おぉばぁろぉど?   作:はんでぃかむ

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帰還~

「おかえりなさいませアインズ様!」

 

 ギルドの指輪で自室まで直接〈転移門〉を開き帰還したアインズのもとへ、アルベドが駆け寄ってきて出迎える。

 

「ああ、ただいまアルベド。街にあまりいいものはなくてな、露天に売っていた串焼きが土産なんだが、すまんな」

「いいえ、アインズ様、わざわざ私なんかをお気遣い下さるなんて身に余る光栄でございます」

「そうか」

 

 アルベドは串焼きを包んだ紙を受け取り、その中身を見て何かを閃いたようにアインズに向き直る。

 

「アインズ様もその串焼きを食べたのでしょうか?」

「いや、私は食べられないのを知っているだろう?」

「たしかにナザリックの食材は食べられませんでしたが、外の世界の物を食べる実験はしていないかと思われます」

「それはそうだが……」

 

 アインズは仮面と眼鏡を外し、自分の骸骨の顔、顎の下あたりを撫でる。ものをかじればそのまま下に落ちていく姿が容易に想像できるくらいにはポッカリと穴が開いている。

 

「アインズ様、どうぞ」

 

 串焼きを持ち上げアインズの口元まで持ってくる。あーんと声が聞こえそうなところではあるが、アルベドの目は真剣そのものだ。

 その真剣さに気圧され、一度は試してみないとなと結果のわかりきった実験に付き合う。

 串焼きの一番先に付いている肉を半分ほどかじると、肉を噛み切る食感は確かにわかるが、噛み切られた肉はアインズの顎の下へと落ちてゆく。

 肉を受け止めるために手をかざす、瞬間、アルベドの手がアインズの顎の下目掛けて走る。

 

 間近で100レベルの戦士から繰り出される動きは、アインズの動体視力を持ってしても見切ることなど不可能だ。そのまま頭を後ろに下げるような格好をしてしまうアインズだが、アルベドの手はアインズに触れること無く、噛み切られた肉のみを回収し口元へと運ばれていた。

 

「大変おいしゅうございました、残りは他のものに分けてあげようかと思います」

 

 串の先にあったはずのアインズのかじった肉もいつの間にか無くなっており、残りは再び紙袋に戻される。

 

「そ、そうかそれは良かった」

 

 シャルティアに料理の感想は聞いてある。シャルティアは料理自体の味はわかるが吸血鬼なためか、普通の料理の味をアウラ達のように楽しむようなことはできないと言っていたが、それでも街の料理はナザリックで食べるものに比べると美味しいとは言えないという話だった。

 

 足元から、流石守護者統括殿何も見えなかった、なんて言葉が聞こえたが、同じようなことを思っていたので少しほっとしてしまう。

 

 

×××

 

 

 NPCたちの報告では、周囲の森林には強い魔物は見当たらず、しかたがないので珍しい魔獣を探したこと、獣型のモンスターやゴブリンの皮はマジックスクロールの素材には成り得ないこと、薬草を採取しに来ている者を何人か見つけたことなどがあった。

 そこにアインズが街で調べたことを付け足していき、アルベドにまとめておくように指示しておく。報告の確認で時間を食ってしまったが、リザードマンの集落やセバスの報告にあった魔獣など成果も上がっているので概ね順調だ。

 

 その後、セバスたちが捕まえたという、言葉を話す魔獣をナザリックの表層まで連れて来ているということで、会いに行くことにした。

 

「ぎゃー恐ろしい顔のアンデッドが出てきたでござるよ、殺さないで欲しいでござる、降伏でござる」

 

 表層に転移してから浴びせられた第一声がそれである。言葉を発したと思われる人よりも巨大な毛玉は、仰向けに倒れ腹を見せつけてくる。ユグドラシルでは見たことのないモンスターだ。

 

「あんたねぇ、やっぱり毛皮にしといたほうがよかったかしら」

 

 アウラの言葉にビクリと体を震わせ、セバスに助けを求めるような視線を送る。

 

「これが言葉を話す魔獣か? 捕らえたという割には怪我は無いようだな」

 

 言葉を解するからと言って、獣は獣、ただで着いてくるようなことはないだろう。餌付けをしたという風にもみえないので、弱らぬようにすでに怪我を治しておいたのかもしれない。

 

「それが、すこしばかり殺気を向けたところすぐさま降伏いたしまして、戦いの末に捕らえたというわけではございません」

「そうか……、セバスとりあえずそいつを立たせてくれ」

 

 畏まりました、と倒れている魔獣を掴みあげ直立させる。

 魔獣は「引っ張りあげられたのも、持ち上げられたのも今日が初めてでござる」と言いながら驚きの表情を浮かべていた。

 

 ゴブリンの言葉もちゃんと意味がわかる世界ということには驚いたこともあったが、魔獣が言葉を喋るというのは不思議な感覚だ。ただ、街の人間の言葉と口の動きが一致していなかったのも確認しているので、言葉はすべて翻訳されて伝わるということだろう。

 獣人であればまだわかるが、異形のように人型と獣型へ完全に変体してしまうものやペロロンチーノのように元の動物がない、人間に翼がついたものでなく鳥なのに手足と翼があるようなものがこの世界にいたとしても、ちゃんと言葉が通じる可能性があるというのはかなりありがたい。スライムみたいなものとも会話できるのだろうか? アウラの魔獣やマーレのドラゴンが喋れるようになっているかも確認しないといけない。

 

「これは、ハムスターか? それにしては大きすぎるような気がするが」

「それがしの種族を知っているでござるか?! この森に生まれてから同じ種族のものを見たことがないのでござる。もし知っているなら紹介して欲しいでござる」

 

 恐怖で体を縮めていたはずの魔獣は、己の興味に正直なようですぐさま立ち直り元気になった。

 

「いや、お前と似た姿の動物は知っているが、そいつは大きくてもせいぜい手のひらに乗る程度しかないのだ、すまんが力になれそうにはないな」

「そうでござるか、それは無理でござるな……種の保存は生物としての使命であるがゆえに、残念でござる」

「とりあえず名を聞いておこうか」

「それがしは森の賢王と呼ばれているでござる!」

「おお、お前が森の賢王か街でも聞いたな! それでこのあたりにはお前のように言葉を話せる魔獣なんかもいるのか?」

「それがしのナワバリにはいないでござるなぁ、ナワバリの外にはでたことがないので他のことはよく知らないでござるよ」

 

 どこか嫌な予感を覚えながらも、いくつか質問をしてみたが。名ばかり賢王で、ほとんど物を知らなかった。唯一確認できたのはユグドラシルのモンスターと同じように数個魔法が使えるということくらいだ。

 

「こいつは、どうするか」

「殺しちゃうんなら毛皮がほしいなって思うんです」

 

 驚きと怯えの混ざった顔でアウラを見る森の賢王。

 

「お姉ちゃん、デミウルゴスさんがさっき言ってたんだけど、皮を剥いでから加工しちゃえば、治癒魔法を掛けても皮が消えないんだって。だから毛皮ならいっぱいとれるね」

 

 驚愕と恐怖の顔でマーレに向き直る森の賢王。

 森の賢王という呼び名が煩わしく思えてきた。

 

「と、殿ぉ、拙者は殿に忠誠を誓うでござる、絶対でござる! だから皮を剥ぎ続けるのはやめて欲しいでござる、死ななくてもそれは嫌でござる」

 

 触れないまでも手を伸ばしてくる森の巨大ハムスターが非常に哀れに思えた。恐ろしい顔のアンデッドを一番安全だと思ったのだろうか、それとも一番偉いと判断したのか、その目に涙を浮かべアンデッドに救いを求めていた。

 そっとその魔獣の頭に手をやり撫でてやる。「と、殿ぉ」なんて言葉が聞こえてくる。巨体ではあるが可愛らしい魔獣を撫でている気分と言葉遣いのギャップにどうしようかと悩む。

 

「まぁ、殺すのも、毛皮を剥ぐのもやめておこう。とりあえず森の賢王という名前は似合っていないからな……アウラ、こいつを任せるので6層で保護しておくこと。ついでに名前もつけてやれ」

「畏まりました、アインズ様。それと、森を探索中に何名かの武装した集団と薬草を採取している者達を発見しているのですが、次に発見した際は接触を図ったほうがよろしいのでしょうか?」

「いや、その必要はない、おそらくそれは冒険者という者たちだろう。街に行った際の報告はアルベドにまとめさせているので、その魔獣を6層に置いた後で確認しておいてくれ」

「……シャルティアも帰ってきてるんですか?」

「ん? いや、あいつは……なんだシャルティアか?」

 

 〈伝言〉の魔法に応える。今、ナザリックの外にいるNPCはシャルティアくらいだ。

 

『アインズ様! 申し訳ございません』

 

「は? 突然謝られてもわけがわからんぞ」

 

『そ、その、街にアンデッドが溢れかえっているんでありんす。ついさっき一旦落ち着いたところで、周りに人間の気配がしなくなっていることに気づいたんでありんすが。窓の隙間から外を覗いたところ、大量のアンデッドが歩いているのを確認したところでして、すぐにアインズ様に連絡をと』

 

「状況が飲み込めないが、街がアンデッドで溢れかえってることに気づかずに取り残されているのだな?」

 

『そういうことに……なる、でありんす。わらわもアンデッドだからか、この部屋へと向かってくるようなことも今はないでありんすが』

 

「街の人間はどうなったかはわかるか?」

 

『わ、わかりんせん』

 

「わかった、私もそちらに行こう。そのまま宿屋で待機していてくれ」

 

『畏まりました』

 

「アウラ、6層までいってそいつを置いてこい。その後、私の行った街付近の人間を探すので闇夜に紛れそうな魔獣数体を連れて9階層まで来ること」

 

 シャルティアと別れてからまだ4時間ほど、あの大きさの街をアンデッドで覆い尽くすには早過ぎると思われるような時間だ。

 デスナイト数体を街で暴れさせれば可能かも知れないが、さすがにデスナイトごときで街を支配できるとは思えない。英雄と呼ばれる5位階魔法を使えるものは少なくても、それより低い程度の3位階、4位階を使うものがそれなりの数いれば被害は出るかもしれないが街を支配されるようなことはないはずだ。そこに戦士も加われば更に容易に……今はフレンドリーファイアがあるんだったなそうしたらどう……。余計な方向に思考がそれてしまうのを今考えることじゃないと振り払う。

 となれば、あの街の人間はもとからアンデッドだったという可能性。未知のマジックアイテムによって街全体が隠蔽されていたなんてこともありうるのだろうか。未知のマジックアイテムを警戒しすぎていると、自分でも思う。そんな街ならば出て行く人も入ってくる人もいるのはおかしいではないか。

 街の人間がどうなったのかを確認するため、アウラには念のため見つからないように、見つかっても逃げきれるような用意をして人間探しをしてもらう必要がある。

 

 

 

×××

 

 

 

「それでシャルティア、なぜ報告が遅れた」

「申し訳ございません」

 

 一体どこで知ったのかシャルティアは全身を投げ打ち頭を下げていた。土下座の姿勢である。頭が付いているのは地面でなく二人が立っているのは、この街で一番高いところにある建物の屋根の上だが。

 

「謝罪の言葉が聞きたいのではない。その理由を聞いているのだ」

「あ、アインズ様の御手にずっと触れていたため己の感情が制御できず、ずっと自慰にふけっておりました」

 

 アインズは眼下に広がるアンデッドの黒い海を遠い目で眺め、数は多いがこれで街が制圧できるならデスナイトでも可能だろうな、なんて思いながらシャルティアの答えがなにか違う言葉の聞き間違いでは無いかと考えるが、答えは出ない。

 

「……そうか、するなとは言わんが、任務中は控えてできれば自室でな?」

 

 NPC達から受ける敬愛と畏怖の態度はわかっていたつもりだが、手を握っていただけでアンデッドの感情沈静化まで突破してしまったということだろうか、その辺も調査する必要がありそうだ。

 街全体がアンデッドに覆われているということは、住人が狂乱状態になってけたたましく怒号が飛び交っていたり、避難を呼びかける声が響いていたりしたのではないかと思うのだが、シャルティアは気づかなかったようだ。いや、街全体が一気に侵食されたのならそういった事態も起きていないのだろうか。

 

「この罰は私の命をもって償わせて頂きます」

 

 そう言うと、シャルティアは自らの頭部を掴み、引っこ抜こうとする。

 

「待て! 待て、シャルティア、お前の仕事はまだ終わっていない。罰に関してはとりあえずこの件が終わってからだ。未だ生きている街人間の捜索と救助をしもべに任せてある。私たちはこの事件の首謀者をできれば捕らえておきたい」

「……なぜ人間の救助を?」

 

 半分ちぎれかけていた首はヴァンパイアの特性によってすでに治りかけている。立ち上がると、膝をはたきスカートの形を戻す。ナザリックに一度戻ったアインズ同様にすでに変装は解いている。

 

「この世界にアインズ・ウール・ゴウンの名を広めるために必要なことだからだ」

 

 この世界の人間の程度、どの程度のモンスターを強敵とみなしているか、最高位の魔法が6位階魔法であること、知らない魔法を除けば魔法自体は自らの使っているものと同じ物であることから、もっと精力的に動いても問題はなさそうだと判断した。アンデッドである自分の姿が晒された時のことも考え、この街の尻拭いをして少しでもこの事件の犯人では無いことをアピールしておこうという狙いだ。街の出口はデミウルゴスにすでに包囲させて、怪しい者がいたら捉えるように命令してある。

 

「わかりんした。それで、わらわ達は首謀者を探すとのことですが。一体どうやって探すおつもりかを聞かせていただいてもよろしいでしょうか」

 

「探知魔法を使いたいところだが目標となるものが無いのでな。しらみつぶしにそれらしいところをあたっていくしか無いが、ここから見渡している限りアンデッドは未だ墓地から湧き出ていることがわかる。まずは墓地からだな」

 

 アインズは〈飛行〉の魔法で、シャルティアは眷属を羽に変えて空へと舞い上がる。最初に見つけた村のように、生気の感じられなくなったエ・ランテルの街を目下に、アンデッドの流れを追い墓地へと向かう。

 建物よりも巨大になったアンデッドがいたりしたが、同じアンデッドであるアインズとシャルティアを気にもとめずに、逃げ遅れた人間、生者の気配のする建物を破壊し街を完全に死の都に変えている。

 

 城壁を2つほど乗り越えた先の墓地、その中心ほどの位置まできた。そして、ここで当たりだとアインズは確信した。

 

「とりあえず、打ち込んでみるか。シャルティア、私が魔法を放った後あれを叩き落とせ」

 

 

 

×××

 

 

 

 

 静謐とした墓地の霊廟に、大きな質量を持ったものが落ちてきたような轟音が鳴り響く。

 

 街を覆うだけのアンデッドを召喚し、死の宝珠にも十分な力が溜まったので街に湧く負のエネルギーを集めるための儀式を終わらせようというところでの突然の異変。その場にいた数人の部下とともに音の元へと顔を向けてしまう。

 

「こんばんは、良い夜だな」

 

 その声とともに2人の侵入者が舞い降りていた。一人は漆黒のローブを羽織り、手にはガントレット、顔には仮面をかぶっている。もう一人はドレスのように膨らんだスカートに、赤い瞳が特徴的な美しさと可愛らしさを感じる少女。

 

「だれだ貴様らは」

 

 轟音の原因、上空から監視させていたスケリトルドラゴンの残骸から侵入者へと警戒の視線を向ける。

 

「まともに挨拶も交わせないとは、嘆かわしいことだ。だが答えてやろう、私の名はアインズ・ウール・ゴウンわけあってお前たちを捕らえに来たものだ」

「捕らえるなどと……ばかばかしい。冒険者ではなさそうだが、邪魔をするというのなら殺すしかなさそうだな」

 

 戦闘に移るために、部下たちに一定の距離を取らせ自らは手に持ったアイテムに力を込める。

 

 黒いドレスのようなものを着た少女が、アインズ・ウール・ゴウンと名乗った仮面の男に耳打ちすると、仮面の男は儀式の中心にいた男、ガジットを通り越して後ろにある霊廟へ言葉を投げかける。

 

「奥にも一人いるらしいじゃないか、出てこないのか?」

「あーらバレちゃったぁ、今までだーれも来なくってぇ退屈なお仕事だったからさー丁度よかった。どっちか私の相手でもしてくれるわけぇ? 魔法詠唱者じゃ相手になんないし、私に気づいたっぽいそっちのお嬢ちゃんが相手かなぁ?」

 

 呼ばれてからすぐに出てくるところを見ると、轟音によって異変が起きてからすぐに外を監視していたのだろう。

 

「くふふ。ええ、わらわが相手をしてあげるでありんす。アインズ様の邪魔にならないように、少し離れんしょうかえ」

 

 少女は何がおかしいのか、口角が異様に釣り上がり目元も細く歪んでいる。

 カツカツと普通に歩いているような音と離れていく姿と、その速さが一致しないような違和感を感じさせながら、開けた場所へと移動していった。

 

「ふーん、何者だか知らないけど。その生意気そうな面を歪ませてあげる」

 

 そう言うと身にまとったローブを脱ぎ捨て、霊廟の中にいた女はシャルティアの後を追うように離れていく。

 歩く後ろ姿に体幹のブレはなく、歩幅も一定で自分の身体を知り尽くしているもののそれだ。ローブの中の装備は急所守るものや必要な物以外は身につけず、体を出来る限り軽くしようとしているのがわかる。

 完全に二人の姿が見えなくなるまで、仮面の男は何のアクションも起こさなかった。武器を出す様子もなにか準備しているようにも見えず、ただ周りを観察しているだけのようだ。こちらの伏兵を警戒しているのかもしれない。その姿をみて、笑みが零れそうになるのを隠す。

 

「それではこちらも始めようか、空にいたお前の切り札は潰させてもらったぞ?」

「ははは! やはりスケリトルドラゴンを警戒していたか! バカめ、なぜあれ一体だと思った。死の宝珠よ!」

 

 目の前にいる魔法詠唱者に絶望を味合わせるために、死の宝珠の力を開放する。

 いつでも発動できるようにしてあったアイテムに呼びかけると、地面から一体のアンデッド、魔法を無効化する特殊能力を秘めた、魔法詠唱者では勝ちようの無い相手を繰り出す。

 アインズとガジットの間に壁になるように一体のドラゴンを模った骨の集合体が現れる。

 

「ふむ、そのアイテムで喚んでいるのか。見たこと無いアイテムだ、是非とも回収させてもらおう」

「魔法詠唱者だけでは手も足も出まい! いけ! スケリトルドラゴン」

 

 空から現れたことから、〈飛行〉の魔法、第3位階魔法の使い手であることは間違いないが、共にいたあの少女が、それに見合った戦士だというのであればスケリトルドラゴンを地面に叩き落とすくらいならできるかもしれない。だが今はその少女もいない。スケリトルドラゴンを倒したことで魔法戦に持ち込めると踏んだのだろうが、街ひとつ分の負のエネルギーを溜め込んでいる今ならもう一体召喚したところでこの後の計画になんの影響もない。

 しかし、スケリトルドラゴンを召喚したにも関わらず、仮面の男には僅かな焦りすら見えない。

 どこまでも余裕を見せる仮面の男に、多少なりとも苛立っていたのか。実力差をわきまえない愚か者にふさわしく、蟻のように潰してやろうと一気に勝負を決めるつもりでスケリトルドラゴンに突撃の命令を出す。

 

「私からも言葉を返させてもらおう。なぜ私が魔法詠唱者だと思った?」

 

 いつの間にか取り出した杖を肩に担ぐ様に構えている。

 

 スケリトルドラゴンは相手を押しつぶすために前腕を振るうが、ローブを着た男がその腕をくぐり抜け骨でできた頭部を下から打ち砕く。

 死の宝珠に溜まった力を使いせっかく召喚したアンデッドは回復させる暇も無く、無残にも一瞬で滅ぼされてしまう。

 

「スケリトルドラゴンを一撃だと?! 貴様、そのローブは偽装か。あいつを近づけさせるな!」

 

 ガジットは即座に余り力を消費せずに済むアンデットを数体召喚する。スケリトルドラゴンすら一撃で倒されてしまうなら、とりあえず数が必要だと考えたためだ。

 

 〈飛行〉の魔法で降りてきたように見えたのも、ブラフだったということを理解したが、戦士だったとして一撃でスケリトルドラゴンを破壊できるだろうか? アダマンタイト級の戦士であれば、アンデッドに有効な武器を持っていればできるだろうか。戦士なのに剣でも、槌でもなく杖を振り回していることから、あの杖に秘密があるのかもしれない。

 それでも戦士一人が相手ならばこちらに勝機がある。それにこちらが戦士ということは、離れていった少女のほうが〈飛行〉を使った魔法詠唱者なのだろう、益々もってあちらに勝機はない。

 

 続けて部下に命令を出すと、様々な魔法がローブの男に向けて打ち出される。

 しかし、アインズの周囲に壁でもあるかのように、撃ちだされたすべての魔法は掻き消える。

 

「やはり、魔法はユグドラシルのものと同じ。パッシブスキルも問題なく機能している」

「なぜだ、なぜ魔法が効かない」

「これで終わりか? それならばこちらも魔法を……、いや、今回は捕らえなければならないんだったな」

 

 男は何かつぶやいた後、こちらに向かってくるでも無くなにか考えるようにこちらを観察している。

 スケリトルドラゴンを一撃で倒し、魔法も効かない相手、近づかれただけで勝負が決まってしまう。焦るガジットはあるアンデッドの召喚を決意する。

 

「くそ、こうなっては……アンデッドになるための力まで使ってしまうが仕方ない。いでよソウルっ」

「おいおい、ちゃんと順番は守らないとだめだろう?」

 

 負の力が溜まった今だからこそ召喚できる、最高位のモンスターを出すところで肩越しに声が掛かる。肩には仮面の男のものであろう、人間の手が乗っていた。しかし、触れている感触はもっと硬質な感じがする。そんな違和感を吹き飛ばすほどの異常が発生していた。

 

「い、がっ? うが、けな……」

 

 体が麻痺したように動かなくなり、視界には突然指揮するものを潰された部下たちが、なすすべもなく倒れていくのが見えた。

 

 

 

×××

 

 

 

 

「この辺でいいでありんすかねぇ、さぁ遊んであげんしょう」

「なぁんでそんな態度なのかしんないけどさぁ? 私に勝てるとでも思っているわけ?」

 

 構えるでもなく、ただ突っ立っている少女からは特に戦士としての雰囲気も感じなければ威圧感もない。移動している間に、握ったスティレットを掴む手にも、舐められているという苛立ちから力がこもってしまう。

 

「くだくだ言ってないでさっさとしなんし」

 

 言葉通りの態度で、少女が手を振る。

 

「あっそ。じゃあ死ねよ!」

 

 楽しむ余興すらなく、今回の仕事は退屈なものだったと諦めさっさと終わらせようと、武技を重ね、並の戦士では目で追うことすら難しい速度で一気に駆け寄る。相手は反応できていないのか少しも動く気配はない。落胆しながらも、少女に向け必殺の一撃を繰り出す。

 

「なっ」

 

 目から脳を穿ち、一撃で殺すつもりで放ったスティレットは、相手の左手の指の先、いや、爪の先とピッタリとくっついて止まっていた。

 自分で止めたわけでは無い、現にいまでも押しこむようにスティレットには力が加わっている。先端に少し触れるだけでも人間の皮膚を貫いていくほど、細く鋭い点にかかる力とその向きに合わせて止めるというのはどういったレベルの技術だろうか。

 少女の手は花を愛でるように、優しく触れているようにすら見える。

 点と点で触れ合っているため、どちらかが力を入れる方向を少しでもずらせば一気に均衡は崩れ、目標とは異なるだろうが込めた力の分だけ少女の方へと武器は進んでいくはずだ。しかし、力の方向をずらそうとしても一瞬のずれすら無いのではないかと言うほどの速さで対応されてしまう。

 この姿を他に見ているものがいれば、スティレットの先と爪先で押し合っている光景に見えるだろう。それでも異様であるが。

 

 目の前の光景の理解を脳が拒み打ち消すように、次の行動に移る。

 止められた右手のスティレットに込められた力を抜き、再度左手で腰のスティレットを抜き取り別の場所を狙う。

 

「くっ」

 

 結果は同じだ。それも同じ手で同じように止められている。ただ、2度目だ、結果は同じでもその後の行動は違う。止められたと認識した瞬間、スティレットに込められた〈火球〉の魔法を発動させる。

 

 歴戦の戦士としても潔く、素早い判断だった。スティレットに込められた魔法の力を目眩ましとして発動、即座に反転し逃げ出した。魔法が効く可能性もあるが、そうは思えなかった。目眩ましとしても機能したかは分からない。目の前の少女と同じように、少女の姿でありながら自分ではどうにもならないだけの化物を知っていたからだろうか、今はただ逃げる事に集中すべきだ。

 

「なんだあの化物は……もしや神人、いや魔神」

 

 自らより強い可能性を持つ者を思いあげて、今はそれどころではないと頭をふる。それでも、化物が自分を追ってきているかの確認をせずにはいられなかった。武技まで発動して、全力で走りながらも肩越しに一瞬だけ後ろに目を向け、少女の姿を確認する。

 よかった、まだあそこにいる。そう安堵し再び正面を向く、その時、正面から硬い壁とぶつかったような感触とともに弾き返され、尻もちを着いてしまう。

 

「おんし今失礼なことを考えんしたか?」

 

 かなりの速度でぶつかったので自分の顔の左側の感覚がない。首は無事だ。しかし、目の前の存在は信じられなかった。肩越しにかなり遠くに姿を確認してから正面を向くまで一瞬の間すら無かったはずだ。

 

「な、なんで。なんでそこにいる?!」

「鬼ごっこでありんしょう? 少し待って、追いかけて、前に立って捕まえただけでありんすが? まぁもうあっちも終わってしまうようでありんす。こっちもさっさと終わらせることにしんしょうか」

 

 尻もちを着いた女に覆いかぶさるようにして手を地面につくと、少女が女の目を覗きこみ微笑む。持ち上がった口角は止まること無く顔の端まで伸びていき、パックリと開いた口の中には先の尖い歯がびっしりと並んでいた。

 組み伏せられたようになっている女の頭に、一つのモンスターの名前が浮かぶ。

 

――ヴァンパイア。

 

「くそったれが、鬼ごっこなら10秒は待ってよ……」

 

 そこで女の人間としての記憶は終わっている。

 

 

 

×××

 

 

 

 アウラからの報告でエ・ランテルの南側に、人間たちが仮の野営地を設置していることがわかった。

 城門の閉め方がわからなかったので、墓地のある側の城門を魔法で作った砦で塞ぎ、とりあえず街の外にアンデッドが溢れないように蓋はしておいた。

 デミウルゴスから、他の城門もすでに閉じられており、中で人間を回収していた荷馬車がでられなくなっていたが、南側の門を破壊し外に出したあと、適当に破壊跡に詰め物をして塞いでいるとの連絡も入っている。人間と集められるだけの食料をのせた馬車は、そのまま南下し野営地に到着したとのこと。

 

 逃げ出してきた人々が夜明けを待つ場所には、8万人ほどの人間が兵士か冒険者を旗印として300ほどのグループに分かれている。

 この者達は騎士でも無く、徴兵された村人でも無い。老若男女問わず避難のために集めたものを順番に寄せ固めただけのものである。故に規律などなく、あるものは家族を探しに別のグループへ、またあるものはパニックから立ち直れずふらふらと何処かへ消えてしまう。そんな者たちを引き戻すような余裕も人員もなくただ野営予定地に着き、ある程度固まったまま、ただ夜が明けるのを待っているだけである。

 

 不安とストレスであちらこちらで泣き声や怒声、親を探す子供の声が聞こえるが、その中心は静かなものだった。

 

「これがこの事件の首謀者と思われる者達です」

 

 中心にいたのは今はこの団体のリーダーとも言えるエ・ランテルのギルド長、プルトン・アインザック。

 魔法ギルドの長、テオ・ラケシル。

 都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアの秘書の一人。

 この場ではギルド長の秘書のようなことをしている、冒険者ギルドの受付嬢。

 それと、アンデッドを街に襲わせた事件の首謀者を捉えてきたという仮面とローブを着たアインズ・ウール・ゴウンと、同じく仮面と鎧を着けているため中身は分からないが、身の毛もよだつような気配を撒き散らす巨大な盾を持った騎士のような者。

 

「いろいろ聞きたいことはあるが、そちらの方は我々に襲い掛かってくるようなことはないのだね?」

 

 顔も体も隠れているが、漂わせる雰囲気がただ事ではない騎士を見て不安を口にする。

 

「ご安心ください、しっかりと私が支配しておりますので、命令がなければあなた方に害を及ぼすようなことは致しません」

「ふむ、失礼だがその仮面を外してもらうことは?」

「……しもべが暴れだすといけないので、できればお断りさせていただきたい」

「い、いやそれなら結構だ、そのままでいい。まずは礼を言うべきだろうか、避難の間に合わなかった住人や冒険者の救助とたくさんの食料を持ちだしてくれたことは感謝する、アインズ・ウール・ゴウン殿」

「アインザック、単刀直入に聞くべきだろうよ。貴様がこの事件の犯人じゃないのかと、何万ともしれないアンデッドの蔓延る街の中で救助活動ができるようなものが、なぜわざわざ街がアンデッドにうめつくされてから行動をはじめる? あまつさえその首謀者を捕らえてきたという。おかしいだろう」

「そう思うのもごもっともです。たしかに私が事件の起こり始めから行動していれば、今のような状況になる前に全てを回避できていたでしょう」

「だったらなぜっ」

「実のところ私は人里離れた場所で長年魔法の研究のために引きこもっていたため、あまり今の世情に詳しくないのです。ですから出来る限り周囲に影響を与えぬよう行動していました。そのことはそちらの受付嬢さんもご存知でしょう。近場で事件や事故が起こっても、今がどのような状況なのかがわかるまでは介入しないつもりだったので、今回の事件も、流れを見ているだけにしておこうと思っていたわけです。私が得意とするのがアンデッドを支配するということもあり、下手に出ればそう疑われることも予想はしていましたがね」

「それで、キミが犯人で無いという証拠はあるのかね」

「それは捕らえた者達が話してくれるとは思いますが、これだけのことを引き起こせるマジックアイテムも一応回収してきています」

 

 荷馬車の方に待機していたユリ・アルファへと顔を向けて、少年を連れてくるように指示を出す。

 

「あれは失踪したンフィーレア・バレアレか? しかし……」

「頭に乗っているマジックアイテムを鑑定していただければわかるかと」

 

 失礼して、とエ・ランテルの魔法ギルドの長が少年の頭に乗っている額冠に手をかざし魔法を唱え、驚愕する。

 

「第6位階魔法以上だっ! フールーダ・パラダインの使う魔法よりも高位の魔法を! しかし、なるほど、それでンフィーレア君か」

「ラケシル、どういうことだ説明しろ」

「このアイテムはな、装備すれば第7位階魔法すら行使させることもできるようになるものだ。しかし、着用する条件がかなり特殊で、ンフィーレア君はタレントのおかげでこのアイテムを使えているようだ」

「そのようですね。たった一日街を散策しただけでも、この子のもつタレントのことは私の耳に入りました。それほど有名な子です、それでどうしますか?」

「どう、とは?」

「このアイテムを破壊するかどうかということです。破壊すればこの子は助かる、そのままならば魔法を吐き出すアイテムとして生きることになるでしょう。まぁ、マジックアイテムだけ欲しいというのなら額冠を外してしまうのもありですが、この子は狂人になり死んだも同然」

「なんだと?! たしかに私の魔法ではそこまでは読めなかったが……、それではこのマジックアイテムは……」

「リィジーを呼んで来よう」

「待てアインザック! ンフィーレア君が生きていることを彼女は知らない。このマジックアイテムは非常に貴重で価値のあるものだ、人間では到達できない領域の魔法を人間一人の犠牲で使うことができるなら、これは大きな進歩に繋がる。彼女には悪いが彼はエ・ランテルで死んだことに……」

「リィジーを呼んでこい!」

 

 アインザックが鬼気迫る声で怒鳴りつけることで黙らせ、受付嬢に貴族や平民でも重要な立場にいる者たちを集めた場所へとリィジーを呼びに行かせる。

 アインザックの声が大きかったためか、避難してきた住人に食料を配り終えた冒険者たちや、エ・ランテルにいた兵士達が何事かとこちらに目を向けたり、聞き耳をたていた者達は体を強張らせてしまっていた。

 そんな中、一人の老婆を連れて受付嬢が戻ってきた。

 

「ンフィーリア! これは一体どういうことなんだい」

 

 ラケシルがリィジーにンフィーレアに関する今の状況と、なんのために呼ばれたかを説明する。

 

「破壊するに決まっているだろうが!」

「少し待っていただけますでしょうか」

 

 初めて口を開いたのは、都市長の秘書の一人だ。「みなさまもお集まりください」と周りにいた兵士や冒険者を呼び寄せる。

 

「なんだい、まさかとは思うが私の孫よりもこんなマジックアイテムが大切だなんて言うんじゃないだろうね」

「これは第7位階魔法という、エ・ランテルを占領するだけの力を秘めたマジックアイテムです。その力を使えばエ・ランテルを取り戻すことも、はたまた帝国の侵略に一矢報いることすらできるかもしれません。高名な薬師のお孫さんではありますが、国のためを考えるならばこのままでいてもらうべきかと。もちろんその心傷も考え、保証としてかなりの額も準備できるでしょう」

「なっ、そんなことにわしの大切な孫が使われるなんてわしが許すわけ無いだろう!」

「いくらエ・ランテル有数の薬師であるといっても、王都まで行けば別にあなた以外に高品質なポーションを作れないわけではないのです。お孫さんを見ているのが辛いというのであれば、それ相応の対応もできますが?」

 

 その言葉に、老婆は頭の血管が見て取れるほど浮き上がり、顔を赤く染めていく。

 静かだったはずの野営所の中心は一気に罵声と怒声の入り乱れる場となった。

 周りの冒険者や兵士も加わり、意見や秘書への暴言、リィジーへの説得、いかに第7位階魔法が高みにあるかを唱えるものの言葉、ンフィーレアを助けるべきだという声などが入り乱れていたが、意見の交換が済んだのか、熱が去っていくのに十分な時間が経ったのかは分からないが、次第に落ち着きを取り戻していく。

 一番激昂していたはずの老婆が、なにか諦めたような表情でアインズの方を向く。

 

「おぬしに頼みがある。わしと孫を殺してくれんか。アンデッドの群れの中これだけのことをできるのなら、わしら二人を一息に殺すこともできるのだろう?」

 

 エ・ランテルの冒険者や兵士達が全力で救助した者達への援助に加え、アンデッドの蔓延る街の中から更に人々を救助し、首謀者を殺さずに捕らえ、国宝並みのマジックアイテムを回収してくる者。その者ならば苦痛を感じる間も無く、自分と孫を殺せるだろうと一人のを老婆が願いの言葉を紡ぐ。

 ンフィーレアを殺せばマジックアイテムは回収できるだろう。それならば孫がアイテムとして使われるようなこともないし、発狂する姿を見ることもない。老婆が選んだ妥協点としてはひどく悲しいものであるが、その自分も死ぬことで、せめて孫への罪滅ぼしになればと考えているのだろうか。

 

 アインズは少し考えるように時間を置き、ゆっくりと話す。

 

「それで私の疑いが少しでも晴れるのなら構いませんよ」

 

 あくまで殺すなら自分のために殺すと、周りを責めぬよう言葉を選ぶ。この世界の出来事に今は大きく干渉せぬように、大勢のものと対立する立場にならぬよう、慎重に。

 

「リィジー! ふざけるのもいいかげんにしろ」

「もういいんじゃよ、アインザック。どうなるにせよ、どうせ王都まで行けば結果は変わらんじゃろ。孫がアイテムとして使われるままというのだけはかんべんしてもらいたい、それだけじゃよ」

 

 アインズはこちらを見る人々に目を向けないようにし老婆だけを見る、これ以上横槍が入らないことを無言の了承ととると、そうですか、とアインズは〈時間停止〉の魔法を発動させる。

 

「くだらないものだな」

 

 誰にも聞こえない声でぽつりとつぶやき〈真なる死〉〈死〉二つの魔法を〈時間停止〉の魔法が解けるタイミングと同時に効果が発動するように唱える。

 

 アンデッドになっても少なからず残っていた人間への関心は、今日一日だけで、ほとんど消えかかっているのをアインズは感じ取っていた。

 

 

 

×××

 

 

 

 名をつければ冥府の扉とかだろうか。恐怖の表情のまま固まってしまった死体が積み重ねられ城門にびっしりとうめつくされている。ただ単純に積まれているだけではない。死体の色や、死体を積み重ねることによってできる色の差を使い、その壁は離れたところからであれば一つの扉のように見えるようになっている。

 

 デミウルゴスが塞いだという、エ・ランテルの南門には大きな扉ができていた。

 

(これは悪趣味すぎるだろう……、いや悪魔だからそれでいいのか?)

 

 野営所から一旦ナザリックへと帰還し、所用を済ませてから、再びエ・ランテルに戻ってくる頃には日が昇り始めようとしていた。

 

「デミウルゴス、これは?」

 

「はい、アインズ様。これはアンデッドから逃げ惑う人間が積み重なることで、結果として街の外へのアンデッドの侵出を防ぐ姿を一つの扉として表現したものです。これを見た人間は、大勢のものが犠牲となったことで自分たちは守られたのだと感動し、この街の惨状を忘れぬようにこの扉のことを伝え残すでしょう。またそんな街からでも残された人々を救い出したアインズ様の強大さと慈悲深さを伝えるための要因ともなりましょう」

 

「そうだろうか……?」

「間違いございません」

 

 南門から脱出したことを荷台に乗っていた者達は知っているんじゃないだろうか。その者達がこの門をみたら、死体を積み上げた犯人がアインズ・ウール・ゴウンだと思うのでは? そんなことになったら、やはりエ・ランテルを崩壊させたのはあいつだったんだなんてことに……。

 

「お、おう……。いや、やはり死体で扉を塞ぐのはやめよう。死体は回収してナザリックへ運んでおけ、城門の脇にデスナイトを数体監視に置いておこう」

 

 人間を襲わせないようにしておけば、多分大丈夫だろう。デミウルゴスはなにやら思案しているようだが一拍置いてつぶやく。

 

「……なるほど。さすがはアインズ様」

「……そういうことだ、デミウルゴス。わたしはこのまますこし街の中を確認してくる。お前たちはナザリックへと戻り今後の行動の予定をアルベドと詰めておいてくれ」

「畏まりました」

 

 

 

 

×××

 

 

 

 エ・ランテルの東門、夜間は閉じている門は中の人々を逃がすために先程までは開かれていた。

 外からの襲撃を防ぐための門のはずだが、今は中のアンデッドを外に出さないようにするために閉じられている。

 

 釣り上げられた城門は中からしか操作できない。城門の脇の馬車一台が通れるくらいのゲートも、周囲の壁を壊すことで塞いでしまっている。

 

 最後に城門を閉めた者とアンデッドを抑えるために中で戦っていた者は、必然的に壁の内側に取り残されてしまうわけだ。

 

 エ・ランテルの一番外郭を覆う壁には、1本のロープがぶら下がっている。よく見ればそのロープに作られたコブの中に、何箇所かロープ同士を結んでできたものもあるのがわかる。

 

「イグヴァルジさんやりましたね。ここから生きて帰れば俺らもオリハルコン間違いなしですよ」

「これだけの事件の殿(しんがり)を務めたんだ、アダマンタイトでもいいだろうよ」

「はは、ちがいねぇ」

 

 突如エ・ランテルをおそった無限とも思える数のアンデッドの群れは、冒険者達に交戦よりも迅速な撤退を選ばせるには十分すぎる光景だった。アンデッドの発生源に近い西門側の広場に集められた冒険者は、撤退しながらアンデッドに進行速度を遅らせるチーム、兵士とともにエ・ランテルの住人を避難させるチーム、北門を閉じて東門へ向かうチーム、南門を閉じて東門へ向かうチームで分かれていた。

 全員を助けられる訳もないが、多くの人々を救えただろう。いくらなんでも、この規模の事件を自身の評価を上げるためだけに利用しようなどと思えるような心臓は持ち合わせていない、それでも自分たちの働きのおかげで大勢の命を救えたのは事実だ。

 

「それじゃ、俺らもアダマンタイトだな」

「バカ言え、お前らは門閉めて回っただけで、アンデッドと戦ってねーだろうが」

 

 北門と南門をふた手に分かれて閉め、東門で合流したミスリル級冒険者のリーダーだ。

 最後までアンデッドの進行を食い止めながら東門まで撤退してきたイグヴァルジらは、同じミスリル級であるが自分たちの方が確実にアダマンタイトに近いと主張する。白金級以下の冒険者達は、門が閉まる前に戦場から撤退させている。

 

「それもそうか、よく全員生きてたもんだ」

「ったりめーだろ。俺のチームだ、雑魚のアンデッドになんかやられるかよ。エルダーリッチがいても余裕だったぜ?」

 

 「それはどうだろう……」とイグヴァルジと同じチームのメンバーが小さくこぼす。

 

 門も閉じられ、一段落着いたことで一気に疲れが出てきたせいか、全員黙って座り込んだ。

 

 空を見上げると、さっきまで突然カッツェ平原のどまんなかに放り込まれたようだった気分が晴れていく。城壁に近いこの場所は、閉じられていない西門からあふれたアンデッドが来る可能性もあり、まだ危険かもしれないが、それでも死の危険からは大きく離れただろう。

 

「俺らも、本隊と合流しなきゃな。場所はエ・ランテルとスレイン法国の国境の中間地点あたりだったか?」

「ああ、西門を閉じてないから、南を大きく迂回してエ・ペスペルに向かう予定だな。伝令が無事届いてれば、救援隊も来てくれるだろうさ」

「エ・ランテルにはいつ戻れんのかねー」

「あれだけのアンデッドだ、数年はかかるだろうよ、もしかしたら高位のアンデッドも出てきちまうかもしんねぇしな」

「そのアンデッドも倒せば、戻ってくるときにはアダマンタイト級だな」

「さっきはこの事件の解決でアダマンタイトって言ってたじゃねーか」

「そんな簡単にアダマンタイトになれるかバーカ」

 

 軽口を叩き合いながら、気を取り直して合流場所へと向かう支度を進める。夜なので本隊もそう進めてはいないだろう、なにより人数が多い。今から向かえば、そう時間もかからずに野営している場所までたどり着くはずだ。

 

 エ・ランテルの城壁が見えなくなってからどれ位経っただろうか。

 後方から地響きのようにも聞こえる、騎兵団が駆ける音のような、それよりももっと重く感じる重厚な音が迫ってくる。

 

 救援隊にしては早すぎる、物資の準備や人を集めるのに時間がかかってまだ出発すらしていないだろう。

 

 夜なせいもあって音だけが先に聞こえているのはわかるが、まだ小さな影しか見えない。

 音の感じから進路は同じ方を向いているはずだ、流石にこの場所で馬に轢かれて死にましたなんていうのは馬鹿馬鹿しい。集団を街道からはずれて立ち止まらせ、手に持ったランタンを上に掲げておく。

 

 大きくなってきた影を確認すると30台はあるだろうか、屋根付きの荷馬車が2列になって連なっている。

 

 イグヴァルジは気がついた、荷馬車を引いてる馬の首がないことに。

 

 アンデッドの接近を知らせるために、大声を出そうとしたその時。

 

「おーい、エ・ランテルから逃げてきた人ですかー? こちら漆黒の剣のペテル・モークです」

 

 そんな声に戸惑って、結局声は出せなかった。

 そうしているうちに首のない馬が牽く荷馬車は正面まできていた。何の合図をした様子もないのに後ろの馬車まで前の馬車に合わせピタリと止まる。30台どころではない、あまりにも整った間隔と生きた馬では不可能なほど密集していたせいで、影では正確な数を図り損なったのだ。先頭の荷馬車には一人のメイドが座っている。明かりの少ない今ですらその美貌は輝いて見えるが、その手綱の先には首のない馬。

 

 声が聞こえた段階で、他のメンバーも馬の首がないことに気づいていたのか完全に臨戦態勢だ。荷台から顔を出して手を振っていたのは実はゾンビでした、なんてことだってあり得る。

 

「ミスリルの方達ですね、よかった、無事だったんですね。詳しい話は中でしましょう。さぁ乗ってください」

 

 中から出てきたのは至って普通な人間だった、思わず目を覗き込んでしまうが、腐ってはいないし暗い輝きも見えない。

 アンデッドに襲われていた直後とも言えるのに、アンデッドの牽く荷馬車に乗れという銀級冒険者を見る視線が、頭のおかしい者を見る時と同じものになってしまうのは仕方のないことだろう。

 

 「ああ」と生返事で返し、疲れのせいか頭もうまく回らず、なるがままにイグヴァルジ達は荷台に乗り込み、先にあるであろう野営地へと向かっていく。

 相席になった仮面を被った騎士風の男は、怖気立つ気配を隠そうともしなかったため、イグヴァルジらの気分は再びカッツェ平原の奥地まで引き戻されていたが、それを口に出せるものは一人もいなかった。


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