その1
ぴょこん。目の前に咲いていた花が、上へ跳ねるように動いた。
ははぁん・・・・これは
バルトは、一人納得するように小さく頷くと、左手の盾を動いた花の上にかざした。
左手の、盾の先にあるはずの腕がない。
常に危険なモンスターと戦うハンターである彼は、戦闘で腕を失ったのだった。
とはいえ、肘から上に残った左手に堅強な盾をくくりつけ、
右手には鋼竜の角から削り出した極上の剣を提げている。
雪獅子の希少毛を贅沢に用いた服飾鎧を身にまとい、
片腕でも十二分の戦闘力を持っている事がうかがえる。
そんなバルトが薬草探しの最中に見つけたのは、チャチャブーだった。
頭にキノコや花を生やし地中に隠れる事で獲物を待ち襲いかかる、奇面族。
見た目は小さな子供程度の大きさで、
奇妙なかぼちゃのような面をかぶっているひょうきん者だが
ある程度の知能があり、手に持ったナタの一撃は
中型程度のモンスターならば倒してしまう程の威力がある。
そんなのが地中に隠れているのだから、旅人にはたまったものではない。
が、ハンターであるバルトにとっては見間違えるはずはなかった。
「よ・・・・っと」
バルトが花の上で盾を振ると
キキィ!
予想通り、甲高い奇声をあげてチャチャブーが飛び出してきた。
「・・・・!?」
ただし、バルトが見張っている正面の花の下からではなく
バルトの背後からであった。
「イや~、コんな所に狩りに来るハンターは初めて見たヨ」
完全にバルトの不意をついたチャチャブーは、
さらに驚くべき事に人語を話し始めた。
チャチャブーの指摘通り、バルトが今いる森は
ハンターズギルド指定の猟場ではなかった。
なかば化石化した白い巨大な樹が立ち並び、
わずかな光しか刺さない地面はコケばかり。
木材も鉱物資源も、むろんモンスターも
こんな所には棲まないのでハンターには用のない土地だった。
しかし、そんな事をたかが雑魚モンスターが・・・・しかも言葉まで。
『なんだ、こんな所に居たのか』
バルトが混乱していると、背後からまたも人間ではない声の人語が聞こえた。
エスピナスだ。
濃緑色の体躯に、ひときわ目立つ赤い角。
二足歩行し、両腕が巨大な翼と一体化している飛竜、ワイバーンの一種だ。
知能の高い竜とはいえ、むろん本来ならば人語をしゃべるはずがない。
この不思議な竜につられて旅を始めたというのに、
旅立って一カ月もしない間にもう一匹しゃべるモンスターと出くわすとは・・・・。
「ギルドじゃこんな事一切教えちゃくれなかったぞ・・・・くそ」
『何をぶつくさ言っている?』
チャチャブーとバルトの間までゆっくりと歩いてきたエスピナスが、
こちらを振り返り呆れたような声を出している。
どうやら最初の言葉はチャチャブーに向かって言っていたようだ。
チャチャブーもバルトの事は眼中にないようだ。
エスピナスを見つけてはしゃぐように跳びはねはじめた。
「オぉ、エスピナス!久しぶリ。今度はどこまで行ってきたノ?」
どうやら知り合いのようだ。
チャチャブーは気軽にエスピナスの背中に乗ると、踊り始めた。
チャチャブーのほうの言葉はエスピナスほど流ちょうではなく、
言葉の頭と終わりが妙に抑揚が上がるので若干聞き取りづらい。
『あぁ、南の樹海の方へな。そこで、このバルトが旅に同行する事になった』
チャチャブーを乗せたまま、バルトを顎で指し示すエスピナス。
こちらは腹に響くほど野太く、よく響く美声だ。
「バルト?エスピナスについてきてたんダ?」
エスピナスの背中から飛び降り、チャチャブーはバルトの目の前で首をかしげた。
バルトの半分ほどの身長しかなく、
花の生えた大きな頭をちょこんとかしげる姿はどことなく可愛い。
「あ、あぁ・・・」
しどろもどろに答えたバルトは、無意識の動作で失った左手を後ろに隠していた。
それは、敵モンスターに弱点を教えたくない、というより
友人に都合の悪いものを見られたくないという気持ちからきている行為に似ていた。
『それで、お前に会わせてみたくてな。運よく会えて良かった』
モンスター二頭の人語での会話。
まったく理解を超えた光景にバルトが呆然とする中、
話は勝手に進んでいっていた。
『バルト、このチャチャブーは各地で奇面族の秘宝を探している
凄腕のトレジャーハンターでな』
ようやく我に返り、バルトが話に加わろうとしたところで、
タイミングよくエスピナスがバルトへ話をふった。
「あ・・・・あぁ。奇面族の秘宝だな。でもあれにそこまで価値はねぇだろ?」
「マ・・・・人間にとってはネ」
チャチャブーはそう言うと、先頭に立って歩き出した。
「コの死の森の奥に遺跡があってネ。ソこに一つある事が分かったんダ」
化石化した大木と、コケいっぱいの地面。
白と緑に支配された不思議な空間を、ハンターと飛竜、
奇面族の奇妙な3人パーティーは奥へと進んでいった。
「な、なぁ・・・・一つ聞いてもいいか?」
『どちらにだ』
はじめに口を開いたのは、バルトだった。
急に足を速めて先頭に立ち、後ろを振り返って質問を発した。
「何で、お前達人間の言葉をしゃべってんだ?」
「ナがく、生きてるからネ。ボくの方が年下だから、まだ上手くはしゃべれないけれど
エスピナスは上手にしゃべるよネ」
チャチャブーがカタコトで返す。
『おそらく、チャチャブーでもバルトの十数倍長く生きているぞ』
「・・・!?」
話せるようになるわけだ・・・・。
さすがのバルトも問答無用で納得せざるを得なかった。
そんな事を話しているうちに、
チャチャブーが目指していたらしい遺跡が一行の目の前に現れてきた。
石化の森の最奥、白い崖を背に
白い巨木を何本も柱に使った西洋の神殿のような高く細長い塔だった。
石化の樹には何故かコケが生えないらしく、あいかわらず地面だけが緑色に染まり
高級な碧の絨毯が敷かれた宮殿のような、美しいたたずまい。
樹はひび割れ全体が歪んでもいたが、
それもまた幻想的な雰囲気を一層掻きたてる風景であった。
頂上はちょうど崖と同じ高さのようだ。崖の上に登るための建物だったのだろうか。
『おぅ・・・・美しいな』
「こいつは・・・・すげぇな。この遺跡そのものが秘宝じゃないか・・・・」
「オぉ・・・・僕は二度目だけれド。スごいよネ」
三人はしばし立ち止まって、見惚れていた。