「陽乃宮桜?お前………夜刀神と鳶一と言う女がいるだろ…ぐほぉ!!」
「良いから質問に答えろ。
あと俺はそれ程強い力で殴って無い」
四糸乃の精霊の力を封印した翌日、士道は桜について調べるために女子ペディアこと殿街にいろいろと尋ねていた。
先ほど、彼が上げた奇声は士道が殿街の腹にボディーブローを食らわせたのが原因である。
「全く、お茶目がわからんやつだな。
っと…。
陽乃宮だったかな…」
そう言いながら殿街は上着のポケットから手帳を取り出して開く。
「陽乃宮桜…二年二組…。
スリーサイズは上から86・56・83。
このナイスバディと朗らかで明るい性格の持主で鳶一や十香ちゃんと同じく校内美少女ランキングベスト10に入ってるのだ!」
「へぇ~」
ハイテンションに言う殿街に士道は驚嘆する。
十香が美少女ランキングに入っているのは全く知らなかったからだ。
「だが五河…桜ちゃんを落とすのだけは諦めろ」
「ん?」
唐突に声のトーンを落とした殿街に士道は疑問の声を漏らす。
「桜ちゃんにはSMKとインビジブル・テンがついているからな」
「SMKって言うのは桜のファンクラブなのは想像がつくが…何が危険なんだ?」
尋ねた士道を手で制する殿街。
「まぁ、話を最後まで聞け。
SMKにはビッグ・ナインって言う運動部のレギュラーが有志を募って作られた桜ちゃんの親衛隊がある。
もし桜ちゃんに近寄ろうものなら…」
「鉄拳制裁が待っているって訳か…」
士道の言葉に殿街は頷き話を続ける。
「だが、本当に怖いのはビッグ・ナインよりも見えざる十人目。
インビジブル・テンだ」
「ほぅ」っと殿街の言葉に士道は頷く。
「インビジブル・テンは超凄腕の情報屋でな…。
ビッグナインの連中が大会で学校を空けてる時に桜ちゃんに告りに行った男がいるわけだが…。
どこで手に入れたのかインビジブル・テンはその男の恥ずかしい情報をネットで大暴露しちゃったわけよ」
殿街の言葉に士道は顔をしかめる。
誰でも殲滅したい過去の恥ずかしい記憶はある。
それをネットで大暴露されたのだ。
社会的に抹殺されたようなものである。
士道も一時期中ニ病だったこともありその時に書いた小説は士道にとってのトラウマであり、琴里達にそれをネットで公表すると脅されていた身としては他人ごとでは済ませられない。
「っと言うわけで、五河よ…悪いことは言わん、桜ちゃんだけは止めておけ」
「まっ、友人の忠告として聞いとくー」
そう言うと士道は制服のポケットからUSBメモリーを取り出すと殿街の机の上に置く。
「これが約束の情報料だ」
「おう、悪いな…中ー」
何かを言おうとした殿街はそこで言葉を区切る。
十香が手紙のような物を持って士道達の元へとやってきたからである。
「シドー、サクラからこれを預かったぞー」
「五河…お前、いつの間に桜ちゃんと…」
十香の言葉に殿街だけではなくクラス中の男子が嫉妬と殺意の入り混じった視線を向けられるが士道はこれを無視することにした。
『まさか精霊の方からアクションを起こしてくれるなんて願ったり叶ったりだわ』
インカム越しに琴里はそう宣う。
手紙には伝えたいことがあるから放課後に屋上へ来てほしいと言うテンプレな内容が書かれており、士道は現在呼び出しに応じてその場所に向かっている所であった。
『ところで士道、ひとつ気になっている事があるんだけど…。
さっき殿街から精霊‐桜の情報を聞き出す時に言ってた報酬って何よ?』
『ん?お前の寝顔写真が入ったUSBだが?』
『なっ!?いつの間にそんなもんを撮ったのよ!?
っと言うかどうやって私の部屋に入った!!』
等と怒鳴る琴里の言葉を聞き流しながら士道は屋上へと通じる扉に手をかける。
『それについては後でキチンと話すから桜の機嫌のモニターを頼む』
まだ文句を言いたそうな琴里をそう言って黙らせると士道は扉を開けた。
神代高校の屋上は一般生徒の為に開放されている。
そのため昼休みは昼食をとっていたり、雑談していたりする生徒で溢れているのだが…今は放課後の為に只、一人しかいない。
即ち―。
「―桜」
士道を手紙で呼び出した人物、陽乃宮桜であった。
「あっ、士道くんー。
待ってたんだよー」
人懐っこそうな笑みを浮かべる桜。
「おう、桜、待たせたな」
対して士道はやや疲れたような表情をしている。
呼び出しに応じて屋上へと向かう道中にSMKやビッグ・ナインから妨害にあったからである。
多少、オーディンのサポートはあったのだがそれでも自分が魔法を使っている様子を悟られずに百人近いメンバーや運動部の精鋭を相手にするのは正直、骨が折れた。
「士道くん、大丈夫?なんか疲れてるみたいだよ?」
そんな士道の様子に気づいたのか桜は心配そうな表情になる。
「悪い、少し来る途中にいろいろあってなー
ところで桜、用って何だ?」
『余り、心配かけるのもなんだしな…』
っと思いながら士道は桜に用件を聞きに入る。
「うん…あのね…士道くん…えっと…」
言葉に言いよどみながら桜は耳をコンコンと指で小突くような仕草をする。
「とりあえず、昨日の事から…話すね?」
イタズラをした子供が親に謝ろうとするような表情を浮かべて桜は仕草に切り出す。
「士道くんも気づいているとは思うけど私はね…人間じゃないんだ…
精霊って呼ばれる存在なんだ…」
そっと胸に手を置いて桜はそう話始める。
「二年前…私はこの天宮市の隣、神宮市に現界したんだよ」
二年前…隣街である神宮市と天宮市の一部を消失させた大規模な空間震を士道は思い出す。
っと言うよりも士道にとって、その空間震の事は忘れたくても忘れられない。
何故ならば、士道が自身が魔法を使うことが出来る事を知ったのがその空間震だからである。
それと同時に先日、桜が放った霊力砲《桜色の聖剣》を思い浮かべる。
《氷結傀儡》の結界を一撃で大穴を開ける程の威力‐それを可能とするほどの霊力を持っているのだ。
ならばあれほどの大規模な空間震が引き起こされるのも納得が行く。
「その時に私は恐い人達に襲われたんだけどね…。
ある人に助けてもらってから私は隣界へと帰らずにずっとこの世界に存在を留めているんだよ」
先ほど、桜が言っていた恐い人と言うのはASTで間違いないだろう。
『んっ?』
その時、ほんの少しであるが士道の中に違和感のようなものが生まれる。
前記の通り、隣街は桜が現れた際に起きた空間震により壊滅状態にあった筈である。
そのうえ、桜とASTがドンパチやっている最中に出て行くなだ。 自分の事を言えた義理では無いが命知らずにもほどがあると言っても良いかも知れない。
だが次に桜が言った一言でその違和感が解消される。
「その人のお陰で私はこうやって学校へ通えたり、十香ちゃんや士道くんと知り合えたんだよ」
恐らく、フラクシナスが十香の偽造書類を作った事と同じような事を桜の恩人は行ったのだろう。
桜が言った『助けてくれた』っと言うのはそう言うことだと士道は理解する。
一応は疑問は一つ解決したがもう一つ疑問に思うことがあった。
気づいたらいなくなっていたと言った十香。
その時、士道は桜が隣界へと消失したものと考えていたが…桜の話を聞く限りは違うようであった。
「私から話しておきたかったのはこれで全部なんだよー」
にへらっと笑みを浮かべて言う桜に士道は口を開き言葉を紡いだ。
「桜、今度の日曜日デートをしよう。
俺はもっとお前の事を知りたい」
っと。
「美味しいー」
士道特製のサンドイッチを食べて頬を緩める桜。
二人がいる場所は市内にある市民公園だ。
中央にある大きな池にボート乗り場、グランドなどの遊び場が充実した天宮市民憩いの場である。
午前中にそれらの遊び場を堪能した後、芝生の上にランチョンマットを広げて昼食をとっているところだ。
『本当に、十香と言いこの娘と良い…美味しそうに食べるわねー』
っとインカム越しにそう言ったのは言うまでもなく琴里である。
先日の写真の件でご立腹だった彼女を近いうちに何処かへ遊びに連れて行くということで何とか機嫌を回復させて今日を迎えたのである。
『機嫌が良いことには超したことは無いだろ?』
念話でそう答えると士道は自分の分のサンドイッチを食べ始めた。
「はふぅ~、御馳走様なんだよー」
お腹一杯と言った様子で言う桜は何かに気づいたように士道を見つめる。
「さっ、桜?」
そんな桜の視線に士道は戸惑いの声を上げる。
「士道くん、ほっぺにマヨネーズがついてるよ?」
桜の言葉に士道は慌てて手をやるがどこについているのかわからない。
「私がとってあげるよー」
そんな士道を見かねてか桜が片膝を付いて身を乗り出す。
その時である。
「ふぁっ!」
そんな声を漏らして桜が足を滑らす、ならぬ膝をすべらして士道へと倒れ込んだ。
『おー、士道大胆ねー』
唇に何かを押しつけられる柔らかい感触に士道は目を見開く。
士道の目にも彼同様に目を見開いている桜が写る。
現在、士道は桜と唇を合わせている状態‐キスをしている体勢だったのである。
顔を赤くして恥ずかしげに顔を離す桜。
『桜の霊力は…封印できたのか?』
士道は落ち着いた様子でオーディンに尋ねる。
『大体、一割程です』
『桜の霊力の総量がから考えてそんなもんだろうな…』
『でも…まんざらでも無いみたいねー。
桜の機嫌は良いわねー
話でもして彼女からいろいろと情報を引き出してみなさいー』
オーディンの言葉に琴里と令音が意見を述べる。
士道はそれに答えるように右耳のインカムを小さく叩く。
「あのさ…桜…」
顔を赤くしている桜に士道は声をかける。
「少し、お前に聞きたいことがあるんだが…大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよ」
尋ねる士道に頷く桜。
「この間、桜が話していたお前を助けてくれた人についていろいろと教えてくれると有り難いんだ
が?」
以前、桜から話を聞いた時はとりあえず情報操作云々と言うことで士道は考えていたがやはり頭の隅に引っかかるものがあった。
『し…ど…い…わ…て…』
その時であった。
士道が右耳に装着するインカムに雑音が混じり始めたのは。
『琴里?』
念話で呼ぶが答えは無い。
『こと…』
『五河士道だね?』
もう一度琴里を呼ぼうとした士道に返ってきた返事は琴里とも、令音とも違う第三者のものだった。
『誰だ?』
『見えざる十人目―って答えたら君にもわかるだろう?
一応は桜の保護者をやってるよ』
尋ねた士道にインカムの声はそう答える。
『《フラクシナス》に何をした?』
『今は通信システムの一部と操舵系、並びに転移装置をハッキングして使えなくしているだけだけど…君の態度次第だよ?』
『……』
まるで挑発しているような少女の口振りに士道は黙る。
『全く…桜も桜だよ…人がぐっすり寝ている時に勝手に男と遊びに行く約束して出て行くしー』
「雷華~、ゴメンなんだよ~。
一応は何度も起こそうとインカムをトントンってしたんだよー」
『それは起こす事にならないし!』
等と言い合う二人に『仲がいいんだな~』っと思う士道。
『まぁ、良いや。
話が反れたね。
ボクは人間が嫌いでね…。
桜の保護者をやっている者としては君に彼女の力を預けて良いかどうか不安なんだ。
だから君を信じるに足りるかどうか見せてほしい。
桜やれるかい?』
雷華の言葉に桜は頷くとその言葉を口にした。
「《解放されし聖剣の鞘‐レーギャルン‐》!!!」っと…。
桜の言葉と共に人の気配が消え、世界が蒼く染まる。
『結界!?…いや?』
『固有結界です』
士道の疑問を引き継ぐように《オーディン》がそう答える。
周囲と隔絶された空間を形成する結界に対して固有結界は世界そのものを新しく形成する大魔術である。
外界から隔絶されるためにインカムからも応答は無い。
「私の霊力は強すぎるんだ…。
目に見えるすべてのものを壊しちゃう…。
だから自分自身に枷としてこの固有結界の中でしか本気を出せないようにしたの…。
本気を出せば私はこの大好きな世界が壊れちゃうかもしれないから…。
でも私は恐いんだよ…いつか自分自身のこの力が暴走しちゃうんじゃないかって!」
酷く、悲しくそして辛そうな表情を浮かべて桜は言う。
「…めてやるよ…」
そんな桜に士道は言葉を紡ぐ。
「ほえ…」
「お前に世界を壊させたりなんかしねぇ!!
俺が全部!お前の辛いのも恐いのも受け止めてやる!!
だから全力で来い!桜ぁ!!」
その言葉に桜は頷くとその言霊を口にする。
「《桜光宝杖‐ミカエル》!!」
桜が叫ぶと同時に法衣のようなら霊装を纏い、桜色の宝玉がつけられた長い杖と展開、それを腰だめに構える。
士道も桜が構えると同時に疑似霊装を展開させて距離を取っている。
「―――」
士道が距離を取ると同時に桜の方にも動きがあった。
凄まじい勢いで霊力が彼女の構える杖へと収束していくのだ。
『なるほどな…桜が世界を崩壊させるかもしれないと言ってたのも頷ける…』
肌が泡立つようなプレッシャー、それと同時に収束した霊力が渦巻きながら桜自身を隠すほどの桜色の光球を形作る。
そのあまりの霊力に空間が大きく悲鳴を上げて軋む。
喰らえば士道など跡形も無く消滅するだろう。
だが…。
それでも士道に勝算はあった。
先ほどデート中にキスをした時に得た霊力。
そこから新たな魔法が使用可能になったのだ。
そして士道の直感が正しければその魔法を使えば桜の全力すらも回避することが可能となる。
「士道くん!いくよ!!」
「ああ!来い桜!!」
桜の声に士道が答える。
「《神聖なる穢れなき桜光の聖剣‐レーヴァティン》!!!」
その言葉と共に杖から放たれるは世界すらも消滅させるほどの威力を持つ桜光。
しかし、士道はそれを前にしても尚動じる事なくその魔法の名を口にする。
「《そして誰もいなくなった‐ディメンション・ゼロ》」
っと。
《そして誰もいなくなった》…術者の存在そのものを一時的に消すといういうも術であり、士道たちが桜が隣界へと消失したものと勘違いさせた御業だ。
無論、
士道の持つ魔力の量では退避してられる時間は少ない。
だが‐《穢れ無き桜色の聖剣》を回避するだけにそれだけの時間は必要がない。
故に、桜が《穢れ無き桜色の聖剣》を撃ち終えると同時に《そして誰もいなくなった》を解除、桜へ向け走り出す。
全力を撃ち終えた桜に士道に抗する手段はない。
そのまま、士道は桜へと接近すると彼女の唇に自らの唇を押し付けた―。
その日二度目となる口づけに桜は目を気持ちよさそうに細める。
それを見つめながら士道は自分の中に彼女の霊力が入って来るのを感じる。
時間にして数十秒の長い口づけ…その後に士道はゆっくりと唇を離す。
桜の杖や霊装、結界がゆっくりと光となって解けていく。
「きれい…」
桜はそんな幻想的な様子を見ながらそう声を漏らす。
士道はそんな桜の様子を見てあることに気づき、桜を抱きかかえる。
「ふぇ!?しっ、士道くん!?」
目を丸くして驚く桜。
「桜…今の内に離れるぞ、公共の場所で流石にその格好はマズい」
士道の言葉に桜も顔を赤くして気づく。
今自分のいる場所と自分の格好にである。
士道はそんな桜を可愛らしいと思いながら足に力を込め、その場を離れた。