オーバーロード【その者、勇者につき、注意】   作:ミタライ

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一章1〈困惑と状況把握〉

「は?」

 

「へ?」

 

 魔王と勇者が、揃って間の抜けた声を発する。

 当然と言えば、当然だろう。

 そもそも、モモンガとラドの感覚でいれば、今、ここに、まだ、自分たちが存在していることがおかしい。

 サービス終了時間である、0時00分00秒に合わせて、会心の勇者と魔王のロールプレイをばっちり決めて、気持ち良く強制ログアウトを食らうつもりだったのに、なぜ自分たちはまだ、キャラクターのアバターのまま、この場に残り続けているのだろうか?

 

「ええと、サービス延期?」

 

「最後の最後で運営がやらかした?」

 

 キョトンとした顔で向かい合う魔王と勇者が、そんな呑気な推測を言っていられるのも、それまでだった。

 そもそも、サービス延期や運営の失敗で、サービス終了時間が延びることは説明が付いても、二種類の女の声はどうやっても説明が付かない。

 声の主を求めて振り返った勇者ラドは、そこであり得ないものを見る。

 

「嘘だろ……なんで?」

 

「さあ、ここが正念場だよ!」

 

 方形盾(ヒーターシールド)と無骨な長剣(ブロードソード)を構える女戦士が、『大きく口を開けて』発破をかける。

 

「勇者の戦いを、見守ることこそが、我が信仰。勇者ラド。後ろは気にせず、君はただ、前だけを見るのだ」

 

 鈍い光を放つ戦槌(ウォーハンマー)を持つ、男僧侶が『口ひげを揺らして』静かな言葉を発する。

 

「出来るだけフォローはします。無理はしないように、撤退という選択肢もあることを、忘れてはいけませんよ」

 

 真っ直ぐな木の杖の先に、赤い魔力の光を灯した初老の男魔法使いは、あえてこちらを安心させるように『目尻に皺を寄せて』笑顔を作る。

 

「はんっ、まどろっこしいことを考えてるんじゃないよ。あんたが魔王を倒す。アタイ達が、周りの取り巻き共を倒す。ようはそれだけの話さね」

 

 そして、右手で小剣を構え、今にも飛び出しそうな低い体勢で、露出度の高い女盗賊は、『歯をむき出し』にするような、好戦的な笑みを浮かべている。

 

「嘘だろ……?」

 

 豊かな表情と、見たこともないスムーズな動きを見せるNPC達に、勇者ラドは呆然と呟く。

 そもそも、NPCたちがこの場にいること自体がおかしいのだ。彼女たちはあくまで〈拠点防衛用NPC〉。ギルド拠点である馬車からは、出られない仕様になっている。

 例外的に〈防御フィールド〉を張っている間は、〈防御フィールド〉内に限り外に出られるが、ラドは今、その〈防御フィールド〉を張っていない。

 

「わけがわからん……」

 

 ラドのそのつぶやきは、心の底からの言葉だったが、今のラドに頭を真っ白にしているという贅沢は許されなかった。

 

「モモンガ様。栄光あるナザリックの最奥〈玉座の間〉まで侵入者の侵入を許した罪から、免れるつもりは毛頭ございません。ですが、今一時だけ、我々がこの手で侵入者を排除する迄の間、私達が生きながらえることをお許し下さい」

 

 深みのある落ち着いた声色で、そんな物騒なことを言って構えを取るのは、先ほどまで微動だにしていなかった、老執事のNPCである。

 両拳を握り、自然体で構えるその立ち姿は、見惚れるほどにどうのいったものだ。

 さらに、六人の侍女達も闘志と殺意をむき出しにして、それぞれの武器を構えている。

 

 執事が率いるメイド戦闘部隊。

 これはついさっきまでの〈ユグドラシル〉であれば、「おう、執事、メイド隊!」と喜んで相手をするところなのだが、この肌を指すような殺気は、そんな巫山戯た対応を許さない〈生〉の迫力がある。

 

 対するラドの仲間であるNPCも負けていない。両陣営のどう猛な殺気がぶつかり合い、一触即発の状態だ。

 まずい。今、自分たちの置かれている状況は全く理解できないが、このまま暴発させては、まずいことだけは分かる。

 仮に、これが運営のお茶目で、〈ユグドラシル・ロスタイム〉とで言うようなお遊びゲームだとしても、ここで状況も分からずにNPC同士を殺し合わせる意味はどこにも無いはずだ。

 特にラドからするとこの状況は最悪である。

 相手のギルドマスターが、最後だからと特別に招待してくれた相手ギルドの本拠地最奥で、こちらのNPCが暴走し、内部施設や相手側のNPCを破壊、死傷させるようなことがあったら、流石に申し開きのしようがない。

 

 焦って前を向き直るラドは、いつの間にか、モモンガをかばうようにその前に立っている白いドレスの女悪魔――確かアルベドとか言った――の発する殺気に改めて肝を冷やしながら、その背中からひょっこり顔を出す、モモンガと視線を合わせる。

 

 勇者と魔王の視線が合っていたのは、一秒にも満たない短時間のことだったが、それだけでお互いが同じことを考えていると確信できた。

 次の瞬間、勇者と魔王は声を揃えて言う。

 

「「戦闘停止!」」

 

 プレイヤー二人が声を揃えての〈戦闘停止〉命令。

 その効果は瞬時に現れた。だが、それはラドとモモンガが期待するほどのものではなかった。 

 両陣営のNPC達は、一段その殺気の強度を落とし、僅かなりともお互い距離を開いたが、それはとてもではないが〈戦闘停止〉コマンドを打ち込んだNPCの反応ではない。

 

「なぜ止める、ラド。これは千載一遇の好機なのだぞ!」

 

 老執事をにらみ付けたまま、女戦士――ティカが獣のうなり声にも似た、不満げな声を発すると、

 

「なぜですか、モモンガ様? どうか、私達に、この玉座の間を汚すゴミ共を、掃除する許可を」

 

 白いドレスの女悪魔も、あくまでモモンガをかばう立ち位置は譲らないまま、首だけ少し後ろに立つ主に向けて、そういかにも悪魔らしい進言をする。

 

 NPCが命令コマンドに〈反論〉する。

 プレイヤーからしてみれば、これはもう「わけがわからない」、としか言いようのない状態である。

 桔平は朧気に、今自分が、非常に危険な状態におかれていることを感じるが、だからといって、なにをどうすれば分からない。

 だが、この場にいるもう一人のプレイヤーであるモモンガは、ラドほどパニックを起こしていないのか、先ほどまでのロールプレイと何も変わらない声で、重ねて命令する。

 

「駄目だ、アルベド。今しばらく待て」

 

「……はい」

 

 魔王と魔王妃。目の前の光景に、そんな言葉を思い浮かべた桔平の頭の中に、突然、聞き慣れた電子音が響き渡る。

 

〈伝言〉(メッセージ)?)

 

 異常事態が続く中、〈ユグドラシル〉の常識に則った現象に遭遇した桔平は、すがりつくようにその〈伝言〉を受けた。

 

『はい、もしもし?』

 

『ラドさんですか? 私です、モモンガです』

 

 ギョッとして見るが、壇上のモモンガは、元が骸骨のため表情は分かりづらいが、見たところ〈伝言〉の声色とは違い、魔王らしい悠然とした仕草を崩していない。

 

『モモンガさん!? なんでわざわざ〈伝言〉で?』

 

『正直現状は、まったく把握できていませんが、〈彼女たち〉の前で、私達が親しげに話をしない方がよさそうだと思ったので。ラドさんも、言葉に出すときは、勇者のロールプレイでお願いします。

 私からはGMコールが利きませんでした。強制終了、公式ホームページへのアクセス、ラドさん以外のプレイヤーに向けた〈伝言〉も不発です。ラドさんはどうですか?』

 

 桔平は心底感心した。

 自分が狼狽して頭を真っ白にしている間に、この人は、GMコールや〈伝言〉の魔法で、状況確認をしていたのか。

 流石に、社会人経験の長い人は違う。冷静だ。

 

『すみません、俺はまだ試してません。ちょっとやってみます』

 

『あまり時間が無いので、GMコールと〈伝言〉を一回ずつでお願いします』

 

『分かりました』

 

 桔平はすぐさまその指示と実行したが、結果はモモンガと同様であった。

 

『駄目です、モモンガさん。こっちも繋がりません』

 

 モモンガもその答えを予想していたのだろう。さほど、落胆もせずに〈伝言〉を返す。

 

『やっぱりですか。これは、本格的におかしいですね。ラドさんも現状がおかしいことは、認識していますよね?』

 

 モモンガの言葉に、ラドは一瞬頷きそうになったが、どうにかそれを堪えて、勇者らしくドレスの悪魔と、その後ろの魔王を睨みながら、〈伝言〉を返す。

 

『はい。時間になっても強制ログアウトが起きない。NPC達が勝手に動く。全員リアル並に表情が動く』

 

『ログアウト出来ないだけなら、システムの異常ですむ話ですけれど、それ以外はちょっと説明が付きません。表情だけじゃなくて、衣類の動きも自然すぎてゲームとしては不自然ですし、絨毯を踏んだところがへこんで、影が出来てたりしているんです。こんなの、世界中のスーパーコンピュータを連結しても、再現不可能ですよ』

 

 すごい。この人はそこまで、観察していたのか。

 改めて、感心しながら、桔平はこちらからも追加の情報を出す。

 

『モモンガさん。そもそも俺、今、馬車の〈防御フィールド〉を展開していないんです』

 

 敵対という形ではあるが、付き合いの長いモモンガは、勇者ラドのNPC達が外に出られる条件を正確に把握している。

 

『……本格的におかしいですね。とにかく、どうにかしてこの場の収拾を付けないと』

 

 モモンガの言葉はもっともだが、だからといって、どうすれば良いのか分からない。

 

「ラド、いつまで睨み合ってるんだい? 何を躊躇っている?」

 

 睨み合いの状況にじれたのか、女戦士のティカは不満を隠さない声で、そう勇者に問いかける。

 

「…………」

 

 相対している老執事は、不満の言葉を漏らすような行儀の悪いことはしないが、一時は静まっていた闘気と殺気がいつの間にか、最初の頃と同じくらいまで高まっている。

 それは、老執事と女戦士だけに限った話ではない。

 六人のメイド達と白いドレスの女悪魔も、女戦士以外の勇者の仲間達にしても同様だ。

 駄目だ。現状維持は、もう限界だ。

 

『とにかく、こっちのNPCは魔王の部下として動いていますし、そちらのNPCは勇者の仲間として動いています。現状で、私達が和解するのは、拙いでしょう。下手をすると私達二人が、両方のNPCから袋だたきにあう。なんとか、魔王と勇者のロールプレイの延長線上で、この場を納めるしか』

 

『勇者と魔王のロールプレイって、さっきまでのは、どう考えても最終決戦じゃないですか。どうやって納めるんですか?』

 

『……どうしましょう? 流石に、この場で和解、はあまりに不自然でしょうし。完全に解決は出来なくても、せめて一時的にでも、両陣営が距離を取ることが出来ればいいんですが』

 

 これまでモモンガが観察したところ、どちらのNPC達も、相手陣営に対して敵意をむき出しにしているのであって、それぞれ作り主であるプレイヤーには忠誠なり、友情なりを抱いているように見える。

 モモンガとラドと、両陣営のNPCが、同じ場所にいるから拙いのだ。

 モモンガと〈ナザリック〉のNPC。ラドと〈勇者の砦〉のNPC、という形に分離できれば、とりあえず一息つけそうな雰囲気に思える。

 

 そんな、モモンガの言葉を付けて、桔平がすぐさまアイディアを出したのは、やはりまだ、ここを〈現実〉と考えていなかったからなのだろう。

 

『あ、それなら、いっそさっきのロールプレイをそのまま続けましょう。俺〈死に戻り〉しますから』

 

『なるほど、その手がありましたか』

 

 一方、モモンガがその提案を即座に受け入れたのは、桔平同様〈現実〉という認識が薄かったのもあるかもしれないが、ひょっとすると、すでにこの時〈アンデッド〉の思考に心が侵食され始めていたのかも知れない。

 ともあれ、方針が固まれば、後は実行するだけだ。

 

 モモンガは、空いている左手で、目の前に立つアルベドの肩を掴み、グッと横にずらした。

 

「どけ、アルベド」

 

「モモンガ様?」

 

「先ほど、私が言った言葉を聞いていなかったか? これはここまでたどり着いた勇者への〈褒美〉なのだ。この者は私が一人で倒す」

 

 それは、モモンガにとっても、内心で心臓(?)がバクバクするくらいに緊張しながらの言葉だった。

 だが、モモンガの内心など知るよしもない、ドレス姿の女悪魔は、ハッと息を呑み悲しそうな顔で反論する。

 

「そ、それはもちろん、聞いておりました。ですが、危険です。偉大な御身に、万が一のことがありましたらッ! どうかお考え直し下さい!」

 

(聞いていたのか。その台詞は、まだ〈ユグドラシル〉が正常に動いてきた時に言った台詞だよな。あの頃から普通に記憶がある? それなら、俺とラドさんが仲良くしていたことも覚えていそうなものなのに。どういうことだ?)

 

 疑問の尽きない魔王だが、今はこの場を収集させるのが先だ。

 白い悪魔を横にどけて、壇上からこちらを見下ろす魔王を、勇者ラドは壇下から睨みあげると、大きな声で後ろに控える仲間達に告げる。

 

「そういうことだ、みんな。これは、俺と魔王の一騎打ちだ。みんなは手を出すな!」

 

 勇者の言葉に、仲間達は烈火のごとき怒りを露わにする。

 

「なに、馬鹿なことを言ってるんだい!?」

 

「勇者ラド。ここは、格好を付ける場面では無いぞ」

 

「目的を達するため、もっとも確率の高い手段を執るべきではないですか、ラド?」

 

「ざっけんな! んな、馬鹿な戯れ言に付き合ってられっか!」

 

 その反応は、どう考えても、人工知能のものではない。

 生身の人間だとしか思えない、NPC達の言葉に、ラドは少したじろぎながら、予定していた反論を返す。

 

「いや、これが一番確率が高いんだ。忘れるな、みんな。〈ナザリック〉の戦力は、ここにいるだけじゃないんだ。俺たちは第一層から第九層までを、総なめにしてここまで下りてきたわけじゃ無いんだぞ」

 

 勇者ラドのその言葉を、魔王モモンガがフォローする。

 

「左様。貴様達が、一騎打ちを拒絶するというのならば、こちらも〈ナザリック〉全勢力をもって迎えるまでだ。

 アルベド。もし、勇者以外の者が攻撃に転じたときには、お前も助勢してよい」

 

「はいっ」

 

 魔王の言葉に、それまで心配そうに唇を噛んでいた白い悪魔は、口角をグッと持ち上げた、色っぽくもどこか不吉な笑みを浮かべた。

 

「セバス、お前はすぐさまその場を離脱して、各階層守護者達に連絡を入れるのだ。プレアデス達は階層守護者達が到着するまで、その身を挺して時間を稼げ」

 

「はっ、承知致しました」

 

 どうやら〈プレアデス〉というのは、六人のメイドの総称のようだ。綺麗な名称なので、間違いなく命名者はモモンガではあるまい。

 モモンガの命令に、老執事――セバスと、六人のメイド達は、決意も新たに返事をする。

 この期に及んでは、ラドの仲間達も悟らざるを得ない。

 ラドの言うとおり、魔王の気まぐれに付き合うのが、もっとも勝算が高いのだと。

 

 かくして、魔王と勇者の一騎打ちが始まった。

 

 

 


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