ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第九十四話 暗闇のバトル

「え?え?」

 

 

 まるで意味が分からない。

 抱きしめる?裸?なんで?

 

 

 次から次へと疑問が噴き出てくる。

 何一つ理解ができない。理解できる要素が無い。

 

 

 

 サトシが内心慌てふためいていると、目の前で裸の男が立ち上がった。

 筋肉質な身体をしているが、胸も足も毛が多く生えており、場所が暗いこともあって、ほぼ真っ黒に見える。

 殴られた顔面はまだ痛いのか、右手で覆うように押さえておりその表情はまだ確認できない。

 隙間から覗く口元だけで、その考えを把握するしかない。

 

 

 

「なにを不思議そうにしているんだい。目の前にかわいいかわいい少年がいるんだ。抱きしめる以外の行動をとるなんて、それこそ失礼だろぉ。」

 

 

 

 そう言うと、男はようやく顔の痛みが治まったのか、右手を降ろし、サトシの方を見る。

 その顔は紅潮しており、息遣いが荒い。先ほどよりも目つきが鋭く、逃がさないといった感情を帯びているようだった。

 

 

 

 

「まったく、少年の連れがいなければそのまま抱きしめて寝そべって優しく撫でてしゃぶってしてあげたのにぃ。でも逃がさないよぉ。」

 

 

「ひぃいい!ピカチュウ助けて!!!」

 

 

 

 

 ――――――あ、と思ったが手遅れだった。

 つい口に出してしまった。何を言っているのか、と勘違いされるように祈るサトシではあったが

 

 

 

 

 

「ピカチュウ、なーるほどぉ。暗くてわからなかったなぁ。」

 

 

 

 

 残念ながら認識されてしまったようだ。

 そしてそれは、この男が裏の住人だということを意味する。

 

 

 

 

「ただの大男じゃないってことだぁ。それじゃあおれもポケモンを出すしかないなぁ。ポケモン相手じゃ、分が悪いしねぇ。」

 

 

 

 

 やまおとこは落とした服のポケットからモンスターボールを一つ取り出し、自分の目の前に赤い光を展開させた。

 

 

 

 

 

 

 

 この周辺は焚火の光である程度照らされている。

 二メートル四十センチのピカチュウの顔が認識できる程度には明るく、殴り飛ばされたやまおとこの土に汚れた裸体も揺らめく火に合わせてゆらゆら揺れて見える。

 

 

 だが、目の前のポケモンの全容を拝むことはできなかった。

 

 

 

 

 その大きさはピカチュウを軽く上回る。

 もはや顔は焚火の光はほとんど届かず、ぼんやりとオレンジ色に染まっているのみ。

 身長にして、三メートルはあるだろうか。

 体躯は強靭の一言。暴力的なまでに膨れ上がった四肢はだらりと脱力しているにも関わらずはち切れんばかりで、破裂寸前の風船のようにパンパンになっており、四肢それぞれに血管が所狭しと浮き出ている。

 

 黒いアンダーパンツのみを身にまとい、腰にはなんらかのチャンピオンベルトのような物を巻いている。

 

 この身長としては足は短めだろうか。それに反して腕は長く、太い。

 バランスとしてはゴリラに近い。だが、自分で言っておいてなんだが、ゴリラと比較など失礼ではないかと思えるほどに肥大した体躯は、ある意味壮観であった。

 

 

 

 

 

「どうだい。ぼくの肉体パートナー、ゴーリキーだ。筋肉の弾力が、抱きしめると最高に気持ちがいいんだよ。」

 

 

 

 

 やまおとこの声はもはやサトシの耳に届いてはいなかった。

 別次元の恐怖。

 今まで筋骨隆々のポケモンは多くいたが、ここまで威圧感を放つものは居なかった。

 なにより、ゴーリキーは元々がボディビルダーのような体型をしている。

 ―――最もその本来の身長は、目の前にいる巨大なポケモンの半分に満たないのだが。

 

 身長は倍。その威圧感は何倍だろうか。

 単純に筋肉質なポケモンというだけであればピカチュウで見慣れていたにも関わらず、サトシは圧倒的なまでの脅威に目を背けられずにいる。

 弱点を補うのでなく、得意分野をトコトン追及する。

 眼前のモノはまさにその極地。故に、慢心なく堂々とした立ち姿で未熟な少年トレーナーを出迎えた。

 

 

 

 

「少年、へたり込んで動かないのはあまりオススメしないなぁ。こうなったからには少しでも抵抗するような姿勢でないと、おれは楽しくないぞぉ。」

 

 

「・・・―――――」

 

 

 

 サトシは無言で後ずさりし、ゆっくりとピカチュウの元へ行く。

 見上げる形だったゴーリキーの全貌がそれでようやくつかめた。

 まさに巨人。タケシのサイドンの方が一回り大きいが、あれはどちらかというと怪獣に近いフォルムだっただけに、その大きさにも納得はできた。

 だがこのゴーリキーは人型。ギリギリ人間の身長と言っても大丈夫なピカチュウと違い、明らかに人外。人型なのに人ではない。その違和感が如何ともし難く、そこから生まれる恐怖心も相当なものだ。

 

 

 

 ピカチュウが無言でサトシの前に出る。

 裏のバトルはいつも緊張するものだが、今回に限っては別種の恐怖を感じる。

 暗いからなのか、ゆらゆらと揺れる火の光に煽られているからなのか。

 見た目以上に大きく感じる相手のポケモンを前に、さすがのサトシも不安になる。

 

 

 

 

「そのピカチュウも、なかなかいい身体をしているなぁ。抱きつきたいなぁ。その筋肉の弾力を全身で感じて、おれのこの泥だらけの身体を押し付けて擦りつけたいなぁ。ゴーリキー、殺さないように、若干の反抗心を残しつつ立てないくらいのバランスで痛めつけていこぅ。それがいい。人型のピカチュウ。しかもここまで筋肉質なのは特に珍しい。どんな味なんだろーぅ。ピチピチの少年と鍛え抜かれた人型ポケモン、うーん、今日はとってもいい日だぁなぁ。ほーら、少年も怯えていないで、服を脱ぎなぁ。解放されよぅ。」

 

 

 

 サトシは全身に感じる理不尽な寒気に襲われ、ぎゅっと自分の身体を抱きしめ、さらに後ずさりする。

 

 そして、それに合わせるように三メートルの巨人は一歩前に出る。

 

 

 

 

「ピ、ピカチュウ!十万ボルト!!」

 

「ピッカピ」

 

 なんとなく触れたくない、と思ったからか。

 珍しくサトシが攻撃の指示を出し、ピカチュウも同意なのか頬袋から激しく放電し、ゴーリキーに襲い掛かる。

 

 

 

 

「ゴーリキー、『からてチョップ』」

 

 

 

 ゴーリキーの身体を電気が這う。

 ドーピングされたピカチュウが放つ十万ボルトはかなり強力で、特殊防御の低いゴーリキーにとってはかなり痛いハズである。

 

 にも関わらず、この筋肉達磨は意に介さず、左足を地面がひび割れるほどに踏み込み、手刀の形にした右手を野球のピッチャーのように大上段に振りかぶり、力いっぱい振り下ろした。

 

 三メートルの身長において、その腕の長さは如何程だろうか。

 一般的なバランスよりも長い腕が生えているこの巨人が大きく振りかぶってその手を振り下ろす。

 ―――都合五メートル近い高さから落とされる筋肉の塊は、頭上に落下する隕石のようで、当たれば跡形も無く粉々になるのではないかと理由なく納得してしまいそうなほどの圧力を放っていた。

 

 ましてやこの闇の底のような場所。

 攻撃の出所も判断しづらい環境において、巨大な体躯から繰り出されるリーチの長い暴力は回避するのもままならない。

 

 

 直前まで発していた十万ボルトの光により、辛うじて攻撃のリーチを見定めたピカチュウは身体を逸らし、なんとか攻撃を回避した。

 

 

 

 

 ――――回避した、のだが。

 

 

 

 

 

「――――――うっそでしょ・・・」

 

 

 

 からてチョップが振り下ろされた地面は轟音と共に弾け飛び、本当に隕石が落ちたかのように陥没し、周囲に砕かれた岩の欠片と地面を撒き散らした。

 

 当然その近くにいたピカチュウも飛散した岩の欠片が直撃し、浅くない傷を体中に負うことになってしまった。

 

 

 

 

「相性が・・・よすぎる。」

 

 

 

 ポケモンのタイプではなく、地形との。

 暗闇の中で過ごしてきたやまおとこというトレーナーとそのポケモン。

 物理破壊力によって付随する武器となる岩場。

 

 普通に戦う、という条件の元であればピカチュウが勝つかもしれないが、ことこの『イワヤマトンネル』という場所において、このやまおとこは異常なまでに驚異的だった。

 

 

 

 

「避けても無駄だよーぅ。血に塗れて身体を擦り付けるのも、なかなか興味深いねーぇ。」

 

 

 

 

 

 サトシの頭の中は、けたたましくアラートが鳴り響いていた。危険だ、このままではよくない、と。

 

 

 

 

 

「―――――――――――ピカチュウ!!!!!!!」

 

「ピ?――ピカ」

 

 

 

 焚火の火にのみ照らされた表情でも、ピカチュウはサトシの意図を汲み取り、焚火を思いっきり蹴り飛ばした。

 

 その結果、まだまだ消える気配のなかった火が空中に散らばり、急激に酸素量を増やした火が一瞬だけ燃え上がり、地面に転がってその勢いを弱めた。

 

 

 

 

 

 

「・・・・あーあ、しまったなぁ。そういうことかぁ。」

 

 

 

 

 

 数秒その散らばる火を目で追いかけてしまったやまおとこは、その判断を後悔した。

 

 

 

 気付いた時にはピカチュウもサトシも闇の中に溶け込み、気配すら無くなっていた。

 

 

 

 

「久しぶりにおいしそうな男の子だったのになぁ。まあまたすぐに別の子が来るだろう。」

 

 

 

 そういうと、やまおとこはゴーリキーをボールに戻し、脱ぎ捨てて土に汚れた服を気にせず身に着け、散らばった火を集め、再度焚火を作った。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「―――ピカチュウ、もう大丈夫、だと思う。」

 

「ピカピ」

 

 

 サトシを抱えたまま音も無く走っていたピカチュウが少しずつスピードを落とし、立ち止まる。

 ほとんど光の無いこの空間で走れるのは、ピカチュウが夜行性であるネズミのポケモンであったため夜目が効いたことと、微弱な放電によって壁との距離をある程度測れたからだ。

 

 

 ピカチュウの腕から降り、再度ピカチュウによって仄かに照らされた周囲を注意深く確認し、何もいないと判断した後に懐中電灯をつけた。

 

 

 

「裏のトレーナーにも、いろいろな人がいるね・・・・まだ足が震えているよ。ピカチュウ。」

 

「ピッピカチュ」

 

 

 

 単純なポケモンバトルとしても驚異的だったゴーリキーではあるが、それ以上にトレーナーの性質がかなり特殊であった。

 

 ポケモン大好きクラブの会長の言葉を少し思い出し、苦い表情を隠しもせず表に出す。

 

 

 

「イワヤマトンネルはもう来たくないね。というより暗いところはなるべく近寄らないようにしよう。」

 

「ピーカー」

 

 

 この点についてはピカチュウも同意のようだ。

 先ほどの負傷をキズぐすりで回復し、少しでも早く洞窟を抜けるため、速足で進み始めるサトシとピカチュウであった。

 

 

 

 

 

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