通貨関連はめんど……ゲフンゲフン、正確な表現が出来ないと思うので現在と同じくらいで考えておいてください。
くぴ、と小さく喉を鳴らす。御猪口を置いて溜め息を流した。永江衣玖は、久し振りの酔っ払う感覚に気分を良くしていた。
夜雀だという女将にオススメを幾つか頼めば、前菜の冷やしトマト、ご飯代わりにおにぎりと、おかずにモツ煮とそれとヤツメウナギの蒲焼きだ。メニューを見てからビールを一つ頼むことも忘れなかった。商売上手め、と皮肉も一緒に。
日が沈んで夏の暑さは鳴りを潜めて、風が涼しい今晩の幻想郷は特になんの異変もあるわけでなく、人も妖怪も平和に過ごしていた。
まず、冷やしトマトを食べよう。輪切りにされたトマト丸々一つ。女将の気分で変わる味付けは、今日は麺つゆのジュレなんて、おしゃれなものだった。食べれば、当然美味しい。キンキンに冷えたトマト、あっさりとしたつゆの味、食べて美味いし、なにより、ビールに合う。グイ、とグラスを傾けて冷たいビールを流し込む。口から離したときにはもう7割ほど飲みきっていた。
「こんなに飲んでしまうのも全て貴女のせいですよ」
「ふふん、上客様ですもの。美味しいって褒めて欲しいわ」
「二度目の来店で上客だなんて、閑古鳥御用達のお店というわけでもないのでしょう?」
今は衣玖の他に客はいないが、まさか普段からこうというわけではないだろう。というか、この屋台が流行ってないというなら人里へ行って客を引きずってくるまである。
「まさかまさか。手前味噌だけど、人妖問わずの人気店よ。けど、その中でも一度の会計が5桁を超えるなんて稀も稀。衣玖さんは立派な上客様よ」
「ええ、貴女の料理はとても美味しいですから」
トマトを一口。残ったビールを飲んで、追加でもう一杯。
夜はまだ始まったばかり、まだ月も上りきっていないような時間だから、衣玖は受け取ったビールを一息で半分流し込んだ。
流れるようにもう一杯注文した永江衣玖は、上客であると言えるだろう。
隣、いいかな。そんな声に振り返れば凛とした少女がいる。青いメッシュの入った銀髪は腰まで届こうかという勢いで、胸元の大きく開いた青い服が屋台の明かりに照らされる。
しかし、美少女だ。幻想郷には美男美女しかいないのか、自らの狭い交友関係に限定したって、醜い顔なんてそうそういない。特別美しいというわけじゃなくても、優しくて明るい伊達男も、聞き上手褒め上手ないい女もいる。なんとも、幻想郷は目と心の保養に良い場所だなぁ、なんてことを思いながら衣玖はモツ煮をつついた。
それにしても、彼女はなんで変なスカートをはいているのだろう。帽子も。
帽子は六面体と三角錐が高速で正面衝突したような変な形状だし、スカートは何重になってるのかわからないほどのレースが付いている。歩きづらくないのだろうか。自分のことを棚に上げて衣玖はそう思った。しかし、それを外に出すようなヘマはしない。空気を読める衣玖は素直に思ったことが口から出てしまう天人とは格が違うのだ。
「どうぞ。あ、ミスティアさん。ビールと蒲焼きください」
「ありがとう。では女将、同じく蒲焼きと麦酒を」
「はい、蒲焼きと麦酒ふたつですね。少しお待ち下さいね」
女将はビールを取りにチルノ式の氷室へと引っ込んでいった。多少の菓子と引き換えに、夏でもキンキンに冷えたビールを提供できるこの氷室は随分とエコロジーなシステムだった。
パチパチと燻るような火の音の奥で鑿で氷を削る音がした。チルノ式の難点は、冷やしたい物がスレッジハンマーのように(直喩)なってしまう事だろうか。開き直って護身用に良いかもしれない。
「いやぁ、最近の暑さは酷いですね」
「ええ、そうですね」
隣の女性が待ち時間を暇に思ったのか、後手に神を結わえながら話しかけてきた。衣玖もモツ煮もおにぎりも食べ終わり、グラスは空。冷めても美味しい蒲焼きだって熱々だった頃に食べ終わって少し休んでいたところだった。
「ここは初めてですか?」
「いえ。と言っても二回目ですが」
衣玖がそう言うと、良い事を思い付いたとばかりに少女は笑った。快活な笑みだ。そうしながらも彼女の髪もポニーテールに姿を変えていて、それでも月夜には長い青銀の光が映える。
「そうでしたか。では、蕎麦は食べました?」
「……いえ、ないですね。」
この間、上司と二人で来た時の酒で滲んで4割方思い出せない記憶を探ってみても蕎麦という単語は出てこなかった。
「オススメですよ、ここの蕎麦は」
「ふむ…………まあ、蕎麦は〆というイメージがありますから。後のお楽しみとしてとっておきましょう」
「ああ確かに。それは言えますね」
そして二人の仲が程よく深まった頃に女将が戻ってくる。瓶ビールのキャップが開けられて、グラスに注がれる。二人は何も言わず、示し合わせたかのようにグラスを掲げる。
するとしたなら何だろうか。考えるまでもなく答えは一つだ。それは二人の出会いに。
「「乾杯!」」
「────違うんだよ! いや、確かにさ、妹紅とは仲良いけどさ! こう…………レズじゃないんだよ! おかわり!」
ダン、と何度目かわからぬ空のグラスをテーブルに叩きつける音がした。
ばるんばるんしよる一部分からも分かる通り、上白沢慧音は衣玖よりも大分早く酔っ払った。彼女はどうやら泣き上戸らしい。
女将もほとほとと苦笑いを浮かべながら慧音の前にビールの入ったグラスを置いた。
「なにさ、ショタコンロリコンだとか、レズフ○ックとかさぁ!? ああ、確かに妹紅は女の私から見ても可愛いしさ! 生徒達もみんないい子だよ! けど、違うじゃん! 私、罪深すぎるじゃんそれ!」
「ええ、分かっていますとも、慧音さんは素晴らしい人格者ですよ。みんな誤解しているだけですものね」
優しく背中をさすると慧音の目尻のダムは決壊して、乳と腕を枕に机に突っ伏して泣き始めた。ポツリと涙声で呟いたのがこれ。
「衣玖さん優しい…………ダメになる…………うへへへへ…………」
流石に酷すぎやしないかと、ソクバ異界の脅威度を5段階ぐらい上げておく。
これにはTNTNTNTNと飽きるほどに鳴かされている女将も苦笑いしか返せずに、火の調節へと逃げ出した。
「そ、そうだ慧音さん! 蕎麦食べましょう! 蕎麦! ミスティアさん、蕎麦二つ下さい!」
「あ、はい! かしこまり! 時間が掛かりますから、おつまみでもどうですか?」
「慧音さん、おつまみですって、どうします?」
衣玖が明るくそう言うと、慧音の頭部がピクリと動く。
もぞもぞと芋虫のように緩慢な動きで、涙でべちゃべちゃな顔を上げた。とりあえず人様に見せられるような顔じゃなかったのでハンカチで拭いて、ついでに鼻も擤ませた。
「板わさ……と、焼酎」
ぼそりと幽鬼のような声で呟いて、グラスのビールを一息に飲みきった。まるでぐい呑みか、お猪口かと言うくらいの漢飲みに衣玖は思わず感嘆の声を上げた。
ぐずぐずとすすり泣く慧音の姿には、酒を飲む前の凛々しさも何もあったものではない。私生活ダメダメなOLにされたり、行き遅れにされたりと、衣玖は多少センチメンタルになりながらも、まだ自分はマシだったかと嘆息してしまう。
時間にして30分ほど、もそもそと板わさをのんびり食べていた慧音の皿が空になる頃には、もう慧音の涙も止んでいた。
「はい、蕎麦二つお待たせしました」
カウンター越しに、夜雀の可憐な声が聞こえた。蕎麦蒸籠が二つ、黒塗りの艶やかな正方形が衣玖と慧音の前に置かれる。そのすぐ後に、薬味皿と関東風の濃いつゆが運ばれる。早めに召し上がって下さいねと、女将の言うことには伸びて風味がなくなるからだそうな。
何もつけずに一口だけ食べてみれば鼻の奥まで通るような蕎麦の香りが立つ。つるりと喉を通る感触も素晴らしい。衣玖は音が立つことも厭わず、夢中で蕎麦を啜った。
全て食べ終わる頃には酔いも少しは覚めた。慧音は恥ずかしそうに頬を染めて顔を逸らす。また、気まずげに頬を掻いた。
「衣玖さんには初対面で恥ずかしいものをお見せして申し訳ない。女将も」
「いいえ。私でよければ、いくらでもご相談下さい」
「ふふふ、こちらも可愛い慧音さんが見られて良かったですよ」
「可愛っ…………お、おあいそ!」
女将の意地悪な笑みに頬の朱を深めて、慧音は逃げ去るように会計をして行った。明日の朝も早いのなら、寝るにはもう遅すぎる時間だ。後数時間もすれば月は沈む。
衣玖もおあいそと、財布を開いた。適当に紙幣十把をカウンターに置いて釣りはいらぬとばかりに飛び去ってしまう。
やはり、永江衣玖は上客であった。
世話焼き衣玖さんはにかみました。えへへっ!
慧音とシリアスは犠牲になったのだ。ウ=ス異本のソクバ異界………その犠牲にな。