である。

 

何しろ、澪の霊装に輝いていた13の星のうちの一つに、亀裂が入っていたのだから。

 

『――ぉぉおおおッ!』

 

次の瞬間。

澪の霊装の一部が、内部から切り裂かれるように弾けとんだかと思うと―その中から、《塵殺公》を握った十香が飛び出してきた。

 

十香は士道の首根っこを掴むと、そのまま澪の手を剥がし、大きく跳躍して澪と距離を取る。

 

「シドー! 無事か!」

 

「十香…!?」

 

「まだ何も終わってないぞ。

……さあ、立つのだ、シドー!」

 

「ああ、確かにそうだな!!」

 

 

鼓舞する十香の言葉に士道力強く頷いた―。

 

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