異端者の魔弾   作:おかぴ1129

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16 目的地は……

 自身の腕の中で泣き続けるリーゼを包み込んでいたエミリオは、彼女の頭を優しく撫で続けながら気を持ち直すのを待った。出来るならこのまま休ませてやりたいと思ったが……それは状況が許さない。エミリオたちには、自身の不幸を悠長に溺愛する暇はない。

 

『うう……うあああ……』

「酷かもしれないけど、今は悲しんだり悔やんでいる時間はないんだ。互いの目的を達成するためにも」

『ううう……』

「キミは自分の封印を守りたいんだろう? ならばそろそろ気を持ち直さないと……」

 

 厳しくリーゼを叱咤するエミリオの心を自己嫌悪が襲う。本当なら休ませてやりたい。『後は任せろ』と言ってやりたい。

 

 だが彼女のいない自分に何が出来るのか。エミリオは、この事件が勃発してから自分が体験してきたことを振り返る。『人の使徒』に突然襲撃され、自身が所属する自警団が全滅した。東の“始業の教会”で生まれて初めてフレッシュゴーレムと相対し、それを撃退した。そしてここ“南部修道院”で、聖騎士団すら全滅させたゴーレムと戦闘し、これを打ち破った……いずれもエミリオの能力の範疇を超える出来事だ。今生きているのは、自分の腕の中で弱々しく泣き続ける少女、リーゼが自分を助けてくれたからだ。彼女がいなければ、今頃自分は他の自警団員と同じく命を落としていたに違いない。

 

 情けない話だが、この人知を超えた状況の中で自分が生き残り街を取り戻すためには、この少女の力を借りるしかない。そうでなくては、彼女との約束すら守る自信がない。

 

「……」

『うう……』

「リーゼ!」

『うう……はい……』

「キミの目的は何だ!? キミは何をするためにこの場にいる!?」

『私は……自分の封印を守りたくて……』

「ならば気を持ち直してくれ! それにこの状況で、きみがそんなふうに泣き続けていたら、俺もキミとの約束が守れるか不安だ。力を合わせないと……!」

 

 自分が年端もいかない少女に対して、どれだけ酷なことを言っているのか自覚はある。そんな自分がイヤになる。エミリオの心が自己嫌悪で満たされていく。

 

 だがそれでも、この少女には気持ちを奮い立たせてもらわなければならない。

 

「教えてくれ」

『……』

「キミの封印が解けたら、キミはどうなる?」

『……恐らく私は身体を取り戻し、自由を得ることになります』

「だったらなぜキミは封印を守ろうとするの? 自由になりたくないの?」

『分かりません。でも意識が宝石の外に出た時に、声を聞きました』

「声?」

『はい。“私たちは復活してはならない。自由を取り戻してはならない”って』

 

 不思議な話だ。自分が自由を取り戻せるのかもしれないというのに、それを拒絶するなぞ……。

 

「疑問には思わなかったの?」

『なぜなのかは確かに疑問には思いましたけど……でも確かめる方法もないですし』

「確かにそうだ……」

『それに、“私たち”ってことは、私以外の誰か……心臓か舌か右腕か……多分心臓でしょうけど……その誰かが私を外に出したのだろうと。その誰かが、私たちが封印から出ることに危機感を感じているのなら、きっと正しいのだろうと思いました』

 

 リーゼは、体の各部位に異なる自分の意識が宿っていると言っていた。自分ではない自分……その誰かが“解いてはならない”という以上、それはきっと正しいことなのだろうという結論になったようだ。

 

『それにー……あのー……』

「?」

 

 急にリーゼが言い淀む。何か言いたいけれど言い辛そうな……悪戯を告白する子供のような声だ。エミリオが腕の中のリーゼを見た時、彼女は顔をエミリオの胸に恥ずかしそうに押し当てていた。

 

『ちょっと他のことに気を取られて……』

「他のこと? もっと重大な何かが……?」

『いや、あの……怒らないですか?』

「怒るわけがないだろう? 大切なことなんだ。教えてくれ」

『私の石像があって……そのー……うわぁ~セクシーだなぁ~……って思って』

 

 彼女の幻を抱きしめるエミリオの身体から、優しさが半分なくなった。同時に彼女の身体を包み込んでいるその両手に、必要以上の力が無意識にこもった。エミリオの無意識は、自身の腕の中に身を委ねるこの小娘に折檻を加えたくなったらしい。

 

『い゛だだだだだ……エミリオざん゛ぐる゛じい゛でず……ッ!』

「ふざけるのも大概に……ッ!!」

『ふざけてなんかないですって!! その後も一回気になって考えたんですけど……そしたらエミリオさんが来たから、“話しかけなきゃ!”って思ってオゴゴゴ……!?』

「この非常事態に……気が変わった。あとでキミを張り倒す」

『怒らないって約束だったじゃないですかっ!!』

「内容による!! ったく……子供かッ!」

『私が司る目は知識欲と好奇心の象徴なんです! 目の前に“どうして?”て思うものがあったら気になるんですよッ!!』

 

 マヌケな話だが……エミリオはこの少女に対して湧き上がる怒りを抑えつつ、胸に少しだけの安堵が訪れたことを感じていた。彼女の声に明るさが戻った。偶然だったが、彼女の心に少しの光と余裕が生まれたようだ。気が付くと、エミリオが包み込んでいたリーゼの姿は消えていた。

 

『ったく……エミリオさんの嘘つきッ!』

「自分の胸ばっかり気にしてるリーゼに言われたくないわッ! その好奇心は全部胸に行くのか胸にッ!」

『ちーがーいーまーすー!! ……でも』

「?」

『初めて私のこと、ちゃんと名前で呼んでくれましたね。“キミ”でも“聖女様”でもなくて、ちゃんと“リーゼ”って』

 

 無意識だった……オズの手記の中に記されていたリーゼが、自分の頭に語りかけてくる少女の面影とピッタリ一致していたせいなのかもしれない……エミリオの中で、この少女がリーゼであるという事実は揺るぎないものになってしまっていたようだ。

 

「あ、いや……その……」

『エミリオさん。ありがとう』

「ど、どういたしまして」

 

 リーゼが気を持ち直したのと引き換えにいささかの羞恥を感じつつ、目の封印の確認に向かったエミリオ。オズの手記を読むことで、思った以上に時間を食ってしまった。そのことが事態をさらに重くしなければいいのだが……封印された目が安置されている小部屋は、分厚い鉄の扉がすでに開かれていた。すでに封印は破られていることが、2人には小部屋の中を見ずとも分かった。

 

『やっぱり破られてましたね……』

「何かの間違いかもしれないと思ったんだけど……」

 

 鉄の扉の様子を観察する。“舌”の時は、扉は巨大な鈍器で破壊されたような状態だったが、今回は何か鋭い刃物で切断されたような形状だった。分厚い鉄を切断できるような人間が、まだこの街には存在している……あるいは人間ではない何か……。

 

『法術や魔術の類で開けたわけではないみたいですよ?』

「てことはこれを只の人間がやったってのか……」

 

 新たな登場人物の出現に背筋が凍るエミリオ。これを普通の人間が行った……どんな化物だそいつは……自分の剣技でそいつを止めることが……そいつからペンダントを奪うことが出来るのか……エミリオの心をこの上ない不安が襲う。

 

『もう一つお伝えしたいことがあります。私たちがこの小部屋についたところで、西の心臓の封印も破られたようです』

「その時に俺に伝えなかった理由は?」

『全ての封印が破られた以上、もはやそれを伝えるタイミングは問題ではないからです』

 

 事態はもはや『急がなければならない』という状況ではないということを言いたいらしい。自身の過酷な過去と向き合ったからだろうか。根は今までのリーゼと変わらないのだろうが、状況に対して冷静な思考をし始めている気がする。

 

「キミが心臓の封印が破られたことを感じた理由は?」

『他の部位と違って、心臓はすべての部位とゆるやかにつながっています。血液を送る役目をしてますから、他の部位よりも力も強いですしね』

「破ったのは誰か分かる?」

『そこまでは……でも時間的に考えると……』

「ウィルか」

『はい』

 

 リーゼは残念そうにそう返事をしていたが、一方でエミリオはある種の安堵感を覚えていた。ウィルが心臓の封印を解いたということは、あの男が心臓を確保しているということに繋がる。誰に確保されたのかよく分からない目と違い、所在がハッキリしているという点が安堵感に繋がっているとエミリオは判断した。

 

 確かにウィルはまだ完全に信用出来ない相手ではある。だがこの街にいる人間の中では、リーゼの次にエミリオにとっての味方に近い立場の人間だ。リーゼの封印をどうするかは、後ほど話し合いで決めるという約束もしてある。ならば第三者に確保されるようりは、ウィルに確保されたほうがまだ安心できるだろう。

 

 加えて手記を読みリーゼの真の物語を垣間見たエミリオには、ある心境の変化が訪れつつあった。今のエミリオの胸には、『リーゼの封印を守る』という目的に、自分でも驚くほど執着心が無くなりつつある。

 

「リーゼ」

『……はい』

「俺はどうすればいい? どうすればキミを守れる?」

『……この村の中央には私の血が封印されているはずです。その血の中にペンダントを投げ込んだ時、私は完全に自由を取り戻すことになると思います』

「分かった。じゃあ今リーゼのペンダントを持っている連中は、みんな“聖女の賛美歌”に向かってるんだね?」

『きっと』

「俺もそこに行って、ペンダントを取り返せばいいんだね?」

『はい』

「分かった。“聖女の賛美歌”に向かう」

 

 エミリオは“魔女の憤慨”に手をかける。手記を読んでいる間に“聖女の寵愛”の充填は終了したようで、刀身が青白く光り輝いていた。切り札の準備は整った。エミリオは、街の中央にある鐘塔“聖女の賛美歌”に向かって歩き始めた。その足取りは決して軽くはないが、一歩一歩に二人分の決意と覚悟がこもっていた。

 

『エミリオさん』

「ん?」

『ちゃんとお礼を言わせてください。さっきはありがとうございました』

「何が?」

『私を支えてくれて。お父さんやお母さんたちと、同じ暖かさを感じました』

「……んなことはどうでもいいから。それよりさっさと行こう」

『照れてます?』

「……」

『あー照れてる! 恥ずかしいですかエミリオさん! やーカワイイなぁーエミリオさんってばー! 恥ずかしいですか!! 恥ずかしいのですか!?』

「……リーゼ」

『はい? どうしました恥ずかしがり屋のエミリオさん?』

「全部終わったらウィルと一緒に張り倒してやる」

『ひどっ』

 

 もし今この瞬間、リーゼの父ハインツと母ソフィ、そしてオズの三人と会話が出来るとしたら、あなたたちの娘に今自分がどれだけ苦労させられているかということを目一杯話してやるのに……そう思わずにはいられないエミリオだった。

 

『でも……本当にありがとう』

「……」

 

 

 

 

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