最後のハンター   作:湯たぽん

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その4

「・・・・ふぅ・・・・」

長い長い昔話を終え、老教官となったバルトは藤の椅子に腰を戻した。

 

 

 

「・・・・・・・・」

向かいに座った記者は、いまだに一生懸命メモを取り続けている。

小さなゴシップ記事にでもなればと思い、気楽に訪れたこの老人は、

とんでもない大きな話をしてくれた。

 

 

 

「それで、祖竜は何と応えたのですか?」

ようやくメモが追いつき、記者は真剣な視線を話し手に向けた。

老バルトは、一瞬の間の後、少し意地悪そうに答えた。

 

「フフ・・・・さて、な」

 

「・・・・!?」

記者は衝撃を受けた表情を浮かべたが、すぐに硬い表情に戻った。

 

「なるほど。ここでは答えられない事柄だったのですね」

すぐに切り替えると、記者は質問を変えてきた。

 

 

 

「・・・・そうして、モンスターの"最後"を知ったハンター、として

 ギルドに帰ってきたというわけですね」

 

「そうだ。漢字的には"最期"というほうが分かりよいのかも知れんがな。

 ギルドはあっさり許してくれたよ。ハンターを続けながら

 教官をやるという便利な立場もくれた」

こともなげに言うバルトの話を聞き

ふと、記者に一つ疑念がよぎった。ギルドって・・・・

 

(いや、ここは慎重に・・・・)

切り替えて無難な質問に切り替えた。

 

「エルモジュニアは、その後ハンターになれたのですか?」

 

「もちろんだ。既に引退して教官になっている。大勢の生徒を育てているぞ。

 今あいつにジュニア、なんて付けて呼べるのは最早あの村長だけだな。

 まだ生きとるぞ、あのじじぃ」

 

「そうか、昔の話ですもんね。では、チャチャブーとは再会できたのですか?」

 

「あ~・・・・あいつ尾槌竜にぺしゃんこにされてな。

 今そこの庭に秘宝埋まっとる」

 

「また死んでしまったと!?」

しかもなんと情け無い死因・・・・とはさすがに口には出さずに、

一旦口を閉じる記者。

 

 

 

少し、間をおいて。

 

「・・・・竜の谷へは、その後行かれていないのですか?」

にやり、とバルトが急に顔を崩した。

 

「やはり疑問に思うかね。私がすぐにギルドに有利な待遇で戻れた事に」

数え切れぬほどの大型竜の死骸が積みあがった竜の谷。

竜骨、甲殻、上鱗、宝玉、天鱗・・・・

ハンターにとっては言うまでも無く、宝の山である。

 

「私も迷った。もちろん、竜の谷を荒らそうとはこれっぽっちも思わなかったが

 ギルドにこれを伝えれば同じ事ではないか、とな」

当時の苦悩を思い出したかのように、眉間に深い皺を寄せて

言葉を搾り出していたバルトだったが。

 

「ギルドは、知っておったよ」

不意に、明るい表情に戻った。

大げさに両手を広げると、芝居がかったしぐさで肩をすくめた。

 

「最後のハンターは貴方が初めてではなかったのですね。

 既にギルドは竜の谷を認知、保護していたと」

記者もすぐに悟った。

 

「・・・・」

しばしの逡巡の後。

 

「バルト先生。このお話を記事にするのは、今はやめておきます」

記者は、びっしりと文字で埋め尽くされたメモ帳を懐にしまった。

 

「ほぅ。では今日のこの時間は全く無駄になってしまう、という事かね」

にやり、と意地の悪そうな笑みを浮かべ、バルトはテーブルに身を乗り出した。

記者はゆっくりと、首を左右に振り

 

「今は、です。エルモ師にもお話を伺いたくなりました。

 出来ればチャチャブー氏にも・・・・いつ生えてくるかは分かりませんが」

チャチャブーの秘宝。種として植えれば生まれ変わり生えてくる。

それが埋められたという庭の方をちらりと見やるが

十数年かかるというチャチャブーの生まれ変わりを二度もやれるほど、

バルトが歳を経ているようには見えない。

 

 

 

「何より、私自身がいま少し成長して、

 より大きな舞台に立ってからこのお話を世に出してみたい」

記者の決意に満ちた瞳を見て、バルトはテーブルに乗り出していた身を反らし、

顎を上げて笑った。

 

「はっはっは!記者さんよ、お主ハンターに転職したほうが良いかもしれんな。

 良い眼をしておる。この話をした教え子達と同じ眼だ」

ひとしきり笑うと、手早く紙に何やら書き始めた。

最後にズドンと大きなハンコを押すと、バルトは紙を記者に手渡した。

 

「エルモに紹介状だ。これであいつも話してくれるだろう」

 

「あ、ありがとうございます!」

これが噂に聞く古龍骨の印鑑か・・・・。

別の部分にも感動しつつ、紹介状を受け取る記者。

しかし、ふと思いついたように真面目な顔に戻り、メモ帳を再び懐から取り出した。

 

 

 

「最後に、一つ質問させていただいてよろしいでしょうか」

 

「ふむ。なんだね」

つられてバルトも堅い、教官としての顔に戻った。

 

 

 

「先生が、旅の中で探しておられた答え。

 "生と死の意味"とは、何だったのでしょう?」

一瞬、バルトは驚いたような表情を見せた。

だが、すぐに先程と同じような意地悪な笑みをその顔に貼り付け

その職業になんとも似合わない軽薄な声で返してきた。

 

 

 

「───分からんよ」

 

 

 

「・・・・は?」

ハンターに見間違われるほど精悍だった記者の表情は一変。

なんとも間の抜けただらしの無い顔になった。

あれだけ語っておいて今さらそれか!?

 

 

 

「ククク・・・・いやすまん。さっき祖竜の化石との会話の事、お主聞いたな。

 あの返答は、はぐらかしたのでは無いのだよ」

理解できず、力の抜けた顔のまま記者は言葉を発せず、首をかしげた。

 

「『さて、な』とな。言いおったのよ、あの祖竜のジジイ。

 わざわざ死体を動かしてまで言う事じゃあないじゃろ」

思い出し笑いをするかのように、肩を震わせながらバルト。

 

「つ、つまり・・・・"分からない"が、答えであると?」

ようやく正気に戻った記者がしどろもどろに言葉を紡ぐと、

バルトは再び堅い、大真面目な教官の顔になって、大きく頷いた。

 

 

 

「おう、そうよ。どれだけ長く生きようと、生きるのは一回。

 そしてその間に死を体験することはできん」

旅の途中で出会った奇妙な生き様、死に様を思い出しているのだろう、

遠い眼をして、少しずつ天井のほうを見上げバルトは続けた。

 

「しかも一つ一つの生と死もまた、千差万別。

 自分の生も、自分の死も、数え切れないそれのなかのたった一つなのさ」

つまりな・・・・と、再びテーブルの上に身を乗り出すと

バルトは再び意地の悪い笑みを浮かべ、締めくくった。

 

 

 

 

 

 

「死ぬまで生きなきゃ、ンなこた分からんのだよ」

 

 

 

 

 

 

なるほど、エスピナスが『死の意味が分かった時に、殺してやろう』、と言ったのは・・・・。

記者は完全に理解したが、同時にメモ帳をテーブルの上に放り出し、

敬意を払うべき年上の取材対象者が目の前に居るのにも構わず

だらしなく両腕を投げ出し天井を見上げた。

 

(記事にするの難しすぎるわ・・・・っ!!)

ぴょこん。庭から細長く伸びていた一本の小さな芽が一つ、

可笑しそうに風に身を揺らすのが、記者の視界の端に写っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後のハンター 終

 

 

 

 




これにて、最後のハンター完結です。

旅の途中で出会ったモンスターの生き死にと、自らの生き方、死に方を照らし合わせバルトが出した答え。中途半端とも言えますが、いかがでしたでしょうか。

ひとまずの終焉ということで、連載完結とさせていただきますが
バルトとエスピナスの旅はチャチャブーと別れた後と、エルモの村の前後、とでぶちぶち切れております。挿入話という形で他のモンスターの生死に関わる物語を作っていこうと思います。

また機会があれば、是非またお相手ください。ここまでの読了、ありがとうございました。

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