ー夕日さえ沈んだ仄暗い空に、しかし煌々とした輝きが満ちていた。
夜空の空を散りばめたかのような光がうずまいて、一点に収束していく。
まるで夢を見ているような、幻想的な光景。
だが、《フラクシナス》の外装上からその光景を見る精霊達の表情に浮かぶのは、畏怖や崇敬ではなくー戦慄と焦燥の色だ。
それも当然と言えよう。 光の中心にいるのは精霊達の仇敵たる魔術師、アイザック・レイ・ペラム・ウェストコットだったからだ。
「ふーはは、ははははは!」ははははははははっ!」
ウェストコットの笑いが、夜空に響き渡る。
「く……!」
十香は奥歯を噛み締めながら大剣《鏖殺公》の柄を強く握ると、ウェストコット目掛けてその刃を振り抜いた。
轟音と共に、剣閃が空を切りながら飛んでいく。
が、堅牢な鉄壁すら切り裂く剣撃は、ウェストコットを包む光に触れた瞬間、空気に解けるように霧散した。
「ー無駄だよ。 私の身には既に霊力を帯びている。
しかも、君たちのような欠片ではなく、《デウス》と同じ根源の力をね」
ウェストコットが芝居ががった調子で両手を広げながら言うと、その身が宙に浮いていった。
「もはや誰にも止められはしない。
そこで大人しく見ていたまえ。
私が完全なる精霊となるところを。
この世界が塗り変わる光景を!」
「ふざーけるなぁっ!」
十香は諦めることなく《鏖殺公》を振るった。
必殺の威力を持った斬撃が空気を裂く。
十香だけではない。 八舞姉妹や四糸乃たちもウェストに向けて風圧弾や冷気を放っていた。
六喰は空間に穴を開けて、直接力の封印を試み、美九と七罪は《破軍歌姫》とそれを模した《贋造魔女》の演奏で皆の力を底上げする。
だが、それだけしても、ウェストコットには傷一つ付けつかなかった。
やれやれといった調子で、ウェストコットが肩をすくめる。
「聞き分けのない観客だ
ーエレン、アルテミシア」
言ってウェストコットがゆっくり手を掲げる。
すると、その身に纏わりついていた光の一部が空を舞い、折紙、真那と切り結んでいたエレンとアルテミンシアの胸元に吸い込まれていった。
次の瞬間、エレンとアルテミシアの胸元に吸い込まれていった。
次の瞬間、エレンとアルテミシアの身体が、ぼんやりとした輝きを帯びる。
「! これはー」
「わ、すごい。 力が」
二人が驚いたように目を丸くする。
瞬間、彼女らと対していた折紙と真那が、何かを感じたように後方へ飛び退いた。
「……!」
「ちー」
だが、二人の判断も分からなくもなかった。
仮に十香が彼女らと同じ立場だったとしても、似たような行動を取っただろう。
それくらい明確に、今のエレンとアルテミシアからは、不吉な雰囲気が漂っていた。
先程までと明らかに異なる、濃密なちから。
ーまるで、ウェストコットの力を与えられたかのような様相だった。
そんな二人の様子を見て、ウェストコットが満足げに唇な端を歪める。
「この世界の終焉を見届ける目と耳さえ残っていればいい。
彼女らも精霊だ、手足を切り取ったくらいで死にはしないだろう」
「ーは」
「わぁ、痛そう。
でも精霊だしー仕方ないよね」
ウェストコットの命を受け、エレンとアルテミシアが空を駆ける。
「ーッ!?」
「な……!」
刹那、折紙と真那の苦悶が響いたと思った時にはもう、二人の身体は大きく後方へ吹き飛ばされていた。
目にも止まらぬ瞬撃。
二人とも、すんでのところで防御態勢は取ったようだったが、それぞれの兵装と腕部の装甲が綺麗に切り裂かれている。
「折紙! 真那!」
「ーこの期に及んで他人の心配だなんて、余裕だね」
と、十香が叫んだ瞬間にはもう、そんな声とともにアルテミシアの影が目前まで迫っていた。
「くー!?」
慌てて《鏖殺公》を振り上げ、レイザーブレイドの一撃を受け止める。
が、防御してなお、、凄まじい衝撃が十香の全身を叩いた。
体勢を崩され、外装の上を転がるように吹き飛ばされる。
「ふーッ」
そして、そんな隙を見逃されるようなアルテミシアではない。
空を蹴り、十香に向かって追撃を仕掛けてくる。
「ぐ……っ!」
十香がは来る衝撃と痛みに備える。
力の差は歴然、だがここでウェストコットを止めねばと、己を奮起させる。
「……っ!?」
が、十香が覚悟を決めた瞬間、目前にまで迫っていたアルテミシアが眉を揺らし、後方に飛び退いた。
「むー?」
突然の行動に眉根を寄せた十香だったがーすぐに気づく。
《フラクシナス》の真横に浮遊していた巨大な繭の表面に亀裂が入り、その中から眩い光が漏れていることに。
恐らく、アルテミシアの退避は、あれを警戒してのことだったのだろう。
「あれはー」
と、十香が言った瞬間、眉が一気に展開したかと思うと、その中から二つの影が飛び出してくる。
ー士道と、澪である。
「シドー!」
「士道さん……!」
「おお!……無事じゃったか! 」
精霊達が表情を明るくし、その名を叫ぶ。
「おうー待たせたな、みんな」
士道は少し照れくさそうに微笑むと、その手に天使《鏖殺公》を顕現させ、ウェストコットに向かって構えてみせる。
「ーよう、アイザック・ウェストコット。
俺たちがいない間に、随分好き勝手にやってくれたじゃないか」
《輪廻楽園》の繭の中から飛び出した士道は、《鏖殺公》の切っ先をウェストに向けながら視線をするどくした。
彼を中心に濃密な霊力が渦巻いているのがありありと感じられる。
それこそ、澪と相対した時のような肌のちりつくような圧倒的なプレッシャー。
ウェストコットは悠然とした調子で笑みを浮かべると、大仰に両手を広げて返してきた。
「ーお陰様でね。
君には感謝してるよ、イツカシドウ。
よく私が術式を発動させるまで《デウス》を止めていてくれた。
貴重な霊結晶を提供した甲斐があるというものだ」
「なんだと……?」
ウェストコットの言葉に、士道は眉根を寄せた。
確かにウェストコットの持っていた二亜やの霊結晶は、1度の狂三の手に渡り、今士道の身体の中に存在している。
が、それさえもこの未来を見越したウェストコットの策だったのだろうか。
無論、ハッタリとも考えられたが、士道は策略と判断した。
判断したうえでー後悔はせず、今この状況を打開するために全力を尽くすと心に決める。
士道の表情と姿勢からそれを察したのだろう。
ウェストコットが心底楽しそうに笑みを濃くした。
「よい気迫だ。 まぁ、その身に十一もの霊結晶を宿し、隣に《デウス》を伴っていれば、そうもなるか。
だがー」
ウェストコットが小さく顎をあげた瞬間、彼の体が一層強く光り輝きー
漆黒の闇へと変貌していた。
「ー少し、遅かったようだね」
「なーッ……!」
士道は思わず息をつまらせ、身構えた。
空に浮くウェストコット、その背後に巨大な『樹』が姿を現したのである。
天を掴むように枝を、地を攫うように根を伸ばした、漆黒の大樹。
朽ち果てた表皮と、それに反するように漲った禍々しい瘴気。
見るもの全てを絶望させるかのような魔王の顕現である。
「ッ、あれは……」
「《輪廻楽園》? いや……」
「魔、王ー」
精霊達が、呆然とした口調で空を見上げる。
ウェストは指揮者の如く両手を振るうと、恍惚とした表情で告げる。
「さぁ、世界を作ろうか、《永劫瘴獄》」
瞬間、漆黒の大樹が胎動するかのように蠢き、その枝を天に、根を地に向けて伸ばし始めた。
それと同時に大樹を中心として、空に別の景色が広がっていく。
「……ッ!」
その光景には見覚えがあった。
《輪廻楽園》がモノクロの空間を生成するのと同じー《臨界》が世界を侵食していく感覚であった。
ー『あれ』を放置してはならない。
その直感が士道と真那、精霊たちの脳裏を一斉に通り抜けた。
するとそのとき、まるでそれに呼応するかのように、1つの叫びが響く。
「ー《輪廻楽園》!」
瞬間、澪の背景に浮遊していた眉が展開し、光の大樹《輪廻楽園》へと変貌する。
《輪廻楽園》はその枝と根を広げると《永劫瘴獄》のそれを抑え込むように絡みつかせた。
《輪廻楽園》と《永劫瘴瘴獄》が複雑に絡み合い、辺り一帯を巨大な鳥籠のように覆う。
双方かま展開しようとする世界同士がぶつかり合い、周囲をノイズのような景色に染め上げる。
「……! 澪!」
「《輪廻楽園》で《永劫瘴獄》を押さえ込んだ、でも、長くは保たない。
みんな、お願い。 力を貸して。
シンと出会ったこの世界をー守るために」
『……!』
澪が言うと、精霊達が驚いたように目を丸くした。
それも無理からぬこたと。
何しろつい先刻まで命を賭けて戦っていた相手なのだ。
だが、それ以前に彼女は、精霊達を見守り続けていた優しい解析官でもあった。
そして精霊たちは彼女を倒そうとしていたわけでなく、デレさせようとしていたのだ。
一瞬の共学の後、精霊達はどこか嬉しそうに頷くと、それぞれの天使を構え直した。
「うむ……! 一緒に戦えて嬉しいぞ、澪!」
「ええ。 あの中で何があったかは、あとで詳しく効かせてもらうけどね!」
「ふんーわたくしはぞっとしませんけれど」
その中にあって狂三だけは面白くなさそうに鼻を鳴らすが、ウェストコットを止めると言う点のみにおいては異存ないようだった。
不機嫌そうな表情をしながらも、《囁告篇帙》を消し、《刻々帝》に持ち帰る。
と、そこで息巻く皆の中、七罪が頬に汗を垂らしながら言った。
「……いや、でも力を貸すって何をすればいいわけ?
私たちの攻撃、全然通らないんだけど……」
すると澪は目を伏せると、祈りを捧げるように手と手を組み合わせた。
「ーそんなことはないよ。
だって君たちの天使の力は、本来そんなものじゃあないだろう?」
瞬間、澪の礼装から、無数に光り輝く光の帯のようなものが伸びると、それぞれが精霊達の、そして真那と士道の胸を貫いた。
「なっ……っ!?」
未来で見たのと同じ光景に、息を詰まらせる。
がー違う。
澪に胸を貫かれた精霊達は、倒れるどころか霊力を漲らせ、その身に目映ゆい光を纏っていた。
「おお……っ!?」
「これってー」
精霊達の驚愕の声と共に、光が物質とかしていく。
そう。 精霊たちの全然の鎧にして城。
ー完全な姿の霊装が、そこに顕現していた。
真那も、そして士道も、霊装こそ見解させてないものの、あたかもエレンやアルテミシアのように、身体に凄まじい力を纏っている。
そしてー
「ーうぉっ!? マジか澪っち!」
そんな声が後方から響く。
見ると、敵の攻撃から逃れるように《フラクシナス》の外装に這いつくばりながら艦橋に戻ろうとしていた二亜の身体に、修道女のような霊装が顕現していた。
「ー微量とはいえ、二亜の身体にも霊結晶が残っていたからね。
それを介して、私の霊力を注がせてもらったよ」
「ひゃー! サービスいいねぇ! おっしゃDEM! 私が相手だ!」
今まで逃げようとしていた二亜が立ち上がり、威勢よく宣言する。
あまりの調子の良さに思わず苦笑する。
が、そこで澪が、皆に注意を促すように続ける。
「とはいえ相手もまた精霊。
倒し切るためには君たちが持つ全ての天使の力を1つに結集し、一気に叩かねばならないだろう」
「全ての天使を……ですか?」
「え……っ、エレンとかいる中で全員合体攻撃とか無理ゲーじゃない……?」
七罪が言うと、澪は士道の方を見てきた。
「いや。 皆には、ウェストコットへの道を作ってもらいたい。
ーいるじゃないか、ここに。1人で、全ての天使の力を扱えるものが」
澪の言葉に、皆の視線が士道に注がれる。
すぐにその言葉の意味を理解すると、皆の視線に答えるように頷く?
かつての士道なら、恐怖と狼狽に囚われていたかもしれない。
だが、今は天使がある。
そして何よりも精霊達がいる。
そしてそれは士道にとって、頼もしい味方以上の意味を表していた。
ーそう。男の子ならば、女の子にみっともないところは見せられないのだ。
今日的に向かうには軽薄に過ぎる理由と動機。
けれどそれは士道にとって、この上なく相応しいもののように思われた。
士道は微笑むと宣言するように声を張り上げた。
「いくぞ、みんな。
ー世界を救いに!」
『おおッ!』
士道の号令に精霊たちが応え、各々《フラクシナス》の外装を蹴るようにウェストコットへ向かっていく。
夜空に煌めきの軌跡を残して、幾つもの影が空を舞う。
だが、ウェストコットとて黙って待ち構えているのみではない。
《永劫瘴獄》の枝を蠢かせ、凄まじいスピード出精霊たちを打ち落とそうとしてくる。
それに加えー
「させるとー思いますかッ!」
「いかせない……!」
ウェストコットに力を授けられたエレンとアルテミシアが、精霊達の前に立ちはだかった。
レイザーブレイドに濃密な魔力を纏わせ、目にも止まらぬ速度でそれを振るってくる。
とはいえ、澪によって十全の力を取り戻した精霊達は、易々とやられはしなかった。
折紙と真那がエレンとアルテミシアを押さえ込み、その隙に《永劫瘴獄》の枝を避けた精霊達がウェストコットに攻撃を加えていく。
「はーッ!」
《刻々帝》【一の弾】と《破軍歌姫》によって強化された十香が《鏖殺公》【最後の剣】を放ち、四糸乃と共に《氷結傀儡》に相乗りした七罪が《贋造魔女》によってその姿を巨大に、攻撃的に変容させ、《颶風騎士》の風を纏って守護天使と共に突撃する。
そして《封解主》【放】によって力を開放された琴里と桜が、《灼爛殲鬼》渾身の【砲】と《桜光宝杖》から【桜色の聖剣】を放つ。
幾つもの天使が組み合わせた、凄絶極まる一斉攻撃。
ウェストコットは《永劫瘴獄》で、そしてその身に纏った霊力の壁でそれを防御していたが、さすがに先程までのように無傷とはいかないようだった。
次第にダメージが蓄積していく。
しかしウェストコットは、焦燥も狼狽も見せることなく、愉快そうに笑った。
「ふむ。 やるじゃないか。
ならばーこれはどうかな?」
そしてそう言って、片手を高く掲げてみせる。
するとそれに合わさせるようにして、ウェストコットの頭上、天高くに、巨大な球体が顕現した。
「……! あれはー」
それを見て、士道は思わず喉を絞った。
だが、それも当然だ。
それは澪が顕現させた死の天使《万象聖堂》に瓜二つの姿をしていたのだから。
「ー《極死祭壇》」
ウェストコットの叫び声と共に、球体の表面が波打ち、蕾が開花するように展開する。
そしてその中心から精霊達に向かって、無数の闇の粒が降り注いだ。
ー空から、絶望が降ってくる。
巨大な黒花《極死祭壇》から放たれた闇の粒は、精霊たちを捕えんと、花粉の如く、辺りに降り注いたま。
「みんな! それに当たっちゃ駄目だ……!」
士道は喉が潰れんばかりに声を張り上げる。
その闇の粒は『死』の具象。
触れたもの全ての命を奪う直死殺戮者である。
精霊達もその脅威は承知しているのだろう。
弾いたり、防いだりせず、その場を飛び退く。
だが、全ての精霊が逃れられたわけではなかった。
エレン、アルテミンシアと対していた折紙と真那が、二人の妨害に遭い、逃げ遅れてしまう。
「く……!」
「この、邪魔を……!」
ウェストコットの霊力を付与されたエレンとアルテミンシアは、たとえ闇の粒を受けようと死ぬことはないだろう。
だが、澪の力を得ているとはいえ、折紙と真那はどうなるか分からない。
「折紙! 真那ー!」
「くー《万象聖堂》……!」
澪が《極死祭壇》の力を相殺しようとしてか、《万象聖堂》を顕現させる。
だが、遅い。
《極死祭壇》の闇の粒が、細雪のように折紙と真那に降り注いだ。
がーその時。
「え……?」
視線を幾つもの白い影が横切り、士道は目を瞬かせた。
幻想かと思ったが、違う。
突然、何人もの同じ顔をした少女たちが現れて、その身を挺して折紙と真那を光の粒から守ったのだ。
「なー!?」
無論、闇の粒は『死』の塊。
それを受けた少女達は一瞬にして命を失ってしまう。
しかし、少女達は亡骸を残すことなく、無数の紙となって消滅した。
『あれは……まさか?』
『ええ、間違いないと思います』
士道が何かに思い至り、《オーディン》が答える。
すると、そんな士道の思考に合わせるように、後方から声が響く。
「やー、間一髪だったねー少年! でも大丈夫、二亜ちゃんが来たからにはも安心だぜー!」
「ふっふーん! この私に感謝しなさいよね!!士道!!! 」
「二人とも、何故この流れでそんな大口を叩けるのか理解に苦しみますね」
士道はそわをな声に弾かれるように振り向くと、そこにいた精霊の姿を見た。
「二亜! それに鞠亜と鞠奈!!」
二亜の右側に白い簡易霊装姿の鞠亜、左側に黒い簡易霊装姿の鞠奈の姿があった。
「すまん! さっき折紙を助けてくれたのは鞠亜と鞠奈か……なるほど《神蝕篇帙》に分身体が作れて《囁告篇帙》に出来ないわけは無いもんな……」
「ご明察!」
パチパチと手を叩きながら鞠奈が手を叩き、鞠亜が手を掲げる。
すると亜が持っていた《囁告篇帙》から幾枚ものページが舞い、その中から、鞠亜と鞠奈と同じ貌をした少女たちが姿を現した。
「無論、《極死祭壇》の力に浴びた個体は蘇生できませんが」
「少しの間だけど、アンタたちを守ることぐらいは可能よ」
「なに、死に尽くしても二亜の霊力が空になるだけです」
「もともとなかったようなもんでしょ? 大したことないわよ」
無数の鞠亜、鞠奈達は冗談目かすように言うと、空を舞って、《極死祭壇》へと向かって行った。
するとそれに合わせるように、二亜が人差し指を《極死祭壇》に向ける。
「いっけー、マリア! 君に決めた!」
「アンタにさしずされるのはイヤ」
「マリアはいうことをきかない」
「あたー!?」
両隣に残っていた鞠亜と鞠奈に脇腹をつつかれ、二亜が身体をくの字に折る。
鞠亜と鞠奈は不機嫌そうに息を吐いた後、気を取り直すように士道に向き直ってきた。
「さあ、《極死祭壇》のことは任せて、行ってください士道。
そして、決着をつけてくるのです」
鞠亜が、士道の背を叩くようにしながら言ってくる。
「……ああ!」
士道は力強く頷くと、空を蹴り混沌の中心ーウェストコットへ向かって行った。
無論、士道の動きを悟ったエレンやアルテミシアがその行く手を阻み、《永劫瘴獄》の枝が触手の如く無数に蠢く。
けれどー。
「はぁぁぁぁーッ!」
「《氷結傀儡》……!」
「士道さんの邪魔はーさせませんわ!」
辺りに展開していた精霊達が、魔術師たちのレイザーブレイドを止め、枝を打ち払い、士道の道を切り開く。
一瞬、ほんの一瞬ではあるが、ウェストコットへ至る道が見える。
そして士道には、その一瞬で十分だった。
「ふーッ!」
「《颶風騎士》の風を纏い、弾丸のように空を駆け抜ける」
火花を散らす精霊たちや魔術師達の間を抜けながら、士道は自分の頭が不思議なくらい冷静になっていくことを自覚した。
まるで、一瞬が長く引き伸ばされるような感覚。
その中で、1つ1つ、身体に宿された霊結晶をー天使を繋いでいく。
《絶滅天使-メタトロン-》。
《囁告篇帙-ラジエル-》。
《桜光宝杖-ミカエル-》。
《刻々帝-ザフキエル-》。
《氷結傀儡-ザドキエル-》。
《灼爛滅鬼-カマエル-》。
《凶禍楽園-エデン-》。
《封解主-ミカエル-》。
《贋造魔女-ハニエル-》。
《颶風騎士-ラファエル-》。
《破軍歌姫-ガブリエル-》。
そしてー《鏖殺公》。
始原の魔王を打ち倒すには、寸分の狂いも許されない。
この身に宿る12の天使を自分の魔力に収束させるイメージ。
やがてそれは1つの光となり、士道の右手に纏わりついた。
「イツカシドウー」
ウェストコットの目が大きく見開かれる。
それは驚愕しているようにも、戦慄しているようにも、どこか歓喜や興奮の色が差しているようにも見える。
どちらにせよやることは変わらない。
士道は渾身の力を込めた拳でー。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーッ!」
始まりの魔術師を、殴りつけた。
凄まじい衝撃が《輪廻楽園》と《永劫瘴獄》が作った鳥籠の中を駆け巡る。
「ーかーっ、はーッ」
ウェストの苦悶が響くと同時、彼の背後に屹立していた大樹が、頭上に浮遊していた花が軋みを上げた。
《輪廻楽園》とせめぎ合っていた空間に歪みが生じ、崩れ落ちていく。
ー落葉。
絶対なる魔王の至る所に、次々と罅が入っていった。
とはいえそれも当然といえる。
何しろ、12体分の天使と澪の力を加えた一撃を叩き込まれたのだ。
如何にウェストコットが始原の精霊の力を 持つとはいえ無事に済むはずがない。
「ー」
擬似霊装が光となって消えていく中、士道が血の滲む拳を握り直し、皆に勝利を示すように天に突き上げる。
「おお……っ!」
「士道!」
「きゃぁぁぁ! だーりぃぃぃんっ!」
「……ふぅ」
辺りから、精霊達の声が響き渡る中、士道は小さく息を吐く。
だがー。
「ふ……ははー、は、ははー、見事だ ー イツカシドウ。
だが ー1歩足りなかったようだね」
「なー!?」
前方から響いたウェストコットの声に、士道は肩を震わせる。
全身に衝撃を叩き込まれ、口と鼻から血を流したウェストコットが、忘我の淵にいるような調子出喉の奥からその名を零す。
「ー《■■■-ケメテイエル-》ー」
「ーっ」
瞬間。
全身を凄まじい悪寒が通り抜け、士道は目を見開く。
覚えのある感覚だ。
未来で見た記憶。
澪の力をうばい、肉薄した十香に用いたー全てを零に帰す無の天使。
士道の予想を示すように、ウェストコットの前に闇が集い、植物の種子のような小さな塊が形作られる。
澪の時は光に包まれてその全貌を確認できなかったが、その正体はこれほど小さな塊だったようだ……場違いながらそんな考えが過ぎる。
死が目前まで迫ってくるー。
仮に跳び退いたところで、その空間ごと消し去られるのではないかという予知じみた感覚。
「ー!」
「……!」
後方で、精霊達が叫んでいるのがわかる。
だが、その内容が認識することが出来ない。
そうしているうちに、黒い種子が発芽するかのように、空間に闇を広げていく。
『悪いな《オーディン》、巻き込んじまって……』
『…………』
心の中で謝るも魔力を完全に使い果たした為、《相棒-オーディン-》は沈黙している。
そして、士道は闇に飲まれようとしー
「ー駄目だよ、士道。
君には、待ってる子達がいるんだから」
次の瞬間、そんな声と共に後方へと引っ張られた。
「……っ!」
一拍置いて、理解する。
遥か後方から伸びた《輪廻楽園》の枝が腹部に絡みついていることに。
そして、士道と入れ替わりになるように澪がウェストコットに向かっていった。
「澪……!? 一体何を!?」
士道は安堵する間もなく叫び声を上げる。
すると澪が士道の方を見ながら告げる。
「ー霊力が暴走している。
あれを放置しておけば、辺り一帯を消し飛ばしてしまう。
それこそ、余波だけでユーラシア大空災の比じゃない。
ーでも《 -アイン》で相殺して対消滅を起こせば、あるいはー」
「なー」
澪の言葉に、士道は心臓が握りつぶされるような感覚を覚える。
澪の声から、表情から、それが何を意味するのかが察せられたからである。
「ふざけるな……真士だって言ってたじゃないか!
澪に、もっと世界を見せたいってー!
なのに、なんでー」
士道が叫ぶと、澪を止めるように手を伸ばす。
その手は澪の身体にこそ届かなかかったが、霊装の端を辛うじて掴む。
が、その瞬間、士道の触れていた部分が、光と共に空気に溶け消えていく。
「ーっ!」
士道が息を詰まらせると、澪は口元を緩めた。
「ー士道。 君は本当に素敵だよ。
私は、君の事が大好きだ」
そう言って、冗談目かすように片目を閉じる。
「ーただし、シンの次にね?」
澪は優しげに微笑むと、そのままウェストコットに向かって行った。
同時に士道の身体が《輪廻楽園》の枝により、半ば強制的に後方へと離脱させられる。
否、士道だけではない。
他の精霊や真那達もまた、無数の枝に引き寄せられていた。
そして皆を引き寄せた《輪廻楽園》はその姿を変容させ、先程澪と士道を飲み込んだ時のように、《フラクシナス》ごと士道達を包んでいく。
恐らくはー天使と魔王の激突の余波から、士道達を守るために。
「ー澪ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーッ!」
士道は《輪廻楽園》によって閉ざされる夜空の景色に向かって、遠く、遠く、その名を叫んだ。
次回、澪(令音)編最終話!