オーバーロード【その者、勇者につき、注意】   作:ミタライ

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プロローグ2〈ナザリック、玉座の間〉

 プロローグ2

 

 メインタンクが落ちた状態から、立て直すのは不可能に近い。

 それでも、雪女郎二体を撃破したのは、勇者一行の面目躍如と言ったところか。

 だが、メインタンクである女戦士に続いて、メイン回復役である男僧侶までおちては、流石にも一縷の望みも残っていない。

 

 一応、PCである勇者ラドと男魔法使いも、ある程度の回復魔法の心得はあるが、勇者と男魔法使いは、物理、魔法の火力の両輪だ。

 

 ここで攻撃の手を休めて、二人が回復に回っても、全滅を先延ばしにする効果しかない。

 それならば、いっそ今のまま一体でも多く敵を倒してやる。

 桔平がそんな決意を固めた、その時だった。

 

 ともすれば吹雪のエフェクトに、かき消されそうなくらいに静かなエフェクトで、一つの影がこの場に転移してくる。

 吹雪が視界を遮るせいで、この距離からでは詳細は判明しないが、「転移してきた」という事実だけで、桔平にはそれが誰だか、すぐに理解できた。

 ここの〈ナザリック地下大墳墓〉は、原則転移による移動を封じられているのだ。

 その中で、自在に転移可能なのは、ギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉のギルドメンバーの証たる指輪〈リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉を持つ者のみ。

 

「モモンガさん」

 

 距離を詰めるそのPCに、勇者ラドは場にそぐわないくらいに友好的な声をかけた。

 

 モモンガ。

 

 ギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉のギルドマスターにして、唯一人、最後までこのゲームに残り続けた、〈ユグドラシル〉指折りのヘビーユーザー。

 

 そのキャラクターは、異形種ギルドのギルドマスターに相応しい、アンデッドである。

 一片の肉も皮も残っていない骸骨で、目の部分だけが赤々と不気味な炎を宿している。

 〈死者の大魔法使い〉(エルダーリッチ)という魔法使い系アンデッドの最上位種族、〈死の支配者〉(オーバーロード)である。

 

 漆黒のローブを纏い、七匹の蛇が絡みついた黄金の杖を持つその姿は、まさにゲームのラスボス、大魔王に相応しい風格だ。

 

「やあ、ラドさん。お久しぶり、と言うほどでもないですね」

 

 こちらも、恐ろしい外見とは全く似合っていない、人の良さそうな優しげな声で返事を返す。

 

「そうですね。前回のダンジョンアタックが五日前ですし、メッセージでのお喋りなら一昨日もしてますしね」

 

 つい状況を忘れて、和やかに談笑を始める勇者ラドの頭上に、蟲王の長斧槍が振り下ろされる。

 ギンという派手なエフェクトと同時に、ヒットポイントをガッツリ削られた勇者ラドは、現状を思い出し、抗議の声を上げた。

 

「って、こんなこと言ってる場合じゃなかった。駄目ですよ、モモンガさん! 魔王はダンジョンの最下層で待っててくれなきゃ。途中で魔王が出てくるなんて、これイベント戦闘ですか? イベント戦闘って、勇者の負け確定じゃないですか!」

 

 もの凄く身勝手な勇者様の主張に、モモンガは呆れたように突っ込みを入れる。

 

「いや、だって待てど暮らせど、ラドさん下まで来てくれないじゃないですか。そう言って、私もう三年も待たされてるんですよ? そもそも、イベント戦闘も何も、この戦闘自体もう詰んでますよね? ここから、ラドさんの勝ち筋はないでしょ?」

 

 魔王の的確な突っ込みに、勇者は言葉に詰まる。

 

「……情けない勇者ですみません」

 

「いえいえ、凄く楽しかったですよ、本当に。あ、ちょっと話が長くなるので、一度停止しませんか?」

 

 和やかにお喋りするPC二人を尻目に、NPC達はまだ激闘を繰り広げている。確かにこの状態では、お喋りにも身が入らない。

 モモンガの提案に勇者ラドも、同意を示す。

 

「分かりました。それじゃ、せーので良いですね? せーの」

 

「「戦闘停止」」

 

 二人のプレイヤーが声を揃えてそう命令すると、双方のNPC達は、さっきまでの激闘が嘘のようにその矛を収めた。

 一時休戦となったところで、モモンガは改めて、ラドに話しかける。

 

「いつもは最後まで戦って、ラドさんが死んで戻ってしまうでしょう? 最終日の今日までそれじゃ、ちょっと寂しいかと思いまして。それで提案なんですが、ラドさん。残りもう何時間もありませんけど、〈下〉でお喋りしていきませんか?」

 

「え?」

 

 それは、驚きの提案だった。これまでどうやっても突破できなかったナザリックの地下第八層より下に、ギルドマスターであるモモンガが招待してくれる、というのだ。

 非常に魅力的な提案であり、だが勇者様プレイに徹している桔平には、同時に非常に反発心をかき立てられる提案でもある。

 

「あ、それは、凄い魅力的なお話なんですけど……その、勇者が魔王に招かれるというのは……」

 

 今日まで同じ〈ユグドラシル〉プレイヤーとしては、非常に世話になってきた桔平だが、ロールプレイのため、勇者ラドというプレイヤーキャラクターは一定の線を引いてきた。

 ここで、モモンガの提案を受け入れると言うことは、その線を踏み越えると言うことである。

 桔平の勇者への拘りを十分に理解しているモモンガは、苦笑すると、一つ頷く。

 

「まあ、最後までロールプレイに徹するというのでしたら、もちろんそれはそれで歓迎しますよ。最後ですし、私がここでお相手します。私としても、〈これ〉を一度くらい実践で使ってみたかったというのも、本音ですしね」

 

 そう言ってモモンガは、右手に持つ七匹の蛇が絡みついた黄金の杖を掲げる。

 

「ひょっとしてそれって……?」

 

「はい。うちのギルド武器。〈スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉です」

 

「おおおお!」

 

 桔平は、思わず勇者のロールプレイも忘れて、モモンガが掲げる黄金の杖に見入った。

 最盛期には、ランキング一桁まで上り詰めた、〈ユグドラシル〉有数の大ギルド、〈アインズ・ウール・ゴウン〉。その大ギルドのギルド武器が今目の前にあるのだ。

 

「ちょっと、ちょっと触らせて下さい!」

 

 図々しいと通り越して、危険極まりないお願いをする勇者様に、流石の温厚な魔王も少しだけ声を大きくする。

 

「駄目です。これを破壊されたら、ギルド崩壊なんですよ。最後の最後でそんな終わりは嫌ですからね」

 

「ちょっとだけですから、へし折ったらすぐ返しますから!」

 

「勇者がそれでいいんですか!? 駄目ったら駄目です。それで、どうしますか? 戦闘再開ですか? それとも、下に行きますか?」

 

「むう……」

 

 最後の選択を突き付ける魔王に、勇者は苦悩の声を上げた。

 勇者プレイとしては、ここで魔王の誘惑に乗るという選択肢はない。

 だが、それがなんの実りもない話であることは、桔平自身痛いほど理解している。

 

 蟲王と雪女郎だけを相手にすでに詰んでいた、勇者様ご一行である。

 そこに、最強の杖を持った魔王が加われば、〈瞬殺〉以外の結末はあり得ない。

 

 つまり、桔平の選択肢は二つ。

 ロールプレイに徹して、ここで〈瞬殺〉されるか。

 ロールプレイをちょっとだけ逸脱して、ご招待を受けるか。

 

「ムウウウウウウ………」

 

 悩むに悩んだ末、桔平が出した結論は、

 

「舐めるな、魔王! たとえ、力及ばずとも、この勇者ロト・A・ディーノ、魔王の誘惑に負けるほど、腐った心はしていない!」

 

 そう言って、ジャキンと剣を構えることだった。

 

「それが貴様の選択か。愚かな、勇者よ。だが、その愚かさは、まぶしくもある」

 

 乗りの良い、モモンガはすぐにこちらに合わせてくれる。

 白銀の剣を構える勇者と、黄金の杖を構える魔王が睨み合う。

 力関係は決して対等とは言えないが、その精神性は間違いなく対等。

 若き勇者を敵と認めた魔王は、全力で勇者に迎え撃とうと、黄金の杖を振りかざし、

 

「と言うわけで、全滅したら速攻NPC復活させて、こっちに戻ってきますんで、その後で改めて招待して貰えますか?」

 

「あ、はい」

 

 コロッと口調を戻した桔平の言葉に、気の抜けた声でそう答えたモモンガは、要望通り、〈心臓掌握〉(グラスプ・ハート)の魔法で、勇者に大ダメージと朦朧のバッドステータスと食らわせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから約三十分後。

 

 勇者と魔王は仲良く、ナザリック地下第十層の廊下を歩いていた。

 勇者の後ろには馬車が、魔王の後ろには白髪の老執事と、六人の美しいメイドが付き従っている。

 廊下の幅は、馬車どころか、大型トラックが余裕ですれ違えるくらいの幅がある。

 そんな廊下を歩きながら、勇者と魔王は親しげに談笑をかわす。

 

「ええ? それじゃ、俺の戦闘を最初からずっと見てたんですか?」

 

「それはそうですよ。なんだかんだ言っても、ラドさん、侵略者じゃないですか。見張るくらいはしてますって」

 

「まあ、そう言われたらそうですけど……。ああ、見られてたと思うと、恥ずかしくなってきた! いやあ、駄目プレイ、無駄プレイ一杯やらかしちゃったからなあ」

 

 バツが悪そうに頭を掻く勇者を、魔王は無表情の骸骨顔のまま、優しい声で慰める。

 

「いえ、プレイヤー一人だけで後はNPCだと考えたら、かなり良い動きしてましたよ。まあ、NPCのAIには、改善の余地有りとヘロヘロさんが仰ってましたけど」

 

 モモンガの言葉に、勇者ラドは驚きの声を上げる。

 

「ええ? ヘロヘロさんも来てたんですか!?」

 

 勇者ラドが、〈ナザリック地下大墳墓〉をラスボスの住むラストダンジョンに認定したのは、今から約三年前のことだ。

 その時点で〈アインズ・ウール・ゴウン〉はすでに多数の脱退者を出す斜陽のギルドだったが、それでもその頃にはまだ、モモンガ以外のプレイヤーも何人か存在していた。

 ヘロヘロもその一人であるため、桔平も、何度か顔を合わせたことがある。

 

 勇者ラドがわざわざ〈メッセージ〉で、時間まで予告した挑戦状を叩き付けた、記念すべき第一回、〈ナザリック大墳墓〉ダンジョンアタックの時。

 情け容赦なく、地上部で待ち受けて、大人げなくラドと仲間のNPCを、袋だたきにしてくれたメンバーの一人である。

 特に、ヘロヘロは、当時ラドが一つしか持っていなかった、神器級(ゴッズ)の剣をへし折ってくれた張本人だ。

 忘れたくても忘れられない。

 

「ええ。私が、ラドさんの所に向かうのと入れ違いで、ヘロヘロさんは落ちちゃったんですけどね」

 

「ああ、すれ違いですか。最後に挨拶ぐらいしたかったなあ」

 

「すみませんね。ヘロヘロさんもリアルでかなりお疲れのようでしたから」

 

「あ、いえ。こちらこそ、愚痴っぽいことを言ってすみませんでした」

 

 ギルドメンバーの代わりに、丁寧な謝罪をする魔王に、勇者は恐縮したように、顔の前で手をブンブンと振る。

 そう言えば、〈アインズ・ウール・ゴウン〉のメンバーは、全員社会人であったことを、桔平は今更ながら思い出す。

 去年まで大学生で、今年父の会社に入社したばかりの桔平には、彼らの大変さをうかがい知ることは難しい。

 

 どう言葉を続けて良いか、分からなくなった桔平をフォローするように、モモンガは努めて明るい声で、言葉を続ける。

 

「でも、ヘロヘロさんも、ラドさんの戦闘を見て、『元気を貰った。おかげでもう少し、がんばれそうだ』って言ってましたよ」

 

「え? 俺の戦闘を見て、ですか?」

 

 元気づけられることをした記憶のない勇者は首を傾げる。

 

「正確には、戦闘を見てというより、戦闘中のラドさんの言葉を聞いて、ですね。ラドさん言ってたでしょ? 『これ、実はAIじゃなくて、中に人が入って操作してるんじゃねえの!? 』って。やっぱり、嬉しいものですよ。自分のやった成果に、素直な驚愕の声を上げて貰えるというのは」

 

「あ、そういえば、ヘロヘロさんて本職プログラマーなんでしたっけ。って、あの戦闘用AI、ヘロヘロさんが作ったんですか? いや、第三層のゴスロリ吸血鬼もそうでしたけど、蟲王の動き、状況判断の正確さ、柔軟さはどう考えても、AIだと思えませんでしたよ」

 

「ありがとうございます」

 

 勇者の賞賛の混じった驚愕の声に、仲間の仕事を褒められた魔王は、嬉しそうに礼を言う。

 

 そうしている間に、一行はドーム状の部屋の前までやってきた。

 

 ドームの壁には七十二個の穴が開けられており、そこには超希少金属をふんだんに使ったゴーレムが鎮座している。

 ソロモンの七十二の悪魔をモチーフとした、六十七体のゴーレム達である。

 

「うわあ、これってタダの飾り、じゃないですよね?」

 

 嬉しくなるくらいに素直に驚きを示す勇者に、魔王は得意になって説明する。

 

「ええ、当然全部、侵入者迎撃用のゴーレムですよ。さらに、天井の四色のクリスタルから、それぞれの色に対応した上級エレメンタルを召喚するようになっています。ここを超えなければ、私――魔王の待つ、玉座の間にはたどり着けません」

 

「無理ですね、これは」

 

 苦笑交じりに肩をすくめた勇者は、ふとゴーレムのおかれていない穴が、いくつかあることに気がついた。

 

「あれ? でも、ゴーレムのおかれてない穴もありますね? ひょっとして、過去の戦闘で壊されちゃったんですか?」

 

 そう言いながら、勇者は首を傾げる。桔平の記憶では、過去〈ナザリック〉が侵入を許した最高進度は、地下第八層までのはずだ。最下層であるここ、地下第十層の防衛システムに、欠損があるのはおかしい。

 

 その指摘に、モモンガは少し言いにくそうに、視線を横に逸らすと、

 

「ええ。当初は七十二体の予定で、壁にはそれだけの穴を開けたんですが、肝心のゴーレム制作者が、六十七体まで作ったところで『飽きた』と言い出して……」

 

「うわあ……」

 

 勇者の微妙な反応に、魔王は内心で、そのギルドメンバーに毒を吐く。

 

(恨みますよ、るし★ふぁーさん)

 

 せっかくこんなに素直に感動してくれるお客様に、なんで最後の最後で〈ナザリック〉の恥部を見せなければならないのか。

 

 そうしているうちに、ドーム状の部屋を抜け、二人は両開きの巨大な扉の前へとやってきた。

 

「さあ、正真正銘、掛け値無しで〈ナザリック〉最奥。〈玉座の間〉です。私も、こうして足を踏み入れるのは、久しぶりです」

 

「おお……!」

 

「それでは、開けますよ」

 

 感動の声を上げる勇者の前で、魔王はその骨しかない両手でソッと両開きの扉を押し開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごい、ボキャブラリーは貧困で申し訳ないですけど、本当に凄い……! モモンガさん達、よくぞまあ、ここまでのものを作り上げましたね」

 

 桔平は惚けたようにそう言って、その部屋の中を見渡した。

 

〈ナザリック〉第十層最奥、〈玉座の間〉。

 

 そこはまさに、豪華絢爛という言葉を具現化したような空間だった。

 

 地下十階という事実を忘れてしましそうになるくらいに高い天井。その天井で輝きを放つ無数のシャンデリア。

 広さは言うまでもなく、その気になれば、ここでサッカー場を二面ぐらい取れそうなほどだ。

 両脇の壁に飾られているのは、一枚として同じものはない、意匠を凝らした大きな旗。その数は四十一枚。かつて〈アインズ・ウール・ゴウン〉に所属していたギルドメンバーの数である。

 

 そして、部屋の最奥には十段ほどの階段があり、その最上段にはそれ自体が一つの透明な宝石で出来ているような、煌びやかな玉座が据えられている。

 さらに、その玉座の後ろに飾られているのは、深紅の一際巨大な旗。

 旗に描かれているのは、ギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉のギルドサイン。

 

 まさしくここは、ギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉の中心なのだ。

 

「ちょっと、よく見たらシャンデリアから、柱の飾りまで、全部マジックアイテムだらけじゃないですか!? それも神器級(ゴッズ)も、ちらほらある」

 

「まあ、ギルメン総掛かりで、文字通り何年もかけて作り上げた部屋ですからね」

 

 モモンガにとって、勇者ラドは、実に自慢のしがいのある相手だ。こちらの示す一つ一つに、素直で大きな感動を示してくれる。

 

「好きなだけ見ていって下さい。取り外し可能なものでしたら、手に取ってみてもかまいませんよ。何なら記念にどれか一つ、持っていきますか?」

 

 モモンガの冗談に、勇者ラドは、苦笑のアイコンを頭上に浮かべて首を横に振る。

 

「どのみち、後一時間で消えちゃうじゃないですか。それに、勿体ないですよ。これだけ綺麗に調和が取れているのに、どれか一つでもこの場から外すのは」

 

 そう言って、ラドが周囲に見入っている間に、モモンガは玉座に向かった歩みを進める。

 途中、付き従ってきた執事とメイド達に「待機」と命令を出し、玉座の下に揃って直立させると、自分は一人玉座に続く階段を上る。

 モモンガが壇上にあがると、玉座の横には、一人の美女が柔らかな笑みを浮かべて、立っていた。

 

「アルベド」

 

 モモンガは、その美女――NPCの名前を呼ぶ。

 モモンガの声で、ラドもそのNPCの存在に気付いたのだろう。

 

「あれ、モモンガさん? なんですか、そのNPC? 一目で分かるくらいに作り込まれているみたいですけど」

 

 こちらは、自動で馬車を引き連れたまま、玉座に続く階段の下までやってきたラドに、モモンガは壇上から返事をする。

 

「これは、アルベド。ここ〈ナザリック地下大墳墓〉の〈守護者統括〉という地位にあるNPCです。簡単に言えば、ナザリックNPCの頂点ですよ」

 

 そう言われれば、確かにそのNPCは、〈守護者統括〉という肩書きに相応しいだけの威容を誇っている。

 

 純白のドレスでその身を飾る、絶世の美女。ただし、その長い黒髪をかき分けるように両こめかみからは、山羊のようなねじれた角が生えている。

 そして、腰の辺りから伸びるは、一対の漆黒の翼。

 絶世の美女という条件を毛ほども傷つけず、それでいて一目で異形種と分かるようにされたそのデザインは、大げさな言い方をすれば、それ自体が一つの芸術とさえ言えた。

 

「へえ、そんなNPCまでいたんですか。初めて存在を知りました」

 

 勇者ラドの〈ナザリック〉攻略は、今日の地下第五層が最高記録である。

 ラドが見たことのある、ナザリックのNPCは、ゴスロリ吸血鬼ことシャルティアと、今日初めて見た冷凍蟲王ことコキュートスだけだ。

 

「アルベドはずっとここ、玉座の間においてありましたからね。私も、こうやって見るのは久しぶりです」

 

 モモンガも、アルベドという名前と〈守護者統括〉という地位は覚えているが、詳しい設定までは覚えていない。

 一瞬、コンソールを開いて、アルベドの詳細設定を確認したい衝動に駆られたモモンガであるが、こちらを見上げるラドの視線に気づき、その手を止めた。

 

 止めておこう。どれだけ仲良くなったと言っても、ラドはあくまで他のギルド、それも多分にプロレス的ではあるが、歴とした敵対ギルドの人間だ。

 いくらギルドマスター権限があるとは言っても、他ギルドの人間がいる場所で、制作者の断り無く、詳細設定を広げるような真似はするべきではない。

 

「しかし、そうやって玉座の前に立ってると、モモンガさん、マジで魔王ですね。せっかくだから、その杖を構えてこっちを向いてくれませんか?」

 

 ラドの言葉に、モモンガはアルベドの前から移動して、玉座に背を向けて、壇下の勇者ラドの方を向く。

 

「そうですね。やっぱり、魔王が勇者を迎えるときは、こうやって玉座に座っているべきでしょうか」

 

 そう言って、モモンガは水晶のような玉座に腰を下ろす。

 

「いいですねえ。モロ魔王って感じですよ、モモンガさん」

 

「あはは、ありがとうございます。ちょっと照れますね」

 

 そう言いつつも、玉座に腰を下ろしたまま、ギルド武器である黄金の杖を軽く掲げるモモンガの様子に、勇者ラドは一ついたずらを思いつく。

 

「そうだっ! すみません、モモンガさん。そのままちょっと待ってて下さい」

 

 そう言うと、ラドは馬車の後ろに回り込み、両開きになっている箱馬車の扉を開き、中へと飛び込んだ。

 その馬車は、勇者ラドのギルド〈勇者の砦〉のギルド拠点なのだ。

 あいにくと玉座に座っている、モモンガからは詳細は見えないが、以前ラドから聞いた話では、地下一階、地上三階ほどの小規模な砦が空間を歪曲させて、馬車の中にねじ込められているらしい。

 

「ラドさん? あの、もう時間が十分も無いんですけど、ラドさん?」

 

 今更ながら時間を確認してそんな声を上げるモモンガであったが、幸いなことに、ラドはすぐに馬車からその姿を現した。

 

「お待たせしましたッ、モモンガさん!」

 

 そういう、勇者ラドの手には、モモンガには見覚えのない、一本の剣が握られていた。

 今は鞘に収まっているため、刀身は確認できないが、その状態で見る分には、全く飾り気のない、量産品の剣にしか見えない。

 だが、ラドがわざわざこの場、このタイミングで持ってくる剣が、普通の剣ではあるまい。

 

「ラドさん、その剣はひょっとして?」

 

「はい。これが、俺のギルド武器。通称、〈バカの剣〉です!」

 

 勇者ラドは、高らかに宣言すると、その剣――ギルド武器を、革製の鞘から抜き放った。

 現れた刀身は、なるほど、中々の輝きを放っている。見た目は簡素だが、相当なデータクリスタルと、希少金属が、つぎ込まれていることは間違いなさそうだ。

 流石に、〈スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉と互角とまでは行かないだろうが、下手な〈神器〉(ゴッズ)アイテム以上の格はあるだろう。

 だが、それにも増して気になるのは、その呼び名である。

 

「〈バカの剣〉ですか?」

 

 玉座の上で首を傾げるモモンガに、ラドはこれまでのお返しとばかりに自慢げに説明を始める。

 

「はい。この剣のコンセプトは、バカが頭を空っぽにして振り回していても、それだけで誰にでも勝てる、ってことだったんです。だから、この剣には特殊な能力は何もありません。

 ただ、頑丈で、〈伝説級〉(レジェンド)の平均程度に切れ味が良くて、ある程度魔力帯びているというだけ。他のデータ容量は全部、〈耐性無効〉につぎ込んであります。

 だから、レイスのような物理無効の敵も、上級精霊のような特定の属性じゃないと基本ダメージを与えられないような敵も、この剣なら、なーんも考えずにタダ振り回していれば、勝てる。

 ただし、本人の地力が、敵に勝っていれば。という武器ですね」

 

 もちろん、ワールドアイテムは別だ。他にも、一種類の防御に特化した〈神器級〉(ゴッズ)アイテムなどでも分の悪い相手ではあるだろう。

 

「なるほど、だから〈バカの剣〉ですか」

 

 感心したように頷く魔王に、勇者は今更ながら思い出したように、最後のロールプレイを始める。

 

「そう。つまり、この剣ならば、魔王モモンガ。貴様を斬ることも可能なのだ」

 

 そういって、〈バカの剣〉を構える勇者様に、魔王は玉座に座ったまま、さも見下したように骨だけの首を傾げてみせる。

 

「ふむ、だがそれも当たればの話であろう。所詮は脆弱な人間のみ。その剣が私の命を削りきるより、我が魔法がお前の命を刈り取る方が遙かに早いと思うのだがな」

 

 そう言って、モモンガは右手の持つ黄金の杖〈スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉を掲げて見せた。

 

「ていうか、私の防御スキルは、上位物理無効化ですからね。60レベル以下の攻撃を無効化するだけですから、カンストレベルのラドさんなら、素手でも普通にダメージが通るんですけどね」

 

「ちょっと、モモンガさん!? 最後の最後で、もりさげないでくださいよ!」

 

 身も蓋も無いことを言うモモンガに、勇者ラドは今更羞恥心を思い出したのか、焦ったような早口で抗議する。

 

「ははは、すみません。つい。でも、良いんですか、ラドさん? 残り時間、もう一分ちょっとしかありませんよ?」

 

 モモンガの言葉に、コントロールパネルの時計に目を向けたラドは、少し迷った後で声を発する。

 

「あ、本当だ。でも、出来ればどうせなら最後の瞬間は、〈勇者対魔王〉で終わりたいんですけど、ご迷惑ですかね?」

 

 ラドの言葉に、モモンガは笑みのアイコンを浮かべて、首を横に振る。

 

「いいえ、それならこちらも望むところですよ。ちなみに、もう残り一分を切りましたよ」

 

 そう言って、モモンガは玉座から立ち上がり、壇上で黄金の杖を構える。

 

「はいッ。コホン……では、行きますよ。

 追いつめたぞ、魔王!」

 

 時計を確認しながら、勇者はそんな下手な台詞をぶつける。

 

「面白い、勇者ラドよ。〈ナザリック最奥〉たる、ここまで来たのは貴様が初めてだ。褒美を取らせる」

 

 モモンガも、そんな台詞を返しながら、時計を確認する。正真正銘最後のロールプレイだ。最後の最後で、台詞を言い切れなかったりしたら、目も当てられない。

 

「褒美だと! 俺が欲するものは、ただ一つ。魔王、貴様の首だけだ!」

 

 残り三十秒。

 

「そう、それこそが褒美よ。我が無双の軍勢が総掛かりでは、いかな勇者と言えども、万に一つの勝利もあるまい。それでは白ける。

 だから、褒美として、私が一人で相手をしてやろうではないか、これならば、万に一つくらいの勝算もあろう」

 

 残り二十秒。

 

「魔王! その傲慢、地獄で後悔しろ!」

 

「させてみせろ、勇者」

 

 残り五秒。

 

「いくぞ!」

 

「こいっ!」

 

 残り0秒。

 

 そして……

 

「お下がりください、モモンガ様!」

 

「行くよ、ラド! みんなの力で魔王を倒すんだ!」

 

 全く聞き覚えのない二種類の女の声が、魔王モモンガの隣と、勇者ラドの後ろから、それぞれ聞こえてきた。


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