最後のハンター   作:湯たぽん

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その2

『・・・・しかしこれでは、私は入れんな』

 

美しい白塔を見上げながら、多少残念そうにエスピナスはひとりごちた。

 

「あぁ・・・・そうだな。結構高い塔だから時間かかるかもなぁ。

 ま、この景色なら退屈はしねぇだろ」

 

『まったくだ。堪能させてもらおう』

 

「ガんばってくるヨ、エスピナス」

 

エスピナスにいったん別れを告げ、

バルトとチャチャブーが遺跡の中に足を踏み入れると

中は意外にひんやりした空気が流れていた。

内部には何もなく、石化樹の柱が何本も立っているだけだった。

広さはそれほどないようだ。本当に崖を登るためだけの建物だったのだろう。

床も石化樹が使われているらしく、全面真っ白で内部は内部で美しい。

こつんこつんと乾いた自分の足音が響き渡り、なんだか心地いい。

 

「ネ、バルトはどうしてエスピナスについて旅してるノ?」

 

上へ登る階段に足をかけながら、脚の短いチャチャブーは跳びはねるようとしているのか身体をそらせるようにして聞いてきた。

バルトは再び無い左手を隠すと、頬をかきながらはぐらかすように返した。

 

「んー・・・・まぁ大したわけはねぇよ。気にすんな。

 それよか・・・・」

 

 

 

「奇面族の秘宝って、人間には価値がないって言ったよな。

 チャチャブー達にとってはどんな意味があんだ?」

 

妙な飛び方で階段を上るチャチャブーを見下ろしながら聞くバルトの目は、

久しぶりに好奇心に輝いていた。

 

「ンー・・・・見つけたら話してあげようかナ」

 

「ち、もったいぶるなよ、チャチャブー」

 

毒づきながらも依然楽しそうに表情を崩したままのバルト。

階段を踏む足音も心なしか軽快さを増している。

 

「あぁ、ところで今さらだけどチャチャブーって呼びにくいな。

 俺に対しておい人間、って呼んでるみたいで具合が悪ぃ。どう呼べばいい?」

 

いつの間にか階段はらせん状になり、

頂上までの長い道のりがチャチャブーの妙な登り方のせいで

さらに長く感じ始めていた。

が、バルトは相変わらず機嫌よくチャチャブーの少し先をのんびり登り、

ときおり振り返っては話しかけていた。

 

「ン?ボくはチャチャブーなんでしョ?」

 

「違うちがう、名前だよ名前」

 

するとチャチャブーはいったん立ち止まると、小さな首をかしげ

 

「ナ前ってもの自体、人間だけが使ってるものなんじゃないかナ。

 ヨく分からないけど、一期一会って言葉あるんでしョ?

 ナ前なんて知らなくても、ボクとキミで良いっていうのが

 チャチャブーなんだと思うヨ」

 

存外、深い言葉が返ってきて

バルトも足を止めあごに手を当てた。

 

「・・・・そうだな。名前ってもの自体人間くらいしか使わないのかも知れねぇ、か。

 俺とお前・・・・。ふぅん」

なんとなく納得しながら、再び階段をのぼりはじめた。

 

 

 

「トころデ。ナんでボクが秘宝の場所分かっていながら

 森の手前まで戻ってきたかというとネ」

 

頂上までもう少し、というところで今度はチャチャブーが話し始めた。

 

「あぁ、そうだったな。確認してから戻ってきていたのか。何か失敗でもしたのか?」

 

「イちばん上にネ。ソ竜がいたんダ」

 

「祖竜!?ミラボレアスか!?」

 

驚きのあまり階段から足を踏み外しそうになりながら、バルト。

祖竜ミラボレアス。全ての龍族の原種であるといわれる巨大な竜。

ハンターズギルドでも最上級のハンターにしか

情報を流さず、一般人とかけだしハンターには目にも触れないように

厳重に警戒している強力なモンスターである。

 

もちろん、片腕を失ったバルトに勝ち目があるはずもない。

 

「先に言えよ、お前・・・・」

 

「マ、大丈夫でしョ。サっき飛んでいくのを見たから戻ってきたんダ」

 

気楽にチャチャブーが言うが、バルトには不安が残った。

 

「すぐに秘宝が見つかるといいがな・・・・」

 

 

 

塔の頂上まで上がると、祖龍はいないらしく、意外に広い円形の広場だった。

広場の正面には崖の頂上もあった。

どうやら直接つながっているわけではなく、小さな橋がかかっており

そこから行き来するようになっているようだ。

外観とは違い、橋も床もひび割れ、広場の端は崩れ、

ところどころにガラクタが堆積してはいたが。

 

「上に出ちまったぜ。どこに秘宝があるんだ?」

 

「アそこだヨ」

 

チャチャブーが指差したのは、広場の片隅に積み上げられたガラクタの山だった。

 

 

 

「・・・・そろそろ教えろよ。秘宝って、何だ?」

 

ガラクタの山を少しずつ崩しながら、バルトは再びチャチャブーに問いかけた。

 

「コん回の秘宝は、ボクのお嫁さんのなんダ・・・・」

 

「?・・・・どーゆーことだ?」

 

理解できず、作業を中断して立ち上がりながらバルト。

チャチャブーは小さな身体をガラクタの間にねじこむように押しこみ、

奥の物をぽいぽい掻きだしている。

 

「ボクのお嫁さん、去年ボクが旅してる間に死んじゃったんダ」

 

「・・・・!?」

 

チャチャブーの悲しみより、危険を感じとってバルトは周囲を見回した。

ここで死んだということは、祖竜の餌にでもなったということ。

確かに良く見ると、ガラクタの中にはモンスターの骨などが混じっているようだ。

 

「じゃあ、秘宝ってのは・・・・形見か、嫁さんの」

 

いまだ祖竜の気配がないことを確認してから、慎重にバルトは口を開いた。

 

「イや、お嫁さんそのものだヨ」

 

「?」

 

「チャチャブーの最後って、どんなか知ってるよネ?」

 

疑問符を浮かべて立ちつくすバルトに、

チャチャブーはガラクタに身体を突っ込んだままの姿勢で質問を返してきた。

 

「・・・・あぁ、なんか地面を掘って自分の身体を埋めるんだよな。

 なんなんだ、あれ?」

 

事実、斬りつけられて返り討ちにあったチャチャブーは、

何故か最後の力を振り絞って地面を引っ掻き

頭まですっぽり隠れられるほどの穴を掘って埋まるのだ。

 

「チャチャブーは、死ぬと地面に身体を埋めて秘宝を遺すんダ。

 デ、その秘宝ってのハ」

 

「タネなんダ」

 

「種?」

 

さきほどから疑問符ばかり浮かべている。

バルトは完全に混乱して秘宝探しを放棄していた。

 

「ヒ宝を、その親しい者がどこかに植えると

 十何年か後にチャチャブーが生えてくるんダ」

 

「・・・・!なるほど、それでお前秘宝ハンターに・・・・」

 

「ボクだけじゃなイ。チャチャブーは皆秘宝ハンターだヨ。

 ボクが死んでも誰かがまた植えてくれル。

 ソう思うと祖竜も怖くないんだけどネ。

 オ嫁さんの秘宝だけはどうしても失敗したくなくテ」

 

しゃべりながらもバルトのほうは見向きもせず、

チャチャブーは一心にガラクタの山を掘り進んでいた。

 

「そっか・・・・そりゃー価値なんかはかれない宝だな」

 

やや遅れながらも、バルトは気を取り直してガラクタに再び挑み始めた。

 

「なぁ」

 

「ン?」

 

「その秘宝を植えるのって、奇面族じゃなくても良いのか?」

 

「ウん、大丈夫だヨ。

 ボクが死んだらバルトにお願いしていいかナ?」

 

「任せとけ」

 

 

 

カチャ。不意に、ガラクタの奥に妙な温かみを感じて、

バルトは石の間に突っ込んだ右手を引き抜いた。

手を開いてみると、出てきたのは以前にも見た事のある、奇面族の秘宝だった。

 

「これか?」

 

振り向いて問いかけると、チャチャブーはそれには答えず、

空の一点を睨んで立ちつくしていた。

 

「・・・・バルト、急に雲が出てきたヨ」

 

「・・・・!?しまった!」

 

チャチャブーに倣って上を見上げると、

稲光を時折覗かせる雷雲が急速に迫ってきていた。

 

 

 

「祖竜・・・帰ってきやがった!」

 


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