恵理との関係を絶ってから3週間が過ぎた。関係を絶ったと言っても大学は同じだし、研究の分野も同じでゼミも同じだから何がんでも顔を会わすのだが、会話は本当に一切なくなった。
なくなったって言うのも少し語弊があるが、いつも何か言いたげに近くには来るが、私がそれを拒むように少しにらみを効かすのだ。我ながら最低な奴だとは自分でも思う。だけど私には恵理の感情がわからないのだ。
「最近恵理ちんと喋らないけど何かあったの?」
私と恵理の仲はゼミの中でも一目を置かれるほど有名だった。意外と大人数のゼミの中だけど、ほとんどは共通の友人で、すぐに異変に気付いたらしい女子が話しかけてきた。
「別になんでもないよ」
「ほんとうに?何か悩みがあったら何でも相談してよー?」
「ありがと」
彼女はそのままどこか違うところへ行ってしまった。
正直恵理が近くにいるのが普通だった。昼食も別の人と何度かとったけどなんだかつまらなかった。勉強も同じく一緒にする人を作ってやってみたけど、なんというか面白味がない。ただただ勉強ってそんな感じ。
出かけることもほとんどなくなって、ゼミの飲み会にまれに顔をだす程度、だけど度数の低い甘い酒を舐めてボーッとしているだけだ。その時の研究成果の話とかも全然頭に入らずなんだか落ち着かなかった。
「はぁ」
日も暮れ始めた大学の自習室で法典を前にため息をついた。いつもなら一つ一つ事例を見たりしながら勉強をするのに、今日はなぜか一文読むのも非常に憂鬱だ。
あの時、恵理は私を襲おうとしていたのか。と問えば微妙なところだ。今思い出してみても恵理は襲うというよりはただじゃれていただけなのかもとさえ思っても不思議じゃない。私の過剰の拒否反応で恵理を退け、恵理に白状させてしまったのだと思わなくもない。
小学校から私に好意を持って、ずっとずっと中学も高校も片思いを続けて、ずっと隠してたボロがついこの間たまたま油断して出してしまった結果がこうだったんだ。もしかしたら私よりも恵理のほうが傷を負っているかもしれない。それにそれ以前私は男子との交際もあるのだ。それ自体も彼女にとっては苦痛だっただろう。
「……」
なんだか急に寂しくなってしまった。週に3回以上はどっちかの部屋で過ごしてた仲なのに、あの一件以来泊まることがなければ、話をすることも目を合わせることもない。一緒にいる空間がなんだか拒絶的になってしまっていたのだ。きっと今ならだれに優しくされてもポロッとついて行ってしまうかもしれない。
「相変わらず、泣き虫ね」
「!?」
気づけば大粒の涙がたくさん流れていた。唐突に聞こえた声に振り返れば、モデルのようなスレンダーな体系の女性がいつも通りの恰好で立っていた。急いで涙を拭き、机に広げているものをしまった。そしてすぐ立ち上がり、彼女の横を通り過ぎようとすると。
「無視しないでよ」
そう言って私は壁に押し付けられた。ドンと私たち以外誰もいない自習室に鈍い音が響いた。最近流行りの壁ドンってやつをされた。実際やられてみるとなかなか動きにくくなってしまい、体が固くなった。
「ま、また、私を襲うの?」
咄嗟に口をついた言葉もそんなことばかり、違う言いたいのはそれじゃない。
「違う。謝りたいの」
彼女、恵理の目は真剣だった。
「そんなの……無理だよ……あなたが抱いてる、私への感情なんて知った後に前と同じようになんて……」
「許してくれなくてもいい、あなたを傷つけるような事をしてしまってごめんなさい」
そう言って恵理は私から一歩退き、頭を下げた。
「もういい……もういいから……」
怒りでも悲しみでもない感情が湧き出て私は早くこの場から去りたくなった。ああ、今すぐにでも逃げ出せたらどれほど開放されるだろう。
顔を上げた恵理をよく見れば、珍しいことに目の下に隈を作っていた。さらに、いつも容姿端麗で名前の挙がる彼女の髪には何本か白髪が混じり、肌も少し荒くなっていた。いつも遠目にしか恵理を見れない人だとわからないくらいの微差……私しか知れない。
「望月楓さん、私は小学校の時からあなたのことが好きです。こんな告白をする立場ではありませんが、今一度私を振っていただけないですか?そうすればもうあなたの前には二度と姿を見せません」
「……」
19年も一緒にいた彼女ならわかるはずだ。どれだけ私が恵理という家族と似つかなくもない存在に依存しているのか。傍から見れば恋人よりも仲の良い双子の姉妹と言った方が似合う関係なのに、私の居場所を私自身で消せって言っているのか?
だんだんとどう返事を返すべきか悩んでいくうちにどんどん息が荒くなって、体中が震えあがった。まるで発作を起こしたかのように何度も息を吐き出し、頭を振る。どう見てもどう考えても今の私は狂人でしかないだろう。自分の中で起こった矛盾を解決できないまま、私は走り出した。
自分で出せる限りの速さでとにかく走った。靴を履いておいて良かったかもしれない。ヒールだったら今ごろ病院にいるだろう。
「はぁ……はぁ……」
近代的な作りの大学を後にし、行く当てもなくトボトボと自宅まで歩いた。
恵理という人物の向ける感情が理解できなくって拒否した。だけど私の居場所こそ恵理の隣でそれをなくすという恵理の提案ですら拒否した。結局私は恵理から離れたいのか近くにいたいのかわからなくなってしまった。
”ピロン”
メールの音が聞こえ、ほぼ意識もせずに携帯を見る。画面には恵理の二文字、SNSのサムネの横に内容が書いてあった。
『ごめんなさい』
たったの一文だった。でもかえって私はその一文が嫌になった。どうせなら言い訳の一つや二つしてくれたほうが、返事を返すのに嫌味を言えたのに……本当に恵理は本気で反省しているんだ。だけどそんなことを思うのは私には到底無理で、その一文にイライラを募らせた。歯を食いしばり返事は返さず電源を切った。
恵理のマンションほど厳重でないロックを開け、マンション内へと入りツカツカと自分の部屋の前まで来た。すぐに鍵を出し部屋を開けた。なんだか少し嫌な予感がしたけど、部屋はドアが開くと同時に照明が全てつくシステムで、部屋の施錠管理なんかもしっかり大家さんの隣の部屋で管理されている。
うん、大丈夫だっと思い部屋に入り、ドアを閉めようとした矢先だった。
ガツン
そんな音がドアの閉める動作が止まるとともに鳴った。すぐ振り向けばドアの隙間から女性が見え、足を挟んでドアの施錠を抑えていた。
「ひゃ!?」
本当にこういう場面に遭遇すると声がでなくなってしまうんだなっと我ながら思った。驚いた瞬間に力が抜けてドアをいとも簡単に開けられてしまった。そのとき照明が照らしたその姿は間違うことなんかない恵理だ。
「え、恵理?ど、どうし……きゃ!?」
恵理は何も言わず私の文句を遮ってまたもや壁に押し付けた。今度は壁ドンなんてものじゃない。両肩を掴まれていわばこの間の続きと言わんばかりだ。
カチャ
とドアが閉まり、恵理は言った。
「返事、まだだから」
そう言うなり恵理は迫ってきた。ビクッと体が震え嫌々と抵抗した。
「え、えり……いやゃ……おかし……ん!?」
無理やり私の両手を抑え込みそのまま唇を奪われた。すぐ舌が割って入ってきて私の口内を舐めまわした。
『ちゅっ……れろ……』
私は全く身動きが取れなくなり、ただひたすら恵理に耐えるしかなかった。初めてのキスがこんなに濃厚なものだなんて誰が想像しただろう。今私は同性の人に犯されてるんだ。だけどなんだかずっと嫌悪していた恵理のこともどうでもよくなってきてしまっていた。
『じゅる……くちゅ……』
キスしている当事者ですら聞こえるような、唾液と舌のやりとり、だんだんと抜けていく抵抗の力に私はもうなんとも思わなくなっていた。
『ぷは……はぁ……はぁ……』
お互い息が上がり、おでこを合わせて息を整える。
「楓……私もう止まれないから……痛かったらごめんね」
「……うん」
その夜、私たちは初めの関係を持った。
ー数日後
「ねぇねぇ、これならどうかな?」
そう言って恵理は提案書を見せる。相変わらず突飛な面白い発想が書かれていた。
「発想は面白いよ。だけどね一つ問題がある」
「なになに?」
「どうして他班の私に報告するのよ」
相変わらず綺麗にそろった髪色にきめ細かな評判の肌もあって優秀なのに、どこか抜けているっていうかなんていうか。
「いやぁーやっぱり?まずは知り合いが先っていうかさ」
頭をかいて照れるようにそういう。
「じゃあ恵理は私が他社の人でも見せるわけだね。すでにクビだよ?」
「それはそれ、これはこれ、でも私がクビになっても楓なら拾ってくれるでしょ?」
そのご都合主義をなんとかしろ、あとなぜ私が拾うと確信があるのだ。
「ちょっと意味がわからないですね」
「ひどいなぁ~あ、さては最近満足してないな?泊りにきなよ。今日も寝かせてあげないからね?」
グループディスカッションのこの現場でまさかの爆弾発言連発の彼女にチョップを入れた。
「変なこと言うなぁ!それにどっちかっていうと恵理の方が受け身じゃん!」
『ニヤニヤ』
「な!?変な事言ってるのは楓の方だよ!受け身って何よゲームに受け身も攻めもあるかっていうの!」
ヒートアップした結果私がはやとちりしたようだ。だけど、そんなことにも気づかない私はさらにヒートアップ。
「なな!?恵理私のことはめたの!?しどい!!」
「勝手に早とちりしてる楓が悪いの!!」
そんなバカップルぷりがゼミに知れ渡るくらい私たちは関係を取り戻したのだった。
結局恵理に押し切られただけだったけど、私は本当は恵理の事を心のどこからでそういうふうに思うところもあったのかもしれない。いっそのこと無理にでもつっきみても結果は出ることはあるというものなのかな。
「ところで、この間の返事まだ聞いてないんだけど」
「何の返事?」
「あの……自習室でした告白……」
「全然覚えてないんだけど」
「えぇ……ひどいなぁ」
「ふふ……私も好きだよ」
「やっぱり?」
「やっぱり嫌い」
「そんなぁ……好きだから許してー、ね?」
「ばーか、好き」