ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百八話 花花花

 サトシが過去に見た一番大きなポケモンは、タケシのイワークだった。

 ただでさえ八メートル近くの体長を持つイワークが、ドーピングによってその大きさをさらに倍増させていた。

 巨大、というだけで少年としては非常に嬉しい興奮を覚えることが多いと思われるが、それは普通のイワークまでだ。

 

 感動を過ぎると、巨大というものを見た時の感情は恐怖に変わる。

 圧力を感じるだとか、存在感がありすぎるとか、そういったことも当然含まれるが、今回のサトシにとって更なる恐怖を煽るものがあった。

 

 

 敵意、である。

 

 

 大きさが同程度の相手であれば、たとえば筋力の違いであったり、能力の違いであったりで強弱が決する。作戦、戦略というのもその個々の能力に付随してのものに過ぎない。

 

 ただ、大きさだけはそもそも異なる。

 巨大というだけで、圧倒的なのだ。

 そこに能力の差や筋力の差など関係ない。巨大とは力そのもので、抗いようの無いこの世の摂理そのものだ。

 

 故に、そのような、ある意味真理に近いとすら思える力そのものである存在が、明らかな敵意を剝き出しにして、自分に向けてきていると感じた時、人はどういう反応をすれば正しいのだろうか。

 

 さらに言うならば、その存在と戦わなければならないという選択肢しか無い場合、どういう感情を持つべきだろうか。

 

 

 その問答に答えは無い。

 何故ならば―――

 

 

 

 

 

 

「・・・やるしかないのか。でもどうやって。」

 

 

 サトシも場馴れしたものだとは、自分でも感じている。

 見たことも感じたことも無い恐怖など、この旅で何度も経験している。

 恐怖に麻痺しているといってもいいかもしれない。男らしいともいえるし、命知らずともいえる。

 いやそもそも、この戦いに応じてる時点で、見ようによっては命知らずという一線は超えているのだ。

 

 サトシの脳裏を「狂気」という言葉がよぎる。

 しかしぶんぶんと頭を振り、悩みを吹き飛ばす。

 

 

「今はバトルに集中するんだ・・・・。でも、これは―――――」

 

 

 

 

 

 フシギバナ。

 以前はそこそこ野生が存在したポケモンの系列。

 フシギダネ、フシギソウ、フシギバナ。

 その能力の高さからゲットしようとするトレーナーが後を絶たず、今となっては野生を探すことは非常に困難となっているレアなポケモンだ。

 

 そんなレアなポケモンに惜しげも無くドーピングを施すトレーナーは、やはりその強さを理解してのことだろうか。

 

 確かに、巨体。

 本来のフシギバナも二メートル近い体長で、大きなポケモンに分類されるだろう。

 

 とはいえ。

 

 目の前のアレを肯定する材料にはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――目の前には、「花畑」があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色とりどりの花が咲き乱れた、花畑。

 本来は四枚の花びらがついている背中の大きな花は、まるでバラのようにたくさんの花弁をつけ、その色は真紅に染まっている。

 

 その周囲を所狭しと数百の花が埋め尽くし、フシギバナの背中一面を覆っている。

 

 さらに、特徴的なフシギバナの顔を隠しているのは二番目に大きな花。

 こちらはコスモスのような形をした花で、色は毒々しい紫色。

 その大きさも相まって、まるで顔そのものが花になってしまっているかのようだ。

 

 

 まさに花畑。この世すべての種類の花が咲き誇っているのではと錯覚するほどの花が咲き乱れ、ちょっとした山かと思えるほどの巨躯を持つフシギバナが、エリカの二番目のポケモンである。

 

 

 

 

「どうでしょうサトシさん。わたくしのフシギバナは。とっても美しいでしょう。いつでもこんなに美しいお花畑が見られるんですの。うふふ。」

 

 

 変わらぬ笑顔でそう告げた。

 エリカはブレない。どこまでも、そのままだ。

 

 

 ただ話している分にはおしとやかという一言で片付いたその態度だが、こと戦闘になるとその異質さが浮き彫りになる。

 

 楽しんでいるようではある。だが、それ以上の感情の高ぶりは無い。

 平然と戦いを行っている。エリカは平常心を保っているように見える。

 だが、繰り出すポケモンはエリカの内面を表しているかのように凶悪で、凶暴で、不気味だ。

 まるで本当の自分を隠しているかのように、本当の想いがポケモンに託されているかのような気さえする。

 ひどく曖昧で、歪で、気持ちが悪い。

 

 

 

 

「美しい、ね。僕にはそう思えないけど――――」

 

 

 

 ボソっとつぶやいたサトシの言葉は、エリカに聞こえたか聞こえなかったか。

 サトシには一層笑顔になった気がした。

 

 

 

 

「とにかく、やるしかない。いけ!ピカチュウ!連戦だけどがんばれ!」

「ピッカチュ」

 

 

 

 きずぐすりで回復したピカチュウは、すでに万全だ。

 とはいえ、あの城塞染みた巨体にどのような攻撃が通用するというのだろうか。

 

 

 

 手始め、とばかりにピカチュウが先に動く。

 

 

 

「ピッカーーーピーーー!!!」

 

 

 十万ボルト。

 先ほども見せた、電気ポケモンの得意技。

 元々の威力もさることながら、ドーピングされたことでさらなる威力を誇る。

 

 

 

「うふふ、効くと思って?」

 

 

 

 驚異的な威力を持つ十万ボルトでさえ、フシギバナを動かすには足りないらしい。

 いや、まったく効いていないというわけではないと思うが、この巨体の前ではすべての攻撃がかすんでしまう。

 人知を越えた力をもってしても、人知を超えた大きさの前では足掻く子供と同等の扱いにしかならない。

 

 

 

「それではこちらもいきますわ。フシギバナ、『しびれごな』」

 

 

 

 エリカの命令直後、大きな真紅の花が、時間を戻したかのように花弁を閉じ、つぼみのようになる。

 そして勢いよく花弁が開いたと同時に、花の中心から猛烈な勢いで粉が噴出された。

 

 ―――まるで噴火。違いといえば、噴出しているのが火山ではないことと、噴出されているものが溶岩ではなく粉だということ。

 一目みただけでは粉と断じることが難しいほどに大量の粉が上空に向かって吹き上がり、そして、フィールド全域を覆いながら徐々に降下してくる。

 

 

 

「ピカチュウ!電撃で焼きながら躱すんだ!吸い込んだら危ない!」

 

「ピッピカ」

 

 

 わかってる、とでもいいたげなピカチュウだったが、文句を言っている場合ではない。

 

 このバトルにおいて、フィールドから外にでるということは敗北を意味する。

 つまり、ピカチュウにとって逃げ場はない。ゆえに、この中でなんとかするしかない。

 フィールド全域を覆い尽くすしびれ粉。

 それをなんとか自分の周囲だけ電撃で焼いて防ぐ。

 ジムリーダーとのバトルで麻痺状態になるなど死と同義だ。

 意地でも状態異常になるわけにはいかない。しかし――――

 

 

 

 

「量が・・・多すぎないか・・・・!!」

 

 

 

 

 終わらない。

 一度吹き出したしびれ粉が、一向に終わる気配を見せない。

 焼いても焼いても、次々と降り注ぐ。

 檻の無い牢獄。抗うのを止めた瞬間に動けなくなる恐怖。

 しかし、恐怖はそれだけではない。

 

 

 

「うふふ、フシギバナ、『つるのむち』」

 

「バーナー」

 

 

 エリカからの命令が飛ぶ。その次の瞬間――

 

 

 

「!!!ピカチュウ!」

 

「ピカ」

 

 

 電撃を発しながら大きくステップを踏んでその場から離れる。

 そのすぐ後、ピカチュウがいた場所はまるでハルバートで抉ったかのように大きな傷跡が地面に残されていた。

 

 

 

「あら、よく避けられましたわね。さすがピカチュウさんですわ。」

 

 

 言葉が出ない。

 

 エリカの繰り出す技は、一つ一つは本来そこまで強力なものではない。

 だが、複合して使うことですさまじい制圧力と殺傷力を得る戦い方をしている。

 

 モンジャラもさることながら、このフシギバナ。まったく勝筋が見えない。

 超巨体での防御力に、しびれ粉による行動制限、そして驚異的な切断力を持つつるのむち。

 まさに城塞。一片の弱点も無いように思える。

 

 

 

「くっそぅ、このままじゃ体力も集中力も持たない。電撃でしびれ粉を燃やし続けるしか・・・ん?燃やす・・・?あ、そうか」

 

 

 

 完全に失念していた。

 相手は草ポケモンなのだ、当然火には弱いはず。

 ジムリーダーは自分の苦手属性の対策はもれなくしているとは思うが、それでも弱点は弱点だ。

 さすがに直接電撃を浴びせたところでフシギバナ本体を発火させることはできないだろうが、この舞っている粉ならば別だ。

 一瞬で燃え尽きる小さな火種だったとしても、フシギバナに延焼させることができれば、きっとダメージになるだろう。

 

 

「よし!ピカチュウ、フシギバナの近くで電撃だ!」

 

 

「ピカピ」

 

 

 つるのむちの猛攻を回避しながらフシギバナに近づくピカチュウ。

 幸い、近寄ること自体はさほど難しいことではない。フシギバナ自体はほぼほぼ動かないし、動いたとしてもその巨体がピカチュウのスピードに追い付けるとは思えない。

 

 

「あらあら、サトシさんもなかなか聡明ですわ。うふふ。」

 

 

 近づくことでつるのむちの攻撃がさらに激しさを増したが、周囲の粉を焼き焦がすための電撃が、フシギバナにもあたる距離になった。

 そして、微小な火種がフシギバナの身体に咲き乱れる花の一輪に引火し、周囲の花に燃え広がっていった。

 

 

 

「よし!ピカチュウ、その調子だ!」

 

 

 

「あら、燃え移ってしまいましたわ。」

 

 

 

 弱点である火がフシギバナに燃え移っても、エリカは狼狽える様子は無い。

 サトシとしては会心の一撃のつもりだったのだが、エリカのその態度を見て不信に思うと同時に、得も言われぬ恐怖感を味わった。

 底が見えない、何を考えているのか見通せないという、理解できないものへの恐怖というものを目の前にし、サトシは過去に味わったことのない感覚を経験していた。

 

 

 

 

「うふふ。いきましょうフシギバナ。『―――――――』。」

 

 

 

 そして、サトシはさらなる絶望感を味わう。

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