きっと力になってくれるわ。・・・たぶん。
俄かには信じられない話をしよう。
今からおよそ1000年前、吸血鬼という種族が勃興してすぐのことだ。
今となっては伝説として語られることの多い古代の吸血鬼だが、その存在は決して偉大なものでもなく、矮小な思惑と人間じみた欲望にまみれた、力だけを持ったくだらない低俗な存在であったのだ。
吸血鬼の始祖、その男の名をドラ・キュラという。
生まれは人間であり、とある王家の剣としてそれなりに誇りある地位に就いていたらしい。
戦場で、卓上で、彼はそれなりに働き、それなりの信を得て、それなりの人間として周りからの評価を受けていた。
そんな彼が変質したのは、もう何度目かもわからない戦場でのことだった。
唐突に血を求め始めたのだ。
敵を殺してまわり、その屍に口を濡らす。
彼は血を求めるあまり、人間から人ならざる者へと変わっていった。
それからというもの、国は凄まじい勢いで混乱へと堕ちていくことになる。
口に牙を生やし、狂ったように血を求め、偶然居合わせてしまい血を吸われたものは、血がなければ生きていくことのできない、同属たる吸血鬼になってしまったのだ。
吸血鬼とは文字どおり、鬼がかった狂気によって生まれたのであった。
ドラ・キュラは確かに狂気にまみれた存在であった。しかし、その被害者たる他の吸血鬼が同じように気が狂ってしまっていたかといえば、 別にそういったことはなかった。
ドラ・キュラ自身の不死身のごとき恐ろしい生命力によって人の枠を出たことに起因するのか、吸血鬼となってしまった者は皆長い寿命と大きな力を手にしていた。
その中の1人に、ウラドという男がいる。
ウラドはフランク王国の人間であった。吸血鬼になってから暫くは1人で旅を続けていたが、同じく吸血鬼となった被害者たちが徐々に集まり、そのコミュニティのリーダーとして知恵と力を発揮していた。
彼はその後、ドラ・キュラを討つことになる。
その最期は凄惨なものだったと言われている。詳しい記録は全くと言っていいほど残っていないのだが、ドラ・キュラは自らとほとんど変わらない力量の吸血鬼10人を相手に全身を引き裂かれて死んだ。
ヨーロッパ全土を巻き込んだ騒動の幕引きは、とてもあっけないものだった。
そのままウラドを中心とした吸血鬼の一族はいくつかに分かれて生活をしていた。ウラドは3人の子供に恵まれ、その居城は今もスカーレット家の本流であるツェペシュ家が住んでいる。
長男、ウラド二世。次男、リース・ツェペシュ。
そして彼らの姉にあたる私の母、アイリー・スカーレットである。
「・・・」
母の部屋に繋がる唯一のドアに手をかけてから十数秒。
ドアが開かない。
「ねえリリア」
「・・・何でしょう、レミリア様」
「なんでドアが開かないんだと思う?」
嫌な予感が頭をよぎる。自分で言ってしまうのもどうかと思うが、私の勘はよく当たるのだ。主に悪い方は。
「さあ・・・分かりたくないですかね」
「奇遇ね、私もよ」
ドアの向こう側に広がる凄惨であろう光景が頭を流れ星のように流れる。願いを3度唱える暇はなさそう。
どうしようもないけど行くしかない。
「・・・開けるわよ」
2秒後、私はそのドアを前に押したことを嫌というほど後悔することになった。
瓦礫の山を一通り片付けるのに5分。
呼び出されてわざわざ行って、やることが片付けとは理不尽にもほどがあるだろう。
ドアの上に置かれ、今にも落ちそうな棚を支えるために、何かをつっかえさせていたらしい。
「いやー・・・悪いわね、レミリア」
吸血鬼としても長身の大きな蝙蝠羽を持つこれが、私の母。
アイリー・スカーレットである。
こんなんでも世界で有数の魔女らしい。弟子であるリリアがこうも優秀なのだから、それも間違っていないのだろう。頭が痛くなりそうだ。
私にとっては唯一の肉親になるのだが、正直に言って育ててもらった記憶はほとんどない。
父親もおらず、母親はこんなもので、育児とは一体何なのかを問うてみたい。この母親と議論するだけ時間と労力の無駄だと知っているが。
しかし、本当に幼い頃の記憶が存在しない。気づいた頃にはもうあの自室で1人で過ごしていた。食事の時と何日かに一度顔を合わせるだけの存在。それが私の母だった。
「悪いわね、と思うなら自分で何とかできる範囲にしてお願いだから」
「善処するわよ」
「しないでしょ」
年甲斐もなく、悪びれもせずにへへへと笑う母親を、私は軽く怒りを込めて拳をおろす。
物語に登場する魔法というものはとても便利なものに見えるが、実際のところは小回りが全く効かないらしい。
言い換えればコスパ劣悪。
片付けや料理も自らの手でやるほうがよほどのことがない限り手早く済むのだ。
「・・・んで、貸してやった魔道書は結局読めたの?」
「全然ダメね。端書きの部分ですら読むのが精一杯よ」
「あら、やっぱりそうよね。ま、多少なり読めるのなら適性がないわけじゃないのだし、手ほどきぐらいはしてやるわよ。母親なんだし」
「嫌よ恐ろしい。貸しを作るってだけで何されるか分かったもんじゃないわ」
魔法を学ぼうと思ったのは単なる気まぐれだ。スカーレットの吸血鬼は周囲の統治にはほとんど関わっていない。故に特にすることもなく、しかし無為に生を過ごしてしまうのも勿体無いし、ならばなにか学んでみるかと思い立ったというだけだ。
しかし、母に手ほどきを受けるというのなら話は別だ。
はじめに言っておくが、別に私は母のことが気に入らない訳ではない。
ただ、それは対等な関係としての話であって、親子としてのことではない。
母が親としての関わり方を知らないのであれば、私は子供として親に頼るということをしてこなかった。
それは半分は意趣返しであり、半分は私の意地だ。
「・・・残念ね。」
呟かれたその言葉に私は耳をふさぐ。
「ま、貴女の言い分もわからないわけじゃないしね。意地っ張りなとこは私にそっくりだわ」
「悪かったわね意地っ張りで」
「いいのいいの、そういう所がらしくていいわ。誰かに頼るのは私も好きじゃないもの。気が向いたらでいいわ」
至ってドライな反応。その方が私も楽でいい。
年の離れた友人、程度の認識が私にとっては一番理想なのかもしれない。
「それで、なんで私を呼んだのよ」
「・・・・・・ああ」
「忘れてたでしょう」
「忘れてない忘れてない。これを渡そうと思って。メイド達も知らないって言うし、リリアの物でもないってことは貴女のでしょ?」
そう言って私に渡されたのは、麻で編まれた手拭い。
一度も見たことないのに、なんだかとても懐かしい気がして。
私の意識は、再び深層に落ちることになる。