ーーーこれまで生かしてくれた皆と、これから生まれる我が妹に捧ぐ。
R・Scarlet
時々、夢を見る。
混濁した意識下で、誰かの腕の温もりの中に自分がいたのを思い出したかのように同じ夢を見るのだ。
いつも同じ夢の内容。夢は目覚めれば忘れてしまうとはいうが、その夢だけは、くっきりと脳裏に焼き付いている。
そのくせ夢だと気付いた途端、その世界から私は意識を手放してしまうのだ。
顔の映らない女性に抱かれ、顔の映らない男性に顔を覗き込まれる。
これは、一体なんなのだろう。
意識が闇に溶けていく。
意識が闇に溶けていく・・・
溶けて・・・
溶けて・・
溶ける
「また、か・・・」
ふとした衝動で目が覚める。またあの夢を見ていたらしい。脳裏に既にお馴染みとなった光景が、実際に体験してきたことのようにありありと蘇る。
身の回りに何か変わった様子はない。よく知った身体、よく知った感覚、よく知った天井・・・まあ、目を覚まして初めに視界に飛び込んでくるのは、天蓋のベットに描かれた幾何学的な模様なのだが。
目をこすりカーテンをちらりと開ける。焼け付いてしまいそうな灼熱のもたらすチリチリと嫌な明るさに、思わず身を竦めてしまう。
不愉快な朝だ。寝たのは夜で、眠りから覚めれば朝になるのは当然の帰結だが。
こうして私はいつも朝に目覚める。吸血鬼としては人間のように夜に眠り、朝に起きるのは珍しい、らしい。
吸血鬼とは文字通り夜の帝王である。比喩でもなんでもなく、暗闇と月明かりの下では同族を除き、何人たりともその脅威となり得ない。
圧倒的な力と体力を持ち合わせ、永い時を生き、高い自己再生能力まで備えた妖の頂点。
人妖を喰らい、人妖をまとめ上げるパワーバランスの最上位種。
それが、吸血鬼という種族に天が与えた立ち位置であった。
私も一応その優良種の末端ということになる。吸血鬼『らしい』吸血鬼と言えるかというと、甚だ疑問の残る話だが。
そもそも、私は吸血鬼としては如何ともし難く力に欠ける。物理的な方向に対してだ。
それだけでも吸血鬼としては疑問符をつけてしまえるようなポンコツ性能であるほどのことだが、さらに私の吸血鬼としての価値を落とす事実が横たわっていた。
私には、父と呼べる存在がいなかった。
何もないだだっ広い部屋に、ポツリと置かれた豪華絢爛を装う天蓋ベッドが寂しさをより強める。相変わらず大きな家に人の気配はない。
いや、完全にないというわけではない。住居に対して住んでいる人数が少なすぎるというだけだ。
母1人、娘1人、それと何人かの従者。
都合100人はゆうに住めるであろう屋敷に住む人数としては、明らかに少ない。
吸血鬼の社会において、強いのは男である。所謂男尊女卑というやつだ。
とはいえこれは当然の帰結と言えるだろう。
吸血鬼を吸血鬼たらしめるもの、それは圧倒的な力による支配である。
時には人間と、また時には別の種族と、その矜持を賭けて争うことが運命付けられていると言っても差し支えない。そういった時、矢面に立って火の粉を振り払うのは、力の強い男の役割だというわけだ。
勿論、種の生き残りを賭けた争いである以上、男女に関係なく戦場に赴くことは多い。私のような例外を除けば、女だから戦えないなどという軟弱な種族ではない。
だが悲しきかな、主力は男なのだ。それ故に吸血鬼は男児が生まれることをことに喜ぶ。
そして子供は父親の力の庇護のもとで成長する。後ろ盾となる父があってこそ、初めてその家族は一族の一員として認められるというわけだ。
ならば、父のいない私はどうなるのか。
身一つで認められるには余りにも非力だという自覚もある。残念ながら非才の身で、特別な何かを持っているわけではない。
幸いにして母の出自はとても良い血族なのだという。それにあまり構ってもらえないが、母の手一つで育ててもらっていることには感謝するしかない。
それだからか、自分自身が父なし子故の苦労を感じたことはあまりない。
いや、たった一つだけ、その弊害があると言えるかもしれない。
レミリア・スカーレットは、愛を知らなかった。
記述は次のページに続いている。