「うわっ――――まぶし・・・くない。あんまり。」
「ピカチャ」
イワヤマトンネルを抜けると、外の光を全身に浴びる。
足元すら見えない闇の中に居た反動で、その光は視界をすべて白く埋め尽くすものであるはずだったが、天気は今にも雨が降りそうなほどの曇天だった。
時間はまだ夕方前だと思うが、本来照らすはずの太陽光は拝めず、空を見上げると今にも落ちそうな程に分厚く積み重ねられた雲が彼方まで続き、頭上一面が薄暗いグレーに染まっている。
おかげで目もすぐ慣れたのだが、せっかく数時間ぶりに表にでてきたのだからもう少しお天道様にも歓迎してほしいものだ。
いや、歓迎してくれていないのであれば、この先の旅路がひどく不安なものに感じる。
そもそも希望など少ない旅ではあるので、お天道様の気持ちも言いたいこともなんとなく察しが付くが、空が曇っていたので旅を止めました、なんて理由でマサラタウンに戻るわけにもいくまい。
はあ、と一つ溜息をついて、改めて周囲を見回す。
イワヤマトンネルに入った場所はそこまで高い位置ではなかったハズだが、出てきた場所は山の中腹の少し下あたりだろうか。
均されているとはいえ、かなり荒れている岩だらけの坂道の先にはそこまで大きくない町が少しだけ見えている。
「・・・疲れてるんだけどなあ。」
足元すら見えない暗闇での行軍。
ピカチュウが居たおかげで、多少周囲の雰囲気がわかったとはいえ、頼りになる光源は懐中電灯のみ。
おまけに歩きなれない凹凸の激しい岩のトンネル。
歩きやすい運動靴を履いているとはいえ、さすがに数時間岩場を歩き続けるというのは非常に疲れる。
トンネルを抜ければすぐに町だと思っていたため、余計に疲れる感じがしたが、現実は無常だ。
ぐるりと周囲を見回すと、ここにもトレーナーが数人歩いているのが見える。
手持ちのポケモンを強くしたいのはやまやまだが、今は一刻でも早く町にいって休息をとりたい。
ここは大人しくトレーナーを避けつつ、最短距離で町を目指すことにした。
―――――――――――――――――――
「ふー、疲れたぁ。」
町に着くと目の前にポケモンセンターがあったので、これ幸いとすぐさま入った。
もはや少しも歩きたくなかったため、ポケモンを回復させ、そのまま宿泊施設へと移動した。
夕食を食べたいという視線を随分高い位置から感じたが、リュックから保存食をいくつか黄色い手の上に置き、サトシはそのまま眠りに落ちた。
少し不服そうな顔と、手にパンのようなものをいくつか載せた姿はいささか哀愁を感じるものがあったが、もはや一ミリも動きたくないという思考が先行し、自分の体を休めることを優先したサトシだった。
―――――――――――――――――――
「ふわあああ・・・」
窓から入る光を浴び、目を覚ます。
時計を見ると、まだ随分と早い。
疲れていたとはいえ、さすがに夕方か夜かという時間帯に安んだのは早すぎたようだ。
まだ虚ろな目を擦り、のろのろとベッドから起き上がり、洗面台で顔を洗う。
不細工な寝ぼけ面からシャキッとした少年の顔に戻り、ふう、と小さく深呼吸をする。
ふと窓の外を見ると、昨日程ではないが曇っている様子。
ここ最近はずっと晴れていたように感じるだけに、曇天が継続すると否応なしに重い気分になる。
だが、この程度の気分で止まるサトシではない。
これの百倍は暗い気分が何度もあったのだ、今更この程度でどうということも無い。
一通り準備が終わってしまったので町に出たいところではあるが、さすがにまだ早い。
ようやく普段起きる時間になろうかという頃だ。
ピカチュウもまだ寝ているし、リュックの整理でもして足りないものを把握しておこう。
そう考えてリュックを引き寄せ、ベッドの上で中身を一つずつ出して確認していく。
「―――モンスターボールはまだある。キズぐすりはもう無いか。買っておかないと。」
急に巻き込まれるバトルが多いため、キズぐすりは多めに持っておく必要がある。
とはいえ、それ以外の道具は少ない。
リュックの多くを占めているのは食料である。
「―――食料が占めている、のだけれど。」
無い。
悉く食料が無い。
サトシの朝ごはんすら無い。
昨日はあった。
寝る前は、確かに。
ピカチュウに二つか三つか渡して・・・
「―――――」
サトシはすくっとベッドから腰を上げ、寝息を立てているピカチュウの元へ歩く。
うつ伏せに寝ているピカチュウの手を掴んで持ち上げると、くしゃくしゃになったビニールの山。
その数を数えると、持っていた保存食の数と大体一致する。
ああそういうことか。
このピカチュウは疲労で爆睡しているわけではない。
たらふく食べて、お腹いっぱいで寝ているのだ。
「―――――・・・・はぁ。食料、たくさん買っておかないと。」
もはや何も言うまい。
ポケモン用のフードだけ綺麗に残されたサトシのリュックの食糧事情。
仕方がない。自分の朝食はしばらく我慢するとして、ポケモン達に朝ごはんを出すとしよう。
モンスターボールからポケモンを出しつつ、それぞれの好きなポケモンフードを与える。
クラブ、サンド、コイキングと与えている中、はたと気づく。
「・・・そういえば、メタモンは何を食べるのだろう。」
「メタ?」
予備で買っておいたものをいくつか並べると、興味を持ったものが一つあるようだ。
「お、それが好きなのか。ええとその味は・・・ぶどう味?ああ、紫だものね。ってそんな感じでいいの?」
「メッタモン」
それでいいらしい。
ともあれ、一時の平和な時間を過ごしつつ、ピカチュウが起きるのを待つサトシだった。
―――――――――――――――――――
ピカチュウが起き、随分と軽くなったリュックを背負ってポケモンセンターのロビーに出る。
来るときは疲れすぎて周囲が見えていなかったからか何も気づかなかったが、随分と空気が重い。というか暗い。
いつも底抜けに明るい看護婦さんだけは変わらないため、周囲とのギャップでより明るく見える。
なんだろうこの感じは、と眉を寄せて様子を見ていると、サトシのシャツの裾をくいくいと引っ張られ、顔をそちらに向けると、小さい女の子がこちらを見ている。
歳は五、六歳といったところだろうか。目をまんまるくし、世の中がキラキラしたもので埋め尽くされているのだと主張しているかのようなキラキラの視線でサトシをじっと見つめている。
「きみ、どうしたの?」
少し笑顔を作り、女の子に話しかける。
遊び相手が欲しいのかな?とかその程度の軽い考えで女の子の目を見つめ返す。
「あのね、あのね、おにーちゃん。」
可愛らしい声でサトシに声を掛ける。
サトシは少し癒されながら、なんだい?と応える。
「えっとね。おにーちゃんは、ゆーれーってしんじる?」
ポカン、とするサトシ。
質問が予想外だった所為だろう。しかし、いろんなことに興味を持つ子供のことだ。
きっとおばけの絵本でも読んだのだろう。
「ゆうれいかー、おにいちゃんは見たことないなあ。」
脅かすのも趣味が悪いし、否定するのもどうかなと思い、サトシは無難に見たことない、と答えた。
「そっかー、じゃあきのせいかな。」
女の子の視線が、サトシの目から少し外れ、ちょうど肩くらいのところに向けられる。
「おにーちゃんの右肩に、白い手が置かれてるなんて私の見間違いよね!あーよかった!」
女の子はようやく笑顔になると、たたたた、とロビーを横断し、ドアを開いてポケモンセンターから姿を消した。
「―――――――――――――え?」