最後のハンター   作:湯たぽん

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その2

ズザザッッ

 

飛ばされた勢いそのままにすばやく立ち上がり、

刃の丸くなった太刀を肩にかつぐと、

急に冷静になったバルトは改めて相手を観察しだした。

 

「全身・・・・やや腹あたりがやわらかかったが凄まじく硬質な甲殻だな。

 人の言葉をしゃべる竜なんて聞いたこともないが・・・・」

 

「それだけ貴重な竜ということか。最後にはふさわしい相手じゃないか」

 

ピクリ。”最後”という言葉にエスピナスが再び反応したようにも見えたが、

人語を操る竜は今度は黙ったまま右足で数度地面を掻き、

広場を突っ切ってバルトめがけて突進してきた。

 

「ちぃ・・・・っ!」

 

硬い甲殻に何度も叩きつけられた太刀では応戦できない。

バルトは迫る大顎に太刀をひっかけ、

辛うじて牙と凶悪な棘のついた翼の下を潜り抜けた。

 

エスピナスは特に気落ちする様子も無く、

急ブレーキで止まるや否や振り向きざまに、

大きく両翼を振り回し、鼻の角を突き入れてきた。

鋭い刺がずらりと並んだ翼はまるっきり太刀だ。

左にフェイントをかけて反対側へ転がる事で両翼を、

起き上がりのところに迫ってきた角は顔を蹴って後方に跳ぶことで

かろうじてかわし、バルトはいったん距離をとった。

 

「むちゃくちゃな動きしやがるな・・・・さすがエスピナス!」

 

竜に話しかけられた事などすっかり忘れて、

バルトは不敵な笑みを浮かべて再び太刀を構えた。

刃はぼろぼろだが、エスピナスの動きをある程度見切るまでは研いでいる暇などない。

 

どんな攻撃がきても対応できるように、身体を柔らかくし敵を油断なく観察していると

エスピナスは先ほどよりも力強く、闘牛のように足で数度地面を掻き

 

 

 

「───!?嘘だろ、おいっ!!」

 

あり得ない速度で突進してきた。

悲鳴をあげながら、回避は無理と悟ったバルトはまたしても刀で角をさばくが

ほぼ同時に迫ってきていたエスピナスの脚に吹き飛ばされた。

 

「ぐ・・・・っ!」

 

強打した左肩の痛みに耐えつつも、

吹き飛ばされた方向へ逆らわず身体を投げて距離をとった。

1度地面を転がっただけですぐに身を起こし、低い姿勢で辺りを確認する。

このあたりの動作は、さすがに一流のハンターである。

が、向こう側へ走り去ったはずのエスピナスのほうを見ると・・・・

 

 

 

「───!?嘘だろ、おいっ!!」

 

さきほどと全く同じ悲鳴をあげるバルト。

 

すさまじい勢いで突進していたはずのエスピナスは、既にこちらの方を向いていた。

現実感を感じないほどのドリフトで、

地面をえぐりながら無理矢理方向転換していたのだ。

そのまま、さきほどと同じ速度で突進してくる。

 

「うおぉぉぉぉ?!」

 

完全に逃げ遅れて、混乱したような気合を入れながらバルトも太刀を振り上げる。

 

 

 

ザグ・・・・ッ

 

 

 

角がこちらに届く一瞬前、バルトの太刀がエスピナスの顔面をとらえた。

しかもぼろぼろだった刃が通っている・・・・!

 

『むぅ・・・・!』

 

エスピナスがまた人のような唸り声をあげるが、気にしている場合ではない。

迫りくる巨体を避けようと、顔面に刺さった太刀を支点にバルトは上空へ高く己の身体を跳ねあげた。

 

10メートル近い高さまで達したのではないだろうか。

本来見えるはずのない樹海の地平線を横目に、

やけにゆっくりとした感覚でバルトは落下していった。

 

しっかりと受け身をとって再び敵を確認すると、今度は方向転換せず、

エスピナスは惰性で広場の反対側まで突進していた。

ある程度安全と分かると、バルトは即座に右手にあった林へと身を隠した。

 

「距離のある今のうち・・・・だ」

 

もう一度エスピナスを遠目に確認すると、バルトは懐から小さな石を取りだした。

太刀を抜きしゃがみこんだ姿勢で、石を刀身にこすりつける。

砥石だった。ハンターになるのに必須スキルと言える武器研ぎは、

一人前になるために5秒は切らないといけないと言われている。

 

あまり研ぎが得意ではないバルトでも、

エスピナスの堅い装甲でぼろぼろになった刀身を元の鋭さに戻すのに

何秒もかからないだろう。

しかし

 

 

 

ドォン!!

 

 

 

突然、太刀を研いでいたバルトのすぐそばで爆発が起きた。

「ち・・・まさか」

木陰からちょっぴり顔を覗かせると

エスピナスが力を溜めるように、顎を高く上げているのが見えた。

 

「ちぃ、ブレスも吐くのか!」

 

ドォン!!

 

再び放たれた火球を転がってかわす。なんだか緑色をしていた気がするが・・・・

 

「なんって身体に悪そうなブレス吐きやがるんだ。体調管理には気を付けろよ!」

 

ぼやきながら、磨き終わった太刀を手にバルトは林から駆け出した。

 

ドォッ!ドゴン!!

 

たくみにブレスをよけながら距離を詰めると、振り回された翼を潜り抜け

ガラ空きの腹部へ向けて切っ先を突きいれた。

 

「───ハッ!やっぱり刺さるじゃねぇか!」

 

エスピナスが咆哮するまで、何度叩きつけても

斬れる事のなかったエスピナスの身体に、軽く繰り出しただけの突きが刺さっていた。

良く見ると、異常なまでに堅かった緑色の鱗が若干外側に開いている。

戦闘に移行すると、血流を増やすために甲殻を開く飛竜は他にもいた。

エスピナスもその一種だろうか。

 

「さぁ!こっからはお仕置きタイムだぜ」

 

無視された事を未だ根に持っているのか、

器用に片手で太刀を一回転させると、怒涛の連撃に出た。

姿勢を低くし、背の高い二足歩行のエスピナスの視界から隠れるようにして

執拗に腹部を切り裂いていく。

 

 

 

「どうだ!?見向きもしなかった相手に

 見えないところから滅多切りにされる気分は!」

 

胴を薙ぎながら後ろへ回り、尾を切り上げては脚を斬り払いながら反対側へ滑り込む。

一瞬たりとも同じ場所に身を置かない戦い方で見事にエスピナスを翻弄し、

バルトは得意げな声をあげた。

 

『・・・・あぁ、あまり良い気分ではないな・・・・』

 

頭上から思いがけず返ってきた声に、バルトが驚いて上を見上げると

 

エスピナスが先ほどと同じように、力を溜めるように顎を高く上げていた。

 

『だが、油断大敵だ』

 

そのまま、高く上げた顎を真下へ降り下ろし巨大な火球を吐きだした。

同時に自身は大きく羽ばたいて後ろへ跳び、

自分のブレスに巻き込まれないように退避しようとしている。

 

「が・・・・っ!?」

 

どう考えても直撃なタイミングだったが、ハンターとしての本能で即座に回避行動をとっていたバルトは

間一髪でエスピナスの足元から離れていた。

 

「ぐ・・・・!全部はよけきれなかったか」

 

残った左手に緑の液体がかかっていた。

手の先まで腕があったのならばブレスの直撃で吹き飛ばされていたかもしれない。

もともと無かったから良かった・・・・とは言えないが。

何にしろエスピナスには距離を置かれてしまった。

即座に体勢をととのえて前方を見やると、

エスピナスはふたたび地面を足で掻き、突進の構えを見せていた。

 

「バックジャンプブレスには驚いたが・・・・

 どうやら攻撃パターンはその程度のようだな」

 

さきほどは避けきれなかった、

エスピナスの常識外れのスピードでの突進を目の前にしても

今度は余裕の表情を見せているバルト。

 

「見切った。もう何も当たらないぜ?」

 

目の前まで来た棘竜の突進を難なくかわし、

振り向きざまに太刀を振り上げたその時───

 

 

 

一瞬、視界が歪んだ。

同時にすぐ横を通り過ぎるエスピナスの口から、勝ち誇ったような声が聞こえた。

 

『───聞こえなかったのか?油断大敵だ。』

 

 

 


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