「暗い、な・・・・何も見えん」
エスピナスを支えながら、目的地にたどりつく頃にはとうに陽も落ち
新月なのも手伝って、周りが全く見えないほどに濃い闇に包まれていた。
声の反響から、大きな洞窟内に入ったことが分かる。
エスピナスの言ったとおりの目的地で間違いなさそうだ。
ガシャアッ
背のエスピナスを下ろすと、バルトはその場に倒れこむようにして寝そべった。
洞窟内の地面は大きな石だらけのようだ。
寝心地が悪いどころか突き刺さるような尖った石ばかりで体中痛い。
だが、それでもバルトは満足げに四肢を大きく伸ばして開放感に酔いしれた。
「あ~もう動けん。飛竜に喰われたって俺はもう動かんぞ」
『フフフ・・・・安心して倒れておれ。襲われはせんよ』
自力ではほとんど動けない状態が続いているエスピナスも、
同じようにバルトの横に臥せた。
ゆっくりと首を伸ばすと、大きく左右に振る。
暗闇で何も見えないはずだが、初めてのこの場所をまるで懐かしむように
辺りを確認し、静かにつぶやいた。
『ここが、竜の谷だ』
フッ───と、エスピナスの言葉に応えるように。
突然場の空気が変わったような気がした。
倒れこんだ地面のそこかしこから、強烈な気配が
いくつも湧き上がってくるように、バルトは感じた。
疲れきった身体は動きこそしないものの、
全身の毛穴が開くような緊張感に包まれる。
(竜の谷・・・・そういう・・・・事か!)
バルトの脳裏に芽生えていた疑念が、これまでの旅路での出来事と、
この場のただならぬ雰囲気と重なりついに明確な形となった。
エスピナスが、バルトを連れてきたいと思ったこの旅の終着点。それは───
(・・・・いや、よそう。ここがどんな場所かなんて最早どうでもいい)
ふと、考えるのをやめて。バルトは再び全身を弛緩させた。
奇妙な気配はまだ暗闇の中にあるが、危険は感じない。
不意に悟った、この旅の答え。
しかしそれに対して、今バルトに出来る事は何も無かった。
それも同時に悟っていた。
「身体は、どうだエスピナス。まだ脚は痛むか?」
そんな事よりも、この旅で絆を深めた友人の安否のほうが、
バルトにとって余程大事だった。
地面さえも見えない暗闇の中、隣に寝そべっているはずの
エスピナスのほうへ手を伸ばす。
『あぁ・・・・ようやく竜の谷へたどり着いたんだ。とても気分が良い。』
バルトの伸ばした手を、額で受けると、エスピナスは静かな、
落ち着いた声音を返してきた。
『あれだけ痛かった脚も、肺や胃もどこも痛くない』
甘えているようにすら感じる、感謝の意をこめて
手に額をこすりつけてくるエスピナス。
しかし、バルトはその言葉にかえって気が沈んでいった。
(もう痛みも感じなくなった、て事か・・・・)
「・・・・エスピナス」
一瞬の間の後、バルトは重い口を開いた。
終着点に辿り着いても尚、語られなかったエスピナスの旅の目的。
察しはついていたが確かめずにはいれなかった。
「お前も、俺と同じだったんだな」
『・・・・む』
一瞬、エスピナスがみじろぎしたのが気配で感じ取れた。
しかし、一瞬感じ取れた動揺がすぐに不満へと変異したのが、口調で分かった。
『一緒にして・・・・欲しくはないものだな・・・・フフ』
「ちっ・・・・そうかよ」
上手くあしらわれて、不満そうに口を尖らせるバルト。
『だが、まぁ・・・・そうだ』
エスピナスは首を高く持ち上げると、
再び竜の谷を確かめるように周囲の暗闇を見回した。
辺りを漂う強烈な気配がまた増えた気がした。
『私が・・・・悟った時。急にこの場所の事が頭に浮かんだ。
来た事も無い、この見知らぬ土地の事がな』
穏やかな声が洞窟内に響く。その度に気配が暗闇から現れていった。
『ここに・・・・何がある、というわけでは・・・・ない。
不思議・・・・だが・・・・今、ここに・・・・居たかった』
独り言のように、つぶやくエスピナス。
意識が混濁してきているのか、急に言葉が緩慢になってきた。
しかし言葉の奥には確固たる信念のようなものが感じ取れる。
「そんな大事な場所へ、何故俺を・・・・?」
辺りを包む異様な気配から、バルトには既に
ここがどのような場所であるかは見当がついていた。
しかし、それでもまだ分かっていない事が一つ。
エスピナスが、この旅で自分に伝えたかったのは何か。
『フフ・・・・答え合わせ・・・・だ』
「答え合わせ?」
『そうだ・・・・さて・・・・そろそろ・・・・寝るとするかね』
ほとんど動かない身体を精一杯弛緩させて、エスピナス。
「待て待て、答え合わせって、何の答えだ?」
肝心なところをはぐらかされて、焦るバルトだが。
体力の残り少ないエスピナスに無理を強いるわけにもいかない。
1メートル先も見えない暗闇の中、先程から奇妙な気配があちこちを漂っている。
緊張を解いて寝るなど、常人にはまったくもって不可能であろう状況の中、
しかしエスピナス、そしてなんとバルトも大の字に寝転がったまま、
一つ大きな伸びをして寝る体勢に入った。
「ま・・・・良いか。答え合わせねェ。合っていたのか?」
興味が失せたフリをしてはいるが、
気を使いつつも余計な確認の一言を付け加えるバルト。
『あぁ・・・・多分、な・・・・』
「多分かよ」
はっはっは───
バルトの乾いた笑い声が洞窟内に響く。
しばしの間の後
「・・・・明日、この竜の谷を見て回ればその答えも分かるんだろう、な」
急に静かな声音に戻ったバルトのつぶやきに、エスピナスは答えなかった。
今度こそ寝られるよう、腰の下にあった妙に尖った石を一つどかすと、
バルトはまた静かにエスピナスに語りかけた。
「それじゃあ・・・・また、明日な?エスピナス」
毎日共に旅をしてきた相棒に、奇妙な一声をかけるが
『・・・・あぁ、また、な』
エスピナスは緩慢に、しかしはっきりと応えた。