デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第九十二話『仮初の楽園』

ー最初に感じたのは、熱だった。

鉄板の上で焼かれるような、熱。

次いで、光。

固く閉ざされた瞼に、強ああ光が差し込んでくる。

 

「ん……」

 

小さな呻きと共に、身動ぎをすると、自分が仰向けに横たわっていることに気づく。

混濁した意識の中で生まれる違和感。

微睡むような感覚の中から生じた様々な思考はゆっくり実像を結び、たっぷり数十秒かけて、士道の意識をかくせいさせた。

 

「そうだ、俺はー」

 

途切れた記憶が、繋がる。

 

自分は狂三から霊力を託されー澪の力を封印するため、キスをしたのだ。

 

「……!」

 

それを自覚した瞬間。

士道は目を見開くと、弾かれるように飛び起きた。

 

「…… は?」

 

 

混乱する頭を振りながら身体を起こした士道の口から出たのは1文字の困惑だった。

 

とはいえ、もし同じ状況に置かれたならば士道でなくとも、似たような反応を撮るだろう。

 

何故ならば、辺りに広がっていたのはーただ穏やかな海辺の風景だったからだ。

 

空中でなければ、《フラクシナス》の上でも、澪が作り出したモノクロの空間でもない。

 

そかに広がるのはただ広い海原と、ひたすら高い空。

 

鼓膜を震わせるのは波の音と、時折響く海猫の鳴き声ぐらいだった。

 

「ここは……」

 

『おそらく《輪廻楽園》で形成された空間でしょう……』

 

士道の疑問に《オーディン》が答えると同時に気づく。

そこは士道が令音とのデートに選んだ海岸だった。

 

しかし、全てが記憶にある風景と同じわけではない。

微かな差異があちらこちらに見受けれた。

防波堤が新しい。

テトラポットの数が少ない。

心なしか海も澄んでいる気がする。

 

そして何よりー季節が違う。

 

2月の寒空も、張り詰めたような冷たい空気もない。

 

代わりに初夏のような日差しが辺りを照らしていた。

 

言うなれば、それはー

 

 

「……シン」

 

「……!?」

 

思考の最中、不意に声をかけられて士道は警戒したように声のした方向を見る。

 

するとそこには、涼しげな格好をした令音が立っていたのだ。

 

「れ、令音さん……!?」

 

 

思わず声が裏返る。

 

それも当然であろう、先程まで激しい攻防を繰り広げていた相手に急に声をかけられれば驚きもするだろう。

 

それにーもうひとつ。

士道が目を丸くした理由があった。

 

そこにいたのは、『澪』ではなく、士道の副担任にして《ラタトスク》の解析官である『令音』だったのである。

 

「いったい、何がどうなってるんですか?

《フラクシナス》は……?」

 

「手を……」

 

令音は答えずに言って、手を差し伸べてきた。

 

「……」

 

警戒しつつも手を握ると立ち上がる。

 

今の様子を見る限り、士道の害意を持っているようには見えなかったのだ。

 

それ以前に、何故彼女が今、令音の姿を取っているのかも良く分からない。

 

確かに彼女は先程、狂三の中から出てきた澪と合体し、完全な姿になったはずだー。

 

「ーおーい、こっちこっち!」

 

と。

 

そこで背後から響いてきた声に、士道の思考は再び中断させられる。

 

見ると、砂浜に、こちらに手を振る少女と、そな隣に立つ少女と、その隣に立つ少年の姿を認めることが出来た。

 

「はー」

 

その姿を見て、士道は息を詰まらせた。

 

だがそれも当然であった。

それほどにその光景は異常だった。

 

先ず手を振る少女。

 

ツバの広い麦わら帽子に、真っ白いワンピースを纏った、16歳ぐらいの可愛らしい少女だ。

 

見間違えようもない、そこにいたのは、始源の精霊・崇宮澪その人である。

 

隣にいる令音を見るがその存在は幻影とも妄想とも思えない。

 

同一人物であるはずの『澪』と『令音』が、別々の個体としてそこに存在していた。

 

だがそれだけの事ならは、そこまで驚くようなことはない。

何故、彼女らが2つの体に別れているのかはわからないが、澪と令音が自らの存在を切り分け、あたかも分身体のように並列に存在できることは、既に知っていたからだ。

士道が本当に驚いたのは、澪の隣にいる少年の姿の方だった。

 

ー涼しげな夏服に身を包んだ、中性的な顔な少年。

 

何やら気恥しそうにはにかむような表情で士道の方を見てきている。

 

その顔を見て、言葉を失う。

 

その顔はー士道がこの世で最も見慣れているものだったからだ。

 

「お、俺……?」

 

呆然と言葉を零す。

 

そこにいたのは、士道と瓜二つー否、

そんな言葉では言い表せないほどに、同じ顔をした少年だったからである。

 

しかし、直ぐさま士道は、彼の正体に思い至る。

 

「いや……違うか。

お前は……」

 

 

士道はもう1人の自分の顔を見据えながら、静かにその名を呼ぶ。

 

「ーシン。

崇宮真士か?」

 

士道が言うと、少年は頬を緩めてから、小さく頷いてきた。

 

「ああ。 一応初めまして……になるのかな?」

 

言って真士が、小さく肩をすくめる。

 

「ここは《輪廻楽園》で形成された空間なんですか?」

 

「……どうやら、そのようだね」

 

士道が尋ねると、令音がそれに答えるように小さく唇を動かしてきた。

 

「どうやら……って、この空間、令音さんが作ったんじゃないんですか?」

 

「……恐らくそうなのだろう。

少なくとも、私の力に由来する現象であるのは間違いない。

だが……あまり自覚がないというのが正直なところだね」

 

「それって、どういう……」

 

士道が問うと、令音は指先で自分の唇に触れてから続けてきた。

 

「……あの時、君は私にキスをしただろう?」

 

「……はい」

 

突然の言葉にドキドキしながらも、首肯で返す。

 

それは間違いない。

 

澪の肩の感触も、唇の柔らかさも、鮮明に思い出せた。

 

「……それにより、経路を伝って共有された記憶が再現されているようだ。

その際、より記憶に近い状態を作り出すために、『私』と、『澪』、そして『士道』と『シン』の意識が切り離されたのではないかな」

 

「なるほど、でも、一体なんでそんなことに」

 

と、士道が困惑気味に問うと、不意に澪が、士道と令音の手を取ってきた。

 

「いいじゃない、そんなの。

ーそれより、遊ぼう?

せっかくの海なんだから」

 

言って、屈託のない笑みを浮かべる。

 

その表情からは、先程までのような危うさや妄執の色は全く見受けられなかった。

 

まるで、30年前ー真士が死んでしまう前の澪に戻ったような様子だ。

 

「いや、俺は……」

 

士道は慌てて言葉を都合としたが、勢い良く澪に手を引かれ、半ば強制的にそれを止めさせられた。

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと休まないか、澪……」

 

抜けるような青空の下、額に汗を浮かべながら、額に玉のような汗を浮かべた真士は、肩で息をしながら嘆願するように言った。

しかしそれも無理からぬ事だ。

何しろ士道と真士は先程から、海水浴、砂の城作り、磯釣り、スイカ割り、果てはビーチバレーと、海辺でできることを網羅する勢いで遊びまくっていたのだから。

一見すれば、仲良し四人組。

あるいは高校生三人組と引率の先生。

ーもしくは、二組のカップルのダブルデートである。

 

「あ、ごめん。

つい楽しくて…」

 

「…そうだね。

では少し休憩しようか」

 

澪と令音がそう言って、同時に指を鳴らす。

 

すると、辺りから光の粒のようなものが集まってきて、砂浜の上にキャンプ用のテーブルと椅子、さらに大きなビーチパラソルが出現した。

ついでにテーブルの上には、よく冷えたドリンクまで置かれてる。

 

まるで魔法のような光景。

先ほど彼女らが釣り竿やスイカを出現させるのも見ていたはずなのに、士道はまたも目を剝いてしまった。

 

「ホント何でも出てくるんですね…」

 

「…《輪廻楽園》の中は極小の《臨界》。

意思の力が現実に作用する世界だ。

魔術師たちの随意領域は現象を起こすのが精一杯だろうが、ここでは物質を具現せることだって不可能ではない。

シンーいや、士道、君だって霊力を持っているんだ。

慣れればできるはずだよ」

 

令音が、名前を呼び直しつつ言ってくる。

まぁ、ここには真士がいるのだから、士道をシンと呼ぶのはややこしいのだろう。

「そうなんですか?」

 

「えっ、それ俺もできます?」

 

と真士がワクワクした様子で問う。

が、令音は難しげな顔で顎に手を置いた。

「…どうだろうね。

士道は精霊たちの霊力を封印しているが、シンはいわば、普通の人間だからね。

再現される際にどう存在を切り分けられたかによるんじゃないか?」

 

「そ、そうですか…」

 

真士が肩を落としながら、士道をどこか羨むような目で見てくる。

 

「…いいなぁ、霊力。

…お前も俺なんだし半分こにしない?」

 

「ええ…」

 

士道が頬に汗を垂らしながら苦笑すると、真士が懇願するように迫ってきた。

 

「頼むよー。《囁告篇帙》と《刻々帝》と《封解主》と《贋造魔女》と《破軍歌姫》でいいからさー」

 

「戦闘向けの天使ばっかり俺に残すな!」

 

士道から切り分けられた存在だからか、真士もある程度の天使の知識を有しているらしかった。

 

的確に便利そうな天使だけを選択してくる。

たまらず士道が叫ぶと、真士は笑いながら士道を宥めるように手のひらを広げる。

 

「冗談冗談。

それより、せっかく二人が用意してくれたんだ。

休もうぜ。

もう喉がカラカラだ」

 

「ああ…そうだな」

 

士道はそう答えると、砂浜に出現した椅子に腰掛け、洒落たグラスに注がれたトロピカルジュースを喉に流し込む。

 

爽やかな甘味と酸味が乾いた身体に染み渡る。

士道はそれを一気に飲み干すと、勢いよく息を吐いた。

 

『ぷはぁ…!』

 

何やら声が被った気がする。

 

テーブルの向かいを見やると、真士が士道と同じような表情をしながらこちらを見ていた。

 

「ふふ」

 

「…まるで鏡合わせだね」

 

それを見ていた澪と令音が口元を緩める。

 

士道はなんだか少し照れくさくなって視線を逸らしたが…その動作すらも、真士と同時だった。

 

…もともと同じ人間だから細かな動作が似てしまうのは仕方ないことかもしれない。

 

と、士道がそんなことを考えると、テーブルの向かいから、くぅ……と可愛らしい音が聞こえてきた。

 

「あはは、お腹が鳴っちゃったみたい」

 

言って澪が小さく笑う。

恐らくジュースを飲んだことにより、胃が刺激されたのだろう。

 

あれだけ遊んだのだ。

お腹が空くのも当然だった。

 

「…ふむ、では軽く食事してしまおうか」

 

「うん。

シンに士道、何かリクエストはある?」

 

言って令音と澪が、魔法使いよろしく人差し指で空中に円を描くような動作をしてみせる。

彼女らの手にかかれば、どんな料理だって一瞬にして再現されるだろう。

が、そこで真士が、何かを思いついたように手を打った。

 

「あ、そうだ。

なら澪、調理設備と材料を出してくれるか?」

 

「設備と材料?」

 

「ああ。

ー士道も、結構やるんだろう?」

 

そう言って真士が目を輝かせ、包丁で野菜を切るような仕草をしてくる。

 

士道は「へぇ…?」と眉を動かした。

 

「マジか。

やる気かよ」

 

「ああ。

せっかくのご飯だ、ポンと出して終わりじゃ味気ないだろ?

ちょうど審査員も二人いるんだ。

どっちの料理が美味いか、決めてもらおうじゃないか。

題目は…そうだな、海の家の定番、焼きそばでどうだ?」

 

「よし乗った。

相手にとって不足はない!」

 

真士の提案に応じ、士道は立ち上がった。

 

するとそれを見た澪と令音が一瞬顔を見合わせ、楽しげに微笑んでから、二人同時に指を鳴らした。

 

次の瞬間、砂浜の上に、見事な調理第と大きな鉄板、そして色とりどりの野菜や肉が現れる。

 

ついでに士道と真士の身体に、いつの間にかエプロンが装着されていた。

 

「おお…っ!」

 

「はは…本当に凄いな」

 

士道は真士と笑い合うと、それぞれ調理台の前に立ちー調理を開始した。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

互いに烈帛の気合を発しながら、キャベツやニンジンを切っていく。

 

別に叫ぶ必要はどこにもないのだが、こういうものは雰囲気である。

 

そして淀みない手つきで鉄板に油を引き、野菜に肉、麺を投入したのち、ソースで味付けをする。

 

程なくして、士道と真士、両方の料理がほぼ同時に完成した。

 

焼きそばを皿に盛り付け、令音と澪の前に給仕する。

 

「…ほう」

 

「わあ…」

 

二人は芳しいソースの香りに感嘆の声を上げると、二皿の料理を見比べるように眺めた。

 

「…見た目はほぼ同じだね。

どちらも美味しそうだ」

 

「うん。

そもそもシンと士道ってほぼ同一人物なんだし、そこまで差って出るのかな?」

 

などと、本末転倒なことを言ってくる。

 

しかし士道と真士は唇の端を上げると、二人に向けて手を広げた。

 

「それはどうかな?

まぁ、とにかくお熱いうちに!」

 

「召し上がれ!」

 

士道と真士が言うと、令音と澪は手を合わせて「いただきます」と言った後、順に焼きそばを食べ始めた。

 

「…ふむ。美味いものだ」

 

「うん、美味しい」

 

やがいて二人が両方の焼きそばを称賛し、何やら視線を交わせてから、どちかからともなくうなづき合う。

 

士道と真士はその動作で、二人の間で評定が下がったことを悟った。

 

「さぁ…では!」

 

「より美味しかった方を教えてくれ!」

 

士道と真士が微かに緊張を滲ませながら言うと、令音と澪は、いつの間にかテーブルの上に出現していた回答札のようなものを手に取り、同時にオープンしてみせた。

 

ー二人の回答札には両方、『士道』の文字が書かれていた。

 

「よっしゃ!」

 

「なんでだぁぁぁッ!?」

 

士道がガッツポーズを取ると、その隣で、真士が砂浜に膝をつく。

 

それを見ながら士道は唇を歪めた。

 

 

「ーわからいか、真士。

おまえは鉄板を使いこなせていなかったのさ」

 

「な、なんだって…!?」

 

真士が顔を上げてくる。

 

士道はヘラを操るような仕草をしながら続けた。

 

「お前の腕も大したもんだよ。

もしこれがフライパンでの勝負だったら、結果は引き分けだったかもな。

でも、鉄板で焼きそばを作るなら、その広い面積を利用して麺一本一本を焼かないと勿体ないぜ。

これにより、外側はカリッと、中はモチッとした食感を作るのさ」

 

「な…ッ、でも日次生活で鉄板を使うことなんてないはず!

お前は一体どこでその技術を…!」

 

真士が戦慄した様子で目を見開く。

士道は息を吐いた。

 

「ー甘いな。

俺が日頃、一体何人の精霊たちのに飯を作ってると思ってるんだ!

 

お前とは、振るってきた鍋の数が違うのさ!」

 

「ぐはぁぁぁぁぁぁーッ!」

 

士道が指を突きつけて高らかに言うと、真士が胸元を押さえ砂浜に仰向けに倒れ込んだ。

 

と、そんな二人のやり取りを見ていた令音と澪が、不思議そうに首を傾げる。

 

「…二人とも、食べないのかい?」

 

「冷めちゃうよ?」

 

「あ、はい」

 

「いただきます」

 

士道と真士は姿勢を正すと、エプロンを外して互いの焼きそばを食べ始めた。

 

「うわっ、外はカリ中モチ…確かに美味いわ」

 

「だろ? うん、でも真士のも十分上手いぞ?」

 

「おいおい、情けは時に残酷だぜ?

くっそー、仮にも自分に負けるとはなぁ…」

 

真士が悔しそうに身を捩りながら唸る。

 

するとそれを慰めるように、澪がその肩に手を置いた。

 

「元気出して。

私はシンの料理の方が好きだよ」

 

「澪…」

 

真士は目を潤ませたが、すぐに眉毛を寄せた。

 

「でも澪、士道の方選んでなかったっけ?」

 

「えっ? だって美味しい方を選べって言うから」

 

「……」

 

澪の言葉に真士が笑顔のままテーブルに沈む。

 

「容赦ないなぁ…」

 

純粋はときには残酷なものである。

 

士道は小さく肩をすくめながら苦笑した。

 

するとそれに合わせるように、焼きそばを食べ終わった令音が箸を置き、ご馳走様、と呟いてから視線を向けてきた。

 

「…さて、では次は私たちが何かをご馳走しよう。

せっかくの海だ。

かき氷などはどうかな?」

 

「あ、いいね。二人とも、何味にする?」

 

澪が首を傾げながら問うてくる。

 

士道と真士は特に迷うことなく同時に答えた。

 

「じゃあ、イチゴで」

 

「じゃあ、メロンで」

 

その答えに、士道と真士は意外そうに目を丸くしながら互いを見た。

 

「あ、真士はメロン派なのか」

 

「ん、まぁ別に絶対ってわけじゃないけど、昔からメロンが多いかなぁ。

そういう士道はイチゴか」

 

「琴里がイチゴ味が好きなんで、なんか一緒に食べているうちに自然にさ。

まぁ、かき氷のシロップって色と香りが違うだけで基本的に味は同じらしいけどな」

 

「へぇ、そうなのか。

それで違う味に感じるってのも面白いな」

 

 

と、士道と真士はそこで首を傾げた。

 

理由は単純。

令音と澪が二人の会話を何やら感慨深げな表情で見ていたからだ。

 

「…ん?」

 

「どうしたんだ、澪」

 

士道と真士が問うと、令音と澪は同時に目を伏せた。

 

「ううん」

 

「…なんでもないよ。

それより、ほら」

 

言って、二人が指を鳴らす。

 

するとテーブルの上にかき氷が四つ、出現した。

 

「さ、どうぞ」

 

「…召し上がれ」

 

「おお!」

 

「いただきます!」

 

士道と真士は同時に手を合わせると、同時にかき氷を口に運び、同時に頭痛を覚えて額に手を置いた。

 

「くぅー…っ」

 

「きくぜぇぇぇっ」

 

そんな二人の様子に令音と澪は笑い合うと、かき氷を口に運び始めた。

ちなみに令音が選んだシロップはイチゴ味、澪はメロン味のようだった。

 

「ふぅ…」

 

十数秒後、ようやく頭痛が治まる。

士道は小さく息を吐くと、美味しそうにかき氷を食べている令音と澪を見てから、改めてから周りの景色を見回す。

 

どこまでも続くような海。

照りつける太陽。

季節は初夏。

先ほどからかれこれ四、五時間は遊び回っている気がするが、日が傾くような気配は無い。

 

まるで、真士と澪がこの海を訪れたときの瞬間がずっと続いているような有様だった。

 

加え、令音が言うには、この《輪廻楽園》の中は外の世界と時間の進みが異なるらしく、外の世界ではまだ、せいぜい数分程度しか経過してないらしい。

 

とはいえ無論、遊んでいる場合ではないことは士道も重々分かっている。

 

ウェストコットこそ退けはしたものの、外の世界では士道の帰りを待っているのだ。

いくら外ではそれほど時間が経ってないとはいえ、それが免罪符になるわけではない。

 

だが、士道はまだ、目的を達することができていなかった。

 

それにー

 

「………」

 

士道は澪の顔を見やった。

 

心から楽しそうに真士と談笑する澪。

 

そんな彼女の誘いを断ることが出来なかったのも偽らざる真実ではあった。

 

とはいえーその澪に対する感情は、この空間に飲み込まれる前のそれとは、違う気がしてならなかった。

 

いや、変わらず澪を愛しいとは思うし、好きとも思う。

 

けれど今士道が覚えているものは先へどまでの呪いじみた恋慕の情とは、明らかに異なるものであった。

 

それだけではない。

 

真士としての記憶もそうだ。

 

《輪廻楽園》に呑まれる前までは、自分の行動を支配されそうなほどに強烈だった真士の念が、今は鳴りを潜めていたのである。

 

無論、未だに30年前の記憶は有しているのだがー一言で言うと、『実感』が薄れてしまったような感覚だった。

 

「…シンであった実感がないーかい?」

 

「ーっ!?」

 

そこで不意に発せられた令音の言葉に、士道は小さく肩を揺らした。

 

テーブルの向かいでは、真士と澪が笑い合っている。

 

その邪魔をしないように、士道は声を潜めて返した。

 

「……この空間、心も読めるんですか?」

 

「……いや、表情から類推しただけさ。

 

……君も、私と同じかとおもってね」

 

「えー?」

 

「……存在が切り分けられた際に、『澪』としての感情があちらの澪に行ってしまったのかもしれないね。

無論記憶はあるが……なんというか、不思議な感覚だよ。

本当に『村雨令音』になってしまったかのようだ」

 

「令音さん……」

 

士道は呟くように言うと、再度真士と澪に目を向けた。

 

ふと先ほどの料理対決を思い出す。

士道に軍配が上がった勝負。

それは士道自身が言った通り、精霊たちがいたからこその勝利だ。

 

それだけに限った話ではない確かに士道と真士はもとは同じ存在だっのかもしれない。

 

だが、今までの人生で経験した出来事が、出会った人々が、その人格を形作っていた。

 

決して同じ人間ではない。

 

そんな当たり前のことに、改めて思い至る。

 

そして、それはきっとー

 

「………」

 

士道は唇を噛むと数秒間深呼吸をしてー意を決するように声を上げた。

 

「……なぁ、澪、真士」

 

「ん? どうしたの? 士道」

 

「なんだ? 次はチャーハン対決か? 今度こそ負けないぞ」

 

澪が首を傾げ、真士がファイティングポーズを取りながら言ってくる。

 

士道は苦笑しながら首を横に振ると、令音を一瞥した後、続けた。

 

「腹ごなしにさ、少し歩かないか?」

 

士道の提案に、真士と澪は一瞬視線を交じらせたのち、頷いてきた。

 

ーどこまでも広がるかのような浜辺に4人の足跡が描かれ、しばしあと、波によって消されてく。

そのたび足元に、冷たい感触がうまれ、微かに砂に足が沈む。

降り注ぐ太陽の日差し。

頬を撫でる潮風。

それらが一体となって、士道に夏の訪れを感じさせた。

ここにしかない、贋者の夏の到来を。

 

「んー」

 

前を歩いていた澪が、大きく深呼吸をするように伸びをする。

 

「本当にー気持ちいいね。

ふふ、ここに連れてきてくれたシンに感謝しなきゃ」

 

澪が言うと、隣をアルク真士が嬉しそうに、それでいてどこか照れくさげに微笑む。

 

「お気に召したなら何よりだ。

景観がいい場所を探すの、結構苦労したしな。

あんまり遠すぎても行けないし。

ー士道の時代にはスマホとかいうのがあるんだろ?

ずるいよなー。

いつでもどこでも世界中の情報が収集できるって便利すぎるだろそれ」

 

冗談めかすように真士が言って、肩をすくめる。

士道は曖昧な表情で苦笑する。

 

「……士道」

 

と、そんな士道の様子を察したように、隣にいた令音が声を潜めて言ってくる。

 

士道は小さく頷くと、令音にしか聞こえない程小さな声で「大丈夫です」と返す。

 

そんな後方のやり取りに気付かぬ様子で、澪と真士が砂浜に足跡を刻み続ける。

 

「ーあ、私あれやってみたかったんだ。

花火。

海って言ったら花火なんでしょう?

三十年前にきたときには、夕方には帰っちゃったからできなくて」

 

「し、仕方ないだろ。

それぐらいには帰らないと遅くなるし。

真那にも心配かけるし邪推されるし……」

 

「ふふ、むしろ、これからやる楽しみがあるじゃない。

ーダイビングや、バーベキューもしてみたいな。

あとで街でも行ってみよう?

私と、シンと、令音と、士道で。

ああ、きっと楽しいよ。

ー本当に、この時がずっと続けばいいのに」

 

澪が弾んだ声でそう言う。

その様は本当に楽しそうでー心からそれを望んでいることを窺わせた。

 

だから、士道はそれに答えるのに、1泊のときを要してしまった。

 

「ーああ、そうだな」

 

だが、言わなければならない。

 

士道は拳を握りしめながら、続けた。

 

「でも……永遠には続かない。

そうだろう。

……澪」

 

 

「ー」

 

瞬間。

 

ゆっくりとした歩調で砂浜を歩いていた澪の足が、止まった。

 

そして数秒の後、澪は士道と令音の方に振り返ったかと思うと、寂しげな笑みを浮かべながら言った。

 

「ーごめん。

士道に言わせちゃったね」

 

「澪……」

 

澪の隣にいた真士が、重苦しい調子で澪の名を呼び、その肩に触れようとする。

 

だが、彼は直前で手を止めると、そのまま唇を噛み、手を下ろした。

 

澪と同様、真士も気づいていたのだ。

 

無論ー令音も。

 

《輪廻楽園》の中にいる全員が、それに気づき、しかし口に出来なかった。

今この瞬間がずっと続けばいいとー士道さえそう思っていた。

 

けれど、いつかは誰かが幕を引かねばならない。

 

だとするならば、きっと士道の役目だった。

 

士道は一瞬目を伏せてから、意を決するように再度唇を開いた。

 

「……最初に令音さんときすをしてから、経路を通って澪の記憶が流れ込んできた。

最初俺はそれが何なのかわからなかったし、何を意味するのかも分からなかった。

 

でもようやく、わかったんだ」

 

士道は滲みかける涙を拭い、見の目を見据えた。

 

「澪、お前は死んだ真士を甦らせるために、俺として産み直した。

そうだな?」

 

「……うん」

 

澪が、うなづいてくる。

それこそが、澪の三十年に亘る願い。

 

かつて死んでしまった愛しい人を、死なず年老い生命として作り替える。

まさに《デウス》の名に相応しき神の所業。

 

「それに間違いはない。

それは、お前の願いだ。

お前の望みだ。

でも……それだけじゃない。

だって、それによって出来上がった真士は、本物の真士じゃいんだから」

 

「……」

 

士道の言葉に、真士が士道を見る。

けれど、何も言おうとはしなかった。

真士もわかっているのだ。

自分が、士道の記憶から切り離された、虚構の存在であることを。

そしてそれは、澪自身も理解しているはずだった。

最初は、理解していながらもそれに縋らねばならぬほどに追い詰められていたのだと思った。

仮に本物の真士でなくとも、真士の姿と記憶を持った贋者がいれば、心の穴を埋められるのかとも思った。

 

実際、それも間違いではなかっただろう。

けれど令音とキスをした士道は、もう一つの可能性に辿り着いてしまった。

なぜ、澪は士道に、霊力封印能力をーいわば精霊の天敵とさえ言える力を授けたのか。

その疑問に、至ったのだ。

無論その理由は、人間の身には強すぎる霊力を分割して譲渡するためでもある。

そのために澪は、幾人もの少女たちを犠牲にし、士道と変わらぬ状態にまで変化させたのだ。

だがー

 

 

「お前自身が自覚していたかどうかは分からない。

でも、お前の記憶を第三者視点で見たからこそ……至ったことがある」

 

『ー私にはシンしかいなかった。

シンを失ったなら、生きている意味がなかった』

 

脳裏に、澪の声が甦る。

 

『ー私は人間みたいに弱くない。

私を望んだとしても、死ねるわけじゃなかった』

 

士道はくずれそうになる膝をどうにか保ちながらー言った。

 

「ー澪、おまえは、自分を殺せる存在をつくるために、俺を産んだんだ」

 

その、言葉に。

 

「…………」

 

澪は何も答えずにーしかし悲しげに、笑った。

 




意外と早く投稿できましな^. ̫.^
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