最後のハンター   作:湯たぽん

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その3

ヒョォォォォ・・・・

 

風切り音を響かせて、雲の下を巨大な竜がこちらへ迫ってくるのが見えた。

雷雲を呼び寄せ、雷撃と共に現れる伝説の祖竜、ミラボレアス。

全身に伸びる白銀の体毛をなびかせ、長い首と尻尾をゆっくりと上下させながら、

しかし恐ろしいスピードで向かってきている。

二本の角、大きな翼、するどい牙と爪。

全ての竜の祖であると言われるにふさわしい姿だ。

 

 

 

「まずい、一気に襲いかかってくるつもりだ!」

 

直線的に飛んでくる祖竜を避けようと、バルトは慌てて秘宝を懐に入れ、

ガラクタの山から離れた。

 

ガシャア!

 

その30メートルを超える、巨大すぎる体躯ゆえ、距離感がつかみにくいミラボレアス。

まだ遠くだと思っていたが、避けてみるとタイミングはぎりぎりだった。

バルトのすぐ後ろを、ガラクタの山を破壊しながら祖竜の尻尾が通過していった。

 

 

 

「く・・・・っ!おい、大丈夫か!?」

 

即座に体勢を整えると、バルトはチャチャブーを探して首をめぐらせた。

 

「カすったよ。痛ィ」

 

チャチャブーはばらばらになったガラクタに埋もれて、

完全にひっくりかえったままの姿勢で返事を返してきた。

 

「見たか?さっきミラボレアスがガラクタに突っ込んだ時・・・・」

 

「イヤ?ナにかあっタ?」

 

チャチャブーが身軽にくるりと身体を起こしたので

とりあえずほっと一息つくと、バルトは塔の橋から身を乗り出して、

下に降りて行ったミラボレアスを睨んだ。

 

「ガラクタの山の中から、なんか丸いモノかっさらって行ったぜ」

 

上からのぞくと、ミラボレアスの足元に

まだその丸いモノがあるのがかすかに確認できる。

 

「マさか、たまゴ?」

 

「多分な。まずいぞ俺達完全に卵泥棒扱いだ」

 

人間が祖竜に卵泥棒扱いされるという事はどういうことか。

「餌」から「敵」へと対象が移るということ。

自分の体力など一切考慮することなく、

苛烈な攻撃を繰り出し続けるのが目に見えていた。

 

 

 

ゴッシャァ!

 

 

 

「ぐっ!やっぱりな!」

 

突然、塔全体が揺れた。ミラボレアスが長い尾を塔の基部に叩きつけたのだ。

もともと歪んでいた塔ははやくもバランスを失い、全体がきしみ始めた。

 

「あんなところで暴れてたら、エスピナスは大丈夫なのか!?」

 

下を見るのが困難なほど塔がきしみ揺れる中、

バルトはもう一頭の竜を目で探していた。

塔基部からの煙で見えにくいが、かすかにエスピナスの

緑色のブレスが見えた気がする。

 

「っつってもこっちのほうがヤバいな!階段は使えそうか!?」

 

よたよたと、揺れる塔の上を歩いて階段へ向かって行ったチャチャブーは

こちらを振り向くと、首を横に振った。

 

「ダめだネ。モう螺旋階段が崩れちゃってル」

 

バルトはすぐに反対方向を向くと、塔と隣り合った崖の方へ駆け寄った。

そこには、塔と崖を結ぶ橋があったはずだ。

 

「こっちも・・・ヤバそうだけどな!」

 

橋は今にも真っ二つに折れて落ちそうなほどきしんでいた。

 

「えぇい!これでもここにとどまるよりはマシだ!行くぜチャチャブー!」

 

意を決して橋に飛び込もうとしたその時だった。

 

 

 

グォォォォォォォ!!!

 

 

 

塔の下の方から、咆哮と共にミラボレアスが急発進で飛び上がってきた。

祖竜は巨大な身体を塔にこすりつけながら舞いあがり、

バルト達の目の前を飛び去って行った。

 

「野郎・・・・!したたかだぜ」

 

咆哮が聞こえるや否や、バルトは飛び立つ祖竜など見向きもせず、

聞こえてきた方向とは逆、上の方を睨んでいた。

祖竜と共に塔までやってきた雷雲が、

主に置いて行かれだだをこねるように急速にうごめき始めていた。

 

「自分の身を一切危険にさらさず俺達を始末する気だ!」

 

 

 

「ヤバい!伏せろチャチャブー!」

 

これまでに連呼した中でも最上級の「ヤバい」を叫ぶと、

バルトは身をかがめるとチャチャブーの頭をひっつかみ地面へ引き倒した。

 

 

 

ピシャア!

 

 

 

次の瞬間、雷雲から幾筋もの雷撃が塔をくまなく襲った。

 

「アああぁぁぁあぁあああァ!!??」

 

甲高いチャチャブーの悲鳴を耳元でまともに受け、バルトは悶絶していたが。

 

 

 

「・・・・!!?」

 

さらに恐ろしい現実が目の前で展開されていた。

 

「おい!叫んでる場合か!」

 

バルトが泣き叫んでいるチャチャブーを引きずり起こす。

 

「・・・・ア!」

 

 

 

橋が、最後の雷の直撃を受けていた。

ゆっくりと、それこそ走馬灯のような緩慢さで、橋は奈落の底へ落ちて行った。

 

 

「ウソ・・・・」

 

祖竜が去り、落雷を避けられた幸運にもまさる絶望感が2人を押さえつける。

基部が本格的に崩れ始めたのか、だんだん塔が低くなっていっている気がする。

揺れはまだ小さく、なんとか歩く事はできるが、階段は崩れ橋は落ち

崩れていく塔の最上階で身動きができない状況だ。

 

「はぁ・・・・ま、最後に見たのが祖竜ミラボレアスだったってだけで・・・・良いか」

 

とはいえもともと死ぬつもりで出た旅。特に不都合は無かった。

バルトは既に諦めていた。

 

 

 

「・・・・イや、待ってバルト。コの距離なら崖に飛び移れるヨ」

 

チャチャブーが、何やら小さな樽を取りだしながらよたよたと崖側へ歩いて行った。

 

「いや、無理だろ・・・・。あれだけ離れてるんだぞ」

 

奇跡的にバランスを保ちながら少しずつ崩れていっているようで、

塔の上部は揺れに揺れながらも

すぐに落ちはしないようだった。

揺れのおかげで多少崖に近づくタイミングもあるようだが、

跳んで届くような距離とは思えない。

 

「イや、この爆弾を使えばなんとか届くと思ウ」

 

チャチャブーが取りだしたタルには導火線がついていた。

どうやら手投げ式のタル爆弾のようだ。

 

「バルトが跳んだら、左手の盾目掛けてボクが爆弾を投げつけるヨ。

 ソの爆風で届くと思うんダ」

 

「お前はどうするんだ。爆弾は1個だけか?」

 

心配になってバルトが問いかけると、チャチャブーはもう一つ、タルを取りだした。

 

「チょっと痛いけど僕もこれで飛ぶヨ。ボクは軽いから楽でショ」

 

危険ではあるが、どの道崩れていく塔の上では考えている時間はない。

バルトは覚悟を決めると、懐に入れておいた奇面族の秘宝を取りだして、

チャチャブーに差し出した。

 

「これ、渡しておくぜ。お前の嫁さんのだろ」

 

が、チャチャブーは何故か首を振ると

 

「バルトが持っててヨ。サきに跳ぶ方が持ってるのがいいでショ」

 

はやくも一つめの爆弾に点火すると、バルトに向かって合図した。

 

「サぁ、行くよバルト。トんデ!」

 

「ま、考えてる暇はないな。行くぜ!」

 

 

 

崖に向かって全力でジャンプするバルト。

とはいえ、大した距離跳べたわけではない。

空中で即座に方向転換すると、盾を構えた。

同時にチャチャブーのタル爆弾が投げつけられ

 

 

 

ドォン!

 

 

 

虚空へと投げられたバルトの身体は爆風でさらに加速した。

 

ガッ!

 

ぎりぎりで高さが足りず、崖に背中から叩きつけられるが

バルトはすぐに崖のへりに手をかけると、平行な地面へ身体を持ち上げた。

 

「急げ!これ以上塔が沈んだら届かねぇぞ!」

 

 

 

 

 

 

しかし、チャチャブーは次のタル爆弾には点火しなかった。

 

「!?どうした」

 

一拍置いて、チャチャブーは塔の上から語りかけてきた。

 

「バルト、秘宝はまだ持ってるネ?」

 

「あぁ、安心しろ。俺がしっかり持ってるから早くお前も跳べ!」

 

 

 

「・・・・ボクは無理だヨ」

チャチャブーは点火しないままのタル爆弾を持ったまま、しかし跳ぼうとしなかった。

 

 


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