ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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ついにきてしまった。


第百十三話 ロケット団アジト

 ロケット団とは悪の組織である。

 

 一概に悪の組織と言ってもいろいろあるが、その中でもかなり影響力の高い、最悪に近い組織の一つが所謂ロケット団。

 殺人強盗強姦誘拐恐喝など個人レベルでできる悪事はもちろん、買収占拠ハイジャックと組織単位での悪事もこなす、悪の権威のような団体である。

 

 そして厄介なことに、名前を知らない人がいないのではという程に有名な組織であるにも関わらず、その実体は不明。

 何人いるのか、どこに集まっているのか、目的はなにか、リーダーは誰か、何一つ明確にわかっていることは無く、唯一認知されているのが「最悪の組織」というだけだ。

 恰好も死ぬほどわかりやすく、黒尽くめ。目立つ格好でありながら悉く逃げおおせ、その正体は明らかにならない。

 急に現れ、悪事を働き、急に消える。

 そんな考えられない行動を集団で行うのだから性質が悪い。まさしく最悪を意のままにする組織である。

 

 

 

 しかし、あり得るのだろうか。

 いくら巧妙に作戦を練り、綿密な計画を元に行動をしたとしても、団体行動である以上、かならずヘマをする人間がいてもおかしくない。さらに言えば数十人単位で動くことも珍しくないのに、目撃情報が全くと言っていいほど無い。

 幽霊か亡霊か、そのような非現実的な存在でなければ到底有り得ないような動き方を何度も繰り返している。

 

 こんなことが可能なのは、本当に幽霊であるかもしくは―――

 

 

 

 誰かが情報を操作しているとしか、考えられないのだ。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

「おはようピカチュウ。もう身体はいいの?」

 

「ピカピ」

 

「そっか。よかった。」

 

「ピッピカチュ」

 

 

 傍から見ていたらポケモンと会話できるエスパー少年であるが、もちろんサトシはピカチュウの言葉など理解していない。

 だがこの旅で連れ添っている一番長い仲間だ。ニュアンスというか、なんとなく雰囲気で言っていることがわかりそうな気がしているだけである。

 

 ポケモン達と朝食をとり、身支度を整える。

 いつもの習慣で、何一つ変わらない。唯一違うことがあるとするならば、これから行うことに対する心構え。

 

 

「さあ、いこうかみんな。」

 

「ピカピカ」「サンドパン」「クラーブ」「ココココッコ」「メター」

 

 各々の返事を聴き、サトシは立ち上がる。

 いざ、ロケット団アジトへ。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

「―――――ここ、かな?」

 

 

 

 サトシがいるのは、ある建物の入口前。

 建物には大きく「タマムシゲームコーナー」と書いてあり、中からジャラジャラという大きな音が自動ドア越しに聞こえてくる。サトシにとってゲームとは家にあったテレビゲームくらいなものだが、たくさんのお金を賭けて非日常感を味わう大人の娯楽として存在しているらしい。

 まさかこんなところにロケット団アジトがあるなどとは誰が想像できようか。

 エリカの情報無しでは到底たどり着くことなどできなかったであろう。

 

「よし、行こう。」

 

 意を決して、自動ドアの前へ踏み出し、ウイインと開くガラスの板を通り抜け、大人の娯楽場へ足を踏み出した。

 

 そして、すぐに足を戻して外に出る。自動ドアはそのまま閉まりまた世間との壁を生み出した。

 

 

 

 

「・・・・耳が痛い」

 

 予想以上に五月蠅い。

 これでもかというボリュームで流れている店内BGMもそうだが、大量にあるスロットマシーンをじっくりと眺めながら手元を動かす大勢の大人達。そしてジャラジャラと鳴り響くコインの音と何を言っているかわからない店内放送。

 そのすべてが織りなす演奏会は普通の人間が耐えられるレベルとは到底思えない程の圧力を放っていた。

 初見のサトシが一度撤退してしまうのも仕方のないことかもしれない。

 

 

「すごいエネルギーだ・・・・これが大人の遊び場なんだ。」

 

 

 ゲームは子供の遊び道具。サトシ自身子供でありながらそれは十分承知していたつもりだった。

 なのに、目の前の建物にいる大人たちはゲームに子供以上に熱中し、資産を投入しリスクを楽しんでいる。

 明日食べる食事にも悩む現在のサトシにとっては散財する気持ちなどわかりようもなかったが、これが大人なのか、と意味も無く納得してしまっていた。

 ともあれ、驚いてばかりもいられない。別に大人の娯楽を体験しにきたわけではないのだ。

 よし、と再度意を決して歓喜と悲哀に包まれた大人の娯楽場にあらためて踏み込んだ。

 

 

 

 

 

「ん?きみもあそびにきたのかい?コインやろうか?」

「あらーかわいいこ。駄目よこんな場所きたら。」

「がっははは!大当たりじゃーーい!」

「これがはずれたらやめる・・・これがはずれたらやめる・・・・」

「ポリゴン・・・欲しいなあ」

 

 

 なにやらいろいろな事情を抱えた人が多いようだ。

 

 どうも、と小さく会釈しながら場違いな空間で歩みを進めながら、エリカの言葉を思い出す。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

「タマムシゲームコーナーの一番奥。そこにあるポスターの前に男がいます。その男に、こう伝えてください。」

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

「男・・・男・・・あいつか。」

 

 

 数十台ならんだスロットマシンの列を抜けると、カウンターの横に誰の興味も引かなさそうなポスターが貼ってあり、その前を帽子を深めに被った地味目な男が陣取っていた。

 

 一応周囲に気を配り、他の視線や隠れている人間がいないか目を見張る。

 特に問題が無さそうな事を確認し、それでも用心しながら男の方へ歩いていく。

 

 

「あの、すみません―――」

 

 男に小さい声で話しかける。サトシの消え入りそうな声は周囲の騒音に打ち消されたが、近づいてきた子供には気づいたようだ。

 

 男はサトシの方を向いて、じっくりと目を細めて眺めた後、ぷいと興味無さそうにそっぽを向いた。

「ああん?なんだお前、あっちいけ。ここに近寄るな。」

 

 

 

 まあ当然、そういわれるのだろう。

 何の情報もなければここで無理やりにでも通るところではあるが、サトシには四百万円分の情報があるのだ。

 相手にしてくれない男の前に立ち、面倒くさそうにサトシを視界に入れたところで口を開く。

 

 

「あの、ええと、『花を届けにきました』。」

 

 

 その言葉を言うと、まるで興味のなかった男が目を見開き、サトシの事を再度じっくりと眺める。

 

 

「・・・なんだ、お客さんか。人を変えた時は伝えろって言ってあるのによ。・・・まあいいや。こっちこい。」

 

 

 サトシの返事を待つことなく、奥の方へ歩いていく。ちょうど棚の影になっており、関係者以外は立ち入れない場所のようだった。

 慌ててサトシも付いて行く。エリカの情報は正しかったようだ。ここでいきなり捕まったらエリカの事を恨んでも恨み足りないところだったが、お金の遣り取りをしての約束事はしっかり守るようだ。

 その点については商売人である以上、あまり心配していなかったが、先ずは最初の関門を突破できたことに胸を撫で下ろす。

 

 

 

 男が部屋の隅っこの壁の前に立つ。

 ちょうどゲームコーナーのどこからも見えない死角になっているところだ。

 そこで男が手に持っている何かの端末のようなものでいくつかボタンを押すと、目の前にあった壁に音も無く縦線が引かれ、そのまま横にスライドして地下への階段が現れた。

 

 

「ほら、さっさと来い。」

 

 男はそう一言だけ言うと、すっと壁の向こうへ消えた。

 サトシも慌てて追いかける。

 

 サトシとピカチュウが壁を抜けると、すぐに壁は閉じ始め、元通り何の変哲もないゲームコーナーの壁に戻った。

 

 

 

 男について暗い階段を降りていくと、すぐに人工的な光が見え、降りた場所は研究所のような場所だった。

 通路に沿って部屋がいくつかあるようだが、その全てが頑強にロックされた扉が設置されている。

 電子ロック、というものだろうか。オーキド博士の研究所で同じようなものを見たことがあった。

 

 目新しいものを見るようにキョロキョロしていると、男が不機嫌そうに早くきやがれと声を投げかける。

 サトシも本来の目的をしっかりと意識し、心の中で高ぶる緊張感を抑えつつ、静かに男に着いていく。

 

 今になって気づいたが、この男は変装したピカチュウを見ても何も動じなかった。

 単純に無関心なのか、もしくは見慣れているかのどちらかだろう。

 

 前者であってほしいが、十中八九後者だろう。

 裏のポケモンを見慣れているからこそ、ピカチュウのようなポケモンを見たところで、まあこういうのもいるか、と勝手に腑に落としてしまったわけだ。

 サトシにとってはありがたい状況ではあったが、逆に言えば、このアジトにおいては裏のポケモンは平然といる認識でいる人間ばかりということになる。

 もしもエリカの情報なしで乗り込んだ場合はたくさんのドーピングポケモンと戦うことになった可能性を考えると、背筋が凍る思いだ。

 

 これだけでも四百万円の価値は十分にあったかもしれない、などと考えながらスタスタ歩く男に遅れないように歩幅を大きくして歩く。

 

 

 

 通路を歩き二回ほど曲ると、先ほどまで並んでいたドアとは違う雰囲気のドアがあった。

 タマムシデパートでも同じようなものを見た。これはエレベーターというやつだ。

 

 男がポケットからジャラと鍵の束を出し、ドアの横についている穴に差し込んで回すと、エレベーターのドアがゴウンゴウンと音を立てながらゆっくりと開いた。

 

 

 男と共にエレベーターに乗り込むと、男はすぐにドアを閉め、B4と書かれたボタンを押し込む。

 

 

(一体どこに向かっているのだろう・・・)

 

 

 ここまで何も言われない。

 恐らくエリカからの遣いはこうする、というやり方が定着しているのだろう。

 それだけエリカがロケット団に対しての信頼感を得ているということになる。

 

 しかし、サトシがエリカからの遣いとして来たと知られた場合、その信頼は崩れ落ちるのではなかろうか。

 すぐにここまでの信頼を得ることは無理だと思うし、一度構築した信頼を作り直すのはさらに難しいだろう。

 それでも自分しか持たない経路をサトシに提供したということは、もはやロケット団との取引を停止するという判断なのかもしれない。

 

 ―――最も、サトシを罠にはめているだけなのかもしれないわけではあるが、それを訝ったところで何も得るものは無い。失うものも無いかもしれないが。

 ともあれもう戻ることはできない。

 覚悟を決めてエレベーターが止まるのを待つ。

 

 

 

 ――――チーン

 

 

 気の抜ける音を出してエレベーターがガコンと音を立てて雑に止まる。

 入る時と同じく、ゆっくりとドアが開き、開き切る前から男はエレベーターから外に出る。

 

 

 それについて外に出ると、先ほどの研究所然とした雰囲気から少しだけ変わり、清潔感のある整っている感じがする。

 おおまかな構造自体は変わらないが、客を案内する場所、ということなのだろう。

 一層緊張感を高めるサトシを他所に、男が目の前にある大きなドアの横にあるインターホンのようなものに話かけようとしている。

 

 

 

 はた、とサトシは気づく。

 

 

 ここまできてようやく気付く。

 サトシは後悔したかもしれない。

 

 一体自分は、ここで何をしようとしているのか、と。

 

 

 

 ロケット団の殲滅?確かにそれもある。

 悪事を止めさせる?それもある。最もだ。

 

 そしてそれらを実行するとして、これから会う人物に何を話せばよいのだろうか。

 サトシの頬を暑さからではない汗が落ちる。

 

 もう数秒後に迫っている現実に、サトシはなんの準備もしていない。

 いや、それは正確ではない。準備はしてきているのだ。それも十分に。戦う準備は。

 

 

 していないのは、交渉の準備だ。

 サトシのこの旅での出来事が裏目にでる。行き当たりばったりでの出来事が重なった結果、その場でなんとかなるだろうという甘い考えがサトシの中に知らず知らずのうちに刷り込まれていた。

 

 そしてロケット団のアジトに侵入する以上、待っているのはバトルだけだと早計していた。

 

 

 エリカからアジトへの入り方を教えてもらったにも関わらず、すぐさま争いになるものだと勘違いしていた。

 

 

 

 もはや手遅れ。

 サトシを待つのは、エリカとの交渉に長けた誰かであることは間違いない。

 それを迎え撃つのは、何の準備もしていない十四歳の少年。

 

 

 そして心構えをすることも許されず、男はインターホンへ声を掛ける。

 

 

 

 

「ボス、お客さんです。」

 

『入りたまえ。』

 

 

 

 焦っていたサトシの思考がさらに止まる。

 

 なにか、耳に引っかかる。

 聞いた覚えがあるような気がする声。

 そんなハズは無い。あるわけがない。

 

 ドアが開く。左右に重々しくスライドして開くドアの先に待っていたのは、ブラックスーツに身を包んだ人物。

 

 緊張と驚愕を隠せないサトシを見たその人物は、サトシ程ではないが驚きの表情を浮かべ、すぐにニコリと口だけの笑顔になる。

 

 

 

 そして、聞き覚えのある声でこう言った。

 

 

 

 

 

 

「これはこれは珍客だ。ロケット団のアジトへようこそ、サトシ君。」

 

 

 

 

 

 この旅の発端となった人物、トキワシティジムリーダーのサカキがそこにいた。

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