イワヤマトンネルの中は暗く、懐中電灯の照らす円形の空間が見えるのみ。
周囲を薄ぼんやりとピカチュウが照らしているが、それも微々たるもの。精々、なにかしら動くものがあるかないかくらいの識別しかできない。
勿論、この闇の中においてはそれだけでも非常にありがたい情報ではある。
ピカチュウと共に慎重に歩きつづけ、行き止まりでも焦らず引き返し、先に進む。
この暗闇ではトレーナーもいないだろうと思っていたら、数人とすれ違った。
さすがにバトルするつもりのトレーナーは少なく、話を聴いてみたら興味本位で入ってみたとか、怖い所が好きとか、暗いからこその解放感がいいとか、まあ人それぞれ理由はあるようだ。
一人だけバトルを持ちかけてきたトレーナーもいたが、丁重にお断りした。
この状況では的確に指示も出せないし、なにより不安だ。
このイワヤマトンネルについては早急に抜け出したい。
サトシはとにかくこの空間から早く外にでることだけを考え、足を進めていった。
暫く歩くと、小さく揺らめく光が見えてきた。
出口かな?とも思ったが、事前に言われていた情報を考えると出口はまだまだ先だ。
光の揺らめきからしても出口から漏れる太陽光とも言い難い。
あまり人との遭遇は芳しくないと考えてはいたが、懐中電灯で周囲を照らしたところ、どうにもあそこを通らないと先に進め無さそうだ。
意を決して先に進む。
―――――――――――――――――――
光に近づいていくと、その正体が焚火だと判明した。
この暗闇だ。焚火をしたくなる気持ちはわかる。だが、ここは岩山。薪など無い。
ということは持参してきてここで火を焚いたということになる。
「こんなとこで焚火?一体誰が―――」
「やあこんにちは。」
「ひぃ!!」
焚火を見ていたら、急に後ろから声を掛けられた。
思わず背筋を凍らせて小さく悲鳴を上げる。
後ろを振り向くと、そこには黄色くないピカチュウ―――のような人がいた。
焚火の光と懐中電灯の照明に照らされた人物はヒゲだらけの顔でニッコリと笑い、サトシを見つめていた。
身長は百九十センチメートルはあろうか。
ピカチュウに比べたら小さいが、一般的な人間の平均からしたら十分に巨大と言える。
それに加え、横幅も規格外だった。
分かりやすく言えば相撲取り。しかし、ただ太っているというわけでもない。
どちらかというと体つきが良すぎる、という感じ。
登山用の装備をごちゃごちゃとベストとズボンに括り付け、洞窟内のヒヤリとした空気をものともしない半袖から伸びる腕はパンパンに膨れ上がっている。
そして自分の胴体ほどもありそうなリュックを背負い、全身通して色は深い緑色でほぼ統一されていた。
「えと・・・・どなたでしょうか。」
異様とも思えるその姿に圧倒されつつ、サトシは問いかける。
表か裏か。そこのところも一応念頭にいれつつ、疑念の表情をなるべく出さないようにした。できていたかはともかくとして。
「おーぅ、なかなか胆力のある少年だなぁ。」
のんびりとした口調で男は話し始めた。
「おれは、やまおとこって言われてる。その名の通り、山が好きだ。いっつも山にいる。イワヤマは人が少ない。だからいい。とてもいい。」
「はぁ、なるほど・・・」
やまおとこ。登山者とか、そのようなものだろうか。
なんにせよ敵性のある存在ではないようだ。
「やまおとこさんはここでずっと暮らしているんですか?」
「ああそうだ。たまあに町へ降りて物資の調達をしているが、ほとんどは山の中にいる。少年はこんな山の中に何しにきたんだ?」
本当に筋金入りの山好きのようだ。サトシには理解し難いが、好きなことに熱中しているんだなということはハッキリとわかる。
趣味や好きな事に没頭するという感覚は、旅に出てからは無かったが、通常の思考であればごくごく自然のことであろう。
サトシ自身が十四歳の少年としては逸脱してしまっているのだから。
「僕は―――ポケモンマスターを目指して旅をしているんです。」
嘘は言っていない。嘘は。
そう、自分に言い聞かせる。
「ほーぅ、ポケモンマスターかぁ。いいじゃないか少年。夢があふれるなぁ。」
やまおとこは嬉しそうにヒゲをもしゃもしゃと弄りながら、ニンマリと笑っている。
「どうだあ少年。これからごはんを作るんだが、一緒に食べて行かないかぁ?おいしいぞぅ?なあに遠慮はいらないとも。」
やまおとこは、ズボンに括り付けられていた鍋をカンカンと指で弾きながらそう言った。
「ごはん・・・・まあ確かにお腹はすいているけれど・・・」
正直、この洞窟を早く抜けたいという気持ちの方が強い。
この男には申し訳ないが、このまま通り過ぎさせてもらおう。
「すみません。気持ちは嬉しいですが、先に進みます。」
パチパチと弾ける火の粉を横目に、サトシは軽く会釈をする。
「そーうかい、残念。きっと楽しい時間になっただろうに。」
「いえいえ、それでは。」
焚火の横を通り過ぎて、先に進もうとする―――のだが
「ピ―――いや、どうしたの?」
焚火の光を一身に受けてオレンジ色に揺らめく巨体が目の前に立ち尽くしている。
思わずピカチュウと言いそうになったが、そこは気合でねじ伏せた。
「そこにいたら進めないのだけど・・・」
目の前にいる巨体に、困った顔を向ける。いつもどおりの悪戯かなと思ったのも束の間。
「―――ってちょちょちょおいおいおわあああ!!!」
ピカチュウが急に振りかぶってサトシに殴りかかってきた。
思わず目をつぶり、身を縮ませる。
さすがに歩く暴力と言っても過言ではないピカチュウの筋肉から繰り出される右ストレートを顔面に食らって無事でいられるほどサトシは頑丈では無い。
一体何を考えて――――
ごっしゃあ、がしゃんざざざごん
「・・・・え?」
なにやらすごい音が後ろから聞こえた。
そろそろと後ろを振り向き、懐中電灯を向けると、顔面を押えて地面に転がっている男がいた。
「・・・・・え?え?」
何が起きたのか全く分からない。
分からないのだが――――
「あいたたた、何をするんだ、痛いじゃあないか。」
地面に転がっているのは先ほどサトシと話していたやまおとこ。
それだけ見るならば、ピカチュウがまた粗相をしでかしたことに冷や汗を感じるところではあったのだが、今回ばかりは事情が全くと言っていいほど違っていた。
「急に殴ってくるだなんて、ひどいなあ。」
変わらずのんびりとした口調で話すやまおとこ。
その表情は、まだ手で押さえていて判別できない。
「いきなり人に危害を加えるなんて、いけないことだぁ。」
男の言うことは最もだ。
急に目の前で巨大な男が顔面を思いきり殴ってきたらそりゃ怒るだろうし、理不尽だなとも思う。
サトシ自身もその言葉には同意だ。反論の余地は無い。むしろ謝らなければならないところではあるだろう。
しかし、こと今現在の状態において、サトシは謝るなんて選択肢をとるという思考すら無かった。思いつきすらしなかっただろう。なぜなら―――
「やまおとこさん―――――あの・・・・・」
サトシはゆっくりと、そして警戒心を最大にして問いかける。
「なんだい、少年。」
やまおとこも、その声にゆっくりと優しく反応する。
最初から全く変わらない、優しくおおらかな声だ。
「なんで――――――――――」
「服を着ていないんですか?」
裸の男が応える。
「抱きしめるのに、服は邪魔だろう。」
さも当然のように、変わらない口調で、そう言ったのだった。