デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

92 / 96
第九十一話『ありえないはずの戦場』

『スター、マスター!』

 

「……っ!」

 

頭に響く《オーディン》の呼び声に、士道は肩を震わせる。

声の調子からして何度も声をかけられてきたようである。

すぐ様に状況を判断して令音から逃れるようにその場から飛び退く。

未来ては令音に触れられたことで、瞬間移動させられたり、記憶を消さりそうになったためである。

 

「……」

 

令音はそんな士道に、至極落ち着いた様子で腰を上げて口を開く。

 

「……ふむ、仕方ないこととはいえ、嫌われてしまったね。

君に拒絶されるのはなかなかにこたえるものだが」

 

寂しそうに呟く儚げな様相は、指一つで世界を滅ぼす精霊ではなく、恋人と喧嘩をしてしまった少女を思わせた。

 

「嫌ってなんかないですよ、むしろ今すぐ抱きしめて、もう一度キスしたいぐらいです 」

 

油断なく令音の一挙一投足に気をはらいながらそう返す。

 

「……私だってさ、君が愛おしくてたまらない。

君と再開した時、衝動のままに君を抱きしめなかったのを褒めてほしいぐらいだ」

 

「なら、いい方法がありますよ。

今ここで仲直りして、俺と、精霊たちと、みんなで一緒に暮らすんです、毎日楽しいですよ」

 

「……ああ、それは、魅力的だね。

私がシンと出会っていなければ、きっと乗っただろう」

 

小さく息を吐き、令音が続ける。

 

「……だがダメだ。 私はシンと出会ってしまった。

愛を知ってしまった私にはシンのいない人に意味も価値も無い」

 

「……」

 

令音の意志の強さは知っていたとはいえ、静かな、揺るぎない一言に肌が粟立つ戦慄を士道は覚えた。

士道は令音を見つめながら、思考を巡らせる。

 

作戦は失敗。

キスは成功したが霊力の封印はできず。

最悪のことに、彼女は経路を伝って未来の記憶を共有しているため不意を着くのは難しいだろう。

【六の弾】を使って過去に戻るのも彼女が見逃すとは思えなかった。

 

「……っ、う、く……?」

唐突に鈍い頭痛が思考を遮るように生じて、士道は顔を顰めた。

令音がなにかしたのかと考えたが、彼女もまた、士道の変調を不思議がっている様子だ。

それに、この感覚は未来で令音の手で真士の記憶が呼び起こされた時の感覚に似ていた。

だが、真士の記憶は既に蘇っている筈である。

『ならこれは……』

 

額に手を置いて、思考を巡らそうとしていたその時である。

けたたましいアラートがインカムを通じて響いた。

 

一瞬、令音の霊力を感知して、はたされたものかと思った。

 

だが、違う。

すぐに通信機から、‪琴里の声が響く。

 

『ー士道! DEMよ』

 

その言葉と共に、士道は空の彼方に、小さなシルエットを見つけた。

 

「……DEMの艦隊、か」

 

令音の口調こそ落ち着いたものに聞こえるが、どことなく負の感情を感じ取れた。

 

無理もない、DEMは愛おしい真士を奪った相手に他ならぬのだから。

 

「……本来なら決戦は明日だったはず。

ー《神蝕篇峡》か。

君たちの行動によって歴史が書き換わったようだね」

 

令音が独り言のように呟くと顔を下ろし、士道を見つめてきた。

 

「……さて、どうしたものかな。

未来の私は君を巻き込まないようにシェルターへと転移させたようだがー」

 

「……っ」

 

令音の言葉に、思わず身構える。

それを見てか、令音が息を零した。

 

「……そう構えないでくれ、というのも無理な話かなー」

 

とー、その瞬間、令音の言葉を遮るように、地面から令音の頭部に向けて一直線に黒い線が走る。

 

狂三の放った、影の弾丸だ。

 

「……ふむ」

 

前歯で弾丸を挟むようにして止めた令音は、それを吐き捨てると地面に蟠った影を見下ろす。

すると、次の瞬間、影の中から何発もの弾丸が令音目掛けて放たれる。

 

令音がそれらを軽く身を反らし、回避すると地面を蹴って、後方へと跳躍する。

 

「狂三……」

 

「ーきひひ、ひひ」

 

士道が名を呼ぶと特徴的な笑い声と共に、影の中から時と影を操る最悪の精霊が姿を現した。

 

「ごきげんよう、士道さん。

お元気そうで何よりですわ」

 

士道の方を振り向き、いつもの調子で笑う狂三。

「狂三……来てくれたのか……」

 

未来で見た狂三の胸を突き破って澪が這い出てくる様は彼女も分身体を通して伝わっている筈だー。

ならば何故ー。

 

「ええ、士道さんの窮地に私、颯爽と駆けつけさせてもらいましたわ」

 

狂三が笑みを浮かべながら言う。

 

それを見て、令音が顎に手を当て、息を吐いた。

 

「……狂三か。

ーよく来てくれた。

歓迎するよ。

君がいるなば話は早い」

 

「ーあら、あら」

令音の言葉に、狂三は大仰な仕草でそちらを向く。

 

「相も変わらず尊大で鼻持ちなりませんわね。

村雨先生ーいえ、澪さん?

私としたことが、まんまと謀られましたは。

まさか、私の仇敵がこんなにも近くにいただなんて」

 

そして、戯けるような、しかし怒りと憎しみを内包した声音で続ける。

 

「あなたをあなただと思って、きちんとお話するのは久々ですわね。

ー御機嫌よう。

ずっとずっと、あなたにお会いしたかったですわ。

あなたの腐れた夢とやらのつために、あのあと一体幾つの屍を積み上げまして? 私もそれなりのつもりですけれど、澪さんにはまだまだ遠く及びませんわ。

どあか秘訣をご教授いただけませんこと?」

 

 

「……」

 

皮肉と悪い塗れの狂三の挑発。

しかし、令音は眉1つ動かさなかった。

ー己の罪は、己が一番よくわかっている、とでも言うように。

 

「……まさか、そんな事を言うためにここに来た訳ではないだろう?

君はそこまで短絡的では無いはずだ」

 

「さて、どうですかしら。

私、あなたの顔を見ると、ついつい苛立って短気になってしまいますの」

 

「……本当にそうならば、それでもかまわないけれどね」

 

小さな吐息とともに言って、令音は続ける。

 

「……理由はどうあれ、これでこの場にウェストコットが持つものと、君のもの、残る2つの霊結晶が揃う。

ーシンを覚醒させるには十分な舞台だ」

 

「さて……そう上手くいきますかしらッ!」

 

狂三が吠えた瞬間、澪の周囲に幾つもの影が生まれ、中から分身体が姿を現す。

 

「きひひひひッ!」

 

「さぁ、さぁ、参りますわよ」

 

「往生してくださいましーッ!」

 

思い思いに叫びながら、両手に構えた二挺の銃の引き金を引く。

 

漆黒の銃弾が影の軌跡を描きつつ令音に炸裂する。

 

 否、着弾の瞬間、令音は地をけると宙を舞い、これを回避していた。

 

「ーきひッ!」

 

それも狂三の予想内だったのだろう。

狂三が顔を上げると、分身体たちの外周にいくつもの影が生まれ、新たな分身体たちが現れる。

 そして、空中に逃れた令音に向けて先ほどよりも多数の弾丸を放つ。

 通常よりも霊力が込められていたらしき無数の弾丸は精密極まるコントロールで一点に集約すると、凄まじい爆発を引き起こす。

だが、士道も狂三も緊張を解くことなく、霊力のいた場所から目を反らすことはない。

 

 あの程度で令音を倒すことなどできないと二人とも理解しているのだ。

 

その予想するを立証するように漂う黒煙が晴れ、淡い光を放つ霊装を纏う令音が静かに浮遊していた。

 形状が少々異なるものの未来で澪が纏っていたものだ。

 始原の精霊・〈デウス〉。 

神の名で呼ばれた精霊が、今ここに降臨した。

 

「…少々順序が逆転してしまったが、良いだろう。

ー返してもらうよ、狂三。

君の中にある霊結晶と、私の半身を」

 

「お断り…ですわっ!」

 

裂帛の気合いとともに、狂三が空に舞う。

辺りに展開していた分身体たちもまた、あとを追うように地を蹴った。

 

無数の狂三と、無数の弾丸が乱舞する。

如何なる生物の生存さえ認めない、凄絶なる漆黒の鉄風が吹き荒れる。

だが、令音は先程と異なり、弾を避けようとはしない。

霊装を顕現させた彼女にとって、狂三の銃弾など避ける必要すらない。

一発一撃が十二分に命を狩るに至る力を持った銃弾が、全て令音の霊装に触れる直前で動きを止めていた。

 

「……おいで、【私】」

 

静かな口調で令音が言うと、ゆっくり手を掲げ、手招きする。

 

瞬間ー

 

「……がッ!?」

 

分身体たちの指揮をとっていた狂三が苦しみ出し、その胸元から白い腕が顔を出していた。

 

「狂三……ッ!」

 

絶叫じみた声で狂三の名を呼ぶ。

それは未来でも目にした光景。

最悪の精霊時崎狂三が、容易く命を奪われる瞬間。

ーだが。

 

「ーきひ、ひ……ッ」

 

次の瞬間、自分の胸から突き出した腕を見て。

狂三は小さく、たしかにー笑った。

 

「……」

 

狂三の表情に諦めは無い。

狂三はそのような少女ではない。

残された望みが微かでも、幾重にも策を張り巡らせる。

そんな彼女がいたからこそ、士道はこうして生きているのだ。

「待って……いましたわ……この、瞬間をーッ!」

 

苦しげに、だが不敵に狂三は言うと短銃を握る腕に力を込めて叫ぶ。

 

「《刻々帝》ー!」

 

それに応じるように地面に蟠った影が、銃口へと吸い込まれる。

 

狂三は微かに震える手で短銃を持ち上げると、その銃口を令音ではなく、自分に向けて、引き金を引いた。

 

「な……!?」

 

乾いた音がして、狂三の頭に銃弾が撃ち込まれる。

 

次の瞬間、狂三の身体が一瞬ぶれて見えて気がした。

 

それだけである。

他に変わったことは何も無い。

《刻々帝》によって力を得た狂三が澪を引きずり出すでも、澪を押しとどめるわけでも無かった。

本来に、イレギュラーだったのは、狂三が自分を撃ったことのみ。

あとは士道の知るとおりだ。

狂三の体から一糸まとわぬ澪が現し、屍となった狂三は、打ち捨てられる。

それに合わせるようにして、狂三の分身体達もまた、苦しげに影な中へと消えていく。

 

「…………」

 

「…………」

 

令音と澪は視線を交わらせると、どちらからともなく近づいていき、両手を広げて抱き合った。

すると二人の身体が光を帯び、そのシルエットが一つになっていく。

輝きが収まったあとには、未来で見たのと全く同じ姿の澪が、そこに君臨していた。

「澪ー」

 

士道が呆然とその名を呼ぶと澪は頬を緩めて微笑む。

 

「うん。 こちらの姿では久しぶりだね。

 

ーいや、シンはもう、この姿の私に会ってるかな。

少しややこしいね」

 

言って、澪は何かに気づいたようにまゆを小さく揺らす。

 

「ー」

 

そこで、士道も気づく。

ー澪の背負った霊装の1部。

10の星が、未だに一つも輝きを帯びていいないことに。

朧気な記憶だが、未来では澪が霊装を顕現させた際には、既に黒い星が灯って

いたはずだ。

だが、今はそれがない。

その現象がなにを示すかは分からないが予想外の事態であることは確かだ。

 

「……狂三が何か細工をしたかな。

流石は私の親友だ」

 

澪は、素直にそう言うと、息を吐いて顔を上げる。

 

「……澪ー」

 

士道は澪の名を呼ぶが、次の瞬間、再び、強烈な頭痛に襲われ、その場に膝をつく。

 

「シン……?」

 

「が……、ああ……っ」

 

視界が明滅する。

自分が見ている景色の中、サブリミナルのように知らない光景が混じる感覚。

 

士道の記憶でも、真士の記憶でもない。

少女の細腕。悲しみ。絶望。慟哭。僅かな希望。撫でる。お腹。きっと、君がー

 

断片的な記憶の欠片が、頭の中で乱れまう。

訳が分からなかった。

だが、そんなバラバラのシーンを見見るうちにー

 

「……これ、はー」

 

士道の脳裏には、とある推測が、そして、とある可能性が生じた。

 

 

 

「ぐっ……あ……っ」

 

「ーシドー!」

 

士道が文字通り頭を抱えながら地面に蹲っていると、不意に上方からそんな声が響いた。

 

「十…香……?」

 

痛みを堪えて顔を上げると、心配した顔の十香の姿が見えた。

 

十香だけではない、折紙、琴里、四糸乃、耶倶矢、夕絃、美九、七罪、二亜、六喰、桜、雷華 、凛音……《ラタトスク》が保護した精霊、全員の姿があった。

 

一瞬、皆が助けに来てくれたのかと思ったが、自分のいる場所が見慣れた《フラクシナス》に様変わりしている事に気づく。

どうやら転送装置で士道を回収してくれたようだ。

 

次第に強烈な頭痛が収まっていく。

士道は額に浮かんでいた汗を拭うと、十香の手を取りながらゆっくり立ち上がる。

 

「十、香……みんな……」

 

「うむ、大丈夫か? 澪に何かされたのか……?」

 

「いや、これは……」

 

と、士道が言いかけた瞬間、空の様子を映し出していた艦橋前方のメインモニターが、凄まじい光を放った。

 

「あー」

 

空に出現した巨大な球体が光の粒を周囲にバラ撒いていく。

 

その姿には見覚えがあった。

ー《万象聖堂》。

触れたものの命を奪う死の天使。

その圧倒的な破壊力に、DEM艦の巨大なシルエットがつぎつぎまて瓦解していく。

一方的な鏖殺、無感動な掃討。

アリの群れと、それを踏み荒らす子供の方がまだ、戦力差は少ないかもしれなかった。

 

「……!」

 

『っひえー……話には聞いてたけどすっごいねー。

これにはよしのんもびっくり』

 

「首肯、マトモに相手するのも悪手です」

 

「……そうね、DEMが澪を引き付けているうちに退却しないと。マジで」

 

皆が表情に戦慄を滲ませながら、口々に言う。

 

だが、士道は掠れた声で言葉を発する。

 

「……駄目だ。

俺はまだ……逃げられない。

まだ、何も終わってないんだ」

 

そう。ーだめだ。

 

もしも士道の推測が正しいならばまだ逃げる訳にはいかない。

だが、その言葉は精霊たちにとっては意外だったのだろう。

皆の当惑と琴里の声が、鼓膜を震わせる。

 

「何を言ってるのよ士道!

誰がどう見ても作戦は失敗よ!

気持ちはわかるけど、意地を張っても状況は好転しないわ!」

 

「そんなつもりじゃない。 でも……ダメなんだー」

 

ーと。

 

士道が言った瞬間、アラームのような音が艦橋に響く。

 

『琴里、何者かがこちらに通信を試みています。

どうしますか?』

 

「通信……? いいわ、繋いでちょうだい」

 

『了解』

 

マリアが言うと、メインモニターが乱れたのち、なにかの映像が映し出された。

 

通信相手の顔でも映っているかと思ったが違う。

どちらかと言うと、監視カメラの映像か隠し撮りといった風情だ。

幾人もの人間が映っているのだが、皆カメラの存在に気づいていないような様子だ。

 

しかも、一つのみではない。

画面が細かく分割され、何ヶ所もの場所を映した映像がモニターに表示される。

それを見て、琴里が訝しげに眉をひそめた。

 

「タイミングからいってDEMからの通信かと思ったけれど、これは……?」

 

「……む!?」

 

と、琴里が不思議そうに首を捻っていると、十香が何かに気づいたように声をあげた。

 

「なに十香、どうしたの?」

 

「あの画面を見てくれ、亜衣麻衣美衣だ!」

 

 

「……え?」

 

その言葉に、士道は顔を上げた。

 

確かに、十香が、指した画面にはクラスメイトの山吹亜衣、葉桜麻衣、藤袴美衣の姿があった。

 

募集中なのか、何かの実行委員をしているのか不明だが、休日だというのに学校にいるようだ。

よく見ると後方には殿町やタマちゃん先生の姿も見れた。

 

それだけではなかった。

十香に次ぐように、今度は折紙が小さくまゆをゆらす。

 

「ー隊長、ミケ、それにミリィ?」

 

亜衣麻衣美衣たちの隣の画面に、AST隊長・日下部燎子や、折紙の元同僚たちの姿が映し出されていた。

 

十香と折紙だけではない、画面それぞに、精霊たちの友人や知人が幾人も映し出されてたのである。

 

『マスター』

 

「いや……まさかな……」

 

悪い予感が頭に浮かび、嫌な汗が背中を濡らす。

 

だが悪い予感程よく当たるもので、次の瞬間には映像の中に変化が起きる。

 

亜衣麻衣美衣達のいる教室。

その窓ガラスが盛大にくだけちったかとおもうと、そこから数体の《バンダースナッチ》が、無機質なカメラアイを蠢かせながら現れたのである。

 

『うわきゃぁぁぁぁっ!?』

 

『なに、なに、なにごと!?』

 

『突然学校にテロリストが!?』

 

亜衣麻衣美衣の甲高い叫び声が、スピーカーを通して艦橋に響き渡る。

するとそれに合わせるようにして、他の画面でも同様の事が起こっていた。

 

『な……ッ、こいつはDEMの!? どういうこと!?』

 

『たっ、隊長! 緊急装着デバイスはー』

 

『残念ながら保管庫の中よ……ッ!』

 

 

学校で、自衛隊駐屯地で。ライブ会場で。夕陽の染まる街角で。

空間震警報の鳴っていない街の至る所で、その怪物がその姿を現す。

 

「やりやがったな!! ウェストコットの野郎!?」

普通ではありえない光景である。

精霊が秘匿存在であると同時に、《バンダースナッチ》を動かす顕現装置もまた、一般的には公開されていない技術だ。

 

それを堂々と衆目に晒し、あまつさえ一般人に危害を加えようとするなど、正気を疑う。

如何にDEMが巨大な権力を持っているとはいえ、事態を収拾するのは難しいだろう。

否、もしかするなら、収める必要すら無いかもしれない。

その可能性に士道は戦慄を覚えた。

 

『ーやぁ、聞こえているかな、《ラタトスク》の諸君』

 

スピーカーから悲鳴や破裂音とは別の音声が聞こえて来る。

聞き間違えるはずのないーウェストコットのものだ。

 

「ウェストコット……ッ!」

 

唸り声を上げるようにその名を叫んだ。

 

『どうだい、楽しんでもらえているかな?』

 

「目的は俺の霊結晶か?」

 

『そうとも、悪辣な誘拐犯のように言うならばこんなところか?

彼女らの命が惜しくば、イツカシドウの持つ霊結晶を渡せ、と』

 

「ぐ……!」

 

ウェストコットの言葉に、士道は歯を噛み締め顔を顰めた。

 

すると、落ち着けと、とでも言うように、琴里の手が肩に置かれる。

 

「ー悪いけど、私達を舐めすぎじゃないかしら?

損得勘定ぐらいはできるつもりよ。

あなたに霊結晶を渡したら、この世界を丸ごと上書きされてしまうかもしれない。

もちろん、守ったはずの彼女たちごとね。

一時の感情でそんな愚行を犯すことはできないわ」

 

琴里が低くした声音で言う。

だが、その頬には汗が滲み、眉間には深いシワが刻まれていた。

これが音声通話のみなのは僥倖だったかもしれない。

当然である。

琴里が冷静にそんな言葉を発しているのでは無いことは容易に知れた。

本当ならば、ウェストコットを卑怯者と罵りたいところだろう。

だが、そんなことをすればわざわざ敵に弱みを見せるようなものである。

だから琴里は、冷静で冷酷な司令官を演じなければならないのだ。

ーそんな脅しは無意味である、と。

 

ウェストコットは琴里の言葉に頷くと、大して驚いた様子もなく続けてきた。

 

『まぁ、それならは仕方なたい。

私は無慈悲な独裁者の如く、彼女らをできるだけ惨たらしく殺せと命ずるだけだ。

友人が殺される光景を見て、精霊が1人でも反転してくれたなら儲けもんさ』

 

「……!」

 

士道は思わず息を詰まらせた。

冷たいものが胃に広がるような感覚。

士道は精霊達が死ぬ未来を変えるために時を超えた。

だが今、士道の行動が原因で、本来ならば何起きなかったはずの友人達に死が迫っていたのだ。

琴里の反応も似たようなものでもあったが、声だけには震えを生じさせず、落ち着いた様子で返す。

 

「…………あら、それは怖いわね。

じゃあ今すぐ映像を遮断しないと。

わざわざ宣告してくれるなんて、親切な敵もいたわね」

 

『おや、これは失策だったかな。

ならば、しかたない。

仮にも精霊たちが反転しなかったとしてもー私が楽しむには十分だ』

 

「てめぇ……ッ!」

 

常軌を逸したウェストコットの言葉に、士道は腹の中に渦を巻いた怨嗟を吐き出す。

ウェストコットと対面したときに見た、あの錆び付いたような双眸が思い起こされる。

 

人を人として見ていないような、無機質な目。

ー彼ならば躊躇なく、やるだろう。

呪いじみた確信。

そのことばは明らかに、脅しや駆け引きから生じたものでは無かった。

 

『ーさて、では答え合わせといこうじゃないか。

とりあえず、表示されている映像をいくつか血に染めてみよう。

そのあとで、もう一度感想を聞くとしようか』

 

「ッ! やめー」

 

士道の静止も虚しく、ウェストコットは《バンダースナッチ》に指示を発するように指を鳴らした。

 

無機質な視線で《バンダースナッチ》はその身体を四方から串刺しにするように爪の先端を向けた。

 

次の瞬間ー。

 

『おおおおおおおおおおーッ!』

 

裂帛の気合いと共に、《バンダースナッチ》が綺麗に左右に断ち分かたれた。

 

『無事か、亜衣、麻衣、美衣! それに殿町とタマちゃんも!』

 

その手に《鏖殺公》を手にした十香が叫ぶ。

 

十香だけではない、自衛隊駐屯地では白銀のCR-ユニットの上に純白のベールを纏った折紙が。

 

街では美九や四糸乃、六罪、八舞姉妹がそれぞれの友を救うべく《バンダースナッチ》と相対していた。

 

「よしっ!」

 

《フラクシナス》の艦橋で十香達の奮戦を見ながら、士道は拳を握る。

そう。

分割された画面の1つ、士道のクラスメイト達が映し出されていた箇所に、限定霊装を身に纏った十香が現れ、《バンダースナッチ》を一刀のもとに斬り伏せていた。

人間にとっては脅威である《バンダースナッチ》も、精霊達の前では形無しであった。

無論、今《フラクシナス》が浮遊しているのは天宮市上空ではなく、真士と澪の思い出の海の上だ。

いくら静止たちとはいえ、普通ならばこんな一瞬で友人たちのもとに駆けつけることなどできないーいくつかの方法を除いてはー。

 

「ーむん。

長距離の移動はふあんじゃったが……どうにか上手くいったようじゃの」

 

《封解主》を手にした六喰の力があればこそだった。

鍵の天使《封解主》は、万物を『閉じ』ーあるいは『開く』。

その権能が及ぶのは固く閉ざされた扉や錠前のみに限らない。

人の心や記憶など形のないもの、そしてー空間と空間を繋ぐ『孔』に至るまで。

およそ《封解主》に開けられないものなど存在しないのだ。

 

とはいえ、この方法が最善手であったかどうかは、士道には分からなかった。

確かに、他に亜衣麻衣美衣や殿町達を救う方法は無かったのだから仕方ないことであのだが、この手段には、ある致命的なリスクが伴っていたのである。

単純な理由だ。

衆目の前に姿をさらした《バンダースナッチ》を狩るということは即ち。

精霊達はその正体を晒さねばならなかったのである。

 

「……ああ、もう、いくら《ラタトスク》でも、こんなの誤魔化し切れるかしら。

今から胃が痛いわ」

 

琴里がざわめく画面の中の人々を見て、額に手を置く。

しかし、次の瞬間に琴里は視線を鋭くする。

 

「ー凌いでみせたわよ、アイザック・ウェストコット」

 

「ふむ」

 

するとウェストコットは、小さく唸るようにそう言ってから続けた。

 

「実に鮮やかな手並みだ。

賞賛に値する。

ただ、言わなかったかな? 私としてはどう転んでも構わないと、

ー奥の手は常に残しておくべきだよ」

 

「……なんですって?」

 

ウェストコットの言葉に、琴里が怪訝そうに表情を歪める。

 

ー次の瞬間。

まるでその声に呼応するかのように凄まじい爆発音が響き、《フラクシナス》の艦体が大きく揺れた。

 

「く……DEM艦の攻撃!? 鞠亜、鞠奈。

状況は!?」

 

『はい。

これはー』

 

琴里が忌々しげな様子で問うと、鞠亜が困惑するように声を響かせる。

 

『《フラクシナス》にDEM艦が突撃、そのまま随意領域を同化させて横付けしているような格好です』

 

「随意領域を……同化!?

そんなことが可能なの!?」

 

『理論上は可能よ。

相手の随意領域を完全に把握する解析力と、超高出力で展開された随意領域があればの話だけど』

 

「……っ」

 

鞠亜と鞠奈の言葉に琴里が言葉を詰まらせる。

 

それに合わせるかのようなタイミングで自律カメラが映像を送ってきた。

 

《フラクシナス》の真横に喰らいくような形で密着した美しい流線型の空中艦の姿をー。

 

「《ゲーティア》……ッ!

……鞠亜、振り切ってー」

 

琴里が忌々しげに呟いた後、マリアに指示を発送とした瞬間、《ゲーティア》のハッチが開き、そこから目にも止まらぬ速さで飛び出した何かが《フラクシナス》の艦体に飛びついた。

次の瞬間、凄まじい爆発音とともに、艦橋の天井が切り裂かれる。

まばゆい、魔力の光を固めた高出力レーザーブレイドが閃き、艦橋に夕日が差し込む。

もしも空中艦が随意領域に覆われてなければ、士道を含むクルーたちは気圧差で外に吸い出されていただろう。

 

「なー」

 

「嘘でしょ!?」

 

一瞬の狼狽が艦橋を満たす。

そして、その一瞬は、その魔術師には十分すぎる好きであった。

 

「艦の中が安全と言うのは幻想ですよ。ー少なくとも、この私の前では」

 

ーエレン▪️メイザース。

艦の外装を破壊し、艦橋へと乗り込んできた侵入者の姿を認識した時にはもう、彼女の剣は士道に迫りつつあった。

 

恐らく、あと1秒と待たず、その切っ先は士道の心臓を貫くだろう。

だがー

 

「ー奥の手は常に残しておく。

人でなしの社長にしてはいい言葉でいやがります」

 

どこからか、そんな声が響いたかと思うと、次の瞬間、士道に迫っていた魔力の刃が下方からかち上げられた。

 

「ー真那、ドニ!」

 

「はい。ー奥の手、参上です」

 

「主役は遅れてやって来るってね」

 

そこにいたのは、士道のー否、真士の実妹、崇宮真那と、魔法使いサルバトーレ▪️ドニである。

 

真那が狼を思わせるCR-ユニット《ヴァナルガンド》、ドニがドラゴンのレリーフの掘られたCRユニット《ブリュンヒルデ》をそれぞれ装着済みだ。

 

どうやら万が一に備えて艦内に控えていたらしい。

 

「はぁーッ!」

 

真那が裂帛の気合いとともに随意領域を固めると、そのままエレンに組み付くような格好でユニットのスラスターを吹かす。

 

艦内が目映い光に包まれ、真那とドニ、エレンの身体が天井から開いた穴から艦外へと飛び出して行ったー。

 

エレン相手に真那一人なら心配だが、ド二がいればとりあえずは大丈夫であろう……。

 

 

『さて……問題は……』

 

 

「きゃはははは!」

 

 

 

天井が切り取られたブリッジ、その上空に浮遊する幾人もの少女たちが笑い声を上げる!

 

「〈ニベルコル〉!!」

 

それを認めて、士道は名を叫ぶ。

 

魔王〈神蝕篇帙〉とDEMの技術で作り出された疑似精霊だ。

 

そしてその笑い声の波を割るようにして、二人の人物が進み出てくる。

 

一人はエレンと同じDEMの魔術師、アルテミシア・アシュクロフト。

 

そして、もう一人はー漆黒の本を携えたDEMの長、アイザック・ウェストコットである。

 

「ウェストコット……!」

 

叫び、士道は気を引き締めた。

 

何しろそこに、DEMの最高戦力と言っていい三人が揃っているのだ。

 

彼ら全員が本隊を離れてこんな場所に現れるなど想定外も良いところだ。

 

遠くの空では未だ、澪がDEMの空中艦を屠り続けている。

 

おそらく彼らは澪の出現を予見し、こともあろうにあの大艦隊を囮として使い潰してみせたのだ。

 

そう。ー士道の身体の中の霊力を掠め取り、澪の霊力を我が物にせんがために。

 

「やあ、イツカシドウ。

いや、タカミヤシンジと呼んだ方がいいかな?

それにマナまで。

ーふ、なんとも奇妙な取り合わせじゃないか。

まるで30年前に戻ったかのようだ」

 

ウェストコットが気安い調子で話しかけてくる。

だが、その目の奥には、金属のような冷たい光が見て取れた。

 

「……ああ、本当だな。

お前もエレンも、何一つ進歩しちゃいない。

30年もあったら普通は何らかの成長はするもんだがなぁ」

 

士道が皮肉げな口調で言うも、ウェストコットはその顔に薄い笑みを貼り付けたままだった。

まるで、仮面のような様相。

僅かながら不機嫌そうな表情を作ったエレンが幾分か人間的に見えたくらいだ。

 

「さて、本当なら昔話にでも花を咲かせたいところだがーあいにくこちらも時間があるわけではないのでね。

兄妹仲良く出迎えてくれたところが悪いが、精霊たちが戻ってくる前に片をつけさせてもらうよ」

 

ウェストコットの言葉と動作に合わせて、エレンが、アルテミンシアが、そして《二ベルコル》が、士道と真那を囲うように展開する。

「くー」

「ち……」

 

明らかに多勢に無勢。

士道と真那は背中合わせになるような格好で応戦態勢を取った。

 

真那は間違いなく、世界で指折りの魔術師だし、士道もまた、その身に数多の霊結晶を備えている。

 

しかし、それを考慮してもなお、状況は非常に悪い。

 

人類最強エレン▪️メイザースに、彼女に次ぐ力を持つ魔術師、アルテミンシア▪️アシュクロフト。

そして魔王《神蝕篇帙》を駆るウェストコットと、彼の眷属、擬似精霊《ニベルコル》。

 

彼らを相手取るには、明らかに手数が足りない。

 

と。

 

「ーあら、『兄妹仲良く』っていうのなら、1人忘れてるんじゃないかしら?」

 

下方からそんな声が響いたと思うと、外装に開いた穴の中から、小柄な人影が飛び出してきた。

 

「……!? 琴里!?」

 

その姿を視界の端に捉え、思わず声を上げる。

そう。

そこにいたのは《フラクシナス》艦長にして士道の妹である五河琴里だったのだ。

しかも、その装いは先程のものとは違う。

軍服と和服が組み合わさり、炎を纏ったような赤い霊装。

そして、その手には、身の丈はあろうかという巨大な戦斧を握っていた。

 

「おまえ、その姿は……!」

 

「何を驚いてるのよ。

六喰はみんなが戻って来るための【孔】を維持しなくてはいけないし、二亜に戦えるような力は残ってないない。

となれば、あとは私しかいないじやよない」

 

「だからって……!」

 

士道が続けようとすると、

 

 

琴里は視線を鋭くし、声をひそめるようにして言ってきた。

 

「大丈夫。 少しの間だけなら、破壊衝動に呑まれずに力を振るえるわ。

ーこんな非常事態に何も出来ないなんて、冗談じゃない……!」

 

「琴里……」

 

「琴里さんー」

 

士道と真那は琴里の言葉に一瞬視線を交わすと、どちらかともなく頷いた。

 

そしてその手に剣の天使《鏖殺公》を権限。

あるいはレイザーエッジ《ヴォルフテイル》を構える。

 

「ーいくぞ、アイザック・ウェストコット。

おまえはこっちの隙を衝いたつもりかもしれないが、これが最悪のタイミングだってことを思い知らせてやる」

 

「その通り。 私たち兄妹の力、見せてやります。 ーね、琴里さん?」

 

「……!ええ!」

 

士道と真那が言うと、琴里は小さく目を見開いてから天使【灼爛殲鬼】の絵を強く握り直す。

 

士道と、真那と、琴里。

 

士道を介した三人の兄妹が今、戦場で初めて肩を並べた。

 

するとそれを見てか、ウェストコットが大層可笑しそうに笑う。

 

「ー面白い。 抗ってみたまえ、人間」

 

瞬間。

 

「ー!」

 

その声に弾かれるようにして、エレンが、アルテミンシアが、そして無数の《ニベルコル》が一斉に襲いかかってきた。

 

「ふーッ」

 

「きゃはははは! 」

 

「死ねぇぇぇぇぇぇッッ!」

 

「くー」

 

《フラクシナス》は一瞬にして戦場と化していた。

 

濃密な魔力で形作られたアルテミシアのレーザーブレイドが閃き、無数の本のページが様々な形に変貌して飛来。

それらを叩き落とす《鏖殺公》。

冷気を吐く《氷結傀儡》。

守護天使を生み出す《凶禍楽園》に突風を巻き起こす《颶風騎士》。

《封解主》が空間に【孔】を開き、それ目掛けて放たれた《絶滅天使》の光線が拡散され、《ニベルコル》たちを一気に屠り去る。

真那は《ヴァナルガンド》な2大装備である《ヴォルフテイル》と《ヴォルフファング》以て、琴里は《灼爛殲鬼》と、そこから生じる火焔を以て、次々と敵を薙ぎ倒していく。

DEMが保有する最大戦力と士道たち兄妹が争う、濃密な戦場。

刹那の油断が死を招く目まぐるしい攻防の中、士道は複数の天使を顕現させながら、攻撃を放ち、仲間を助け、《ニベルコル》にきすをしていった。

 

だが、その均衡を保てていたのは僅か数分の間である。

死なない《ニベルコル》の圧倒的な物量に防戦一方にならざる得ない。

 

そうしている間に、琴里と真那が段々と押されていく。

 

「きゃはははは、頑張るわねぇぇぇ!」

 

「でももう無駄よ! これつでー」

 

「おしまいなんだからぁ!」

 

士道が《ニベルコル》の攻撃を受け止めていると、他のニベルコルが放った紙飛行機型の《神蝕篇帙▪️ページ》がそれごと四方から士道の身体を切り裂く。

 

「くあっ!」

 

鋭い痛みに、視界が揺らぐ。

《灼爛殲鬼》の炎が傷を塞ごうと治癒の炎を灯すが、集中力が途切れた僅か一瞬の隙に、士道は《ニベルコル》に、組み伏せられ、別の個体に剣の形に整形された頁を突きつけられた。

 

「士道!」

 

「兄様……!」

 

琴里と真那が叫びをあげるが、彼女らもまた、無数の《ニベルコル》に阻まれ、身動き出来ない様子だ。

 

そうしてる間に、ウェストコットが大仰に手を上げる。

 

《ニベルコル》がそれに応じるように頷き、頁で作られた剣を振り上げる。

 

「きゃはははは! これで終わりよ!!」

 

「く……こんなところで……!」

 

士道は呻くように声を上げると、拘束から逃れようと手足に力を込めるが、《ニベルコル》の力は、強く、まるで動かない。

 

「やっと……澪の本当の望みがわかったかもしれないのに……! 」

 

とー士道が絶叫じみた声を上げた、そのとき。

 

「ーさて、今度こそ本当に、借りを返させていただきますわ、士道さん」

 

そんな声が、どこからか響いてきた。

次の瞬間、士道たちがいた《フラクシナス》の外装一帯に黒い影が広がり、中から一斉に、無数の影が飛び出してくる。

 

赤と黒の霊装を纏い、左右不均等に結われた髪。

そしてー左の眼窩に輝く時計の瞳。

そう、幾人もの時崎狂三が出現し、《ニベルコル》に、そしてエレンやアルテミシアに組み付き、あるいは影を固めた弾丸を放ったのだ。

 

「なー!?」

 

「え……っ!?」

 

「は、はぁぁぁっ!?」

 

さすがに予想外だったのか、エレン達が狼狽した声をあげる。

 

しかし、その狼狽も一瞬、驚愕の表情を浮かべながらも狂三達の攻撃を捌き、反撃に転じる。

 

しかし、その一瞬の隙をついて《ニベルコル》たちの後ろに控え、指示を発する指揮者。

その背後に黒い影が肉薄する。

 

「ーようやく隙を見せてくれましたわね、アイザック-ウェストコット」

 

ウェストコットが微か二眉を揺らし、工法を向く。

 

だかそのときには狂三の腕が彼の胸を貫いていた。

 

「ー」

 

「アイク……!」

 

エレンの悲鳴じみた絶叫が、辺りの空気を震わせる。

夥しい血しぶきとともに、ウェストコットの胸から小さな結晶が姿を現す。

 

ウェストコットが二亜から奪った霊結晶だ。

 

「うふふー確かに、頂きましたわ」

 

笑いながら狂三が言うと、空中に浮遊する霊結晶を奪い取り、後方へ跳躍する

 

瞬間ー

 

「が……!?」

 

「あ、あ、あああっ!」

 

辺りに存在していた《ニベルコル》たちが不意に苦しみ出し、倒れたかと思うと、それぞれが1枚の紙に変化し、そのまま空気に溶けて行った。

 

《ニベルコル》はもともと《神蝕篇帙》の力によって生み出された擬似精霊。

その力の源である霊結晶が宿主から引き剥がされたため、存在を保てなくなったのだろう。

 

それに合わせるようにして、周囲に展開していた幾人もの狂三の分身体が、ウェストコットに銃口を向ける。

 

「きひ」

 

「きひひ」

 

「きひひひひひッ!」

 

狂ったような笑みを浮かべ、分身体たちが引き金を引く。

 

数多の銃弾が、ウェストコットに収束していく。

 

「ーあああああぁぁぁぁッ!」

 

エレンが吠え、周囲に群がる、狂三の分身体を吹き飛ばしなかまらウェストコットの元へと急ぐ。

叫びから1秒と要せずにウェストコットの元へと至ったエレンは、彼の身体を随意領域で包み込んだ。

それでも、いくらかの銃弾は、エレンよりも早く着弾していたらしく、ウェストコットの右肩と、左足、そして脇腹から鮮血がしぶく。

 

「く……! アイク、大丈夫ですか!」

 

エレンは随意領域でウェストコットの身体を支え、傷を止血しながら、周囲の状況を確認するように、眼球を巡らせる。

 

「ー、アルテミシア! 退きますよ!」

 

思考は一瞬。判断は刹那。

エレンが叫びを上げる。

如何に人類最強の魔術師たるエレンでも、《神蝕篇帙》と《ニベルコル》を失い、その上手負いのウェストコットをかばいながら戦うのは不利と判断したのだろう。

 

「ーっ、了解!」

 

 

アルテミシアが頷き、狂三の分身体を切り払って地面を蹴る。

ウェストコットを随意領域で抱えたエレンとアルテミシアはその場を逃れると、そのまま凄まじい速さで空へと消えていった。

 

狂三の分身体が追撃とばかりに数発の弾丸を撃ち込みはしたもの、それを追いかける個体はいない。

 

狂三もわかっているのだろう。

本気のエレンに追いつけるはずないことと、仮に追ったとしても、損害を増やす事になることを。

 

「狂三……無事だったのか…」

 

1拍置いて、士道はようやくその少女の名を呼んだ。

 

間違いなく、そこにいたのは、澪に殺された筈の精霊、時崎狂三であったのだ。

 

「ええ、ええ、ごきげんよう、士道さん。

琴里さん、真那さん、いかがなされましたの?

そんなにおかしな顔をされて」

 

言って狂三がくすくすと笑う。

分身体たちもそれに倣ったなだから辺りに奇妙な笑い声が広がった。

 

「いかがって……あなたさっき死んだはずじゃ……」

 

目を見開いて驚く琴里に真那が頷いて同意する。

 

「士道さんが澪さんの事を教えてくださったからですわ。

琴里さんも真那さんもこの私が何の策も用意せずに澪さんの前に立つと思いまして?」

 

狂三は戯けるように言うと、短銃を自分のこめかめに押し当てるような動作をしてみせた。

 

「ー澪さんが私から霊結晶を奪い、外界に出ようとした瞬間【八の弾】で生成した分身体に、わたしの記憶と霊結晶を譲渡したのですわ。

ー無論、相応の準備は必要になりましたけれど」

 

「っということは今のあなたは、分身体の身体に本物の狂三の人格が乗っかっている状態ってこと?」

 

琴里が言うと、狂三は何やら意味深に笑う?

 

「まあ、詳しいことは追追、お話しますわ。

その機会があればですけれどー。

それよりも今は」

 

狂三は目を細めて、ウェストコットから奪い取った霊結晶を眺め、それに短銃の銃口をかざす。

「《刻々帝》ー【四の弾】」

 

言って、【四の弾】を撃ち込む。

 

すると、闇のような色をしていた霊結晶がぼんやりとした淡い輝きを帯び始めた。

ー反転していた霊結晶が、元の状態に戻ったように。

「ようやく、ようやく手に入れましたわ」

 

狂三は笑うと、霊結晶を自分の胸元に押し当てる。

 

すると、霊結晶は一際強い輝きを放ちー狂三の胸に吸い込まれて言った。

 

「あーはァ……」

 

満足気に微笑み、快感を覚えるように身体を震わせる。

 

「ああ、ああ、滾りますわ、滾りますわ。

これがー2つ目の霊結晶。

うふふ、今ならば何でも出来てしまいそうですわ」

 

「狂三……何するつもりだ?」

 

士道がジト目をしながら問うと、それに合わせるように、別の声が聞こえてきた。

 

「シドー!」

 

「士道さん……!」

 

 

次の瞬間、《フラクシナス》外装に空いた穴から限定霊装を纏った精霊たちが飛び出してきた。

 

どうやら艦内に入ってきた《バンダースナッチ》を撃破し、こちらに戻ってきてくれたようだ。

 

「すまぬシドー! 遅くなったー」

 

十香が身を翻らせながら《鏖殺公》を構えーそこにいた狂三の姿を認めて目を丸くする。

 

他の精霊たちも、六喰や二亜から最低限の説明は受けていたようだが、流石に狂三がいるのは予想外だったのだろう。

 

十香と似たような反応を示していた。

 

「狂三……?」

 

「えっ、どうしたんですかー? DEMの人がだーりんたちを襲ってるって聞いたんですけどぉ……」

 

美九が辺りを見回しながら言うと、狂三が可笑しそうに笑う。

 

「うふふ、申し訳ありませんけれど、士道さんを助ける役はわたくしが頂いてしまいましたわ。

まぁー」

 

言って狂三が、自嘲気味に肩を竦める。

 

「ーどうやら、更に厄介な方がおいでになってしまったようですけれど」

 

「ああ……」

 

狂三の言葉に士道が頷く……次の刹那、世界が、様変わりする。

 

夕陽に染められた雲海から、鋭利な直線で構成されたモノクロの空間へと、一瞬にして辺りの景色が塗り替えられる。

まるで夢の中にでま放り込まれたようなー否、どちらかというと、美しい夢から覚まされて、冷たい現実に呼び戻されたような感覚を覚えた。

 

「……! 士道さん!」

 

『マスター!』

 

精霊たちと《オーディン》が狼狽と動揺に満ちた声をあげる。

 

「澪……ッ!」

 

喉を絞るようにしてなを叫ぶ。

そう。これは間違いなく、澪が持つ第二の天使の権能だった。

 

「ーうん。 ごめんね、シン」

 

士道の呼び声に応えるように空中からそんな声が響く。

 

そちらを見やると先程何も無かった虚空に、いつの間にか澪の姿が現れていた。

 

否、それだけではない。

その頭上には、中心に少女を包んだ花が、背後には、幹に少女を抱いた大樹が、枝と根を放射状に広げるような形で浮遊している。

 

万物の命を奪う、死の天使《万象聖堂》。

そして、あらゆる条理を書き換える、法の天使《輪廻楽園》。

澪の規格外の力を持つ破滅の天使たちだ。

 

「あんな陽動にひっかかるなんて、私もまだまだだな。

でも、無事でよかっよ。

狂三も、ありがとう。

シンを守ってくれたんだね」

 

「……あら、あら」

 

澪の感謝の言葉に、含むところは感じられなかったがー否、感じられなかったからかこそかー狂三は不快そうに顔を歪めた。

 

「シドー!」

 

十香の叫び声に合わせるようにして、精霊たちが士道を守るようにして展開する。

 

皆油断なく澪を睨みながら、天使を構えてみせた。

 

「澪の狙いは士道、私たちが時間を稼いでいる間に逃げて」

 

「話を聞くに、真那であれば、殺されることはねーはずです。

一番槍はお任せを」

 

士道の前に陣取った折紙と真那が澪から視線を外さぬまま言ってくる。

 

「………………」

 

しかし士道は、拳を握り込むと、彼女らの肩に手を置き、前に進み出た。

 

「シドー!?」

 

「制止。 何をしているのですか、危険です」

 

精霊たちが士道をは構わず歩みを進めた。

 

この空間に囚われてしまった時点で逃げることができないことは体験済みであるし、何より澪を救うには、苦手などいられないのだ。

 

そう、士道はようやく気づいたのだ。

令音とキスを交わしてから断続的に生じる頭痛の理由に。

その際断片的に呼び起こされる記憶の正体に。

 

「ー澪」

 

「ーシン」

 

士道が名を呼ぶと、澪がどこか嬉しそうにそう返してきた。

 

その所作に、表情に、心臓が締め付けられるような感覚を覚える。

だが、その痛みを押して士道は続ける。

 

「……ようやく、わかったよ。

この記憶はー澪、お前のものだったんだ」

 

こめかみに手を触れながら、澪の目を見つめる。

 

確かに、令音の攻略は失敗に終わった。

 

キスによって経路こそ繋がったものの、霊力の封印は行われなかった。

 

あまつさえ繋がった経路を通じて、士道の持つ未来の記憶を知られてしまった。

 

まさに、考えうる最悪の結果と言っていい。

 

けれど、それはもう一つの出来事を示していた。

 

経路によって士道の記憶が令音に共有されたのと同様に、令音ー澪の記憶もまた、士道に共有されていたからである。

 

真士の記憶が令音に共有されたのと同様に、令音ー澪の記憶もまた、士道に共有されていたのである。

真士を失った絶望や悲哀、あらゆる負の感情が一気に流れ込んできて、士道は酷い頭痛にさいなまれていたのだ。

 

たま、澪の記憶の絶望の中に一つだけ、小さく輝く希望の光があった。

 

それこそがー士道の存在だったのだ。

 

しかしー

 

「……俺は、お前の霊力を封印する事が出来なかった。

きっと、単純に力が足りなかったっていうのもあるんだろう。

 

お前は始源の精霊。

対して俺は、まだ全ての霊結晶を集めきってもいない半端者だ」

 

でも、と士道は続けた。

 

「それだけじゃない。

それだけじゃ……なかたったんだ。

単純な理由だよ。

今までに何度も琴里に聞かされてきた。

ー精霊の霊力を封印するためには、精霊の心を開かせて、キスをしなきゃならないって。

けど、澪はまだ、俺に心を開いちゃくれなかったんだ……!」

 

「……シン?」

 

士道の言葉に、澪が困惑した表情を浮かべる。

それに合わせるように、後方の琴里から怪訝そうな声が聞こえてきた。

 

「どういうこと? たしかにあのとき、彼女の好感度は封印可能領域に達してー」

 

「違う。

違うんだよ。

澪が好きなのはー士道じゃなくて真士なんだ」

 

士道は滲みそうになる涙を抑え、詰まりそうになる言葉を吐き出した。

 

「そして真士は……もう、いないんだ」

 

「ー」

 

澪が、言葉を失い、目を見開く。

 

悪寒が背筋を通り抜ける。

 

自分自身が発した言葉によるものなのか、澪の心を感じ取った《輪廻楽園》によるものかわからないが周囲の気温まで下がった気がした。

 

澪が、微かに震える唇から、言葉を零す。

「何をー言ってるの、シン。

だから私は、シンを作り直したんだよ?

精霊の力を与えて、今度は絶対死なないようにー」

 

「……ああ。 お前の力は本当にすごいよ。

 

でも、仮に俺が全ての霊結晶を集めた上で、俺の頭から『五河士道』の記憶を消したとしてー」

 

士道は一瞬言葉を止めた。

 

それは、澪の心を砕くかもしれない一言である。

 

澪のことを愛しく思う真士の記憶が、令音を慮る士道の心が、それを発することを拒んだ。

 

けれどー言わなければならない。

 

士道は血が滲まんばかりに拳を握り、その一言を放った。

 

「ーそれは、ほんとに真士なのか?」

 

それは。

 

破滅的な一言であるとともに、士道が澪の記憶から思い至った可能性だ。

 

澪自身が、心のどこかで思いつつも、蓋をしていた真実。

もしかしたらと考えつつも、無視せざるをえなかった可能性。

 

士道はあえてそれを掘り起こしたのだ。

 

「真士の姿をして、真士の記憶を持った人間。

でも、それは真士じゃない。

真士の魂はそこにはない。

……きっとお前はそれをわかっしまっている。

わかっていても、縋らざる得なかった!

 

でもーそれで本当に、お前の心は満たされるのか、澪ッ!?」

 

「…………」

 

士道の言葉に澪はしばしの間無言になりーやがて悲しそうに唇を開く。

 

「……どうして、そんなことを言うの、シン……?」

 

澪の言葉に合わせるように、空間が微かに蠢動する。

 

「私には、シンしかいないのに。

シンともう一度会うためだけに、今まで生きてきたのに」

 

「ーふざけるな!」

 

思わず。士道は大声を上げる。

突然の事に驚いた精霊達が肩を震わせる。

 

「シンしかいない……?

バカ言うなよ。

俺が! 精霊たちが! いるだろうが!

俺たちと過した時間は、真士と過ごした時間に劣るものだったのか……!?」

 

「…………」

 

士道の訴えに、澪はさしたる反応を示さなかったわ。

ーまるで、そんな問答は既に済ましたとでも言うように。

 

その代わり、「ああ、そうか」と涙を滲ませながら呟く。

 

「シンじゃないから、そんなこと言うんだよね。

早く、シンに戻してあげないと。

ー今までありがとう、士道。

でも、もうお別れだ」

 

ー瞬間。

 

空気が震えたかと思うと、澪の背後に浮遊する大樹が蠢動し、『枝』と『根』を天地に伸ばした。

 

それらは触手のように蠢くと、目にも止まらぬ速さで士道目掛けてその先端を向けてくる。

 

「ちっ……」

 

「く……っ!」

 

「危ない……!」

 

後方に跳躍して、根から逃れようとする。

尚も追いすがろうとするそれを十香が《鏖殺公》を、耶倶矢が《颶風天使》を振るい、士道に迫る『根』を切り伏せ、吹き飛ばす。

 

「すまん、助かった……!」

 

「気にするな! だがこれからどうする!?」

 

十香が《鏖殺公》を構えながら叫ぶように言ってくる。

 

士道は小さく頷いて澪の方を見やる。

 

「澪に…もう1度キスをする。

今度は真士ではなく俺を。

五河士道を選ばせる。

てまないとー」

 

士道の言葉は、最後まで発せられ無かった。

 

再び下方から『根』が、上空からは『枝』が、士道の身体を捉えんと伸びてきたのである。

 

「シドー!」

 

「ちっー」

 

否、今度はそれだけではない。

澪の霊装が蠢いたと思うと、輝く帯のようなものが、精霊たちに向かって伸ばされた。

 

士道の捕縛を目的とした『根』や『枝』とは違う。

 

精霊たちを刺し貫き、霊結晶を抜き取らんとする必殺の一撃だ。

 

「避けろ、みんな! それを喰らうな!」

 

 

『ー!』

 

士道の声に応えるように、精霊達が外装を蹴り、あるいは帯を打ち払う。

 

だが、それによって生じた一瞬の隙に、無数の『根』が士道を襲う。

 

身体強化では捌ききれない、かと言って《鏖殺公》の展開は間に合わない。

 

「くーっ!」

 

 

「主様!」

 

「ダーリン!」

 

精霊たちの悲鳴が鼓膜を震わせる。

 

だが、『根』が士道にいたろうとした瞬間、士道は身体を引っ張られたかと思うと、不思議な浮遊感に包まれた。

 

一瞬あと、状況を理解する。

ー士道はすんでのところで、頭上に現れた狂三に助けられたのだと。

 

「狂三! すまん、助かった!!」

 

「うふふ、危ないところでしたわね」

 

狂三は《鏖殺公》を展開し構える士道と背中合わせになり【根】や【枝】を捌きながらいたずらっ子みたいな笑みを浮かべる。

 

「ーそういえば先程、面白いことを仰っていましたわね。

澪さんに、もう一度キスをするとか」

 

「……ああ。そのつもりだ」

 

士道が答えると、狂三は意外そうに、しかし面白がるように目を細めた。

 

「とはいえ、士道さんは一度封印に失敗しているのでしょう? 何か勝算がありますの?」

 

「それはー」

 

士道は一瞬の躊躇いの後、それを告げた。

 

澪と記憶を共有した時に気づいたもうひとつの可能性を。

 

「…………」

 

それを聞いた狂三は、一瞬目を丸くし、

 

「……あら、あら」

 

と苛立たしげに、それでいて悲しげに、目を細めた。

 

「……それが、澪さんの本当の望み、ですの? 自分勝手もそこまで極まると笑えてきますわね。

そんな事のために、わたくしたは精霊にされたと仰いますの?」

 

狂三は吐き捨てるように鼻を鳴らすと、小さな吐息の後、もう一度士道の顔を覗き込む。

 

「ー士道さん」

 

「なんー、……ッ!?」

 

尋ねる途中で、言葉は止めさせられた。

ー狂三の柔らかい唇によって。

 

「……、……!?」

 

一瞬、頭が混乱する。

 

だが、触れ合った唇を通じて暖かいものが流れ込んでくる感覚を覚え、士道は状況を把握する。

 

ー狂三が。

 

あの最悪の精霊が士道に霊力を託してくれたのだと。

 

「ー勘違いしないでくださいまし、士道さん」

 

まるで士道の思考を読んだように狂三が顔を逸らす。

 

「この空間に囚われた以上、逃げ場はないのでしょう?

 

澪さんが未来の情報を有してしまった以上、

【刻々帝】での時間遡行もとめらてしまう可能性が高いですわ。

ーならば、悲願の霊結晶を抱えて死ぬより、少しでも生存率の高い可能性に賭ける方が利口ではありませんこと」

 

狂三の霊装が光を帯び、空気に溶け消えていく。

 

が、狂三はさして恥じらう様子もなく、続けた。

 

「私がここまでしたのですわ。 きちんとやり遂げてくださいまし」

 

狂三が士道に向き直り、目を見つめながら言ってくる。

 

時計のように時を刻んでいた左眼は、いつの間にか普通の瞳に変わっていた。

 

「ーああ。

ありがとう、狂三」

 

士道は頷くと、もう一度狂三にキスをして、身体を空に踊らせる。

 

「ー」

 

ー漲る力が、身体を満たす。

 

狂三の霊結晶と、二亜の霊結晶。

 

今まで封印した皆ものと合わせて11の力を体内に取り込んだ士道は、万能感にも近い感覚を覚えていた。

 

身体か軽く、痛みが無い。

 

疲労は消え、手足には末端まで力が漲る。

 

今までとは明らかに異なる、超常的な霊力。

 

これならばーいける?

 

「《颶風騎士》!」

 

士道は拳を握ると、身体中に風を纏わせて、空を走る。

 

今まで避けるのがやっとだった【根】や【枝】の動きが止まっているように見えた。

 

迫る攻撃を容易く回避し、澪の元へ。

 

否ーそれは、士道が全ての霊結晶を全て手にしたからだけではないだろう。

 

茨のように生い茂る【根】や【枝】を回避する際、士道は視界の端に奇妙なもなのを見つけたからだ。

 

それは《輪廻楽園》の幹、そして《万象聖堂》の中心にあった少女の像。

 

今の士道の超感覚がなければ気づかないような、小さな差異。

 

士道の目にはその二体の少女像が、どこか悲しげに微笑んでいるように見えた。

 

まるでー澪のことをよろしく、とでも言うかのように。

 

「ー任せろ」

 

士道は誰にともなくそう呟くと、空を蹴って、文字通り瞬く間に澪の元へ至った。

 

「ー! シンー」

 

澪が、驚いたように目を丸くする。

 

士道は有無を言わせぬまま澪を抱きしめるとー

 

「んー」

 

「ー」

 

その唇に、自分の唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりの投稿^. ̫.^
年内には澪編完結させたいなぁ^. ̫.^
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。