デート・ア・ライブ~救世の魔法使い~   作:灰音穂乃香

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第九十三話『そして彼女が選ぶのは』1

静かにー

あまりにも静かに、時が流れていく。

《輪廻楽園》によって形成された極小の隣界。

 

真士と澪の思い出の海を再現した虚構の空間。

 

そんな、夢のように美しい砂浜で、士道と澪は無言のまま対峙していた。

 

澪の傍らには真士の隣には令音がいるが、彼らもまた、何も言葉を発しようとはしない。

 

二人とも分かっているのだ。

この沈黙を破るのは、士道ーもしくは、澪でなくてはならないと。

 

ー士道が澪に放った言葉は、あまりにも残酷で、無慈悲かつ、破滅的であった。

 

愛しい人と再会を果たすため、30年もの間歩み続けてきた少女に投げかけるには相応しくない暴言。

 

だが、それを受けた澪は、泣くでもなく、怒るでもなく、ただ静かに微笑むのみだった。

 

まるで、すべてを受け入れるかのように。

 

ー士道の語った無慈悲な言葉が、まったくの妄言ではないとしめすかのように。

 

「…私を殺せる存在、か…」

 

細波の音だけが響き渡る空間に、澪の声が生じる。

 

「確かに…もしも霊力が封印されたなら、私は普通の人間ーとまではいかずとも、今とは比べ物にならないくらい脆弱な存在に変貌する。

それこそ、自死さえ可能かもしれないぐらいに」

 

澪は自分の言葉を咀嚼するようにゆっくり呟くと、やがて、細く息を吐きながら天を仰いだ。

 

「ああーそうなのかもしれないね。

もしかしたら私はずっと、それを望んでいたのかもしれないね」

 

「澪……」

 

士道が微かに震える声で名を呼ぶと、澪は穏やかささえ感じさせる落ち着いた語調で言ってきた。

 

「シンを蘇らせようとしていたのは嘘じゃないよ。

それが、私の望みだった。

あの日死んでしまったシンともう一度会うとに、私はずっと三十年の間を生きてきたんだから」

 

でも、と澪が続ける。

 

「ー士道の言うとおり、そうして生まれたのが本当にシンなのか、って疑問は、ずっと心のどこかにあったんだ。

……でも、他には方法はなかった。

だから私はそんな不安に蓋をして見ないようにしてきたんだ。

きっと新しいシンが生まれれば、そんな気持ちごと呑み込んでくれるって、何の根拠もなく思ってたんだ」

 

澪は困ったように笑った。

 

「……そうか。

私はーずっと、死にたかったのかもしれないね。

シンを不死にしようとしたのも、シンかがいつか死んでしまうことに耐えれなかったんじゃなく、シンが死んでしまったた時、自分だけ生きているのが耐えられなかったのかもしれない。

……ああーそうかなんで、今までそんな簡単なことに気付かなかったんだろう」

 

澪はそう言うと、士道に背を向けて、ゆっくりとした足取りで数歩砂浜に足跡を付けた。

 

直ぐにそれを、波が攫っていく。

 

澪は再び立ち止まると、深く呼吸をした後、士道たちに背を向けたまま問いを発してきた。

 

「それでーそこまでわかっていながら私にキスをしにきたっていうことは、士道は私を殺してくれるつもりってこと……だよね?」

 

「……」

 

「ーっ」

 

澪の言葉に、令音が微かに眉毛を寄せ、真士が息を詰まらせる。

 

だかそれも道理。

 

士道は全てを予想した上で、澪にキスをしたのだ。

 

全てを承知した上で、ここにやってきたのだ。

 

その回答が導き出されたのは至極自然なことだった。

 

「……ああ」

 

士道が頷くと、澪は微かに顔を上げるような仕草をしながら声を返してきた。

 

「ー、そうー」

 

「ーなんて言うと思ったか?」

 

「………え?」

 

次いで発せられた士道の言葉に、澪は意外そうに目を丸くしながら振り向いてきた。

 

それどころか、令音と真士もまた、似たような表情で士道を見てくる。

 

士道は澪の目を見据えながら続けた。

 

「人にとんでもない役目を押しつけやがって。

悪いがこちとら、お前ほど肝が据わってるわけじゃないんだ。

お前の死なんて、背負えるものか」

 

士道がきっぱりと言うと、澪が困惑した様子で首を傾げてきた。

 

「……ええと、じゃあ、なんで?」

 

「決まってるだろ。

俺はー」

 

士道は指一本立てると、澪に突きつけて宣言するように言った。

 

「ー澪、お前を、真士から奪い取るために、ここに来たんだ」

 

「ー」

 

士道の言葉に、澪が目を見開く。

 

士道は畳み掛けるように続けた。

 

 

「俺は今、狂三のおかげで10の霊結晶をこの身に宿してる。

正直、ほとんど精霊と変わらないだろう。

お前の霊力だって封印できるかもしれないね。

でも、封印イコール死じゃないだろ?

 

お前が自分で死さえ選ばなければ、な。

 

ーというわけで、だ。

昔の男なんて忘れて俺に乗り換えちまえよ、澪」

 

悪そうな顔してそんな事を言う。

 

澪はしばしの間呆気に取られたように口を空けていたが、やがてー

 

「ーふ、ふふ、あははははーっ」

 

と可笑しそうに笑い出した。

 

「何それ。全然似合ってないよ、士道。

ていうかそもそも本気なの?」

 

「似合ってないのは自分でもわかっている…たが、気持ちは本気だ!

 

俺は本気で、真士からおまえを奪うつもりだ!」

 

「ふふ………そっか」

 

澪は滲んだ涙を拭うような仕草をしながら、傍らには立っていた真士に視線を向けた。

 

「……って言ってるけど、どうする、シン?」

 

 

言って、澪が面白がるように笑みを浮かべる。

 

真士は息を漏らすと肩を竦める。

 

「俺が口を出していいのか? 確かに俺は崇宮真士のつもりだけど、士道の記憶から切り離されただけの存在……いわば偽物の偽物だぜ?」

 

「でも、その記憶は確かにシンのものでしょう? 言って。

あなたが思うことは、本物のシンと同じなはずだから。

ーでないと、私を士道に取られちゃうかもよ?」

 

澪がいたずらっぽい調子で言うと、真士が眉の端を揺らした。

 

「そうかい。

じゃあ言わせてもらうけどー」

 

真士は息を吸ってから士道に向き合うと、目を見開き、言葉を放つ。

 

「ーっざけんじゃねぞテメェ! 人が黙ってれば好き勝手に言いやがって! いくら士道でも許せねぇ! 澪はぜぇぇぇったい渡さないからなッ!」

 

「お、おお……ッ!?」

 

凄まじい剣幕に、士道は思わず後ずさる。

 

 

いや、士道も生前の真士が澪をどれだけ大切におもっいたかは重々わかっていたが、こうして実際にそれを目の当たりにするとさすがに驚く。

 

が、真士はひとしきり叫び終えると、息を吐いて目を伏せた。

 

「……とまぁ、これが生前の俺の気持ちだ。

 

澪を奪おうなんて冗談じゃない。

許せるかよそんなもん。

ーただ、だ」

 

真士はゆっくりと目を開けると、どこか寂しげなーしかし慈しむような視線で、澪を見た。

 

「……俺はもう、いないんだろ?」

 

「……」

 

真士の言葉に澪が無言になる。

 

真士はそんな澪に歩み寄りながら続けた。

 

「例えそれが士道でも、澪が俺以外の誰かを選ぶなんて、許容できない。

正直胸が張り裂けそうだ。

ーでも、だからって、澪が自分から死を選ぶのも嫌だ。

 

この世界にはまだ、澪に見せたいものがたくさんあったんだ。

 

澪を連れていきたい場所がもっとあったんだ。

 

澪に体験させたいことが山ほどあったんだ」

 

 

真士はゆっくり手を挙げると、澪の頭を撫でた。

 

「……この海は綺麗だよ。

 

澪をここに連れてこられて本当に良かった。

 

……でも、そろそろ別の場所にも行かないとな。

 

ーごめんな、澪。

俺のせいで三十年も縛り付けちまった」

 

 

「…………」

 

澪は、何も答えない。

 

その代わりと言わんばかりに、真士が士道の方を見つめてきた。

 

そして小さく頷いてくる。

 

士道には、真士の意図が手に取るようにわかった。

 

感覚が薄れたとはいえ、士道にもまた真士の記憶が残っいるのだ。

 

だからー士道は、澪に向かって手を差し出してきた。

 

「澪……!」

 

「士道、私はー」

 

澪が小さく顔を上げ、何かを言いかける。

 

がーその瞬間。

 

穏やかだった海岸の光景に急にノイズのようなものが走ったかと思うと、世界全体が地鳴りのような音を伴って振動し始めた。

 

 

「……っ!? 」

 

 

「うわーっ!?」

 

突然の事態に、士道は思わず息を詰まらせ視線を周囲に巡らせる。

 

真士もまた、似たようなリアクションで周囲を見回す。

 

今まで楽園のような景色を保っていた世界が、急に乱れ始める。

 

天候が荒れ始めたとか、地震が起こったみたいな天災的な現象ではないだろう……。

 

例えるならばーゲームの画面にバグが発生したような光景である。

 

『恐らくは、外部からの魔術的な干渉……』

 

この空間が澪と令音の霊力を用いて作り出した一種の固有結界だと仮定して別の固有結界をぶつける事で相殺または上書きする事が可能だ。

 

以前、狂三の【時喰みの城】を苺が【不思議な世界】で相殺したのと要領としては同じだ。

 

士道と同じように澪と令音も至極冷静に状況を見ると、互いに視線を合わせる。

 

「令音、これって」

 

「……ああ、恐らく間違いないだろう」

 

「な、何が起こってるんだ?」

 

1人だけ置いてけぼりな真士が問うと、令音はノイズが走った空を見上げながら答えた。

 

「……外部からの干渉だ。

これは恐らくー精霊術式」

 

「精霊術式……?」

 

困惑するように聞き返した真士。

 

それに答えるように、今度は澪が小さく首肯する。

 

「うん。

三十年前、私をーこの世界に『精霊』という存在を作り出した術式。

 

世界に偏在するマナを集めて超常生命を生み出す魔術の秘奥だよ。

 

これができるのは……私が知る限りウェストコットたちだけ。

どうやら、まだ生きていたようだね」

 

「な……っ!?」

 

澪の言葉に、真士が戦慄の声を発する。

 

 

「精霊を……作り出した? ちょっと待て、って事は今、外で新しい精霊が生み出されようとしてるってことか……!? しかも、澪みたいな始原の精霊が!?」

 

真士が悲鳴じみた声で言うと、澪と令音、士道は同時に頷く。

 

「……恐らくね。

しかもーマナの流れの中心にいるのはウェストコットのようだ。

どうやら自分自身を核に儀式を行おうとしているらしい」

 

「ウェストコットが精霊に……!?」

 

士道の脳裏にウェストコットが語っていた彼の目的が過ぎる。

 

ー始原の精霊の力を手に入れ、世界を上書きする。

 

もしもこの空間を形作る力をウェストコットが有したなら。

 

そして、その空間が地球全体を覆ったならー。

それは確かに、世界を上書きするという表現に足る事態だ。

 

 

ウェストコットの目的は人類への復讐だろう……。

ならばその世界で魔術師以外の人間がどうなるかは想像に難くない。

 

新たな世界と言えば聞こえいいが、要は体のいい大量虐殺だ。

 

そんなことは許すわけにはいかない。

 

と、そこで真士が難しげに眉根を寄せながら首を捻る。

 

「ちょっと待って下さい。

そんなことが可能なら、なんでもっと早くやらなかったんですか?

自分を精霊にできるなら、わざわざ他の精霊にできるなら、わざわざ他の精霊の霊結晶を集める必要なんてなかったんじゃ?」

 

真士の言うことも最もである。

 

澪を生み出した術式がもう一度行えるならば、そちらの方が手っ取り早いだろう。

 

すると令音が、自分の胸元に手を置きながら答えた。

 

「……そうはいかなかったのさ。

術式を成功させるためには、あるものが足りなかったんだ」

 

「あるもの……?」

 

「霊脈ですね……」

 

士道の言葉に澪が頷いて続ける。

 

「……ああ。

三十年前、ウェストコットたちは術式を行う際、ユーラシア大陸の中央部に位置するポイントを選んだ。

それはその場所に、マナの流れの要衝。

魔術や仙術で呼ばれるところの、いわゆる霊脈が存在したから」

 

 

令音の言葉を継いで、澪が続ける。

 

「精霊術式により、私は生まれた。

けどその際、世界が蓄えていたマナと同時に、霊脈の機能を丸ごと私が吸収してしまったんだ」

 

「……そう。

だから私と同等の精霊を作り出そうとしたなら、世界に再び巨大な霊脈が形作られるのを待たねばならなかった。

ーそれこそ、数百年先になるか、数千年先になるかという話だがね」

 

「じゃあ、なんで今ー」

 

真士が言いかけて、肩を揺らす。

 

その反応から察したのだろう。

 

令音が、小さく頷いてくる。

 

「……そう。

ここには、私という霊脈がある。

ーウェストコットは私を介して、マナを集積させていたようだ」

 

「うん。 《ゲーティア》に術式用の装置が積まれていたみたい。

三十年前とは精度が段違いだね。

今は顕現装置があるから当然かもしれないけど」

 

「……無論、そんなことは私が出現する、ということを知ってなければありえない。

 

だが今ーそのありえないはずの事態が起こっている」

 

令音の言葉に、士道は奥歯を噛み締める。

 

その原因は考えるまでもない。

 

ー士道の時間遡行だ。

 

皆を救おうとしての士道の行動が、今世界を窮地に追い込んでいる。

 

その現実に、士道は心臓が引き絞られるような感覚を覚えた。

 

が、そんな士道の思考を察したように令音が続ける。

 

「……君は、私の手から皆を救おうとしただけだ。

君が気に病む必要はない。

原因というならば、それは全て私の責任だ。

ーそれに今は後悔に時間を割いてるときではないだろう?」

 

令音の言葉に首肯し、澪が、士道に視線を向けてくる。

 

「そうだよ。

あんな奴に利用されるなんて御免だし、シンとの思い出の世界を作り変えられるのはもっと嫌」

 

澪は複雑そうな表情でしばしの間押し黙ったのち、何かを吹っ切るように頬を緩め、続けてきた。

 

「……士道、力を貸してくれる?

未来の世界でみんなを殺してしまった私がこんなことを言うのもおかしな話かもしれないけどー」

 

言って澪が、士道の目を見つめてくる。

 

「ーみんなを助けに行こう」

 

「……! ああ……っ!」

 

士道はそれに答えるように、力強く頷いた。

 

確かに状況は絶望的だ。

 

ウェストコットが始原の精霊の力を得るなど、考えうる最悪の状況だ。

 

ーけれど澪が、皆を助けると言ってくれた。

 

士道にはそれがたまらなく嬉しかった。

 

澪は微笑むと、真士に1歩歩み寄る。

 

「シン」

 

「ああ」

 

真士はそんな短いやりとりで澪の意図を察したのだろう。

 

両手を広げると、澪を抱きしめる。

 

「……行ってくるね」

 

「……ん、気をつけてな」

 

真士はそう言うと、士道の方に視線を向ける。

 

「士道。

ー澪を頼む」

 

「ー、ああ」

 

真士の言葉に、士道は首肯と共に返した。

 

するとそんな様子を見てか、今度は令音が、真士のように両手を広げる。

 

「……士道」

 

「えぇ……」

 

士道が気まずげに目を泳がせると、令音がおいでと言うように指先を動かしてきた。

 

「……じゃあ、失礼します」

 

「……ん」

 

躊躇いがちに歩み寄ると、令音が士道を優しく抱きしめた。

 

「……最高のデートをありがとう。

 

ー君なら、大丈夫だ」

 

「令音さん……」

 

士道は呟くように言うと、令音の身体を抱き返した。

 

しばしの間、互いの体温と鼓動を確かめるように目を閉じる。

 

それだけで、士道の身体には、今まで以上の気力が漲る気がした。

 

 

「ーじゃあ、行こうか、シン」

 

言って、今度は澪が、士道に手を差し伸べる。

 

「ーああ!」

 

士道はもう一度頷くと、その手を強く握った。

 

 

 

 

 

 

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