私はただ生存率を上げたい   作:雑紙

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リザレクション編最終回です。
なんと文字は一万越え。誤字が怖い。
いつも読んでくださる皆様に感謝を……では、よろしくお願い致します。
度重なる誤字修正、すみません、そしてありがとうございます。隅々まで読んでいただいて有難い限りです。


百九十二日目 筒井マモル 参

 「私の名前は筒井マモル。歳は十八、誕生日は四月四日。手足……正常。脈……問題なし。頭の回転はまあまあ、体調はそこそこ、精神はぼちぼち……と。うん大丈夫、今日も私はいつも通りですね」

 

 

 日記のいつもの始まりを書き終えた私は自身が普段通りであることに安堵しつつ、パタリと日記を閉じる。本来ならこの後にも少しばかり綴りたいことはあるのだが、自然と焦燥に駆られているのか心が落ち着かない。

 

 ……それは私が配属されて一ヶ月程に起こった二つの事件……アーク計画とリンドウさんのアラガミ化の時とはまた違う緊張だった。

 

 前者は今回と同じく阻止に失敗すればほぼ全ての人類が滅亡するものであった。その際に戦った人型神機は交戦経験なんて一度もなく事前の情報も一切なかったが、だからこそまだなんとかなるかもしれないと思って戦っていた。

 

 後者は人間一人の……かけがえの無い仲間の命がかかったもの。アラガミ化してしまったリンドウさんを救う為に、私はリンドウさんの相棒であるレンさんの力を借りながら、情報がまだまだ不足している感応現象を用いた。様々な事例が発見されている感応現象なら、もしかしたらいけるのではないかと思ったから。

 

 情報が命と言えるこの職で皮肉なことだが……明確な情報がなかったから、私は比較的落ち着いていられたのかもしれない。

 

 だが、今回はどうだ。幼体とはいえ私達第一部隊はノヴァと交戦し、更にその体質や攻撃方法等のデータもしっかりと取れている。その上で負けたことがあるからこそ、どうにもならないのではないかと私は考えてしまうのかもしれない。

 

 今日の作戦の要である人工コアが本当にアリウスノーヴァに効く保証だってない。作戦が失敗したらいよいよ私達人類は終わる。だが神機が効果がない以上どうしようもなくなってしまう。そんな中で私は――――――ふと、あることに気づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、馬鹿ですね私。皆さんがいて成功しないはずがないじゃないですか」

 

 

 

 

 

 その瞬間、頭の中で湧いていた雑念が一気に吹き飛んだ。

 

 そうだ。私は隊長ながら第一部隊きっての落ちこぼれで半人前もいい所のゴッドイーターだが、他の皆はそうではない……誇らしいゴッドイーター達だ。それに人工コアを作るのはあの榊支部長と極東支部が誇る技術班の方々である、効かないはずが無い。

 

 ここまで思い詰めていた私はなんと滑稽であろうか。甚だしいにも程がある。これだから普通のゴッドイーターにいつまで経ってもなれないのだ。

 

 第一、幼体であるアリウスノーヴァに負けたのは『奴は第一部隊の中でも最弱』と定評のある私だけだ。他の皆は一度奴に勝っているらしいし……何ともならないと思っているのだって私だけに違いない。そう考えると不安に感じていた私自身が心底馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 

 何がどうにもならない、だ。確かに私一人じゃその可能性を拭えはしないが、皆がいるのなら絶対どうにかなるだろうに。思えばアーク計画阻止の時だってアラガミ化したリンドウさんに感応現象を起こす時だって第一部隊の皆がいたからこそ何とかなったのだ。

 

 私なんてせいぜい華やかな料理に添えられるパセリのような役割しか持っていなかった……つまりは私がいなくてもきっとどうにかなる事案だったに違いない。

 

 だから、私が今何をどう思っていたところでこの作戦が成功することには変わりないのだ。私が出来ることはせいぜいより良い結果をもたらすために全力を賭すことだけ。難しいことなんて考える必要は無い。そういうのはきっと皆がしてくれる。

 

 ……隊長なのに無責任であることは自覚しているけれど、これも今更だと思う。大体私は隊長の器ではなかったのだし……かけてしまう迷惑を自分自身で尻拭い出来なくなることだけが本当に心残りだが。そのことについても帰ってきたら榊支部長とツバキ教官に相談しなければならないか。

 

 やはり第一部隊が誰一人欠けることなく続けられてきて良かった。そうでなければこうして澄んだ気持ちで任務に臨めなかったかもしれないのだから。私の生存率が上昇していくのを感じる……やっぱり士気は大切だ。

 

 「さて……それでは行きますか」

 

 パチンと頬を両手で叩いて気合いを入れ直し、私は自室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊峰エリア……任務時の地域名称では月影の霊峰と呼ばれる場所。そこにノヴァがいるらしい。

 

 エクストリームスーパームーンと言う夜だけあって大きく見える満月が山々と私達を薄く照らしていた。――綺麗。それは誰が漏らした言葉か……もしかしたら私かもしれないが。リンドウさんからサクヤさんが所定の位置についたことを伝えられた私は、見とれていたユイやアリサ、コウタに声をかけて切り替えることを促す。

 

 任務が開始され、奥へと進んだ私達は明らかに場違いなものであるそれを見上げた。岩山にそびえる、真っ白な卵……いや、サナギ状態であるというのだから繭と言うべきか。なかなかのサイズなのであの中にノヴァがいることは間違いないだろう。出来ることならサナギの段階で倒してしまいたいと思うところだが……。

 

 『ノヴァの羽化開始まで、もう間もなくです!』

 

 通信機からオペレーターであるヒバリさんの声が聞こえた。その直後、頭上でかまえていた繭が辺りを振動させながら徐々に……まるで蕾のように花を咲かせるかのように開いていき、やがてそこから二本の禍々しい翼が突き出てきた。

 

 そして……幼体から遥かに進化を遂げたアリウスノーヴァが、月の元に姿を現した。私たちを見下すかのように、または勝利を宣言するかのように刃のように鋭い翼をはばたかせ、咆哮する。

 

 「――今だ、サクヤ!」

 

 が、それはすぐに悲鳴へと変化する。銃声が夜空に響き渡ると同時に、サクヤさんが放った人工コアがノヴァの腕に命中したのだ。……やはり、見事。

 

 『人工コアの命中を確認。偏食因子の固定に成功しました! ノヴァの耐久性能、低下しています!』

 

 ヒバリさんから作戦が成功したことを告げられる。だが、これはあくまで前座……ノヴァが強力に進化していることには変わりない。アリウスノーヴァがこちらを……特に私の方を睨みつけながら降りてくる。私はそれに、ありったけの敵意を込めた視線で返した。

 

 「……行きましょう、みなさん」

 

 神機を振り払い……構える。決戦の火蓋は、切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の任務においては失敗は許されない。故に事前に新型であるアリサ、ユイ、それに私は刀身か銃身どちらを主にするのかを相談していた。言い換えれば接近戦でダメージを稼ぐか、遠距離からサポートに重点を置いた戦い方をするのかということだ。

 

 新型の強みは刀身と銃身を切り替えられることにある。だがそれは同時に弱みでもあるのだ。アラガミと対峙した時、刀身か銃身どちらを使うべきかを思考する場面は決してない訳では無い。だが、そこで迷ってしまった時点で私達は敵に大きな隙を見せてしまうことになる。

 

 その点、旧型のゴッドイーターは刀身か銃身どちらか単一であるがために彼らなりの戦い方が固定されている。ソーマさんなら機会を伺ってチャージクラッシュをどんどん撃っていく強襲系、新型に近いがまだ慣れきっていないので今回は刀身のみを扱うリンドウさんは隙を狙うのではなく作らせていく技巧系……といった風に。

 

 なので、新型神機を扱う私達は第一部隊全員で戦うことを考慮して改めて相談したのである。ある程度は今までの戦いから固められているとはいえ、万が一さえ許されないこの任務で念を入れておいて損はないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始直後、私とリンドウさん、ソーマさんはほぼ同時にノヴァへと駆け出し、残りの四人は敵から少し距離を取る。

 

 成体のノヴァの情報は皆無。故に後衛からのサポートを重視して新型の中では私のみが前衛に出ることになった。……私はサポートなんて数えるほどしか経験がなかったからというのも理由の一つに含まれるだろうが。

 

 三手に別れて向かう私達。その中でアリウスノーヴァが標的と捉えたのは……予想通り、私であった。

 

 薙ぎ払われる刃の翼をしゃがみこんで回避、次いで振るわれる翼をステップで回避するが、更にノヴァは踏み込んで私の身体を挟み切ろうと翼を合わせてくる。咄嗟に銃身を地面に向けて爆発弾を発射、衝撃で宙に浮いたことで私は何とか回避に成功するが、ノヴァは既に赤い槍を周囲に展開していた。

 

 が、そんなことは関係ない。私はエア捕喰を発動させて伸びていく二つの牙をアリウスノーヴァの首にくい込ませて固定、ゴムのように素早く伸縮する勢いで突撃する。

 

 槍が私へと向かって射出される――しかしそれを避ける気など毛頭ない。誰が私のサポートをしてくれていると思っているのか……その瞬間、多数の銃声と共に私にあたる槍だけが破裂した。

 

 「相手の弾を直接相殺するなんて真似、心臓に悪くて仕方ありません」

 

 「はは、同感」

 

 アリサとコウタの謙虚さが感じられる声を背に、私は突撃の勢いそのままにアリウスノーヴァに刀身を突き立てた。今までになかった、しかしいつも通りの肉を抉った感触が直に伝わり刃がノヴァの身体に食いこんだ。

 

 すぐさまインパルスエッジを起動し、内部に直接爆発弾を送り込むと同時に衝撃を利用して刀身を引き抜き後退、刹那大きな赤い槍が私のいた場所に突き出てきた。出来ることならもう二、三度インパルスエッジを叩き込みたかったが深追いはやはり禁物であったか。

 

 まあ、そんなことをする必要もないだろうが。

 

 「――ふっ!!」

 

 側面で構えていたソーマさんが、最大限まで貯めたチャージクラッシュを叩き込む。真っ白な刀身は深々とノヴァの図体に突き刺さり、そのまま肉の一部を削ぎ落とした。悲鳴をあげたノヴァがソーマさんの方を睨み刃の翼を振るおうとしているのを見て、私は既に攻撃態勢に入っているリンドウさんとアイコンタクトをとってから、駆ける。

 

 「今よ、リンドウ!」

 

 「そいつはストップだぜっ……と!」

 

 ノヴァの刃が振り上げられた直後、サクヤさんが放ったレーザー弾が翼に直撃。一瞬静止したところを、リンドウさんの刀身が翼の挙動を押しとどめるように交差する。

 

 その衝撃でノヴァの攻撃が完全に中止され怯んだところに私は捕喰形態を伸ばし、ノヴァの太い足を噛み掴む。そして、オラクル細胞を腕を中心に行き渡らせ力の限り振り上げる――っ!

 

 一瞬、ふわりとノヴァの身体が浮いた。それを確認した私は、今度はありったけの力をこめてノヴァを下に叩きつけた。ズン! と巨体が倒れふし、大きく地面が揺れる。

 

 

 落下ダメージと共に転倒したノヴァの身体を、三方から弾丸の嵐が襲う。赤、青、黄……そのどれもがノヴァの弱点属性である火、氷、雷属性が込められている。相手にとっては何ともたまらないもののはずだ。

 

 ここで終わってくれれば……という儚い願いは容易く踏みにじられるもので、咆哮を轟かせながらノヴァはバク宙でその場を退避し体勢を整えた。多数のアラガミ弾を展開し私達前衛……ではなく、後衛の四人に向けてまばらに発射させる。だが私は振り返ることなくノヴァに向けて走り出す。あの程度彼女達の敵ではない、見えている結果を確認するだけ無駄だ。

 

 振るわれる翼の刃を軽いジャンプで回避、その穴目掛けて刀身を振り下ろし地面に縫い付ける……こんな狙ってくださいと言わんばかりのデザインなのだ、遠慮なく利用させてもらおう。がくん、とバランスを崩したノヴァにソーマさんのチャージクラッシュが再度放たれた。更に繰り出される重々しい連撃が堪らなかったのかノヴァは身体から電撃を放出し私達を周囲から引きはがした。

 

 翼を上から押さえ付けていたのを弾かれる形で空中に浮いた私は、怯むことなくブースター(放射弾)点火(発射)し接近、程よい加速を付け回転を加えつつ、ノヴァの顔面を切りつける。顔に大きな傷が出来たアリウスノーヴァは大きく仰け反った。着地した私はそのままぐっと足に力を込め、前方に宙返り……それを維持しつつ刃に変形させた捕喰形態をノヴァに向けて振るい追撃する。

 

 大きな身体を飛び越えんばかりに跳躍した私は捕喰成功によるバースト状態になったのを感じながら、次いでアリウスノーヴァに向けて捕喰を仕掛ける。七つにわかれた黒い口が手足や翼、図体を喰らいその身体を拘束する。暴れるノヴァの力がとてつもなく強くすぐにでも腕が奪われてしまいそうだ。神機も軋む音を出している……が、私も私の相棒もすぐにやられるほどちゃちな奴ではないっ!

 

 「お願いします!」

 

 「任せろ!」

 

 「ああ……っ!」

 

 身動きが取れないノヴァへ、リンドウさんとソーマさんという極東支部トップクラスの火力が襲いかかる。力強いながらも速さを維持する連撃、一打一打がアラガミにとって致命傷を及ぼす剛撃、それらが一気にノヴァに殺到する。目に見えるほどダメージを負っていくアリウスノーヴァだったが、何を思ったのか一瞬静止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その直後、視界が歪む。この感覚はアルダノーヴァと対峙した時によくあるものだった。……何か、くる。

 

 

 

 

 

 

 『ノヴァのオラクル反応、急増加しています! 皆さん気をつけてください!』

 

 

 

 

 

 

 

 ヒバリから通信が入るや否や、アリウスノーヴァの翼が一気に紅く肥大化した。明らかに威力が増加しているであろうそのパワーを抑えきれず、拘束が解かれてしまう。

 

 解放後すぐの薙ぎ払いでリンドウさんとソーマさんが吹き飛ばされた。ギリギリ装甲を展開していたようだが、それでもなお吹き飛ばされるほどの力があることが見受けられる。

 

 次いで、私に迫るもう片翼。月光を反射して輝く鋭い刃を受け流すように装甲を展開、が微妙に変形しているせいでか上手く衝撃を殺しきれずにきりもみ回転をしながら打ち上げられる。ぐるぐると回る視界の中心で、アリウスノーヴァは天輪を顔の前に突き出していた。収束する光の矛先は……私。空中ならば逃げはないとノヴァは判断したのだろう。

 

 私は急いで放射弾を発射しそこを逃れようと銃身を地面に向け――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぷすんと情けない音が銃口から聞こえた。

 

 

 

 

 ――オラクル切れ、初歩中の初歩のミスに気づいた私の眼前に、既に紅い光の奔流が迫っていた。

 

 装甲の展開も捕喰形態による回避も間に合わない……完全に判断ミスだ。

 

 「マモル、避けて!!」

 

 ユイが叫ぶ声が刹那に聞こえた。だがこれはどうしようもない。

 

 

 

 

 ……所詮、私は一人前には程遠かったか。

 

 

 

 そして間もないうちに、初めてアリウスノーヴァと戦った時と同じように私の視界は真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『危ない!!』

 

 

 

 

 

 

 最後に聞こえたのは、誰の声だったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い返せば、私は私自身のことをあまり良く知らない。知っていることといえば筒井マモルという私の名前、年齢に誕生日、身長と体重……後は趣味くらいだろうか。ああそうそう、表情を面に出しにくいと言うことも。

 

 けれどそれらは全てデータ上、或いは他人から見た私の情報である。履歴書や免許証といった書類上に書くような事柄……それ以外のことは、自分自身のことなのに分からない。

 

 言うなれば、人間であるという外面はあっても私自身を示す中身は空虚なのだ。恐らく覚える価値が無いであろう過去を忘れてしまったことを、私が全く気にしていないのは事実だ。けれども筒井マモルという人間を織り成した過程が気にならない訳ではない。

 

 何故私は他人を利用してまで生きることに拘るのか。何故、ことあるごとに普通のゴッドイーターになりたがるのか。何故……何かと他人との劣等感を抱いてしまうのか……。それを不思議に思う自分もいる。

 

 が、こんな思考をしている時点で私は馬鹿馬鹿しいと思ってしまう。それは当然のことであると認識してしまう。このような考えするだけ無駄だと私の内にいる何かが遮ってしまう。

 

 私は誰よりも汚く生存率に縋り誰よりも劣るからこそ理想である普通のゴッドイーターを目指す人間、筒井マモルだ。その意見には賛同せざるを得ない。それに対しては私も認める。

 

 しかし、しかしだ。そう自分自身を位置づける根本的な理由を、今まで私は考えたことがあっただろうか。思考の元を、私の中身を、考えたことはあっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 それに呼応するかのように、様々な光景が頭にフラッシュバックしてくる。死を直面に控えた際に浮かぶ走馬灯……信じてはいなかったが、どうやらこの現象は本当に起こるらしい。

 

 

 

 

 

 

 今までこの目で視てきたシーンが、逆行しながら繰り広げられていく。私が初めて相棒を手にしたところまで………………いや、違う。まだ続いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『貴方の力はみんなを守ることが出来るわ。だから……』

 

 ノイズが走る。女性が一人、私の前に立っていた。その言葉から先は口は動いているのに聞き取れない。けれど、その女性を見ていると胸が締め付けられる感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『…………生きろ。生きて償え。それが…………俺への…………』

 

 ノイズが走る。視界には一面のどす黒い赤が広がっていた。その中で一人、フェンリルのマークが施された背中が立っていた。見覚えのない背中だ。なのに、胸がきりきり痛む感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『………ァ………ガ…………』

 

 ノイズが走る。草木の一本も無い荒野。私の視界は激しく揺れている……走っているのだろうか。それにしては人間とは思えないスピードだ。視界に入ったアラガミが、何かに吹き飛ばされた。異形の腕だ。妙な感覚が身を覆っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あいつ、俺たちの中でも…………』

 

 『えー、ひどいー……』

 

 

 ノイズが走る。子供達がいた。視界の持ち主とほぼ同じ背丈のようだ。だが、彼らは持ち主から距離をおいて指を指してくすくすと嘲るように笑っていた。視界が滲んでいた、泣いているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ふふ……私の真似? 上手ね』

 

 

 ノイズが走る。誰だろうか、全く見覚えのない一人の少女が微笑んでいる。そういえば、彼女はいつも私達に笑顔を振りまいて元気を与えてくれたのだったか、少なからず好印象を持っていた。

 ……………………あれ? 私は、こんな人物見かけたことすらないはずなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイズが走る。ノイズが走る。ノイズが走る。ノイズが走る。走って……走って……走って、走って走って走って走走走走――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうか。これは、私の記憶の断片だったのか。

 

 

 

 

 

 そう理解した瞬間、ドクンと内に秘める何かが巡り脈動する。それは今まで私の中にあったかのように暖かく懐かしい感覚だった。

 

 

 『ああ、●●●。私の愛しい……』

 

 

 聞き覚えのある安心する声を最後に、走馬灯はぷつんと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「マモル!!」

 

 

 背後からのユイの呼びかけで、すっと視界が開ける。目の前にはコンマ一秒にも満たない時間で直撃するであろうノヴァの攻撃。回避も間に合わない。防ぐのも間に合わない。激突するのは免れない。だが、私の心には焦りも諦めもなかった

 

 私は理解している。内から湧き出るこの力の使い方を知っている。これが何なのか、どういったものかまではまだ分かっていない。けれど確かに、この身体に染み付いたそれを覚えている……っ!!

 

 「――――はぁっ!」

 

 私はあらん限りの力を振り絞って刀身を振り抜く。その瞬間、身体から赤い光が巻き上がると同時に、神機から巨大な斬撃が繰り出された。ノヴァの身体ほどもある飛ぶ斬撃は光線を真正面から受け止めつつ、何秒間か拮抗してそれを相殺した。

 

 その場にいる全員が……アラガミであるノヴァさえも驚きに目を見開いているようだった。私も事前に理解はしていたが、少しだけ驚いた。本当に出来るのかとほんの少し疑っていたから。

 

 しかし、今ので確信した。今もなお私の周りに吹き荒れる赤い風……これはきっと私が普通のゴッドイーターになるための布石であると。いままでに感じたことのない胸のうちからこみ上げてくる力、その用途だって今の私には分かる。私は神機を頭上にかかげ、振り払うと同時に赤い光を周囲に解き放った。

 

 『異常な偏食場を確認、皆さんの身体能力が著しく上昇しています! 逆にノヴァのオラクル反応が減少して……これは一体……!?』

 

 「ほんとだ、身体が軽い。これ、マモルがやってるの……?」

 

 「おいおい、斬撃を飛ばすなんていう信じられないことをしでかしたうえにこれか。人間辞めてるって言われても仕方ねえぞこりゃ」

 

 通信機からヒバリさんの驚く声、背後からユイとリンドウさんの声が聞こえてくるが、今は構っている場合ではない。この力自体は無限ではない為、一気に片をつける必要がある。

 

 私は再度赤色の斬撃をノヴァへと放ちながら、全員に目配せをする。皆自身におこってる身体の変化に驚いている様子であったが、私の意を汲んでくれたのか何を聞くでもなくアイコンタクトの指示に従ってくれた。

 

 斬撃を刃の翼で受け止めて弾いたノヴァは、固まった私達に向けて大きく吠える。その身体はもはや限界、更に弱体化も加わっている為に攻撃することすら痛みを伴うだろう。それでもなお敵に立ち向かうその姿勢だけは……賞賛する。

 

 「リーダー、指示をくれ…………頼む!」

 

 「貴方のタイミングに合わせてみせます、いつでもどうぞ!」

 

 「敵の動きも弾も抑えるわ、援護はまかせて!」

 

 「被弾の心配なんていらない、思いっきり突っ込めよ!」

 

 「攻め方はお前に任せる。好きに使え、リーダー!」

 

 「大丈夫、私もみんなもマモルを信じてるよ!」

 

 ……こういう時、隊長という職がずんと背中にのしかかってくるのを直に感じる。どれだけ士気を上げさせる言葉をかけられるのか、どのように指示を飛ばせば良いのか迷わせてくる。何気に辛い。

 

 だから、私も細かい案は出さない。きっと大まかにつたえたとしても、皆なら各々が全力を出し切って役を全うしてくれるに違いないから。

 

 

 

 

 「――第一部隊各員へ次ぐ! リンドウさんとソーマさんは左右からぶった斬って下さい! サクヤさん、コウタ、アリサは援護を! ユイは私に合わせて下さい!」

 

 『了解!!』

 

 

 

 

 私達四人が駆け出すと同時に、援護を言い渡した三人がバレットをガトリングの如く連射する。途中アリウスノーヴァがアラガミ弾を放とうと展開するが、それも全て撃ち落とし反撃の余地を一切与えない。たまらず、ノヴァは空へと逃げ出した。その判断は間違ってはいない……ただ、愚策ではあった。

 

 

 「「おおおおぉぉぉぉ!!!」」

 

 

 獣に負けない速さと跳力でアリウスノーヴァの両側に飛び上がったソーマさんとリンドウさん。ソーマさんは空中で一秒もかからずにチャージクラッシュを、リンドウさんは半アラガミ化した腕の力を存分に振るい、ノヴァの腕ごと翼を切り落とした。

 

 空中での制御を失ったノヴァが地面へと落下し始めるのと同時に、タイミングをずらして飛び上がっていた私とユイはそれぞれ捕喰形態の神機を構える。

 「これで―――」

 

 「止めぇぇ!!」

 

 七つの口と一つの牙……合計八つの捕喰形態がノヴァへと振り下ろされる。身体をロックし肉を食いちぎり……そのうちの一つが体の奥深くに根付いていたコアを回収した……それが、完全な止めとなった。

 

 その勢いのまま地に叩きつけられたアリウスノーヴァは、悲鳴をあげることなく地に還っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 「…………倒した、のか?」

 

 敵がいなくなり静かになった空間で、初めに口を開いたのはコウタだった。

 

 「はい。終わったみたいです」

 

 私はそれに答え、肩の力を抜いた。大きく深呼吸をし、心を落ち着かせ、血の巡りを感じる。

 

 ――生きている。私達は勝ったんだ。

 

 心の内でそれを噛み締め、思わずぐっと拳を強く握った。

 

 

 アナグラに帰ろう、と口にしようとした時、アリウスノーヴァが沈んでいった地点で白い煙のようなものが上がっていることに気がついた。それは徐々に人の形へと近づいていき、やがて真っ白なドレスを肌白い少女……シオの姿になった。ノヴァの残滓……なのだろうか。

 

 隊の皆もそれに気づいたようで、驚愕に顔を染めながらも一斉にシオへと近づいていく。一番近かった私だったが、後ろからユイに押されて変に走ることになってしまった。

 

 シオらしき存在は自分の手をじっと見た後、寂しそうな顔をしながら月を見上げていた。なんとなく、その仕草であのシオは今もなお月にいるシオと繋がっている存在だと分かった。

 

 全員もそのことが感じ取れたのか、各々が思っていたことを吐露していく。

 

 コウタはシオが何時でも戻ってきても良いようにアナグラを守ることを誓った。帰ってこれる居場所を守る……家族がいる心優しいコウタらしい発言だ。

 

 リンドウさんは命の恩人であるシオに礼を言って、自身の命を大切にすることを伝えた。生きることから逃げるなということを今もなおしっかりと受け止めてくれているようだった。

 

 サクヤさんはノヴァの残滓となってもなお手助けをしてくれたシオに感謝し、お礼に色んな衣服を用意しておくという。お洒落には第一部隊一敏感なサクヤさんが選ぶ服だ、きっとシオに似合うものを用意してくれるに違いない。

 

 アリサはシオが身を賭して救ってくれた多くの人の命を守ることを彼女を抱きしめながら涙目のまま告げた。その道がどれだけ険しいものであっても決して挫けない……そう決心しているアリサを見ると本当に成長したものだと思う。

 

 皆から促されたソーマさんはシオの頭を撫でながら「いい子にしていろよ」と微笑んだ。何だかんだで一番シオのことを気にかけていたソーマさんだ、もっと色々言ってしまっても良いのに……だけど、きっとシオもソーマさんが言いたいことを理解しているのだろう。両者とも満足そうに笑みを浮かべていた。

 

 「シオちゃん。帰ってきたら、今度はいっぱい遊ぼうね。美味しいものもたくさん食べて、それで…………一緒に楽しもう!」

 

 ユイはうっすらと涙を浮かべながらも、満面の笑みをシオに向けて送った。シオがずっと研究室の中にいたのを気にかけていたのだろうか。私としても是非、シオに美味しいものを食べてほしい。きっと美味しそうに食べてくれるだろうから。

 

 「……ありがとうございます、シオ。また会いましょう、その時は私も自慢の食材を奮ってみせます」

 

 私は手を差し出しながら、シオに言った。シオは嬉しそうに手を取ると勢いよくぶんぶんと振るう。少し痛いが、その痛みが少しだけ心地よく、そして和やかだった。

 

 

 そして……シオは終始笑顔のまま、最後に私達に元気よく手を振ってから霧散した。そこから生み出された光の玉が月へと向かっていくのを、私達は見えなくなるまでずっと見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 配属百九十二日目

 

 

 無事アリウスノーヴァを討伐し、アナグラに帰投した私達は最早見馴れた歓迎を受けることになった。アーク計画の阻止とアラガミ化したリンドウさんの救出に加え、これで三回目となる。もう慣れた私達は押し寄せる人の捌き方を覚えてしまっていた。

 

 

 私は気づかれないようにエントランスをあとにしようとしたのだが、動きが読まれていたのかユイとコウタに補足されてしまう。ずるずるとソファーに座らされ、休む暇なくパーティーに参加することになった。

 

 任務中に使った妙な力は一体なんだったのかという質問攻め、それを行使した元々の疲労も加わってどっと疲れているのにこの仕打ちである。コウタが背中をバンバン叩いてくるのが痛かった。酒が入っていた。未成年だろおい。

 

 ユイもそうだった。というよりユイが一番まずかった。何の不手際か酒が入ったユイは人が変わったかのようにしゅんとなったり、かと思えば急に大声を出してきたり。終始私を睨んでいたような気がした。気がつけば皆逃げてたので私も逃げようとしたら物凄い力で引き寄せられたし。とても恐かった。

 

 結局ユイが疲れて眠るまで相手をしていた私の疲労は最高潮。なんとかユイを部屋まで運ぶことには成功したことまではおぼえているものの、そこから先は記憶が無い。気がつけば私はベッドに寝ていた。きっと虚ろ虚ろで自室に戻っていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シオの呼びかけの効果なのか……任務中に見た、私の過去と思しき光景。どれもこれも全く見覚えはないが、それらが私という存在を織り成す重要なパーツであることは分かる。所謂ルーツというものなのだろう。

 

 過去のことは気にしていなかった……が、妙な力が発現した今そうもいってられなくなった。今後は何とかして自身の過去のことを調べてみたいものだ。

 

 

 

 

 

 でもまあ、しばらくはゆっくりしてもいいだろう。ブラック職場でどれだけゆっくり出来るかは分からないが……隊長ではなく一隊員として皆と接したいし。……あれ、でも今までも隊長として慕われたりはしていなかったような……ま、まあハリボテだから当然か、うん。

 

 

 とりあえず、これだけは言っておこうと思う。

 

 

 

 

 私が願うのは平穏と休み、それに命。それは私に限らず、皆のも含めて。他のみんなのように立派なゴッドイーターではないけれど、私は私なりに頑張っていきたいと思う。だから……。

 

 私はただ生存率を上げたい。まずは、それからだ。




というわけで、リザレクション編最終回でした。
私に戦闘描写を求めてはいけない(戒め)
拙い表現でもマモルが一体何を起こしたのか分かったでしょうか。分かるといいな。というわけで敢えてここで補足はしません……分からないなら悩むが良いさ! はい嘘ですすみません深くは考えないでください。

最後のシオの掛け合いはオリキャラ以外は省略しましたが、実際にムービーを見て頂いた方が楽しめると思うんです。だからです。すみません嘘ですグダグダになるのを恐れてです。

さて、やっとこさ主人公の過去に関連する事柄を出せました。なるべく原作の流れに中途半端に過去を差し込んで流れを悪くしたくはないと思っていたので良かったです。

次回からはしばらく日常編が続くかと思われます。というわけでまた活動報告にてネタを募集させて頂きます。よければよろしくお願い致します。では……ありがとうございました。

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