デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第八十八話『引き金に指を掛けたのは』

 

「…そう、か」

 

切り裂かれた自らの霊装を一瞥してから、澪が視線を向けてくる。

 

「……やはり君か―十香。

……ああ、そうだろうね。

もしも私に立ち向かう者がいるとするなら、それはきっと君だと思ってたよ」

 

「……何?」

 

澪の言葉に、士道は眉根を寄せた。

 

それに対して澪がどこか感慨深げな口調で答える。

 

「…私は自分の力を十三の霊結晶に分け、人間に与えて精霊を作った。

……けれどなんの因果か、その霊結晶の中の一つに、自我が芽生えてしまったのさ。

―あたかも、私が生まれたそのときのようにね」

 

 

「それが十香ということか…」

 

十香の方に目を向けながら言うと、澪がゆっくりと頷いてくる。

 

「…シン、君も気づいていたのではないかな?

他の精霊と、十香との差違に。

他の精霊が持っていて、十香が持ってなかったものに」

 

「ああ」

 

 

令音の言葉に士道は頷く。

 

折紙。ニ亜。凶三。四糸乃。琴里。六喰。七罪。耶具矢。夕弦。美九。桜。雷華。凜音。

 

 

彼女らにあって、十香だけが唯一―名前を持っていなかったのである。

「………」

しかしその事実を告げられてなお、十香は狼狽えた様子を見せなかった。

 

否、正確に言うならば、それを既に知っていたような様子だった。

 

十香が、強い意思の光をその瞳に宿しながら、唇を開く。

 

「―困惑はある。

名を持っていなかったから、シドーに名をつけてもらうことができた。

私は、人間ではなかったから、こうしてシドーの前に立つことができた!」

 

「十香―」

 

十香の気高き決意に、家具に、身が打ち震えるような興奮を覚える。

士道は、澪に剣を向ける十香の横に立った。

「!シドー?」

 

「まだ、何か手があるかもしれない。

もう、諦めたりしない。

―一緒に戦わせてくれ」

「……! うむ!」

 

十香が、力強く頷き、《塵殺公》を握る手を力を込める。

それを見てか、澪が息を吐き、目を細めてきた。

「……少し予定が狂ってしまったが、まあ、いいだろう。

結末は何も変わらない」

 

すると澪の声に答えるかのように、澪の背後に無機的な大樹が姿を現し、それに合わせて異空間が膨張していった。

ついでその図上に、花のような天使が現れる。

 

「……十香、あれは?」

 

「うむ―《輪廻楽園》と《万象聖堂》……と言っていた。

気を付けろ。

この空間内では全ての法則は澪の思うままだ。

あた、あの花から出る光を浴びると死ぬ。

霊力を持っていないと近くにいるだけで死ぬ」

 

十香の簡潔な、しかしそれゆえにショッキングな回答に、苦笑を浮かべた。

 

「……おいおい、苺さんの《アリス・イン・ワンダーランド》よりヤバイじゃんかよ…」

 

「ああ、ヤバイぞ。

―諦めてしまったか?」

 

「まさか」

 

士道が言うと、十香は唇の端を上げた。

そしてそれを合図にするように地を蹴り、《塵殺公》を 勢いよく振り下ろす。

 

「うおおおおお―ッ!」

 

 

剣閃が衝撃波になり、澪へと迫っていく。

澪は身動ぎ一つせず、それを受け止めようとする。

だが。

 

「……!」

十香の剣撃が触れる寸前、澪は眉を動かしたと思うと、体を反らす。

澪の鼻を剣閃が通り過ぎていき―ほんの僅かだが、霊装の一部が切り裂かれる。

「―おおっ!?」

 

それを見てか、攻撃を放った十香が目を円くした。

 

「やったぞシドー!

攻撃が通ったぞ!」

「あんまりダメージは無さそうだがな…」

 

「何を言う!先程まで【最後の剣】ですら傷一つつかなかったのだぞ!?」

 

「何だって…?」

 

十香の言葉に、士道は眉値を寄せた。

澪は圧倒的な力を持つ始原の精霊。

だが、微かではあるものの澪の霊装は十香の《塵殺公》によって切り裂かれた。

一体何があったのだろうか?

 

「……!」

 

考えること数秒、士道はあることに気づく。

 

そう。

十香は今、限定霊装ではない完全な霊装を顕現させていたのだが―士道は、以前十香が霊力を完全に取り戻したような感覚を覚えていなかったなである。

要するに、士道の中にはまだ、十香の霊力が存在していたのだ。

 

ころが何を意味しているのかわからなかったが、これが絶対の精霊である澪を崩す、蟻の一穴である気がしてならなかった。

 

「……」

 

士道の思考を察したように、澪は微かに表示を動かしたのち、十香に視線を戻した。

 

「……なるほど。

これは、少々厄介なようだ」

そして小さく息を吐き、こちらに向き直る。

「―失礼をした。十香。

 

もうここからは君を侮ることはしない。

全霊を以て、シンを君から奪い取ろう」

「そうはさせん!

シドーは―」

 

澪の言葉に応ずるように叫び、十香が再び地を蹴る。

「シドーは、私のものだ!」

 

「へ…?」

 

士道は予想外の言葉に一瞬驚くが、直ぐに気を取り直して、十香のサポートに回る。

 

「―」

一撃、二撃、三撃と目に求まぬ速さで振り抜かれる剣撃を光の帯を伸ばしながら応戦する。

 

『恐らく、澪の中から脱出する際に、他の精霊や澪の霊力を、少しずつ奪っていったのだと思いますす。

《塵殺公》からは【最後の剣】以上の霊力を感じます》

 

二人の戦いを見ていた士道に《オーディン》が解説する。

そんな《オーディン》の説明を余所に、士道は澪と十香がよく似た姉妹のような印象を抱いていた。

―十香は、澪と同じく他の精霊とは異なる生まれ方をした存在である。

正しく言うならば、澪以外に存在する、唯一の純粋な精霊と言ってもいい。

 

澪と同じく無から生じ、

澪と同じく名を持たず、

そして―澪と同じく、士道と出会った。

 

いうなれば、澪の写し身である。

そんな彼女が今、澪の力を使い、澪の前に立っている。

 

その巡り合わせに、奇妙な感慨を抱く士道。

 

「おおおおおおっ!」

 

十香が裂帛の気合いと共に《塵殺公》を振りかぶり、斬りかかる。

 

「《輪廻楽園》―【枝剣】」

 

澪は微かに眉を揺らすと、その名を唱えた。

 

瞬間、虚空から、剣のように研ぎ澄まされた《輪廻楽園》の枝が現れ、十香の一撃を防ぐ。

「ぬお……っ!?」

澪は《塵殺公》ごと十香を弾き飛ばすと、士道を一瞥する。

 

そう。

士道は《破軍歌姫》で以て、十香に力を与え続けていたのだ。

 

無論、それだけでなく士道は澪を倒し、精霊達を生き返らせる方法はないか、思考を巡らせていた。

「……ああ、やっぱり君に、絶望は似合わない」

 

 

澪は独白すると、視線を鋭くして十香に向き合う。

 

そして、両手を広げ、再度向かってくる十香を迎え撃つ。

 

「―貫け、《輪廻楽園》」

 

唱えた瞬間、澪の周囲の空間が歪み、そこから《輪廻楽園》の『根』が幾本も放たれた。

 

「何……ッ!?」

 

十香が『根』を振り払う。

 

だが『根』は鞭のようにしなると、十香を迫る。

 

澪の霊力を得た十香に、《輪廻楽園》の法は適用されない。

 

だがその『根』で 以て貫かれば話は別だ。

 

澪は手を掲げると、十香の身体目掛けて『根』を伸ばした。

が―次の瞬間。

 

「十香!」

 

叫びとともに、士道が十香の前に飛び出す。

 

「………っ!」

 

突然のことに、澪は微かに肩を震わせて、 士道が倒れたときの光景が脳裏によぎったのか攻撃を止める。

 

「……くー」

 

澪は微かに表情歪めると、『根』を操って士道の身体を遠くに投げ飛ばした。

 

「ちっ……!?」

 

そんな声と共に、士道が着地する。

 

戦闘の邪魔にならないように士道を投げ飛ばした澪であるが、無理に攻撃を止めたため、一拍の隙を作る。

 

そして十香にとってそれはこの上ない好機である。

 

「―〈塵殺公〉!」

十香が天使の名を叫び、踵を地面に叩き付ける。

 

それに応ずるように、地面から十香の身の丈を越える巨大な玉座が姿を現す。

 

―【最後の剣】。

 

それを目にした瞬間、士道の脳裏にその言葉が浮かぶ。

 

〈塵殺公〉、最大最強の一撃。

今の十香から放たれる【最後の剣】が直撃すればいかに澪とて無事には済むまい。

 

「〈万象聖堂〉―【蕾砲】」

 

澪は両手を前に突き出すと、虚空に掌大の球体を顕現させる。

 

恐らく、十香の言っていた直死の光弾というやつだろう。

球体は一瞬で花開くと、その中心から十香目掛けて死の光を放った。

 

【最後の剣】は確かに強力無比な一撃であるが、放つためには幾つかのプロセスが必要である。

 

王座を呼び出し、分解し、剣に纏わせ、振り上げる。

 

そして、全ての力を剣に集中させたその瞬間、十香は一瞬無防備となる。

 

それを狙って〈万象聖堂〉の一撃が放たれれば、澪の力を持つ十香と言えども無事ではすないだろう。

 

「―【装】!」

 

だが、次の瞬間、十香が分解した玉座の破片を、手にした剣ではなく全身に、あたかも鎧のように纏わせたのだ。

そして、すんでのところで身を捻り、〈万象聖堂〉の光線を回避する

 

「なー」

 

始めて目にする姿に驚愕する澪。

 

「はああああああああ―ッ!」

 

金色に輝く鎧を纏った十香が、〈輪廻楽園〉の『根』や『枝』を力任せに弾き一瞬で澪へと肉薄。

 

そしてその勢いのまま剣を振り下ろし、澪を袈裟懸けに切り払う。

 

濃密な霊力で編まれた霊装が綺麗に切り裂かれ、澪の白い肌に傷がついた。

 

どこか陶酔したような表情で、澪は血に塗れた顔を上げた。

「…見事だ、十香」

たとえ仲間が殺されようと、自分が取り込まれようと、十香は希望を捨てず、澪の前に立ってみせた。

 

「……その気高き心に、想いに、最大限の敬意を表する。

―私も、それに応えよう」

 

澪のそう言うと、十香の目を見つめた。

 

そして、唱える。

 

澪が持つ、最後の天使の名前を。

 

「―〈 〉(アイン)」

 

瞬間。

世界に、光が満ちた。

 

「………っ!

十香…!?」

 

―十香が玉座を身に纏い、澪に斬りかかった瞬間、異空間内が真っ白に塗る潰される。

澪に吹き飛ばされていた士道は、目を覆い十香の名を叫ぶ。

そして、どれくらい時間が経過したのだろうか。

士道が目を開けると、そこには、霊装を切り裂かれ、身体を血に染めた澪の姿があった。

「……!」

 

痛ましい澪の姿へ戦慄を覚えると同時に、十香の一撃が届いたという興奮が、同時に心に押し寄せる。

 

たが直ぐに、士道はその違和感に気づく。

 

「十、香……?」

 

そう。

 

今し方た澪に斬りかかった十香の姿が、どこにも見えなかったのだ。

すると澪が、細く、長く、息を吐いてから、視線を向けた。

「……十香は、もういないよ」

 

「まさか、お前!」

士道はその言葉の意味するところに思い至る。

 

恐らく澪は十香を驚異と認識して、先ほどの士道のように、どこか別の場所へと転送してしまったのだろう。

となれば、十香は士道は十香が戻るまでに、一人で澪と相対させねばらならない。

 

いや、士道は近くに転送されたならまだいいが、十香が士道と同じ場所に飛ばされたとは―

 

と、士道が警戒しながら、そんなことを考えていると、その思考を察したように澪がゆっくりと首を横に振った。

 

「別の場所に移動させたわけじゃあないよ。

そもそも、私の力を奪った十香に、あんな小手先の技は通用しないから」

 

「なら―」

 

嫌な予感に士道が尋ねると、澪が静かに唇を開いた。

 

「―言ったでしょう。

 

もう、いないんだよ。

どこかへ飛んだわけでも、死んだわけでもなく―消えて無くなったんだ」

 

「……ッツ」

 

「無の天使〈 〉は、あらゆる条理を無視し、全てのものを『消滅』させる。

まう一度言うよ。

十香はいない。

この世界のどこにも」

黙り込む士道に澪は続ける。

「もちろん、十香が持つ霊力も一緒に消えてしまうから、この天使を使うつもりはなかったんだけど…あの十香を確実に仕留めるには仕方がなかった。

―逆に言えば、私は奥の手を晒さなければならないほどに、十香に追い詰められてしまったんだ。

 

どうか十香を誉めてあげて。

彼女は、君への思いだけで、自分の限界を越えてみせたんだ」

 

言いながら澪が手を掲げ、自分の傷口を撫でる。

 

すると、まるで映像を逆回しするように傷が塞がっていき、次いで切り裂かれた霊装までもが元の形に戻っていった。

 

「…さあ、シン。

これで本当に邪魔者はいなくなった。

―安心して。

十香の消滅によって幾分か霊力は消えてしまったけれど、君を完全なシンに戻すには十分だ

 

澪がゆっくりと士道に向き直る。

 

「―《絶滅天使》……ッ!」

 

手を掲げ、光の天使を顕現させて澪目掛けて幾条もの光線を放つ。

 

確かに、先ほど異常に絶望的な状況である。

 

精霊たちは全員殺され、最後の希望であった十香さえもが消し去られた。

 

だか、士道は屈しなかった。

 

無敵の精霊に向けて吼える。

 

なずなら士道は誓ったのだ。

十香に、精霊たちに。

 

決して屈しない、決して諦めないと。

 

「うおおおおお―ッ!」

 

左手に《氷結傀儡》、右手に《灼燗滅鬼》を顕現させ、冷気と炎を同時に放つ。

だが澪は、身じろぎ一つすることなくそれらの攻撃を受け止める。

 

まるで身体の表面に目に目えない膜が張っているかのように、全ての攻撃が通用しない。

 

十香が霊装の端を切り裂いただけで驚いていたのがよくわかる、出鱈目な力の差だ。

 

しかし、士道はそれでも諦めなかった。

 

《封解主》で以て力の封印を試みる。

《桜光宝杖》で無数の光弾を射つ。

《颶風騎士》の風を放つ。

《凶禍楽園》で守護天使を召喚する。

《破軍歌姫》の声を響かせる。

《塵殺公》で、斬り付ける。

士道は思いつく限りの天使を用い、澪に抵抗を試みた。

 

だが―

 

「…無駄だよ」

 

「……ッ!」

 

澪が一言発しただけで、士道の攻撃が全て、かき消された。

そして次の瞬間、澪が小さく指を動かしたかと思うと、地面から光の帯のようなものが生えてきて、士道の足に絡み付いた。

 

「な………」

 

「ごめんね、あまり飛び回られても面倒だから」

 

澪はそう言うと、地面を蹴り、重量を感じさせない不思議な軌道を描いて士道のもとに近づいてきた。

 

「くー」

 

士道は拘束を逃れるように暴れまわるが、光の帯はまるで士道の足と同化しているように食い込んでびくともしない。

 

それどころか、《塵殺公》で切り払おうとしてもしても傷一つつかなかった。

 

そうこうしている間にも澪と士道は手を伸ばせば届く程の距離に近づいてきた。

「シン…」

 

恍惚とした表情で士道に手を伸ばす澪。

対する士道は先ほどまでの慌てた様子が嘘だったように、落ち着きを落ち着いた様子である。

 

澪は士道が諦めたものだと判断したのか、更に距離を詰めてくる。

 

がー

 

「残念だが、ゲームセットには未だ早いぜ。

澪。」

 

顔に獰猛な笑みを浮かべ、士道は澪の胸へ歪な形状の短剣を突き立てる。

 

次の瞬間に士道の足に絡み付いていた光の帯が消滅する。

 

「なー!?」

 

驚愕したように目を見開く澪。

 

澪に突き立てた短剣は《破壊すべき全ての符‐ルールブレイカー》。

 

突き立てた相手の異能を無効化させるものであり、以前にドニが使用していたものを《贋造魔女》で模造したものだ。

 

無論、澪にとってはこの程度の攻撃など蚊の刺す程度のものなのだろう。

 

だが、士道にとって、ほんと一時でも時間が稼げれば十分だった。

 

「狂三、いるんだろ?」

 

「―――きひひ、ひひ」

 

士道の言葉に応えるように、特徴的すぎる笑い声が辺りに響く。

 

「―ああ、ああ、どうやら間に合ったようですわね。

士道さん、よく生きていていてくださいましたわ」

 

「よう、狂三。

やっぱりお前も生きてたんだな」

 

そう、そこに死んだはずの精霊・時崎狂三がいたのだ。

 

「くひひ、でもなんで士道さんは私が生きていたと思っておられたんですの?」

 

「お前が最後に撃った《刻々帝》の弾丸。

その射線上に分身体を見つけたからな…もしかしたらとは思ってたんだ」

「なるほど……【一一の弾】、か」

 

問うた狂三に、士道と澪が答える。

 

「―きひひ、ご明察ですわ、士道さん、澪さん。

わたくしはおよそ一時間前の過去から未来を託された、時崎狂三の分身体。

貴方の思惑をぶち壊すために遣わされた、最後の刺客ですわ」

 

言って狂三が、両手に持った古式銃と短銃を構える。

 

それを見てか、澪が小さく息を吐いた。

「……本気で言っているのかい?

分身体が、私に叶うとでも?

 

「本物の『わたくし』はあなたに殺され、わたくし以外の分身体も消え去ってしまいましたけれど―わたくしは、【一一の弾】に込められた霊力と能力を受け継いでいますのよ」

 

「それで私にを倒せると思っているのかい?」

 

「別に、貴方を倒す必要はございませんわ」

 

構えた短銃を士道に向けて狂三は応える。

 

「それでは、士道さん。

覚悟は宜しいですの?」

 

「ああ、頼むぜ。

 

狂三」

 

頷いた士道に応えるように、狂三はその天使な名を叫んだ。

 

「―《刻々帝》―【六の弾】!」

 

「……なに―?」

 

それを見てか、澪が初めて、その表情に動揺らしきものを滲ませる。

しかし―遅い。

 

狂三は士道のこめかみに銃口を押し当て―その引き金を、引いた。

 

 

 

 

 

 

「―!」

 

靄がかかった意識が覚醒したとき。

 

士道の目には、満天の星空が広がっていた。

 

「……ここは……」

 

士道は上に向けられていた顔を下ろすと、辺りの様子を確認するように首を回す。

ガラス張りの天井。

白い部屋。

壁際には飲み物の自販機と、申し訳程度の観賞植物。

長椅子に腰掛けた士道の手には、ミルクティーの入った紙コップが握られていた。

 

―間違いない。

〈フラクシナス〉の休憩エリアだ。

 

士道は紙コップを椅子に置くと、ポケットからスマホを取り出し、その画面に記された日付を確認した。

 

「― 二月、十九日―」

 

それは、〈ラタトスク〉とDEMの最終決戦のそして、精霊達が澪に殺される日の、一日前の日付だったのだ。

 

「………」

 

士道は溜め息をつくと、表情を険しくした。

 

確かに、【六の弾】による意識のみの時間遡行は成功した。

士道は消滅の結末から、脱することができた。

 

しかしだからといって、全ての問題が解決したわけではない。

始源の精霊・崇宮澪。

〈神〉の名で呼ばれる究極絶対の精霊。

ならば、だからこそやるべきことは何も変わらない。

士道は立ち上がると、休憩エリアを出ていった。

そして、長く延びる〈フラクシナス〉の廊下を、歩いていく。

 

「……!」

 

そこで、士道は眉を揺らすと、足を止めた。

廊下の先に、一人の女性を見つけたのだ。

 

―〈ラタトスク〉解析官・村雨令音。

 

精霊・澪の仮の姿である。

士道は意を決するように拳を握り込むと、再度足を踏み出した。

 

「―令音さん」

 

「……ん?

ああ、どうしたかね、シン」

 

令音が、普段通りの調子で言ってくる。

けれどその『シン』という呼称を、今までと同じように受けとることは、できそうになかった。

 

だが、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。

士道は細く息を吐くと、令音の目を見つめながら言った。

「令音さん。

―明日、俺と、デートしませんか?」

 

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