最後のハンター   作:湯たぽん

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一章 エスピナスとの出会い
その1


死はもはや目前であった。

まるで確定されたスケジュールのように、自分の数分後の終末を感じ、

しかし男は楽しそうに舌なめずりしていた。

 

後ろに逆立てた銀色の、髪の毛のように見えるのは銀火竜の尖鱗を折り重ねたヘルム。

身体の各所にも、一見するとハデに装飾された飾り服のように軽装だが、

どの部分も銀火竜の鱗、白眠鳥の牙嘴、崩竜の宝玉、

貴重な硬鉱石など惜しみなく使われた極上の鎧だった。

 

全身銀の戦士、彼は名をバルトといった。

首には最高ランクのハンターの証、「G」のメダルがぶら下がっており、

腰にさしているのはギルドナイトをあらわす短刀。

銀のヘルムにもよく見れば、伝説の祖龍ミラアンセスの

首をかたどった前立てがついている。

 

つまり、どこからどう見ても一流のモンスターハンターである事が分かる

バルト=リースは、そんな男であった。

 

 

 

 

「お、来たな・・・・」

 

そんな彼を死に導こうとしている相手が、

今樹海の空を覆った木々の間からゆっくりと翼を上下させながら降りてきた。

禍々しい濃緑色の鱗が身体を覆い、さらに禍々しい赤い大棘が

身体の所々から姿を見せている。

手と一体化した翼を羽ばたかせ、二足でコケだらけの地面に着地した姿は、

バルトの長いハンター生活でも初めて見るモンスターだった。

 

ハンターズギルドでもつい最近になって

存在を認識しはじめた新種のモンスター、エスピナス。

うわさでしか聞いたことの無かった幻の竜が、

鼻先のひときわ大きな赤棘をめぐらして、あたりを見回している。

 

 

 

「へへっ・・・・探しているな。お前の獲物はここにいるぜぇ・・・・」

 

バルトはつぶやきながら背中に吊るした大太刀の柄を右手で握り締め、

ゆっくりと音を立てずに立ち上がった。

先ほどの戦闘で、この大業物は折れかねないほどのダメージを受けていた。

エスピナスの甲殻があまりに硬く、バルトの斬撃をことごとくはじきかえしたのだ。

 

天上天下天地無双剣という大層な銘をもつこの大太刀を握った、

剣聖と謳われたバルトの攻撃を弾くとは並大抵ではない。

むしろ不可能ともいえた。

 

それなのに斬撃は弾かれた。原因は二つある。

一つは、このエスピナスの甲殻が常軌を逸して硬いということ。

もう一つは、バルトの身体にあった。

 

 

 

スラリ

 

バルトは抜刀すると同時に、見事に足音を消しながらエスピナスの背後へと近づいた。

地面のコケは足音を消すのに役に立ち、

樹海の木々はバルトの派手な装備をも隠すほどに生い茂っていた。

 

「───ヒュッ!」

 

短く、力強い息吹と共にバルトの愛刀が

エスピナスの赤棘だらけの尾を大上段から襲う。

 

 

 

ゴッ!

 

が、結果むなしく先刻の戦闘と同じく銘刀は再び天空へ向けて跳ね上げられた。

自慢の尻尾に攻撃を加えられたエスピナスもようやく振り返り、

バルトと大太刀とを眼で確認した。

さほど気落ちした様子もなく攻撃的な眼を返すバルトに対し、エスピナスは・・・・

 

 

 

「・・・・っく!きッさまァ!」

 

エスピナスの意図を肌で感じ、バルトは目つきをさらに凶悪に変え、怒号をあげた。

 

「また手抜きかァ!!」

エスピナスは、無視したのだった。

 

首を元の向きに戻し、何事もなかったかのように歩き始めた。

眼の色も攻撃色をたたえてはいない。

この場所へ下り立つ前、別の広場でバルトと遭遇した時も、

この棘竜は一度も攻撃しなかった。

 

のこぎりのように赤棘が揃った翼も振るわず、

恐らく毒が染み出ているであろう角で突いてくる事もなかった。

凶悪な牙がびっしりと生えた口も、開けられる事無く広場から飛び立った。

はじめなどは、何度も刀を振り下ろされながらも無反応で寝ていたほどだ。

 

早くもこのちっぽけなハンターに対する興味をなくしたかのように顔をそむけ、

尾をぴんと地面に水平に伸ばし悠々と歩を進めるエスピナスに対して、

バルトは尾に、足に胴に弾かれる大太刀を

何度も叩きつけ(もはや斬りつけるとは言えなかった)、叫び続けた。

 

「来いよ!その角をこっちへ向けろよ!」

 

前に回ってエスピナスの顔にも太刀を振り上げ、声を張り上げた。

 

「ふざけるなよ!この俺相手に手抜きなんて誰であろうと許さん!」

 

どれだけ攻撃しても、何を言ってもエスピナスは反応せず、

もはやバルトを見ようともせず一方向へ向かって歩いていた。

 

「俺を馬鹿にしているのか!俺の・・・・俺のこの隻腕を!!!」

 

眼に涙まで溜め、声を枯らしてバルトが叫ぶ。

同時にエスピナスが声に反応した。

まるで彼の言葉を理解したかのようにバルトの片腕に巨大な眼を向けた。

 

 

 

バルトの言うとおり、彼自身の身体に腕は2本無かった。

左腕の肘から先が無い。

 

覇竜・アカムトルムとの戦闘で失ったのだった。

相打ちで覇竜が倒れた後であったので治療が早く、命は拾ったのだが

両手で武器や盾を持つ事が出来なくなったハンターなど、

もはやハンターとは呼べない。

ハンターズギルドの町に運びこまれ、診察所のベッドで眼が覚めた時、

バルトはそう、痛烈に感じたのだった。

 

身体が動くようになると、医者が止めるのも聞かず、

ギルドの制止も意に介さずふらりと気球に乗り

この飛竜が跋扈する樹海に降り立った。

 

自分をハンターのまま終わらせてくれる相手が欲しかった。

自分と戦い、殺してくれる強力なモンスターを必要としていた。

火山の炎王竜でも良かった。雪山の金獅子でも良かった。

考えながら気球を繰るうち、自然と樹海へと向かっていた。

 

(死んだ後、暑かったり寒かったりしたら嫌だな)

 

奇妙な理屈だが、自分の死体の事を考えての樹海だった。

それが数日前の事だ。

 

 

 

数日間さまよい、幸運なことに新種のモンスターを発見したというのに・・・・

 

「それがこんなヤツとは。反撃してこないのは同情のつもりか?

 ふざけるなこの野郎!」

 

背中に乗り、赤棘をひっつかみ

飽きもせずに太刀で殴りつけながらバルト。

自分の身長ほどの長さもある大太刀を片手で軽々と操るのは尋常でないが、

さらに尋常でない硬さを誇るエスピナスの装甲を貫くほどではなかった。

 

 

 

「・・・・」

 

その間、エスピナスは歩きながら、じっとバルトの方を見ていた。

哀れむわけでもなく、先ほどのように無視するわけでもなく。

バルトを理解しようとするかのように、ぐ・・・・っと首を伸ばし振り返り、

自分の背中にのしかかり夢中で太刀を振り回すハンターに

その巨大な眼球を向けていた。

 

いつしか周りにうっそうと茂っていた木々は後方に消え、

バルトを背に乗せたエスピナスは、小さな湖に面した広場に出た。

広場の中央で一旦足を止めると、エスピナスは前方へ首を戻し、ゆっくり息をついた。

この奇妙な人間の心底を理解することをあきらめたのか、左右に頭を振り、そして・・・・

 

 

 

『やれやれ・・・・仕方ないな』

 

「!!?」

 

人間の言葉でそうつぶやくと、飛竜に話しかけられて驚くバルトを背中に乗せたまま

 

 

 

ウォォオオオオォォォォォォォ!!!

 

 

 

すさまじい勢いで大きく吼えた。

同時に発生した衝撃波で飛ばされるバルト。

背中から地面に叩きつけられても、

しかし彼の口から漏れてきたのは激痛に耐えかねた悲鳴でも

竜が人語を話したことへの驚愕の声でもなく

 

「そう、こなくっちゃ・・・・!」

 

歓喜であった。

 


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