ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百十一話 エリカ戦、終了。

 エリカは孤児だった。

 

 幼いころに両親を事故で失い、孤児院に預けられる。

 物事の良し悪しもわからず、両親の顔すら認識する前だったため、悲しむということもなく、孤児院での生活を受け入れた。

 

 孤児院での生活に不自由は無く、エリカは特に自分の境遇に疑問を抱くことなく育っていった。

 

 そして物心がつき始めた時、エリカはふと疑問に思った。

 

「自分は一体何なのか」と。

 

 子供が考えることだ。結論などでるはずも無いし、一晩寝て起きてしまえば忘れてしまうだろう小さい疑問。大人になれば、再度同じ疑問を持つ者もでてくるだろうが、誰かに庇護されて育っている子供が抱くには重過ぎるものだ。

 

 

 しかし、エリカは忘れなかった。

 それどころか、四六時中考え続けた。

 足りない知識は本を読んで覚え、さらに奥深くまで思考を巡らせた。

 

 

 何故とかどうしてとか、そういう理由はあまり興味が無く、「何」か。

 自分という存在の意味。どういった存在なのか。何を求められているのか。

 エリカはそれを知るために、とにかく考え続け、そして子供ながらに結論に至った。

 

 

 

 

 

 

 ああ、自分は何でもないのだと。

 

 

 

 何も求められず、何も意味を持たず、ただいるのみ。

 そこに存在しているだけの存在。

 愛も無ければ、役割も無い。

 食べて寝るだけの物体。

 

 

 では、自分はこれから何になればいいのだろうか。

 何でもない自分が、一体何すればいいのだろうか。

 

 

 結論から出た問いに、エリカは恐怖を覚えた。

 

 

 何もないという状態に、理由もなく背筋を凍らせた。

 怖かった。自分という存在を何かで定義しなければ、どうにかなってしまいそうだった。

 

 

 

 そこでエリカは再度思考に耽る。

 

 この頃には同じ孤児院の子供とは全く言葉を交わすことが無くなり、大人に対しても最低限の言葉しか話さなくなっていった。

 

 

 

 数か月という時間を使って考え抜いた結果。

 数々の本を読み、世の中は不自由と理不尽に埋め尽くされていることを知り、エリカはエリカ自身を「自由な存在」として定義することにした。

 

 何にも束縛されない、自分の考えたことが出来る存在になろう、と。

 

 

 別にエリカは今の生活に不満があったわけでは無いし、不自由を感じているわけでもない。

 だが、漠然とその方がいい気がする、という結論に至ったまで。

 

 

 

 この時エリカ六歳、「束縛されない生き方」というものに束縛されていくこととなる。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「まいりましたわ、サトシさん。わたくしの負けです。」

 

 

 

 

 地面の模様となってしまったラフレシアをから目を離し、サトシの方を見てエリカが言った。

 

 

「え?あ、ああうん。はい。」

 

 

 なんだかよくわからない答え方になってしまったが、それには理由がある。

 エリカの対応がひどく事務的なものに感じられたからだ。

 今までのジムリーダーは、自分のポケモン、特に最後に繰り出すポケモンにはかなりの愛着があるようだった。

 タケシも、カスミも、マチスも、それぞれの想いの違いはあれど、一番大事にしているポケモン達だったハズだ。

 当然敗北した瞬間は感情的になっていたし、愛情が感じられた。

 

 

 それなのに、エリカにはそれが無い。

 フシギバナがメタモンの変身だった時はさすがに驚いていたようだが、それだけだ。

 予想外の事が起きた時に驚くのは人として当然の事だ。

 それで驚かない、ということは予想ができていたということになる。

 粉塵爆発も、メタモンの変身も、エリカにとっては予想外だったため表情に変化があった。

 だが、それ以外の事についてはどうだろうか。

 モンジャラの敗北も、フシギバナの大怪我も、ラフレシアの敗北も、別段目立った感情の変化は無かったように見えた。

 事実の確認をして、それに応じた対応をする。

 ただそれだけ。ほかの何にも興味が無い。そのように感じたからこその違和感だ。

 

 

 

「この場所は彼女らに任せて、わたくし達は下に戻りましょう。いろいろとお話することがあるかと思いますので。」

 

 

 フシギバナに水をかけている侍女達に視線を送り、お辞儀したことを確認してエリカは試合前と変わらない柔らかい動きでゆったりと歩き始めた。

 

 呆気にとられたサトシだったが、とりあえずメタモンとコイキングをモンスターボールに戻し、ピカチュウを起こして、多少の違和感を残しつつ荒れた庭園を背にエリカについていった。

 

 

 

 

 

「どうぞ、お座りになってください。」

 

 

 最初に訪れた際に案内された和室に再度案内され、落ち着かないと思いつつ座布団に胡坐をかくサトシ。今回はピカチュウはサトシの隣に座った。

 

 

 サトシが座ったのを見て、エリカもゆっくりと座布団の上に正座し、相変わらず変わらぬ笑顔で話はじめた。

 

 

 

「さて、まずはおめでとうございます。タマムシジムのバッジ、レインボーバッジをお渡しします。」

 

 

 エリカが座卓の上に高級そうな小さい木箱を置き、サトシの方へずらす。

 

 サトシがゆっくりと箱を開けると、またも高級そうに紫の布で包まれた何かがあり、それを広げると七色に輝く花形のバッジが現れた。

 

 

 一度エリカを見て、頷くのを確認してからバッジを手に取り、そのまま自分のジャケットの裏に留めた。

 

 

 

「これでサトシさんのご用件はとりあえず終わりですが、いくつか訊きたいことと問いたいことがございます。」

 

 

 エリカはそう切り出す。わざわざバッジを渡すためにこの部屋に案内されたわけではなさそうだ。先ほども話がいくつかあるみたいなことを言っていたのだし。

 だが、エリカの話を聞く前に話すことがあるのを忘れてはいない。

 

 

 

「ちょ、ちょっとまって!まずはこの物騒な植物をなんとかしてよ!」

 

 

 そう、サトシの胃帳に根付いている植物。急いでバトルをしなければならなくなった原因。これをなんとかしない限り、サトシは落ち着いて話などできない。

 

 

 

「ああ、そういえばそうでした。」

 

「そういえば・・・って・・・」

 

「嘘ですわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 場が凍る。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・今、なんとおっしゃいました?」

 

 

 改めてサトシが問いかける。なにかとてつもない言葉があっけらかんと言われたような気がして。

 

 

 

 

「嘘、ですわ。そのような植物、サトシさんの中にはありませんわ。」

 

 

 

 

 

「・・・・えええええええええええええええ!!!!!」

 

 

 

 驚愕の事実。

 いや、まだ本当に入っていないのか確認ができたわけではない。それこそ騙そうとしているのではないか。

 

 

「いやいやいや!だってそんな!一体なんで!」

 

「もちろん、サトシさんをバトルから逃げさせなくするためです。口をついて出た嘘、口から出まかせですわ。」

 

 

 絶句。何も言えない。

 いや、ジムリーダーが嘘を吐かない、などと勝手に思い込んでいたのはサトシだ。

 しかしそれにしても、ひどすぎるのではないか。

 

 

「それとも、本当に飲まされていた方がよかったですか?」

 

「いや、それはそれで嫌だけど・・・」

 

「でしたら、これでお仕舞ですわ。お話に戻りましょう。」

 

 

 非常に納得いかないし腑に落ちない。

 エリカが何故そんな余計な嘘を吐く必要があったのだろうか。

 疑問は晴れないままとりあえずエリカの話を聴くために乱れた座布団を整え、胡坐をかきなおす。

 

 

 

「さて、まずはご質問したいことが。先ほどのバトルの件ですわ。負けたことに文句を言うつもりはありませんが、最後にわたくしの後ろから出てきた、あれはメタモンですか?」

 

 バトルの内容に興味をもってきたエリカに少し驚きつつ、サトシは答える。

 

「うん、ピカチュウが負けたらどうするかを考えたんだけど、一体一で勝てるポケモンを僕は持っていない。それこそ不意打ちするくらいしか。それに不意打ちできたとしても並の力じゃあ反撃されてしまうのが目に見えてる。だから、絶対に避けられないように一撃で倒す必要があった。」

 

 

 エリカは静かに聴いている。

 何を考えているかサトシにはわからなかったが、そのまま話を続ける。

 

 

「メタモンはドーピングポケモンでも少しだけなら変身できる。だから、それを使ってなんとかしようと考えてた時に、フシギバナがでてきた。コイキングに注目させてる時にサンドパンに穴を掘らせて、フィールドの外を通ってメタモンをエリカの方へ送り込んだんだ。コイキングが場外になった時に、フシギバナに変身して攻撃しろって命令して。」

 

 

 

「そういうことでしたのね。」

 

 

 エリカは深く瞑目した。納得した、と言っているようにも見える。

 

 

 

 

 

 しばし静寂が続く。

 黙って目を閉じているエリカを前に、サトシも何を切り出せばいいかわからずに困った顔で口を閉ざす。

 

 

 

 そのまま十数秒が経過した時。

 

 

 

 

 

「ふ、うふふふふ、あはは、あはははははははははは!!」

 

 

 突然エリカが笑い出した。

 

 

「あはははは!く、くくく、うふふ、あは、あははは!あはははははははは!」

 

 

 

 目を開いてエリカを凝視するサトシ。

 今まではニコニコと張り付いたような笑顔をしていたエリカが、思いっきり感情を表に出して大笑いしている。

 茫然としつつ、何をしていいかわからないサトシはエリカを見続ける。

 

 

 

 一分ほど笑い続けたエリカはようやく落ち着いてきたようで、呼吸を整えている。

 笑いすぎて涙で目尻を赤くしたエリカの顔は妙に色っぽく、不意打ち的にドキドキしてしまった。

 

 

「・・・・あの、エリカさん?」

 

 

「はあ、はあ、うふふ、こんなに笑ったのはどれだけぶりかしら。サトシさん、そんな賭けの要素が強い作戦でわたくしに挑んでいたのですか?それでわたくしに勝ったと?うふふ、ありえないと思いませんかサトシさん?」

 

「まあそりゃあ、そうだけれど、そうするしかなかったし・・・」

 

 

 もともと考えられないレベルでこの絶望的な旅を続けているのだ。

 ドーピングされたポケモンで戦えるのはピカチュウ一体のみ。

 コイキングがもしかしたらドーピングされているだろうが、戦えるかどうかは訊くまでも無い。

 そんな状況で各種族をマスターしているジムリーダーに挑もうというのだ。

 始まりからしてありえないのだから、小賢しい真似でもなんでもしなければ勝利になど到底たどり着けないのは目に見えて明らかだ。

 

 

「本当に、自由なのですね、サトシさんは――――」

 

「自由?そうかな・・・?」

 

 

 この旅自体は確かにサトシの決断でスタートしたものではあるが、制限事項が多すぎるし命の危機なんて日常茶飯事だし、自由なことなんてないのだと思うのだけど――

 

 

 

「ええ、とても自由です。羨ましいほどに。憧れるほどに。」

 

 

 そんなことをとびきりの笑顔を向けて言ってくるのだから、このエリカという人物は本当に測れない。

 ただ、この時に限って、疑る気持ちは無く、単純に好意として受け取ってもいいかな、と感じた。

 

 

 

 

 

 

 その後、ほんの少しドギマギした後、エリカが話を続ける。

 

 

 

 

「さて、これが最後ですわ。裏の試合に勝った報酬として金銭をお渡しするのが習わしですが、ここでサトシさんにお訊きします。」

 

 

 先ほどとは違う、少し真面目な雰囲気にサトシも姿勢を正し、エリカの話を聴く。

 

 

「まず、ここに三百万円ございます。」

 

「さ・・・さんびゃくまん!?」

 

 

 自分が今までにもらった総額を超える金額の提示に驚愕すると同時に目を輝かせる。

 

 

「こんなにもらえるんですか!?」

 

「ええ、差し上げます。ただ、ここで一つ提案ですわ。」

 

「提案?」

 

 

 なんだろう、ジムリーダーからの提案というとあまりいい予感はしない。

 

 

「あらかじめお伝えしておきますが、わたくしに勝利したことに対する褒章というわけではございませんわ。あくまで、わたくし個人としてサトシさんの事が気に入ったからこその提案です。」

 

 

「そ、そうなんですね。」

 

 

 なにやらひどく気に入られているようだ。

 勿論、今のサトシは旅に出始めた頃とは違う。訊くべきことは訊いておく。

 

 

「それを聴いて命の選択を迫られるなんてことはありませんか?」

 

「うふふ、もちろんですわ。ご心配なさらず。」

 

 

 

 先ほど嘘を吐かれた以上は完全に信用するのも馬鹿らしいとは思うが、疑っても証明できるわけもないので、とりあえず頷くことにした。

 

 

「それで、提案て?」

 

「はい。これからサトシさんにお話する提案とは、情報の販売ですわ。」

 

 

「情報?」

 

「はい。情報です。そのお値段は、四百万円です。」

 

「四百万!?さっきのお金を含めても、僕のほぼ全財産ですよ!?」

 

「それはなにより。情報の価値を考えればそれでも安すぎるくらいです。」

 

「安すぎるって・・・」

 

 

 全財産と聞いてピカチュウの視線がサトシに全力で注がれているが。食事の心配はサトシにとっても同じだ。生半可な情報では梃子でも動かないつもりだ。

 

 

「それで、どんな情報なんですか?」

 

「ええ、それは―――」

 

 

 たっぷりともったいぶって、ゆっくりと時間を楽しむように、緊張感を肌で味わい、口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロケット団秘密基地の場所、ですわ。」

 

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